Edelstein ”Karfunkel”


ブライテストタール再び陥落

「他愛もない・・・」

杞憂で終わってしまったことに、いささかがっかり感を覚えているグイ
目の前では、もうもうと戦果を報せる煙が上っている
戦の習わしに従って、街内では暴虐の限りが尽くされている
ついこの間まで友軍だった兵隊達を、のきなみ殺し尽くし
暴虐の限りをここでのさばらせる
全て、グイが達したそのままに、信者達は振る舞っている

「た、助けてください、ぐ、グイ導師、ああ」

「どうされますか」

「殺せ」

ぎゃああああああああああっっ!!!
断末魔は、そちこちで上がっている
裏切り者は許さない、そういう姿を見せているらしい
今回は特殊な例とはいえ、敵方にほとんどの損害なく統治を許したことが
一つ、大問題であった
今後、同じようなことがあっては様々に困る、その轍を破るため
グイは、そうやって皆に説明をしたうえで、心のままに、戦風景に相応しいように
殺戮と暴虐で彩ることを赦した
真実がどこにあるかはわからない、ただ、殺したかっただけかもしれない

教団のエリート部隊については、統率のとれた、軍隊演習の一環かと思われるほど
非常に美しい、戦争賛同者が心から羨み、褒め称え、発狂するほどに整った暴力が振る舞われた
等しく死ぬことに代わりはないが、その罪によって、死に至る行程が違う
兵として荷担せず、ただ、生活をしていたものは
抵抗したものは、容赦なく、一撃で殺された
ただ、彼らは数人が殺されたところで命乞いに走ったので、ほとんどの損害を出していない
街を守る兵として役についていたものは、
兵隊として相手をされ動かなくなるまで攻撃を浴びて死んだ
裏切り者という烙印を捺された上で死ぬ、実に不名誉極まりない死を見舞われた
そして、デハン教徒は

「戦艦も取り返しました、ただ、火石の倉庫にデハン教徒の残党が立てこもっております」

「全てか?」

「は?・・・」

一瞬、何を言われたか、聞き取れないほど性急な様子で
グイは、目を剥いて伝令の男につめよった
慌てたまま、すぐに応える

「全てであります」

「よし、エリートを呼び寄せろ、私も向かう、他の者は鎮圧に向かえ、船の整備も怠るな、すぐに出る」

「そういえば、元領主の血族を名乗る輩が・・・」

「っち、興を殺ぐ阿呆めが・・・まぁいい、ここが終わった後の統治をさせる奴だ、適当に歓待しておけ」

「はっ」

面倒そうにグイは、この後、この街の盟主となる男をあしらった
今は、そんな些末なことにかまっている時ではない
デハン教徒を殺す、誅す、殲滅する
足音は自然と高く鳴る、かんかんと渇いた音を響かせて
肩で風をきってグイは向かった

「どうだ」

「グイ様・・・相手方、30人程度の様子です」

「30人?・・・」

じろり、グイは男を睨み付けた、全てが揃っていると聞いていたのに
いささか数が少なすぎる、それに怒っている
すぐ理解した従者の一人が、か細い声で付け加える

「他のは全て、あのように・・・」

敢えて言葉では告げず、視覚で満足を味わわせるため
指をさした、その先に骸が転がっている
派手に引き裂かれたそれは、屠殺場を思わせるようだ
気の早いカラスが、そちこちをつつきわめいている

「子供が腕だけ並べて、マドハンドなどと笑っておりました、流石に叱っておきましたが」

「見込みのある子供たちだ・・・それよりも30人が、火石のそれとは少々厄介だな」

「元々の領主が随分ため込んでいた様子、多くが先の船に積まれたらしいですが、
まだ相当数が残っていたらしく、自爆するつもりかもしれません、量によっては厄介です」

「それはありえんな」

「どうして」

「あいつらの教義が自殺を赦すまいて」

渇いた笑いを導師は浮かべる
相手に対する侮蔑が隠されることもない

「成る程、合点がいきました、デハンの犬どもがどうにか投降の様子を伺っている理由」

「投降?改宗するとでも抜かすのか」

「いえ、捕虜にでもと思っている節が」

「捕虜・・・いいだろう、使い番、投降を赦してやれ」

使い番は導師自らに声がけされたことに昂揚を覚えつつ
特使の旗をふりながら、火石の倉庫へと駆けていった
扉の外で何事か言った後、ささ、扉が急に開き人質かくやと捕まった

