Edelstein ”Karfunkel”


「軍師殿が?」

嬉しそうな顔を晒す
女王は、一等の笑顔を見せた
このところの憂鬱そうな表情は全て晴れて
待ち遠しさをそのまま台詞の節に乗せた
従者は「軍師殿がまもなく帰還する」とだけ伝えた
無論、軍師殿の指図による

「血を見るのも飽きたか」

「・・・・いえ」

喜色を表した女王と対照的に
暗い面もちでグラスが否定をした
彼女は、それまでと同じように女王の側仕えとして過ごしていた
この戦が始まってから、ずっと、潜めていたその暗部を
久しぶりにまざまざと見た後だ
真っ赤にしたたるそれらを、てきぱきと、生々しい臭気を吸い込みつつ
なんでもなく片づけるという作業
裏切り者を数名始末している
北の大国と通じた愚かな大臣が数名居たのだ
円卓から、一人、一人とおびき出し、くびり殺した
女王の目が、久しぶりに妖艶に揺れた
褐色の肌は、いつになく濃厚な甘ったるい匂いを放った
こと、ここにきて、女王の体は最盛期のそれ
女として最も熟したそれを手に入れたようである

「それでこそ、でなくては、ゼーを殺そうとも思わぬか」

「??」

「殺す相手と寝るというのは、なかなか、酔狂なことをするようになったなグラス」

女王は、笑いを瞳に浮かべている
グラスは何を言われたか理解できていない
ゼーを殺すため?なんのために私がそのようなことを・・・
はかりかねた表情をしていると、驚いた様子で女王はグラスをもう一度見た

「・・・まさか、それを調べたからではなかったのか」

「何を・・・おっしゃって?」

グラスは知らない、女王はしまったとも思わないが
哀れな生き物を目の前に見たことに気付いた
仇を白騎士だと思っていたのか、それならそれで使いようもあった
そんなことまで女王は考えた
しかし、露見した以上はっきりと伝えてやるべきだろう
いや、むしろこれで殺せるならば安いものだ、女王の心が猫の目のように変化する

「マリーネを殺したのは、ゼーだ、いや」

少し考えて

「正式には、グイ導師かもしれぬ、あの時そのように指令を出し
それを実行したのがゼーということにすぎぬ」

元を辿っていけば、女王自身が殺したようなものだ
その説明はしなかった
絶望的な事実を突きつけられるグラス、女王はその様を見届けることなく
部屋を出ることにした、壊れるもよしどうとなるもよし
よくできた侍女で、男にかまけたあたりから目に余るところがあったが許していた
しかし、リズとツエクに対して何かを施した、いや、手駒以外のことをし始めたというのが問題だ
それは殺されても文句が言えない
女王は、あっさりと、側仕えで可愛がっていたそれを切り捨てることにした
いや、これで一つ乗り越えれば、いよいよ、より使い勝手がよくなる
ダメになれば、リズをその地位にすげればいい
ともかく、女王はそこから消えて去った
女王好みに壊れる女よりも、朗報をもって寄越す軍師殿の方が愛しい

「・・・・・」

真っ暗になり死体とともにある
グラスは、眼鏡の放つ光に気付く
どこからか、光が入ってそれを反射している、どこから
何が照らすというのだ、何を照らしているのだ
がたがた、ふるえが登ってきた
脳が消し去ろうとするが、どうしても消えない、それどころか思考を深める
本当の仇に抱かれていた自分という存在

「ぅ・・・・・ぁ・・・・・あ、あ、あああああああっっ!!!!!」

一声、つんざくように吼えた
地下の処刑場は音を外へと漏らさない
だが、その部屋全体を揺るがすように声は爆発して消えた
一撃、そういう言葉が相応しいように吼えて
血が流れるか、流すかというほどに、噛み締めて握りしめた
何かが支配してくる、内側から込み上がってくる、何もかもがわからなくなる
側にあったナイフが目に入った、解体するために持ってきたそれだ
それを手に持ち、じっと、刃を見つめた
睨み付けたというほうが具合がいい、そんな視線を向ける

