K
「殿下、流石に派手に過ぎませぬか」
「爺が珍しいな、言葉に乱れが見られる」
「もうろくしたものです」
やれやれ、爺が首を左右にふる
辿り着いた村でのことだ、サワンが力を使って
暴れていた阿呆をとっちめた後
爺は、先の賊戦での怪我から満足に働くことができずに居た
この場合の働くは、とっちめることではなく、
サワンの力を制御することだったのだが
「殿下、村の者が、いかがいたしますか」
「お前ら、今から俺のことは「若旦那」と呼べ」
「は?」
「いいな」
うまく部下達が飲み込む前に
村の長老と思しきものがやってきた
じっと固唾を呑んで、サワンの部下全員が見守る
「これは、まことにありがとうございました、その…」
「旅の者だ」
「おおお、そうでしたか、お急ぎでなければ、是非とも今宵この村にお泊まり頂けましたら」
「よいのか、それは助かるな」
「で…、若旦那、そのような」
「どのみちまもなく暮れる、急ぐ旅でもないのだ」
「それでは、何もないところではございますが、ささ、こちらへ」
言われるまま、一行は村の集会所のようなところへと誘われた
とりあえずの歓待を受ける、最初は唐突なことだったせいもあるだろう、
長老と、その他村の重鎮と思しきものたちとそれこれ
世間話めいたことを繰り返す
「さて、いずこより参られたので」
「遠く、火と呼ばれた国だ」
「おおぉおおぉ、それは、あの…」
「なにか」
「いえ、助けて頂いた方、言うべくもなく」
「わけのわからない言葉を使うな、正直に言ってくれ、国の仇か?」
「うへへぇ」
我ながら意地が悪い
サワンは思うが、つい先日、自分がこの村を包括する国の大将として、
つまり、第三皇子サワンとして征した国のことを騙っている
村人からすれば、仇と言われても仕方がないだろう
「勘違いをするな、王城を陥とすためにやってきたのではない、
我々は火の国においても、放逐された身でな、国がないに等しい」
「それは…、いや、訊ねますまい、なにやらご事情もある様子ですが、
今宵に限りましては、村をお救いいただきました、生き神様でございます」
神か…、苦笑いを禁じ得ない
「さて、長らくお待たせいたしました、酒肴の準備が整いました
ごゆるりとお楽しみくださいませ」
言い終わると、ぱん、一つ柏手を打った
待っていたと、酒と肴が運ばれてくる
慌てて作られたのだろうが
おそらく、この村一番の料理人が、一番の食材を使ったと見える
城で食べた料理のそれこれよりは劣るが
地方色が豊かに出た、素晴らしい皿の数々だ
「これはうまい、すげぇ」
「有り難し」
「お喜び頂けまして、感激です」
村娘達の歓待を受けて
若い兵士達は喜びを隠せない様子だ
それを見て思うところがあったのか、すぐに爺がサワンに近づく
「殿…、若旦那、よろしいのですか?」
「確かに、しかし、断るのも怪しまれるだろう」
「よろしければ、私めが…」
「よい、これから長くなるのだ、こういう良い目にもあわせてやりたい」
爺はじっとサワンを睨むようにして見つめたが
やがて、肴に手を伸ばして、旨そうに酒をすすりはじめた
爺は穴の空いた酒樽の異名をとるほど酔わない
痩躯で、見たところ酒に強いという印象はないのだが、
酔うことがほとんどない、それでいて、旨い酒が好きという厄介な男だ
「ふむ、よい酒だ、北でとれた米より作ったそれだな」
「よ、よくご存知で…」
「ふふ、旅を長くしておるとこのようなことばかりでな、
この酒は強くてかなわん、すぐに酔ってしまってな」
いけしゃぁしゃぁと何を…、
サワンは半ば呆れながら、爺の所作を見つめた
なんだかんだいって、一番楽しんでいるのは爺じゃないか
思うのだが、つと、台詞めいた言葉にメッセージを汲み取る
「あら、若旦那様はあまりお酒が進んでいないような」
「すまぬ、私は下戸なのだ、それよりもうまい肴を頂こう」
言うなり、オレンジ色の物体を食べた
塩っ辛いというのか、濃厚な不思議な味わいが鼻の奥に
芳しい香りを届けた、なんという食べ物なんだろうか
わからないが、これさえあれば、酒を大量に摂取できる
ちなみに、カラスミだ
「これは旨いな、なんという食べ物だ?」
「あら、お酒のみの人はみんなご存知の、魚の卵を漬けたものですよ」
「ほう、飯が進むな」