「予想通りですな」

「奴らも保険が欲しいのだろう・・・現世にしがみつく異教ならではだ」

グイは楽しそうに見ている
グイの視線から、捕まった使い番の生死如何が完全に欠落している
この交渉は、ハナから結果が決まっているのだ

暴虐が支配し、その主君であるこの男の前で、法と呼べるものは

「全員なのだったな」

「はい」

ゆっくりと目の前の扉が開き30人が人質を前にして出てきた
何事かを訴えかけているらしい、それを炎のようなまなこで睨み付け
グイは堂々と風を受けている、自然、彼の威風に気付いたデハン教徒が
彼に向かって視線と声を届けるようになった
目を奪われているとも知らず

「我々は投降する、この火石も引き渡します、人質として政治交渉の材料となるべく・・・」

「手配、整いました」

にや、グイは笑った
最初から最後まで、デハン教徒が何を言っているか「見て」いるだけだった
楽しそうに笑う、そして彼らがまだ何かを喋っているのを遮り、雄々しく吼える

「殺せ!!!」

どぉっ!
空を真っ黒に覆うほどの矢弾が降り注がれた
呆気にとられる異教徒どもは、阿鼻叫喚のまま地面に倒れ伏した
数人があわてて逃げるように倉庫へと駆けようとしたが
既にそちらにも手がまわっている火石の確保が一瞬にして完了され
彼らは、使い番の人質とともに一人残らずが矢の餌食となった
ついでに言うと、散弾がいくつか味方打ちを引き起こしている
30人相手に味方の損害も同程度以上出した
だが、誰もそれに疑念を抱かない、グイが全ての事象を赦して笑っているからだ

「何人残っている?」

導師は戦果を確かめる如く近づいた
矢は愚鈍な先端のものばかりを使った、えぐるように刺さるか、よければ打撲程度で済むようになっている
生け捕りとするための矢と言える、ただ、死なない程度、あるいは死ぬまで時間のかかる傷を負うこととなる

「10人・・・・、意外と少ないようです」

「お前ら張り切りすぎなんだよ」

グイが楽しそうにすっかり、言葉を崩している
エリート達はグイのそういった表情を古くからよく知っている
だから、気に留めない、むしろ、好ましく感じている
導師として位を極めたばかりに、様々居心地悪く窮屈そうにしている彼が
戦場で、戦争指導をする
その嬉々とした様子に、ただ、相好を崩す

「貴様・・・バンダーウ・・・9区の司祭・・・戦神と呼ばれた忌み子か」

「ほぅ」

呟いて、グイはその最後と思われる呪詛を呟いた男に
まったく無慈悲に、完全な悪意をもって足蹴をくらわせた
足の裏を高い位置で一度とめてから、踏み込んでにじる
四股を踏むように、しっかりと全体重を振り上げた脚へと移動させて
ただ、愚かな言葉を口走った、たわけた口穴に向かって足を振り下ろした
どぐむっみじみじっ、鈍い、とは違う、形容しがたい不気味な音をたてて
ぽろぽろと、何本かの歯が漏れて落ち、血涙が床を汚した

「っ・・・っ・・・っ!!!」

グイはそのまま、瞳に狂気を躍らせて
何度か踏みつけなおして笑った、ずむずむと、動かなくなるまで
執拗に、逆らうことがないように、なによりも

「我が怨み、思い知るがいいっっ!!!」

気付いたら、グイの瞳は大粒の涙を零している
危険な男だ、情意に振り切れすぎる、その危険さが信者をひきつける
涙の意味は重い、不思議と、泣きながらその残虐を働くことで
グイは悪虐を尽くすでなく、その虐を己にも課している

グイ導師は、積年の恨みを晴らしつつも、その行為に煩悶し涙を流している

信者にはそう見えてしまう
信仰とは恐ろしい、誅戮が、一方的な暴行が、残虐非道が
美徳と愛に彩られてしまう

「他のは貴様らに任せる、適当に、そうだな休憩を兼ねておく、今夜は満月だ、夕餉後、船を出す」

「かしこまりました、グイ様」

「グイで、かまわん」

口癖のように、己と他信者が対等であると言い、グイは背中を見せた
恐怖に凍り付いたデハン教徒達は己の運命を呪った
だが、それでも、最後にデハン神へと祈りとすがりと許しを請うた
彼らもまた、優秀な宗教人なのである
か弱き、己の運命を神に委ねる人間なのだ

