Edelstein ”Karfunkel”


紅の軍師は天才だ

そんな噂がすっかりと国全体を賑わせるようになっていた
市民の間では、未だ敵の正体が判明していない
元国主である「紅の姫様」がやってきたという事実は
狂言の類として信じられることがなかった
突然に始まった、大規模な内乱の類だと民衆は口々に噂している
南港から流れてきた噂の「蛮族の女王」などという目撃談が
面白おかしく流布されているのもそれを手伝った

「衆愚とはよくいったものだ」

「しかし、数は何にも増して脅威となります、女王様」

「それは皮肉かな、軍師殿」

「皮肉?」

「寡勢で我が国へと喧嘩をふっかけた、おろかな姉上に対するそれかと」

「そのようなことは・・・」

現時点で、既に紅の国は圧倒多数を確保し
優位な戦略を展開し尽くしている
数に物を言わせて、物理的に占有する陣地を増やすという
古風な陣取り合戦をしかけている
当然、少数精鋭という形で切り込んできた紅の姫軍は、日増しに劣勢へと傾いていく

「奇襲からの速攻は確かに脅威でしたが」

「時間稼ぎさえ出来れば、どうというわけではなかったのですね」

ほとほと感心した声を漏らす女王
指先で躍る黒い石を太陽に透かして眺めてみる

「ただ、勝ったわけではありません、それに勝つのは私の役目でもありません」

「本当によろしいのか?」

女王は石から視線を外した
軍師の瞳を射抜く、力強い斥力が働いて
女王は見つめ返される、気をよくして少しだけ微笑む

「私が表立つ意味は希薄です、最上ならツエク皇子が勝利を収めるのが肝要」

「それは、申し訳なかったですね」

「いえ、女王様の判断は正しかったと思われます、確実ではない場所にツエク様を向かわせるリスクは、
勝利による栄光とはかりにかければ釣り合わない話です」

「だから、グイ導師を利用した」

軍師殿は返事をしない
もう間もなくだろう、南港付近で派手な戦争が始まるはずだ
いや、宣戦布告などの戦争の手順が踏まれていない以上
これは戦争とは呼ばないのかもしれない

「まぁよい、ただ導師は今回、軍功を上げすぎているな、どうするのがよいでしょう」

片づいた後のことが心配になっている
以前に軍師殿が提案した、ブライテストタールの領主権を与えるという褒美以外に
何かもう一つくらい派手な贈り物が必要に思われている

「早計です」

「早計?・・・・意味がわかりませんが、軍師殿」

女王は、その軍師殿の短い台詞に否定的な趣を認める
気分を害されたとまでは言わないが
いつまでも、絶対に浮つくことのないこの男に
面白みとは反対のものを感じてしまっている

「まだ、勝利が確定したわけではありませんから」

「おかしなコトを言う人ね、常に先を見据えろと言ったと思えば」

「ですから」

「・・・導師は負けるのですか?」

また、軍師殿は応えなかった
不確定で、妖しい要素が多すぎるのだ
少数で敵地に乗り込むような愚行
ブライテストタールに船と資材を残した愚行
戦地の拡大と戦力の分散という愚行
全てが、何か見えない目標へと誘うための罠にしか見えない
あの姫様がそれらの愚行を考えも無しに行うのだろうか
軍師殿は、そう考え、慎重論をとった

「伝令!」

頃合いを見計らって、定刻伝令が声をあげた
女王と軍師殿は使者に視線を向けた
向けられた男はうやうやしく頭を下げて、すぐさま言づてを叫ぶ

「報告いたします、戦争宣言が布告されました!!布告主はオースト・ツィーゲル、バンダーウ総本山!」

「!」

女王は驚いて声も出さなかった
軍師は視線を鋭くして、伝令に続きを促した
さらに続く報告

「布告相手はブライテストタール、既に戦争状態に突入した様子で、おそらくは・・・」

伝令の報告順序に違和感を覚えなくもないが
その事実は、ただ、文書で伺うよりも強い刺激をもって
二人の脳に刻まれた、伝令は言い終わるとすぐに退出する
女王は、小さく口を開いた、微かに震えている