・・・・・

自分の、とりわけ大切なその部分を
刺して、いや、取り除くべきではないか、汚れた自分のそれを
そんな危険なことを考えてしまう
フィードバックするように、生々しく音が蘇ってくる
煽っていた自分の声、貫かれる喜びの声、嬲る奴の声
ああ、何を今までしていたのだ
思い出すそれらの声は、全て、あの男のそれに塗り変わっている
思い出せない、本当の声が
マリーネ、囁いてくれた全ての言葉が、今、私の愚行に塗り替えられている

「・・・・・・」

仕事をしなくてはならない
突然に、もう一人の自分がささやきかけた
それは目の前に現れてにこやかにグラスを見つめている

「私はもうダメだ、愛した人を思い出せない」

「何を勘違いしているの、お前はずっと、女王様の仕事をするだけだったじゃないか」

「そんなことはない、マリーネを愛して、マリーネのために泣いて、マリーネのために誓った」

「それも全て、女王様の仕事でしょう」

「そんなことは」

「さぁ、時間がない急いで仕事をしないと、邪魔なものを排除して、不都合なものは握りつぶして♪」

「そうだったかしら」

「急いで仕事をしないと、まだまだ邪魔な者は、不都合なことは、たくさんたくさんあるでしょう」

「不都合で、邪魔な者・・・」

仕事をしなくてはならない
何をしなくてはいけないか、よく考える、手にナイフ、目の前に死体
そうだ、私は後かたづけをしなくてはならない

ぎぃっ・・・・っ!!・・・・っ!!
血を浴びながら、それを、躊躇いもなく
そうだ、いつものように、さぁ、顔にかけて

そう思いながら笑いかけた、もう一人のグラスもにこやかに笑っている

ブライテストタール

この短期間に、何度陥落したのだろうか
街のそこかしこで、ようやく、平穏の空気を感じられるようになってきた
初めての陥落以降、二度の戦争を体験したこの街は
すっかり城壁が崩れ、戦災というに相応しい情景をそこかしこに晒している

かんこんかんこんかんこん

立て直す、そういう音が立ち上る
木を組み上げて、石を運び出し、縄をうちかける
まずは、雨風をしのげるそれから作ろう
そういう、廃墟から復興する芽生えがあらわれてきた
街に溢れる戦災者達は、皆々、列をなして配給を待っている
とりわけ大きなテントでは、おびただしい湯気があがり
食糧が配られている、炊き出しの匂いがいっぱいに広がっていく
子供の笑う声すらも聞こえる

「さぁ、焦らずとも、しっかりと、全員にわたるだけある、安心せよ、安心して順番を待て」

バンダーウ教の司祭の一人がそう声をかけて、列をただしている
街辻のそちこちにバンダーウ教の旗がたなびき、城にはとりわけたくさんの旗が掲げられている
戦災や、災害の後、誰が助けてくれるのか
そういう不安を町の人は常に持ち続けていたが
宗教という大きな組織が、その不安を取り除いてくれた
感謝にたえない、そういった様子で活気を取り戻している

「船が戻ってきたぞ」

「お迎えにあがれー」

どたどたと、慌ただしく何人かが駆けながら叫んだ
船を迎えにいく人数が次第に増えていく
大きな戦艦が戻ってきた、港に係留されていた備え付けの軍艦だ
この軍艦だけで、相当の海戦を行うことができる
今はバンダーウ教の旗がマストにかけられている
船籍は、つまるところ、バンダーウ教に移っているのだ

「損害はどうだー」

「けが人はおるかー」

慌ただしく、戦争後だと伺わせる
その戦艦から運び出されてくる物資や、人間を迎え入れる
せわしなく人の行き来があり、やがて、大きくまとまった一団が降船しはじめた
戦闘に雄々しき姿を見せる、素晴らしい偉丈夫がいる