ともかく敵性因子は、殲滅がなされたのである

肥え太るであろうカラスの、黒々とした羽の艶ばかりが
赤色を飲み込んで、血潮渦巻くこの街で
歓喜の声を上げている

「最早これまでと見ました」

よく通る声だ
アルはそんな、ゴンロクの特徴に感心してしまっている
喧噪は、いよいよ、身を竦ませるほど猛々しくそこかしこで暴れ回る
音や声や、波動の全ては発せられた瞬間から消滅するまで
ただ、己の発現を達するために、乱れ狂い抗い、暴れ回るものらしい
アルとゴンロクは、そんな喧噪の中で会話をしている

「ゴンロク殿は、本当によい声をしておられる」

ぎよ、ゴンロクはアルが狂ったのかと肝を冷やして、面構えを確認した
見て、改めて肝をさらに冷やす、もはや凍らせる
剛胆とはこのことを言うのやもしれぬ
相当数の戦場を駆けめぐり、何度となく死を覚悟し、今となっては、
死ぬことに恐怖を見いだせないようになった
そう自負しているゴンロクだが、その彼から見ても、あまりに落ち着きはからっているアルは
人間とは遠い生き物のように思えてならないらしい
迫り来る恐怖に無頓着なまま、平生、暇になった時にでも伺う些末なことを指摘する

「や、すまない・・・本当に感心してしまったものだから」

「いえ、褒められるのは、いささか慣れておりませぬので」

「それは良かった、私など、未だ褒められたことがありません」

二人は冗談に、軽い気持ちと薄い笑いを覚えた

「外郭が陥落しました、表門も突き破られた、ここも時間の問題でしょう」

ゴンロクは冷静に、今、どうなっているかを説明する
お互い解っていることを、改めて確認する業務だ
指さし確認をしていくように、一つずつ、絶望に近づいていく事象を並べる

「目的は達成できました、姫様の命令通り、敵部隊を分裂させ気を引けましたから」

「それは何より」

ゴンロクは深く頷いた
男が一つの目的を達したこと
その大事件に相好を崩してしまう性質らしい
元来が、いい男なのだ

「無論これは、ゴンロク殿達、極東団があったが故」

「それは買いかぶりすぎ」

「いえ、ほら、私が連れた男どもは皆、逃げ散ってしまいましたから」

空虚な部屋いっぱいにアルは両手を拡げた
広々としたそれだが、迫り来る、圧迫される、重圧がある
その中を泳ぐように手振りを交える

「それは、貴方が逃がしたのではないか」

「!」

アルは顔を真っ赤にする

「昨夜、逃げていく、いや、逃がすように、まぁ下手な芝居を打つものだと・・・『あー、これは勝てない、負ける負ける』」

「見ておられたのですか」

「いや、夜中に、なんだ、演劇の練習が始まったのかと思って・・・うくく」

「ゴンロク殿、戦場だ、笑顔を零す場所じゃない」

「もののふは、戦場で笑う生き物だ、さて」

ぱん、木綿の手袋をはめているのに
どうして、こうも渇いたよい音を鳴らせるのか
アルは、また、表層のことに心を奪われたが、ゴンロクの柏手が全てを現実に引き戻した
戦場に戻る、死を隣り合わせるための儀式

「ゴンロク殿達にすっかり甘えさせて戴いたのは事実、だから私も共におりますよ、私は逃げません」

ゴンロクは、何も言わず、具足の具合を確かめている
弛んでいた緒を締め直している
どっしりと腰を落ち着けて、戦装束に触れる姿は
神々しさに似たものがある
精神統一の一環でもあるのだそうだ

「ゴンロク殿?」

「さて、アル殿、仕度はよろしいか?」

「あ、ああ」

「では、脱出を謀りましょう」

こともなげに言うと、がばり、立ち上がり
外の様子を伺いはじめた
呆気にとられて、声もでないアル、だが目の前の男は
らんらんと目を輝かせて、死地でしかない戦場を眺めている

「人数が多いせいか、城落としにかかってからだぶつきが出てます、面白いことに真正面が一番薄い」

「ゴンロク殿!」

「あの厚みならば、10騎もおれば血路が開けます、貴方を逃しますよ・・・幸い雨だ」

「何を言っているんだ、なんのために、私にもあなた方のような雄々しい生き様を」

ひらり、ゴンロクは懐から二つの封書を取り出した
一つは既に封が切られているらしい
まず、そちらをひらひらさせながら言う

「これは、私が姫様より頂戴したものだ、何かは・・・・もう、解っておられるようだ」

ごくり、アルは喉をならす
目の前でおろそかに扱われている紙は
見間違えるはずもない、紅の国、姫様直々より賜る命令書だ
公式文書、正真正銘の本物
そのやや黄色みを帯びた羊皮紙は、えんじ色の封蝋がちらりと見えている
アルには、その重みはわかるに過ぎる
口うるさく何かを言おうとしてた姿は凍り付き、死の迫る戦場に相応しい表情を作った

