K


状況を把握し、
戦局を読み解き、
戦略を練る
戦術は最後、ある成果を得るための手段にすぎない

「殿下っ!!!!!!」

馬を駆けさせ、爺は外套を翻した
黒づくめの装束に、細く長い手足が滑稽にも見える
その両腕には鈎爪、痩せているというではなく引き締まった体躯
戦場に出ると血圧があがる、アドレナリンが年甲斐もなくあふれ出る、若返る、
そんな時期も過ぎたほどに年老いている
今の爺は、一人の年寄りに過ぎない、漲る力など些末なものだ
爺ができることは、次世代への希望を紡ぐことだ
残された力はあまりにも小さい

「長く生きすぎたが、この日の為だったのだ」

独り言を吼えた
身に付けた老骨を何もかも披露するつもり
馬をそのまま、殿下の妹君にぶつける覚悟
奇声に近い、大声で威嚇を放つ
当然、ありとあらゆる敵の目が注がれる
まだ、サワンへの距離はずいぶんとある

「せあああああああああああっっっっ!!!!!」

「敵か!?槍兵!!前へ!、早く、早うせぬかっ」

わらわら、敵兵団の隊長とおぼしきものが
大きな声で隊に指示をまわす
巫女と、暴れ馬との間に壁を作るように陣をなす
馬の上の老人はそれを見ても、速度を緩めない
馬も主の心を知ってか、まるで脅えることがない
ただ、真っ直ぐにそこへと走り込む

「控えよ、下郎どもっ!!!サワン殿下付きの爺であるっっ!!!!」

「!黒外套の老人っ、前衛いかんっ、気を…」

知ったものが何人かはいるのだろう
その動揺が全体を少しだけ揺すった
それを見て、計算通りというのだろう、爺が教練の手本を見せるごとく
最も揺れた場所に突撃をしかけ、あらぬかぎりの力を注ぎ、突き破っていく

ぶひひひひひひーーーーー

馬の嘶きが一際大きくなる、どこかやられたのだろう
芋洗いのように人間がひしめくその場所で
巨大なほ乳類は慟哭をあげて、伏せる
馬上の人は既に居ない、馬をとめた男達は畏れ、震え、脅えてそれを探る

「馬鹿者っ!!密着しすぎだ、早く、隊列を組みなおさぬかっ」

「は、はいっ!!!」

一際大きな声に従って、すぐに持ち場へと戻りはじめる兵隊
だが、その声の主が誰なのか、まるでわかっていない
その主こそが黒外套の老人、鈎爪を隠したまま
すたりすたりと、合間をぬっていく

「あっ、貴様っ!!!」

あと、どれほどここで暴れていられるか
爺は考えながら、その男の口を塞いで、静かに命を吸い取った
老骨は基本的に行動不能とするダメージを与える技術だが、
いくつかの暗殺術のそれも備えている
爺は、そのあたりも当然のように極めている、
のすり、重たい音をたてて男を倒す
ただ、歩いていて、ちょっとぶつかっただけのようにしか見えない
それを捨てて、また、少しずつ前へと進む
まだ、ほとんどの者が気付いていない
だが、次々と、気付くものが現れて、それを消してという行動

七人もその手で葬ったのは、僥倖としか呼べないだろう
運が向いているのだ、爺は神に感謝をする
しかし、そんな幸運がなにになるのだろうか、
疑問のようなものを浮かべる、既に数十人の単位で
自分を取り囲み、殺意を向けてきている、この状況になる時間が
ほんの少しだけ遅れただけのこと

もの凄い格闘戦となった

近接戦闘の極みとも呼べるような肉弾戦
既に左手の鈎爪は無くなっている、誰かに刺さったまま手元から消えていった、
だが畏れるようなものは何もない、もともと鈎爪など、武器など不要なのだ
乱戦となって、一対複数での戦いで、瞬時に敵の戦闘能力を奪う技術を持っている
それは、全身のどの部分でもかまわない
老骨という技を駆使できれば、それで十分だ

爺の動きは相変わらず緩慢だが、誰も捕らえることができず
近づけた足が折られ、伸ばした腕が折られ、前へ出る心が折られる

動けなくなる敵の山を築く、もう殺すような手間をかけることもできない
主に膝、足首を破壊することに始終
それだけで、随分と小さな力で敵を減らすことができる
しかし、それももう

ぜがー、ぜがー、
喉から、獣の声を上げる、焼けるように熱い
全身にものすごいだるさが残っている
敵の力を利用するとはいえ、駆使する全ての動作は、自分から行うのだ
老人にはこれ以上の運動は無理だろう
既に、手傷も随分と負っている、それでも前に進みながら、ただ、殿下に近づきたい
そう思っただけだというのに、まるで、その姿のかけらも見あたらない

