K
誰が何を願ったのか、わからない
巫女がそこに駆け寄った
そして、大きな声をあげて泣いた
亡骸を一つ抱える、大好きだった兄を抱える
神が、血塗られた剣を握って立っている
まわりには他の誰もいない
神と巫女と、一つの亡骸しかない
それ以外は、どこかに消えてしまったようだ
兄シャロムが勝ち、弟サワンが負けた
「終末の風景だ、サン」
「…兄様、兄様、兄様、兄様、兄様、あにさま」
神シャロムが、泣きじゃくる巫女を見下ろす
その腕に抱かれた弟だったものを睨み付ける
何もかもが終わった、全てが滞りなく完了した
あとは、神として、世に秩序をもたらすだけだ
「サン、これから数代を私は率いていくことになる」
兄妹は、ちぐはぐ
まるで感情が通いあわない
妹が悲しみ泣いているというのに、兄は自分の話ばかりをする
妹はひとしきり泣き終えると、憑き物が落ちたように
涙が枯れた、そして、言葉を紡いだ
「兄様、これからは、あなたの思うが通りになさいませ」
「そうだよ」
「私に、してきたように、皆にしなさいませ」
「そのつもりだ」
「何もかもが、済んだのですね」
「サン」
シャロムがサンの腕を掴んだ
か細く白い、弱々しい姿を目の当たりにする
そこに、優しい眼を向けた
まるで人間の、そう、兄のよう
サンは、は、と意識を奪われたように思う
「サン、愛してる」
「…!…あ、兄様」
「本当だ、お前が好きだ、だから、お前を手に入れるために」
甘い言葉なのだろうか
サンは、優しい兄の瞳を見て、耳から入る不思議な言葉と
よくよく比べるような心持ちで、処理をする
頭がよくまわり、その言葉と意味と瞳を理解した
返事は体で行うべきだ
どん
「うそつき!」
「サン…」
「嘘、兄様はずるい、今までそんなこと、一度も、態度も、何もなかった!」
「言えるわけがなかったんだ」
「そんなこと、なんで」
「お前が、サワンのことを好いていたから、それに我らは皇族だ、そのような」
「…バカな兄様」
「サン」
「残酷だわ、その私に、姉様と兄様を殺させるなんて」
「私は父上を殺した」
「そんなの、関係ないじゃない」
「…」
サンはまた泣き始めた
この兄妹の脳裏には、既に終わりの形が見えている
こんなやりとりは、初めてじゃない、今まで何度もしてきた
多分、あれは練習だったのだ
今、本番を迎えているのだ
「私は産まれた時から、どこか、はぐれていたように思う、それが
今、新しい皇となるための資質だったと解った」
「…」
「父上からも、姉上からも、サワンからも、どこか距離があった、
それでも、お前だけは一緒だった、お前がいるおかげで、私は皇族だった」
「悲しい」
「サン」
「兄様は、なんで、どうしていつも、全て自分で決めてしまうの、諦めてしまうの」
「誰にも相談ができないのだから」
「そんなわけ、サワン兄様はずっと、兄様のことを慕っておいでだったのに」
「しかし、先、刃向かってきたのだ、結局そうだったのだよ」
残酷な話だ、刃向かってくるように仕向けたじゃないか
私を使って
絶望的なことだ、改めてまざまざと顛末を追っていく
惨い、誰に対して、おそらくこの家族についてだろう
「孤独をわざと作っていく」
「そう見えるかもしれない、だが違う、違和感があったんだ世界に対して、
そしてそれは私が新しい時代のそれだったからだ、天啓だったんだよ」
兄はもう一度優しい眼を作った
柔らかく肩に手をおいた
華奢な体躯、娘は萎れている、泣いたせいだろうか
命が枯れているようにも見える
「ともに歩もう、お前が必要だ」
「嘘」
「そんなこと」
「大丈夫、もう、兄様の孤独はなくなりました、全てが皆、あなたに従う
それはとても優しくて心地の良い世界に、ただ、一点を除いて」
サンは笑った
そしてシャロムの頬を撫でる
まるで、子供をあやすような、姉が弟をたしなめるような
「私は、もう用が済んでいます、あとは害をなすばかりです」