「こちらはそなたの分、ちなみに私が受けた物にはある命令が記されていた」

「まさか」

「そう、貴殿を姫様の下へと再び帰すこと」

姫様が自分のことを・・・
アルは、事実に思考の全てを奪われている
今この場に暴漢が入ってきたら、一番最初に殺されてしまうだろう
完全に無防備だ、どれほど心を奪われればこのようなことになるのか
ゴンロクは目の前の不思議な生き物をついつい観察してしまう
主従、と呼ぶにはいささか
下品な勘ぐりとは全く別の、だが方向としては間違っていないのかもしれない
そういった関係を、騎士と姫の間に見つける

「そういうわけだ、勝手に死に急がれては困るのだ」

ゴンロクは完全に仕度が整ったらしく
少しばかり関節をほぐす動作を見せている
外の喧噪が少しだけ遠のいた様子だ
タイミングをはかっていたかのように、外から呼び出しの声が届く

「ゴンロク様、馬を引いてきました」

「よし、繋いでおけ、一気に駆け抜ける・・・アル殿、急がれよ」

「あ、え」

「封書は、読まなくてもよいのか」

ゴンロクは小首をかしげる
言われて初めて気付いたように、慌ててアルはその封蝋を切った
手が震えている、隠すこともできないほど震えている
目の色、いや、顔色が変わっている
ゴンロクは不思議なことを思った
この国の人々には、神通力が皆、備わっているのだろうか

封書の中身を見るアルの姿は
何が書いてあるかを見るではなく
確認をする
その作業に違いがなく
封書を渡した際の姫君の姿も
何かをすることを頼むではなく
起こることの説明だった

アルは姫君が説明した通りに振る舞った
ゴンロクはまたも笑いを噛み殺す
このままならば、この仕事は楽になるんだろう
姫様がアルを称して言った
奴はこの紙を持っている限り死にはしない、適当に扱ってもかまわぬと

「用意は、よろしいか?」

「無論」

アルの目は、底辺の人間のような色を帯びた
部下がいなくなったからというわけではないだろう
だが、虚飾がすっかり取り払われた姿なのかもしれない
ゴンロクは、この場で、このやりとりの間で彼の瞳を見たから軽蔑を催さなかった
だが、初見でこの瞳を携えていたならば
私は、この男を活かそうとは思わなかっただろう
それほどに、瞳が泥にまみれている、全て、姫様のご意向によるのだろう
二人は、表に繋がれた足の短い馬にまたがった

「これは、馬というよりもロバだな」

「ロバ?・・・さて、我々の国元では、このような馬の方が重宝されるのだ」

寸胴、短足、小柄
おおよそ、戦馬として、紅の国では最下層にあたるだろう馬だ
極東から持ち込まれた、あるいは、こちらで調達した良馬なのだそうだ

「青海波と呼ばれる、まぁ、名馬です」

「従いますよ」

「アル殿は、馬で平地しか駆けたことがなかろう、しかとついてまいれ」

言うなり、説明するよりも見せる
そういう気風を漂わせて、愛馬にまたがったゴンロクは雄々しく一つ吼えた
その声に敵も気付いたが、知ったことではないらしい
味方が、全て、彼らの動向、目的を達するため最善の働きを始めたのだ
合図だったらしい、行動を起こすための、アルが逃げるための

彼らが、死ぬための

ばがらばがらばがらばがらっ!!!!
猛々しい破壊音は、蹄鉄が石畳を蹴破るために起きる
アルは目を見張りながら、必死にくらいついていく
目の前を走るゴンロクの馬は、栗毛をるりるりと光らせて
城壁を飛び越えて、走り、撥ねて
まるで平原を駆けるそのままに、電光石火となる
アルは必死に追いかける、いや、アルは馬にしがみついているだけだ
与えられた名馬は、軽やかに、下手な乗り手を意にも介さず
先を行く優れた乗り手を追いかけていく

「正面を突っ切る」

「ゴンロク様、しかし、あれは罠では」

「乗ってやるのさ」

ゴンロクは爽やかに言い放った
その言を頼もしく思ったのか、注進した部下の一人はとても楽しげな表情を見せている
アルは、相変わらず馬にしがみつくばかりで、現状を把握できていない
元々、この程度の男なのだろう
そう、突き放すこともできる

