K


第三皇子サワンは、腕に縄を巻かれた罪人のその姿で
首都の大通りを歩かされた
それでも、まるで萎縮した様子もなく、凛々しいまま、雄々しいまま
鋭い視線を眼前に向けて、青い空の下を歩いていた
道々には民草が伺うような視線
物珍しいそれもあれば、不思議そうなそれもある、円い玉がいくつも並んだ景色

神託と呼ばれる巫女が告げる神の言葉により、彼は罪人にさせられた
だから、憎悪、不審、蔑みといったものが彼に注がれてしかるべきなのだが、
これまでの彼の経歴、彼が民草にもたらした幸福と天秤にかけて
そんな、控えめの注目が集まる程度となっている

「サン……いえ、巫女様」

「…」

歩くすがら、めざとくサワンは妹の姿を見つけた、
自分にその仕打ちをした妹
怒り、に似たものは湧いている、しかしそれは神託の前では無意味だ
それ以上に、神託がそう言うのだから違いがないとそれについては諦めている
しかし、

「迎えに寄越した兵は、どこの所属ですか?」

「…」

「随分と無礼な口振りでした、確かに罪人とされていた私ですが、
ああいう輩は誰をも敬うことなく、蔑む型だと思われます、即刻排斥されよ、
皇族の尊厳に関わります」

「…」

通り過ぎて、ついに兄妹の会話は成り立たなかった
ずっと、妹は睨み付けるでもない、しかし、うつむいた具合から
伺うような、見上げるような、そんな視線を送り続けていた
何かのメッセージだったのだろうか、わからない
わからないまま、暗闇へと誘われた

「暗いところだな、ところで君」

「…なにか」

「前線はどうなったか聞いているか?ちゃんと殲滅したんだろうな」

「私は存じません」

バタム、

天井なのか、いや、壁のずっと上のほうなのか、
高い暗闇が頭の上に広がっている
ただ一点、遠くに小さな光の穴が見える、窓なんだろう

「初めて入ったが、なるほど、罪人が眩しそうに表を歩く理由はこれか」

ずっと夜
そう思えてならないほど酷いところだ
ただ、それでも他罪人とは扱いが別格となっているらしく独房で
蝋燭も与えられている、もっぱら書物を読んでいる
牢番に閉口されながらも、差し入れとして本という本をどんどんと仕入れている
その本の間に、爺からの手紙が挟まっていることもあった

『殿下、なにぶん早まったことはなさいませぬよう』

「心配性というか、こんな危険なことしておいて、そんなメッセージはなかろう」

何かもっと、今を打破できるようなことを
少しだけ期待してみたが、それも全ては、神託の前では意味がないと笑った
今はただ、気に留めていた神話について、とりわけ
自分たちの世界についての知識欲を満たすのに十二分の時間を得たとほくそ笑む

「唯一神の、やはり系譜であるな」

皇族は神の落胤であるらしい

『何も無かったそこに、時間が未来へと進み戻れないと定め、
上下左右天地前後を定め、準備を整えた後に初めて、
神はその身をいくつかに分けた

唯一神は、それが存在するとかしないとか、一つとか二つとか、
重いとか軽いとか、なにかそういうものは全て持ち合わせており、関係がなく
つまるところ、唯一神は唯一神でしかないが、それだけで何もかもを満たす』

「………?」

唯一神の説明の文を何度も読み返した
前回はそこからあまりにも先に進めないので
そこは読まなかったことにして、話の先を見た、だが
この暗闇の中でサワンはもう一度理解しようと思った

「理解という行為に対する挑戦だな、存在…それすらもないのか、難しい」

哲学という名の詐欺だと、普段ならバカにしてしまうかもしれないが、
説明できないだけで、なんとなく、言いたいことだけはわかってきた自分を感じる
ともあれ、今、世界と感じているそれよりも神は大きいらしい

「我らが知る限りより大きいのだから解らないのは当たり前、そういう論法かな」

『神はその身から、まず、左目より昼を産みだし、右目より夜を産み出した、
続いて鼻より地を治める勇者を遣わした、それは神の力を持つが、
人間の形をし、人間に極めて近しいそれとなった』

「これが私の始祖にあたる…」

復唱して理解につとめる、神は人の形をしてないらしい
目や鼻があるのも不思議なものだが、ともかく、その鼻から産まれた何かが、
この皇族の始祖にあたると聞いている
この後、不思議なことに、定められた天地に幾万の人間がいて
それを統治し君臨していくというなかなかステキなお話
途中、魑魅魍魎、怪物妖怪の類が、それこそ火を吐く猫や、空を飛ぶ蜥蜴、
山のように大きな亀など、奇怪な生き物や禍者を
その勇者がこれまた、とんでもない力で倒していくのだ、
勇者は東へと向かい東神と呼ばれることとなる

