Edelstein ”Karfunkel”
「グイ様、グイ様」
「どうした」
天幕の後ろから声が聞こえた
動いたか・・・
グイは思いつつ、静かに訊ねる、諜報はグイにだけ聞こえるよう
囁くようにコトを告げる
「ブライテストタールが動きました、戦艦二隻が南港へ向かいました」
「二隻・・・・・さて」
残念だ
グイは拳を自然と握ってしまった、逃げられたと感じてしまうらしい
戦艦二隻のみの出港、残り4隻の大型艦とその他はブライテストタール防衛に残したか
実に愚かしい、救いがたい最低の判断だな
孤立した北砦の連中を早々に切り捨てた挙げ句、多方面展開を打ってくるとは、
相手は戦争をよほど知らぬと見える・・・いや、あからさますぎるか
二隻は陽動で、一定以上の兵力をブライテストタールに置いているのか?
「確認するが、敵方の兵力予想は」
「はい、変わらず大きく見て8000といったところ、デハン方はもともと数が少なくそれ以上は・・・」
「・・・・国と呼べるものはないが、全国民を総動員してきたならば」
「それならば、1万は越えるでしょう・・・・しかし」
「想定しておけ、ブライテストタールで思わぬ反撃にあうやもしれぬ」
「はっ」
「あと、首都は、どうしている?」
「グイ様の達しの通り、紅の女王の命により、南港の防備とその北側に軍勢を配備した様子」
「軍師殿は?」
「未だ戻らぬ様子、ただ、もう調略は済んだと報告があったそうです」
「急がねばならぬな」
最後の言葉は、自分に言い聞かせるために呟いた
南港でデハンの阿呆どもが時間をかけている間に、こちらはブライテストタールを奪還
さらに、海からとって返して奴らとまみえる
おそらく、南港は一度奴らに落ちるだろうが、そのあと北上を軍師殿に阻まれ
再び海へと逃げてでるはずだ
海上決戦で、我らの手で阿呆どもを粉砕する
グイが描いた未来予想はそのようなところで留まっている
本来ならば、地上戦でケリをつけたかった
そう思っている、しかし、現状はそれを許さない
「砦の様子はどうだ」
「籠城を決め込んでいる様子、特に密使の類も入っていないところを見ると
未だ、捨てられたということは気付いていないようです」
「来るはずのない助けを頼みに籠城か・・・・手こずるかな」
グイは、いらいらをまた瞳に乗せた
時間をかけていられない、忌々しい、あの白騎士・・・
かつて煮え湯を呑まされた、いや、そこまでの付き合いは無かったが
その昔、グイは守っていた城を奴に蹴散らされた苦い経験を持つ
仇をとるには、なるほど、絶好のシチュエーションが揃った、しかし
「3000を預ける、片づけておけ」
「は、しかし、奴らに助けは来ぬと報せて志気を鈍らせるなど策を・・・」
「くだらん、私は僧兵を率いて先にブライテストタール奪還に向かう、よいな」
そのようなものを姑息というのだ
グイは一顧だにせず、すぐに指示をまわす
慌てた様子で何人かの幕僚が姿を消した
陣が動き始める、よどみなく、波紋が広がるように、ざわめきは円を描いて広がる
「・・・・砦攻めの大将はいずれに」
「ふむ・・・」
弟子の誰かをと考えて、少し頭をゆすった
これ、と言うのがなかなか居ない
人材の不足かな、グイは思ったが、その迷った間に
苦しげな声が入ってきた
「グイ様・・・・私に、おまかせくださいませんか」
「!・・・・城に戻ったのではなかったのか」
ゼーだ
蒼騎士が、沈痛な面もちでグイに進言をした
どこに居たのだろうか、禍々しいほどの気力が萎えているせいか
突然現れたことに驚いてしまう
けが人扱いにしておいたから、とっくの昔に城都へと戻っていると思っていたのだが
しかし
「いい目をしている」
「?・・・いや、グイ様、恥を承知で・・・」
「いいだろう、自らのそれを晴らせ、振り払え、なんならあと1000置いていってもいいが?」
