Edelstein ”Karfunkel”


援軍が現れた

どんな言葉よりも雄弁に味方を勇気付ける
クラフト隊はまた、息を吹き返す
合流した増援は、お世辞にもよい装備、よい騎士とは言えない
どうもならず者や荒くれ者といった、社会的に駄目な人間の徒党に見える
しかし、その大将格は違う
クラフト隊の全員がその男を知っている
その男がどういう者で、どれほどの者で、何者であるかを知っている

「将軍堅陣地に一旦下がってください、ここは我らが食い止めておきます」

「馬鹿野郎、ここは俺の持ち場だ、総司令に口答えするんじゃねぇ、増援部隊長ぶぜいがっ」

クラフトは思わず笑ってしまう
何をいっているんだろうか、色々厄介だな、本国に対してこれはどういうことかな
奴の今の立場は、本国に対して敵だが・・・今を打開するには、まったく
いいか、俺の責任でやっちまおう

「白騎士マイグレックヒェンのアルが到着したっ!!この戦、勝てるぞっ!!!!」

「うおおおおおおおおおっっ!!!!!」

呼応の声があがった、重騎士の何人かは、手を大きく振って喜んでいるやからまでいる
アルをよく知らない奴らも、クラフトの大音声でその人となりを理解して驚愕した
彼らは、政変の裏側を知らない、だから、彼らにとって目の前の白騎士は
伝説の騎士、護国の英雄に他ならない、下がりつつあった士気はここに
最大限の爆発を見せる、沸騰する心

「将軍・・・今のは」

「阿呆、とりあえず利用だ利用、戦場で細けぇこと言うな、勝てば誰も文句言わねぇよ」

「まぁ、そうですね、なら期待にお答えしますよ」

「あー、そうしろ」

アルが馬を翻した、その動きをよく見ているらしく
ならず者達も隊長の位置を確認して、突撃陣形を形成しはじめた
アルが剣を抜いて天に向ける、合図だったらしい
突然、敵陣中に騒ぎが起こった
何人か、いや、もっと大勢が、敵陣に既に潜り込んでいたらしい
ゲリラ戦をやらせると本当にうまいものだ

「敵陣に乱れ確認、突撃開始っ!!!!」

「わぁああああああっっ!!」

兵隊たちが一目散に敵左翼部分に突撃を始めた
うろたえた様子で、敵は乱れている、一番本陣から遠い
だから一度恐慌状態になると、立て直すのが容易ではないのだ
もっとも効率的に、今の混乱を起こさせる位置
敵にとっては、苦戦の時間が長引く、致命傷にはならない傷が与えられる

「では、後ほどっ!!」

「アルっ!!!」

走りこもうとしたアルをクラフトが制止した
ぴたり、馬をとめてもう一度アルが振り返る
将軍は既に立つ力もない様子で、側近が身体を支えようと群がってきている

「貴様、味方だよな」

あまり大きくない、それでも、判然と聞き取れる質問

「無論、私は紅の国の騎士、姫様近衛のアルですよ」

破顔して走り去っていった
クラフトは安堵のため息をついた
脇を抱える一人の男に小さく漏らす

「堅陣地まで下がれ、何かからくりがあるらしい、一旦、増援隊長さまにゆだねるのだ」

「了解、いたしました」

ふと、クラフトの視界に少女の心配そうな顔が入った
慌てるではないが、格好の悪い自分をばつ悪く思いつつ、それなりに笑顔を向ける

「格好悪いことでごめんな、怪我はないか」

「うん、大丈夫だよ、かっこいい騎士様がきたから、おじいちゃんも助かるよ」

くすくすくす、脇を抱えている一人の側近が我慢できない様子で思わず笑いを漏らした
クラフトが睨みつけるが、すぐに、その自身も笑ってしまう
まったく、重騎士というのは残念だ、重ね重ね、近衛騎士が羨ましい
かっこわるい騎士様は、よぼよぼと陣地へと戻るだけだ
愚痴るような気持ちを抱いたが、少女が心配そうに見ているのに気付き
馬鹿なことを考えるのはお仕舞いにした、今はともかく、戦争だ

「将軍!!南でも動きが」

「アルの野郎・・・どんだけ味方連れてきやがった」

「いや、それが仲間割れともうしますか・・・ヴェステンにもう一団勢力が・・・」

狼狽えた様子で伝令は説明しているが
うまく要領を得ていない様子だ、よくわからない説明から推測するに
クラフトの脳裏に一人浮かび上がる、なるほど、姉弟喧嘩になったということか
アルの女房の顔が少しだけ浮かんだ、よく見た顔じゃないので
はっきりとは思い出せないが、まぁ、いい女だったように思う

