Edelstein ”Karfunkel”


「予定通りだ、何も変更はない」

「はい」

大本営、ではない
前線陣地というのが相応しいだろう、紅の国が放った
鎮圧部隊の主力を担う台座がそう呟いた
グイ導師、宗教家にして戦争屋でもある
前進しつつ、大きく軍団を展開させている
宣戦布告は未だなされていない、相手が何かアカされることもなく
それでも既に戦争は始まっている

「敵兵站線の断裂に成功しました」

「そのまま防衛戦に入れ、こちらで砦を落とす」

「は」

「グイ様・・・・ゼー殿はいかがされますか」

「ふむ・・・・そうだな」

敗将と呼ぶに相応しい
蒼騎士は憔悴しきった顔でおおよその概要をグイに報せた
グイは、その気持ちを測ってか、よくやったとだけ言って
すぐに休ませるように指示をした
その姿をなるだけ、他の兵に見せないようにはからい
彼が負けてきて、絶望しているという情報はほとんど漏れていない
ただ、彼に関することだけだ、彼の部隊が全滅したという正確な情報は
既に諸々にまで行き渡っている

「城都への使いとなって貰おう、どのみち前線で今後、ゼーを使うこともない」

ゼーは、グイから見れば弟子の一人でしかない
この敗戦で大きく育てばいい、そうも思うが、子供は育てるのではなく
勝手に育つものとも思っている、寛容と抱擁とすこしばかりの制約で
己から行動する人物を作る、その作られた一人がなつっこく近づいてきた

「グイ様のお考え通りでしたね」

「違うよ、バンダーウの神が私にそう告げただけだ、当たり前のことを言うだけだよ」

側仕えの童子に向かって、グイは柔らかい笑顔で応えた
バンダーウ教では教祖が神の言葉を聞いて教徒を導く、それを言っている
全身をバンダーウ教徒の戦装束で飾り
遠目で見ても、由緒正しいバンダーウ教の戦司祭の一人にしか見えない
しかし、彼は真正のバンダーウ教から脱退し、自ら新宗派を立てた身
本来ならば、その様相を別の形で示すものだが
グイはこだわらなかった
しいて言うなら、グイはバンダーウ教でもっとも正しいのは自分だと誇示している
だから必要以上にこだわっているのかもしれない

「ブライテストタールとの連絡線さえ断っておけば、北砦は日干しになる、10日あれば落とせるだろう」

ぎぃ、粗末なイスは大きな音をならす
気になったのか、もう二度、三度とグイはその音を鳴らした
慌ててイスを変えようと従者が席を外した
粗末なテントに、グイ導師は一人となる

「おい、いるか」

「はい」

テントの真後ろに向かってグイは声をかけた
そこから返答がくる、彼の飼う間者だ

「ブライテストタールの状況はどうだ」

「依然、動く気配はありません、ただ、大量の物資は運び込まれております」

「兵站基地とするつもりか、あるいは、南周りで南港を攻めるつもりか・・・」

「どちらとも、まだ読めません、軍艦は未だブライテストタールの港湾で警戒態勢です」

「敵方が、さて、旧主というのは厄介といえば厄介か・・・」

既にグイ導師はその情報を掴んでいる
彼の持つ情報網は侮れない、宗教組織というのは深く尊い絆で結ばれている
強固で堅牢で緻密にできている

「調略が難しい以上、力でねじ伏せるしかあるまいな」

「いや、まだ難しいとわ・・・」

「馬鹿野郎」

強い調子でテントの外に吼えた
ぞくっ、明らかに間者が震えた様子が伝わる
グイは、はた、自分を取り戻し静かに諭す口調で告げる

「ともかく、ブライテストタールの動きを見張れ、よいな」

言われて、人の影はなくなった様子だった
グイは、親指の爪を噛む、苛立ってしまう
落ち着けなくてはいけない、焦ってはいけない
全軍ではない、軍師殿が戻ってくるまでの仮初めの指揮だ
だが、その指揮権を最大限に使って、絶対に殺す

