Edelstein ”Karfunkel”


舞台はヴェステン
紅の国の西側に領を持つ小国家

ヘヴォン家という王族により統治されていたが、
紅の国の国権が現女王に移った時、
それらヘヴォン王家は失脚し
現在の領主が成り代わって治めることとなった

傀儡国家の誕生

落ちぶれたヘヴォン王家は、かつて
紅の国の前女王「姫様」の部下、英雄騎士アルの妻に
第一皇女であったキルシェをあてがっていた
前女王が表向き禅譲したため、その権威は消失し
むしろ、反転して汚点となってヘヴォン王家を窮地に立たせた
そのせいで
ヴェステンという国は傀儡国家にまで落ちぶれたとも言える

ヘヴォン王家は、その失脚の前後に
未来を予見していたかのような行動を起こしている
王家が血胤であるキルシェに対して暗殺者を送り込んだのだ
その暗殺は失敗に終わり、王家と皇女の間には決定的な溝が出来た
しかし、一国家と一個人の関わり合いにすぎないそれは
政治的に強請の具材となったぐらいで、つまるところ、彼女に対する賠償を紅の国の姫様が行っただけ、
本質的な問題はないがしろにされてきた

キルシェが家に捨てられたという事実は誰も気に留めていなかった

尋常ではない、皇女として毅然と振る舞う、その矜持だけで変わらぬ笑顔を讃えてきたが
心は深く暗く、言葉を安くするならば、極めて人並みに落胆した、絶望したというほうが適切かもしれない
おそらく並の産まれの人間が捨てられたと感じるそれらよりも、遙かに大きな喪失感を彼女はまとい
自分のルーツを失ったのに、王家と国のために嫁いだという事実だけが残り
彼女という生き物のむなしさだけが、空虚を伴って心理に夜を作っていた
絶望の淵で、すがるように、置き換えるならば、這い上がるため
また、覚醒したから、解き放たれたから、自由を手に入れたから
そういう王室には存在しない個を手に入れた彼女は、その象徴として夫への愛を示した

言葉ばかりでわかりづらい、
全てを失ったキルシェにとって、残っていたものは夫への愛だった
他人から見れば、そんなところだろうか
しかし、彼女の感想はそんな綺麗なものではなく、
ただすがる相手がその人しかいない、だから、その人とともに歩もう
そんな決意、もしくは、あきらめと、言い換えられるかもしれない

今、その不幸の皇女キルシェは、故郷ヴェステンへと向かっている
姫様の名代としての任務を全うするために
名実ともにその通りだ
しかし、彼女の心はまた、古傷を雨の日に懐かしむかのよう
しくしくと痛み始めている
自分を捨てた国のため、今、働こうとしている
キルシェだけができる仕事
ヴェステンを戦火にさらさず、この反乱の中、永続させること
姫様の要望通り、調略だけで陥落させればよい、キルシェがヴェステンを統治すればよいのだ
彼女の中の正義は完結している
酷い仕打ちをされたと想っている、だが、それは国という非常に不確かな存在に成されたもの
そこに住む住人にとっては何一つ関わりのないことと言える
だから、彼女は統治する側であるが故に、我が儘な平民達を慮る
だが、その正義は彼女の物だけでしかなく、それに立ちふさがる障害たちは皆
彼女のコトを悪魔と呼ぶのだろう

罵られ、憎まれ、蔑まれる

キルシェは苦笑を浮かべてしまう
仕様のないことなのだと嘆息を見舞う、報われない片想いのようなものだろうか
どこからやってくる使命感に背中を圧されたのだろうか
政治をしたいとも、国を盗りたいとも、王家に戻りたいとも
一つたりとて願いはしない、むしろ、嫌悪しているほどだというのに
彼女は、その運命から逃れられず
他人から見れば、国をかすめとりにと前進しているのである

アル様はどうしているのだろうか

絶望的な状況で、キルシェが第一に想ったのは
夫の生死についてだった
正直、死ぬことはないと信じている、というか死ぬところが想像できない
それほどまで、生きていると確信させる何かがある騎士だ
しかし、それは全く別として、一緒にいられない、ずっと離れている
そういったコトは、キルシェにとってストレスとなるらしい
憂鬱とまではいかないが、確実に気を止めて
その無事な生還を祈ってしまう