グイは、快諾を見せた
驚く参謀方の信者達、しかし、その間隙を縫うようにさらに言葉は継がれる
「蒼騎士ゼーが率いれば、志気も高まろう、さらにマリーネ殿の弔いとならば・・・」
「・・・・・やはり、その」
「まだわからん、が、物見の様子では、相当の怪我を負ったのは確かだ」
マリーネは、白騎士達に捕縛され、そのまま北砦へと拉致されている
生死の如何は不明だ、本来ならば、人質交換等の処置を行っていてもよさそうだが
グイはそれを許さず、一人残らず根絶やしにするため
砦の包囲にいそしんでいた、酷な話だが、騎士隊長たるもの国に負担をかけるならば死を選ぶ
そう信じている、いや、そうしなくてはならないと脅迫している
「俺をかばったばかりに・・・」
「医衆を置いていこう」
「グイ導師・・・」
「反撃は熾烈を極めるかもしれぬ、気を付けろ、そして完勝を示せ」
「しかと、拝命いたしました!」
ざっ、軍靴が鳴り権力の移譲が行われた
今、この瞬間から、この場の最高指揮権限はゼーに移った
もともと、3000という軍勢を率いられるほどの大将となれば
自ずと、数が絞れているところ、この陣容の中でなら
ゼーほど、階級的にも好条件な男はいないのだ
若い騎士ばかりで構成されているからなおのこと
ゼーの敗戦についての細かい描写は、未だ、彼らの耳には入っていない
ただ、敵が強いのだ、ということだけ戒めに知られた程度だ
どのような負け戦だったかなど、知る者はほとんどいない
「ゼー殿、蒼騎士隊だけでは陣容が組めない、お前に朱騎士隊を預ける
一時的に、騎士大隊長としての、戦場特権を与える、弔いの戦だうまくやれよ」
グイは、小声でゼーに囁いた
その言葉に力強く頷くと、後は、いつもの勝ち気な表情が戻った
もう、気弱で、気配を悟らせないような軟弱な男はいなくなった
荒々しく、ただ、前へ進む勇敢な騎士が一人降臨した
「蒼騎士隊集合!!!、朱騎士隊と合流し、新たに編成、攻城装備の準備にかかれ!」
おおおお!!!
場は一瞬にして散開され、休んでいた兵隊達に
新大将からの下知が飛んだ、腹の底からの声をあげて
その主に応える
待っていたと、彼らは叫ぶのだ
先の敗戦の中身を知る者全てが、今一度奮い立つ
「紅の国の騎士隊が力、蛮族に味わわせてやれっ」
どおおおおおっ!!
地鳴りが走る、ゼーは勇敢さを取り戻していたが
その心内で、グイの言葉が重く残っている
弔いの戦だ うまくやれよ
☆
「・・・・さて、どうされるか?」
ゴンロクは、極東の戦闘装束だという
鎖帷子で身を固めている
白い騎士鎧をつけたアルは、ただ黙って彼を見つめる
北砦までの侵攻は完璧だった
それに、ここまで至る際に設けてきた兵站基地も完璧だった
しかし、その完全を期したはずのそれらは
いともたやすくうち破られ
彼らは現在、孤軍となっている
「すまないと」
「言うな・・・いや、失礼、言わないで欲しい、そういうことを聞いているのではござらぬ」
ゴンロクは、厳しい瞳でそれを制してから
特有の、柔らかい笑顔を見せた
死線にある時、人間の表情は全てにおける最上を極める
そう思えるほど、穏やかで暖かみに溢れる笑顔だった
いや、なによりも、頼もしい
叱咤ではない、激励されていると思わせる、その表情に
アルは苦笑を見せてしまう
「そうでした、ありがとうゴンロク殿」
「軍議で、そのような言葉は似合いませぬ、今考えねばならぬのは戦仕事のこと」
ごりごり、アゴの髭を撫でる仕草を見せる
もともと、髭は鼻下のところにしか蓄えていなかったが
今は忙しい防衛戦に追われて、髭を剃る暇もない
無精ひげが気になるのか、それをなぶっている
なぶっている手には、不思議な籠手がはめられている、極東のものらしい
