3月卒業〜櫻の愛でる頃に〜
草津
温泉場とは関係無い
無論、かつての宿場町、東海道と中山道の分岐点でもない
その家柄は極道だ、温泉場とか宿場とかソレ相応な気がする
そんな姓で、そして、そう育った
「初めて人を傷つけたのは8歳の時だったよ」
「8歳」
「組の若いもんを、なんというか、オヤジが、あの時は爺さんだったかな、殴れって木刀渡すんだ」
二人の高校生は校舎の中を歩いていく
ごく当たり前の風景だろう
夕方になっているから、下校前、職員室へと日誌でも届けるかのような
そういう風情で歩いている、窓の外はまるで静かで
風に揺れる木々、特に、桜の圧倒的な美しさが
やや燃え上がるような色目を取り入れて、さらさらとしている
「まぁ、8歳のガキが殴るなんて知れてて、こう殴るんだとか
組頭くらいの奴がボクに教えてくれたんだ、すげぇ音とすげぇ血で
その時はビビったけど、すぐに、馴れたんだ」
「・・・・・」
方や銃を提げ
方や血濡れた日本刀を提げている
「で、最初に殺したのが」
やっぱり、そうだったんだ
改めてぞっとする話を聞かされている
将棋部は自分がどんな顔をしてこれを聞いているだろうと
想像することに熱中した、せざるをえない
嬉々としてではない、とつとつと語り続ける
全く違う世界観を持つ男の話を、常時のままでは受けきれない
そう思ってのことだ
「覚えてる、中学の時、また、組の若い奴で、拳銃は赤星だったかな、
度胸つける為だっつうので、ほら、そういう教育を受けてきたから
まぁ、ともかく」
ぐっと語気が強まった
今までのなんともいえない弱々しいと思っていた身体が
本当は、まったく無駄の無い肉付きと所作の結果だったと
今ははっきりとわかる
「ここまで来たらもう安全・・・いや、大丈夫だろう、さぁ」
「さぁ・・・・って?」
「決まってる、先に行くのは君だけだ、西大路くん」
「え」
呆気にとられてその場に立ちつくす将棋部
目の前の元いじめられっ子は、さばさばとした様子で
はにかんでいる、血刀を提げて、にこやかに歯を見せている
「何言って」
「陽動はこのくらいでいいだろう、振った飛車には銀将か金将のサポートが必要なんだろう?」
「・・・・・のび、あ、草津・・・・君は」
「難しいところはわからないけど、まぁ、君のその気持ちはいいと思った」
「だったらなおのこと、ここで二人がかりで敵を呼び寄せたら」
将棋部は驚いたまま、口を開いている
陽動振り飛車
飛車の前の歩やら、なんやらを動かし、さも居飛車、あるいは前へと
飛車が少なくとも右で戦うと見せかけておきながら、ある一手で
いきなり左へと振られてしまうこと
それによってどういったことが起きるのか、それは将棋の強い奴にしかわからないが
ともかく、陽動をして、飛車が振られることを悟られないようにするのが肝要だった
そして、その飛車というのは
「雄琴さんを卒業させようというその心遣い、かっこいいと思ったからボク・・・俺は乗ったんだ」
歩役を将棋部とのび太はしてきた、雄琴という飛車を活かす為に動いてきた
そんな棋譜
だけどもここで、歩だと思っていた将棋部をのび太は銀か金だと言った
充分に攻撃の要となる、むしろ角行や飛車よりも遙かに強力な駒だと言った
「実際の所は危ない将棋だったな、雄琴さんだって初回にいきなりブチ当たった連中にやられたかもしれないのに」
「それは」
「無い、実際、無かったね・・・そうだ、あの人は強いんだ、よくわかってるじゃないか」
のび太の声色と言葉遣いが、だんだんと馴れてきた
なんというかぞんざいではないが、大きな男の色と匂いを纏い始めた
将棋部はこの異世界の男をすんなりと受け入れている
平時では、その経歴を聞いただけで凍り付いてしまっただろう
そんな血みどろを見て、何一つ困ることなく、同級生で居る
「さて、くっちゃべってる暇は無さそうだ、そろそろ来る、早く先へ行って、雄琴さんと合流しろ」
「だ、だけど」
「何度も」
言わせるな
声の無い瞳は、将棋部の背筋に冷たいものを走らせた
なんて怖い目をするんだろう、カツアゲとかそういうレベルじゃない
心底怖いと思わせる目をした