「傭兵ずれだと思ったが・・・騎士だったとはな」

アルの情報を見て、瞳を冷たくする
空虚と永久の闇を浮かべるように、光の無くなる瞳孔
暗くうごめく怒りをそこに宿す
ほろりと、瞳に光が躍る、炎の揺れる様が見える
グイ導師は、この戦で過去の弔いができると思っている
デハン教を壊滅させる、傭兵どもを駆逐する
もろともを殺し尽くす
今、この指揮官は、大本営の思惑とまったく異なる情意で動いている
自分の私怨を晴らすため、この戦争をしようと思っている
大本営がそれを伝え聞いたらどう思うか
放たれた間者は不安に思った、しかし、それは彼の心配することではない

現状、紅の国が期待する敵殲滅作戦に支障はまるでない

ともかく、グイの手は早かった
ゼー達先遣隊の報告を待たず、それを捨て石にして
先回りでブライテストタールと敵前線の中間線を叩いていた
陽動にまんまと乗ったと言うべきか、敵方はゼー達を散々に叩いたが
兵站線を消失し、籠城に圧倒的な不利を被ることになった

ゼー達蒼騎士隊が収容されてから2日かけて
グイ導師率いる本隊は、北砦前に布陣を開始した

「いいか、戦場というのは、勝敗が決する姿を見にくるところだ、
今から、我々が勝利するという様を見届ける、よいな」

「おおおおーーっ!!!」

声たからかに兵隊達は呼応の雄叫びをあげる
半分が騎士隊、半分は僧兵
特に僧兵は無頼の強さで誇る、バンダーウ・グイのエリート部隊
既に彼らによって、北砦がこしらえた兵站線は断ち切られている
後方支援、ブライテストタールとの連絡線を抑え込んだ
目の前にたわる城塞は、孤立している

常道による勝利、あとは果物が熟れて落ちる様を見届ける

そんな状況に至っている

「グイ導師から通達です」

「ほう、戦況は、いかがかな」

「北砦の奪還は時間の問題の様子、こちらに仔細を」

伝令はすぐに書を渡した
グラスが受け取り、内容を確かめた上で女王に渡す
だが、その動作に大きくよどみが出た
一瞬、ではない、明らかにその内容に目を止めて呆然としている

「グラス?いかがした」

「は、・・・あ・・いえ、申し訳ございません・・・」

つい、慌ててグラスはそれを女王に渡す
細かく震えている、尋常ではない様子
女王は横目でその震える女を見て、なんとなくあたりをつけている
起こるべくして起こったと言うべきだろう
マリーネがどうかした、そういうことを予測しつつ
政務についての部分に目を走らせる

「ふむ、流石グイ導師、手際が素晴らしい・・・既に、ブライテストタール奪還まで視野に入っておられるか」

つい、手で伝令を下がらせた
ばたり、扉の音が響くと、広間から近衛の兵も消えていった
グラスと二人きりとなる
女王はすっかりと、自分を取り戻している、先日の狂乱を乗り越えて
女王として君臨する

「・・・南港経由か、あらぬ話ではない・・・軍師殿が戻らぬ以上港警護を強めるだけでよいか」

戦略という俯瞰を必要とする視点を
女王は残念ながら持ち合わせていない
この場合、敵がどうしてくるのかわからない
わからない女王のために、グイの作った書面には以下のことが記されていた

ブライテストタールより、駐在軍が南港を求める場合も、駐在を続ける場合も
グイ主力隊はブライテストタール奪還のため紅の国への帰還はしない
そのため、南港の防備を強めることと、万が一に備え南の防衛線を強化することが肝要

「導師はどうやら、自らあの敵を殺し尽くしたいらしい・・・さて、姫様と知恵比べをして導師で勝てるか」

少し、まだ、震えてしまう
グイ導師が、敵を甘く見ているように思えてならない
戦の仔細はよくわからない、難しいチェスなど理解できない
よく情報を集めて、それに対して正しい処置を施しているのかもしれない
事実、北の砦は間もなく取り戻せる
だが、本当にそれは、グイ導師が望んだからなったのか?
姫様が、そうしたいと思わせたのではないのか?
あの女は、あの姉は、あの人は
そうやって、相手を操ることに長けた、心理ゲームの達人ではなかったか

「グラス・・・今日は下がってよい」

「は、はい」

忘れていたように、少しだけ静寂と
その静寂の間、心を失った女の観賞を楽しんだ
女王は、ゆっくりと側の女を手放した
うろうろと、正常ではない足取りをじっくり、背中を見ておく
女っぽさが失せている
見事なものだな、玩具を嬲る子供のように、側仕えの女を見送った
広間に一人、広すぎるそこに一人