「この辺りの景色は何も変わりませんね」

馬車に揺られながら、懐かしい、故郷への道を進む
従者、というよりも、近衛兵隊を連れている
これから、とてつもない戦争をしなくてはならない
そういう状況である
正直、どう足掻いても難しい、もしかすると
姫様は、自分のことが邪魔になって、敢えて死地へと追いやったのかも知れない
そうとも思えてしまう
キルシェは、心中が揺れている、全て、アルがいないせいだ
そんな甘えを覚えつつ、知らず内、いや、国境を踏み越えたあたりからだろう
顔つきがすっかり、皇女のそれに戻っている

旧王家、現政権、いずれからも疎まれているだろうに

キルシェは冷静に現在を分析できている
そこから勝算をはじき出すのはあまりにも難しい
すがるだけだ
そういう捨て鉢に近いものを抱いている
彼女が賭けているのは、彼女をよしとしてくれていた国民達だ
そして、紅の姫様という後ろ盾だ
哀しいかな、キルシェ個人としては決して力を持ち得ない
様々な後ろ盾と政治によってのみ、自分を活かすことができる
そこに賭ける
失った権勢を取り戻すため、虚栄とも思える力を、権力を使う

「うまく、先遣は進みましたか?」

「その様子です、約束もとりつけております、そして、
ご推察の通り、現在ヴェステン国内はうまくいっていません」

「・・・そうですか」

哀しいことだ
統治するものがどうかしているからだろう
キルシェは、姫様より与えられた当地の状況をそれなりに解析した
既に紅の国全土といっていいほどに情報網が敷かれている
それらは、貿易船に紛れて入っていたデハン教徒達だ
彼らが集めてきた情報が、姫様の命脈でもある

その情報によれば
ヴェステンは傀儡国家として、紅の国にただ媚びを売るために生きているらしかった
その従順に過ぎる態度を実によく利用して、紅の国は繁栄をしていたらしい
これはヴェステンに限らずブライテストタールもそうだった
短期間で自国を富ませるため、とりあえずの循環する景気のシステムを変えて
ヴェステンとブライテストタールが損をして、紅の国が得をするように
ルールが作られていた様子だった
隷属する国家の統治者達は知ってか知らずか
いずれにせよ罪深いことをしている、民草に対して懺悔をしなくてはなるまい

「相当の不満があると見てよいのかしら」

「それが、確かにそうなのかもしれませんが、なかなか賢い機構がございます」

「聞いています、階級制を導入したとか?」

ヴェステンの新しい統治者も、言うほどバカではなかったらしい
いや、本来の意味からすれば愚か者以外に言葉が見つからない
なにせ、国民を守る為統治するのではなく、国体を維持するために圧政を敷いているのだ
国体という得体の知れない妄想の産物を活かすために
国民を階級別に支配し、不満を一所に固めさせる、つまり、下層階級を作り
それらを圧制することで見かけ上の平穏と、仕掛けられた不景気のしわ寄せを配分したのだ
下層ならば、下層ほど、そのしわ寄せは大きく、酷く、辛い

「不満を持っているのは下層階級だけということですね」

「そう、そして、それらは大多数でありながらあまりにも力が無い」

「前時代的な統治方法・・・哀れに過ぎます」

嘆息が漏れる
愚かな者がのさばっている、祖国は腐り果てている
それを糺す、正義を行う
そんな仰々しいことではない
一人で、頭の中で、空想だけで
ぐるぐると思考が滞ってしまう、それらを利用する方法も
結局は多くの血が流れることとなる
キルシェの最大の目的は、それら全てを救うことだ

「やはり、キルシェ様のお考えは達成するに障害が・・・」

「わかっています、ですが、それをせねば、施政者としての義務を果たさなくてはなりません」

「それはつまり、現王権は破滅に追いやると考えてよろしいか?」

ぐ、
キルシェは唇を噛む、そうなのだ
結局誰かを殺す方法しか浮かんでいない
それが、国民ではなく、権力者に向いている、ただそれだけのこと
しかし、それは詭弁でもある、権力者達もまた、ヴェステン国民に相違ない
どうどうに巡ってしまう
こんな時にどうしたらよいのか、どうするのが最善なのか
姫様ならどうするだろうか

