3月卒業〜櫻の愛でる頃に〜
陽動フリ飛車
雄琴は将棋について、コマの動きくらいしか知らない
だから、この言葉が意味するところはまるでわからない
でも、言葉から推測しうること、まぁ、陽動と書いてあるんだから
当然「フェインティングオペレーション」とかいうのに当てはまるんだろう
飛車をふる為に陽動作戦として、前の歩を進めることでも指すのだろう
だからこの場合は、
「最終的に、本当に辿らないといけないラインはどれだ?」
「・・・」
「将棋部、言え、大丈夫だ、今更とも思わん、確かに全員が裏をかけるといいが
相手はプロだ、当然おとり役は生でないといかん、言え、どのルートだ」
誰かが卒業すればそれで・・・
と、思わないでもない、ただ、2年というブランクを背負った自分については
なんというか囮になったとしてもなんとか生き延びて卒業しよう
そういった矛盾した思いを抱えている
年上だから囮役をやるのは当たり前
だけど卒業はしてみせる、というかしなきゃダメだ
物事の本質をバカにしているような思考だが
本人はいたって本気なのだ
「考えないといけないのは・・・」
将棋部が小さな声で切り出した
さっき唐突に出会った敵を抹殺したことから
この場所の妖しさが高まっているのは確かだろう
手早く作戦を立てて、いち早くここから離れたい
そう焦れるが、落ち着きを取り戻そうとしながら喋る級友を急かすことはできない
じっくりと、その言葉を追う
「僕たちが、校長室へ行こうとしていることを悟られないことだ」
「ほう・・・・そういえば、そうだな、奴らは知らないものな」
「知らないというか、考えもしないと思うな」
ひきつっているが、それでも笑顔が見られるだけ
マシになったんだろう、それはヤンキーも同じらしく
青ざめた表情だが、ニヒルな笑いを浮かべている
「となると、囮はバレるように、されどわざとらしくなく移動、そして、陽動する必要がある」
「てことは、あれか校長室と逆の方へと行くわけだな」
ヤンキーが得意げに言う
だが、小さく将棋部は首を振って答える
「それじゃ勘ぐられてバレてしまう、推測させないことが重要なんだ、あくまで
本気でそこへ向かっているように見せないといけないし、裏読みをして一段階目くらいは、
迷彩をきかせておきたいから、真逆じゃわざとらしすぎる」
「なるほど、それはわかった、で、俺はどこへ行けばいいんだ?」
「最初にボクが考えてたのは、化学室なんだけども・・・」
伺うような視線が向けられた
化学室
確かにそんなことを言っていた気がする
雄琴も思う節があったのか将棋部の目を見て黙る
「アサハカかもしれないけど、化学室なら、ほら薬品がいっぱいあるだろ?武器になると思うんだ」
「なるほど武器を取りに移動していると思わせるわけか」
こくり、将棋部はうなずく
雄琴に迷いはない、その姿、仕草が、むしろ
戸惑いを覚えていたヤンキーに覚悟をキメさせた
がちゃり、音を鳴らせて雄琴が弾倉を確かめる
充分な重量、それだけで安心、いや、確信をした
何をかは、立場によって異なる
将棋部、ヤンキーなんかは思った
死ぬ気
だが、雄琴は違う
血路
この言葉の由来については語る必要もない
というかこの言葉で雄琴の思いを言い得ているのか
それは、二ダブの実力では伺いしれないのだ、センターで国語が100点超えてない時点でアレだ
雄琴は、実際に化学室へと武器をトリに行く気でいる
その武器があれば、囮でありながら生き延びることができる
そう信仰している
話は決まった
「じゃぁ、後でな」
「雄琴さん、お、俺も・・・」
「ヤンキー、銃になれている奴がそっちにも居るんだ、いいな」
優しい声で言いつけするように言葉を垂れた
時間がもう無い、そう訴えるようにしてのび太が静かに
雄琴に向けて握手を求めた、答えるようにして雄琴が握る
握って、この得体の知れないいじめられっ子が
思った以上に分厚い掌と熱意を持っているのが伝わった
「のび太、ありがとう、護衛を頼んだぞ」
さっ、言い捨てるようにして駆け出した
雄琴は数歩走ってからなんとなく思った
どうして、ヤンキーではなく、のび太に頼んだのか
不思議だと思ったが、すぐにそれを抹消する
