K
陸続きの世界だけども
人が住んでいる面積は意外なほど小さい
肉屋と八百屋が離れていては、買い物もおちおちできやしない
だからきっと密集して、町や村を造るんだ
「近隣全てと呼べますな」
「占いの結果か?それとも」
「率直な感想ですよ」
シャロム側仕えの若い貴族とウソツキが話をしている
地図を見て、数日だろうか、数週間だろうか、
ほんの少し前まで、町や村と呼ばれる
異民族の集落があったであろう、それこれのほとんどが駆逐された
全て、神の力によるものだ
皮肉をこめる調子で、ウソツキは貴族に話しかける
「浄化作戦は終了ということですか」
「さて、それは神のみぞ知る話さ」
「随分と楽しそうですな、笑顔がたえませんな」
「まぁ、勝つというのは、それだけで楽しいと思える、そういう話だ」
貴族は満足そうにうなづいている
ウソツキは薄ら笑いを浮かべているだけで
相変わらず何も悟らせないまま、ただ、胡散臭い
「まぁ、産めよ殖やせよ、これから、我らが手ずから聖地を作るのだ」
「遠回りですな」
「仕方有るまい、全ては」
「神の思し召し」
「そういうことさ、わかってきたか?」
貴族は笑ったままだった
為政者としては、労働力が足らないというのは悩みだろうが、
人手が足らないという事情は悪いことじゃない
仕事がなくて悪人が増えるよりは数倍マシだ
平民はそれで、しばらく忙しく動いてことたりるだろう
「まぁ、力を持ったものからすれば、ちょうどよい広さになったとも思えるわけさ」
「ははは、体躯もバケモノのように大きくならぬことを祈るばかりですな」
ぎっ、少しだけ強い視線を貴族は見せた
皮肉に気付いたのか、ウソツキの軽口を疎ましいと目で訴えた
脅えた様子で、軽くいなすウソツキ
「それよりも、今後はどのようにされるおつもりで」
「ふん、家を建て、国を造るというのは間違いがないだろう、
これだけ大規模に領地を増やしたことが過去にはない、
しばらく割譲の問題で右往左往するであろうさ」
「なるほど、では、私はよろしい土地柄でも占う仕事でもしましょう」
「ははは、流石、抜け目がないな、俺にもよいところを紹介しろよ」
「仰せのままに」
うやうやしく頭を下げて、頃合いと見たのだろう
ウソツキはその場を離れた
何もかもをシャロムのせいにして、利権だけを貪るか…
側仕えの貴族以外の為政者とも、ウソツキは繋がりを持っている
どいつもこいつも、言うことは同じだ
それが正しいとも思えるが、そういう怠惰な政治家達が、しっかりと国の骨となって
下に苦しみを植えている、そう見ている
「どうとでもなるがいい、さて、巫女の機嫌伺いもしておくか」
そうして、サンのもとへと足を向ける
これをこの男は毎日続けている
サワン達と別れて、あの事件の後、一ヶ月の間そうしてきている
☆
「殿下っ、ご飯できたよぅ、できたよぅ♪」
「ああ、今日も元気だなサクラは」
「一ヶ月も経つのに、殿下が元気なさすぎなんだよ」
「カブラはどうしてる?」
「外でイノシシさばいてる」
「生活臭が凄いな、まったく」
笑顔で、サクラが差し出した飯碗と汁椀を受け取った
カブラというのは、サクラとともに逃げてきた弓兵の名前だ
まだ少年兵だが、思うところがあった様子で
サワンによく尽くしている
「サクラ、次に市が立つのはいつだ?」
「雨の日だって、前に聞きました」
「曖昧な」
「そうでないと、捕まったら大変だもん、千里眼は恐ろしいって、子供まで知ってる」
「なるほどなぁ…お、うまいな今日の汁物」
そう言われて、にこりとサクラは笑った
サワンは特に傷を負ったわけでもなく、不自由無く暮らしているといえる
表面上はまったく違和感がない、むしろ、より順化している
なにせ、あの時に一切の力を失ったのだ、
様々な敵より吸い取った力の数々や超人的な力など、
多少の不自由を覚えたが、すぐに、人間だった頃に、今の状態に慣れてしまった
そんな中、慣れることができないのは、爺を喪ったという大きな心の痛みだ
サワンは今、ただの人間として、シャロム達から逃れるようにひっそりと生きている
サクラ達と三人だが、散見する他部族の生き残り達と出会い、
不定期に開かれる市にて、情報の共有や、存在の確認をしている
「でも市は危ないかも、カブラが言ってたけど、わざと逃してて
一網打尽にされるんじゃないかって」
「しかし、炎の部族に会わないといけないんだ」
「!」
サクラは驚いた顔で言葉を失った
シャロムの次の言葉を待つ
その表情を読みながら、シャロムは真剣な表情で言葉を選ぶ
「冥府というところに行かないといけない、その場所を教えて貰うんだ」
「冥府って、あの世じゃないの?ちょ、それって」
「わからない、そう言うところかもしれないし、違うかもしれない、
姉上にそう言われたんだ、そして私が知る限り、そういうのが解るのは彼らだけだ」
「あの胡散臭いヤツのこと?でも、あれは」
