Edelstein ”Karfunkel”


北の砦は雨が降っている
南港は晴れるだろうと誰かが言っていた

「・・・・・・」

ゼーは、地下牢に辿り着いた
何度も後ろを振り返り、誰も来ていないことを確かめる
違うよ、そうやって無為な時間稼ぎをしているんだ
自分を嘲り笑いたい、そう渇望するが
それを赦されない
北砦を陥落させた「大騎士」としての地位と己の権限に責務
もろもろの装飾が、これからの仕事を遂行させる

「・・・・・・ゼー?」

牢の主は、外の喧噪が静まったことを不審に思っていたらしい
いや、うまく脱出しようと謀っていたかのような
そういう気配があった
獄中のマリーネは入ってきた人物が親友であると見て
その捕虜生活の終わりを悟った

「マリーネ・・・・」

ぱぁ、マリーネは少し頼りないが
いつだって、ゼーに向けていた一等の笑顔を見せた
しかし、その笑顔は静かに薄れていき
やがて、牢獄に似合う、青白い表情に変わった

「喪章?・・・・そうか」

「そうなんだ」

「導師が、そう言ったんだろう?」

「そうだ」

「僕は邪魔者なんだなぁ」

「生きていられては、まずい」

喪に服した戦だったと喧伝されている
そもそも、虜囚の辱めを受けたという事実がいけない
マリーネは、紅の国が誇る騎士の一人だ
ゼーとの二枚看板は、現状で前線指揮官として最も名前が知られている
それが、敵に捕まることで、敵に交渉の余地を与えた
あってはいけない汚点になる

「後任は?・・・いっぱいいるか」

「そうだ、安心しろ」

「しくじったなぁ」

「まったくだ、朱騎士ともあろうものが」

「ゼー・・・・グラスさんを頼んだ」

「冗談言うな、会話すらできねぇよ」

「そんなことないよ、ゼーは、ほら、女にモテるじゃないか、扱いも解ってるし」

「バカなことを・・・」

「あれでいて、乱れるタイプなんだ・・・ああ、やり残しがあったなぁ」

「なんだよ」

「グラスさんの眼鏡かけてる顔に、色々したかったって」

下の話は自然と笑い話になるはずだった
だが、牢獄は相変わらず牢獄のままで、外の雨音だけが
しずしずと空気を冷やしてしまっている

「長話はゼーにとってよくないな」

「・・・・」

ゼーは少し狼狽えてしまった
できれば、なんとかしたい
殺したことにできないかと、そんなことまで考えてしまう
粗暴で冷酷で、情に薄い男だと思われているが、
ゼーはマリーネに対しては、そんなところを見せなかった

「朱騎士として、立派に死ぬよ、その前に軍人として言うことがある」

「マリーネ?」

「相手の白騎士はどうした?」

「・・・・逃がした、が、今追っ手を出している直に捕まえられる、あれがどうした?
ツィーゲルの傭兵隊長らしいがな」

「違うよ」

マリーネは、とん
投げるような言いぶりで、はっきりとゼーの言葉を否定した
強い調子に驚き、自然と耳を傾けてしまう
マリーネはじっと、ゼーの顔を見て言葉を絞る

「英雄騎士だ、前姫様の近衛だった、マイグレックヒェンのアルだ、アルカイン・シュナイダーだよ」

「・・・・」

「だから、今回の相手は姫様だ・・・まずい、と、思う」

朱騎士として、女王に近しい場所で働いていたからわかる
政治的意識の萌芽、何が具体的にどのようにまずいのかは
まだわかりはしないが、コトが大きくなっていくだろう予測ができる
マリーネはそこに不安を訴えている

「・・・だから?」

「ゼー・・・」

「そんな居ない人間のことなんざ知らねぇし、興味もねぇ、俺もお前も女王様に仕えてるんだ」

ゼーは、瞳に怒りを宿している
マリーネはそれを見て
また、微笑みを向けた

「かなわないなぁ」

「だが、その情報に意味はあるさ、俺達二人が手玉に取られた相手の素性がわかった」

「ああ・・・それについてだけど、噂の、と言っていいのか、教科書の通りだった」

「なにが」

「英雄騎士アルはヴェステンとの戦で肩を痛めたのは確かだ、剣の使い方に偏りがある」

「!」

「あの捻り突きは、間違いなく肩を庇うために編み出した技だ」

「解ってる、あれを出させなきゃいいんだろ」

「違うよ、あれを出させて潰すんだ」

マリーネは片隅に立てかけてあった自分の剣に手を伸ばした
ゆっくりと構える、暗がりでよくわかっていなかったが
全身に治療痕が施されている、捕虜としてそれなりに尊重されていたのだろう
包帯は、とりわけ左肩に著しい