「あいわかった、ちなみに南の勢力についてだが、東西に別れているか?」

「よ、よくご存知で・・・」

「ならば、東だ、陣地をゆっくりと東に移すぞ、西側を空けてやれ」

クラフトが地図を頭の中で描き直した
南北に別れている敵を合流させよう
北西に敵をまとめて、南東に自分たちが固まる
南東でうまく布陣すれば、増援の期待が持てる
アルが敵の左翼(東側)を崩しにかけた狙いも透けた

「将軍!東方、進行方向に旅団と思しきものが」

「?」

クラフトは今、車のようなものに乗せられてどっかりと座っている
ロートホルンを引っ張ってきた牛がそれを引いているのだが
なかなか壮観な姿だ

「味方だな」

「まさか、本国の旗ではありませんよ?」

「同盟者だろう、ヴェステンのな」

「ヴェステンの?」

亡国となりつつある国家の名前を上げる将軍に
ハの字に困った顔を見せる側近、だが、彼にもようやく事と次第が理解できた
目の前の旅団が掲げる戦旗に見覚え、いや、知識を持っている
ツィーゲル西側で覇を唱えていた、デハン教のそれ

「あれが、噂のデハン教バイデン騎士団という奴ですかな?」

「そうだろう、なんだ、白い騎士なんざいくらでも居るもんだな」

「あれは、白というよりは銀色ですな」

「どちらでもいい、ともあれ合流して共闘だ」

「了解しました」

側近がすぐに使いを走らせた
その使いが道半ばまで進んだところで
相手方からも一団飛び出してきた
クラフトと同じように車に乗った男がやってくる
ひょっとするとスビエ王という、デハン教の教王(法王)かもしれない
大柄な騎士が一人とそれの部下と思しきものが数名
そして車に乗った男
10人程度がクラフトの前に現れた

「車上からという無礼、まことに申し訳ない」

「いえ、それはこちらも同じこと」

デハン教の車の男ではなく、大柄の騎士が喋り始めた
その男が名代となるのだろうか
クラフトはじっくりと吟味するように視線を飛ばしている
なかなかの武人と見えて、よくよく鍛えた体をしているらしい
ワシも若い頃はあんなもんだったろう
いらんことを考える

「我々はデハン教の信者団であります、南港を伝い、ヴェステンの救援に参りました」

「それは重畳、しかし、いつからそのような教化がされておりましたかな」

「ヴェステンの女王と口約束がありまして」

「口約束、なるほど、それはあやしからん」

クラフトが笑いながら応対する
相手も笑っているから問題は起こらないのだろうが
聞いている手下どもは、冷や冷やとした様子を晒している

「南港にて、紅の国より通行の許可を頂いております」

言うと大柄の騎士は通行証を見せた
間違いなく本物で、なんと印には、女王自らのそれが施されている
どういう風の吹き回しか、思わないでもなかったが
ともかく南は決着がついたらしい
南港は取り返したが、ヴェステンにデハン教を入れる手伝いをしたことになった
紅の国にとって、傀儡国家に何か入るのは好ましくないものだが
既に傀儡が、操り糸を切っている以上、どうでもよいのかもしれぬ
クラフトは、じっくりと見回してから、書状を返した

「仔細わかりました、我々クラフト重騎士隊は、そのヴェステンの救援に参ったのだが、
恥ずかしい話、総大将のワシがこの様子でな・・・撤退ではないが、陣地を下げております」

「ご活躍の噂は既に聞いております、先に入っていた若い大将とはまるで変わった、
戦術の思索が深い、素晴らしい戦争情景でありました、雄々しく凛々しい魂をしておられる」

突然、割って入るようにデハン教の車上の男が話しかけてきた
思ったよりも若い声だ、クラフトはそちらに目を移す
御簾ではないが、囲いの向こう側にいるため、姿がよく見えないのだが
囲いからそっと、手が現れてカーテンを開くように左右へと御簾を追いやった
手は美しい真っ白なそれ、随分と華奢な印象で、なるほど偶像のようである
実際を見て、クラフトは目を見開く
カーテンを開いたのは女だったらしい、一瞬それが噂の人物かと思ったが
すぐにその推測の間違いを認める、男が一人乗っている
その女を従えているのであろう、車上中心の人物の相貌、いや、姿形に目を奪われた