「どういうことだ?」

女王が自嘲を浮かべて
軍師殿に視線を投げた、それを受け止めて何か
思いを言葉に紡ぐ途中、今一人、伝令が到着した

「伝令!」

先のとは別の伝令
今度は親書を携えている

「報告いたします、バンダーウ総本山より同盟確認の親書が到着しました!」

「どうめいかくにん?」

言葉を一字一句なぞるような調子で棒読みにする
女王は、ひったくるようにして伝令から親書を奪い取った
通例、軍師殿が受け取り手渡すものだが
そういうしきたりを無視させるだけの事実だ
奪い取られた伝令は、頭を垂れて、すぐに下がった

「・・・女王様・・・」

「軍師殿・・・これは、いや、わかっている、なるほど、ああ、、、」

「どうぞ、平静を・・・」

「これが落ち着いてなど・・・いや、られるのか?どうなのだ、軍師殿!
軍師殿は解っておいでであったのか?この状況、この展開を」

詰問するような調子で女王は親書を軍師に投げつけた
軍師殿は、確かめるようにその内容へと視線を落とした
一報が入った時点でこうなるだろうと予感していた
ただ、あまりにもタイミングよく連続して届いたことには驚いている

「茶番だ、茶番に過ぎる!!、バンダーウがデハン狩りの為にやってきたと?
ブライテストタールがデハンに落ちていたのを盟約に則り、奪還し、保護しているだと?
馬鹿げている、どちらも結託し、ああ、そうか、姉姫様の狙いは・・・これだったの・・・」

女王は、知らず内に涙がこぼれはじめていた
はた、気付いて慌てて拭う、涙に濡れた黒石が、妖しく赤光を放つ
高ぶる感情のままに、女王は平衡を失っている
貿易相手国として、また、遠方すぎることから特別の注意を払っていなかった
元を正せば、その不注意からこの一連の事件は起きたようにも思われる
地続きの西側ばかりに気を向けていて、東側をおろそかにしていた

「女王様のご推察の通りです」

「何をいまさらっ」

「デハン教を先遣隊として、表向き対立している両教団という立場を利用し、
今、バンダーウ教がデハン教を駆逐するためという口実で、
紅の国とは別の国であるブライテストタールを陥落させ、
それを保護するという名目で占有、周到なことです、そしてその絵を書いたのは」

「姉姫様なのでしょう」

「そうです」

軍師殿はオウム返しのように、女王が狂ったように吐き捨てた台詞を
きちんと整理しなおした、何一つ新しい発見などない
その言に女王は、また一層、気分を悪化させる、それは怒りという感情

「空き巣がそのまま居着いたのと何が違うというのです」

「女王様、落ち着いてください、こちらの事項は戦争です、政治問題になっております」

「だからなにが!」

「ブライテストタールは元々、領国ではありませんでした、思い出してください、
今先ほどのことを、あの領地を治めるのは誰でしたか?」

「・・・・・グイ導師」

こくり
軍師殿は小さくうなずく、そしてよく女王の目を見つめ返して
強い視線を投げる、女王は落ち着きを取り戻してきた
目の前の男が、意志のはっきりした明確な態度を示している
浮ついていた自分を意識できたことで、思考にゆとりができた

「盟約に則った行動であるのは確かです、またこの動きを見るかぎり、
ツィーゲルバンダーウ(総本山)は両天秤をかけている様子がわかります、
すぐに使いをよこして、同盟の確認を促したことからも推測できます」

「どういうことです?」

「状況は、ほとんど変わっていないということです」

軍師殿は、わざと一言ずつ足らない言葉で説明し
女王がその言葉裏を自分の力で読み取ろうとするのを促した
軍師殿はよどみなく言葉を続ける、嘘を交えるが
流れるように話していれば、それは、正しい言葉のように錯覚される

「むしろ好転しているでしょう、もともと他人にくれてやる土地だったのです、
そこを確かな盟約を持った他国に統治して貰える、これは僥倖です、
グイ導師が治めて独立を願い出てくるより遙かに健全です」

