Edelstein ”Karfunkel”


「もう一つ、港をこしらえる時期かもしれぬな」

「慧眼恐れ入ります」

「軍師殿、そなたの指図のおかげであろう、ありがとう」

「とんでもありません、全ては民衆が富むため、国が栄えるため」

「重畳です、交易のおかげで道路の整備も進みました」

うやうやしく軍師は頭を下げた
女王は王座にゆっくりと腰をすわえている
傍らに少年がいる

「ツエク」

「はい」

少年は女王の声に返事をする
凛々しい声、10才の少年は既に英雄の片鱗を見せる
有り余る若さと、美しい相貌、雄々しく猛る声
それぞれ、とても必要ながら、些末なことをいちいち揃えている
天分なのだ、この国の皇子にあたる、女王の一人息子「ツエク」

「お前もクローンプリンツとして、やがて軍師殿のように見渡せる視野を持たなくてはなりません」

「わかっております母上、民衆をよりよい方向へと誘う、約束いたします」

ふふ、その言葉に思わず女王は笑みを零す
たかだか10歳の子供が、国の、民衆の扇動について語る
頼もしいと、親バカなのだろう思いながらも感動を覚えている

「さて、軍師殿、ヴェステンの様子はどうです?」

「友好そのものです、協定通り、交易も順調です」

「大きな道を拓いた甲斐がありましたね、火石の発掘状況は」

「それにつきまして、暫く調査に向かいたいと思っておりますが・・・」

軍師殿が伺う表情を見せた
火石とは、火薬の素となる鉱物だ
ヴェステンと呼ばれる西の隣国でのみ採掘される
その採掘量は少なく大変貴重、また火薬は国の力を富ませる
国の力の源となるほど重要な資源だ
ヴェステンとこの紅の国は同盟関係を築き、その資源の交易をしている
交易といえば対等な関係のようなフレーズだが、当然不平等な条約という
ごくありふれた国対国の付き合いを強いている
ヴェステンは属国の一つに過ぎない、紅の国は他の隣国全てとも同じような
形式上の同盟関係を連鎖させ、共同体を形成している
他国は取り立てて脅威となるものがないが、ヴェステンのみ
火石という鬼札を握っている、だから、国政で第一に考えられる属国である

「よいでしょう、式典まであと半年、時期としても満ちておりますね」

「?・・・それは、派兵をお考えですか?」

「また遠国で細かな暴動が起きていると聞いております、それらを掃討するついでにお願いします」

「かしこまりました」

「蒼隊、朱隊を率いて少し旅行に出てもらいましょう」

女王はようようと宣言する
不思議、というべきであろうか、広い間であるが
そこに存在する人間はごくごくわずかだ
全員が全員の表情を読みとれるだけの人数
女王、皇子、軍師、そしてお付きの侍女
お付きの侍女はよく出来たもので
自分の存在を、そこに居るという以外には全く表さない
物音を気に障らない程に立て、己が立っていることだけを臭わせ、それでいて何も知らない
優れた世話係である
女王の声はよく通り、軍師との間に会話の妙が見える
しかし、皇子が目を見開いて母を見上げる

「母上、それでは城都の守りが手薄となります、白騎士隊マイグレックヒェンの出動をお命じください」

「それは、どういうことか?」

「私も騎士王の血を引く者、白騎士を率いて大戦果を約束いたします」

「さて、辺境は文明よりほど遠い、お前が考えているほど統治は甘くないぞ」

「解っております、しかし先ほど母上は仰られた、道により拓けたと」

言ったかな?
女王は少し小首を傾げる仕草を見せた
だが、息子は凛々しい眼を向けたまま、さらに続ける

「広い道ならば、戦力全てを損失なく戦地へと調達できます、紅軍近衛兵の力を見せるためにも是非」

「その近衛兵を齢10のお前が率いて、勝つというかえ」

「なんの、その言葉は、国が、母上が席に着かれてからの10年を笑うようなもの」

「あいわかった、子供の論理には敵わぬ・・・いや、一国の女王として感服した、許す、頼みましたよ、
軍師殿を辺境経由でヴェステンへとお送りするように・・・」

母は笑顔でそう言った
はいっ、大きな返事をする息子
その言葉が、息子ではなく帯同する軍師殿に向けられているとは
まだ気づけないほど幼い皇子
幼い騎士は、女王の息子である、間違いなく彼女の腹から生まれた
父は誰か
10年前、彼女がこの国を引き継いだ時、その最中に突然の病に倒れた騎士
それが父だと言われている
ツエクはその騎士と髪の色、瞳の色、鼻の形全てが切りそろえたように似ている
だから間違いなくそうだろう、国民の誰もがそう思っている
しかし、城に住む大臣や将軍の類は、それを信じ切っていない
多くの政治家や軍人がはびこる立派な王城
そのはびこる諸々全ての人物が