「・・・・法王であらせられますか?」

「いえ、スビエ王ではありません法律公と申します、サモン神官の一人です」

「サモン神官・・・確か、デハン教の政務を司る上級神官でしたな」

「よくご存知で、醜い姿で驚かれましたか?」

「いや・・・、驚いたのは、確かに姿によるものですが、目が見えぬ方より姿を褒められるとは
思いもしませんでしたのでな」

クラフトは、まだ少し自分が狼狽えているのを理解している
車上の神官は、全身を美しい装束で飾っているが、両腕両脚がなく
おまけに目も見えぬ様子で、一際美しい刺繍をあしらったハチマキのようなもので
目があった部分を隠している、いや、そこに巻いているという方が適切かもしれない
ただ、言葉の端々から知性と、強い生命力を滲ませている
なるほど、頭で戦争をする類の人物だろう、クラフトは巨魁の騎士よりもこの男に注意すべきだと
自分に言い聞かせている

「見えぬからこそ、動きの差がよく見えます・・・しかし、将軍ならば、車上で指揮をとられるだけで
十分にまだまだ戦えましょう、我らも加勢いたします、退却ではなく、是非とも勝利を・・・」

「あい、わかりました、法律公殿」

「車上は不慣れな様子、差し出がましいようですが、御指南差し上げましょうか」

「結構、牛に引かれて、仰られた通り、雄々しく生きるのが信条」

クラフトが手を振って断りを入れたが
相手は目が見えないと思い出して、うっかりの表情をする
それを見て、笑うでもないが、少しだけ表情を和らげた
大柄の騎士が声をかけてきた

「申し遅れました、私はサモン神官治安公、バイデン騎士団の団長をしております」

「お噂はかねがね聞いております、それが噂のグレートランスですかな?」

「本当によくご存知で・・・流石、紅の国最強と呼ばれただけはありますな」

「さて、最強かどうか・・・」

「ご覧の通り、私はまだまだ若輩、先達の教えを賜りたく思っております、
しばし、その場より戦ぶりをご覧頂ければ、よろしいか」

遠回しに後方で見ていろと彼は言う
クラフトが意地になるような事はなにもない、その心遣いにも重々感謝し
彼らは現状の敵になることはないと判断した
謙遜の顔を見せて、バイデン騎士団の武勇を見送った
無論、側近達に隊列組み直しの指示は忘れていない
レジスタンスの引き上げてきた連中も隊伍を組み直させて
南ヴェステンの兵団へと向かわせることにする
クラフトの戦争に関する手管は、こういった細やかなところでむしろ発揮されるのだろう

わーーーーっ!!!!

「強いものだ」

遠くで、バイデン騎士団が暴れだしたのが見えた
しばし見とれてしまったが、その横にデハン教の白衣の司祭が何人か現れた

「なんだ?」

「我らは、医術に心得のある者です、名誉の戦傷、後々に不自由が残りませぬよう、
是非施術をお許しください」

「なるほど、医療が優れているのだったなデハン教は、助かる、お願いしよう」

白衣はゆっくりと笑って、傷の手当を始めた
クラフトはもう一度だけ戦場を見た
続けて、側近の顔つきを見た
安心できる
そう確信を持ったらしく、体をゆっくりと横たえて、白衣の手に委ねることにした

北方、ゼー隊

「マイグレックヒェンか・・・」

苦戦を強いられていた彼らにも増援が届いていた
同じく白騎士が率いる、輝かしい騎士団だ
スズランの騎士隊マイグレックヒェン
皇子ツエクが率いる近衛騎士隊、本物だ

「ゼー!!無事か」

「おかげさまで、助かりましたツエク様」

「よかった、これ以上将軍格を失うと、軍師殿といえど戦争ができなくなるからな」

「と、いうことは」

「いや、まだ戻っていない・・・少し面倒をさせてしまった、申し訳ない」

「大人のような口振りですね」

ゼーが少したしなめるような具合で緊張をほぐしにかかった
その心遣いに気付いたのか、いつもの柔らかい笑顔を零す
まだまだあどけなさが残っている、しかし、そんな皇子様が前線に出ないといけない
それほど逼迫している
ツエクが謝ったのは、女王が軍師殿を南へ向かわせたことについてだ
それを止めるべきだったと、少年は悔恨を残している

