K
人馬が駆ける
2頭だて馬車1台
単騎馬4頭
サワンは馬車の中にいる
そのほか、サクラと予言者がいる
部下の一人が馬車を操り
爺を含む残り4人が単騎馬
慌ただしく駆け抜けていく
「我ら火の部族も多くを喪って今に至っている」
「どういうことだ」
「全てが伝承されているわけではないということだ」
予言者はもっともらしくそう言う
胡散臭い男だ、内容も容貌も
姿形は人間のそれだが、常ににやけた顔つき、
おどけているような雰囲気を纏っていて、ややもすると不快さを感じさせる
体躯も痩せているという印象ばかりで、強さのかけらも見いだせない
ただ、後ろに束ねた黒髪は長く美しい、
うなじのあたりで青い組み紐で結ってある
青い染料は、サワンの国では大変貴重で珍しいものだ
それだけに高貴なそれではないかと伺わせている
「まず、最初の封印を解いたのは俺ではない、同じ部族の別のものだ」
「どこにいる?」
「死んだよ、お前が殺したんだ、お前が率いた軍団に捻り殺されたのさ」
「バカな、あの遠征よりずっと…」
「後だったと言いたいんだろうが、そういうものだ、封印がすぐに解けると思うなよ、
それなりの時間を要することもあるさ」
「お前、嘘ではなかろうな、あの、私が指より血を零した時は、その場だったぞ」
ぺしり、額を叩く音
へらへらしたまま予言者は参ったという顔をしてみせた
サワンの鋭い言説に脅えたと言いたいらしい
つまり、脅すなと言いたいらしい、さらに言うなら疑うなとも思っているのだろう
「…すまぬ、こういう会話しかできぬのでな」
「いや、高潔なおかたは皆そうでありましょうからな、へへへ、
しかし、嘘ではありません、間違いなく俺ではないものが殺される直前に施したのだ」
予言者はそう言うと、紙切れを取り出した
何も書かれていない
それを見せてから、折り畳み、怪しげな呪言を呟く
そして、もう一度開くと
「!これは、あの時の」
「そう、大柱を封じ込めた印章だ」
「大柱?」
「神の類にも色々あってな、お前とお前の兄上様の目覚めが遅かっただろう、
それは、その他のとはまるで違う方法で封じられていたからだ」
「別物だと、いうことか?」
「ま、そういうわけだ、だから、解除の瞬間から目覚めるものと時間が必要なもの、
それぞれがあるのが理解できたか?」
サワンはじっと考えた、
封じ込めるという概念がどういうものかまだ掴めないが
対人におきかえて、逮捕して捕縛し、
独房にいれるのと、集団房に入れるのと
そんな違いではないかと考えた
出るのにたくさんいる方は時間がかかるということかもしれない
いや、そんな仕組み、些末なことじゃないか
「流石、賢いな」
「どういうことか?」
「なんでもない、無駄な議論は嫌いなのだろう?」
見透かしたようにそう言って、やはり嫌味に笑った
どうしても好きになれないタイプだ
サワンは思う、爺を外に出しておいてよかったとほとほと思う
この場にいれば、老骨を駆使して殺しかねない
「ていうか、あんた偉そうだよね」
「な?」
「あんたよあんた、この人誰だと思ってんの、殿下よ殿下、サワン殿下様よ?」
ややこしいのがもう一人いたか…
「小娘、お前こそ俺のことを知りもせず…」
と言ったところで、何か気まずそうな顔をして口ごもった
「なによ、あんたこそなんなのよ?あ?言ってみなさい、名乗ってみなさい、ほら」
「そういえば、お前の名前を聞いていないな、なんというのだ」
サワンも気になったのかじっと訊ねてみる
だが、今までにないほど困窮した様子で
予言者は口ごもるばかりだ
「なんだ、なぜ名乗れない、何かあるのか?」
「う、五月蠅い、俺は予言者だ、予言者には、予言者にはな…」
「なによ」
「な、名前なんていらないのだ、そんなもの不要」
大声でそう叫ぶ、なんと喧しいそして白々しい
つまるところ名前はあるということか
「なんだ、そんなに恥ずかしい名前なのか、どうなんだ」
「う、うるさい、うるさいっ、そんなことよりも、どうだ、封印の」
「それよか、あんたの名前よ」
サクラが頑として譲らない
封印の話のほうが大事なんだが
サワンもいい加減目の前の男の胡散臭さに辟易していた
ちょうどよい暇つぶしになろう