「どうしたら、譲って頂けるでしょう」

言ってから、なんと愚かなことを呟いたかと
思わず自分の口を手で覆った
しかし、紛れもない本気だ、姫様ならそう考えて叶えるに決まっている
何か手があるはずだ、姫様でなくてはできないこと
そうではない、必ず自分でもできる

「ともかく、血の気の多い両派を抑えたまま、短期間で手に入れなくてはなりません」

「そう、一刻の猶予もありません、南港が先に落ちてしまっては意味がない」

現在、南港の北方で派手な戦闘が行われているらしい
デハン教が誇る、聖騎士隊バイデン騎士団が投入されているそうだが
それでも、かなりの苦戦を強いられている
劣勢を跳ね返すためにも、極めて短い時間でヴェステンで大きな歪みを産ませる必要がある

「ところで・・・王家は?」

キルシェの声が小さくなった
一度、訊ねられた従者は咎めるような視線を見せたが
何もそれについては触れず、事実を報告始める

「貧困層に叩き落とされていた様子です、ただ、王家を本当に愛していた人々が、
かくまい、そして敬っているとのこと」

「そうですか」

王家を担ごうとしている勢力だ
キルシェは断定している、国民の優しさによる奉仕ではない
それをよく知っている
王家に同情しての処置ではなく、いつか、王家が反復する時のためを願っている
彼ら下層は、それくらいしかすがるものが無いのだろう
しかし、その動きは決して悪いことではない

「そこに、なんとか姫様の威光を照らしたいですね」

「はい」

自然と担がれる御輿となる
それが難しい
キルシェは静かにため息をついた、何度目かわからない
そして、同じ様に、夫アルのことを想う、これもまた何度目かわからないこと
馬車は夜走り、手引かれるまま、ヴェステンの城都へと轍を踏み入れた
約束された場所に、足を降ろす

「お待ちしておりました」

「お待たせいたしました」

高貴が匂う場所
それは、人格の貴賤によって整えられるらしい
今、二人が立った場所は
高貴が漂うように作り替えられた
どんな素晴らしい調度品を置くよりも、二人の貴人がいるという事実のほうが
遙かに力強くそれらを肯定する

「・・・紅の国より参り」

「止そう、姉さん」

貴族の男はそう呟いて、キルシェの言葉を止めた
緑色の瞳と金色の髪、顔立ちはあまり似ていない
だが、二人の間には分かつことのできない血縁が存在する

「レーヴェ・・・」

「キルシェ姉」

レーヴェ・ヘヴォン
ヘヴォン王家の血胤を自称している、キルシェの弟
だが、その血は半分だけ繋がっている、彼の母はヘヴォン王の正妻ではない

「兄さんとは全く違うように成長したろ」

おどけた様子でレーヴェは笑った
彼が兄と言ったのは、キルシェの実弟(同じ父母による弟)であり、
ヘヴォン王家の第一皇子ハイネケンのことを指す
既にその皇子は死亡している、戦死だった
しかも、その戦争は紅の国との間のそれで、殺した相手は
キルシェの夫アルだ

「よしなさい、私は以前より、貴方は違うと言ってきたじゃ」

「そうだ、姉さんはいつも僕を認めてくれていた、だけど父上は違った・・・」

笑いは冷たい夜の様相を見せた
キルシェは弟の様をじっと見る、変わらない、明るく振る舞おうと足掻いている様
妾の子ということもあった、彼は王位継承に名を連ねない傍系とされていた
それでも、そういう己の産まれを悲惨だと気付きながら
表面上は気にしていないと繕う、そうやってまわりに心配をさせないでおこう
そんなことを考える、産まれの不幸を呪う子供だ

「その、父上が・・・」

「父上はダメだ、紅の国の女王に跪いたよ」

「!・・・それは」

「紅の軍師が先に手をまわしたんだ、これで、現政権と貧困層のいずれも、
頭領が紅の国に隷属する道を選んだんだ、一足遅かったよ」

レーヴェは力無く笑う
いつも笑顔だが、寂しそうに笑う顔を作らせたら
多分、この世で最も切ない表情をやるだろう
姉は、そんな弟に慈しむ視線を落として、本当の笑顔というので照らす