敵だ、どうやら向かってきていたらしい
バリバリバリ、すぐに銃撃戦が始まる
煙と匂いと光が交錯して、雄琴の姿はその場所に馴染んでいった
急速に、水にインクが広がるように
「速攻でかよっ」
「急ごう、雄琴さんが頑張ってくれてるんだ」
将棋部が気弱ながらも声で顕わした
まだ未練がある様子でヤンキーは雄琴の去った方向
銃撃戦の方向を見るが、のび太が手を引っ張って促した
「るせぇなっ、行くよ、わかってるよ、のび太うぜぇんだよ」
「・・・・」
黙ったまま、申し訳なさそうな顔をしたが
のび太はそれでも、同じ目をしている
油断、というのだろう
雄琴が戦闘をしているから、こちらは大丈夫だと思っていた
その刹那をつかれた
バババババッッッ
閃光がけたたましい音とともに弾けた
慌てて応射を試みるヤンキー、バリバリと
凄まじい音が狭い廊下を走り抜けた
ガヂィッ、ギィン
「う、ぁああっ」
「将棋部、野郎っ!!!!!」
将棋部が被弾した、足をやられたらしい
ひっくり返ったが、そのままじたばたと這い蹲って
隅へと逃げた、床に血の痕が撫でられていく
「うおあああああああっっっ!!!!」
とてつもない大きな声で、悲鳴とも思うほどの声を
腹の底から絞り出してヤンキーは敵を撃ち殺した
いや、撃ち殺していく
バヅンバヅンと鈍い音がしては、相手は倒れていく
ヤンキーも何発が受けたようだが、いずれもかすった程度
正確な射撃というのは、実際は相当難しいのかもしれない
チィンチィンッ
火の玉がすり抜けていく、この恐怖
のび太に抱え上げられるようにして将棋部は弾の当たらない場所へと押し込められた
だが、その後ろでは凄まじい銃弾が床と壁と天井と言わず
殴り散らしてやまない、ヤンキーは無事なのか
将棋部はそれを気がかりに思ったが、際から顔を出す余裕すらない
「どああああああああっっっ!!!!」
殺すことへの恐怖にうち勝とうと
大きな声を出し続けるヤンキー
実際、神懸かり的な力を得て、ヤンキーの銃弾はほぼ無駄なく敵を殺し続けている
天命というのがあるのなら、こういうときに差が出ているのだろう
実力が上のはずの敵の弾はヤンキーに当たらず
素人のヤンキーの弾は敵に当たり続ける
「右だっっ!!!」
「おうぅっおおおおっっ」
将棋部を庇うのび太が叫んだ
その声に反応してヤンキーがそちらへと銃口を
掃射したまま向けた、肉の爆ぜる音がバウンバウンと
二度と忘れられないように耳に刻まれた
ヤンキーの目は濡れているような印象だ
泣いているのかもしれない、殺すという恐怖と必死に戦う表情
それは、不用意だと思うが
卒業する高校生の表情としては、一つ、繋がるものがある
卒業生と在校生では決定的に顔つきが違う
これはどの段階に置いても間違いなくそうだ
年齢の差が出ているだけともとれるが
多分そうじゃない、顔に出るのだ、人生の重さが
そんなのと同じように
人を殺すということで、何かを踏み越えたヤンキーは顔つきを変えていく
それは醜くない、生きる為に踏破する
荒々しさを刻んだ表情、ガインンンッ、撃ち尽くした銃が派手にブローバックして止まった
「後、一人、居るのにっ」
ヤンキーが焦る
しかし相手も銃弾が切れているらしい
サシの勝負になった、瞬間に相手はナイフを出した
プロのナイフ術に、町中で脅すためにしかナイフを震ったことのない少年が立ち向かう
向かわざるを得ない
「くそだらぁあああっっ、うおらあああああっっ」
ヤンキーは今までで一番大きな声で突進を試みた
ヤクザ映画の鉄砲玉のように
ナイフを脇に抱えて身体ごとぶつけていく
声の大きさは相手を威嚇するに充分だが
同時に、先と同じく、襲ってくる恐怖を振り払うために絞り出す
「死ね、死ねぇっっ!!!」
ヤンキーの声は震えている
ナイフで刺し殺すってのは、銃で撃ち殺すのと全く違う
手応えが、もろにあるんだ、そうやって思うほど
自分の手で相手の命を奪う行為に恐怖してしまう
ヤンキーは夢中だった
その一撃は、確実に殺せる勢いがあった、しかし
覚悟が、その恐怖に負けたせいで、ヤンキーは目をつぶってしまった
ぶつかる瞬間に閉じられた視界
ずばっ!!!!