そういうつもりでアイノリしている
一行が目的地につくまで、もう少し時間がある
だから、こんな余興も必要だ
そんな風に思っている
☆
アテル
第一皇位にあたる女性の名前だ
シャロム、サワン、サンの姉にあたる
長姉である
艶やかで美しい黒髪をたくわえ、
顔は美人と呼ばれるそれで説明が足りる
他にたとえるものがない、それほどの美貌の持ち主だ
政治に優れ、急逝した父親の傍らで政務にも裏方として携わっていた
世間ではシャロムとサワンの兄弟いずれかが皇位を争うと言われていたが
実際は、シャロムとサワンが争った後に、アテルに挑まなくてはならなかった
それほど、女帝としての資質を備えた人物だった
過去形だ
場所は西の果て
そこに、とてつもない大木がある
だが、不思議なことに大木を中心にして広大な荒れ地が広がっている
背の低い草がまばらに見える程度で
砂漠ではない、砂礫地とよぶのがよいのか、高山によくみられる
草木が生えない場所、あれに似ている
無論、高山でも、台地でもない
それはその大木がまわりの生命力全てを吸って生きているからだと伝わっている
これも神話からの生き物だ、様々な変化の後もかわらぬように見えたが
恐るべき力を発揮して、今、堂々と立っている
まさに神話の伝承どおり、命を吸って生きている、脈を打っているのだ
まるで動物の如くに、根を張り立っているだけだというのに
「異常なし」
遠く、ようやく草木が生え始めるであろう場所で
大木を眺めて呟いた
シャロム派の兵隊の一人だ
数十人の規模でここに砦をかまえて
日がな一日、大木を見守り続けている
「しかし、つまらぬことだな」
「まったく」
「戦がしたいところだのう」
「まったく」
口々に、男達は愚痴をたれる
彼らはシャロム派の中でも、とびきりの精鋭にあたる
能力に目覚めているのはその中で隊長一人だけだが
それまで、前線でサワンの配下として戦った者ばかりだ
彼らは国に仕えている、だから、主筋であるシャロムに従属し
それでいて僻地にいる
「嫌われておるのだろうか」
「まさか、そのようなことあるまい」
自分たちがサワンの配下だったことが
今に至る経緯でないか、疎んじられて左遷されたんじゃないか、
そういう不安もあるが、不思議とその気持ちは
日々過ごすにつれて失われていく
男達は、自分たちがシャロムを信じ、信じられているからだと思っている
本当は、シャロムの千里眼によって思考を触られていると知らず
「しかし、ここが重要拠点になるのは本当なのか」
「シャロム様がおっしゃるのだ、間違いあるまい、千里眼で見えたのだろう」
「未来をか?」
「見えるだろう、千里眼だもの」
「本当かよ…」
妖しさ半分、だが、それでも退屈してでも
そこに彼らは居続ける
大木がかすかに揺れているが、遠すぎて見えない
脈打つだけではなく、うずうずと震えるように揺れている
大木は周りから吸い上げた命を使い、莫大なエネルギーをもってして
胎内と呼ぶ、うろの中に神を一柱閉じこめている
アテルという女神がそこに眠らされている
神の力に目覚めたというのか
神々しいと呼ぶのだろう、黒髪はそのままで
輝く、本当に輝いて見えるのだ、直視すればそれまでと変わらない
あるいは、それまでよりも美しいと思うほどだろう
だが、見るモノを腐らせる
見たものが、生きることをやめる、それほど美しいと言えば説明がつく
言葉を失うだけでなく、活動を失う
だから、彼女のまわりには腐肉と腐臭、腐敗しか存在しない
アテルによって、何人もの目覚めた貴族を失った
だが、それでもようやく、この大木のうろへと眠りつかせることに成功した
おびただしい死がそこまでを彩った
今にいたっては、腐れ、のために草木が生えないと呼べるだろう
ずっと眠り続けるとは限らない
やがてこの神木も腐るのではないか
シャロムはそれゆえ、実の姉を片づけなくてはならなくなっている
悩むシャロムに救いをさしのべたのは
巫女のサンであった
だから、この場所に姉をおいやったのはサンであると説明できる
長々と説明したが、短絡するとそういうことだ
「?」
「どうし…」
見張り達が声を失った
目の前では大きな光が、大木を飲み込んでいる?