「騙されたわけじゃないんだ、サクラ、私は確かに姉上に会いたかったし、会わなくてはならなかった、
だから、あいつは予言者だったんだよ、色々あったけど、間違いじゃない」
サクラは納得できないような表情でいる
しかし、サワンに口答えはしない、真摯な瞳で信じていると言われて
それをどうこう言うほど無粋ではなくなっている
この少しの期間で、少女は随分成長したのかもしれない
布張りのテントで家のようなものを作って、そこに棲んでいる
その外側をぴろりとめくって、カブラが入ってきた、獣の臭いが生々しい
「明日、雨になりそうだよ、サクラ」
「え、意外と早い…殿下どうされます?」
「三人で行こう、カブラ用意しておけよ、市へ行く」
入ってくるなり自分の台詞が思わぬこととなった
カブラは少しだけ脅えた表情を見せたが
彼はこういう性分、気弱で、軟弱で、頼りがいがどうしてもないけども
それでも、自分の意志でここにいる
サワンは彼のそんな所を好きだと褒めた
カブラはそれだけで、ここを選んでよかったと思った
サクラはその様子を見て笑った
そういう関係の三人が、翌日、雨の中ゆるりと森に入っていった
「雨だと千里眼がきかないんですかね」
「そうかもしれないな、雨粒も一つとして数えるから、特定しにくいのかも」
サワンはかつてを思い出している、千里眼とはおそらく
自分が希薄で曖昧になっていくあの手法のことだろうと、自分だけにしか理解できない
その感覚をなぞる、雨だと雨粒に自分が熔けてしまうのかもしれない
それを避けながら、他に浸透する先を探すのはいささか骨が折れるだろう
「見えてきた、あ、今回は結構多いのかも…」
サクラが言うと、うっすらと人影が浮かび始めた
やがて、それが数百の数になった、随分と大きなものだ、わずかながら賑わいを感じる
皆が、雨の中、物品交換や談笑をしている、かつては考えられなかった光景とも思える
異民族同士で、ここまで友好的な、戦意のない交流は見たことがない
「私は少し買い物をしてきます、カブラ、殿下をお願いね」
サクラは人ごみに消えていった
というよりも、雨煙に消えたという具合だ
まるで霧が出ているような、そんな静かだけども、包み込むようにたくさんの細かい雨
カブラの導きに従って、あるテントにやってきた
テントと言っても、木で組んだものの天蓋を布と革でどうにかした代物
サワン達三人が棲んでいた、仮小屋と大差はない
そのテントの中に、一人の中年が座っている
「やった参られたか、神の皇子よ」
「!…それも予言の力?あなた方は、皆そのような力を持っているのか」
「いや、私の家系だけだ、かつて貴方を導いた男は、私の息子なのだ」
中年は、ゆるやかに表情を崩すとサワンに席を促した
従うまま、サワンは腰をおちつける
おどおどとしてカブラはその後ろに立った
中年以外に人間はおろか、動物の気配すらない
「お探しの冥府は、南の洞穴の奥だと言われています」
「言われてるということは、知らないのですか」
「行ったことがありませんので」
声色が落ち着いている、そして息子とはまるで違うと感じた
正直と呼んだらよいのだろう、真っ直ぐにてらいもなく放たれる言葉
嘘をついているとは思えないし、そういうことをしないと信じさせる
息子とはまるで真逆に見える
「しかし、随分遠回りをなされましたな」
「それはどういう意味ですか?」
「ご自分で探そうとなさったり、もっとお早く私の所へ来られるかと思っておりましたので」
サワンは苦く笑った
「予言者様とも思えぬ言葉だ、わかっていたのでしょう、私がそうすると」
「いや、それは誤解をされている」
中年は少し、違和感があると
柔らかい笑顔のままで告げる、手を優しく振って
否定の意志を向けてくる
「我々は、確かに導く力を有しておりますが、ほとんどが、伝説の通りなのです、
だから伝説の伝聞を予言のようにして語るだけなのです」
「伝説の?さて、私の知る神話とは別ということですか」
「そう、あなた方の話と、我々の話、両方が示すことこそが、過去の真実です」
興味深いな
サワンはさらに深く、伝説とやらを聞きたいと思った、しかし、
その好奇心を嫌うように、中年は会話の軸を少しだけずらす
「我々も、あなた方の本当の神話を知らない、統治のために流布された物語ではない、
真実の話を知ることはありません、これは、我々の伝説を貴方が知らないのと同じです」
「わかりました、なに、あなたに聞かなくとも、この後、私はそれを体験するというのでしょう」
「おそらくは、貴方が伝説のそれならば」
「面白い話を聞かせて頂いた、ありがとう」
言うとサワンは立ち上がった
カブラは立ったままだったが、姿勢を少しだけただした
中年は何も言わず見送り、二人が外に出るとちょうどサクラと再会した
「いかがでした?」
「南だ、急がないといけない」