グイ導師だ

「グイ様・・・」

「グイ導師!」

街の人間は皆、口々に彼の名前を呼ぶ
バンダーウ教徒も、前々からの住人も皆、彼を知っている
呼ばれて、彼は何も言わず、だが、決して草臥れることなく
凛々しい姿のままでゆっくりと歩いた
あとを童子がついていく、そして、彼が率いていたエリート集団も続く
ただ、誰も彼もが武装解除をされている
戦闘装束だけを許されている、それだけでも十分に攻撃力があるかと見間違うほど
素晴らしい姿だ

「お帰りなさいませ」

「・・・眼の宰相か」

「ご無沙汰しておりました、司祭グイ・・・どうぞ、王城へ登られよ」

客人のようにして迎え入れられる
だが、その実は捕虜という待遇に極めて近い
デハン教徒を南港で叩くために出た船は、数日進んだ時点で、
予想だにしない後方からの攻撃にサラされた
いや、攻撃というにはあまりにもぬるい、鹵獲(ろかく)するためのそれだった
圧倒大多数に囲まれて、たちまち戦意を失った彼らは降伏せざるを得なかった

実際は、相当に暴れまわって、自決の覚悟まで見せたのだが
敵船が一斉に掲げたバンダーウ教の教旗を見て、グイが思いとどまった
かつて、自分が師事を仰いだ大宗教
そこから飛び出し、異端を開いた自分の存在価値を考える
眼前の敵の目的は、グイ自身だ、交渉次第で連れ従った信者は助けられる
部下や、その他信者の安全と引き替えに彼は抵抗を諦めた
その諦めた身に、予想以上の好待遇を受け戸惑いながら

今、ブライテストタールへと到着している

「どういうことだ、宰相”様”」

グイ導師は鋭く吐いた
様づけで、わざわざ威嚇を示す
バンダーウ教には宰相と呼ばれる人物が3人存在する、
腕、眼、耳とそれぞれが呼ばれ様々な政治を司っている
目の前には眼と耳の宰相がいる

「お帰りなさいませ」

「?・・・腕の宰相は、後任は就いておらぬのか、お前達に都合のよいそれをあてがわぬのか?」

「やはり、怒っておるのか」

「当たり前だ、貴様らはデハン教徒に並ぶほど赦せぬ存在だ、我が父を殺したこと忘れられるわけがない」

「そうだ、お前が父と敬った腕の宰相は、確かに不幸なこととなった・・・、全ては我ら二人が悪いのだ」

「はっ、今更なんだ、要件を聞こう、それともあれか、シヴァ様直々にお声を頂けるのかな?」

グイ導師は怒りを必死に押さえつけている
ここで暴れて仇をとることで、また、多くの不幸を招くつもりはない
それくらいの分別はついている
吼えて、宰相二人を睨み付ける

「察しのよいことだ、シヴァ様からの、いや、バンダーウ神の声をお前に託す」

「・・・・・・」

シヴァというのは、バンダーウ教の教祖にあたる人物
バンダーウ教は、バンダーウ神という神の声を、シヴァと呼ばれる教祖が賜り
それを教徒に布告することで、全ての民が間違うことなく生きると約束されている
神の声は絶対だ
グイ導師は、その絶対に従って生きていたにも関わらず、父と子を失った
そこで、シヴァに疑問を抱いてバンダーウ教を飛び出した経歴がある
シヴァの声が神の声ではなく、神の声を利用してシヴァがいるのではないか
その疑念により、本当に声を聞くため、己が宗教を開いたのだ

「ここに手紙がある、読むがいい」

「なんだ、シヴァ様から賜れるのではないのか?それともなにか、俺が看破したことに
恥ずかしくて顔も出せぬのか」

「言葉を慎め、全てはそこに記してあるっ!」

宰相が怒りに思わずグイ導師につっかかった
少々驚いたが、所詮は年寄りの金切り声、まだまだ若さを持て余しているグイ導師には
毛ほどの恐怖も感じられない、しかし、言われる通りに書面に目を落とした
東方で用いられる紙という、木材から取り出したそれに記されている