「ふむ・・・・」

玉座の背もたれに、自身をゆっくりと任せた
赤を基調としたその座は、しっとりと全身を包み込むように受け入れる
女王は自らを飾る黒い石を眺めつつ
少し、物を考えることにする、姉姫様のことを思い出してしまう
それを乗り越えようと

「わからぬな、港から軍を派遣し、ブライテストタールにこちらから攻めればよいのではないのか」

女王なりに考えたことを呟いてみる
だが、空虚はそれに応えてくれない
もう少し考えてみるが、わかるはずもない
その答えをいつも出してくれる軍師が側にいない

「そこまでかかっておるのか・・・・」

ふと、軍師殿が空席となったのすら
既に姉姫による術中ではないか、そう思って背筋が凍った
そのまま、帰ってこないのではないか
そう思うほど、そして、ヴェステンの国の旧家が
今、まさに敵として現れたアルの伴侶として、もう一人の女の顔を思い出した

「キルシェ・・・・」

姉姫の懐刀、傀儡騎士が娶った、ヴェステン・ヘヴォン王家の第一皇女
美しい年上の女だったと、未だにその顔形をはっきりと覚えている
姉姫のような幼さと美しさを危うく保ったのではなく、完全に女として完成、というべきか
熟した様をたえていた女だった
美しさは言うまでもないが、物腰の柔らかさと滲み出る功徳にもにた優しさが
周りの人間に柔らかさを与えていた
しとやかながら、夜は随分と激しいと、男にとってたまらぬ女、淫乱だったらしいなどと
今は噂されている、その根源は、この女王が流した根拠のない中傷だ
だが、本当にそうだったと思っている、余談

「キルシェが手引きをして、既にヴェステンになんらかのことがあれば・・・軍師殿・・・」

不安が襲ってくる、細かく震える
恐怖に包まれるように、急速にまわりが冷えるように感じた
小さく身をよじってから、ゆっくりと息を吐く
口は大きくあけるが、小さく、細く吐かれる、吐息は甘い匂いがするように
恐怖に身をすくませながら、知らず、体のどこかが馴染もうと、濡れてくる
誰もいなくてよかった、今の女王は、気弱な少女のそれ
表情は、あまりにも可憐で、そして、淫靡である

「失礼します」

「!」

一瞬目の前が真っ暗になったように思えたその時
凛とした声が、女王の不安を振り払った
耳に心地がよい、その声は透き通っていて暖かみに溢れている

「どうした、ツエク」

「いえ、女王様のお話相手になろうと・・・」

「そなた、聞いていたのか?」

「いや、グラス殿が、お側にと・・・」

気を回すだけの余裕があったのか
グラスのよくできた部分を見せられて、女王は少しだけ恥じた
しかし、気を利かせているようで、どこかバカにされているようにも感ぜられる
含んだ笑いを見せつつ、女王は息子に質問をする

「そうか、ならばよい、質問があるのだ」

「なんでしょう」

「現状は聞いておるな?そこで、グイ導師からは、かような達しが来た」

「はい・・・・・なるほど、港の防備ですか」

女王は書面を息子にわたし、その様子をうかがう
そして、しっかりと見通したのを確認してから
再度質問をする

「私には、港から軍を派遣してブライテストタールを攻めるのが上策のように思われるのだ」

「・・・・」

「なぜ、わざわざ受けることを考えねばならぬのか・・・もしかすると、グイ導師は、
一人で戦争がしたいだけではないかと、疑うでもないが、考えてしまうのだ」

女王は、面白半分の調子を見せて
本心から不安に思っている様を隠す
息子の答えにあまりアテはしない、早く軍師は帰ってこないか
そんな話題に切り替えようと思っている

「それは下策です、女王様」

「!・・・どうしてかしら」

「多面攻撃は本来から下策になります、戦力を分散し、戦場を増やすのはよくありません」

「しかし、結局増えることになりませんか?攻めてこられるならばなおのこと」

「守勢は、攻撃よりも兵力を必要としませんし、なによりも時間を稼ぐだけで全体勝利に貢献できます、
だから、港で守る、あるいは、ひきこんで城都南で守るというのがよいと、導師は判断されたのだと思います」