「予定よりも多いな15騎あれば、いくらか助かるだろう」

「ならば、そのいくらかにゴンロク様に入っていただきましょう」

「さてな」

笑いながら、極東が駆る騎馬は正面に突入をした
突入した時点で極東騎馬武者3人が死んだのはわかった
あっと言う間のことだ、だが、通り過ぎるのもあっと言う間だ
3人の犠牲をもって、いまだ10人以上が生を保ったまま移動を続ける
だが、前述、いや、目利きの部下が言うとおり
これは罠なのだ、その罠が、ようやく口を拡げて全体を表す

「来たな、絶対に逃がすな」

青騎士は、息巻きながら
じっと、その瞬間を待っていた
自分に汚辱を与えた男、それを赦すわけにはいかない
これは自分に対する弔い合戦である
それは、ゼーの部下達も同じ想いらしく
ひた走ってくる馬群を見て、舌なめずりをしている
やがて、この二方は衝突する

「敵、包囲網形成、やはり罠ですゴンロク様っ」

「残念がるほどでない、さぁ、いよいよ、我らがもののふの意気を見せる時ぞ」

ゴンロクが鼓舞する、城内を抜けて
いよいよ平原へと向かう最中
ようやくアルが安定して馬を操るようになっている
紅の国の馬とは勝手が違うだろうに、それなりに乗りこなしている
大したものだ、ゴンロクはアルの印象を胸に秘めつつ
目の前の死地へと、自分を立ち向かわせていく
見覚えのある顔が見えた、相手方の大将だろう
蒼い鎧をつけた男だ
紅の国の言葉で、騎士という、それだ

「アル殿、必ず、生きていかれよ」

「ゴンロク殿、貴方が死ぬ必要は」

「なに、充分生きたのさ」

微笑うと、ゴンロクは魂と称される刀を抜き放ち
またたくまに5人を闇へと葬った
凄まじい切れ味だ、その鉄の刃は紅い血を滴らせて
未だ、生肉を求めるように光り輝いている
しかし、その実、既に刃こぼれも多く、もはや
初っ端のような切れ味は望むべくもない
その、朽ち果てつつある刀を持つ男は、今、一番に輝いている

「東国の主デアルカが家臣クモイゴンロクシュリノスケっ!!!いざ、参るっ!!」

アルは遠ざかっていく背中を負う
その声は雷鳴をまとって、鮮やかに戦場を叩き斬った
雨は相変わらずざんざんと降り続き、石畳に無数の波紋を拡げている
その波紋を、一際大きく乱して馬は地を蹴る
ゴンロク達が先行し待ちかまえていた敵方に凄まじい突撃を見せる
その迫力、いや、圧力だ、圧す力によって取り囲んでいた敵の陣形にたわみができた
名馬はその隙間を見逃さない
アルの馬は、言いつけられていたかのように、その間隙に飛び込んだ
景色が鉛色のまま、水に浸した水彩画になる
ぼんやりとしてとらえどころがなく、もの悲しい風景になる

「ゴンロク殿っ!!!!」

アルの声に青騎士が舌を鳴らした
真の仇に逃げられる、それだけはなんとかせねばならない
だが、いつかと同じように、相手はこちらの方陣をやすやすと押しつぶして突っ込んでくる

「槍だ、槍で馬を殺せっ!!!!」

ゼーは的確な指示を与える
部下達はこぞって、言われた通りに槍を地に伏せる
そこにめがけて脚の短い馬は突撃してくる
これで止められる、ゼーは笑い、すぐにアルの馬を追おうと背を向ける
突進を止めて、この場さえ納めれば、騎士300人、散らされるわけがない

ど、がっ!!!!

衝撃音がした
何頭かの馬の嘶きが切ない吼え声となって消えた
極東の馬の断末魔、落馬した武者達が鬼神の如く暴れ出したが
数の前には無力だ、いずれもが綺麗なバラの花を咲かせることになった

「待てよ、敗将っ!!!その首置いて・・・」

ゼーは馬を進めようと腹を蹴ったはずだ
だが、馬はぶるぶると震えているだけで前に進まない
おかしい、思うと同時だろう
だ、がっ!!!!!
先の衝撃音と同じ音が間近に起こった
大きな質量のものが落ちてきた、ゆっくりと、ゼーはその方向に首を向ける
同時に剣をいつでも奮えるように右腕に力をこめる
体はよくわかっている、考えるよりも先に
馬だったものから飛び降りる、そして一刻も早く大地に足をつけたい
その欲求に従う