「!!!」

どん、
強い衝撃に襲われた、ああ、殺られた、
己の手を見る、既に両手で動く指の数が片手分にも満たなくなった
どの指も折れてしまったのか、動きもしない
足が重くなる、体が重くなる、魂だけがただ、軽くなっていくように思う
空を仰ごう、とてつもない青空を見よう
喉をさらす、爺の喉仏はやはり大きい、それが、一度大きく上下する

ごくり

目の端に不思議なものが映った
天を仰ぐ前、自分を取り囲む敵団の端を
不可解な生き物が横切った
それが、自分が向かいたかったその方向へとひたひた歩いていく

今暫く、動くであろうか

その生き物が何であるか、それを言葉にまで昇華することはかなわない
だが、もう少しだけ自分が働かなくてはならない
そういう目標を見出した、ごくり、今一度喉仏が上下する
できること、何が、そうか、

「うごおおああああああああああああ」

見苦しく、老人はのたうち回った
息絶えると思ったものが、突然最期のあがきをはじめたのか
取り囲む男達はそう思って警戒をまた強めた
だが、まもなく死ぬのがわかっている爺に対して、
わざわざ手を出して怪我をするのも馬鹿馬鹿しい
そういう気持ちが働くのか、構えこそすれ何もしないでいる

その隙を別の生き物がすいすいと抜く

居たっ!!!殿下っ!!!
サクラが、森で捕まえたイノシシを担いで歩いてきた姿、それが別の生き物の正体
獣が一頭紛れ込んだというふうに偽装していると言えば聞こえがいいが
爺の奮闘が功を奏して、彼女が混乱に紛れ込んでいても目立つことがなかった
遠くの喚声が耳に届く、まわりの注意は皆そちらだ

「あなた…」

「のあ!!!ば、ばれた!?」

イノシシを抱えたまま、しかし、そっと口を塞がれた
サクラの目に女が映る
巫女、これは敵か、どうなの
サクラは知識がない、だからそもそもここで
何が起こって、どうしてサワンが倒れているのか解っていない

「何者か?…何をしに…」

巫女は何かを考えている
その瞳はどこか悲しそうに見える
ただ、血濡れているし、槍を持ってて物騒だ
やっぱり敵なんだろうか、いや、もしかして

「あなたも、一緒に逃げる?二人くらいならあたし、持ち上げるよ?殿下の仲間なの?」

「!いや、そう…そ、か、そんなことも出来…ぃゃ」

「?」

「いえ、あなたなら託せる、この人をお願い」

「まかしといて、ていうかその為に来たんだもの、でも、あなたはいいの?」

「大丈夫、兄様をよろしくね」

巫女は微笑みかけるように言った
サクラはなおも何か言おうと思ったが言葉はついに出なかった
そっと、背中にサワンを背負う、そしてその上にイノシシを担ぐ
奇怪な二人羽織となって、また、ひたひたと森の方角へと
喧噪の逆へとするすると抜けていくことにした

ふと、後ろの喚声が少しだけ静かになって、歓喜に変わったのが解った

その様子が耳に届いて、どうしてか涙がこぼれた
イノシシ娘はひたひたと走る、どんどんと声が遠ざかっていく
もういい頃か、おもむろに担いでいたイノシシを逃がした
ぴきぃっ、可愛い声をあげて四つ足の獣が逃げていく
サワンの様子を見る、ぐったりして、とても安らかな顔をしている

「殿下、殿下…もう、爺さんもいないし、どうしたら」

「サクラ、サクラ」

「あ!…逃げた兵隊」

「うう、その呼び方は酷い」

弓を担いだ少年兵が一人、森の入口にいる
逃げたと思っていたサワン付きの兵隊だ
表情はどこかこわごわとしているが、それでも
ここに居るということは

「馬車がある、こちらにお乗せして、逃げよう」

「う、うんっ!」

後方遠くで、未だ喧噪は、歓喜の声は続いている
がらり、車輪のまわる音とともにそこから彼らは消えた

それから随分と時が経った

現人神となったシャロムが聖戦を行い
歴史に残るであろう圧倒的な力を見せた
まるで馬鹿げている、話にならないほど強大で理不尽な力が行使された

「東神が、神話の軍隊がやってきた…」

地方の民族はことごとく殲滅される
まったく平らに、言葉通り草の根残らずに、まっさらにされた
千里眼は神の力だが、悪魔の兵器だとも言える
まるでそれまでとは違う、圧搾、いや、圧殺、押し潰すという
力でもって、乱暴に、粗雑に、すりこぎを用いるようにした