なんだろうか、わからない、わからないけども誰一人として目を離せない
魅入られている
大木は内側からゆっくりと腐った
果てるようにして、その巨躯を大きな音とともに倒壊させていく
ぐぎぎぎぎぎぎ…、
大木が朽ち果てた音、世界の森のいずこかで
毎日、繰り返されているであろう不気味で、悲しくて、大きな音
ぐぎぎぎぎぎぎぃ…、ズゥン
ふわり、砂煙が上がった
同時に光がそれらを飲み込んでいった
音はいつ届いたか
男達は誰一人としてわからなかった
わかる必要もない、残念ながら、彼らも腐敗した
それにより、シャロムは知るのだ
千里眼で操るものが朽ちたことで、
彼らが腐ったことで
この地に起きたことを理解した
☆
「神話にあるだろう、世の中の全ての事象が神の仕業だと」
「創世記よりも前の神話じゃないか」
「無論だ、そこから今の世の中は続いているのだからな」
予言者は偉そうに、相変わらずぐだぐだと喋っている
サワンはイヤイヤながらも全てを聞いている
サクラは草臥れたのか、馬車のすみで寝ている
なんというか、この小娘もたいがい失礼だ
「我々人間が考えるバランスというものを神はなんとなくしか『操らない』」
「操らない?」
「そうだ、操れない、のではない、そういう気がないのだ」
「何言ってんだ」
「両極端の力を持ち合わせているのだが、それを制御していない、
その状態こそが今であり、神の力なのだ」
「意味がわからぬ、お前の言うことは本当」
「水がある」
「なんだ唐突に」
「氷と湯がある、そういうことだ、わかるか?」
予言者は真剣な目でそう訴えてきた
サワンはその目に信用を見出した
おちゃらけて、人をバカにしたような具合だが、
本当を知っているのかもしれない
「水が、氷や湯、それぞれになること、それが神の力だと?」
「そういうことだが、いいか、熱くなると湯になり、冷たくなると氷になる、
こういう仕組みが神の力ではないのだ」
「???」
「神がたまたま、そういう仕組みにしたのだ、いいか、神が先にあるのだ」
予言者は何をそこまで力説するのか
わからないが、サワンはじっと理解しようとつとめた
しかし、腑に落ちない、理解が届かないのだ
そのサワンの様子を見て、少なからずの落胆を見せる予言者
「がっかりするな、なんとなく、言いたいことはわかるんだが」
「違う、わかるとか、そういうことじゃない、いや、そうか、まだお前は…」
「まだ?」
「いや…なんだ、まだ人間に近いからだろうと…な」
「…どういうことだ?貴様、私の他に超能力ではなく、神の力を得たものを見たのか?」
掴みかかろうか、その時
馬車が急に止まった
そして、爺の野太い声が飛び込んでくる
「殿下!!!異常事態でございます」
「なんだ」
応えながらサワンは外を臨む
前方に凄まじい光が見える
思わず見とれてしまう、同時にそれが危険であると感じた
すぐさま、
「全員、馬車の中に入れ、よいな、馬は木陰に縛れ!!!」
「は、はいっ!」
サワンの声で、呆気にとられていた馬乗りの部下も目を醒ました
慌てた様子で、言われた通りに施していく
その途中、酷く体に痛みを覚えたらしい
危うかったのだ、腐りはじめていたのだ
「予言者、あれが目的地だな」
「いかにも」
「帰ってきてから聞きたいことがある」
「…」
「私の他にどれだけ、復活させたのか」
「…」
「信じているよ、お前の口から聞きたいのだ、たとえお前の名前が……であろうともな」
「!貴様…なぜ、それを」
「神の力だろう、俺に嘘はつけない、そういうことだ予言者殿」
予言者は黙った
そして背中を見送った
傍らで、いつの間にかやってきた、小さく息を殺した娘が
同じように背中を見ている
不思議なことに、この二人だけは光に吸い寄せられることなく
そこへ向かう、サワンの背中に魅入られている
森を抜ければ、大木のあった場所まで拓ける
光はそこからやってくる
サワンは、静かに息をした、小さく呟いた
「姉上…」
鏡写しの力が冴えるのだろう
サワンもまた、美しく、雄々しく、神々しさを身に付けつつある
サクラと予言者は、その姿に魅入られていたのだ
ただ魅入られて、体のどこをも腐らせることなく、見とれていたのだ
(08/03/31)