「まるで、南まで引き込まねばならないと言うようですね」

「その通りだと思います、おそらく導師は、港は捨てて、敵をそこに集めた後、
陥落させたブライテストタールから海より、南港を攻撃し挟撃とするつもりだと、
あとは首都に対する備えについても必要だから、そしてなによりも軍師殿がお帰りになった後
手駒を置いておかねばならないなど、防備というよりも反抗への備えを想定されているのだと」

「・・・・・」

「女王様?」

「いえ、頼もしい限りです、なるほど、私が浅慮なのはわかりました」

ツエクはそれ以上何も言わず、にこりと一つ笑った
本当は、攻めること、海戦の難しさもあわせて謳うべきなのだが
そういった理屈を母は好まないことを思い出した
何か、不安げだった女王の表情から、その影が消えたことで
単純に嬉しいと感じている

「ともかく、軍師殿の帰りを待ちつつ、防衛に務めることとしましょう」

「ご安心ください、母上は私と、私が率いるマイグレックヒェンによって必ずお守りいたします」

頼もしい
その面影が、つと、失った伴侶に似ている
愛したハンプという騎士の面影をそこに認める
女王は、深くため息にも似た、嘆息をあらわにして
息子に優しいキスを見舞った

「頼みましたよ」

「無論です、それに軍師殿から間もなく帰還されると早馬も到着しておりました」

「そう、でしたか」

一等、安堵を見せた
柔らかい笑顔だった、ツエクは心からよかったと思い
同時に、軍師に対する信頼の深さを読み取った
少し寂しいようにも思えてしまう、自分では母を、女王を安心させられない

ともあれ、女王と皇子の契りはかわされた
未だ、この国の上層部は盤石である
一方で、同じ城内、一人盤石からほど遠い状態となっている女がいる
グラスだ、眼鏡は曇るようにして
視界をどんどんと狭窄となる

「マリーネ・・・マリーネが?」

自分の部屋でベッドにつっぷした
そして、呟く、震えながら反芻する
手紙にあった言葉を思い出す、「朱騎士隊隊長帰還せず」
そんなばかな、ありえない、みとめられない
様々に思いつつ、どろどろと自分がどうにも熔けていくように感じる

「グラスさま・・・」

「リズ・・・居たのですか、なんでもありません」

出ていけ売女
なんとなく、突然に自分の中の攻撃性を露わにしそう
目の前の気弱な女は、それを誘発させようとするかのように
おずおずとしながら、じっとグラスを伺っている
この女は、どうしてこうも・・・

「貴女、私の姿を見てわかりませんか」

きつい調子で、無茶を言い始めてしまう

「え?え?」

「私は今、一人になりたかったのです、それ以上に、貴女に会いたくありませんでした」

「も、もうしわけございません、す、すぐに」

おろおろとしながら出ていこうとする
だが、そうはさせない
言っていることはめちゃくちゃだし、乱雑で虐めのそれだけども
グラスはどうしてか、リズを視界に入れているかぎり、それをやめられないように思われた
感じるままに、ただ、残虐になれる
思いっきり平手でリズの頬を叩いた、ぱぁんと高い音がして
リズは泣きながら倒れた

「立ちなさい、何を倒れているのですか」

「も、申し訳ございません、ございませんっ」

「察することができなかった貴女にまた、私は教育を施さなくてはならない、一人になれない
そんな時間がどんどん減っていく、どういうことかわかっていますか?貴女は、何をしたか」

「申し訳ございません、ごめんなさいグラス様、お、おゆるしください」

めそめそ
金髪を揺らしつつ、涙を零しつつ、女は怒鳴られる
というよりは、叱責される程度であるが
その度に、震えて、小さくなっていく
グラスはその様子を見て、どこか暗いものを思い出したように
ねちねちと、躾用の鞭で嬲りながら、散々に罵倒を繰り返した
めそめそ、ぴしぃぴしぃっ
リズの小さな悲鳴が、部屋の中で子馬を連想させるような嘶きになった

「ごめんなさい、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」

「お黙りなさいっ!!この、このっ!!」

ぴぃっ!!
振り上げた時の音が次第に大きくなった、頬を上気させて
グラスは打ちつけるほど、悲しみを怒りに、そしてもう一つ違うものへと
変質を遂げさせていた、わけもわからず
ただ、ぼうぼうと鞭を奮ってしまう、女の鳴き声が耳によい
甘く、後を引く・・・