「・・・・・」

「注意が必要なのはヴェステン、同じように西から他国がヴェステンを奪いに来ると、
それは大変よくないことです、ヴェステンよりも向こう側に友国は存在しませんから」

「軍師殿・・・」

「既にゼーなど主要な騎士隊をヴェステン北部に出撃させています、
とりあえずはそれでよしとして、南港を早めに片づける必要があります」

軍師殿の言葉と所作、全てがびりびりと緊張感を露わにしている
女王はじっと見つめて、ようやく自分の手の震えがおさまったのを確認する、
にぎにぎ、二度、手を開いて閉じた
冷たくなっていた指先にぬくもりが戻ってきた

「今、足らないものはなんですか?」

「女王様・・・」

落ち着きを取り戻した女王を見て
軍師はようやく、小さな笑みをこぼした
だが、それはすぐに引き締められた
戦争状態という、久しいそれがここにある、女王は男を見て思う

「兵力が若干不足しております、これは不足というよりはあればある程よい
そんな程度でありますが、この不足は時間という味方が充分に補ってくれています」

てきぱきと軍師殿は現状をさらに細かく説明してよこした
女王はじっと、その講釈を聞いてる
そして、その言葉が一旦休止されたのを確認して
小さく呟いた

「全て、わかっていたのですか?」

女王の問いかけに首をかしげる軍師殿

「こうなることが予想できていて、今、その予想に基づいた戦略を私におっしゃっていられる」

とうとうと、女王は台詞を呟く口調で流している
瞳は、しかと地図の上に釘付けとなっている
彩られた地図に対して、詳細に書き込まれた情報
それらは、今整えられたとは思えないほど緻密で
ずっと前から、用意されていたのだとわかった
何もかもを見通して、全ての事象を利用するために智恵を絞る
そのためには、嘘の話もする
先日はツィーゲルバンダーウに罰を与えるという話だった、
しかし、今はそれを受け入れるという

「私は軍師です、これが仕事なのです」

「気の利かない言葉」

女王は笑った
先ほどまで、頭にくる男だと思っていたのがすぐにこれだ、
自分が狼狽えていたのだ、感情に振り回されていたのだ
女王はその状態を噛み締めるようにして
軍師殿に甘い瞳を投げた、その瞳のまま、一番聞きたかったことを口にする

「グイ導師を、殺したのですね」

軍師殿は、やはり黙ったままだった

ヴェステン

工作が進み、二転、三転と状況が様変わりしていく
今ヴェステンに三つの勢力がある
現国主・紅の国派
前国主ヘヴォン王家・紅の国派
そして
レーヴェ、キルシェによる、ヘヴォン王家分家・紅の姫派だ

ヴェステンの国は今や南北の方向で三つにわけられている
北が現国主・南がヘヴォン王家
その両方に挟まれて、しかも、紅の国に隣接する位置に
レーヴェとキルシェは覇を唱えた
あらかじめ整えられていた勢力にキルシェが合流したという状況
キルシェはあくまで、争いを最低限にして降伏を促す方向を探った
キルシェには今、二つの武器がある
デハン教と紅の姫様だ
いずれも巨大な力を持った武器に相違ない
デハン教徒は早い段階からこの国に姿をあらわしていた
おかげで、政治中枢にもその間諜達が紛れ込んでいる
また、政治権力にたずさわりつつあるものも取り込みが完了している
だから、北部の現政権は比較的陥落までのめどが立っている

「問題は、父上達・・・」

「大丈夫、姉上と私がいれば、順序さえ守れば父上もおろかではないはずでしょう」

レーヴェがことさら明るく振る舞う
そういう癖のある子だとキルシェは苦笑してしまう
一層に引き立つ悲劇の影が見え隠れしている弟

「早馬がさっき報せてきました、紅の国が直轄軍を北に向けて出陣させたとか」

「それらよりも先に、国権を手に入れる必要がある」

弟は強い意志を発する
ただ、その言葉使いに違和感を覚えてしまう
国権を手に入れる、そういうことではない
国を救うのが目的なのに
キルシェは少し咎めようかとも思ったが、使命感に燃えている様子に
それを言えずじまいだった、今はそんな細かいことを言うべきではない
二人は、交渉のテーブルと呼ばれるそこに身を置いている
迅速を尊ぶ、もう、こうなることが決定づけられていたように話は進んでいく