「その肩・・・」

「名誉の負傷だろう、英雄騎士と同じ傷を持ったんだ、はは」

言いながら、マリーネは剣を躍らせた
何度か振った後、脂汗をにじませながらも、腕のふりを確かめている
ゼーは、無理をする怪我人を前にして、慌てる

「傷を負って解ることがある、あの技、きわめて合理的なんだ」

「マリーネ、包帯、お前、傷開いて・・・」

「ああ、気にするな、どうせ・・・まぁ、毎回開きながらも練習したんだよ、見てくれよ」

言うなり、ゼーは思わず自分の剣柄に手が伸びた
目の前に、数週間前の悪夢が蘇るかのように
一瞬背を丸めるように小さくなったマリーネ
その姿にすら恐怖を感じる、経験が語りかける恐怖だ
ここから、伸びてくる、間合いを空けよう、危ない
全身が悲鳴をあげて、ゼーは思わず後ずさる

ず、ぅんっ

「!!うわっ!!!」

間合いを外した
ゼーの予想を裏切る、遙かに踏み込まれた突きが
目の前で終わった、マリーネはいよいよ汗を白く滴らせている
肩で息をするような仕草、違う、痛みを堪える呼吸だ

「どう、全く同じだったかな?」

「マリーネ・・・・紅の国一の剣士はお前だ・・・間違いがねぇよ」

「嘘さ、ゼーが本気で練習するようになったら」

マリーネの言葉が切れた
ぐっと、目をつぶって痛みにうめきを漏らした

「いいかゼー、この技、捻り突きに見せて、ただの踏み込み上段なんだよ」

「嘘だ・・・どう見ても」

「捻るのはフェイクだ、突きに見せかけるための囮だ、脚技なんだこれは」

ゆっくりとその道筋を再現する
踏み込みの脚数が多い、細かい体重移動から
一撃の捻り突きと同じ体の動きを虚像として浮かべる
上半身が描く軌跡は突きのそれのまま、だから、一瞬の戦でその正体を見破ることはない
突き技と思い左右に避ければ撫で斬られ、
下がって対応をすると捻り位置よりも遙かに前へと出てくる上段の餌食になる

「僕は、あの時、横から見えたから・・・」

台詞は尻窄みとなり、力無く笑うマリーネ
横から見た後、それに気付いて、目の前の親友をかばった
そのために今、こうなっているのだ
言外に消えた言葉が何かは誰にもわからない

「さて、そういうわけだから、ゼー、これを破るには?」

「前に出るのか」

「そう、間合いを潰す、だがそれはとてつもない勇気がいる」

マリーネは呼吸を大きくさせた
何度か、深呼吸のようなものを見せた
そして、もう一度剣に力をこめる

「ゼーなら大丈夫だ、紅の国一の勇者だろう」

「マリーネ」

「お前ならできる、さ、練習だ」

今までで一番の大きな声だ
そして、さっきとは全く違う、気迫の込められた
殺気にも似た視線が飛んだ
反射だ、軍人をやっているからその手に慣れている
ゼーは、自らの意志を超越したものに突き動かされる

ざっ

目の前で、朱騎士は背中を見せて丸まった
その仕草を目の前にして、ゼーは剣の柄を強く握る
そして、勢いよく抜き放つ
その頃にはもう、マリーネの突きが発動している
捻りが加わった、相変わらずの恐ろしい技に見える
しかし実情は違うと説明された、そう見るとなるほど、突きと見ていたから
視界に入らなかった剣先が、今はしっかりと見える
下から上りながらの上段という、不可解だが、敵の虚を食らう斬撃

ゼーは目を見開いて、目の前の男の様を焼き付ける
閉じこめられていた力、破壊力が解き放たれる瞬間
稲光に似ている、ゆらり、空が揺れるように紫色に染まる
今は、目の前が紅く染まろうとしている
朱鎧の色、それが殊更似合う男、騎士の肩口から
閉じこめられていた力とともに、血が滲み出て、鮮やかな色合いを見せる

ず、ばっ!!!!!