「そのようなことはない、古来、皇族の兄妹が契るなど、珍しくも」
「本当に?兄様、父上と姉様のことを見て、嫌悪された貴方が、本当にそのように」
「!サン、お前どうし」
「知らないのは、サワン兄様だけでした、そんな兄様を私は好いていたのですよ」
「サン」
「最後のひとつ、兄様の支配下とならない私、完璧な世界のためにどうぞ、捧げましょう
神のために命を捧げる、全て、巫女の役目を果たします」
サンがその場に膝を折った
裁きを請うような姿勢で、すらりとそこに在る
シャロムはゆっくりと剣を振り上げる
弟の血に染まったそれで、再度、妹の血で洗う
瞳は兄のそれではなくなった、また、千里眼を用いている時のような
茫々として、どうにも、冷たいそれに
「お前が望むなら、仕方在るまい、残念だ」
「…」
「覚悟!!!!!!!!」
スン、
光が走った
その音があたりを震わせた
巫女は、何が起きたのかわからないまま、眼を開く
罰を請う姿のまま、目の前を、剣を振り上げた神を見上げた
大きく、輝いて、だけど何かが足らない
ドォ
うねりを伴って倒れた
その胸に剣が刺さっている、いや、それは矢だ
サワンが左手に持っていた細い武器
それが、神の体を貫いている
「あに、さま?」
「大丈夫!?」
がば、わけのわからない内、巫女は後ろから抱きすくめられた
いや、庇われるような優しい形
後ろへと、体がさらわれる、兄から離れる
そして、とても温かい感触が体に降りてくる
どこかで見た顔だ、力強く温かい
「やった?」
もう一人誰かがやってきた
随分と若い、一人の男の子という感じだ
左手に弓を持っている、矢を放ったのは彼なのだろう
カブラの矢が神を射抜いた
サクラと二人で、ようやくこの場所に辿り着いた
その時には、もうサワンが倒れている
それを確認して、サクラはそのまま挑みかかろうとした
カブラは必死にそれを止める、二人涙を浮かべて
じっと見守った
その内に、巫女とやりとりをしているのが見えた、
巫女と話を始めると雄々しい光が急速に縮んで、
二人には、神が手に余る者から小さなものになったように感じた
そこで、弓を使った
よい位置を探すうちに、剣を見つけたのだ
カブラは右手で拾うやいなや、それが剣ではなく矢であると見立てた
自分の力を信じて、自分ならばこの武器を矢にできると
念じて、祈り、願った
「サワン様、サワン様…そんな、悔しそうな顔で…」
サクラが泣き始める、すすり泣くようなそれじゃない
わんわんと、大声で泣く
カブラは、その声を聞いて、顔をひきしめ
自分のエモノがどうなったかを確かめている
サンは、少し離れたところでその情景を見ている
その時、ガラス細工が割れるような
繊細な崩壊が起きた、剣が刺さったシャロムの体が
細かな光となって消えた
それは一瞬にして、全てを巻き込むように
輝きが雪崩をうった
「サクラ、手を」
「う、うん、あ、あんたもっ!」
「あ、兄様が」
三人が手を繋いだ
輝きに飲み込まれて、そのまま離ればなれになってしまいそうな
そういう不安から、しっかりと繋がりをもった
三人が繋がり、サクラの手がサワンから離れると
サワンの体も輝きを放ち始めた
「!いけない、カブラ離して、サワン様が、殿下が!」
「ダメだサクラ、もう、殿下は」
「うるっさいっ!!殿下!!」
力にまかせてサクラが振り切ろうとする
いつもならば、その怪力で、カブラなんぞ吹き飛ばされるところだが
その力が働かない、ただ、叫ぶだけの女の子となる
ゆっくりと、その女の子の瞳にサワンが笑いかける
「殿下、生きてる?」
何かを言いかけたような、
サクラの眼にはそう見えた、しかし何も聞こえない
音もなく、その後、同じようにして粉々に砕け散った
跡形もなく、一つ目の光の波を追いかけるように、はらはらと
「殿下、でんかっ!!さわんさまっ!!!!」
「サクラっ」