テーブルの向こう側には、二人にとって共通の父親がつく

「到着されました」

使いの言葉に腰をあげる二人
一瞬の静寂を見た後、その場に現れた
これが・・・
キルシェは思わず言葉を呑んだ
かつて、ヴェステン一国を司った国王とは思えない
オイボレという言葉を当てはめてしまう
そんなやつれた老体が、ゆっくりと笑った

「久しぶりだな、キルシェ、レーヴェ」

「王よ・・・」

レーヴェが思わず昔名で呼んでしまう
それを聞いてまた、さらに侘びた笑顔になる老人

「その名は相応しくない、見ての通りだ、儂は疲れてしまった」

「何をそんな弱気なことを・・・今こそ、ヴェステンを取り戻す時です」

「レーヴェ、お前は知らぬかもしれんが、儂は既に、紅の国より要請をたまわっている」

「知っています、紅の軍師が父上、他旧臣達を紅の国で、全て雇いあげようとしていると」

「ならば話が早い、儂達は最早紅の国の臣下・・・このテーブルにつくにおいて、
お前達二人を売り飛ばすこともできたが、そうしなかった、それくらいが、協力と呼べる全てだろう」

元国王は本当に疲れ切っている様子だった
キルシェは見ているのも痛々しい
そう思うが、ただ己の苦痛を和らげてくれる甘言に流される
無責任な権力者であるとも感じている
失政が招いた全てのもの、その根源、なにもかもが見えなくなって
ただ安寧だけを求める可哀想な人

「いえ、もう一つできることがあります」

「何をさせる?」

「そのまま、御身はどうぞ紅の国へと向かわれることです」

「話が、見えぬな」

「僕と姉上は、その後に地盤を貰い受けます」

「・・・・」

「南が我らの手にあれば、あとは、デハン教と紅の姫様の御威光によって、
北の政権もなし崩しで手に入れられる」

レーヴェは自信満々でそう言った
そんなわけがない、誰よりもキルシェが一番にそう思っている
だが、今は南に地盤を手に入れることが肝要
実際、レーヴェの言ったような楽観が望めなくもないが
現状では、南ヴェステンを手中におさめて、南港とホットラインを形成
東方のバンダーウ教とうまくやりとりをしながら、
少なくとも互角となる力を手に入れる、政治交渉だけで済ませたい
戦場は国の外で、そう目的づけている

「・・・何も言うまい、なるほどそれもよいかもしれぬ、儂を担ぎ上げようとしている
そんな勢力が未だヴェステンの南には多くいる、それらをそなたらに譲ろう」

「ありがたき幸せ」

二人はうやうやしく頭を下げた
譲る、とはふざけたことを言う、紅の国の軍門に下る際
邪魔なそれらではないか
レーヴェは少々トゲのあることを思ったが、ただ、黙って頭を垂れた

「時にキルシェよ、アル殿のことだが」

「聞いております、北の砦にて行方がわからなくなっていると・・・大丈夫です、夫は簡単に死にません」

毅然と言う姿には、雄々しさと言っても差し支えのない
力強さが含まれていた
渾身からの願いにも見える、信じようとしているそぶりに見える
父親としてその姿に、少し表情を曇らせるヘヴォン王

「だが、攻めたのは紅の国一の騎士と呼び声高いゼーという男・・・到底」

「父上、大丈夫です、ご安心ください」

「・・・いっそ、死んでいればと思ってしまうのだ」

「父上!いくら・・・それ以上仰られますと、私も・・・」

強い視線をぶつける
だが、老王はガンとしてその娘の視線を受け止めた
それでいて、優しい、慈しみの瞳を揺らした

「今ならば、お前がヴェステンを、ヘヴォン王家を率いても構わぬのだ、
そうすれば紅の国ともうまくいき、あの憎き姫君の家臣などにならずとも」

「・・・・・」

「そうであろう、最愛の弟を殺され、その殺した相手の女にされるなど・・・、
いや、これは儂の失策から産まれたものだ、何も言うべきことはないかもしれぬ、
だが、だがな、今からでもお前は・・・」