こんこん

「!」

びく、我を取り戻した
グラスは、自分が打擲する姿に酔っていると気付いた
あわてて取り直すようにして、すぅ、息を一つ吸う
間をおいて返事を向ける
ノックの音に対してだ、律儀にその主は、扉を開くことなく返事を待ち続けたらしい

「どうぞ」

「すまない」

扉が開かれる、誰だろうか
いぶかしげな視線を向けていたが、現れた相手に驚き
すぐに姿勢をただした

「ツエク皇子・・・どうして」

「いや、先のお礼をと・・・」

子供だが、それなりに気を使ってくれている
そして今、間が悪いと気遣いが漏れる
叱責していた様を多分、外から聞いていたのだろう、それを止めてしまった
ツエクはその行為が正しかったかどうか、はかりかねている様子だ
皇子に余計な心遣いをさせるなど・・・
グラスは狼狽し、すぐにリズを立たせ、外へと使いに出した

「先はありがとう、母上は理解を深めてくれた、心配の影も消えた様子だった」

「そうでしたか、感謝の言葉、光栄きわまります」

「いや、邪魔だったと思っているかもしれないが・・・その、マリーネのコトを」

かた、
小さく音が立った後、グラスの手が震えた
震えているが、背筋は伸ばしたまま、じっとツエクを同じ表情で見ている
一点、瞳だけが忙しそうに、その裏側に秘めた動揺を写している
ツエクは、その程度まではわかったが、具体的な事象については
まだ理解できる年齢じゃない、ともかく、今必要だと思われる信念に従い
マリーネについて知っていることを話す

「前線は、評判ほど芳しい戦果では無いらしい、いや、私が実戦経験少なすぎる故かもしれない、
本来、血が流れない戦闘は存在しないのだと、これによって知らされたと思っている」

「それは・・・」

絶望が瞳にともる
ツエクは少しうろたえる、だが、安心させようと
少し前屈みになり、手振りをあわせて説明を続ける

「いや、正確な情報はまだこれから集まってくると思う、私が今知っていることは、
ゼーの部隊が壊滅したということと、マリーネ騎士隊長が行方不明だということだけなのだ」

「ああ・・・・」

ほろり、グラスの眼鏡の奥が溢れる雫にきらきらと輝いた
ツエクは怯んでしまうが、どうにか、この年上の女性を安心させようと
言葉を継ぐ

「待ってくれ、その、情報が錯綜しすぎているのだ、グラスさん、貴女なら
いつもの聡明な貴女ならわかるでしょう、全滅したのはゼーの部隊で行方知れずがマリーネ、
おかしいと思いませんか?」

「・・・情報が間違っていると?」

「その、続報が無ければわかりません、が、貴女が・・・」

そこまで泣いてしまう必要はまだ、ない
ツエクは言葉を紡げず、しずしずと揺れる女を見ている
目の前にいるのは、紛れもない一人の女なのだ、このところ
突然に城仕えの厳しい女官吏という様相から、人情というのか
人くささが滲みでていた女
その最果てに今、上り詰めようとしている
ツエクは、その姿を見て動揺している、10歳の子供だから当然抱くものなのだろう

「ご心配をおかけして、申し訳ございませんでした・・・ツエク様、ありがとうございます」

「いや・・・貴女に何かあっては困るから」

「お心遣い、有り難く頂戴いたします」

ゆるり、頭を下げた
ツエクなりに台詞を選んだが、選びすぎたのか、気付かれていない
困るのは誰がか
多分、国が、女王がと理解したであろうグラスを見て
少し残念を催すが、それ以上は何も言わず、外へと出た
グラスはとりあえずの落ち着きを戻したらしい、多分
扉を閉めた後、また、一人であれこれと考えてしまうのだろう
ツエクは、出来うる限りの前線で起きている情報を得たい、そう思っている

母上も、軍師殿も、皆、私に隠していることが多い・・・

嘆息を漏らしながら、ツエクは歩く
10歳くらいの子供と、まわりが侮っている、それを肌で感じる
実際その通りだし、そのままなのだが、彼らが想定している10歳は
本物の、10歳とは異なる生物らしい
そんなに幼くもないところがあるし、幼いけども、物を解っていることもある
だから、情報を欲しがるが、管制されたそれは
口当たりのよいものばかりだと疑い始めている