「いえ、何もかもがやりやすくなっているのですよ」

「キルシェ姉?」

「大丈夫、姫様が必ず、救ってくれます」

「・・・・姉さん、どうしてそんなに、そんなことが言えるの」

「最良を選ぶ、その答えですから」

「・・・・本当に?」

「レーヴェ?」

「だって、兄さんを殺した黒幕じゃないか、それに、殺した相手を夫にあてがわれて・・・」

「言葉を慎みなさい」

「けど、その夫という男だって、姫様の情夫だって噂じゃないか」

きっ
キルシェがきつく睨みすえた
レーヴェはそこで黙った、小さくちぢこまるように申し訳なさそうな顔をした
キルシェを怒らせるのだけは困る
そういう様子が見てとれる

「御免なさい」

「ヴェステンの民を救いましょう」

キルシェは第三勢力として
レーヴェ・ヘヴォンという傍系の貴族を選択した
うまくゆけば、大多数を救う、内乱状態を起こすことができる
民が義憤に燃えるという内乱
この勢力は、古今、いずれの例においても圧倒的な戦力を保持する
短期間の抗争において、この勢力を用いた軍は負けた試しがない

小さく痛みを覚える、結局、誰かを犠牲にすることでしか何もできないのだ

紅の国城都

朱騎士マリーネの亡骸がうまる場所に
今日もまた、侍女長グラスが訪れている
眼鏡の奥は、それまでと同じように濡れている
しくしくと、むせび泣き続けている

マリーネは死んだ

その亡骸を見て、大きな声で泣きはらした
誰も彼もが、彼ら二人のことを知っており
その悲しみは察するに余りあった
女王は優しい言葉をかけたあと、泣き続けることを許し
二人をしばらく一緒にさせた
その一通りの儀式が終わった頃に、彼の亡骸はこの石の下に埋められたのである

今掘り返せば、彼の体に触れられる

そんなことを考えてしまう
腐臭にまみれ、腐敗し、朽ち果てつつある彼の体を触りたいだろうか
見たいのだろうか、どうしたいのだろうか
グラスは悲しみの深みで、ようやく、やっとと言えるのかもしれない
ゆらり、揺れる炎を心の底に灯した

殺意だ

抱く相手は敵
行方不明となっているらしい、白騎士アル
遠く昔、まだ、女王様が妹姫と呼ばれていた頃に
何度か見たことがあった
英雄だと表向きは扱われているが、前女王である姫様の傀儡

あんな男に・・・

ずぶずぶと、炎は黒くとぐろを巻く
だが、やりどころがない、力がない、どうしたって晴らす術がない
そこに苛立ちとは異なる
まっさらな、殺意を燃やす
顔つきは不思議なほど、美しく怜悧になった
一通り泣きはらし、目の下は酷い腫れ具合で、恨み言を呟けば
お化け屋敷でそこそこの働きが出来るだろう
だが、その哀しさと、ぷつり、何かが切れた顔つきは常軌を逸した美しさを伴った
グラスは、じっと、どうしようもない事実と向き合うため
ただ、墓の前で立っていた

「グラスさん・・・」

「!・・・ツエク様、これは、失礼いたしました」

突然声をかけられて驚いた
以前にもこんなことがあったように思う
それが何時の、どんな時だったかを考えつつ
皇子の前で粗相がないように、恭しく頭を下げる

「今回のコトは、その・・・・僕も、悪かった、御免なさい」

「な、何を・・・皇子にそのようなお気遣い戴くようなことは」

「いや、もしかしたら生きているかもしれないなどと、不用意な期待を持たせてしまったから」

はた、そこまで言われて
グラスはようやく思い出した
そういえば、そんなことを言って貰った気がする
ただ、その時はそんな慰めめいた言葉に希望を持ったようにも思うが
心のどこかが、こうなることを否定せず
ただ、呆然としていたのだ
むしろ、謝らないといけないのはグラスのほうのように思われる