「・・・・・・おい、どういう」

ばばっ!
グイ導師が驚きに目を円く、そして、絞り出すように声を漏らした
その瞬間に二人の宰相は膝をついた、いや、頭を床にこすりつけた
神に捧げる礼拝のそれと同じ型だ
二人のひれ伏した老人に戸惑いながらも、もう一度書面を確認する

【次位は、グイに譲られる。グイの言葉がこそ、バンダーウの声となる】

「おいっ、応えろっ!!し、シヴァ様は、シヴァ様はどうされたのだっ!!」

ひれ伏している老人を無理矢理引きずり上げる
その待遇に苦しそうな顔を見せるが
宰相は決して瞳をあわせるマネをしない
許しがあるまで、決して教祖と視線を交えてはいけない
そういう規律を守っている
だが、グイにしてみれば、唐突すぎ何も解らない
ただ、乱暴に何かを施してしまう、引きずり上げた腕で乱暴に揺する

「応えろっ!!なんだというのだ、貴様、目を合わせろ」

「命ぜられれば、無論のこ」

「御託、いや、茶番はいいっ、何を言ってやがる、辞めろっ、まずは説明だっ」

「説明もなにも、そこに記された通りであります、グイ様・・・貴方が、たった今、
いや、先ほど、そこに目を通された瞬間よりバンダーウ教の新シヴァとなられたのです」

「だからっ、シヴァ様はどうしたと訊いているっ!!」

怒りで瞳が真っ赤に染まったように見える
ここで、決まり切った通りに「シヴァ様は貴方です」と言うべきなのだが
それを憚れると思うほど、怒気の強い視線が老人を貫いた
老人二人も解っていてやっている
彼らの中にも抵抗に似たものがある、自分たちを恨み教団を怨む男を
よりにもよって総大将に据えなくてはならないという事実に
だが、絶対に従わなくてはならない
そうなるように、既に先代シヴァが手を打っている、だからそれを成さないと
彼ら二人は全バンダーウ教徒から命を狙われるようになる
そんな罠をしかけられている

彼ら二人は、教団宰相というバンダーウ教の要職を務める素晴らしい宗教家であるが
それよりも、政治家としての手腕が優れている
集団をまとめて、それらを操作するという政治家としての性質に極めて秀でて
だから、ある種、宗教的ではない部分や、教徒を平気で使い捨てたりする
派閥闘争や権力闘争などといった生臭いことを得意とする二人だ
彼ら二人は結託して、いや、そもそも先代シヴァの意向もあったのだが、
グイが父と仰いだもう一人の宰相を殺したことがある
易々とそんなことを出来る二人だが、それよりも先代のシヴァは上手だった
宗教カリスマでありながら、知謀に優れる
老人二人は、己の恐怖という私事ではなく、全バンダーウ教徒の未来のために働かざるを得ない
それが、グイを次のシヴァとすることに集約される

「先に、旅立たれました」

「旅立ち・・・バンダーウの・・・国にか?」

「はい」

「シヴァ様が・・・死んだ・・・」

ぐらり、グイが傾くかというほど大きく揺らいだ
後ずさりするようにして、二、三歩バランスを崩して下がった
ぐなりと、背筋が猫のように曲がり
がっくりと、肩が下がった
瞳はうつろになり、口は半分だけ開いている
受けた衝撃をそのまま、姿に映し出したそんな体

「ばかな・・・そのような・・・」

「旅立たれる前に、その書面と我々にグイ様のことを託されました」

「私のこと・・・など・・・わからない、なぜだ、何を」

「貴方が飛び出された時から、既にこうなることを描いておられたのです」

グイは、黙った
そして、老人二人に弱々しい視線を向けた
さきほどとは打って変わって、本当に、弱り切ったそれだ
なんと脆弱で、激しく、美しい変化をするのか
老人二人が失った、何もかもに対するみずみずしさが
グイから溢れて見える