「父上、もう、早く、お帰りになさいませ」

「あの男、それと、あの姫君の関係をお前も知っているだろう、姫の情夫だというではないか」

「知っています、所詮は噂、戯れ事です」

夫は情夫などと呼ばれているが、ただの忠義犬に過ぎない
それはそれで哀しいことだが、そう思うことで不思議とキルシェは夫を愛せている
キルシェは憤りを必死に押さえようとやっきになっている
どの口が、どの存念がかようなことを・・・
姫様との関係を亡くすため、私を殺そうとしたというのに
そのわだかまりというべきか、憎悪に近しいそれが揺り起こされつつある

「噂などではない、お前も覚えているか、その昔姫様が内乱に巻かれて行方知れずとなった日」

「もちろん、覚えております」

その事件の最中、私をあなたは殺そうとした
我慢がきかない
キルシェはいつもの自分とは別のものが
体の内側で目を醒ましたのを自覚する、抑えなくてはいけない
怒りや情意に身を任せてはいけない、だが、堪えられるほど弱くない

「あの時、ヴェステンで姫君をかくまい、お前を迎えに寄越させた時、
お前が来る前、ずっとあの主従は付き従い、昼夜を問わず片時も・・・」

「それは、夫が忠義の騎士だからでしょう」

「それだけではない、あの姫様はお前を殺そうとしたのだ」


キルシェは思わず目を見張った、はた、その驚きは目に見えた姿となる
虚を突かれたように、眩いものを突然に感じ取ったような仕草
老王は娘のその変化にさらなる追従を加える

「あれを儂のせいだと姫は責め、ヴェステンから多大な賠償金を持っていった・・・、
おそらく、それが目的にせよ、あの騎士をお前から取り戻すことも念頭にあったのではないか、
儂はそう思っている」

「そんなわけが・・・」

「お前の為を思い、ずっと言わず、いや言うことが叶わなかったと言うべきか・・・キルシェよ、
不甲斐ない父のせいで、王家の娘とはいえ、お前を本当に・・・」

老王は涙を零した
動揺は計り知れない、キルシェは思わず後ずさった
瞳は、りるりると収縮の痙攣を見せる
目の前が真っ暗になったような、どうと呼ぶものだろうか
押さえつけていた情意の全てが、今、とてつもない方法で爆発させられた
何かを開いたんだ
そう詩人などが唄うその言葉面だけがキルシェを撫でる
狼狽えた姉を横目に、確認をした風で、レーヴェが話に参加する

「ご安心を父上、全てを利用するだけで、ヴェステンを元の独立国とするつもりなのです」

「なんと?」

「申し訳ございません、まだ、秘中にしておりましたが、政権を奪取した後、
一国としていずれの勢力にも従属することなく、完全な独立を考えています」

「レーヴェ・・・あなた、何を」

「姉上、アル騎士のことを思い、敢えて今まで言いませんでしたが、ヘヴォン王家を
再び王家として相応しい家にするのですよ、紅の姫の勢力を借りて、
また、父上とのよしみで紅の国とも保ち、ヴェステンは独立いたします」

「愚かなことを・・・そのような」

「そう、そのようなこと、これから北方を見ていてください、北はくれてやります、
だが、この南で、元来ヴェステンはこの南のみがその領地でした、まずはそこで
建国を、再び覇を唱えます」

夢想を唱えるかのように、レーヴェは酔った口調で熱く語った
キルシェは狼狽のためか、弟の戯れ事をどう処理したらいいかわからないまま
ただ、その言に、その王家復活という言葉に、老王は再び瞳に光を取り戻している
没落旧家に相応しいテーブル風景