「本当はお酒なんですけどもね」
村娘はあまり頭がよろしくないのか
そう言って、カラスミでご飯を食べる人物に対して
せっせと、ご飯をよそってよこした
実際、飯もよく進む、旨い
「旅の方、若旦那様って、どこかの問屋様の?」
「いや…」
そこの設定は考えてなかったな、
サワンは思う、何かよい案はないかと思う、
まぁ、この小頭が不自由そうな娘なら大丈夫か、
適当を取り繕おうと口を開く
「回船問屋をしていてな、まぁ、勘当同然で出てきたから、その生業はもうないが」
「あらステキ、船乗りって超かっこいいよね」
娘の台詞が、頭悪すぎてびっくりするのだが
サワンは興が乗ったのか、その後、あることないこと
全部伝聞でやったそれで、語り尽くしてみた
やがて、宴もたけなわといった具合になり
各人が、しつらえられた寝床へと移された
その際に、気が利いているのか、娘が一人各人につけられた
まったく…、とも思うが、サワンの横に
頭の悪い娘がついてきて、悪い気はしていない
「爺は?」
「?ああ、お爺さんは、お隣の部屋ですよ」
「そう、か」
サワンは、いい塩梅で酔っている自分を感じつつ、
先の警告を思い出している、浮かれてはいけない、
意識を改造しなくてはいけない、
もう、自分は皇子ではなく、ただの賞金首だということに
「しかし、若旦那さんはかっこよかったね」
「お?なんだ?」
「だって、あんな荒くれものをあっと言う間に、しかも、なんか超凄い力だったじゃん」
「は、旅人長い間やってるとだなぁ…」
「それ何回も聞いた、もう、友達のシカもそれが気になったみたいでー、他のほら、
部下の人たち?に聞いて回ってたんだよ」
「ほう…」
「でも、若旦那だけなんだね、超かっこいー、だから若旦那なんだねー」
「ふむ、…で、そのシカって子は?」
「あー、若旦那もシカ狙い?超むかつく、なにそれ、あたしってなに?どうなの?え?」
うざってぇ、なんというか、もう色々うざってぇ
サワンは思うが、ともかく、目の前の頭悪い娘から
大切なことを聞き出している最中だ、ぐっとこらえて聞く
「シカって子は、なんだ、ただのお前のダチなのか?それとも、
長老の孫だったりとかそんなことしねぇのか?」
「うは、すご、なんでわかんの!?シカはね、いいところのお嬢さんなんだよ」
にこり、
笑顔は随分と明るくて可愛らしく見えるものだな
絵に描いたような村娘だが、そのころころ変わる表情は、
見るものからすれば下品だろうが、サワンには随分好ましく見える
「そうか、そりゃ、随分頭もいいんだろうな」
「そー、もういい所のお嬢さんを絵にかいたような?なんていうか?
違う?マジ、知性が零れてるのよ」
「お前は、頭悪いふりをしているのか?」
「え、なんで?」
「いや、そんな期待した目で見るな、すまん、勘違いだ」
「なにそれ、超怒髪天撞く」
よくわからない小娘はさておき、
警鐘が鳴り始めた、これはよくないのか、
村人を助けた、それで一宿にあずかれた、それで十分だ
とも考えられる
彼らからすれば、やはり、賞金首は差し出してしかるべきなのか
裏切られた
というほど落ち込むような話じゃない
よくあることだ、騙されたにも近いが、ちと違う
ともあれ、売り渡された算段が整っているとも思える
それならば、今宵の内に出なくてはならないか
「とりあえず寝ろ」
「あれ、そうなの?」
「なんだ、不安そうな顔して」
「ん、別に?」
す、突然、サワンは娘の顔に手を伸ばした、
その瞬間、娘は小さく震えて、子鹿のような嘶きを見せた
「ぁやっ」
「脅えるな、何もせん、お前…」
「ご、ごめんなさい、そ、その、そういう役目で、ですが…」
涙を浮かべている、
さっきまで笑いながらアホ話をしていたのとは違う、
いや、こうなるのが怖いからそういう話をしていたのかもしれない
なんにせよ、この娘をどうこうしようとは思わない
思わないが、そんな娘ですら生け贄に似たそれとした
状況証拠としては十分だ
「お前、名前は」
「サクラ」
「サクラか、お前は何も聞いていないだろう、ここに居たらいい」
「え?え?」
「いや、聞いているか、私とまぐわうようにとか」
「う」
「十分だ」
「ま、待って、若旦那、お、お願い、私、若旦那をここから出したら…」
必死の瞳がサワンの心を打った