カブラがしっかりとサクラを捕まえる
いつものように大きく暴れているが
力はまったく少女のそれだ、その違いにカブラは驚くが
今は守ることに全てをかける
星くずのように、光は辺りをしばらく輝かせていた
さらさらと、砂のような、それでも冷たくて、綺麗な
細かくて、甘くて美味しそう
光は、ゆっくりと世界を包み込んで、やがて静まった
光が動くだけで、騒がしいと思っていた
その輝きがなくなると、静かだと感じた
「サクラ?」
「カブラ…、大丈夫、うん」
憑き物が落ちたように、とても静かな表情をしている
カブラは安心して、もう一人を思い出した
左手にちゃんと感触がある
そちらに眼を向ける、満身、何一つ問題はない様子だ
こちらも、もう泣いていない
「貴女も、大丈夫ですか」
「はい、あなた方は?」
「殿下の家臣よ、たった二人の」
サクラは平坦な調子で言った
抑揚がなくて、他人事のようないいざまだ
サンは、二人をよく見る
そして、思い出す
神話の末文を
☆
英雄は右手に武器を持ち、最後の敵を打ち倒した
傍らに女を従える、女はよく英雄を助けた
全てはこの二人より始まる
すなわち、全てを統べるもの、神とはこの英雄を、巫女とはこの女を示す
☆
その後、生き残っていた人々はお互いを確認しあい
途方もなく広い領土に、また新しい町を作り始めた
少しずつ活気を取り戻していく
不思議なことに、シャロムの千里眼の効果はまるでなくなっており
それぞれが、己の思うがままに
新しい時代を歩き始めている
幸いなことに、神代より蘇った異形の力は全て片づいている
だから、また、いちから何もかもをやり直していくだけだ
「サクラ、ただいまー」
「おかえりー、で、どう?」
「いや、それが、最近はなかな…」
「出てけ、敷居をまたぐな」
「なっ、なんでだよ、一日日照りの中歩き回ったのに」
「歩いただけのヤツに寝食与えるような余裕は無ぇのよ」
いつかのようなやりとり
サクラとカブラの二人は一緒に住み始めている
カブラは、王とはならなかった
だから、サクラも巫女とはならなかった
国にも属さない、地域に住んでいる、そういう立場を選んだ
「もう、酷いなぁ」
「独力で生きていくのは色々大変なのよ」
「選んだとはいえ、まぁ、仕方ないなぁ」
しぶしぶカブラは出ていく、だが、そんなに落胆しているわけでもない
元気が出てきたサクラを見て、少しだけ喜びを覚えている
今、サクラには怪力が備わっていない
サワン殿下が置きみやげとしたのだろうか
そんなことを言って、サクラは少しだけ泣いた
ようやく彼女は、その不幸の源と呼ばれたそれを失ったのだ
だが、その代償がサワンを失ったことならば、悲しすぎる
「違うよ、殿下は人の個性を無くすようなことしない、多分、賞味期限が切れ」
言い終わらない内に、もの凄い勢いでカブラはぶっ飛ばされた
どうやら、そんな時だけ力が戻ることもあるらしい
ともあれ、二人だけの生活はコントのようにして続いていく
二人だけで、税金も払わずに、誰に遠慮するわけでもなく生きていく
これは、彼らに与えられた特別な地位だ
二人はうすうす解っている、けども、それを優しさだと思って
何も言わずに受け入れている
二人は神にされた
巫女がそうした
それまでとまるで違う、でも、神話の解釈はそれでも守られる
巫女が新しい国を作り始めていた
彼らを神と崇めることで、一つ、心をまとめた
巫女は神と語らうことを許されている
千里眼によるシャロムの影響はほとんどがなくなったとはいえ
それは自我を取り戻すというその程度の話
心のどこかは、シャロムの存在を知って、また
その神とまた別の神として、カブラとサクラを見ている
これが新しい神話として書き記されることとなる
ある日
いつものように大きなイノシシを追いかけて
三日目の狩りに身を投じたカブラが居た
にこにこ笑いながら、言い渡されたそれは冗談だと思っていたが