「ともかく、ゼーを失うわけにはいかない、ここは引き上げさせようと思う」

「それは女王様のご命令ですか?」

「母上は戦術に口を出さない、私の一存だ、ゼーが同意してくれると助かる」

懇願にも似た視線を向けられた
ゼーは言葉につまる
軍人として、引き下がるという決断は相当の勇気を必要とする
しかも、自分は先の戦い、いや、その前からずっと負け続きだ
おかしなことに、情報を操作されて勝ち軍の大将としてあがめられているが
ハリボテほど嫌なものはない
また、そのハリボテが大きくなる

「頼む、ゼーが死ぬと悲しむ人がいるだろう」

「!」

ツエクが、妙なことを言う
ゼーはそんな感想を覚えたが、それに思い当たる人物を探していた
一人、真っ先に浮かんだ顔に驚き、すぐさま続いてもう一人浮かんで、更に驚いた
リズ、そして、グラス
その順番で浮かんだ、また、その二人が浮かんだ
そのどちらのことにも驚きを禁じ得ない
戦場で思い浮かべる女の顔といえば、女王様のそればかりだったというのに
随分と自分も変わってしまったのだ

「解りました、もっとも、ただ戻っては志気に、いや、私のメンツに関わります、少し暴れてきます」

「ああ、僕も一緒にいこう」

「それは・・・」

「なに、本物の白騎士はここに居たと喧伝しなくてはいけないんだ、手伝って欲しい」

「ツエク様?」

ゼーにはもう一つ、言っている意味がわからなかった
ただ、二人は馬を並べて戦場のただ中へと走り込んでいく
ツエクは、諜報隊からアルの動向を嗅ぎ取っていた
それでいて野放しにしている
優秀な諜報部隊を率いている、彼の母上が殺した名うての諜報隊員が所属した部隊
それをまるまる自分の部下としたのだ
現時点で、紅の女王陣営にツエクほどの諜報能力を有する人物が存在しない
それほどになっている
だからこそ、ヴェステンで暴れているであろう、くだんの騎士よりも活躍をする必要を感じ取った

自分が何であるか

少年はよくわきまえている
だから、剣を抜いて、すれ違いに人を殺しつつ
大声で自分の存在をそこに示した
負けじとゼーも戦う、二人の奮戦は負け気勢だった味方に勇気を与えた
兵隊達に勢いが戻る

「奴らの前線を崩してやるぞっ!!!、不用意に出てくれば同じ目に遭わせてやると、
体で解らせてやるのだっ!!!!」

「うおおおおおおおおお!!!!!!」

呼応してマイグレックヒェンの猛者達は突撃を開始した
ツエクは深入りせず、味方がよく見える位置で奮戦を繰り返す
無論孤立しては危ないという理由から、ゼーとその近しい騎士が一団を成している
ただ、その護衛が要らないと思えるほど、少年騎士は強い
騎馬の上で、圧倒不利と呼ばれる短剣を用いて戦う
なにせ体が小さい、いくら皇子で優秀な騎士の子と言えども
年齢が至らないのだからこればかりは仕方がない
しかし、その小柄を活かして、誰よりも馬を素早く働かせることができ
無尽蔵の体力を持ち合わせ、小回りのきく技を披露できる
相手の武器の内側へと体を投げ入れるように滑り込み
瞬時に急所を抜いて殺傷する

「まったく、うかうかしてられんな」

ゼーは、遠目でその勇姿を見て
自分の血もふつふつと沸き立ってきたのを感じた
整えられつつあった、大人への骨格を子供の精神で振り回す
ここ数ヶ月にわたる戦いで、凄まじく逞しくなった
もともと練習嫌いで通していたが、実戦が続けばそれが練習代わりになるらしい
否が応でも成長をさせられる
ゼーは、大剣を振り回し、敵を薙ぎ払っていく

「ここの勝ちは譲るな、民を守るために戦うのだっ!!!」

ツエクが叫んだ、民を守る、そういうふれによって騎士達は勇気を奮い起こす
誰かの為に戦うからこそ騎士たりうる、そういう精神に基づいている
実際、彼らがここで奮戦したおかげで
北方の民は首都へと逃げる時間を持った、慌てながらも
極めて少ない犠牲で移動を可能としたのである
北方の民からすれば、ツエク率いるマイグレックヒェンは神の使いに見えただろう