私は情感に過ぎる、人間臭すぎるのかもしれない、
神になれないのだろうか、そういう予感を目の前の娘から
鏡移しとして受け取る
「出自が…、何かあるのか」
「…わ、わたし、村ではもう、い、居場所が、これができないと、本当にもう…」
ふるえは、畏れからやってくるものだ、
サワンは戦場で何度もこんなふるえ方をする兵隊を見てきた
どれもこれも、目は哀惜を浮かべている、
生きたいというか、今のままでは、目の前に突きつけられた現実を断る
そういう憂いで瞳いっぱいとする視線
戦場ではその目を持つ敵兵残らず殺してきた、今、目の前は
「お前によいことを教えてやろう」
「っていうか、そういうのいいから、お願いだからここに」
「サクラ、私と一緒に来るか」
「!」
「この村を出たいと思わないか、旅人という辛いことだが…」
「い、今より、そ、そんなの…つ、つれてって、くれるの?」
爺が聞いたら、烈火の如く怒るだろうな…
サワンは思うが、どうしてか、この小娘をほっておけなくなった
甘くなったのかもしれない、寂しくなっているのかもしれない、
いや、実際は、解っている
「妹に似ているな」
「え、妹いるの?なに、ロリコン」
「黙れ」
中身は大分違うが、いや、それでも
こんな阿呆なやりとりを、何度かあの妹と、あの巫女としたように思う
塔で出会った時には、そんな感傷も抱かなかったそれ
「来るなら、邪魔をするなよ、仲間をつれて出る」
「それって」
「まぁ、お前には言っておこう、私は第三皇子サワンだ」
「え?え?え?」
「追われている、兄のシャロム皇子にだ、その手配書がここにも回っていたのだろう、
私はここで囚われるわけにはいかないのだ」
「そ、え、ちょ、若旦那は、その」
狼狽えながら、必死にしがみついてくる娘
サクラはしっかりと瞳を見開く
「罪人なの?」
「違う」
「信じても」
「いい」
「なら、」
サクラは一度まばたきをした
それから、瞳に炎が宿って見えた
滅ぼした、火の国の兵士はこうだったように思う
「ついていく、若旦那?いや、サワン様?」
「どっちでもいい、さ、行くぞ」
サワンは声をかけて、自分の体が軽やかになったのを感じた
これは吉兆だ、そう信じることにした、相手も信じているのだ
いや、考えている段ではなかろう
勢いよく部屋を飛び出し、隣へと入った
「これは、若旦那様」
「爺…、まさかその年齢で…」
「そのような下世話な…」
「わかっている、しかし、若い娘相手でも容赦せぬな」
「急ぎましょう」
詮索されたくないのか、爺は慌ただしい雰囲気で
部屋からの退出を促した
寝床では娘が一人ぐっすりと眠っている、眠っているというか
眠らされている、噂のシカという娘だろうか、
それとなし色気が匂う体を投げている
「ここまで、兄上のそれが行き渡っているということか?」
「これは、もしかしますとシャロム様ではないかもしれませぬ」
「?」
「ともかく、今は急ぎましょ…?…その娘は、まさか」
「まぁ、連れていく」
「お、お戯れを…」
「本気だ、爺、だから急ぐし、頭を使うぞ、ハンデ戦だ」
馬鹿な、阿呆か、うつけだ
爺はその他、全国各地の罵り言葉を思いついたがついに言わなかった
そんな暇すらも怪しい、そういう状況だと認識し、
また、そういう荷物を背負うからこそ、もう、後にはひけないと感じ取った
先の戦いで負傷休場といった具合だったが、今は違う、
すぐに作戦行動を移す
「よいか、急げ」
すぐに部下全てに下知をした、だが、三人ほど
仕度に手間取っているものがいる
イライラしつつも、それを待つ
ただ、この深夜の行動、この、今現在のこれについて
流石に手配は整っていないだろう
万全を期して脱出するほうが、拙速よりも、巧遅を好んだ
「まぁいい、この時間内に再度確認だ、退出路は?」
「村西側です、森を抜けて、川さへ渡れば…」
「よろしい、では」
言い終える調子にすると、ようやく遅れていた三人が出てきた
だが、
「!殿下っ!!!」
爺の声が大きく放たれる
隠密行動をせねばならないこれは、致命的なミスだ
いや、その行動全部から見たらそうだが
目の前の事象からすれば、それは至極正しい判断だった
声で気付いたサワンが、空気を変質させる
この力は、長時間持続させられるそれではない
だから、瞬間的に行うには非常に適している