「ふむ…」

その武勇伝と言うのか伝説の数々は、民草の隅々にまで浸透している、
おとぎ話のようにして、庶民で知らないものはいないほど有名な昔話になっているのだ
かなりの変異や、明らかに途中で改竄された形跡も見あたるが
共通して、勇者が凄まじい超能力でそれらを叩きつぶしてきたお話だ

「超能力の説明が、もう一つ、つかんな」

サワンはその伝説は半分が本当で、派手なところは虚構だと思っている
始祖にあたる王が率いた軍団により、異境の敵を倒して平定したんだろう
それらを物語風に落とし込んでいるのではないか、
勇者が火を吐いて敵を追い払ったというのは、火計を使ったんじゃないか
地面を割って敵を地下へと封じ込めたのは、落とし穴を使ったんじゃないか
雨を降らせたり、敵方に洪水を起こしたりとそんなことも
偶然降ってきたとか、気象を読んだとかいくらでも考えられるが、

勇者は、一瞬にして敵を防ぐ壁を作り、二日後には敵陣深くへ飛ぶように移動し倒した

この部分に不可解を覚えている、市井のそれでは
呪文を唱えると地面から壁がせりあがってきて、
翼もないのに本当に敵のところまで飛んでいったとされる
これも、防壁をこしらえて、移動は近道を使ったんじゃないかと思ったが
この説だけ具体的に「二日」という制約がつけられている
ここだけはどの昔話でも簡略されることがない、等しく二日なのだ

「具体的すぎる」

これも何か別の意味があるんだろうか、
そういう歴史研究家のまねごとをしながら暗闇で過ごした

「サワン…」

「!…これは、シャロム兄上」

「こんなことになって、申し訳ない」

「いや…しかし、その物言いは体面が…」

「ああ、大丈夫だ、牢番たちは全て遠くへと退かせてある、
今は我ら兄弟二人ぎりだ」

第二皇子シャロム
サワンの実兄にあたるその人が、突然やってきた
政務の人として知られ、戦争での活躍はほとんど無い
第二皇子という身分ではあるが、
おそらく次の皇位だろうと噂されている、実質第一皇位だ

「突然、私の死刑でも決まりましたか?」

冗談めかせつつ、半分は本気で
そんな様子を伺わせた
兄皇は苦笑いを見せて、小さく呟く

「そのような悪い話ではない、いや朗報でもないのだがな、死刑はないだろう」

「それはサンが?」

「まぁ、まだ、何も言っておらぬからな、安心しろ、お前がいなくては色々と困るのだ」

「戦争が、また?」

「紛争が続いている、今回の神託についていささか不審があるという一派がな」

「それは…ご迷惑をおかけして……申し訳ございませぬ」

「お前が何かしたわけではないだろう」

兄皇は静かに笑った
たおやかな感じだが、よくよく目をこらすと
薄明かりでも解るような疲れの色が見えた
苦労をかけてしまっている
のうのうと本を読んで過ごしていた自分に軽い罪悪感を覚える

「それよりも、サンを怨んでおらぬかと思ってな」

「怨むなど…神託は神のそれではないですか」

「そう、か」

兄皇は、驚いたような表情を一瞬だけ見せた
しかし、納得したように、むしろ安心したような笑顔を見せた

「すまぬな、お前が異教にかぶれだしたと聞いて心配したのだ」

「サンの言葉が、神託が嘘であるなどと?」

「そういうことだな、その噂が多く出ているのも確かだ」

厳しい表情で兄は言う
弟のサワンとしては思いもしないことだ
異教に不思議を求めるようになったし、
戯言程度で爺にあれこれとタブーをぶつけたこともある
だが、教義を捨てるほどのことではない

「それは、私の素行にも問題があってのことですか?」

「…反省しているなら、いや、違う、お前を責めに来たわけじゃない」

兄皇は、ぺし、黒く艶やかな長髪の頭部を叩いた
後ろで縛り、前髪も全て後ろへと流している

「お前を安心させようと来たつもりだったが、すまんな」

「そんな、勿体ないこと…ありがとうございます、兄上」

サワンは本心からそう言った
兄と不仲をよくよく噂されているが、サワンにそのつもりはない
兄とこのように心を通わせる瞬間があることを
誰かに言いたいとすら思っている