「まもなく、ヴェステン北方を、北の大国が攻め取ります」

「っ!!レーヴェ、貴様」

「政治ですよ、北の大国を誘い込んで勢力を作らせれば、均衡状態ができる、
ヴェステンの南を手に入れた国は戦線が広がりすぎて痛手を被る、これは
三方全てにおいて当てはまること、その衡地にヘヴォン王家は再び君臨するのです」

「レーヴェ貴方何を・・・バカなことを・・・」

キルシェがさらなる驚きに晒されながら
それでも、その事と次第のでたらめさに危機感を覚えた
そんな馬鹿なことをしたら

「どこもバカなことなんてありませんよ、何もおかしくない、
当面はそれで、そして、紅の姫を追放するように、姉上がヴェステンに腰を降ろせば!」

「そのようなことをすれば、ヴェステンの土地が戦場となります!!
何を言っているのです、国民をどれだけ苦しめるつもりですかっ!!!」

キルシェが大喝をした、キンと硬い音で怒鳴りつけられて
レーヴェは面食らったような顔で姉の表情を見る、
怒りに染まったそれに、萎縮する姿が見える、しかしその前に
老王がそっと身を入れる

「レーヴェ、お前にそのような大それたことが・・・」

「何を、私の名前をつけた父上がそのようなことを、獅子の名を冠する私が」

レーヴェとはもともと獅子のことを示す言葉だ
確かにそれをつけたのはこの父王ではあるが、その思惑は別のところにある
いや、その別の思惑の通りとなったということだろうか
獅子の子は親から離れ、己一人で新たな家を興す
それは、ヘヴォン王家とは別の家を興す
そのような望みを託した、今、その獅子の子は目の前で本家を興そうとしている

「好きにするがよかろう、儂は紅の国に入る、お前のため人質となろう」

「父上・・・ありがとうございます・・・さぁ、姉上、お怒りはわかりますが、これは我らがもう一度・・・」

「レーヴェっ!!」

ぱんっ、
思わず平手で打った、キルシェの怒りは治まることはない
いや、もう自分自身を制御することができない
どれが正しく、何をしなくてはならないか、全ての何もかもの判断基準が
この場で失わされてしまった、その情意のままに、女の一撃がもう一つ下る

はしっ

「姉上・・・あんな男のコトは忘れたらいい、兄さんの仇じゃないか」

「黙りなさいっ、そのような話とは今、全く違うこ・・・んっ!!」

その唇を強引にレーヴェは塞いだ
しかと腰を抱き留めて、平手は宙に留められただけ
ゆっくりと、唇を離す、間髪を入れずレーヴェは続ける

「姉上、お静かに、いつもの姉上らしくありません、感情に流されるなど・・・
ただ、それでも、そのような姉上も、私はお慕いしております・・・」

「何を、突然そのような」

「突然じゃないですよ・・・、私は建国の後、姉上を妻として迎えてもいいと思っています」

「ばっ・・・!」

「その前に、片づけられることを全て片づけます、安心してください」

言い終わると、置いてけぼりになった父親に対して
乱暴な礼をして見せた
すぐに側仕えの者が入ってきて、暴れるキルシェを部屋より出した
しばらく、軟禁するつもりらしい
既に、全てのことは始まっているのだ、今更取り乱されても何も変わらない

「父上、お見苦しいところをお見せしました・・・」

「いや、ただ、お前達のことを、儂は紅の国についた際、どうと言えば・・・」

「ご安心を、紅の軍師殿は既に知っておられますよ、いや、軍師殿はわからぬかな、
紅の女王様に、直々におたずね或る機会には是非にも」

「お前・・・」

もう一度、レーヴェはうやうやしく頭を下げた
そして、呼びつけていた老王をその場に残し、レーヴェもまた下がっていった
ぽつねんと残された王は、揺れる蝋燭の明かりに
己の表情がどうであるか、酷く、鏡で見てみたいと感じていた

「・・・・軍師殿、軍師殿はおらぬか!」

宮中を一人の少年が歩いている
金剛石の剣を持つ騎士ツエク皇子だ
その様子に気付いたらしく、すぐに遣いの者が軍師殿を探し出して
ツエクに場所を告げた、慌てた様子で少年はその場所へと向かう
呼びつけることができる身分だが
それを待つ時間も惜しいという面もち