三歩の移動をもって、この技は完成される
その二歩目の着地を狙って、ゼーの体は死地へと飛び込んだ
間合いが消失する、それでもその狭い中で
破壊力は大勢を失うことなく、死の臭いをまとい全力でゼーに殺意を向ける
訓練された軍人は、相手の攻撃力に対する鏡だ
ゼーの持つ蒼い鏡は、朱色の攻撃性を反射する
神話の女神が持つ、反射の蒼鏡盾、朱と蒼が混じる

ど、ぐ

ゼーは天性の技術を持っている
さきの話で攻略法について、既に自分で見つけていた
そして、それをそのまま、思いついたままに実戦できる
だから、練習をあまりしないし、常に強者でありえた
目の前の、気付いてから練習をして体得せねばならぬ不器用な男とは違う
その差が、現在を作った

「マリーネ・・・」

「見事・・・やっぱり、かなわないなぁ」

「・・・上から見てろ」

「何を」

「白騎士が死ぬ様をだ」

「僕はグラスさんのことの方が・・・」

「・・・それも、引き受けた」

「は、寝取られかぁ、・・・・かなわないなぁ」

朱色の鎧を着た骸が一つ転がった

「軍師殿・・・・お久しぶりですね」

「遅くなり、申し訳ございませんでした」

城都に光が戻ってきた
女王はそう叫びたいほどの喜色をあらわにしている
これでなんとかなる、きっと大丈夫
全幅の信頼を寄せているとは、こういうことを言うのだろう

「南で、圧勝だったとか・・・・流石軍師殿、そなたの勲章がまた増えることとなりますね」

「いえ、未だ微力を尽くしたに過ぎません、しかも敵の前衛を崩しただけで
多くが南港に駐留しているまま、奪還してこそとなるでしょう」

南港から北上し城都を目指してきた敵軍は
この軍師殿が計略を託した防衛軍によって、散々にうち破られた
城都には相当の情報統制が敷かれているから
ブライテストタールが陥落した様は伝わっていない、だが、苦戦しているという雰囲気だけは
不思議と漏れて伝わっていた
その暗い靄を振り払ったかのような快勝の知らせ
軍師殿が直々に持って現れたのも、強烈な印象を与えて
味方全ての心を大きく奮起させた

「街の様子を見ましたか?」

「国民が強い心を持つ、全ては女王様の政治のたまもの」

「よく言う、あなたの計略のシッポでしょう、おべんちゃらは好みません」

女王は既に知っていると言っているが
決して、驕らない軍師殿にまた信頼を増す
彼女は色々な人間を見てきたおかげで、大成する者とそうでないものの
目利きに優れている
喧伝するばかりで何もない者、喧伝して実際に行う者
だが、軍師殿は
何も言わず、誇らず、驕ることがなく手柄を届ける使者でしかない
しかない、という言葉を褒め言葉としてみたくなるほど
あまりの忠義を示す
そこに、女王として最大の信頼を寄せるのだ