「そんなことは・・・立派に、紅の国の為に戦った勇者として葬られたのなら、本望だったと思います」

「王族の一人として、心から敬意を表します」

優しい言葉をかけてくださる
グラスはそんな面もちで幼い施政者を見た
いや、実際はそんなに幼くもない様子に見える
はっきりと、男子として骨格ができあがりつつある

「ツエク様・・・私も、いつまでもくよくよしていてはいけませんね」

「そ、そうです・・・貴女が暗い顔をしているなんて、大きな損失だ」

「そ、そうですか?」
(皇子は何をおっしゃっているのだろう)

「出来る限りのことはします、だから、早く元気になってください」

「以前にも増して、お気遣い戴きましてありがとうございます」
(なんだろう、この、皇子の様子は)

「いや、私の為でもある」

思い切った言葉に、既視感、この場合は既聞感とでも言うのだろうか
以前にも近い様子で何か言われたことがあるのを思い出した
それの内容が、今の台詞を湾曲にしたものだったと瞬時に悟った
そして、グラスはまっさらな笑顔を見せた
瞳は真っ直ぐな、そういう微笑みを

作った

「ありがとう、ございます・・・皇子」

「そんなことは、ない、ないんだ・・・グラスさん、貴女を」

「ツエク様・・・・」

遮るように、だが、喜びからうれし泣きへと表情を作り替えて
早速といった様子で、グラスは言葉を被せた

「私は、マリーネの仇を取りたく思っています・・・、捕虜にされた後、殺された、
そんな仕打ちが赦せないのです」

「!・・・そ、うなんですか」

タイミングを逸した失望をあらわとさせるが、
ツエクはすぐに、その言葉に不思議なものを感じ取ったらしく
別の顔を覗かせた

「検死の報告によれば、最初の傷は治療痕があったそうで・・・」

この話は、グラスが狂ったように聞き回って手に入れた
ほとんど知られていない事柄だった
ツエクは驚いた様子でそれを聞いて、一つ、考えたような顔をする

「わかりました、出来る限り情報を集めて、白い騎士を貴女の前に連れてきてみせましょう」

「ツエク様・・・ありがとうございます」

「そのような非道、見過ごせませんしね、ゼーにもお願いしておきます」

ツエクはこの少し前に、自分の諜報部隊を持ったらしいと女王から聞いていた
騎士隊長クラスになると、自分の諜報部隊を持つものらしい
そうか、ゼーにもそんなものがあるのか
グラスは、とても静かに、それまでの渦巻いていた何かが嘘のように取り払われている
理知的な、理性的な雰囲気を思い出した
心の平穏を取り戻したように、とても、そう、穏やかだ
表面に、そういう、柔らかい膜のようなものを造り上げた
その膜で、何を覆っているのか、自分でもその隠した物を見ることはできない
しかし、それは、グラスを支配している

「ツエク様・・・」

「グラスさ」

唇を塞いだ、そして、静かに涙を零した
ツエクはそっと、グラスの肩を抱く
そのまま、腕に力をこめようと戸惑った
躊躇により産まれた隙を見逃さず、グラスはすぐに唇を離した
しずかに、だが、克明に刻まれた柔らかいそれ
ツエクは、呆気にとられるようにしてグラスの瞳を見る
女の目は、るりるりと輝いて、ゆっくりと笑顔のようなものを作って見せた

「ありがとうございます・・・ツエク様・・・どうぞ」

あえて、そこで言葉をきり
ツエクの手を両手で掴み、己の胸元へと埋め込んだ
しず、自分の胸がたわみ、そこに手形がやわりとめりこむのがわかった
その間、ずっと、かわいそうな笑顔を絶やさずにおく
瞳は、るりるりとさせたまま、ツエクの瞳孔をずっと見つめる
胸元でこわごわとした手が、ゆっくりと、意志を持って形を変えた感触

「グラスさん・・・」

「・・・よろしくお願いいたします」

「あ」

手を離した
「どうぞ」という台詞の後の行動について、ツエクは一人早合点をしたと赤面する
その様子は見ていない様子にして、頭を下げるグラス
そして、ゆっくりと、それでいて、量の多い髪を一度ふわりと空へと投げてから
ツエクの横をすりぬけて消えた

