3月卒業〜櫻の愛でる頃に〜
「将棋部、フリ飛車がどうのとか」
「いや、もう忘れてくれ、それよか急ごうよ」
「なんだてめぇ、なに怖じ気づいてんだこら」
走りながら高校生どもは声をかわしている
後方での喧噪が聞こえない位置まで走ってきた
恐怖をまぎらわせる為だろう、不必要に大きな声で
将棋部に絡むヤンキー
仕方あるまい、並の高校生ではこの状況に順応できるはずもない
雄琴は2つ上という年齢を遺憾なく発揮し
一人ごちて走り続ける、一つ不気味に思ったのは
黙ったまま、そして誰よりもしっかりとした足取りで
後ろをついてくるのび太の存在だったが、か細い顔とメガネの奥に
潜む瞳からは、何も感じ取ることはできないでいる
「ともかく急ごう、化学室の方へ抜けて、そこから校長室へ急ごう」
将棋部も不必要なまでに「急ごう」
その言葉を何度か続けた
今、軍師である彼の言葉は絶対に守るべきだろう
ただ、それにしても何かがおかしい
先ほど、柔道部とヲタクと別れてから様子が明らかに浮ついている
「急ごう、ともかく」
「待て、みんな、止まれ」
「雄琴さん?」
「止まってる暇なんて」
「落ち着け将棋部、何をそんなに浮ついてんだ、しっかりしろ」
「!…そんなことは」
あからさまに狼狽えた様子
いけないな、何か己を失っている気配がある
雄琴は年の功を発揮して、若い軍師の焦りを見抜いた
このままでは、一個隊を全滅させてしまうかもしれない、それだけはダメだ
思うままに、ゆっくりと落ち着かせるように将棋部に気持ちを向ける
「お前が焦って判断が鈍れば、俺達は全滅をしてしまうんだ、しっかりしろ」
「そんな」
「てめぇ、ビビってんじゃねぇぞこらっ、いい加減に腹くく」
ガガガガガガガガガッッ
ヤンキーがたしなめている最中
唐突に銃撃を浴びた
別隊に見付かったらしい、掃射が床を叩いて走る
ただ決め手に欠いている、照準が綺麗には合っていない
それが幸いして全員が無傷のまま、そこを逃れた
「驚いたな、ヤンキー」
「大丈夫だ雄琴さん」
すっかり慣れた雰囲気
相方の呼吸を確かめるように雄琴はヤンキーを見た
慣れたふりをしているという若さが見てとれる
それでも、いや、それだからこそ心強いように思う
心の折れていない仲間がいる、今はそれで充分だ
卒業への戦端を今一度開く
一方、渡り廊下に残された柔道部とヲタクも戦闘を続けていた
雄琴達の元へと音は届いていないが
辺り構わない掃射音がけたたましく、あたりを殴り散らすように砕けていく
渡り廊下を通さない為に壁際から、敵に威嚇射撃を繰り返している
ただ、その様子もかなり弱ってきた
「ヲタク、どうだ?」
「ああ、敵だ、敵がいるよ」
にひにひ、相変わらず嫌な笑い方をする奴だ
柔道部は薄れつつある意識をつなぎ止めながら、そんなことを思った
雄琴達を逃がすときにかばって受けた傷は、間違いなく致命傷だ
とうとうと流れていく己の命が手に取るようにわかる
ただ、その割りにはまだ、1時間、2時間くらいは持つ
そんな気力もあった
身体の、体力のことはなんとなくわかるものだ
柔道部は、ぐったりとしながらも手に持ったUZIをしっかりと構えている
「なぁ、お前、何考えてる?」
「終わり」
「終わり?」
「そう、どんな最終回が、どんなクライマックスが最高にかっこいいか、それを考えているよ」
ヲタクらしい答えだと柔道部は思った
いや、そうじゃない、俺もそう思ってるな
薄く笑ってそう答えた、伝わったのかヲタクもにやりと
嫌な笑顔を返してきた