「うごぁああああああっ、い、いってええええええいてぇええええよおおおおおっっ」
ヤンキーがのたうちまわる、閉じられたまぶたの上を
ナイフは寸分違わず走り抜けた
瞳に傷がついたかはわからない、ただ視界がすっかりなくなったのは確かだ
そしてその見えない間に、身体が幾重にもわたる痛みに叫んだ
ざくりざくりっ、とてつもない力が身体を打ち抜けていったのがわかった
「があぁあああっぁあああぁぁああああああああっっ」
ヤンキーの叫び声が虚しくあがる
血が飛び散る、将棋部は目をそらすことすらできないで
その光景を見ている、ただ見ている
そこにもう一つ影が忍び寄った
するり、その動きはとてつもなく柔らかく、そして執拗に映った
影が身体を変化させながら相手を飲み込んだような
液状の怪物が捕食ブツを飲み込むような、そういう具合で
どうっ
倒れる音だけがした、ヤンキーの横に
倒れ込む敵影
その手前に血塗られた男が一人立っている
なぜ、どうして、将棋部が呟く
「のび太・・・・・お前・・・・」
言うが、相変わらずの言葉少ない表情で
人差し指を唇の前に立てた
将棋部に黙れと伝えた
のび太はそのまま、倒れているヤンキーを抱え起こす
「うごぉおおおっっ、い、いでぇっ、いでぇぇえよっ、おい、誰だ?誰だ、お前っ」
「ボクだよ、安心してよ」
「の、のび太か、のび太か?そうか、おい、やったのか?俺はやったのか?」
ヤンキーは声を震わせて、あらんかぎりの声を振り絞っている
痛みを堪えきれず、声が悲鳴となって廊下を震わす
血はどくどくと床を染め出している
すれ違いでヤンキーのナイフは空を切った
そのまま敵に二度ほどの攻撃を受けている、致命傷だろう
のび太はそれを見つつも、目を開けられないヤンキーに笑顔を向ける
「大丈夫だ、ありがとう、おかげで俺も将棋部も無事だよ、すげぇ、本当にすげぇかっこよかったよ」
「う、うへへ、そ、そうだろ、そりゃそうさ、俺も、は、ハンパじゃねぇからな、ハハ、殺っちまった
すげぇ、俺も極悪だ、先輩にこんなに殺した奴いねぇ、ヤベぇよ俺、卒業しても
すぐブタ箱入りだよ、すげぇ、すげぇっ」
「そうだ、ハクがついていいじゃないか、大したもんだぜ」
「へへ、へ、あ、の、のび太、お前は、ほら、将棋部の面倒、あと、た、たの、たののおののおおおおっおおぉお・・・ぉ・・ぃ」
ガクガクガク、唐突に震えたかと思ったら
そのまま全くハンパのままで事切れた
表情は満足げなそれを象ろうとする最中で
苦悶に震えるそのままになってる、遺体を静かに降ろした
将棋部は涙を流し、同時にとてつもない悪寒に襲われている、何度も吐いたが
慣れるものじゃない、人が死ぬ、殺し合う、そういう場面なんぞに
そう思っているのに、目の前の、このいじめられっこは平然とそれを受けている
声一つ出さずに、人を殺しているというのに
「のび太、お前・・・」
「西大路くん、ボクは、ソッチもんの家でさ」
ダンビラ一本引き下げて
威風堂々と立ちつくす男「草津」
「さぁ、急ごう、ボクは君を守り卒業させないといけないから」
「どうしてそこまで」
「雄琴さんが・・・・・漢(おとこ)だからなぁ、あんだけの漢ぶりを見せられたら、
ボクも、まぁ、ハンパしてられないからね、あの人に頼まれたんだからね、充分だよ」
斜陽が校舎を染める
それ以上に血の色が、校舎を染めていく
一方で化学室に向かった雄琴は、依然怪我一つないまま
敵を撃破して進んでいる