「一ヶ月も、ちんたらしたからね」
「余計なことを言うんじゃないよ」
サワンはそう笑った、雨はまだ降っているが
西の空が明るくなりはじめている
まもなくあがるのだろう、気付いた様子で他の部族の幾人かも
テントを畳みだした
三人は馬車に乗ってその場から南へと道をとった
移動の最中、ふと、中年の言葉にひっかかりを覚えた
「神話の通りとなるのか…、書庫にあった、あの古い神話の…」
サワンは一節を思い出す、牢獄で読んだあのおとぎ話めいたそれ
混沌の頃、親は子と争い、
子は兄弟と争い、兄弟は隣人と争う
全てが定まらぬ世に、全ては争い己を生かすため
ただ争い続けた
嫌な予感がする、何も知らないサクラの「ちんたら」という言葉が
鋭くえぐるように思う、遠回り、遅くなった、ようやく、
手綱に力がこもる、馬の足が少しだけ早くなる
☆
「シャロム皇!」
「わかっている、始まったのだ、思ったよりも早い、着実と混沌の時代に…」
慌てた様子の側仕えの貴族をシャロムは制した
貴族は息を切らせている、尋常ではない慌てぶりだ
しかし、そんな人間臭さが邪魔くさいと言うように
シャロムは王座で、静かに目を閉じた
「秩序を、造らねばなるまいな」
貴族は、初めてなんだろう、目の前の男が人間ではないと明確に理解した
それまでは、どこか、想像の先にあるものとして許容していたが
今、この時に至って、目の前の男が神である
そう畏れを抱いた、畏怖というのだ、畏敬というのだ、震えは恐怖と敬愛からやってくる
理屈ではない、目を閉じて、座っている
ただそれだけなのに、圧され、震えが止まらない
町辻で突然にそれらは行われはじめた
貴族の血を継いでいない、ただの平民と思われた中から
正しくは、彼らの子供が力を持って産まれてきた
産まれたばかりの赤子が、圧倒的な力を持ち
無垢な破壊衝動が、地獄とは異なる
しかし、悲惨極まりないそれらの絵図を描くに至った
力により、産まれた瞬間から他人となり、争うことを定めづけられ
それらは、動物に見る世界よりも、もう一つ前、幼稚な、下等な生き物のようだ
親と子の世代が曖昧になる、秩序の一つが壊れた世界が現れる
子と呼ばれていたものは、親と呼ばれていたものを他者として、敵として対応を行った
その事実を見て、別の親と呼ばれていたものが、別の子と呼ばれていたものに予防を行った
「悪魔が、いずれも滅ぼさねばなるまい」
シャロムは呟いた
自分となんら変わらない力を持つものたち、
神と同等のものを、悪魔と名付けた
そこにあるだけで、それが秩序となる、そんな理不尽を備えた生き物を
全て、自分のルールに従わせるため
「サン…力を貸してくれ…」
妹の名前を呟いて、瞳を開いた
貴族は腰がくだけたようにその場に崩れた
シャロムより発せられたこの力が、
四方に逃げ隠れしている部族も、何もかもを巻き込んで、
余すことなく、くまなく浸透した
千里眼が解放される
全てが、神の意志に隷属する、彼の思念のような、熔けたそれが届く範囲の全てが
神のもとに一つとなった
☆
「暗い、でも、あんまり怖くないですね」
「私は怖いよ」
「殿下、大丈夫だよ、私がついてる、いちおうカブラもついてる」
「いちおうって言うな!」
ひたり、ひたり
三人は洞窟を歩いている、それはただの洞穴のはずだった、
しかし、地の底に向かう長い長い道が続いた
とうの昔に、この洞穴の領域を踏破したように思う
いつからか、何かを踏み越えたんだろう
それはおそらく、シャロムの千里眼が解放された時なのだ、
それまでの常識と呼ばれたルールが崩壊した時、
三人はそれを知るはずもない
「!待て」
サワンが急に大きな声を出した
さっと、サクラとカブラが身構える
暗がり、だのに、足をつまづくことがなく
目には見えていないのに、足の置き所が解るような
そんな場所
目の前に何かがいる、それが解った
「なんだ?」
ぐず、ぐず、ぐず
「音?声?な、なんか、気持ち悪い」
カブラが弓を構えた
サクラは大きな岩をかついだ
サワンはじっと、睨み付けている
ぽあ
急にそれは、仄かな光を放った
一瞬だけ姿が見えた
その瞬間に、サクラとカブラの動きが止まった
呼吸を忘れて、人形になったかのようだ
だが、生きているし、気絶もしていない
ただ、心は大きくへし折れたように思う、怖くてもう動けない
「二人とも下がっていろ」
「で、でも…」
「動けないだろ、そうか、下がることもできないよな」
「殿下だって、ふ、震えてるよ」
「大丈夫だ」
サワンは優しく言って、彼らが下がるではなく
自分が前に出るという選択をした
ふるり、足が震える、言われた通りだ、でも仕方ない
「相手になるよ」
影に向かって話しかけた、そして、今度は奮い立つため叫ぶ
「勝負だっ!!爺っ!!!」
ぽあ、
また仄かに光った、黒外套の老人は、暗がりでわずかに笑ったように見えた
(08/06/11)