「今の状況から、かっこよくするにはどうしたらいい?」
「そうだね、まぁ、一花咲かせて、最後は爆死が最高だね」
「ありきたりだなぁ」
「王道が一番感動するんだよ、何事も、変に奇をてらった方がウケが悪いんだ、あざといのはダメさ」
「言うじゃねぇか」
「ヲタクだからね、物語には五月蠅いよ」
ガインガインガインッ
また、銃撃が始まった、応戦して
ヲタクがバリバリとAKをぶっ放している
柔道部もどこにそんな力が残っているのか、ありったけの弾丸をUZIから
火花とともに見舞っている、数分でまた静寂が戻る
相手の方からいくつかのうめき声が聞こえた、思いの外
この抵抗は敵に損害を与えている
「なぁ、ヲタク」
「なんだい?」
落ち着き計らった、そして
この戦場には場違いなほど、普通の会話風景
普通?それはわからないが、なんだか、学校に居て
授業の合間、放課じゃない時、そうだ、授業中に側の級友と些細なやりとりをする
そんな具合で、言葉を交わす
「俺もな、結構アニメとか好きなんだぜ?」
「ほほう、だけど、ボクの前で語るにはなんていうかな、にわかじゃ酷いよ?」
嘗めた口調だな
柔道部は思ったが、むしろ、その方がヲタクらしいし、そうでなくてはヲタクじゃない
そんな妙なうれしさがあった
柔道部は自分でも驚くほど、つらつらと言葉を紡いだ
「俺の見たアニメは、単純な勧善懲悪じゃなかった、自己犠牲と欺瞞に満ちあふれていた」
「ははぁ、アレか」
「アレなんて言葉で片づけられたら困るな、あれは最高傑作だぜ?」
「どのあたりが?」
「なんだ、男心くすぐる細かい設定、どろどろ壊れていく様、主人公の側が正しいかどうかがまるでわからない」
「は、だけど、アレは結局わけのわからない最後だったじゃないか、破綻してたよ」
「バカだな、破綻したからこそ残ったんじゃねぇか、独白で、自己啓発セミナーで終わるようなアニメ、今後出てくるわけがねぇ」
「それはバカにしているだけだな、君は」
ヲタクの口調が急にきつくなったように思われた
驚いて柔道部はそちらへと視線をやった
びっくりするくらい真面目な顔をして見返してくる
「アニメをバカにするな、破綻が美しいという言葉如きで語るな、にわかだから、困るなぁ」
言葉の後半、また、もとのにやけ顔に戻った
どもったような口ききだったが、その真剣さは伝わった
譲れないところがあるってのは、まぁ、かっこいいんだろうな
柔道部は思い口にする
「気持ちの悪い奴だな」
「ひひ、褒められて困るな」
会話らしいのはそれが最後だったろうか
待っていたように、相手の攻撃が激しくなってきた
隠れている壁のキワもすっかり砕かれて朽ち果てている
ぐっと下肢に力を入れる、ズキリ、鈍いが重たく響く痛みが脇腹に伝わる
そしてまた血が抜けていく、だが伴って身体は持ち上がった
「立てる内に、さて、やっておくかな」
「山科・・・」
「そうか、お前は名字で呼んでくれるか、大津」
にやり
その台詞に改心の笑みを漏らした
ヲタク的に脳裏をえぐるものがある
この手のやりとりは、ラストダンスの前触れだ
実際弾数ももう無い、ここらが一番かっこよく死ねるところだと
そう思ったら気が楽に?いや、腹が決まった
「残念だな」
「何がだい?」
ガチャァッ
残りの弾丸全てを詰め込んだUZI二挺を手に
柔道部が臨戦を告げた
ヲタクはバックアップの体勢を取る
不気味なほど二人の声は伝わりあった
そのBGMには、旋律のかけらもない、ダサい連射の音