グローブの部分は、美しい文様と染め付けのある木綿
ただ、かなり黒ずんでいる、血のせいか、ヨゴレのせいか
「物資の欠乏は未だない、集めておいて正解でした」
「そのご様子」
「いや、確かに、あなた方の兵糧である、モチにはかないませんが、我らの兵が休まります」
いやいや、とゴンロクは手を振って否定する
ゴンロク達の故郷でよく用いられる携帯食らしい
特に味もなく、うまくもないと思われるのだが
ゴンロク達極東の兵は、それをうまいうまいと有り難がって食べ漁り
それによって圧倒的な運動量を産み出してきていた
鬼神の食べ物といえる
ただ、アル達地元の人間にはもう一つ馴染みがないせいか人気がなく
この土地で徴発した小麦をせっせとパンに焼き直し、もりもりと力をつけている
「兵糧はあるが、やはり人間の量が足りませんな」
「そう・・・」
圧倒的な物量に支配された時
寡勢は不利を認めることとなる、それも、覆せない絶望的な差としてだ
周りを囲んでいる敵方の数は日に日に増してきている
正直、このまま持ちこたえることは無理だ
おそらく敵の主導隊がやってくるだろう
現在持ちこたえていられるのは、予備隊による攻撃だからだと推測している
本隊か、それに準ずる部隊は兵站線断裂に向かっていたのだろうから
「まぁ、城があるのは有り難いこと、我ら300の同胞と」
「私達200の部隊で・・・今までよく守ったものだ」
「500の軍勢あらば籠城戦に不足はない」
ゴンロクの故国ではそうだったろう
もともと少人数で守るに適した、優れた城を建てていたと聞いている
だが、この北砦は紅の国が、軍事目的でこしらえた城塞
確かに、守るに易く、攻めるに難い
優れた軍事施設に相違ないが、なにせ、人数をかけて守る
固守という、不動をもってなすそれとして作られている
しかも、首都外へ向けた構造をしているため、現状では
逆方向に対して守備をする
つまるところ、大きく不利な状況である
「搦め手が頑強というのはよいでしょう、自然と正面のみ守ることに集中できますからな」
「見方次第ですね」
「常道です」
ゴンロクは笑いながら、心底楽しそうに地図を睨んだ
搦め手は、本来、現状正面と考えている方面のことを示す、今は逆だ
本当の使い方と異なるが、ここでは後方を搦め手と呼ぶと約束されている
背後に憂いがない、ただ、眼前の敵を跳ね返すばかり、跳ね返して、跳ね返して、跳ね返す
「まぁ、矢弾がつきるまでは、このまま問題無いでしょう・・・そういえば、あの若い敵将は」
「傷が重い様子です」
アルは、重く呟いて応えた
ゴンロクはそれ以上聞かなかった、若者が死ぬなんてのはよくあることだ
そんなことを感じるほど、彼らは年齢を重ねているわけじゃない
だが、それだけの戦歴を体中に刻み込んでいる
「報告いたします、敵方本隊とおぼしき兵団が接近」
「きたか・・・数は」
「3000から4000と見えます」
「ふむ、包囲の輩も含めればこちらの10倍、さて」
籠城戦では3分の1の戦力で均衡する
そう信じられている
実際は10分の1でもうまいこといく事例がいくつかあったそうだが
果たして今回は、そのいくつかに入られるかどうか
アルとゴンロクは、お互い、視線のみで会話を留める
見張りが部屋から出たところ、それを確認してから声はあがる
「これは、難局」
「・・・・・」
「今度は謝りませなんだか」
「いや、その」
「よいのです、解っておりました故、気の毒なのは貴方の部下でしょう、捨て石にされているとは知らず」
「それは、お互いでしょうゴンロク殿」
「そうでは、ない」
ゴンロクは珍しく、初めてかもしれない、アルに言葉を多く与える
アルは元来、無口な方、というよりも朗々と喋ることができない頭の悪さを誇る男
そのおかげで、聞き上手という美味しい位置を手に入れているが