本当の実力、いや、本性というのがこれなんだろうか
同級生だと思っての会話はやはりまやかしだったのか
そうやって気圧されて、将棋部はおずおずと、そして
従うしか無いとどこかで諦めるようにして
のび太と別れる
「草津、その」
「おう、卒業してくれ、俺みたいな極道もんは、そんな大層な免状無い方がいいんだ」
ヤンキーとは違う
その男の声はどこまでも遠くて
だけども頼もしく、なにより、とても暖かいように思われた
カンカンカン、床を蹴って将棋部は校長室を目指した
「さて・・・奴(やっこ)さん方、待たせたぁな」
草津は威風堂々と
そして地底の深みから登ってくるような太い声で廊下に話しかけた
無論、独り言じゃない、既に居るであろう敵に向けてだ
目視は出来ていないが、気配は既にある
「タダでここ通すわけにゃぁ、いけねぇんだ、俺ぁ、往生際と聞き分けが悪ぃからよ、
そんな簡単にゃぁ、通しや、しねぇぜ」
バンッ
爆ぜる音がした
戦闘の合図にも似ている、敵はその音と同時に飛び出してきた
威嚇射撃のようなものだったんだろう
当然死角にいることを悟った上での狂言だったので
草津は物怖じすることもなく、次の展開を見守っていた
近づいてくる輩、ああ、どくどくと、心臓の高鳴りがする
「おうじょぉぉおおおおおおおっっっ、せぇぇええええええやぁああああああああぁぁあああっっっ!!!」
ガチャッ、懐に入れていたCZを取り出し片手で放つ
馴れた手つきで、真っ直ぐに伸ばした腕からガインガインと大きな反動を身体の芯で受け止めている
その音と薬莢が散る気配に混じって、血潮が上がり死臭が夏場のゴミ捨て場のようにむせ返るほど立ちこめる
この感覚は、これだけの殺しは、かつてない程だ
それはわかっている、いくら殺したことがあるとはいえ、そう
経験があるだけなのだ、好きこのんでしているわけでも、生業としているわけでも当然ない
所詮は一高校生だ、それに極道だからって、今や殺しを経験している奴なんて本当に一握り
「ぐふぅっ!!!!・・・・・その程度じゃ、俺のタマぁ取れんぜっっ!!!!」
ガインガインガイン、相変わらずの掃射を続ける
何人殺しただろう、相手も驚いていることだろう
これだけ殺しに卓越した高校生がこんなところに居るなんて
思うわけもないのだろう
のたうち回れ、戦慄しろ、俺はまだ戦う、殺し続ける
一度手を血に染めた以上、どこまでも、己が染まるまで、とことんまで突き進む
ガインッ
派手にマガジンを捨てて、次の弾を装填する
ただひたすらに連射あるのみ、近すぎて、どちらのも当たらない
それに忙しすぎて、狙いを定めている暇がない
草津は、殺しながら前へと歩き進んでいる
何発被弾しただろうか、アドレナリンのせいだろうか、わからない
わからないけども、目の前を悪鬼の如く睨み付けているのだろうと
そんなことは、相手の顔を見てわかった
気持ちのいいものだ、恐怖を相手に与えるということ
「まだまだ、これからだぜっ、おおぉぉおおっ!!!??」
気付けば至近距離になっている
ここでポン刀の出番となる、振りかぶって無造作に叩き降ろす
そう、斬るとか居合うとか、そういう次元や技なんて一つもない
まるで、鉄パイプやバットで殴りかかるような
刀を叩きつける要領だ
ずぶりっ
それでも当然この鋭利な刃物はやすやすと肉塊を刻んでいる
肩口深くにくいこんだそれを、引き剥がすように抜き取る
死骸に足をかけて、蹴り倒すようにして刀を抜き、また次に殴りかかる
3人を斬った、そこでめりこんだ刀はとうとう抜けなくなった
「頃合いか」
呟いた途端、身体中にあった力と熱が全て霧散するように消えていった
大きな物、それも柔らかい物が倒れた音
人が倒れる音なんて、日中、平生、尋常、聞くことがない
だから、誰もが気付くがなんの音かはわからない
そういう「その時にしか出ない」音がした
どさり
描き文字では何度でも見た
だけど本当にそんな音で倒れる
ただ、それを実感できる人間はその場にいない
横たわる静けさは、誰のものでもない、この場から、誰もいなくなった
校長室
そう書かれた表札?