「まだまだ油断はできません、戦勝として報告をさせていただきましたが、その実は足止めした程度です」

「そう、なのですか」

「はい、相手はあの姫君、これで勝てるほど甘くはないでしょう」

いちいち、私の心の不安を払拭してくれる
女王は聞き入るようにして、一見讒言のような言葉を
甘く味わう、その危険を知ってなお、これからこの男は戦うのだと

「政治的にどうするか、おそらく、暫く静かだった諸国から同盟に基づいた使者等が来るでしょう」

「そう、そちらについてのご相談と思い、帰って参りました」

「どの国とどうしますか?」

「その前に、この場にツエク様をお呼び頂けますでしょうか」

「ツエクを?」

女王は訝しく思う
そのため、聞き返す調子で言葉を与えた
返答を待つ、凛々しい表情から言葉が戻る

「政治に少しだけ関わり合って戴きます、ちょうど、とは言葉が憚れますが、
ツエク様に王道をお教えするよい機会だと・・・」

「わかりました」

言うと、側にいたグラスが消えた
ツエクを呼びに戻った様子だ
その間に、女王と軍師殿は現状の確認を行う

「北砦は既に取り返されたのですか」

「早馬が告げにきました、ただ、代償としてマリーネを失いました」

「それは・・・・大きな痛手です」

「私の失政です、グラスを悲しませる」

「その理由、失政の因をわかっておられますか?」

「無論、しかし、国家とマリーネを比べれば、マリーネを犠牲とするしかできませんでした」

「言葉が過ぎました、もとはといえば、私が席を空けたことがいけませんでしたから」

「軍師殿のせいではあるまい、私を責めて欲しいのだ、賢くなりたいのだ」

軍師が頭を垂れる
マリーネが死ぬというのは、死地へと赴かせた司令官に問題がある
今後のことを考えれば、マリーネやゼーといった優秀な騎士隊長を
先遣隊として使うべきではなかった
軍師殿ならそうしただろう
しかし、その時軍を率いたのはグイ導師
彼は、生き死にと政治に対して頓着が少ない
彼が死ぬのは定め、生きるのも定め
そういった言葉で誤魔化して、彼の利益となるような戦術と戦略が組まれている

「グイ導師が、少々やりすぎですね」

「そう、ですか」

女王は静かにため息をついた
必要悪という言葉を認めたくない
いや、悪となるかは、使い手次第である
それを自負して、女王ならばうまく使うことができる
そういう自信によってグイが暫定司令官になった
誰にも言っていないし、周りから見たら当たり前の人事配置だが
配置を行う人間にはなにかしらの信念がある
その信念に基づき、何かを失うことがある、そういうことを学んだ一事だ

「もっとも、生き死にに差はあれど、私もおそらく同じようなことを考えたと思います」

「軍師殿・・・」

「なので、また、私が南前線へと戻り、敵を港から追い出します」

「海上決戦、で、よろしいのか?」

「最上でしょう、流石グイ導師です、その慧眼はお噂の通りです」

「神の眼な・・・」

侮蔑に近いものを少し投げた
神を信頼しない人なのだ
軍師殿も宗教に関心はない、便利だとは思っている
だから、グイ導師とはもう一つ、付き合いを深めることができないのだろう
ほどなくして、ツエクがやってきた

「では、お話しましょう、これからの外交についてです」

軍師殿がよどみなく国名を挙げていく
そして、それぞれに対してどうするか
地図を見ながら、じっくりと二人に言い聞かせるように
示していく
教示というのだろう、授業が始まる

「姫様・・・あまり出歩かれては」

「なに、その内出歩けなくなるのだ、そうなってからでは遅い」

豪奢
そういう言葉が似合う、蛮族の女王と言われても信じられるような
実に色彩に溢れた、派手な服装で歩いている
獣の毛皮を中心にし、白い虎の毛皮、豹の皮、鷲の羽
それらを衣と服飾に用いている
ベルトはは虫類の皮が使ってあるらしく、それぞれに銀の留め金と
瑠璃で飾り付け、緩やかに二重に巻かれ、細い腰を際だたせる
何よりも、宝石のそれぞれを、この紅の国で最上とされる石を一切省き
虎眼石、翡翠、瑠璃、琥珀、水晶、螺佃
単体で使えば、いずれも蛮族のそれと罵られるものを
一等にコーディネイトしてある
誰が見ても、そのセンスに圧倒される、美しい迫力を持つ
こうすれば美しいと誇示している

「しかし、共の者が少なくありませんか?」

「充分だろう、占領下である、デハン教の治安公殿は手が早い、というよりも素晴らしい、
一瞬にして敵地に占領統治を敷くことができる、ああいう部下が欲しいものだ」

暗にして、アルではできないと妻に告げているが
それは、妻であるキルシェもそう思っている
姫様の相手をしつつ、慣れた調子で歩く姫君に遅れまいとついていく
馬車ではない、歩いている、馬車は後ろをついてくる

「どこへ向かっておられるのですか?」

「思い出の旅」

「姫様」

「キルシェ、そなた最近、侍従長のようだな」

「な」

顔を真っ赤にする貴婦人
その様子を面白そうに笑うと
冗談だ、なんて楽しそうに呟く
子供のようだ、子供なのかもしれない
騎士婦人は苦笑してついていく、だが、その笑顔が一瞬強ばった

「何を戸惑っている?」

「姫様・・・」

「ここは、ご高名な紅の国女王陛下の生家である」

「生家?」

キルシェは狼狽する
目の前には港によくある売春宿が立っている
いや、噂に聞いたことがある
これは売春宿というよりも、奴隷商のそれではないか
石を積み上げられた薄暗い建物
表には人相の悪い男が立っている