それ、とは別の力によってゴンロクは物語を始めた
「姫君には恩義がある、だからどのように扱われようとも厭わない」
「恩義・・・ですか」
「アル殿のことは、おおよそ知っている」
「それはどういう」
「これまでの街辻の平定を易しくした英雄である貴方の風聞について、笑いを堪えるのが大変だった」
かぁっ、アルの顔が真っ赤になった
反射的に、これまで、その事実を知った者相手全てに向けた
ごく無機質な殺意が漏れた、自然と右手が剣の柄に動いてしまう
姫と騎士の関係を知る者にはしかるべき制裁を加える
アルが生きている間、実行し続ける永続命令
ゴンロクは、その滑らかな動きに驚きつつも、すぐに制した
「すまぬ、姫様を貶める行為ではない・・・これは、姫様より伺ったことなのだ」
「姫様が・・・それは」
「直接伺ったのではないが・・・忠義に篤いとは聞いている、よく働くとも」
「・・・・そして、バカだと?」
自嘲気味にアルは言うが、落胆したそぶりはない
ただ、奇妙にも、脅えているように見える
ゴンロクは、この主従の関係をもっと調べてみたいと思う
が、それは別のことだ、自分語りをもう少し続ける
「姫様は我が主君とよく文を交換されていたのだ、
その文にあれこれと、そなたのことが書いてあったのを伝え聞いたのだ」
そういえば
アルは、まだ姫様が紅の国の主席であった頃、
幻想小説に登場するような、不可思議な極東国と交易を望んでいたのを思い出した
その時に、確かに、相手方の国主と文のやりとりをしていた
「その文通相手の・・・御主君は、しかし」
「そう、謀反によりみまかられ、お家は滅亡、私は家臣団の筆頭として逆心の討伐を進めた」
ゴンロクの主君は、その一国統一を目前として
部下の翻意に当たり死んだと伝えられている
家臣団筆頭だったゴンロクは、すぐさま仇討ちに兵を挙げたが
「もう一人、忠義を尽くした同輩がいた」
アルは、話を予測できている
だから、つい、よけいなことを聞いてしまう
「手を取り合えなかったのですか、その者と」
「それはできなんだ・・・いや、違う、なんというのだろう驕っていたのかもしれぬ」
「驕り・・・侮ったのですか?」
「違う、私が一番、殿のことを理解した、最も殿に近く尽くした、第一の家来であったと思っていたのだ」
アルは黙った
猛将、勇将として名を馳せたのであろう目の前の男が
おおよそ大将としてはそぐわない、ただの忠義の犬であることに尊敬を抱いた
跡を継ぐという思想がまるで湧かない、尽くすべき者を見失った絶望感
男として決定的に欠落している部分だが、美徳に思われる
「そなたと同じよ、国に仕えるでなく、部下を顧みるでなく、ただ、主君に尽くしたかったのだ」
「それは」
ぐっと、アルは言葉を飲み込んだ
ゴンロク殿は、やはり、私と姫様がどうなのかを知らないのだ
いや、実際には彼の言う言葉面の通りのようにも思える、だが
アルの中には、うまく言い表せない、もっと、そんな尊敬されるようなものではない
それが自分のものだと、貶める、アルの場合は
尽くしたいと思っているのではなく、尽くさなくてはならないと脅えている
陳腐な言葉にしか表せない自分がバカに見えて仕方ない
「路頭に迷った我々を救い出してくださった、いや、ただ逃げてきた我々を受け入れてくださった
その姫様に今、我らは忠義を尽くすと決めたのだ」
「ゴンロク殿」
「それに、戦場を与えられることは生き甲斐を与えられるに等しい、尽くすに充分な動機だ」
ゴンロクは話を切った
極東の戦闘団は皆がそういう思いでこの地で戦っている
そういうことらしい
恐ろしい程の戦闘力と、死ぬことを厭わない働きぶりは
主君を失い、何時死ぬことも惜しむことがない、そこからあふれ出る何かなのだそうだ