「ほう、思ったよりも若いな蒼いの」

「この蛮人がっ!!!!生意気に言葉なんざ喋るんじゃねぇよっ」

ゼーの馬は死んだらしい
間違いなく、この男がやったのだ
男も馬から降りている、いや、馬が足下にいない
多分、槍の中でもだえ死んだのだろう、ただ、そこから
どうやって、どんなわけで、何をしたら
様々に考えたが、全てを捨てた
ゼーは、目の前の蛮族を殺すことに全てを傾けることにする

じゃり

踏み込んだ、水を含む石畳は、飛沫を上げさせる
蒼の鎧はいよいよ雨に輝き、高貴さを纏いつつある
目の前の、薄汚れた、異国のそれとは比べるまでもない
ゼーの傲岸さが、そのまま剣に乗り移る
それは悪いことじゃない、自信だろうと、過信だろうと、信じた力がそこに宿るだけだ

ゼーが振りかぶる
雨粒が逆方向に撥ね飛んだ
渾身の一撃を振り下ろす
じぎぃっ
擦れる音は、鉄くれを削り取るように鈍く、重い音だ
じゅばっ
ゴンロクの足捌きが石畳に溜まる水をとばす
極東の男に雨はおそろしく似合う
ほの暗い世界に、鉛色の景色とともに、やや猫背気味の小柄な男
だが、その身骨全てに、なみなみならぬ力が秘められている

ごうっ、ざぱっ!!!!

不思議な剣術を使う男だ
ゼーは、初めて見たその技を驚きながら、それでも全て受け止めた
ゼーの両刃剣と違い、片刃の東刀は両刃の何倍ものスピードで空気を斬る
研ぎ澄まされていく神経、雨粒の落ちる速度が急に遅くなったように感ぜられる
がぃんっ!!!
耳近くでまた大きな音が火花を散らす
ゼーは落ち着いている、つい先日の負け戦の時と
同じような境遇に陥るが、不思議と落ち着いている、あの時よりも成長したのか

ふわり、ゴンロクは体を浮かせた、そして
その場で一回転したかのように鋭い旋回から刃が放たれた
鉛色の世界は濃淡だけが蠢いて
人のような形をぼんやりとさせる
ただ、ゴンロクだけはくっきりとしている、判然として
ただ、一様に鋭い

ザンッ!!!

ぎりぎりで間合いを切った
ゼーの目の前を死の刃が白線を残して通り過ぎていった
その部分だけ空気が割れている
倭鐵の臭いを間近で嗅がされた
その恐怖をどういうわけか楽しいと覚える
ゼーが半身でかわした体をおこす、そして反撃に移る
この時、完全に彼は失念していた

ここは戦場なのだ、そして今は、乱戦の最中なのだ

ずどむ、どずどずどずず、ず
槍の穂先が、いくつも男を貫く、貫かれてなおも笑いを浮かべている
何か別の物を見ている視線だ
ゼーはその瞳に魅入られた、背筋に冷たいものが走る
落ち着け、目の前で部下によって殺された男だ
今まで、何度も、殺してきた奴らと視線が交わることはあった
その、それらの、あまたに捨てられる泡沫がごとき、気に留めるようなものではない

ゼーの目の前で、ハリネズミになった極東の武人は
やはり、ゆっくりと落ちてくる雨粒の下で
笑いながら、ゆらり、刀を振り上げる、ぎぃん!!
だが、その半ばを槍が払い、叩き折った、ぐらり
男の体躯が空を泳ぐ、さきほどまで、舞うように自在だった足使いは
もう、地面を、雨に足を取られて、ああ、泥にうまるように

「ゼー様っ!!!!」

「な・・・」

ふわ、
体が一瞬浮き上がったように思えた
地面を這うような位置から、いつの間にか、鞘にしまわれていた刀が
鮮やかな閃光を放ち、ゼーを一刀両断にした
呆気にとられる、あれだけ物事がゆっくりと見えているというのに
この男の剣だけは、止められない速さで抜けていった

ざぁあああ・・・・・

雨の音がした
どざり、荷物が崩れるような音がして、目の前の男が憤死したのを察した
相打ちになった、いや、完全に斬られた
ゼーは、未だ己の意志と魂がそこに現存することを信じられない
ぼんやりとして、まもなくやってくる死に脅える
しかし、一向にその瞬間はやってこない
ゆっくりと、斬られた傷を撫でてみる、真っ赤に染まった己の鎧を愛でる

