K
伝説には、巫女の役割の重要さが記されている
英雄を助け、励まし、勇気を与え
その協力がなければ、英雄はその試練を乗り越えられなかったろうと
述懐されている
城にて
「長続きしない世界ばかり」
巫女は泣きながら朗じた
神話の終幕を唄う
拍子を取るため、鈴を四拍に一度鳴らす
もの悲しい音が、調べを織る
あたりに人の気配はない、時を刻むように鈴は規則正しく震える
「同じように始まって、同じように終わる、ずっとそれが続く」
これは、伝説の冒頭にある文章だ
「終わらせるために、常に現れ続ける」
これは、神話の冒頭にある文章だ
その後に続く物語は、方向こそ違えども
おおよそ同じことを唄い綴る
誰かが、それまでの世界を壊して、新しいものを構築する
何度も繰り返されてきた、王家や皇家といったものたちの記録
国の始まりを記すには、ごくわずかな言葉だけしか使われない
詳細を告げないことで、神秘性を高めている
そういう側面もあるだろう
「全ての始まりは、それまでからの裏切りでしかない…」
巫女は泣きながら、呟いた
これは演奏の上に乗らない台詞だ
彼女が紡いだオリジナルの挿話だ
自分が納得できないとき、その元凶を叩きつぶす
それが、体制であるか、組織であるか、ただ、一人の人間であるか
さほどの違いがなく、今また、最初のページが開かれる
「兄様…」
二人の兄を呼んだ
人間の巫女は、神二柱を呼び、目を伏せた
涙が滴となって落ちる、床にしずりと吸い込まれていく
☆
「しかし、お前と組んで本当によかった」
「それはそれは」
ウソツキのことを貴族が褒めている
彼らは、大勢の軍人を引き連れて、戦功と戦績をより立派にするため働いている
神の意向に背かないようにしつつ
最大の働きを見せている
ウソツキは戦争指導者として、随分な才能を持ち合わせたらしく
優れた運動指揮をとっていた
どこの部隊よりも早く動き、戦い、勝ち続けた
貴族は、ウソツキに軍師役をまかせ、一人、あがってくる利益を貪り散らかした
「しかし、お前は凄まじいな」
「何がですかな」
「異民族も、お前からすれば、むしろ味方とも思えるそれらを
まさにムシケラのように蹴散らし続ける、これを凄いと呼ぶんだ」
貴族はさもうれしそうに、その残虐性を褒めた
気分はすっかり英雄話のそれだ
なみいる敵を叩き潰す、そこに正義があり自分の価値が最大になっていく
至極たまらぬ快楽と悦楽と享楽を全てごたまぜに手に入れる
「しかし見ろ、まるで浄化の絵そのものじゃないか」
「そうですか」
「そうだとも、お前は知らないだろう、城に飾ってある名うての巨匠が描いた
凄まじい巨大壁画、あれを見て魂を喰われたように思っていたが、なに、
本物を見れば、なんと陳腐だったことか!」
「いったい、なんの絵だったのですかな」
「神話の終幕だ、神がその力で創造をしていく、その際に
一切合切の邪魔な者が、ほら、あのように、はははははっ、また死んだっ
こういうことだったのだ、絵では天使が優しげに微笑んでいたが、今は俺が嗤っている」
「終幕、なるほど、私もよく似た光景を知っています」
「ほう?」
貴族は、あいかわらず、目をらんらんと輝かせて
兵隊達の勤勉ぶりを観察している
本当によく働く、そして、どんどん進む、ずんずんと進む
彼ら二人は、荷車のような、見張り台と兼用となった車に乗って進んでいる
先鋒によって平らとなった土地を、がらがらと走り抜けるわけだ
高い位置にあるため、荷車を引いている男達もこの二人が見えない
ある種の密室だ
「伝説の中幕ですな」
「伝説?」
貴族は伝説の存在を知らない
ウソツキはつまらなそうな顔をして、
その一部を朗読する、正式には諳んじたそれを唄う
「惨劇と悲しみのあと、勇ましき者来る、たくわえし力をもって、
それらの悲劇と惨たらしさを救い、武器を右手に、信念を左手に、
敵をひとときに、ひと場所にて、打倒する…」
「?それのどこが、この風景に」
「あの風景が、惨劇と悲劇、そして…」
ウソツキは頃合いだと言わぬばかりの顔を見せた
貴族は剣を抜いた、目の前の男を生かしておけない
そういう判断が、台詞の裏で動いて見える
めまぐるしく思惑が躍る、それまでが嘘だったように
二人はお互いを敵だと認識し始める
正式には、貴族が目の前の男を敵視する
予言者は元々そのつもりだった
「まもなく、勇ましき者が現れる、まぁこれまでと違い、大勢でやってくるのだがな」
「貴様、我らが軍を騙しおったかっ!!!」
「何を言うか、今まで俺が言った、予言した通りとなっただろう、だからだ、
もう一つ予言してやろう、貴様らはまとめて全部が打倒される運命にあるのだっ」
ぱっ!!!