「中を見てもよいな」

「へい」

下男のような姿をしている
相手を見て、目を円くしていたが
それを姫様だとは解っていない様子だ
街辻の人間が、まさか、前姫様がここにいるとは思っていないのだろう
この土地は先の通り、治安公により統治がなされている
威光は利用されていない、そもそも前姫様の顔を一介の市民が知るはずもない

「これは、ご婦人、お求めは?」

「部屋で待っている、適当に何人か連れて参れ」

「かしこまりました」

慣れた様子に、多趣味な金持ちだと判断したのだろう
館長は懇切丁寧に対応をしたあと
おそらく、一番の上等な席へと連れていった
そこに、姫様とキルシェがいる
目の前に、何人かの子供が連れてこられる
男女まじっている、どれもこれも、瞳が濁っている

惨い・・・

キルシェは凝視できないような事実だ
そう思って、憐れみを視線に乗せそうになる
その瞳に気付いたのか、不思議そうに子供は彼女を見る

「背けるでない、これを受け入れねばならぬ身分であろう」

「姫様?」

「これは貴賤の問題ではない、弱者は必ず産まれる、そして残念ながら
産まれた時点では等しく弱者だ、その時に運の善し悪しによって
こうなるのと、そうではないのが出てくる、簡単な世の中の仕組みの話だ」

姫様は立ち上がって一人一人をよく見てまわる
そして、気に入ったのであろう、何人かを馬車の方へと向かわせた
それに入らなかった子供は、そこで落胆するとも思えたが
決してそうではなかった、感情がないのだろうか
キルシェの想像力は可哀想というフィルターで濁っている

「不思議に見えるか?、あれは、安堵と不安が混じってるのだ」

「それは」

「わからぬ主人の下へ行く不安と安堵、そういうことだ」

「そんな・・・しかし、姫様なら幸せを与えて・・・」

「わかるものか、それにだ、実際はああいう輩ばかりなのだ」

特等の部屋だが、勝手知ったるようにして
隠し窓を探り当てて、そっとそこから他を覗いた
別の貴族なのか、富豪なのか、わからぬ者が卑下た笑いを漏らしている
目の前で、幼い男女をまぐわわせて、
その様子を見ながら手淫に耽っている
耐えられない、思ったのか、キルシェはすぐに背けた
姫様は、冷たい瞳でそれを見ている

「男は、たいていがああいうことをするのだ、アルはしなかったか?」

「姫様・・・それはどういう」

「どう、というでもない、アルが言わねども知っていよう」

「姫様・・・」

「運の善し悪しで、ああなる、それを知っているのだ私は、頭だけでなく・・・」

珍しく多くを語る
どういう風の吹き回しなのだろうか
決して自分を語ることのなかった姫様が、キルシェにこんこんと色々聞かせる
姫様がこの国の一等座につく前にどうあったのか
その暗黒の歴史を少しだけ教えているように思われる

彼女は一時期囚われの姫君として奴隷に近しい扱いをされたことがある

それを姫以外に知るものは、アルしかいない
キルシェは、まだ、その過去を知らないで
ただ、目の前でぼうぼうと語る人を見ている

「もっとも、男ばかりでもないがな」

言うと突然、姫様はキルシェの唇を奪った
不意を付かれたからだろうか、まともに奪われて
しかし、振り払うわけにもいかない
甘く、それを受けるしかない、だが

うまい・・・・やだ

年増の女が、年下の女にキスだけで籠絡される
とろり、ゆっくりと甘いものを交換したような
不思議な感触が残る
フレンチなそれを少しされた後、今度は強く求められるような
舌を絡め合うキスが見舞われる
背はキルシェのほうが高い、だから、背伸びをした姫様がキルシェの首に手をまわし
ぶらさがるようにしてそれでも離さない

「ん・・・・む・・・・」

くぐもった声をあげてしまう
求められるだけのキルシェ、応えてよいのか戸惑いがあるが
やがて、開発されたかのようにして、気付けばキルシェから差し出している
官能的な絵面で二人は唇で繋がる
柔らかさ、厚み、温かさ
それよりも、口内の粘膜を感じる行為、そこに背徳とまでは言わないが
よろしくない、そう思わせる甘美が匂う