センスのかけらもねぇな、ヲタクと柔道部は笑い逢った
「ここが教会じゃなくて、ハトが飛ぶこともなく、ステンドグラスみたいな美しい色彩が無いことがさ」
「ハハハ、違いないね」
ザンッ、地面を、いや、床を蹴った
一瞬の掃射が止まるのを狙い、柔道部は血を散らせて正面へと躍り出た
そしてそのまま、両の腕を真っ直ぐに伸ばし
自動小銃をハジケさせる、バキバキととてつもない音が
己から発せられていく、指先にしびれが来る、銃の振動は
思った以上に強くて、腕にどんどんと、肩をやるかのような重さを伝える
ガインガインガインッ
そうだ、この音が、俺の出す音はリズミカルでそして美しい
スローモーションに何もかもが見える、ああ、ハリウッド製の映画のようだ
弾道が渦を巻いているように見える
飛び出す薬莢が黄金色の輝きを散らせて地面を打つ
落ちる薬莢が、床を打つキンキンとした硬質音が美しく
鼓膜を通して脳に透明な冷たいものを呼び起こす、火花が、火薬の臭いが
全てが凝縮している、スローモーションの自分もよくわかる
何もかもがゆっくりだ
「すげぇな、本当、こういう時は当たらないんだな、ハハハ」
ヲタクは後方から援護射撃をしながらも
その廊下をかけていく柔道部を見守っている
彼にはごく普通のスピードでそれが見えている
だから、その一挙一動は、驚くほど小さくて
素人がインスタントカメラで撮った景色みたいに、遠近感とか、重厚さがすっかり抜け落ちた
平たい画面が移っている、両目で見ているのに立体感を捉えられない
ヲタクも既に、視覚を患っている
いや、異常事態で身体に変調を来している、末期だ
幕が上がれば、必ず降りる
キィンっ、一発目が柔道部の身体を撃ち抜いた
不自然な形で足が後ろへと飛ばされた感じがしている
体勢を崩す、その崩したところに間髪を入れず何発もの追撃が加わる
当然だ、ヲタク如きに通常通り見えている姿、
手練れのテロリストには、より明白に、そして
柔道部が感じているのとは違うスローモーションに捉えられる
素人の動き、動いているとは言い難い、的
ギャンギャンギャンガンガンッ
「山科っっ!!!!」
叫んでヲタクが出た、だが、出た瞬間に撃ち抜かれる
きひぃっ、いつものヒキ笑いに似た声が虚しく響く
そして何発もの弾丸が、身体を焼く、酷いものだな
もっとかっこよく死ぬはずだったのにな
ヲタクは思いながら、ぐったりと倒れた
凄い勢いで己の命が消えていくのがわかる
ああ、死ぬ、死ぬんだな
「ぃにたくねぇぁんぁ」
死にたくないなぁ
そう呟いたつもりだったが、もう何を言っているのかわからなくなった
きひ、そう自覚しながらただ一つ手に握られた最後の自爆装置に手をつける
少し先では、もう、動かなくなった、山科の死体が転がっているんだろう
ボクもそこへと続くよ、なに、二人で話をしないといけないからね
あのアニメの本当の良さを、君はなんとなく気付いていた風だったから
ヲタクになってしまいそうな恐怖から、それをあえて貶めていたんだって
思い知らせる、彼はボクの側だ、同胞だ、さようならさようなら
そして、こんにちは、初めての友達、とかな
「ひひっ、くたばれてろりすと」
手に先ほど殺した奴から追い剥いだ手榴弾がある
そしてそれのピンを抜くため指をかける
ツパン、そこで銃弾がまたヲタクを撃ち抜いた
手首が無くなった、ああ、これじゃ抜けない、ピンが抜けない
自爆できないし、閉まらない、酷いじゃな
ズバンスパンッ
二度の銃声が己を撃ち抜いたことを
ヲタクは知らずして死んだ