「もはやこの国も陥落しましてございます」

「バカを言うな、まだ残っているではないか、陥落というのは殲滅作戦の完了を示す言葉じゃない」

「しかし…」

「3番組と6番組を前進させろ、500歩の地点まで、隊幅は維持せよ、
そのまま絨毯を広げるように、石版を地に当てるように、何一つと逃すな」

軍の後方で、戦場を見ているわけでもないのに
最も的確な指示を言い渡している
これは脅威だ、人智ではあり得なかったような戦争行為がのさばっている
なにせ、追いつめられていく敵は、絶対に逃れられない
伏兵につぐ伏兵、罠の数々、次々と投下される追撃兵
降伏もまるで許されず、最期まで、泣きながら戦うことしか許されない
正式には泣きながら死ぬ未来しかない
これを絶望と呼ぶ

戦場でそれは徹底された
命乞いをする人間を殺すことは、思った以上の負担を強いられる
故に戦争の終結は全滅をもって為されることは少ない、人情だろう
或る程度の破壊が達成されるとトーンが下がるということもある
壊滅状態には陥るが、殲滅されることは普通起こらない
しかし、シャロムはそれを不手際だと感じるようになった
完遂されないことに憤りを覚えるようになった
だから、弱り切った敵前に投入される戦力は全力で、特に最前線は千里眼によって思考がいぢられている兵隊
手加減なんて絶対にしない
尽くし尽くした結果を得るために働き、血の雨が霧が雲が立つ

ぎぃぃやぁあぁあああああああああ

また、そんな声が響いた
最前線では戦争とは違う、異質の悪が充ち満ちているように思われる
圧倒少数に対して、絶対多数の戦力が投下され、
過殺という言葉があれば、それに相応しい事態を作る
ともかく、血を流すことで、何か、儀式に近いものを達成させている

儀式なのだ

既に、そう思ってこのしざまに従う兵隊ばかりとなっている
慣れてくるらしく、この神の軍団は
敵とみなしたものを、ともかく圧倒してきた
領土という概念でよいのか、それまでとは比べ物にならないほどの土地にはびこり
それぞれは多くの物を手に入れた、それは人間ではない生き物や家や家具だ

「しかし、殺してばかりでは、労働力が手に入らずいけませんな」

「そんなものは要らぬ、我々で産み、増やせばよいのだ」

「しかし、それでは時間が」

「愚かな、異民族を駆逐するということが使命なのだ、奴らをのさばらせて
我々が富を搾取するなどという、堕落した思考はいらぬのだ」

「左様、ですか」

千里眼を随分と酷使した
シャロムは、久しぶりの大きな疲労感に包まれている
策敵範囲をずっと狭めて、少なくとも、暗殺をされない程度の範囲で留める
もう、この力を無くして居きることができないほど
慣れ親しんでいる、意識しなくても呼吸が続くように

「サンはどうしている」

「兄妹揃って、働きすぎですぞ」

「そうか、見舞ってくる、一人でよい」

うやうやしく頭を下げた男
以前の脅えていた側仕えの爺ではない、老人は解雇され
新たに力を持つ若い貴族を側に置いている
年も近く、仲も良い、友人のような男だ
微妙な関係だが、酷く楽な気分になれるとシャロムは喜んでいる

「まったく、我が儘お兄さまだな」

「聞こえてる」

「黙ってたって、『聞こえる』だろうが」

ははは、笑いながらシャロムはその通りだと背中を消した
他人の思考が言葉を介さずに伝わるというのは
想像以上に面倒なことなのだそうだ
五月蠅くて心が休まらないというのではない、ただただ煩わしい、面倒くさい
神は、そういう事象を、人間ならば病んでしまいそうなことを
面倒という言葉に置き換える、苦笑してしまう

貴族も能力に目覚めている
残念ながら、神のそれほどではない、いわゆる中程度の力を持つ
しかし、もともと頭がよく、政治を好むところがあり
シャロムの側で権勢を奮うに至っている
神は、この男にそれらを許している、だから、男は好きなようにしている

「予言者、予言者はおるか?」

大きな声で貴族は一人の男を呼びつけた
予言者ウソツキだ

「お呼びですか」

「お前はよいな、神の近くで何一つ気にしなく過ごせるのだから」

「あなた様もそうでしょう、嘘をつけないからと開き直っておいでだ」

「口の減らない男だな」

「さてさて、次の目標についてですかな」

予言者には不思議な能力があるのか、シャロムの千里眼が通用しない
つまりシャロムに考えていることを読まれない
女神狩りの少し前から、巫女のサンが手なずけていたと言われている
シャロムは、その五月蠅くない男、つまり
心の声という煩わしいものがない人間を気に入ったらしく、
胡散臭いなりだが、そのまま側に置いている
それをよいことに、予言者として胡散臭いことを続けている

「しかし、貴様、いったい何歳なんだ?風体が怪しすぎて、わからぬな」

「ハタチだよ」

そして、男はここでも嘘を吐いている

つづく

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(08/05/30)