傷がない

「ゼー様・・・・大丈夫ですか」

「いや・・・」

俺は斬られたのではないか
問うことはできない、何が起きたかわかっていないが
手元の剣が血で濡れて
纏った蒼い鎧も紅い血が花模様をつけている

「所詮は蛮族の刀、あのような細身で板金鎧を抜くことはできなかった様子ですね」

「そうか」

鎧に守られたのか
衝撃をまったく感じなかったのはどういうことだろうかと思いつつ
派手に折れたらしい刀は、その打ちくれとなった剣先を石畳に突きつけている
跳ね返って刺さったらしい
刺突の技であれば、ゼーは死んでいたのかもしれない

「しかし見事でした、打たれつつも凄まじい一撃での反撃、やはりゼー様は紅の国一の武人」

「反撃?」

そうか、だから血を浴びたのか
何時の間にしたのか、わからないが、一心不乱だったのかもしれない
目の前の男は前のめりに倒れている、正面から傷を受けながら前に倒れるという芸当は
意地以外の何者でもないのだろう
立派な武人だったと見えるが、所詮は蛮族、蛮勇のそれでしかない
ゼーは、勝ったことを脳に理解させるため、傲岸さを必死に奮い起こす

「白い奴はどうした」

「追っ手を出しております、あの短足駄馬ならすぐにでも追いつくでしょう」

「そうか」

追おうかと思ったが、ゼーはそれを辞めた
いや、それよりも大きな問題があることを知っている
血にまみれたまま、喧噪が止みつつある目の前の砦を見上げる
雨が鼠色に石を汚している、大きな、屈強な城だ

「わかった、そっちは任せた、あとは鎮圧と制圧にあたる」

「・・・ゼー様」

傍らに諜報係が寄ってきた

「見つけました、地下牢に投獄されておりました」

「・・・・・わかった、俺が行く、誰も寄せるな」

マリーネは生きている
一瞬だけ喜色が広がったが、すぐにその色は褪せて
目の前にそびえる鼠色の砦と同じ様な、陰鬱さを纏った

「予想通り・・・という単語であっていた、かしら」

「はい、女王様」

造り上げられた陽気な声に対して
怜悧な声が返事をする
そのやりとりがしばし続く
女王の質問に、グラスが応えているという景色だ

「軍師殿はどのあたりに?」

「既に南へと軍を向けている様子です、南港の敵軍に察知された様子はありません」

「流石、けど、顔を見られないというのはどうにも不安ね」

「それが、軍を展開させるだけで戦端を開く頃には一度、城へと戻られるそうです」

「どういうこと?」

「わかりません」

女王は仕草をとめた
ながら動作というのをずっとしている
グラスとのやりとりをしながら、他のコトをしている
その手が少しだけ止まった、考えている

「こちらに憂いがあるということか、書面では済ませられない・・・」

「既に完遂したということかもしれませんが」

「あり得ない、軍師殿は全ての行動にいちいち意味がある、何か、ある」

「ならば、そうやって女王様に警戒をさせるためでは?」

「は、皮肉?・・・それとも、自虐かしらグラス、貴女の躾を手伝ってあげているのよ」

作りあげた台詞は棒読みで抑揚もなく
まるでいつもの言葉遣いとは異なる
どうも、他のことに熱中していると、もう一方が適当になる性質らしい
ながら動作の主目的は、よろしくない女中への躾だ

汁にまみれた哀れなリズが鳴き声を上げ続けている

「リズ・・・残念、折角ここまで育ててあげたけども・・・どう?私の声を聞くだけで」

「ひぐ・・・・ひぐ・・・・・ふぐ・・・・ひっひっ・・・うぅ」

びくびくと、姫様の声に反応する
発音の中に吃音と長音が混じる単語を浴びると
なぜか、軽く体を撥ねる、そうなるように躾られたらしい

「リズ」

「ふぁあいっ」

もう一つ、己の名前を呼ばれると返事を
どんな状態でも必ずするように決められている
極めて単純なことを何度もさせて
その通りにしなければお仕置きが待ち
その通りにすればご褒美が待つ

「まもなくゼーが戻ってくるでしょう、しっかりと戦士の心を慰めなさい」

「は、はひ・・・じょ、じょおうさま・・・」

かくかくかく、股を開かされ両手首と両手足を革の手錠で繋がれている
正装で着衣をただしていたはずだと伺わせるように無理矢理、しかし
決して生地が痛まないようにそれは半脱ぎという状態にされている
脚を曲げているせいで産まれるガーターベルトの弛みが卑猥極まりない
そして、覆われていなくてはならない下半身のそれは
海洋生物を連想させるそれで、ぷっくりとほてり、口を小さく開閉させて
透明な液体をとめどなく尻の穴の方へと垂れ流している
実によくできている、一目見て、姦淫のそれ

