To Heart 〜カタチにできなかったキモチ〜
(お客様のひなたさんから頂きました、To Heartやってから読むのが好いです)

・・・なんだろう。
誰かに見られているような気がする。

「どうしたんですか、先輩?」
葵ちゃんが不安そうに俺の顔を見上げていた。
「あ、ううん、何でもない」
「先輩、やっぱりプールなんか来なければ・・・」
葵ちゃんが申し訳なさそうにうつむいてしまった。

「いや、疲れてるわけじゃないんだ。なんだか、誰かに見られていたような気がして…」
「もしかして、先輩の知り合いの方が来てるんじゃないですか? あの、来栖川先輩とか」
「せんぱいがこんなところに来るわけがないよ。自宅にここより大きいプールがあるって志保が言ってたし・・・
待てよ、もしかして、志保のやつが俺にいたずらを仕掛けようと、どこかから様子をうかがっているのかも」
「先輩、練習の成果が出ましたね。それ、八方目っていう高等技術ですよ」
「あ、八方目」

八方目とは、神経を集中することで視野外の人物の動作を察知する高等技術である。
「だけど、まじめに練習をはじめてまだ半年もたっていない俺なんかに、そんな高等技術が身につく訳が」
「先輩、才能があるんですよ。前から言っているじゃないですか」
「まあ、志保は気配を消せるようなやつじゃないからバレバレなんだろう」
そう言って俺は笑った。葵ちゃんも笑う。
だけど、なんだかすっきりしなかった。

その時、再び視線を感じた。

振り返ると、芋を洗うような人の並みの切れ間に、少女の姿があった。少し古いデザインのスクール
水着を着た少女が、プールのふちに座っていた。大きく黒い瞳の、人懐っこそうなその少女は微笑んでいた。
そしてその姿は、あっという間に人ごみの中に消えた。
「先輩?」
「あ、ああ、俺を見ていたの、かわいい女の子だったよ」
「・・・そうですか」
葵ちゃんはちょっと不機嫌そうな顔をした。
「いや、かわいいと言っても、ほんの8歳くらいの子だよ」
「先輩、ロリコンだったんですか」
「そうだよ、だから葵ちゃんに付き合って、こんなプールまで来てるんじゃないか」
なでなで。
子供にやるように葵ちゃんの頭をなでた。
「・・・怒りますよ」
一瞬、葵ちゃんの全身から闘気が立ち上ったように見えた。

          ☆

「浩之ちゃん」
「だ、か、ら、『ちゃん』付けするなよ」
あかりはいつものようにのほほんとした笑顔で、台所に立っていた。
「もうすぐ夏祭りだね」
「ああ」
「浩之ちゃん、興味ないの?」
「そんなことはないさ。りんご飴にヤキソバにお好み焼きにたこ焼きにスイートコーンに水飴せんべいに・・・」
「やだ、食べ物ばっかり」
「そんなことはないぞ。今年こそ因縁の勝負の決着をつけないとな」
「えっと、確か浩之ちゃんの5勝4敗だったよね?」
「おう、今年も勝ってダメ押しをしないとな」

9年前から、俺と志保は「金魚すくい」の勝負を続けている。
現在、辛うじて俺がリードしているが、そろそろ決着をつけねばなるまい。
「ねえ、何で勝負をはじめたんだっけ?」
「・・・何でだったかな?」
そう言えば、まるで覚えていなかった。何かきっかけがあったような気がする。
でも、どうせ志保との勝負ごとき、たいしたきっかけじゃないだろう。

『・・・約束だよ』

・・・え?
今の、何だ?
「・・浩之ちゃん?」
「あかり、何か言ったか?」
「うん。ぼーっとしてるから『浩之ちゃん』って」
「そうじゃない。約束がどうのこうの、って」
「約束…? そんなこと言ってないよ」
「そうか・・・ところであかり、何か焦げ臭い」
「ああっ☆」
台所では、キーマカレーになるはずだった鍋の中のものが煙を上げていた。
「・・・ピザを頼むことにするよ」
「ごめん・・・」