母上も、グイ導師も、手飼いの諜報員を持っている様子、いつか私も・・・

考えながら、城内を歩き、自分の部屋へと戻る
その途中、普段なら気にならない脇道、確か倉庫に繋がっている暗い廊下に
人の気配を感じ取った、足音を消す、訓練通りのことだ
腰の剣を確かめる、こういう時だけは、飾り付けの金剛石が疎ましく思える
したり、影に近づく

・・・リズか

ツエクは、下女だと判断して安心した
先ほど、いたく打擲をうけていた様子だから、痛みに耐えかねて
ひっそりと影で泣いているのだろう、そう思った
その傍らで、リズの印象を思い出していた、ゼーに犯されている彼女の声
それを何度も聞いたという、記憶がなぜか今、このタイミングで上る

思い出して当然だったんだろう、不用意に近づいたところ
リズはまだ気付いていない、気付かずに、ただ、体を奮わせながらも一心不乱にいそしんでいる
ツエクは思わず、そこで後ずさった、だが、足は重く
そして視線はその行為に耽る女から逃れられない

「ん・・・・・あ・・・・・・ん・・・・・・」

ふる、ふる
細かく震えながら、おそらく股ぐらに手をさしこんでいるのだろう
もぞもぞと、暗がりで蠢く女、それだけで若い男子はどうかしてしまう
そしてそのどうかした想像を裏切らないことを今
懸命に施しているらしい、目を半分ほど閉じるようにして
先ほど打ちつけられたのだろう、生々しい傷に自分の指と、舌とを這わせて
また、細かく震える、ぷるぷる、艶めかしいというほどではない
が、暗がりのそれというだけで、淫猥な雰囲気が充分になる
ツエクはじっと、リズが迎える様を目の当たりにする

「っ!!・・・んっ・・・・んっっ・・・・あ・・・・く・・・ぅふぅん・・・ん」

ぴしゃ、液体が零れたような
そういう音を聞いて、ツエクは、近づいた時と同じように
足音を立てずにその場を去った
胸がどきどきとしてしまう、女のそういうところを
様々に見てしまう、見てはいけないとなぜか思うのに、やめられない
かしこで見られた、マリーネとグラスのこともそう、
ゼーとリズのこともそう、
どこかしこと問わず繰り広げられる

母も、やはりそうなのだろうか

美点と言うべきか
女王は、その痴態と淫乱について、噂は絶えないが
決してその姿を息子に見せたことはない
自分の母が、今まで見たそれらと同じようなことをしている
そう聞いているが、決して彼はみない
軍師殿と、もしやと疑ったこともあったが、まったくない

どうしているのだろうか

母とそうしたいのか、たまに思うが、それはない
そういう趣味はないし、そうなってしまったら、きっと
母は隠している故に、それを見られることなる、自分との関係を望むことはないだろう
それならば、それでよい、ただ、今は

先のリズの痴態を見たせいだろう
かわいらしいそれだが、もう、勃起を覚えるようになっている
それを握りどうにかする、そういう話を同い年くらいの仲間から聞いたことがある
やがてはそれを女にさせるのだそうだとかも聞いてる
興味はある、あるが、まだできない
ぴょこり、という感じで、いわゆる親指の角度で立ち上がるが
なんともできない、もぞもぞとしつつ、まるで女のような
股を押しつぶすように触る、何か気持ちがよいような、複雑なものを感じる
こんなことをしてはいけない
思うのにやめられず、次第に脳に、グラスのことが浮かんでしまう
グラスの、幼い男子には妖艶に移る、肉置き豊かな体を思い出してしまう

びくっ

ぞくぞくっ、何か起きたような、そんなことがあった
だが、精通を迎えていない彼にはそれ以上何かが始まるでも萎えるでもない
何か、とても疲れたと思うだけで何もかもが終わる
うろんとしていた脳が冴えて、全てに意識が向けられるようになる
注意力が散漫だった時間が終わりを告げて
もう一度、短期の目標を思い出す

戦争の情報を集めよう、自分で全てを判断しよう

ツエクは調べ、やがて
軍務参謀が喉から手を出すほど欲しがるであろう
素晴らしい現状把握地図を描くこととなる

ただ、描かれた絵は、現時点で誰もが予想しない形を示すこととなる

つづく

もどる

また週遅れでこのデキ
反省の様子が見られず、申し訳ありません
(07/04/16)