K
予言者の名前は「ウソツキ」と言う
だから、名乗らない、名乗れない、名前がないと「嘘を吐く」
この混沌の前、彼ら火の民が信仰する神の声によって、ウソツキと名付けられた
神より頂いた名前だというのに、やはり、
その語感から「嘘を吐く者」だと蔑まされていた
不思議なもので、周りがそう思うから、
彼はその期待に応えて、嘘を吐きつづけた
蔑む者は満足したように、それみたことかとはやし立てた、
そうしなくては、神に申し訳が立たない
まるで、そんな風に思っていた
「予言者さん、あの先に、サワン殿下の先に何があるの?」
「運命だ、サワンの運命だ」
「ふーん…」
「胡散臭いとか言わないのか?」
「だって、殿下が信じると言ったじゃない、あんたのこと、どう見ても胡散臭いけど、
そう言われたらそうかなって思うじゃない、バカじゃないの、あんた」
予言者は、言葉を失った
目の前のおつむが弱そうな娘は、全身をなげうって、いや、
その人生全てを放り捨てるように、とても無造作に、サワンへの信頼を見せた
そして、サワンを媒介として、予言者をも信用した
仕草、生き様に、予言者は鋭い痛みを覚える
「ともかく、俺の役割はここで終わった」
「え?ちょ、どっか行く気?」
「我が事は成ったのだ、これ以上の関わりは無用」
「何をそんな時代劇みたいな言葉」
「そうだな、お前にはあまり関わり合いがないから教えておこう」
予言者は、そう言ってサクラの耳に顔を近づけた
その仕草は、サクラに囁くことを前提としているように見える
だから、爺やその他の部下達は不審を抱かなかった
「巻き込まれたくなかったら、お前だけでも速く逃げろ」
「!!!なっ、ちょ、あんたっ」
サクラが耳にむずむずとした感覚を残しつつ
その言葉に反射する、大きな声で予言者を詰問する
その声の大きさに周囲全員の動きが一瞬止まった
注意をそこに惹き付けられたというべきだろう
予言者はその瞬間を待っていた
しゅ、ぱ、
「きゃぁっ!!!あ、っ、こらっ、おいっ!!!!」
「逃がすなっ、ものどもっ」
遅い
煙のように、何かが沸き上がって、一瞬にして男は消えた
一枚の紙切れが残っているのみだ
来る途中に手品のようにして見せた紙切れ、「飛」と記されている
文字通り飛んで逃げたということなのか
馬車の中で、話題の一つとして取り上げたふりをして
このために仕込んでいたらしい
「何を言われた、あの男、何を言いおった」
「え、な、巻き込まれたくないなら逃げろって…え?え?」
「殿下は謀られておる…のか」
ぐっ、爺が唾を呑む音を鳴らした
老人の喉仏の動きは不必要なほど大きい、
つかみかかられてサクラはその、大きく上下した喉仏に目を奪われていた
だが、脳味噌が少しずつ回転を始めたように思う
言われたこと、爺が狼狽えていること、森向こうの光が大きくなってきたこと
「サワン殿下が、あ、危ないの!?」
「やもしれぬ、馬を!」
大声で叫び、すぐに自分が乗ってきた馬に乗り上げた
そして、稲妻のように駆け出していく
呆気にとられて、部下とサクラが置いていかれる
遅れて気付いたように
「あ、こらっ、あ、あたしも連れて…?…どう、したの?」
走り出そうとしたサクラが足を止める
脅えるように振り返る
そこに、もっと脅えた顔をした弱々しい人間が立っている
ああ、この人たちもダメなのだ
サクラはそう思う、それを裏切りとかそういう憎悪で斬りつける
そんな作法を身に付けていない、出自のせいだろう、一番に浮かんだ
仕方ないよね
そういう笑顔を見せて、何も言わずに再度自分の足に力を入れて駆け出した
森の中へと突入する、薄暗く、でも、奥から暖かい光のやってくるそこへと
後ろから追ってくる音は何一つ聞こえない
先を急いでいく馬の足音だけが、遠く、遠くなっていくのがわかった
☆
ぱちくり
音がするような、まばたきだった
最初は驚いたような顔
やがて、いつもの笑顔に
サワンは、目の前の女神の表情を見て、つられるように、はにかんでいた
「サワン…そう、お前も」
「アテル姉…お久しぶりです、その」
女神は、サワンが言おうとした口先に人差し指を当てて制した
言葉が失われたのをよくよく確認してから
悪戯に笑って、言葉を接ぐ
「助けにきた?」
「姉さん」
すがりつくような、サワンはそういう表情をした
目の前の女神をどう扱うのか
考えが浮かんでいるのではない、ただ、助けたい
そう願ってここに来た
予言者に説明をされたわけでもないのに、ここに誰がどうなっているか
解っていた
「まだ、しっかりと自分を意識できていないのね」
「え?」
女神は寂しそうな顔をする、そっとサワンの頬を撫でた
慈しむような動作に見えるが、憐れみを与えているように感じる
自分が、可哀想なんだろうか、サワンはそう思った