ツエクの父になる権利を持っている

いや、ただ一人、中枢にいながら軍師殿のみはその権利を有しない
平たく言うと、軍師殿だけは女王と肉体関係が無い
娼婦の女王は、そうやってこの城都の、王城の、円卓を囲む政治を支配した
淫乱だから女王がいたしてまわった
そう揶揄されることもあるが、そのような性癖如きで割り切れるものではない
それを政治のカードとして彼女は、札遊びをしている
ツエクは仕度のため、席を外した
女王と軍師殿のみとなる、正式にはそこに侍女があるがそれはいないに等しい

「月日が流れるのは早いな、軍師殿」

「ツエク様も立派になられました」

「ツエクをよろしく頼みます」

「無論、友のため」

軍師殿は、正式な父と目される、死んだ騎士の親友だった
唯一無二の親友だった、二人で国を率いていこうと誓い合った
前王、いや、前女王のやりように反目を覚えた騎士と軍師
二人は友情と情熱をもって、現女王にその国権を移す活動をした
その活動の成果が現れ、前女王の妹である現女王、褐色のその人の位となった
ただ、代替となる形で、騎士は命を落とした
志を軍師は受け継いでこの政治の中枢に身を置いている
10年前のその事実を、血塗られた政変を国民は知らないでいる
納得づくの禅譲だったと広告されている
それから10年、人間は忘れやすいもの、忙しければよりそうなる
女王は、軍師は、率先して国民全てを働かせて、未曾有の好景気を呼び、忘れさせるため
ただ、政治を司って歩んできた、結果、世間は忘れつつある
以前の支配者の形を思い出せなくなっている

「ともかく、仕上げの一つになろう、マイグレックヒェンがツエクの物と思わせるのは確かによい」

「その通りです、ツエク様はわかっておいでか、勘ぐってしまうほどその選択に間違いがありません」

「だとよいのだが、まだ子供だ、しかも下を、酷いという物をしらぬ子供だ・・・心配でならぬ」

「それは、私と、女王様で補えるところです」

「補わなくてはならぬか」

「それは」

「よい、わかっている、ハンプの時からそうであった」

ハンプというのが死んだ騎士の名前である
情熱と理想と希望を宿した身体、表向きの英雄にふさわしい男
しかし、その希望から漏れてしまったものをどうするか、後ろ暗いところはどうするか
全ての黒い部分は、軍師が請け負いつつあった
騎士は褐色の妹姫と恋仲となっていた、現在の女王その人
前女王の妹という「地位」に棲む生き物だ
彼女は、娼婦の館から、前女王が気に入ったという理由で水揚げした、いち娼婦なのだ
娼婦を妹にするという、破天荒を平気で行うのが前女王である
それは前女王の性格のごく一部を表現する現象の一つでしかない
ともあれ、現女王はそういう下層の出身だからこそ、そこの蠢く黒さはよくわかっている
それを救おうとは思わない、利用しようとは思う
そんなところで、彼女の経験は、軍師の知略に活かされて今がある

「あの年齢で大将のそれを見せられるであろうか」

「国民は新たな英雄の誕生に酔う、そうせねばなりません」

「本来なら、ハンプの代わりではなく、騎士隊長のそれを体現できるか」

「女王様」

軍師殿が、少し強い調子で言葉を押さえつけた
ややこしい歴史の一つに、この国に英雄と呼ばれる騎士が二人いたということがある
一人は先述の女王の夫、騎士ハンプ
この死んだ騎士は国一の騎士隊マイグレックヒェンの二番手だった
一番手は前女王の右腕であった、もう一人の英雄騎士マイグレックヒェンの隊長だ
血の禅譲劇で前女王とともに亡き者とされた
10年と少し前のこの国は、その二人の強い影響力が全てを支配していた
それを払拭せねばならない、景気による政治の統一はほぼ済んだ
あとは武力という、国の象徴を手元に寄せるのみ
それをツエクにやらせ、千年王国の礎とする、女王と軍師の悲願である

