K


「うなぁああああっっ!!!!」

あんぐり、
そういう言葉が一番似合うだろうか、
爺と部下5人は揃ってそんな顔をした、
サワン自体も呆気にとられているが、誰よりも早く笑顔を見せた

「若旦那っ!お早くっ」

「サクラ、お前……おう、貴様らも続けっ!!!」

「は、はいっ!!」

サクラが壁を突き破った、
いや、剥ぎとった、と呼ぶのが相応しい
とんでもない怪力を持ち合わせている
サクラが作った脱出口から、這々の体で逃げ出した
後は夜闇にまぎれて、川を渡り
約束の通り落ち延びた

「しかし、今のは」

「怪力だけが自慢です」

笑顔で得意げな台詞
事実なんだろうが、サワンが訊ねたかったのはそれではない

「その力はいつからだ?」

「物心ついた頃には、です」

サクラの表情がおびえに変わった
軽率にすぎた
サワンは後悔を少し覚えるが、すぐに
その誤解のために言葉を紡ぐ

「すまない、勘違いをするな、お前をそれで軽蔑するわけじゃない」

「若旦那…」

「もしや、私と同じ力ではと思ったのだ、違うのならよい、今の私には
どんな味方よりも心強いと感じている、なぁ、爺よ」

いきなり話題を振られて面食らった具合だが
その言葉に対して、反目するつもりは当然ない
深くうなずいて、爺なりに優しい笑顔をサクラに向けた
付き従う部下も皆同じことを考えている

「しばらくは急がなくてはなるまい、夜を徹するが覚悟せよ」

「はいっ!!」

全員の声が静かに、それでも強く響いた
林を抜けていく、後方では大きな炎の色が見える
宿舎に火をかけられているのだろうか、
つと、その時まったく別のことをサワンは考えた

昼にやった賊の意趣返しを受けているのやもしれん…

おそらく、それが正しいだろうと
なぜだか思った、多分神の力のおかげだろうか
それでも振り返るのをやめて、ただ走り抜けた
心のどこかが、安堵した
追っ手はようやく、来なくなったのだと

良心と呼ぶものが小さく震えたように思う

「どうした?」

「お疲れのご様子で、陛下」

「その呼び名はまだ早い、私は代行にすぎない」

言いながらも、その声の主、シャロムは玉座に腰を据えている
随分と疲れた様子が見てとれる
見たところ、それ以前、つまり力を得るより前、あまり変化がない
先ほどその力、千里眼、世の中を見渡すそれを行使していた
その負担が、疲れという形で出ているのかもしれない

「何をご覧になられましたか」

「姉上の様子だ」

ため息をつく
幽閉した実の姉の姿、それは妹のサンが封じ込めたという意味を示す
きらきらと輝いて、もとより美貌の人ではあったが、
今では、常軌を逸した美しさを纏っている
姉は神となった
シャロムはそう思っている、それでいて、幽閉させた

「いかがですかな?」

「なにがだ」

「おわかりのはず…」

「そんなに、実の姉を殺させたいか」

「そ、そのような…」

シャロムは機嫌悪く、言わせたかったのであろう言葉を吐きかけてやった
いささか溜飲が下がったのか、馬鹿馬鹿しいと悟ったのか
世話役への八つ当たりをやめた

「それよりも、父上がみまかられたこと、どの程度まで渡っている?」

「おそらくは、城都内に留まっているかと」

「打ち方が難しいな」

シャロムは姿勢をただした
とりあえずの鎮圧は完了した、部下貴族達に現在は
力の使い方を身に付けるよう指示もしてある
それが野心と結びつき、反目ということが考えられそうなものだが
そのあたりには既に手が打ってある

力を得た後のこと
シャロムは、一切を取り仕切り、一軍を指揮し、完全鎮圧に成功した
今まで一度たりとも戦場に出たことのない皇子がだ
圧倒的な、異端の力をもったが故、
その姿に民衆は狂喜し、国家の安寧を一時的に取り戻した
だが、このパフォーマンスめいたそれが、
同じような力を得た将軍達をも黙らせた
将軍達も阿呆ではない、野望を持ってはいたが、それが無謀だと気付くだけの知性がある
シャロムの力は群を抜いていると悟った
貴族たちの力は超人の程度だが、シャロム皇子のそれは神の域にある

「武力に対して武力というのは、虚しい話だな」

「はて?」

「なんでもない、そうか、父上の話をしていたか…」

話が、酷く散漫になってしまう
忘れているわけじゃないが、平行して別のことを思いついて
同時に思考を進めるようになった
どうやら、この思考方法は常人、いわゆる力を持たぬものには理解できないらしい
シャロムにすれば、以前からそうしていたように思っている
実際は、力を得てから自然とそのようになっていったのだが
ともかく、知性と暴力の二つの点でシャロムは類い希なる能力をひけらかし
全ての衆愚をまとめることに成功したのだ