そんなのがかかっているというか、クラス表示と
同じようにして柱に突き刺さっている
「陽動作戦のはずが、俺がここに辿り着いていいんだろうか」
「いいんだよ、雄琴さん」
「うおわっ」
「作戦通り、いや、それ以上だよ」
「将棋部・・・作戦通りって、お前」
「もともと雄琴さんを卒業させたいからこうしたんだ」
「・・・・バカ野郎」
他の奴らは
とまでは聞けない、聞かなくてもわかる
雄琴は気落ちした表情を見せた
その心遣いを心底有り難いと思ったが、同時に、簡単に卒業を捨てた後輩達を
哀れとも思い、自分の不甲斐なさを少し呪った
将棋部はどういったらいいかわからない顔をしている
お互い、そのまま言葉は無いが
それでも待っていた将棋部が立ち上がり、雄琴を校長室へと促した
から、
引き戸は渇いた音をたてて開いた
独特の匂いがする
学校とは思えない、余所行きの匂いがする
部室や教室や、美術室や化学室、そういった生徒のいるところと
まるで違う、進路相談室とかとも違う
ソファーとか、絨毯とか、そのあたりが関係しているのかとも思う
雄琴が促されるまま中へと入った
教師達はどこへいったんだろうか、室内は荒らされた様子もなければ
誰かがついさっきまで平生を過ごしていたような余韻が残っている
「あった」
卒業証書の束がある
黒塗りの木箱に入れられたそれは
誰に触れられたわけでもなく、机の上に鎮座している
箱を開けて中を確かめる
雄琴、西大路、山科、石山、草津、大津
6人の証書をそれぞれ抜き出した
将棋部、いや、西大路はそれを見て、触れて、初めて
そのありがたさを知った
かすかに指先が震える、雄琴は己の分を手にとって
目を閉じて思案をするように静かだ
「卒業証書か」
じっと、西大路の指先から思い出が広がり
体中をその感動が駆けめぐる
面白かったイベント的なことは何一つ思い出さない
些細な、学校の出来事、ツレと喋ったこと
片隅、自分しか居なかった瞬間、放課後
授業風景とか、そういう学校がアクティブだった時よりも
それが終わった余韻の方が、思い出としてあまりにも大きい
その大きさが、この一枚の証書に詰まっている
そう考えるだけで、涙が零れてきた
「雄琴さん、どうして、そんなに卒業証書を欲しがったか、俺、今」
「そうだ、この証書を逃してみろ、それが二回も続いてみろ、どんなに辛い日々だったか」
雄琴が過去を振り返る
この男は、目の前で証書に涙する西大路よりも
二年以上の重みをここに隠している
いや、別に隠してはいないが、ともかく、西大路よりも重いそれを
しかと受け止めている
「俺にお前を責めることはできない、卒業をさせて貰えたんだからな」
「お、おごとさん」
嗚咽混じりの西大路の声は、聞き取りにくいなんてものじゃないが
その支配された感情については、言葉以上に伝えていた
しゃべれなくても伝わることがある
泣き顔とその嗚咽で、雄琴はぐっとそれを知る
「それに、お前にそんな作戦を立てさせたのは俺自身だ」
「ち、ちが・・・そ、そんなこと」
「でも、よかったんだ、お前は涙を流して、その重大さに気づけた、それだけで、
俺はお前と卒業できてよかったと思う」
「・・・・・」
「ありがとうよ、同じ卒業生として、俺はうれしい」
「おごと・・さん」
雄琴は手を伸ばした
それを西大路は強く握る
握手をして、西大路はもう一つ泣いた、
夕暮れの染みが校長室の中を包み始めた
窓の外から入りくる光が、そうさせている
横顔が随分と大人びた二人
「さて」
雄琴は随分と晴れやかな顔をして言葉を止めた
やり遂げた感動は充分に味わった
だが、具体的にこれからどうしたらいいのか
それはまるで思い浮かばない
西大路のそういう不安を見透かしたように
雄琴は力強い視線を向けた
「ここはあれだ、家に着くまでが卒業式です、って奴だな」
「は?」
「なに武器になると思ってあらかたの薬品は持ってきた」
ゴトリ
塩酸、硫酸、ナトリウム、マグネシウム、EtBr・・・
どれもこれもナイスなチョイス
特に金属片については、とてつもない威力が期待できる
「雄琴さん・・・・本当に」
「ああ、帰宅するぞ」
ガダン、扉を開けて外へと出た
すぐに閃光は弾けた
外へ出たのは雄琴一人、まるで躍るようにしてUZIをぶっぱなす
馴れたものだ、それよりも何人の敵がいるのだろう
どれだけを粉砕してきたか、数えられないでいる将棋部
部屋の中から、その扉の向こうを眺めている
「ただ眺めてるだけじゃ」
ピカッ!!!!!!!
戦場を真っ白な光が包み込んだ
凄まじい光源が炸裂音を響かせながら
廊下を転げ回る、不気味な煙があがり
吸ったらやばそうな気配
「実際の話、すごいもんだな純金属の化学反応ってのは」
「本当に」
煙の中を二人の高校生が走って逃げてきた
まだいくつでもある、閃光弾としてマグネシウムも
水につけるだけで凄まじい反応を示す
ポケットの中にそんなものを詰めて
イチモクサンに駆け出した
「なぁ将棋部」
「なんだい雄琴さん」
「そうだな、折角卒業式後だしな、お前の家にでも遊びに行かせて貰おうか」
「なるほどそいつはいいね、ウエルカムだよ」
また目の前に敵影が見えた
すぐに雄琴が構える
将棋部がポケットをまさぐる
慌ただしくなる
下校風景はオレンジに染まる
「なぁ将棋部、ところでお前の家って何やってんだ?」
「ん、うちは八百屋だよ」
「そうか」
仰げば尊しも聞かず
在校生の拍手も聞かず
来賓の退屈な話も聞かず
だけど、卒業式を共にしたもの
その後までも仲良くなれる
そんなツレが、生涯のツレになるなんてよくある話で
彼らの未来はこれからも続く
卒業式は、たかだか一日の
たかだか一回の式典でしかないけども
その前と後とで、人生が大きく変わる
それでも
変わらない友人を持てる時
後の人生は、酷く楽しい
雄琴は走りながら思った
就職先とかどうなるだろうかと
こんなの書いてごめんなさい
(;´Д`)