「ともあれ、軍師殿、しばらく頼む」

「しかし女王様、ツエク様のおっしゃる通り側の者が少なく」

「よい、侍女のグラスだけで充分だ、それに朱隊と蒼隊さえおれば、変事があっても
時間稼ぎは十分できる、軍師殿が帰ってくる時間くらいは保つ、なぁグラス」

ぺこり、
側で黙っていたグラスは恭しく頭を下げた
この全てを知りながら、殺されることもなくここに生きている侍女
控えめな顔立ちと性格、年齢は女王よりも少しばかり上だが
まだ30には届かない、しかしキャリアは長い、10年女王に仕えている古株
眼鏡をかけている、特徴はそれくらいの地味さがまた素晴らしい
ただ、黙って頭を垂れた

「軍師殿、よい旅を」

「・・・、かしこまりました」

かくして、この日はゆるやかに日が沈んだ
翌朝、華々しい装束でツエクが女王に謁見する様が
大広場にて披露される
露天の広場、民衆が集うその場所、公の発表

「ツエクよ、北方辺境に住まう民族の平定に、白騎士マイグレックヒェンとともに参れ」

「女王の命、身命を賭して!」

雄々しく宣言するツエク、10歳とはとても思えぬほど
利発と天賦の才を臭わせる素晴らしい出陣風景が整った
この英雄風に事欠かぬ風体について、女王はほとほと安心と安堵を投げかけている
子供であろうと英雄の素質がある、それだけで
下々の全ては、若いながらもその皇子に仕えよう、あるいは尽くそうと思うものだ
シンボルは無垢なそれにこしたことはない
風聞妖しからぬその素性を覆い隠す、覆す?同じ文字で当てはめられるそれをひっさげる

「白騎士、私に続け、北方の移民に文明を降臨させるぞ」

「おおお!!!」

マイグレックヒェンは近衛兵隊としてよくできた騎士団だ
彼らは主人を仰ぎ、決して裏切ることがない
尽くすため、正義がそこにあると信じるがため、子供が隊長であろうとも
それを支える、献身に事欠かない

ツエクが女王の命を賜り
その身体を翻した、ゆっくりと赤階段を降りて
並み居る騎士達の間を抜けていく
その騎士達が作った道の入口に二人の若い騎士がある
年はツエクより少し上になるが、やはり、どう見ても若い二人
宝石商を見舞った時、女王についていた二人の騎士だ

「ゼー、マリーネ、悪いな、今回は私のみだ」

「ツエク皇子、御武運を」

「あまり無茶をなさいませんように」

二人は弟に目をかけるような
そういう視線を送った
ゼーと呼ばれた少年騎士が蒼騎士隊隊長
マリーネと呼ばれた少年騎士が朱騎士隊隊長
いずれも、白騎士の一つ格下ではあるがこの国の主力騎士隊の隊長を務めている
精鋭部隊の隊長だ、若さと実力のバランスが絶妙をとっている

「ツエク様っ!」

「ツエク様っ!!!」

騎士達が作った道のそちこちから声があがる
それに答えるようにツエクは大きく手を振った、まだ出来上がっていない体躯を
ふわり、包むようにマントが翻って少年を大きく見せた
民衆がその姿に熱狂を覚える、どぉどぉと唸るような音とも声とも、響くものが轟いた
並ぶ騎士達はどれもこれも若い、この国は歴史だけでなく
人間までもが若いのではないか、そう錯覚させられるほど騎士達は生命力に溢れている

無論、古参の者達は政変により全て掃討されたための必然だ
ではあるが、若さはこの国の持つ、最高の能力として
国力の充実と潜在力を高めている

「見よ、若き力の、新しい生命の息吹を」

女王が側の者に声をかけた
少しずつ遠ざかっていく自分の息子の背中に視線を送り
その姿に踊っていく、可愛らしい国民達を満足げに見回した
ひとつ、その中で顔を見つけた
少し戸惑う、いや、視線を止めてから、小声、いや、声も出さず
唇が小さく動いた、それを見てすぐ、侍女のグラスが近寄った

「宝石商が来ているようだ、顔つきがおかしい、何かある」

「かしこまりました」

言われると音もたてず、その地味な侍女は袖に消えていった
民衆の声はいつまでもやまないで、壮行会は終了を覚えないまま散会した

「わざわざにお越しいただきまして、お声さえ頂けましたらいつでもよい席を用意したもの」

「い、いえ、たかだかいち商人でございます、先日わざわざのご足労頂戴した名誉・・・」

「市中に他用のあったついでです、それとも女王位ではそなたの店には入れぬと言うか?」

「め、滅相もございませんっ」

冷や汗と脂汗
それがとてもよくわかる、女王はつぶさに階下でかしこまる男を観察する
脅えた様子がある、詰問されるたびおどおどと、その震えが増している
しかし、これを見越して、どうも捕まりたかったようにも思われる
何か伝えづらいことがあるのだろう
下々のものは時折、己を隠しきれない時に他人を頼る癖がある
それだと女王は確信している
叱責してやるべきなのだろう、そして叱責さるほどの罪とあれば