「姉上も、なんとしてもお前が死ぬことだけはないように、そう心を配っておられる」

「アテル姉が」

「…なんだ、姉上の話となると相変わらず、トーンが違うな、嬉しそうに」

「あ、いや、そのような…」

「いいのだ、お前は小さいみぎりから姉上に可愛がられていたからな」

「その分だけサンに嫌われたように思います、兄上にべったりですからな」

ははは、
二人の兄弟はその姉妹の話で笑い合う
そこだけを切り取れば、ありていな姉弟のそれかもしれない
いや、少し年齢を重ねた、分別を覚えた姉弟の会話と言えるかもしれない
物事の分別が出来たというのに、姉弟については子供の頃からのそれで話す

「そういうわけだ、決して早まったことをするな」

「ありがとうございます」

微笑んで兄皇の退出を見送った
爺と同じ台詞というところにおかしさを覚えたが
その気配はつゆと出さず
暗闇で見えなくなり、隔てる音、扉が閉まる音を聞くまで
ずっとそちらを見送った

全ての事象に意味がある

サワンは相変わらず暗い牢獄で書物を読み進めていた
神話には飽きたのか、また、戦術研究家と呼ばれる
実戦経験もないくせに、あれこれと戦争に文句をつける輩の書物
それを読みあさっていた
無為な日々、何日、あるいは何年も続くかもしれない
そう思いつつ、暗闇という、ただそれだけの牢獄で、
気を狂わせずに居られたのは
サワンが、強靱な精神を持っていたおかげだろう

「なんだ、騒々しいな」

牢獄にまでも、外の喧噪が聞こえてくるような
そういう空気の乱れを感じた
牢番もどこか浮ついた感じを醸している
それを見越して声をかけたのだが、何も答えてこない
厳戒令でもしかれているか、そんな気配がある

光のない牢獄
そして牢番も時間にしかやってこない
圧倒的な虚無と空虚によって
常人は気を違えてしまうのだろう
第三皇子サワンは、その環境でただ
自己と向き合い、そして書物に興味を向けて過ごした
その本の間に、いつもの爺からの手紙と異なるものが挟まっていた

「栞にしては、大きいな」

サワンはそれを見る
血文字で書かれている、讒言ではない、呪言ではないと思われる
そんな雰囲気をかもした紙切れ
しげしげとそれを眺める

そこから全ての物語は始まった

紙切れは突然光り始めた、正式には紙切れの血文字が輝いた
虹色と呼ぶに相応しい、何色にも留まらない移ろいを満たして、
凄まじい光を漏らして見せた
だが、その光は何かを照らすわけではなく、ただ
その文字のみが光り上がるばかり
外から、牢番からは何か起きていると思いもしなかったろう

「な」

『封印は解かれる、我を信じるか、貴様が滅ぼそうとした我ら民を信じるか』

描かれた文字から、直接語りかけられたように
その文章を読むよりも早く理解した
この手紙は、あの、最後に滅ぼそうとした民族からのそれだ
神の力を封印したとかのたまう、異教徒からの手紙だ

「なんという…どんなカラクリだ、おい」

呟くなり、文字は変化を見せた
光の位置が変わり、また別のメッセージを見せた

『貴様はやがて死刑となるだろう、謀略によりそうなる』

「!?」

『だが、貴様は不本意ながらも我らの力となりうる素質を持っている、
我らが神の力を解放すれば、貴様は、造作もなくその立場より脱するであろう』

「何を、言うのか」

まるで会話をしているような、目の前の紙とのやりとりが続く
自分が思い描いたことに反応したように
紙は文字を移し替えていく、そして、その文字が描かれると同時に
サワンの脳内にその意味が、音となって響いている

『貴様をそうしたのは、兄皇シャロムの謀略だ』

「ばっ!」

『貴様の名声を疎み、その立場の危うさにより貴様を亡き者にしようと、妹を使ったのだ』

「…馬鹿馬鹿しい」

相手にするほどでもない、こんな噂を流している一派を見たことがあるが
馬鹿馬鹿しいにもほどがある、兄上と自分との間には
兄弟として強い契りがある、何よりも神の子であるお互いが忌みあういわれはない
そうとまで信じている