それを、背後の壁として使った
うのん
たわんだ音がすいこまれた
出来れば、爺の叫び声も消したかったが仕方ない
ともかく、今は直近のそれを片づける
片づけないといけないが、サワンには戸惑いが産まれている
サクラを連れてきた、その相反する恐ろしいこと
「お前ら、裏切るのか!?」
遅れてきた三人は申し合わせたように
サワンのみを狙って刃を連ねた
それを防がれて狼狽を見せている
だが、彼らが稼いだ時間もあったのだろう
まだ、宿泊所の中だが、表の騒がしさが見える
今に館へと火を放つ勢いだ
「…サワン皇子、いや、サワン、貴様の命で…」
「そうさ、我らの、これからの」
「血迷ったか、お前達、私の近衛を務める戦士ではなかったのか」
サワンが言う、もう、戻れない
ダメな位置まで来ているとわかっているが
どうしようもない、そういう、陳腐な茶番をしてでも、
今を終わらせるしかない
届かない願いを吼える
「騙されるな、私に、いや、命令ではない、私は願うのだ…」
「我々は、第三皇子に仕えたそれなのだ、そうではない貴方に、貴方に」
泣いている
やはり、それでも、この兵隊達はそういう心を持っているのか
それでいても、この暴挙に出させたのは
おそらく、サクラの言っていた、シカと呼ばれた娘や
その類のせいなのだろう
哀れな若い兵士達は、そうして籠絡されたのだ
おそらくは、直接息がかかっているかのような、国からの圧力を感じたのだろう
今、サワンに従っている他5人の兵士ももしかしたら…
いや、その思考こそ、敵方の思うつぼ
私は、今、味方だというもの、それ以外にも
目の前も信じよう
辛い道に足を踏み入れる
「お前達は、それでいい、私の走狗となれ、かまわぬ、このまま、活かして…」
「で、殿下…」
サワンの、とんちきな言葉は
兵士の心を射抜いたらしい、裏切った自分たちを
それでも信じようとする皇族、その姿だけで
彼らの精神は、涙を流すという生理反応で答えた
それは、人間としての優しさのそれかもしれない
だが、人間はこういう状態の時が最も弱い
「隙アリっ!!!!!」
そう吼えたのは、全ての仕事が終わった後だ、
自分が行動する前に大きな声をあげるというのは
物語の読み過ぎだ、相手に悟られないことが
単一決戦でも、集団戦闘でも、政治闘争でも
最も大切なそれだ
その台詞を、爺が、何もかも終わった後に呟くように、それでいて強く発音した
「爺っ、お、お前っ」
「殿下、急ぎまする、ささ、お早く」
「お、お前は、お前はっ!!!」
一度、大きく爺の頬を叩いた
サワンは激情のまま、爺を睨み付ける
「あやつらは、私の、私の大切な部下であったのだぞ…」
「いえ、違います」
冷たい
「あれらは、裏切りを働いた敵方でございます、さぁさ、お早く、お早くっ」
爺は強い調子でそう言った
サワンはもう一度、もう一度だけ殴ろうと思ったが
それを留めるに至った、そうだ、爺の言うことはいつも正しい
今、目の前で起こったことは
確かに哀しいことだが、それでも、全てが終わった後には正しい
いつだってそうだった
サワンは一つ、また、何かに踏み込んだように感じる
自分の備える力が、それが及ぼす空気が、深く澱んだように思う
「サクラ」
「は、はい!?」
「連れていくのはいいが、これだ、この通りだぞ?」
爺が何か言いたげに見ているが
一顧だにしない、ただ、サクラの声を聞きたいと思った
「うん、大丈夫、私は、ほら、サクラは若旦那の味方だよぅ、ね、急ごう」
こわごわとした、それでも
嘘ではないと解る、真実の声
多分これだ、もしかしたら、こうなることが解っていてサクラを連れてきた
あるいは、こうなりたいからサクラを連れてきたのか
また、自分の存在が曖昧になる
神は不便だ、何度目かのそれを思うが
しっかりと、形は留めている、精神が弱っているだけだ
「爺、出立する」
「!…そうであります、出立であります」
爺が満足そうに言って続いた
5人の兵士達は、自分と同等であるそれらがコロされる姿を見て
様々に思うことがあったのだろう、あったのだろうが
それでもサワンに続いた
彼らは信用にたるべき、そう信じている
そういう背中が、彼らを引き寄せたのかもしれない
未だ、彷徨いつつ一行はこの場より失せる
(08/03/10)