紙に浮かんだ文字が輝く
まばゆさに貴族の剣は大きくそれて床を斬った
その隙を見てウソツキが思いっきり蹴倒す、
貴族は見張り台から真っ逆様に落ちる、続いて、動揺が全軍を揺すった
主が落ちたことにではない、状況が急に悪化したからだ
「時機が来た、戦おう同志よ、さぁ、やってこい我らが国のために」
軍隊は、お互いの部隊を救援できない距離、また、地形に陣取らされている
だから、孤軍となって、敵と対決しなくてはならない
それまで、千里眼などの力による、圧倒的な包囲殲滅を広げてきたが
今、この時点においては、ゲリラ作戦と呼べる、浸透攻撃に晒されて
いいように殴り倒されていく
それは、誰が始めると言うでもなく、じわじわと蝕んだ
漆喰が水を吸って砕けるような、そんな柔らかい崩壊を見せる
這い出てきたのは他部族の連合だ
当然炎の部族もいるだろう、ウソツキの予想では
その炎の部族、自分の父が彼らを駆り立てていると信じている
伝説を信じて、他部族も皆、共通の敵に対して牙を剥いた
乱戦となれば、他部族にも戦える自信が湧いてくる
それでも五分五分だが、今までよりは遙かによい
「急ごう、この勢いで、ヤツらの城を…」
ウソツキは見張り台から飛び降りる
下で右往左往している、味方(今となっては敵だが)を踏み台にして
伝令役などと嘘を騙り、その場を脱していった
まだまだ、大地が血を欲したかのように、諍いと争いは止む気配すらない
「馬を貸せ、お前達はここを死守せよ、落ちた貴族様の亡骸は隠しておけ!」
命令だけを大きな声で伝える
その迫力と口調から、兵隊達は当たり前に従っていく
貴族は死んだのか、気を失ったのか
わからないが動かなくなっているのは確からしい
あちこちで断末魔があがっている、力の者達が葬られていく声だ
「敵は何か、別の力をもって挑んできておる!力の将軍は固まって堅守せよ!」
馬で駆けめぐりながら、そんな偽伝を次々と発する
ウソツキはこの時のために、様々な男達と偽りの絆を結んできた
いや、全ては伝説の通りに行動をおこしてきた
自分は、その伝説を伝える伝道師、預言者だ
彼の予言は絶対だ、貴族や将軍はまたぞろ
予言者の言うとおりに事業をし、儲けをさらってきて、貪り醜く肥え太ってきた
「集まってきたか…、もう少し」
馬を走らせて、予定の場所にそれらを誘う
地面には早くからこしらえられていた炎の部族が使う
最大級の魔法が施されている
紙を輝かせるような、生やさしいものじゃない
封印を施すそれだ
ぼうあ、
間抜けな音が広がった、空間が一瞬だけたわむ
その波動にまきこまれて、全員がもの凄く重たい風を受けたように顔を歪ませる
息が詰まるような、重苦しい空気がうねうねと広がった
兵隊達は転げ回り、その場所を中心として
大きな渦が一度、ぐるりと広がって全てを外側になぎ倒した
「成功した、やった、全てはこのために!」
一番間近で転んでいたウソツキが起きあがる
爆心地と呼べばいいのか、その中心にあたる場所では
力を持ったそれぞれが、ぐったりと横たわって、人間の姿を晒している
力を引きちぎられた、伝説ではそう記されている状態になった、
死んだ者も何人かいるだろう、動かないそれらの塊を見て
ウソツキは何度も、何度も頷いた
「やた、やたっ!!!やったっっ!!!!」
「息子よ!!」
「!父上、み、皆も…」
炎の部族の何人かがやってきた
彼らもまた、この結末、このしざまをよくよく知っている
全ては言い伝えられてきた話の通り
「やりました、これでもう、あとはただ、城を破るだけ…」
「そうか、全てか、何もかも予言の通りだ、何も喜ぶほどでもない」
「ちちうえ?」
ウソツキは、うむうむと頷く父親を遠くに見た
そういう感じがした
ああ、これは…
似た感情、似た空気、似た表情を知っている
震えがのぼってきた、炎の部族たちはじっとウソツキを見ている
どれもこれも、彼をウソツキだと罵ってきた輩だ
父はそれらを止めることなく、自分を野放しとしていた
なぜ、今思い出すのに、どうして今まで、この時まで
俺は一方的に信用をしていたのだ
「貴様らっ!!!!」
「この愚か者、我らが力にて起きたことを、己の手柄のように嘘をつくとは」
「!!!馬鹿な、私が、私にしかできないことだ、そんなこと、皆が知って…」
他の部族も集まってきている
それらは、この炎の部族の伝説に教化された連中だ