「貴方が次代のシヴァとなるために、その試練を与えられたのです、貴方は見事、
別天地にてバンダーウ教のそれを余すことなく体現された、その行為、その言動、
それは神の声に相違ないはずだと」

「・・・・」

簡単なものなのだな
宰相は侮るのにも似た感想を持った
目の前の男は、怒鳴り込んできたその時とは間逆の素顔を見せている
それでいて、こちらの声の通りにそれを吸収していく
布が水を吸うように、その言葉を信じていく、騙してはいないが
自分たちならば、きっとそれを疑ってしまう
しかし、シヴァが死んだという事実の大きさに圧倒されている

本当に信者なのだ

それでありながら、自分たち宰相と同じ領域を覗き
抗い、吼えて、怒る
こういう男だからこそ、教祖となれるのだろう
この資質を見抜いた先代シヴァの慧眼は、神のそれ以上ではなかろうか

「・・・・グイ様?」

「亡骸は、いずこへと葬られたのだ」

「それは」

明かされないことになっている、実際、宰相も知らない
知っている者は皆殺されて既に存在しない
殺されたというよりも、お供するため、自ら命を断ったのだが
同じ意味だ

「いや、よい・・・そうだな、知ることに意味はない、いずれ解るか」

グイの様子が変わった
老人二人が今度は驚く番になった
目の前で、青年が急速に成長をし始めた
そういう錯覚を覚える

「亡くなられたのは何時だ」

「もう、半年となります」

「半年も前から不在なのか」

「不在、ではありましたが、既に公布がなされ、グイ様が新しいシヴァ様だと、
それを迎えに行く必要があると、その準備に向かっておりましたので」

「なるほど、その頃に同じくデハンとつるみ始めたのか」

ぞく、また、冷たい怒りが発散された
老人二人は、たじろぎながらも小さく頷く

「デハンを追い出すために港とそれなりの武器を与えてやったのか?」

「いえ、まぁ、確かに平たく言われるとその通りですが」

「誰がそれに乗るといったのか、乗せるよう取り持ったのは誰だ」

主魁がいる
目星はついているから、今更の話ではある
だが、グイとしてはしっかりと当人達から聞きたがった

「姫と名乗られておりました」

「名乗るものではあるまい・・・噂になっている、紅の国の姫とやらか、
現女王の姉にあたるとかいう」

「そうだと伺っております、ただ、真相は我々にはわかりません、
あの時の聖戦においても、裏で糸引きをしていたという話もございました」

「バカな・・・とも、言えぬか、ブライテストタールのバカ貴族どもが目指した
仲介者の位置に居たのか・・・女が」

「いかがされますか」

グイの脳裏にはいくつかの可能性が浮かんだ
その内の大多数が、好戦的なものだったが
その想像一つ一つをモノクロにして、意識から消していくことに成功した
力を手に入れて、それをすぐに振り回すほど愚かではない
目の前にある、困窮する信者を救わなくてはならない

「謀られておるのか」

「なにか?」

「いや、不戦の誓いをあらかじめ結んでいるという話だったな」

「その通り、今、この時分におきまして、我らバンダーウ教はいずれの勢力とも争う必要がありません」

「ありがたいことか」

「教団を再度まとめ、力を充実させる機会はこの他にありません」

「・・・確かに、その通りだな」

無念
そういう言葉が浮かんでしまう
バンダーウ教の内情を知った上でそうしたのだろう
姫と呼ばれた女の分かり易すぎる配慮が小面憎いとすら思えた
今抱えるごたごたは、新たな戦端を開くという選択肢を握りつぶす力を持っている
勢力としては安定する約束がなされた
しかし、変革し拡充を促すことは禁じられた
すぐ間近では、宗教がこそ、最大の力を発揮できる
戦災の絶望する人間の集団がいるというのに
それらをすくい取るチャンスを見送らなくてはならなくなった