アルは、武人として敬愛に値する彼らに、かける言葉を持たない
彼らは死に場所を姫様に与えられて、嬉々として、この絶望的な任務に当たっているのだ
いたたまれないでもない、自分もその作戦任務を授かっている
アルは話を、変えることにした
「しかし、ゴンロク殿の部下・・・いや、ご同輩か?・・・ともかく、礼節、品格ともに優れておられるな」
「さて・・・なにか」
「いや、籠城戦、いや、そもそもこの行脚において、一切の乱れがないと」
アルの言い回しは遠すぎる
ゴンロクはしばらく考えて、ようやく
何をいわんとしているか察した、彼なりの冗談らしい
ならば乗ってやろう
「ははは、ならば奴らの持ち場に行くがよかろう、栗の花の臭いがするわい」
「スルメを焼いたのでないのかな」
どわ、下品に笑い合った
安穏とするのは贅沢だ
そして、生死のはざまに生きることこそが悦楽のそれになりつつある
「まぁ、それなりに、娼婦というのはいるものですからな」
「それらに評判がよいというのが、なかなか」
「おや、通われておりますか?奥方の顔がよぎりませぬかな」
苦い
アルは、苦笑で返して声は出さなかった
ゴンロクも解っている、この男は、自分の妻以外を抱かないのだろうと
美徳と言うこともできるが、単に勇気がないだけともとれる
「まぁ、その内にお会いできましょう」
「はは・・・」
アルの笑いは渇いていた
会える
未来を推量する言葉は陳腐にしか見えない
なぜなら、憶測でなく願望だからだろう
アルの笑いは、ことさら、風のように消えた
☆
洋上を二隻の戦艦
そして、輸送艦が相当数、ゆらりゆらりと進んでいる
戦艦の舳先に、一人の女が立っている
髪は金色で、ゆるやかになびき
潮風を受けて、少しだけ紅くなった肌が健康的な色合いを見せている
たおやかな体、しなやかな腰つき
貴人であることに疑いはない
旧王族、ヴェステン国の皇女キルシェ・ヘヴォン
今は、紅の姫君の騎士アルの妻キルシェ・シュナイダーである
「キルシェ」
「これは、姫様」
隣に、その美しさに勝る姫君が現れた
美しさの性質が、キルシェとはいささか異なるが
体を飾る、さまざまな宝飾具はよくよく彼女を彩っている
細かく、ちりばめられた紅い宝石が一等似合っている
「ツィーゲルでは、様々に物産が集まった、その一つでしかない、所詮は石だ」
「そうかもしれませんが、一際、お似合いです」
「当たり前であろう、私が選んだのだから・・・もっとも、それでは得られぬものもあるがな」
「遠回しに・・・」
「妬んでいるのです、そなたとアル騎士の仲を、その首飾りを」
姫君はそう言って笑った
その言葉が、随分と面白かったらしく、ころころとキルシェも笑った
長閑だと思われる、この平穏が洋上、甲板上には広がっている
海はなだらかで、航行は全く順調だ
キルシェの首に、石の質はよいが、美しさに欠ける
そんな二級品の宝飾が輝いている、アルの贈り物なのだろう
贈り主のセンスが甚だ酷いと知らしめる一方で、それを平然とつけることで忠誠を見せる
いや、愛情か
「表情が曇っている、夫が恋しいのですか?」
姫様の抑揚のない台詞が耳に痛い
キルシェは、この王族との会話を王族の習いで応えるように務める
二人しかいないときは、騎士婦人ではいられない
皇女の顔が、ゆるり、染み出すように相手をする
「意地の悪いお話です姫様、解っていらっしゃるでしょうに」
「仕方在るまい、ああせねば、いや、そもそも貴女が悪いのだ皇女」
「さて?」
二人の会話は海風に消され、二人の間に密室を作っている
周りからは楽しげに喋る高貴な婦人二人としか見えないだろうが
内容は下世話なことだ
軍艦から離れの輸送船に移った船乗りや、戦闘員達がそれこれと女を犯している
慰安のそれなので、相応の金で雇われた女達だが