          ☆

梅雨明け早々、ひどい雷雨というのはどう言うことだろう。
一度、俺の家のカビを心配したあかりが掃除の手伝いに来てくれたが、
鳴り響く雷におびえるばかりで、まるで掃除ははかどらなかった。
マルチも手伝いに来てくれると言っていたが、雷による誤動作の対策が不充分と言うことで外出が許されず、
「すいません藤田先輩・・・ふ、ふえええええん」
と受話器の向こうで泣いていた。
一度、たまたま早起きしたときに、暴風雨の中、雨合羽を着て新聞配達をしている理緒ちゃんを見かけた。
何か声をかけようかと思ったけど、かける言葉が思いつかなかった。
一日一度は志保から電話がかかってくる。大抵は八つ当たりの愚痴の電話だ。
いつも適当にあしらって切ることにしている。
「雨で勝ち逃げしようなんて、絶対に思わないことね!」
今日の電話ではそう叫んでいた。
葵ちゃんは少林寺拳法の昇段試験のために四国に行っている。
4段以上は総本山で実技試験の指導を受け、館長に接見し、幹部の人の口頭質問に答えなければならないのだ。
「試験が終わったら電話しますね」
と言ったとおり、葵ちゃんからの電話はない。

電話が鳴った。
「もしもし、藤田です」
電話の向こうから、消え入りそうな小さな声で、もしもし、と声がした。
「あ、来栖川先輩? どうしたんですか?・・・え、雷雲を遠ざける呪文があるから試したいって?
ああ、別に良いけど・・・この雨じゃ、そっちに着くまでにびしょ濡れになっちゃうよ・・・え、車を寄越すって?」
そういえば、セバス・・・いや、あの執事とは男の友情を結んだっけ。最近協力的だし。
「それじゃあ待ってるよ。成功させようぜ、晴れ請い!」
電話の向こうから、小さな声で、はい、と返事があった。

「ええと、この机をここに・・・んで、この机はこっちに・・・」
「若造、この程度の雨でまいっているのか? わしがビルマ戦線を生き残ったときなどは、この程度の雨は
シャワー代わりだったぞ、がっははは!」
「誰がまいってるって? 爺さんこそギックリ腰なんかになったらここに放り出して人柱にするぞ!」
「言うたな小僧! 後悔しても知らんぞ!」
言いながらお互いに不適な笑顔だ。第三者が見たら不気味な光景だ・・・。
暴風雨の深夜、学校の屋上で机を並べる高校生と老人、
それを見守る黒マント(雨合羽バージョン)の美少女…。映画にもなりゃしない。
「ふう・・・並べ終わった」
「なかなかやるな・・・はぁはぁ・・・」
「はあ・・・爺さんこそな・・・」
くいくい。
先輩が俺の袖を引っ張った。
「ん? ああ、この円から出てなきゃいけないのね。さあ、出ようかセバスチャン」
「おまえにそう呼ぶ許可を出した覚えはないっ!!」
「ささ行こう」
俺と爺さんは机で作った円から出ると、円の中心に立った先輩を見守った。
先輩は強風にあおられながら、必死に立っている。本当に飛ばされそうだ。
「・・・なあ」
「何だ。お嬢様が集中してらっしゃるんだ。話し掛けるな」
「いや・・・何だって先輩、あんなに必死になって、晴れさせたいんだろう? 
こんな中で無茶したら、体調崩しかねないのに」
「・・・大馬鹿者…」
「なんだよ?」
「お嬢様はお前と、週末の夏祭りに行きたいと願っておるのだ。その思いを汲んでもらえんとは…
お嬢様があまりに哀れだ…何だってお前のような大馬鹿者を好きになったんだか…」
「・・・ごめん」
俺って本当に馬鹿だ。ずっと前から先輩の気持ちを知っているのに。
ほかに理由がある訳、ないじゃないか。
・・・先輩の魔術が成功しますように。
・・・いや、きっと成功する。
俺は祈ることしか出来なかった。二人が見守る中、先輩は円の中を歩き回り、着々と
魔術を進行させているようだった。そして、黒雲がびっしり詰まった空に手をかざすと、何かを呟いた。
そして、先輩は俺達の前に戻ってきた。
「・・・え、終わったって?」
「お嬢様、ご苦労様でございます」
「大丈夫? とりあえず校舎に戻ろう」
先輩に用意しておいたバスタオルをかけて、3人で校舎に戻ろうとしたとき、先輩が小さな声で、
「・・・早く思い出してあげないと・・・」
と、俺にささやいた。
「思い出すって、何を?」
と問い返しても、先輩は微笑むだけだった。

つづく

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