「いい、匂いがする・・・」

残り香は、女が使う、もっともポピュラーな罠だとツエクはまだ知らない
柔らかさの残った唇と、てのひらを持て余し
去っていくグラスの背を見送った
グラスは、そのまま、その足で迷いもなく歩みを進める
向かう先も決まっている、やることも、どうしたいかも
何もかもが理路整然とした、それに従っていく
ただ、ひとつひとつ考えるにあたり、女王の不興を被ることだけは絶対にないように
それを、最も近くで働いてきた経験からか、体が覚えた、本能が悟ったそのルールだけ
違反しないように、上手に、くるくると

ゼーの部屋の前に来た、中からは、いつもの声が聞こえる
帰ってきてから、ずっとその調子らしい
リズの喘ぎ声は日増しに艶を帯びている、評判になるほどのそれだ
グラスはそういった状況も既に計算の内に入れた
今から、彼女がすることは、全て
とてもとても整えられた

マリーネの墓の前で悟った

己のあり方と、これからのあり方
それにとても忠実に、実直に、正直に
従った結果になるのだ、幕が上がる

「これはこれは、グラスさん」

余裕をこいた様子でゼーは、勝ち気な視線をとばしてきた
グラスは、それまでとは全く異なる反応を見せる
おぼこくがなり散らすようなことは、もう、絶対にしない
その現実を受け入れた上で、その川上に立つ

「精が出ることですね」

「なに、まもなく出陣ですからね、荒ぶる気を鎮めてんですよ」

リズが凍り付いたようになっている
ゼーに跨(またが)り、必死に腰を振っていたという過去が透けて見える
グラスはその事象自体には、全く気をかけることなく
ただ、ゼーに対して意識を向ける

「リズ、席を外しなさい」

「え?」

「外しなさい」

「ふぁ、ふぁい」

「グラスさん、それは・・・」

ゼーが苦笑いをするが、その表情に対して
甘い視線を投げて黙らせた
リズは、んく、抜き取る喪失感に軽い快感を疼かせつつ
とりあえずの姿を糺して、部屋の外へと逃げた

「どういうことですか?」

「どう、というほどではありませんよ、ゼーさま」

「これは、グラスさんに様づけで呼ばれる日が・・・」

冗談に笑っている
そんな様子だったが、目の前の女の挙動にその笑いが止まった
するする、グラスが脱衣を始める
いや、既に、下半身を隠す大事な部分だけが取り払われている
その女が、有無を言わさぬようにのしかかってくる

「な、ちょっと、どう」

「あんな小娘では、落ち着かせることもできなかったでしょう?」

同一人物なんだろうか
ゼーは狼狽えるが、マリーネの遺言の一つを思い出した
乱れるタイプなんだ

「冗談もここまでくる・・・っ!」

「ん・・・・ぁ・・・」

ぬち、
女のほとは、等しくこんな音がするな
ゼーなりに思う、さきほどまでとは全く異なる粘膜の感触
最中に邪魔が入って萎えるほど弱い男ではない
持て余していたそれを満たして貰えるならそれはそれ
調子を戻した若者は、そのまま、何一つ疑うこともなく
跨った年増の女を味わうことにした、腰に力を入れる、ぬい、一番奥までそれを撞き入れた

「どういう、風の吹き回しですか?」

「んあ・・・別に・・・ただ、あなたの役に立ちたいと思ったのよ」

「嘘だね」

「ん・・・んっ・・・本当よ、あなたの役に立って、あなたも私の役に立って貰うの」

女の目は円く開いた
ゼーは油断していたと、なぜか思った
一瞬、殺された、そういう過去形で物事を理解してしまった
跨った女は、艶めかしく躍りながらも、円い瞳でゼーを見つめる
睨むようではない、ただ、じっと、目を離せなくなる

「あなたに、殺して欲しい人がいるの」

「俺ぁ、暗殺者じゃねぇんだ、他をあたって欲しいね」

「そうかしら、白い騎士、奴を・・・」

グラスは派手に腰を振った、ひくひくとゼーの腹部が動いたのを見逃さない
そこでぴたりと動きをやめて、ゆっくりと腰を離す
ぬるぬるとした感触、グラスも自分のそれが精一杯に吸引しているのがわかる
だから、膣内が随分と圧縮されて狭く、気持ちよくなっている
だが、顔は、わずかに上気させるだけで乱さず
ゆっくりと抜いていく、ぬぽ、汁が滴る