荒ぶる男共を相手にするのは、おそらく、非常な労苦を強いられているのだろう
この風の中でも、時折、はっきりと聞こえる絹を割く音
女の発するそれによって、また、別の男が発情しと、ろくでもないことになっている
「もともと、奴らを春猫のようにさからせているのは貴女であろう、騎士婦人」
「どういうことでしょう、おひめさま」
お互いの言葉がきわどいところまで上る
嘲りあう二人という姿になっている
遠目からはおだやかに見える笑顔を二人たえつつ
瞳は油断ならないそれを携え、風に身を任せつつ、心の警戒を発動させる
「そなたが振りまいている、その色香が、男共を惑わせているのだ」
「珍しい、はっきりとお口になさるとは・・・」
「否定をせぬのか?」
「事実無根ですので、抗う言葉も要しません」
「ほう、夫と離れて随分と経つ女、なるほど、よくできて仮にそうではないとしても、
さて、その背景があの家畜どもを滾らせぬとか、夫と離れた妙齢の貴族の女」
「それは・・・」
キルシェは困った顔をさらした
嘆息を見舞い、本当の笑顔を漏らした
「まけました、控えます、あまり表に出ぬように」
「勝ち負けではない・・・、私も鈍っている、この程度では挑発に値せぬな」
からり、姫様は笑った
女二人の一瞬の諍いは、うやむやになって流れる
こんなことをして暇を潰している
いや、お互いの気持ちというべきか、戦争への傾注具合を探り合った
どちらも戦慣れしている、自らが前線で戦うわけではないが
戦時の空気に慣れている
「政治になるのですか?」
「はは、政治」
面白そうに姫様は笑った
輝く金色の髪は大きく後ろにうねった
相変わらず陽光を受けてもくすみをしらぬ、白い肌と蒼い瞳
いずれも楽しそうな造形をつくる
「大げさな、国の主が方々を旅して戻るだけよ、大勢の味方を引き連れてな」
「それは、流石に無茶」
「どこが、挙げ句、ゆきとどかぬ統治を完成させるため、外敵を排除したにすぎない」
ブライテストタールのことを言っている
表だけを撫でれば言う通りなのだろうか
いや、そんな子供だましの論法が
キルシェは考えたが、その子供だましを本当にする作業
それをこれから、目の前の人と
なによりも、キルシェが担うのだ
「帰路を邪魔するならば排除、またされてしかるべき、統治に乱れがあればなおのこと」
キルシェはじっと、隣の女を見た
まだ、少女のあどけなさが抜けない
出会ってから十年が過ぎたというのに、まるで容貌は変わることがない
女として嫉妬、いや、もっと深い憎悪に近いものまで覚えそうになる
ただ、その幼さを残す生き物は、
軽薄な言葉を台詞として漏らす、これは台本に書いてあるだけなのだ
なんとマヌケで、面白みにかける台本だろうか
嘲り笑うそれを見せつつ、浅はかさを隠そうともせず、命令とする
くだらないとわかっていて実行し、その全ての様を笑う
本心がどこにあって
何がしたくて
どうなろうとしているのか
全てが悟れない、だが、ただ、言われたままに
決して本心とは思われない言葉の通りに世の中を進めていく
船が少し傾いた、小さな波を一つこえたらしい
「見えてきた、さて、始めよう、バカがたくさん釣れている」
姫様は楽しそうに言った
娼婦小屋となっていた船はようやく静けさを取り戻しているらしい
戦下知は姫様がするのではない
だのに、まるで彼女が指揮しているように、鮮やかに
警戒を達せられていたはずの南港は、
砂の城のように、瞬く間に崩れ落ちた
同時に、北の砦とブライテストタールも陥落した
ここまでの地図は、宗教家の予言の通りに描かれた
大変お待たせしております
エロネタ無いやんと、叱られるとわかっておりながら
入れられませんでした、もうネタがなどと
弱音はいつものことですが、今暫くおつき合いください
(07/05/07)