「ツエク様、騎乗しても剣使いがうまくなりましたな」

「ゼー、練習はやはり必要だよ、そろそろ勝てるかな?」

「まだまだ」

笑って二人すれ違った
挑発された以上、のっかってやろう
ゼーが手頃な的を探す、敵じゃない、ゼーから見れば的だ
手頃そうな男を一人みつくろう
相手もゼーを見つけた様子だ、何か喚いている
大方不利になった戦況をひっくり返すため、一騎打ちの所望とか口上を垂れてんだろう
馬鹿馬鹿しい
このご時世にと思いつつも、ふと、鬼教官の顔がちらりとよぎった
ちょうどいい、あれくらい俺でもできる、見せる相手が決まった、馬は高く脚を上げて撥ねる

ガインッ!!!
派手な手応えがあった、わざと相手の武器を叩いてやった
ゼーは巧みに馬を操り、雄々しく吼えてまた殴りかかる、そして、同じように剣を殴る
外から見ていて、派手に見えるだろう、ガインガインと鉄の音が激しくなっていく
やがて、馬を相手に側付けた、ぴったりと密着しつつ
馬上で剣を奮う、相手は既に自分と格が違うと解っている様子だが
逃がすわけもない、生かされているという恐怖に顔が凍り付いている、いい表情だ
ゼーは、ほどよく楽しんだ様子で、そろそろ決めにかかる
さて、どうやって、考える途中、視界にツエクの姿が見えた
瞬間に体が強ばってしまう

まずい、出過ぎだ、囲まれちまう

思った途端、ツエクは目の前の敵を見ないまま打ち殺し
蹴倒すようにして死体をのけると、すぐにツエクへと向かい馬を走らせた
バダバダ、しかし、馬が突如暴れ出す、射られたか

「仕方ねぇ」

脚を引きずり、よたよたと走る馬から、跳び上がって降りるとそのまま駆けて
ツエクの側に向かう、既にまわりを取り囲まれつつある
剣を横薙ぎで構えながら走る、いつだったか、走りながら切り込む場面にでくわした
その反省をふまえている、振りかぶらない

「ぜぇええいっ!!!!」

ぶぅん、大剣は大きく弧を描いて敵兵を引きちぎった
半分くらいまでのめり込ませて、すぐに引いて抜き去る
ゼーの突撃に気付いたらしく、ツエクを囲みつつあった兵隊の何人かが
気を取られて、ぶらり、阿呆になる
そこをツエクは逃さない

「せぃっ!!!!!」

スパッ、小剣二つを器用に振り回す
独楽のように踊り回り、回転して敵の急所を抜いていく
脇の下、内腿、目、局所
それらを寸分狂い無く、小剣で切り裂く、若干の反りを持った特製の剣で
あっと言う間に3人を屠った、この光景もデジャヴを感じる
そういう、いつもやっていることが当たり前にどこでも出来る
訓練のたまものだろう、ツエクは返り血を浴びることもなく、その場を脱した
剣が血で濡れる、いい加減にキレも悪いだろう
一瞬、腰にもう一本巻き付けている、金剛石の剣を用いようかとためらったが
結局そのままにした
宝剣は、お守りであって、武器ではない
そう思うことにしているらしい

「ゼー、ありがとうっ」

「ツエク様、そろそろよろしいかと」

「十分、時間も稼げて、相手に一撃加えられただろうか」

「無論です、マイグレックヒェンの威光はここに発揮されました」

「・・・・ありがとう・・・・全軍に伝令!!これより撤退に入る!!」

おーーーー、
遠くからも声が聞こえてきた、あとは、それぞれの支隊長が
うまく撤退してくれるだろう、そもそも相手の戦意も喪失している
追撃はなかろうと思う
現地で勝利ではなく、うまく負けてくるという任務をこなしたことになる
部隊員に相当数の犠牲を出したのだが
それでも、大将格が揃って無傷で生還は喜ばしいことだろう
何よりも、住民を退避させる時間を稼げた
その仕事を成し遂げた充実感が、彼ら騎士隊員を勇気づけている

彼らのしたことは至極正しい
と、言い切れないことになる
仕方のないことではある、少数の民も助けなくてはならない
そういう正義感は、大変美談として好まれるところだ
だが、恐慌状態となった因子が、そうではない所に合流するとどうなるか
逃げていく北方の国民が首都近くでどのような噂を流すのか
ツエクもゼーも、その重要事項にはまったく気付くことがなかった
彼らは、使役している諜報部隊で情報を集められるが、
集まってくる情報は、既に起きた後のものでしかない
今から、起きる、起こそうとすることは、誰でもない、己が探るしかないのだ