サクラは本気だったらしく、これを獲り逃したら
多分帰ることができなくなるだろう
カブラも本気だった、左手に弓、右手には神話の矢をつがえた
神器をそんな使い方してどうするという話だが
背に腹は代えられない
神を殺した矢で、イノシシを殺すのだ
「いまだ」
矢は放たれた
あの時と同じように光となって一瞬にしてイノシシを貫いた
どころか、そのまま、イノシシを粉砕して、光の矢はそのままとんでもない先まで飛んでいった
「ちょ、な、なんで…」
遠くできらり、光ったように見える
かくして、伝説の武器はまたしても失われた
カブラは蒼白となったが、最早どうしようもない
伝説というのはこうやって一つずつ作られていくのだろう
失われた神器の顛末が、まさかこんなことだったとは、真実を知るのは自分だけかと
肩を落とす、ああ、イノシシを取り損ねた…
しぶしぶ、近くの木から食べられそうな果実を集めて
許しを請うため、住処へと戻った
何を謝るべきか、収穫の不備か、いや、既にわかっている、神器の、ああ
考えるだけで、サクラの力を呼び戻すに十分な話だ
しかし、いい加減に家で眠りたい
そう思うと、謝ってなんとかなるだろうと妥協した
人間というのは、疲れてくると正常な判断がくだせなくなってしまう
哀れだが、いた仕方ない
とぼとぼと貢ぎ物をもって帰ってきた
肉が欲しいと言われていたが、仕方ない、とれないものはとれない
「ただい…」
カブラはそっと中を伺って、気を失いかけた
神器の矢が家の壁に刺さっている
ああ、こんなところによりにもよって…
考えてみると、確かにこの向きだったような気がせんでもない
住人を確認する
とりあえず、サクラに刺さるということはなかったらしい
無事ならいいや
自分の安否はこの際、訊ねないでおく
「サクラ、その、ごめ」
「カブラ、サワン様が帰ってきたよ」
「なぬ?」
「あれ、矢が、ほら、私を助けてくれた」
指さす方向に、矢は刺さっている
だが、その戦端、驚いたことに、ゴキブリを刺し殺している
奇蹟というのは起きるものだ、こんな、いとも簡単に
カブラは思う、しかし、話をあわせるべきだ
「助けたって、その」
「乙女の敵を倒してくれたのよ、十分」
「そ、そうか」
から笑いというか、渇いた笑いで
なんとか和もうと、違和感をなくそうとカブラが努力する
しんみりした感じ、うまくいっている
くるりとサクラが振り返った
「…なんつって、許して貰えると思ったか」
「え”っ」
「あんたが射ったんだろ、カブラ、あ?言ってみなさい」
「は、はい、おっしゃる通りです」
「色々、叱りつけないことがたくさんあるけど、でも」
サクラは笑った
他意というのだろうか、嫌味とかそういうのは含まれていない
純粋に笑っている
「ありがとう、一瞬だけど、本当に殿下を思い出したんだ」
「サクラ…」
「多分、殿下は力を使って熔けてしまったんだ、言ってたじゃない、
力が広がっていくと消えてしまうって、それなんだよ」
サクラなりに何かの結論が出ているんだ
カブラはじっと、それを聞いている
「今でも、ここに居る、サワン様はここに在るんだ」
自分の胸に手を置いた
なんというわけでもない
よく、人がするそれと何一つかわらない
でも、本当にそうなんだな、カブラは酷く納得した
短い間に教えて貰ったことをなぞるようになっている
こういうのが神の教えというのだろうか
何代かくだって、また、このことを少しずつ忘れていくうちに
多分神になっていくだろうか
どうでもいい
好きな人が大切なことを教えてくれたんだ、それだけで十分だ
しかも、分かり合える人もいるのだ
神の夫婦も、女房のほうが強かった
そんな風に言われるようになる
そういうのが、本当の神話で
あとは多分、伝え間違えたそれなんだろう
神話も伝説も、未だ続く物語だ
終わることなく、いつまでも
おわり
ご愛読ありがとうございました
(08/08/11)