多分、死ぬ間際に、やっぱリアルはすげぇな
ちゃんとかっこよく死ねないんだもんなぁ
訓練してねぇっていう説得力の無さが、リアルにはあるんだなぁスネーク
とかそんな具合だったんだろう
犬死にという状況にも、奇妙に、その方が自然ぽいと彼は納得していた
それだけのヲタクだったんだろう、ディテイルにコダワルヲタクだったんだ
だけど、そのヲタクが残念なくらい嫌いなはずの
ご都合が
現実では、結構起こるものだ
死んだ反動だ、これはテロリストのミスと言えるだろう
ヲタクの手榴弾にかけた指はかかったまま
だが、殺された衝撃で腕が不必要なまでに引きつけられた
その拍子だ、ピンが外れた
キンという音が、世の中にこれほど涼しく響くなんて
知っているのは、この現場に、いや
古今東西で手榴弾のピンを引き抜いて死ぬことになった奴以外に居ない
ドォォォンッッ
「!!!!」
「今の、渡り廊下の」
「気を逸らすな、こっちが先だ、行くぞヤンキー」
「ああ、わ、わかってる雄琴さんっ」
爆音に一瞬の隙が出来た
雄琴はそこを逃さなかった、攻勢に出てそのまま制圧
局地戦で勝利したが、その同時にだろう
どうしようもない喪失感も覚えた
間違いなく、もう、ヲタクと柔道部には会えない
そう、全員が直感した
「武器は全て取り上げておこう、備えが必要だ」
もくもくと、黙ったままそれは続けられた
追い剥ぎをしたのは、結局、ヤンキーでも雄琴でもなく
のび太が担当した、不思議なもので、てきぱきと
敵の死体から必要なものだけを、彼は揃えた
雄琴はじっと将棋部を見る、震える瞳、細かく揺れる唇、その気持ちはわかる
「将棋部」
「無理だよ、雄琴さん」
「ああぁっ!?」
がしっ、ヤンキーが思わず将棋部の胸ぐらを掴んだ
それに怯えるわけでもなく
冷たい目で将棋部は続ける
「だって・・・・俺に、俺の作戦で人の命を左右するなんて・・・できるわけ、ないじゃないか」
重たい言葉がたわった
そうか、そういうことを思っていたのか
雄琴は静かに見つめる、ヤンキーはつかみかかったものの
その重大さに言葉と、態度を失っている
「できるかな、とか、なんか勢いで思ったけど、さっき、柔道部やヲタクと別れた時
間違いなく、俺の作戦が当たらなかったせいで同級生を、同窓生を殺してしまったんだって・・・
そんなの、無理だよ、無理なんだよ・・・」
涙が落ちる、落涙の意味は痛いほどわかった
確かに、小隊長なみの責任を負わせるには
あまりにも若い、雄琴は己の失敗を感じた
こいつにここまで思わせたのは、俺の失策だと
「将棋部」
「・・・」
「すまなかった、だが、お前の言ったことは決して間違ってない、そしてフリ飛車って作戦は間違いじゃない」
「!!」
「確かに俺達は二人の犠牲をもってここに居る、だけど、ここに4人も居るんだ、
これは成功と見るべきだ、この成功を、また、あいつらの分まで
なんとしても卒業という目的を達しないといけない、そのためには
お前が正確に現状を把握して、全員じゃなくても、誰かが卒業できる
そんな作戦を考えるべきなんだ」
「お、雄琴さん・・・」
「フリ飛車の意味がようやくわかったぜ、おとりを使ってそこに到達するんだろ?」
「そうだけど」
「おとりには俺がなる、お前ら三人は、将棋部、ヤンキー、のび太、卒業しろ」
傾きかけた陽の光を感じる
窓から指す光線の角度が緩やかになってくる
長い影をつくるそれが支配しつつある学校
卒業は、もう少しでなる
というわけで、また気まぐれに続く(まだやる気か)