どうするのが最善だったか

「軍師様、南港攻撃隊が首都帰還とのことです」

「そうか、条約が締結されたということだな」

「他人事のようですね」

「そのようなものだ」

「女王様を一人にさせすぎましたか」

「口がすぎる、全て最善の策に相違ない・・・相違ないのだ」

軍師殿は、小さく戒めさせると側から人を払った
独りになりたい
そう思った、この土地に辿り着いてから何度目だろうか
何度も、何回も、自問自答を繰り返す
どこで、何が、どの選択が

目の前で崩れていく事象を止めることができない
砂の城が崩れていくのに似ている
止めようにも、手を出せば、より激しく崩れていく
黙って、さらさらと落ちていく様を見ていないといけないのか
そうならないためにも、砂ではなく石の城を築いていたはずなのに

10年、この年月を本当の意味でうまく使っていなかったというのだろうか

北大国との差を真剣に考えてしまっている
10年前に政権を奪った後、政権を続ける、安定させることを主眼にしてしまった
それ自体はよかったのかもしれない、ただ、10年かけたのは長すぎたのだろう
5年で内政を整えて、5年で軍備を増強すべきだったのか
だが、その選択肢はあえて外してきた
軍事国家にはしたくない、そういう想いが軍師の中にあった
経済力で大国になりたいと本気で思って、それが叶うと信じていた

「だが、実際はその狙いによって弱点を露呈させ、このざまか」

とっくりと、強く呟いた
東西南北、全方向で何かしらの事態が起きている
無論国内でもだ、全てが不規則に動いていて
もう、どうすることもできない
制御できないならば、せめて、うまく乗り切るために
運命に転がされる側に陥る

「軍師殿!!、見えました、間違いありません」

ひくり、知らせに姿勢をただした
ゆっくりと立ち上がり、呼吸を整える
まわりは暗くなっている、夜行をしてくるとは思わなかったが
予定通り、地図から察した通り
この道を通ってやってきた、軍師殿は拳を小さく握る、震えてうまく握れていない

「弓兵、左右に展開、全方位から狙えるようにしておけ」

「既に、大丈夫です、三度確認しております」

「そうか」

軍師殿は、もう、「準備」が残っていないことを知らされる
必要なのは、最後の、引き金を引く行為だけなのだ
ゆっくりと歩みを進める、何度もまた考える

「対象、止まりました」

「止まったか」

逃げるということも予想できていた
その場合は迷うことなく、狙撃による撃滅が視野に入っていたが・・・
いや、そもそも、その一団にその人がいるとも限らないじゃないか
軍師殿は、自分の思考がどうかしてきていることをよくよく理解している
悩みはつきない、自分に自信が持てなくなってきている?
どうなのか、解らない

どうすれば最善なのか

「降りてきました、女の様子です、弓、いつでも」

「合図があるまで動くな」

何を思ったか、軍師殿はそのままずかずかと手下全てを置き去りにして
その一団の前へと進んだ、丸裸だ、今、その一団から攻撃を受けてしまえば
間違いなくこの国の要人は死ぬことになる
慌てて、側近の類が走り寄ろうとしたが、それよりも先に
一団から、中央の女が同じように近づいてきた

軍師殿の視力でも、よくよく姿形がはっきりし始めた
間違いがない、あの政変の時と同じ
あれから10年経ったというのにあ、全く変わらない姿
変わったこと、強いて言うならば、役者の数が足らないところか
アル騎士とその妻キルシェが居ない

「お久しぶりです」

思わず、そう迎えの言葉を吐くと、恭しく片膝をついた

「これは、軍師殿にわざわざ出迎えを受けるとは、さて」

言葉を切った
軍師殿は、ゆっくりと視線を上げる
目があった、不敬にあたる、最初に思ったのはそれだ

「どうした、急がねばなるまい?先導をよろしく頼む」

微笑みは、暗がりでも輝くように見えた
軍師殿はゆっくりと立ち上がり、今一度立礼を見せた

「お帰りなさいませ、『紅の国』がお待ちしております」

「重畳」

何が最善か、行うことについて、誰にもわかることはない

つづく

もどる

酷い話だな・・・

独り言が長くなってきたこのごろ
頑張って更新していきます、PCが動くかぎり、なんとか
(07/08/20)