「どこへ?」

「サンのところへ参る、ついてくるな」

結局、父の死についての討論はここで行われることなく
おそらく、シャロムの頭の中ではできあがっているのだろう
世話役は、以前よりも我が儘になったように思える主人に
少しだけ心を痛めて、今に至っている
畏れとおびえもある、主人が人ではなくなったのだから
その気配を隠そうとするが、千里眼の前では意味がない
その機微を察したのか、
シャロムは世話役を、いや、他人を近づけるのを嫌うようになりつつある

「サン」

「シャロム兄様」

巫女装束の妹は、祭事の壇上にいる
そこから見下ろすような形で少しだけ恐縮した姿が見える
今、この国の王であるシャロムであっても
巫女の神域は冒せない
それを察してか、シャロムは柔らかい笑顔で言う

「そう恐縮するな、今の関係は兄妹だ、何も問題はない」

「兄を見下ろす妹なんて、もっとダメじゃない」

言葉はともかく、サンは笑顔を返した
祭壇は、祠のような中にあり
外からは当然見えないし、サン以外に立ち入ることは基本的に許されない
皇族は神に近しい、だから、その親族は立ち入ることが可能である
許されるなかで、ここに入れる状態にある全員、つまり二人がそこにいる
少し考えるそぶりを見せたが、やがてサンは祭壇を降りた

「よいのか?」

「かまいません、今はただの妹ですから」

笑顔を抱き締めた
抱き締められたサンは、予期していたのだろうが
それでもとても嬉しそうな顔を見せた

「父上が亡くなられた、お前だけが頼りだ」

「そのような、兄様」

「怖いのだ」

「…」

シャロムの吐露に、サンは何も接がなかった
弱っている兄、いや、神だろうか
サンには力が降りてきていない
巫女であることと何か因果があるのかもしれない
神話にもそんな話があったように思う
だが、以前まで兄だったそれが、それまでも悩みに押しつぶされそうになっていたが
今は、また別の、それまでの悩みを一掃する力を手に入れたというのに
それでも悩み押しつぶされそうになっている

「大丈夫、兄様なら、きっと」

「サン…」

「ですから、ほら、今までを取り戻すために、今までよりもよくするために」

巫女は唱えるように囁いた
シャロムは、眉根を寄せて、目を伏せて
じっと、妹の声を脳へと誘った
一瞬、自分の存在が希薄になったのを感じた
慌てて、自分を構成しなおす
サワンにも現れていた、自分が不確実になって消えてしまう衝動
それに襲われているらしい

「兄様、お気を確かに」

「わかっている、どうも、力に任せすぎるとこうなるようだ…、
まだ早いというのにな」

「姉様は、その線を越えてしまわれたのですね」

「そう、なのだろう、羨ましい」

「兄様…」

「なに、本音だが、今は戯れ事だ、心配するな、全てを治めるまでは熔けるわけにはいくまい」

熔ける
と、シャロムは名付けている
不可解な力をうまく使おうと思うほどに、自分の存在があやふやになって、
だが、そのあやふやをうまく意識することができれば、
どこまでも、どんなところまでも、自分のことのように操ることができる
シャロムの千里眼はそういう能力だ
さらに、見えたところに何かしらの作用を引き起こすことも可能だが
現状では、その見える力だけで、他人の何もかもも見えるようになり
少し、考えをブレさせることで、圧倒的な強者となる術を手に入れた

しかし、どこまでも熔けていくほどに、遠くまで浸透させられるが、
その分、ふとした時に、今の自分を自覚できなくなり
そのまま、なくなってしまいそうになる
その恐怖から逃れるため、サンに助けを求める
不思議と、サンに触れるだけで、その恐怖から解放されるらしい

「姉様のことは、私におまかせください」

「サン」

「全ては、兄様のために」

麗しい妹は、そう告げた
甘い匂いが立つ、人間臭さなのだろうか、
たまらぬように、シャロムは妹を強くまた、抱き締めた

「サワン様、いずこへ向かわれて?」

「わからん」

爺が、不審そうな顔でその応えに不平を向ける
だが、実際のところ思うがままに歩いているだけだ
そういうといい加減極まりないが
サワンからすれば、呼ばれているような具合、それに至る

「お供の方々のご様子が…」

サクラが遠慮がちに声をかけてきた
よくよく出来たというか、出自のせいなのだろう、
自分がこの集団で一番下であると理解しているのか
どうにも言葉がよそよそしい
いずれ馴れるだろうと、とりたてて何も施してはいない