「ほら、やはり溜まっているではないか」

「ずるい、姫様」

お互いを間近にしつつ、静かに言葉を分け合った
突然、どうして姫様がそうしたのかわからなかったが
腰が砕けたように、温かい物を身に宿した自分に気付き
じっと、身をよじってしまう、はしたない、そういう羞恥がキルシェを小さくさせた

「姫様、まさか、私の口うるささを封印しようと?」

「さて、な」

姫様はもう飽きた様子でそれに執着しなかった
キルシェは頭がぐちゃぐちゃになりそうに意識をどうかさせてしまう
だが、体は途端に緊張がほぐれたような、ああ、この快感に似たものを
夫に求めていたなどと、否応なく思い出された
好意的に見れば、緊張し続けた自分を解放してくれたように思う
しかし、ただ辱められたようにも思う

いや、それよりも

キルシェの中に、ずっとくすぶっている疑念に似たものがある
この姫様と夫である騎士はどのような関係なのだろうか
主人と犬である、その事実は既に知っている
そして、必要以上とも思われるほどの恐怖を夫がこの主人に抱いているのも解っている
その恐怖については共有できる部分も多々ある
だが、それは言外に置くとして
この姫様と肉体におよぶ関係は本当に無いのだろうか

「見てみよキルシェ、変態の見本市は面白いな、あの紳士は罵られることで果てる様子だ」

面白そうにそれを眺めている
キルシェは、そのような趣味を本か何かで読んだことがある
いや、皇女として恥ずかしくないように、相当の閨房術に関わる英才教育を受けている
だから、色々な趣味、というのに造詣が深い
男は恐怖が突き詰まると、はしたないことに勃起を催すことがあるなどと

もし、あの人がそんな趣味なら・・・いや、それはない

女神に近い崇高な存在にそのような憧れを抱くのか
夫を理解できていない自分の不徳を哀しく思う
様々に憶測をしてしまう
疑えば疑うほど、何か、自分がとても哀しい生き物に思えてくる
キルシェは孤独を覚えてしまう、アルを失うことに寂寥が漂う
彼女の本家であるヴェステン・ヘヴォン家は没落した
もう無いのだ、それも哀しい、しかし
没落する前、彼らによってキルシェは殺されそうになったことがある
その事実が、荒野を包む絶望的な寂しさを纏わせる
孤独は、人を平等に苦しめる
キルシェにとって、アルは掛け替えの無いものになっていると、改めて自覚する

「さて、政治配慮が必要になってくる時分に至った」

「姫様」

「皇女、貴女にも御出陣戴かねばなりません」

「私に戦の才など・・・」

「そんなことは求めていません、統治をお願いいたします」

「統治?それは・・・まさか」

勘のいいことだ、流石、見込みがある
姫様は、非常にこの女性を評価している
それは誰にも言っていないし、本人にも告げていない、知る者はいない
しかし、その素晴らしい原石は未だ削りが甘いと見ている
静かに、もっと、優秀な統治者となる資格がある

「ヴェステンの統治」

キルシェは黙った
この女性は、やはり、恐ろしい人なのだと感じた
しかし、また別の頭で考えてしまう
祖国を戦場とせねばならない、祖国を攻め取らないとならない
そうなのだろうか、違う、言葉の裏を読み取らなくてはならない
戦場としたくなくば、外交戦術で籠絡せねばならない

「政治、としたいのでしょう、皇女」

「・・・わかりました、至らぬ夫に代わりまして」

「よろしく」

言い終わると、用事が全て済んだらしく
姫様は帰路についた
帰りもやはり歩いていく、馬車には何人かの子供を入れている
それをどうするのかはわからない
キルシェは、次の目標を決めている外交という形で
どうにか祖国を戦火の餌食とさせない
そう焚き付けられたのかもしれない
それが出来そうなほど、体、いや、精神がリフレッシュされている
どうしてかと考えて、己の唇をそっと撫でた

どこまで、誰が、どれだけ躍らされているのだろう

姫様の横顔は子供のように嬉しそうで
衰えぬ美貌を異情緒に包み込み
往来を闊歩する

つづく

もどる

はい、またもエロシーンおあずけー
す、すいません、前回あの引き方で放置プレイかよと
そういう趣味じゃないんですが、ご、ごめんなさい
謝りたおしながら、また進めます
というか、一話の容量を小さくするところから始めます
(07/05/28)