「お前は、自分の役目をまだ思い出していない、だから、力も不十分…、
私の力を吸い取って、帳消しにしているだけなんて」
「役目、ですか?」
「そう、お前の役目、お前は今までと、同じように悟るでしょう、
神となるとて、それ以前と変わらぬと、それまで成してきたことを為すだけだと」
アテルは泣いて見せた
ぽたりぽたり、涙が大地に吸い込まれると、たちまち
砂礫が緑に変わる、一瞬にして苔生し、柔らかな色をつけた
「そう、私は、お前に役目を思い出させる、それだけの」
りん、
言葉は途中で聞き取れなくなった
二柱は、唐突に自分たちが不安定で、脆弱で、極めて不確かなものになった
そう理解した、音の主が解る、魔が払いの音
巫女が操る神器の音
「サンっっっ!!!!!」
「やはり、来たのね、随分早い」
苦しそうな、悲しそうな顔でアテルはそっと
サワンを背中に隠すようにした
サワンは狼狽えて、すぐに前に出ようとするが
凄まじい力に縛られ、動くことがかなわない
庇われてしまう、幼い頃と同じように、姉に庇われる弟に成り下がる
「この時を待ってました、姉様、さぁ」
「サン、お前は間違っています、巫女の声、神の声に従…」
うく、喉が泣いた
アテルの様子が急に弱々しくなっていく
サワンはおびえ、震える
アテル姉、アテル姉、アテル姉!
声は出ない、音が隠滅する、りんりんと神器の音だけがまわりを割っている
音に、空間が割られていく、二柱のいる空間が歪み
力や、存在が、壊されていくように恐怖を覚える
「無駄です、姉様、兄様との鏡写しで、姉様の力は消失しています」
「あら、人間に戻れたということかしら?」
「そう、かもしれません、今の姉様は、だって、今なら…」
「泣かないの」
妹をあやす姉
その調子だが、顔は焦りと言うのか、
表情がこわばっている
アテルは目の前の小娘の泣いている理由、その言葉を接ぐのに戸惑っている
それでも、弟にしたのと同じように、人差し指を向ける
随分と距離がある、だから、指で唇を触れることはできない
でも、柔らかい唇にそっと当てるイメージで、しっかりと、姉として妹の声を繕おう
「今なら、殺せるのでしょう?私を」
笑顔はいつも少しだけ悲しそうだ
「だけど」
ぎぃっ、アテルが身構えた
いや、そのような男性的な言葉は似合わない
しかし、神としてその力を前面に移行させていく動作、それは構えるという表現に値する
妹を取り囲むように、その力は黄金をまとって、
蝶の鱗粉を思わせる姿で、雪崩のように押し寄せた
「まだ、簡単には、思惑通りにはさせません」
悪あがきだな
アテルはそう自嘲しつつ、力を奮った、黄金の風を起こし目の前の愚かな弱者を打ちのめす
しかし、これも長くは続くまい、巫女の指摘どおりサワンと並ぶことで神の力が打ち消しあっている
やがて、この力も萎れてしまうだろう
描かれたレールに乗せられてしまったのだ、謀られた真ん中にいるのだ
もう、何もかもが整えられた謀略、人間の頃に何度も見てきた、生きたまま死ぬ感覚、
このカラクリが、この世界が、今起きている全部が、ああ、語り尽くす時間がない
サワンに、伝える術がもう、何もない、せめて、サワンの役目を思い出させることが
風は、巫女の後方に待機している兵士の波を覆い尽くした
ぎゃあああああああああああっっっ
阿鼻叫喚がその場に現れた
サンが巫女の軍勢として連れてきた屈強の兵士達が次々と腐乱していく
生きたまま、急速に腐らせられるという地獄、兵士達、
多くはただの国民にすぎない彼らの目には、目の前のそれが、アテルの美しい姿が、
神であり、悪魔であると映った
そして、それに恐怖し、窮まり、やがて
退治をする意義を自ずから見出していく、徒党を組む弱者の意識
怨嗟に近いのだろう、呪詛とも呼べるかもしれない
それらが向けられる、儚げに弓の弦音が響く、
アテルが目を鋭くし、放たれた全ての矢を腐らせる
黄金をまとって、自分の力をゆっくりと捏ねていく、もっと、もっと出せるはずだ
背中に隠しているサワンがいなければ、もっと強い力が
「姉さん、こ、これを、速く、解いて、僕も、僕も姉さんと」
サワンへの拘束は、アテルからのプレゼントだ、
アテルの前には出られない、必然、巫女の前にも出られない
まごまごと、この朽ちる運命に喜んで身を投げるようなバカをさせないために
黙殺し、声など聞こえないふりをする
黄金の粉にまみれていた巫女が、
今一度現れる、粉がさらさらと除かれていく、砂のように山とあった粉は砕け散り飛び
風がそれをどんどんさらっていく、それに触れる輩は何もかもが腐っていくというのに
巫女には、まるでそれが効かない
「サワン、離れて、そして、冥府へ」
「冥府?なんで、そんな」
「そこで、もう一度会いましょう、その時、もう少しゆっくりと…」
ぴぃっ!!