さて、その尊敬を浴びせられるはずの部下
それらが、どうにもへたばってきている
前日にしたたかに酒を呑まされている上に
強行軍での進行
体力が限界に来ているのだろう

「街道に出られぬというのがこれほどの苦労とはな」

「ほほほ、これしき、演習行軍となんら変わりません」

「爺が現役の頃と時代が違うのだ」

さりげなく、年寄り扱いしつつ
一行に休憩の指示を出すことにした
かいがいしく、近くの川からサクラが水をくんできて
部下に分け与えている
最初にサワンの所へと持ってきたが、サワンは手持ちの水筒を揺らして
部下を先に優遇させた、水筒の中は空だ

「感心しませんな」

「そういうな、我が儘皇子のままでは、数少ない部下すらも失ってしまう」

「そのようなこと…」

爺はさらに小言を続けようと思ったようだが、口つぐんだ
サワンの目が少し遠く、闇をまとったような色をしている
堪えておるのか…
状況を理解するにつけて、孤独感のようなものが大きくなっているのだろう
バカではないし、名君の部類にもなり、将軍としてもよい実力を持っていた
だが、それらは他人が、彼を皇子として扱ってきたから、
特別にというわけではない
その事実に、ようやく気付いているらしい

爺から見て、サワンの全てにおける実力は凡庸だ
しかし、貴族、支配者階級にあって、凡庸と呼べるほどの実力を持つのは
極めて珍しいとも思われる
どこかしらおかしなところがあり、不思議なことにそれがカリスマとなりと、
従う側にはわからないこととなるのだが、
今サワンは、従う側、支配者ではない側に落ちてきた

「殿下、勘違いをされては困ります」

「もう、殿下ではない…」

「ならば、陛下」

「爺…、そんなにいぢめる…」

「あなたは、我らのような低俗のものと同じではないのです、
どこに居ても、支配者であるべき、その心構えをお忘れですかな」

「爺…」

「私の教練は、いつでも申しておりました通り、周りの誰がどうでもよろしい、
兄上様もよろしい、それとは全く別に、サワン様は支配者であるべきなのです」

「熱弁の最中申し訳ないが、あまり休ませて貰えぬようだ」

「な?」

「伏せてろ」

ぽん、
爺を叩いてむりやり寝かしつけた
したたかに体をぶつけたのか、痛そうな顔を見せる
苦言の一つでもと思ったときには、サワンはその場に居なかった
すぐに姿を探す、遠い、一瞬で30歩は歩いた先で、人を蹴り飛ばしている
5人程度いるようだが、瞬きを二度ほどすると、一人もいなくなった
いや、皆、寝かしつけられたようだ

「サワン様…」

「ちょっと、黙って聞いていてくれ」

立ちつくしたサワンは、背中の側にそう告げる
その側には味方である7人がいる
なぎ倒した敵をもう一度見る
そして、自分が倒した時に奮った腕を見る
しっかりと、何度か握りなおす

「今、倒した中に力を得たものが3人居たのだ」

「3人も!?」

「どれも、超人的なそれだった、一人は硬い、一人は速い、一人は強い、
しかし、それを瞬時に倒してみせたわけだ」

自慢かよ、
思わないでもないが、独白は終わりを予感させる節で唄われる

「どうも、そういう力を鏡写しにしているようだ、今さっき、
その三人分のそれを得たように思う」

風が吹いた

「さて、どうなんだ、これ以上、さらに覚えるべきなのかな?声の主」

最後は吼えるように放った
そして、足下に転がっていた敵方の一人を片腕でつり上げた
瞳には怒りのようなものを浮かべている
爺はその姿を見て、ふと、それまでの希薄な感じが消えたと感じた
そこに殿下が、在る、そう強く感じた

「そう怒るでない忌み子よ、神の子よ」

「お前が予言者…いや、封印者か」

「驚いたものだ、別に何一つ伝えておらぬというのに、蛇行してきた我々に追いついたのだからな」

「お前のせいか、この草臥れる行脚も」

村を見殺しにしたことも、
そう続けたかった
サワンはこらえて、じっと、睨み付ける
その瞳をみて、男は不敵に笑う
殴られて昏倒したはずだが、よくよく見ると、一人だけ随分と防具が優れている
気絶したふりをしていた、いや、殴られる前から倒れていたのかもしれない

「サワン、神の子よ、これより貴様は、神話を作るのだ」

「神話?」

「お前も知っているだろう、少々改竄されているが、貴様らが流布している物語、
いくつもの神が争い一つにまとめた、全ての神は…」

あえて、その続きを言わない男
サワンは、吊られたように、その言葉を引き継ぐ

「兄弟で、あったな」

「そういうことだ」

つづく

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(08/03/24)