『そして、そのことに対する姉を幽閉している』

「!…まさか」

『姉を助けたいか、貴様が助かりたいか』

「どうすると、言うのだ」

『我ら一族が封ぜしめた力を、今、うつしよに解き放つ、さすれば、
混沌と暗黒の時代が訪れる、これは乱世の始まりとなる』

「はっ、急におとぎ話めいてきやがったな」

『貴様は異変を覚えているはずだ、それはある力を解放したから、
今、解放は僅かな部分に留められている、これを全て解放すれば、
貴様にも力が宿ることになろう』

「…」

『我らの、いや、神話よりの違和感を拭いたいと願うならば、
右手の親指に傷を入れよ、その時より、全ての力は解放され、
神話の頃と同じ力が全てに宿ることとなる』

唐突にその紙は力を失ったかと思うと
あっと言う間に消えてなくなった
もともと、そこにはなかったかのように、破片の一つも残さず消えた

「右手ね」

サワンは左利きだ、これも罠だろうか
今、目の前で見せられた魔術には何かカラクリがある
そうだとしても、告げられる刺激的な文面に躍らされつつある
左利きの自分が右手の何かを傷つけられるなど
あまりどうというわけではない、だが、その一事がとてつもないことに連なるらしい

「馬鹿馬鹿しい」

そう呟いてみた、だが、どうだろうか
小刻みに手足が震えている、畏れていたことが目の前に迫っている
もしかしたら、そう思っていた事象
自分の死刑
それが眼前に、まるでそこにたえられたような不安があった
兄が訪れてくれたことは嬉しかった
それによって助けられるかもと思ってもいた
だが、目の前で、今、紙が告げた事実は
その安心を「もしかしたら」と悪い想像をしていた話に一致する

私は殺されるかもしれない

爺の手紙は相変わらず「早まったことをするな」に終始していた
この早まるの意味が今ではわからない
自決することだとずっと思っていたが、今では、
逆らうなということとも思われる
どちらなのか、よくわからない情報に躍らされる

はらり、

悩むうち、追い打ちをかけるように、
爺の定例手紙を見た、最新のそれだ

『逃げなされ』

間違いが無く、疑いようもなく
その筆跡は爺のそれだった
今までのが長い前振りだとするならば、疑う余地もあるが
まさかと思う、いや、何もかもはめられているのだろうか
解らない、自分が解らないまま
だんだんと、解る範囲内、この短い閉塞の間に得られた信頼関係
いや、それに見えた何か
それを怨む方向へと心情が流れていく

サンを使って私を貶めた、その贖罪に兄上は訪れたのか…

そう思えば「早まったことをするなよ」の意味が、
今、考えている裏切りのそれに重ねられるように思えた
爺の言葉とは全く真逆の、他人を信用しないからこそ産まれた言葉
そのように見える
そして、姉上を幽閉している話、これの真偽は確かめようがないが、
兄上が認めるほど可愛がられた自分の所に
未だ訪れない、それは、もしかすれば…

「願望が…混じりすぎているか…」

思うものの、焦燥感が登ってきた
今、すぐにでも右手を、少しばかり利き手ではないそれを傷つける
それだけで、失うかもしれない全てを得られるのか
そう思うと、ひどく軽々しく、その壁を乗り越えたように
ある境を踏み越えたように思えた

ぷし、

右手の指が血を噴き出す
地面にそれらがしたたり落ちると
あの時、そんなに前ではない、先ほど自分に全てを諭した紙と
同じ光が地面に浮かんだ

その文字が浮かぶ
なぜか、わからないままにも、そこに掌を置いた
利き手である左手だ
その感触を覚えたように、文字は歪み、やがて

凄まじい光を放った、この光は誰の目にも見えたらしい
牢番の慌てた様子が横目に見えた
だが、そこからは何もかもがわからなくなった
光がサワンを包み込んだ、全てが何もかもが、無くなったような
圧倒的なものを感じた、そこにしがみついたようにも思う

「これが、そうか!」

神話の力を
始祖である勇者の
その能力を今、理解と呼べるのか、体に宿した

「まだ、死ねぬ、従えぬ」

よろしい

そういう声が聞こえた

貴様は我が子孫である

そういう声が聞こえた

混沌と暗黒と、何もかもが戻る、
最初に父が定めた、時間は戻らぬという道理を乱そう
さぁ、その力で、今一度、今一度、今一度
地を形作るのだ、今までは失敗だった、もう一度やり直そう
貴様にはその力が備わるのだ

そういう声が聞こえて、サワンは考えるでもなく
牢が破れる現象を見つめた
自分が見ただけで、板が抜けて、いや、岩を抜いた
自分を閉じこめていたその岩を抜いた

「眩しい」

罪人が等しくしたそれ、
その表情をした
左腕に光を宿し、その光が岩を溶かし
世界を見せた
数日、もっと長くか、暗闇に閉じこめられて
隔絶されていたその世界が、どれほど変化したかを
そのまぶしさの下に見た

蜥蜴が飛び、亀が火を吹き、鳥が嵐を起こす

神話の時代が今、第三皇子の目の前に横たわっている

つづく

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(08/02/04)