「これは、ツエク様、いかがされましたか」

「いや、是非、見ていただきたいものがありまして」

昂揚した様子にいささか不審を覚えつつ
軍師殿が、言われるままツエクの仕草を見守る
そこは軍師殿の部屋、どうやら仕事の最中だったのか、
様々な書き物が散乱している

「地図と、私が集めた情報を書き込んでみました」

「ほう、それは」

驚き、仕事の邪魔をされたというより、朗報をもたらされた
そのように感情を傾けて、披露される地図を眺める
なかなかよく出来ている
最近、諜報の部隊を組織したとは聞いていたが、かなりよく出来ている
マリーネの隊をそのまま吸収したのだろう

「これは素晴らしい、実によく出来ています」

「そう、ですか・・・それで、気になったことが・・・」

言うと、ツエクは押し黙って、ゆっくりと指先を動かした
何も言わなくなったことに不思議を覚えるが
軍師殿は、その動きをじっと見守る
次第に、その指がいわんとすることを悟り、驚きが表情を凍らせた

軍師殿が、本当に驚いた・・・これは、私なりにやったということか

ツエクは、黙ったまま指を動かして
その実、瞳だけは軍師殿の表情を伺い続けた
嘘を吐かれる、それを破るためには何かしなくてはならない
ツエクなりに考えたことだったが、今回は大きく当たったらしい
彼がもたらした地図には、最新の情報が特に、南港での攻防について詳細に記されていた

「・・・ツエク皇子・・・これは、この戦いの決着を呼ぶそれになるかもしれません」

「本当に」

「無論・・・ようやく、敵の重点が見えました、動きたいことも、やりたいことも、狙いも」

「ならば、必勝ですね、この時私が出れば・・・」

「!」

勝ち気になっている皇子
軍師殿の悪い癖が鎌首をもたげる
これも罠じゃないのか

「軍師殿?」

「いえ・・・その・・・悪い癖が出まして」

「悪い癖?」

「女王様によく叱られてしまいます、慎重すぎると・・・」

「何を、軍師殿はその慎重さがあるから負けないのではありませんか」

「ツエク皇子・・・」

「ただ、そのご懸念は常に仰ってください、母・・や、女王様はどう仰るかわかりませんが、
私はその言をじっと、聞き入れたいと思います」

「それは・・・」

「軍師殿も、女王様も、私を子供扱いし過ぎます、以前に共に北方の部族を鎮圧した際にも
同じことを言ったようにも思います、私は一刻も早く、国の王となりたいのです、
そして、多くの国民がこの度のように迷うことがないよう、しっかりと見定めたいのです」

「・・・・」

「優秀な施政者が司る国、女王様と軍師殿がいればきっと大丈夫でしょう、
あと、お二人の執務を少しでも軽減できるよう、私も力になりたいのです、軍師殿」

その後、軍師殿はぽつりぽつりと
ツエクに罠である可能性と、それに対抗する策について伝えた
女王を挟まずにこのようなことをするのは
あらゆることがよくない、そうとも思われる、だが、そうではない
軍師殿は手応えを感じつつ、今少し時間と兵力が必要だと頭をひねることにした

「・・・正しかったのか・・・ならば」

ツエクが一人廊下を歩いて戻る
先の軍師殿とのやりとりですっかりとやる気と言うべきか
自信を持ったように思う
自分が集めた情報は正しいのだろう、さて、そうだとして
これからどうしたらいいだろうか

マリーネを殺したのが、ゼーだという情報を

どうしたものだろうか

つづく

もどる

もう開始から半年経過かよ、どんだけさぼってんだ俺
そんな具合で、エロシーンも入れずに申し訳ございません
今、考えているエロシーンのストックが
2つだけなので、あと、4,5話も立たずに終わらせなくてはなりません
そう思いつつ、終わるのか、どうなんだ
誰にもわからないまま、進んでいます
(07/07/02)