言うなれば、全て、彼らの思い通りとなっている
そして、その思い通りとさせている教典に
この哀れな男はウソツキとして名前を刻まれている
「こいつは、敵に与して、軍隊を率いておった輩ではないか!!」
「おのれ、同族の仇、貴様、生きておられると…」
「ち、違う!!これは、いや、あれは全て伝説の通りで…」
「嘘を吐くな!!伝説によれば、貴様のような裏切り者のせいで、
苦境を得て、だが、その悔しさに反逆を覚えるとあるではないか」
「そんな伝説、う、嘘だ…」
後ずさる、自失した表情のまま
だが、まわりはすっかりと囲まれている
父親が居なくなっている、仲間ではない部族ばかりがいる
ああ、最初から、こうなるように…
ウソツキは、本当の伝説を教えられていなかった、正式には
本当の伝説に「彼は嘘を吐くという役目」を与えられていた
だから、嘘を教えられてきた、そして、今、これだ
「こんな、伝説の通りだのに、それを一人のせいにするなんて…そんな」
伝説や神話は物語めいているが、その性格は残忍な思想書であり
支配者の横暴が盛り込まれている、全ては美化され
何もかもは正当化され、嘘で塗り固められている
彼はそういう役をし遂げて、最も貢献する
しかしそれは絶対に尊敬されない貧乏くじだ、その方が都合がよい、そういうことがある
「こんなことがっ!!!!」
ぱぁあああっっ!!!
紙を輝かせる、一瞬の隙を衝く、馬を、馬に乗って逃げて!
ウソツキは逃げた、なりふり構わず、ただ
馬を探し、それに乗った、罵声と怒号が追ってくる
何本もの矢が射かけられる、背中に痛みが幾つも増えていく
馬にしがみつき、ただ逃げる
「もうよかろう、あんなものに関わる必要もない、我らは急がなくてはならない」
「おお、二日の侵攻だな」
「そうだ、約束の戦いがついに始まる、皆の者続け、我らが伝説のままに」
部族達は、また徒党を組み移動を始めた
神の軍はことごとくがちりぢりとなり
将軍や力の者を失った影響で散々なこととなった
逃げまどう彼らを叩きのめす、そしてまた先を急ぐ
シャロムを倒し、その座を奪い取るため
神話が伝説が、いずれかの脈に己が乗るために急ぐ
☆
「世界が、凄く静かだ…」
穴蔵から出てきた
あまりのまぶしさに、目を開いていられない
カブラが先頭で、安全を確認している
薄目であたりを見るが、まるで、生き物全てが存在しないかと思うほど
静謐、水や、風や、そういった物の音すら聞こえてこない
「カブラどうなの?死んだ?」
「生きてるよ!サワン様大丈夫だと思われます」
「あによ、全然役に立たない、それじゃ物見の意味がないじゃない」
思う、なんていう曖昧な報告をする男子に
サクラは罵声を浴びせる、しかし、二人はその曖昧な言葉が
言葉面以上に確かだと知っている
ゆっくりと出てきて、同じように目を細めた
「眩しいー、…静かね」
「兄上の力のせいだろうな」
サワンは左手にしっかりと武器を握りしめている、神器と言われるそれだ
父と姉だったものから受け継いだ
そこから想像される未来は、あまりよろしくない
この剣で兄と戦う、すなわち、兄を殺すこととなるのだろう
そうせずに、何かあるだろうか、そもそも、どうしてこのようになったのか
「サンが、何か知っているかもしれないな」
「サン?って、あの巫女?」
「サクラ、何故知っている」
「いや、サワン様が危なかった時、側に居た人でしょ、なんか悲しそうだった」
「そう、か」
「そういう道もあるかって言われたよ」
「?」
「二人とも静かに!何かくるよ」
反射的に二人は身構えてまた、洞穴のほうへと後ずさった
カブラが耳をすませながら、ひたりひたり、一歩ずつ下がってくる
相手に気配を読ませないためだろう
だが、相手はおかまいなしにやってきた
動物の動く音、だが、あまりにも油断がない
ぶるひひひひひ
「馬?あ、人が乗って…」
カブラが弓を構えるが、すぐにやめた
馬の背にある人間は自分ではない誰かの矢により
血だるまになっている
「大変だ、だ、大丈夫か!」
「カブラ!不用意だよっ」
「言ってる場合じゃないよ、おい、おい…て、あ」
カブラの動きが止まる
サクラとサワンが近づいた、二人もまた動きを止める
「予言者さん」
カブラが絞り出すように言った
したたり落ちる血は、もう流れるものがなくなるほどに
赤々と、瑞々しくある
(08/07/08)