「女は宗教家なのか?」

「さて、無宗教だと聞いておりますが・・・」

「己を神と信じてやまぬ阿呆ではなかったか?」

「いえ、そのようなものではなく、バンダーウ神についても否定は決して・・・」

グイは知らないことだが
この宰相二人に姫は、下のように語っている
「神を居ないといえる証拠を持たぬ以上、居るかもしれないと認定できる」
何もかもを認めるから、全ての多様性を受け入れる心を持つらしい
全ての事象に対して抗うことをせず、認めるという信条を貫いている
グイが聞いていれば笑うだろう、やはり自分を神と思っているのではないかと

「今はこの街の修繕につとめよ、本国へも遣いを出せ、正式に私が座についたとな」

「はっ!!」

「しばらくは後始末ばかり、1年、2年もすれば十分だろう、その時間で調べる」

「何を?」

「世界をだ」

グイは多くをこの宰相には語らなかった
やはり確執が残っているのだろう、二人の老人は近い将来
自分たちがこの地位より去ることになるだろうと予感した
しかしもう、抗う体力はない、されるがままとなるだろう
グイをこの地位へと連れてきたという功労によって
殺されることはない
権力を得た者にしては、実に幸福な引き際と言えるだろう

グイは窓の外へと目をやった
遠く、紅の国の主城があった方向を見る
少しだけ奥歯を噛む
その方向で、自分だったらやれたであろう
衆人をたいらげるという、何者にも代え難い行為が
やがて行われる

ごちそうを目の前にして
ただ、他人がそれを食べる姿を見る

その悔しさを刻み、数年はじっと耐えることに専念する
そう、決めた

「女王様・・・」

沈痛な面もちで、人数の減った円卓で大臣の一人が女王を呼んだ
青白い顔をしている、彼女が何をしてきたのか知っているからだろう
女王は自分が施したそれが、十分に効力を発揮していることを確かめた
恐怖こそが、全てをうまく、同じ方向へと向かわせる最良の方法だ

「どうした、議論が通りやすくなったであろう」

「はい・・・いや、それよりも、大変なお知らせが」

ほう?
軍師殿が、このバカどもを驚嘆させる素晴らしいアイデアでも持ち帰ったのだろう
そうでなくてはならない、ほとほと、今の政治に関わる物共の無能さを
円卓を召集して感じていたのだ
先手をうって、それらを更迭する何かがあるのかもしれない
内心小躍りしたいような、そういう喜びを抱きつつ
とっくりと、その男の言動を促した、先を言え

「北方にて」

「北方?」

軍師殿ではないのか、そこでようやく
まだ彼が到着していないということに気付いた
到着していれば、このようなことになっているわけがない、となると
北で悪い話となって、すぐにツエクのことだと解った
それまでの楽天全てが消え去るほどの衝撃を覚える
唇を噛んで、目の前の男の言動を見守る

「ツエク様が、敵に囚われたとの知らせがはいりました・・・」

「!!!・・・っっ!!!!!」

「詳しい事情はわかっておりませんが、ともかく、まもなくゼー殿が戻って参ると」

「ゼーが・・・ツエクではなく、ゼーが戻ってくる・・・」

金剛石の皇子帰らず

この話は、北方から逃げてきた民によってもたらされた
自然、街のそちこちで不安が煽られることになる
混沌と混乱とがもたらされる
恐怖と恐慌とが渦巻く
その街に

絶望と希望とがやってくる

つづく

もどる

お待たせしました、申し訳ございません
待ってねぇよ
そんな声は聞こえません、たぶん

まったく私的なことで叩きのめされたので
今後、もう少し、書く物に巾が出てくればいいと願います
もう少しで終わる、始まれば終わるんだ、当たり前ですね
(07/09/10)