つぷ

「んあああああっっ!!!」

ちゅぴゅっくっくっ、唐突に親指が入れられた
のけぞって暴れると拘束具がそれを赦すまいとリズを締め上げる
その締め付けにまた、得体の知れないうずきを覚えていく
親指が太い、というのは些細なことだ
所詮一本しか入っていない、ただ、ジョイントが他の指とは違う
ねぶりながら、女王はゆっくりと目を細めてその躍る人形を眺める
己の指によって、うねる白い肢体を愛でる
そっと、もう片方の手でさらけ出された下腹部を撫でる

「ぁああぁあああじょ、じょおうさまっ、じょおうさまぁううっ!!」

「そうそう、その調子でとっくりと乱れるがよかろう、戦勝の男は荒い、楽しみだろう?」

「なああっ、あああっ、ああああっ、か、かみさまっ、かみさまっ」

涙とヨダレで顔はすっかりとぐしょぐしょになっている
だが、そうなっても汚いとは思わせない、気品が備わっているということだろう
そこがまた、嗜虐の心をくすぐってくれる、そんな顔を汚してやろうと
調教者は自分の仕事の威信をかける

ぬる

「あああ、や、やめないでください、やめ、やめないでくだしゃいっ」

「さて、私はいささか疲れました、あと2日もすればゼーが戻ってきます、それまで我慢せよ」

「そ、そんあの、そんなの・・・・い、う、ああ、、あああん、ひぐぅ・・・ひううう」

めそめそと泣き始めた
まるで子供のように泣きじゃくる、それが見たかった
そういう瞳で女王は目の前の淫乱に狂った女をしげしげと眺める
侮蔑の視線を投げる、完全に落ちて、這い上がることもなく、のたうちまわるような狂乱
己よりも卑賤なものを見たと、安心できる

「グラス、あとを頼みます」

「はい」

言い終わると、それまで乱れさせていたのと同じ調子で
さっさと席を立った、汚れたと感じている、女の粘液で濡れた手を丁寧に洗い
部屋から出ていった、グラスは取り残されて、後処理をしなくてはならない

「グラスさま、グラスさま」

「・・・・・」

沈黙を保ち、れいれいと冷えた瞳を落とす
視線を感じて、拘束された少女は身もだえをする

「お、お願いします、お願いいたします・・・ああ、お願いいたしますっ」

がくがく、おびえにも似たものを浮かべだした
グラスは衝動に浚われそうになった
女王様はよく、この生き物を目の前にして放置などとできるものだ
おそらく、触れるだけで快感を呼び起こし、ぺちりぺちりと叩かれたりでもすれば
淫口から潮を吹き上げて絶頂を迎えるだろう
一週間ほど、もしかしたら、軽くイくことしか赦されていなかったのかもしれない
そう推測すると、目の前で哀願する動物はあまりにも可哀想だ
残酷なこと・・・勿体ないことを、なんて思ってしまう

「み、見てください、お、お願いします、み、みくだされるだけで、それだけで、それでいいです、いいですぅ」

「何を言って・・・」

「い、うう・・・の、罵ってください・・・ぶってくださいとはいいません、ののしって、さげすんでいただければ・・・うう」

グラスは、流石に血の気が引いたのを覚えた
何を言い出すんだ
そう思ったが、泣きながらそう言う姿はあまりにも可愛らしい
自分が言っていることの意味がわかって涙を流している
どんだけ愚かなことを言っているか、理解しているが、言わざるをえない
これは・・・

「すばらしい・・・」

「ひぐ・・・ぐ、グラスさま・・・ぐらすさまっ」

思わず感嘆の声を漏らしてしまったが
今は、衝動と情意に流されているところではない、おそらく
この仕打ちによって、グラスにすら、何かを植え付けようとしているように思われる
女王様はそういう人だ
見ているだけで勝手に果てるような、気持ちの悪い生き物
そう侮蔑するが、それを瞳には出さず、ただその場を片づける
片づけている間中、女の鳴き声と哀願の言葉が続く

やがて、疲れて眠るまで、ずっと、他人を側に感じながら
永劫、ふれられることがない、相手をされることがない
絶望に近しい孤独を認知する放置を味わう

ゼーが、まもなく帰ってくる夢を見る

つづく

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エロシーンだけ無理矢理付け足した感が酷い・・・
我ながら浅ましいと思いつつ、2週かけてこの程度でした
ごめんなさい、謝ってばっかりだ、うう
(07/05/21)