「・・・・」

「マリーネの仇を取って欲しいの、そのために、あなたが全力を出せるようになるなら
いつだって、あなたの為に腰を振ってあげる、口に含んで上げる、両手で包みしごいてあげる」

「淫乱年増は始末にお・・・!」

ぐい

思いも知らないほど強い力で、ゼーは口元を塞がれた
女の細腕でそんなことができるとは
反射的に体を起こそうとするが、流石に情事の体勢から起きあがるのは難しい
いきりたったそれに、余った手が添えられた、そして、ゆっくりと優しく
だが、確実に昇るようなリズムで、ぬちゅぬちゅと音をたててしごかれる

「ほら、手でしてあげる・・・貴方は知らないでしょう?覚えたて、っていうのがどういうのか」

「んっぉんっ!!」

塞がれながらも、その手業に声を漏らすゼー
騎乗位というのは、女が主導権を握る体位だと知らなかった
下から突き上げて楽しむものだと思っていた節がある
というよりも、今まで、ゼー相手で上に出た女がいなかった
ある種、新鮮な快感を覚えつつある
しかし、されるままになるほど阿呆ではない、すぐに塞いでいた手をどかして
しごいていた手も取った、両手の自由を奪ってから、すぐに
ほとへと棒を差し入れる

「くぁっ!」

「あんま調子に乗られちまうとな・・・まぁ、いいさ、マリーネにあんたを頼まれてたんだ」

あんあんあんっ
グラスは嬌声を上げて、必死に何かをこらえている
だから、今の台詞は聞いていなかったように見える
実際は違う、マリーネという単語を聞き逃すほど彼女の耳は熔けていない

「明日、ヴェステンに出陣する、どうやら騎士婦人のキルシェが戻っているらしい、それを捕獲する」

「んあっ、、、あ、あああうっんっ!!」

「それを人質にして白騎士をあぶり出す、必ず、俺の手で殺す、別にあんたの話に乗ったわけじゃ・・・」

邪魔なことをいう口だ
グラスは、有無を言わさずに唇を奪った
腰を跳ね上げられて、じんじんと快感の波がやってくる
浚われないようにして、もう一度、主導を取り返す
丸い目で見つめる、今度は笑顔も付け足す、ゼーの腰が止まった

「いや、目の前に連れてきて、そこで殺して・・・さぁ、殿方、とっくりと吐き出しなさい」

妖艶な声が耳の裏あたりに留まった
ゼーは自分で腰をふることなく、その自分の陰茎を中心にして
腰をねぶる淫猥な物体をただ眺めていた
年上の女がよい、そういう問題ではないだろう、今までのどれよりも
いや、リズでは物足りなかった肉感がそこにある
しどけなくなった姿は、いよいよ頂点を極めつつある
はだけた衣服は、扇情の意味しか持ち合わせず
たわわに実った乳房を二つこぼして、ゆらりたゆりと
柔らかさの伝わるリズムで歪んでは丸みを取り戻していく

「く・・・・ぁっ」

「んっ!!!」

にゅるぅ
ゼーは、自分のそれが絞り上げられるような錯覚を持った
同時に勢いよく白濁した精液を吐き上げた
先ほどまで、何回戦と繰り返してきたとは思えない量が抜けていく
どくどくどく、付け根あたりを駆け抜けていく、ゼリーの感触が
ぞくぞくと、何度も陰嚢を奮わせた、腰が抜けるような快感
ゆらり、覆い被されるように、女の柔らかさがゼーを包んだ
脳が澱む、疲労感のようなものが残る
押しつけられる、柔らかい乳房の感触を確かめると、今一度唇を塞がれた
甘い匂いが鼻をくすぐる
仇、それが誰にあたるのか、余計なことをゼーは考えてしまう
だが、そう考えるからだろう

その後、グラスを三度抱いた
三度目は、眼鏡の顔にたっぷりと注いだ

つづく

もどる

遅れまして申し訳ございません
途中で、いきなり連載終了にしてしまおうかなどと
弱気なことを思っておりました
いや、今もすら

とかなんとか、今週末は大変恐縮ですが私事で行方不明となります
お休み予定で、あいすみません
(07/06/18)