言葉途中で、矢が数本、アテルをかすめていった
真っ赤な血が弾け出る、その様子はやはり人間の時のそれに似ている
だが、その攻撃に対して、怒りを露わにして撃ち手を腐り殺す様は、まるで悪魔だ
美しいが故に、それは残酷で華々しい
「アテル姉っ!!、や、やめろ、サンっ、やめ…」
「サワンっ!!!速く行きなさい」
「好機!!!!」
アテルの叱咤、その時に意識がそれた
巫女が鈴を鳴らした、巫女を覆っていた黄金の粉が全て吹き飛んだ
その現れた右手に、古びた、薄汚れた槍、しかし、それもおそらくは、
「神器かっ」
「姉様っっ、お覚悟っ!!!!」
ずん、
手応えは思ったよりも軽い
所詮、女を独り貫いただけなのだ、巫女の弱々しい膂力でもできるあたり
神器の力によるところだろうが、ぴたりと、その槍が女神を貫いた瞬間に何もかもが凍り付いた
サワンは背中の側にいて、姉の背中からその槍先が肉を食い破り現れる様を記憶した
網膜に焼き付けた、脳髄に叩きつけた、臓腑の全てに刻み込んだ
そして、目を大きく見開き、涙腺からはありったけの涙がこぼれ、慟哭する
「うわああああああああああああああああっっっっっ!!!!!!!!」
「今だっ!!!撃ち手、トドメを」
おおおおおお、
狼狽えて、崩壊しかけていた弓隊が隊伍を組み直し
槍に抜かれて動かなくなった女神にあらぬ限りの矢を見舞う
それを見て、アテルがさらに睨みをきかせる
弓隊の右翼側が派手に爆ぜたが、それまでだった
ずぶずぶずぶずぶずぶずぶずぶずぶっっっ
黄金をまとったその四肢に、聖なる衣を纏った肢体に、腐りきらなかった矢が
次々と刺さる、ずぶずぶと、女の柔肌を抜いていく、抜かれたそこかしこから血が滴り
その痛みに、女神は絶叫をあげる
「サワンっっ!!!!速く、行きなさいっっ、お前の役割を!!!!!!!!」
女神は叫び、己の血を最後の力を後衛の弓隊に投げつけた
神の血雨、浴びて常人が生きていられるはずもないその液体
サンは、槍伝いにそれを浴びて、装束を真っ赤に染めている
そのしざまを見て、槍を抜く、
女神は血にまみれて、
髪は乱れ、衣は汚れ、体は傷つき
それでも、美しく立っている
「これで」
「サン…、お前…」
「さようなら」
どどん、
巫女の槍が再度撃ち抜いた、女神の体から何かが抜けていく
殺した手応えが生々しく残る、覆い被さられるように
姉だったものがゆっくりと、着実に重たくなってきた
巫女はいっぱいの涙をこぼしつつ、もう一つの目標に向かおうとする
槍をヌキ、姉の死体を横たえ、その後ろにいる
もう一人、いや、悪魔を一匹
「サンっっっっっっ!!!!!お前…っっっっ!!!」
「兄様、ごめんなさい、でも、これは兄様のため」
「姉上をおおおおおおおおおっっっ!!!!!」
槍が思ったように動かない、
目の前から、禍々しい力が、
サワンが目をつり上げて、何か、それまでとは異なるものを、
いや、ずっとその場にたえていたのだ
目に見えなかっただけだ
黒ずんでくる、湧いてでてきたように見えるが、
元々あったものに色がつきはじめた
取り囲まれている、今、力の真ん中に居るんだ
「目覚め…、させない」
巫女は強く念じると
鈴を鳴らして、サワンの力をできるだけ弱める
ぢりぃんっ!!!、割れるかというほどの大きな音を奏でる鈴、
その波動により、黒い力が一時的に円く弾かれて拘束が弛む、
そして、かつての塔で施せなかった、封印を試みる
「この札で、大丈夫、これまでみたいに、ね、兄様、兄様は戻れる、戻れるの」
泣きながら言う妹を見た、なぜだろう
どうしてこんなに何かが食い違っているんだろうか、
サワンは、目の前の妹が酷く遠く見えていた
会話にならないという、気持ち悪さがずっと、ずっと、ずっと
ぴきぃ、
札がサワンに触れた、途端に、サワンを覆っていた何もかもが
色づいた果実が熟れたような、そっと、些細なヒビが一つ
ぴりりぃ、き、ききぃぃ…
樹がきしみ、腐り折れるような音、きゅきききぃぃぃ、
氷にヒビが走り、自壊するような姿、ぴきりりりりぃぃぃ、
全身にだるさがわたり、微熱をまとって、呼吸が浅くなるような感覚
そして、緩やかな痛みがサワンを包んだ
(08/05/19)