「さて、宝石に何かありましたか?」

「!!・・・そ、それを、ど、どうして」

そのままかよ
女王は、つまらなそうな顔をするが
そのカマかけの内容はあまりよい事ではない
国の大事を担うようにと揃えた宝石が、紛失などとなればさて
視線を鋭くして、宝石商を睨み付ける、萎縮した男は目に見えてわかる震えを顕わした
舌打ちをしたい気分だったが、それは飲み込んだ
状況を察したらしく、グラスが何か動こうとしたがそれを制止する

「さて、どうされたか、報告にこられたのであろう?」

「は・・・ま、まことに、まことに申し訳・・・」

「そなた、話を聞いておるか、どうなったかと聞いておるのだ」

「そ、それが」

脂汗が気持ち悪い、ただでさえ醜い男の顔が
ますますきわまって見える、そむけたくなるほど汚らわしい
そう思うほどに、より見つめたくなってしまう
女王はじっと、その所作を眺める
宝石商は懐から宝石袋を取り出した

なんだ、なくしたわけではないのか、ならば割ったのか、失敗したのか

女王の考えが整う前に
いそいそと宝石商は袋をといて、それを裏返した
袋の裏地は、絹であしらわれているらしく
いちいち美しい光を放っている、指先の形で3本の突起が珠玉を支える
さながら、ショウウインドウのそれだ
ガラスの箱に囲われた中に鎮座する宝石と同じ
それを器用に手先で作り出した
手作りの台座の中心に、先日と同じ大きな石がある、いや、同じではない

「戯れか?」

「い、いえ・・・わたくし、この商いをはじめまして早、30年が・・・」

「貴様の昔語りなぞどうでもよい、それは何か、まさか無くした挙句の代替とぬかすか」

「違います、にわかに信じられぬことと存じ上げますが、これが、先と同じ石でございます」

「・・・黒いではないか」

「それが、ある時、いや、あ、朝になりましたところあの深紅の石が黒く変色を」

グラスがすぐに気配を消した
今度は女王も止めなかった
嘘をつくなら、もう少しましなことを、いやそれよりも黒い石で代替とぬかす神経が・・・
女王は針のような視線を飛ばす、男は平伏して顔を見る事ができないらしい
ただ、震えながら指先で支える大きな石を差し出している

「正直に申せ」

「いえ、偽らざることでございます」

「ほう、代替の石をわざわざ用意してか」

「いえ、と、とんでもございません、これが、まさしく同じ石でございます、本当なのです」

「・・・・ふむ」

「恐れながら、万が一紛失ならば代替の石に黒をお持ちするようなことは絶対に・・・」

こいつ、知らぬのか
疑念が一つ晴れた、黒を好む自分の嗜好をどこかでかぎつけて
わざわざの媚びかと疑っていたが、蒼白となりながら
しかも女王の前で、堂々と嘘をつきとおせるとも思えない
いや、この件は本当らしい、ただ、どうしてそうなったかに嘘がある
明らかに嘘をついている、それを見抜くがまだ、責めない

「どうして、黒くなど」

「わ、私にも・・・・ま、まったく覚えなく・・・」

「よくあるのかこのようなことは」

「い、いえ、長く携わっておりますが、ほと聞いたことが、されど、戻る方法が無いかとお調べしましたところ」

「ほう」

「紅石にはかねてより黒の素があるとされて、採掘の場ではしばしば黒い石とともに上がると」

「方法ではなく、素性のみしか解らぬか・・・なるほど、黒い石と兄弟だと言うことか」

「はは・・・真偽はさておき、この沙汰におきまして、すぐに代わりを探すかと思いましたが・・・」

宝石商のつれつれ話はまだ続いている
グラスが戻ってきた、特に何もかわった様子もない
女王は話半分耳を傾けつつ、違うことを考えている
いや、願望と切望と希望とか、夢や欲望の類と理知を天秤にかける

この黒い石ならば、より、私を飾るにふさわしい

事の次第とは別に、女王はすでにこの石をひどく気に入っている
オニキスや黒曜、黒金剛石のような闇を連想させる黒ではなく
深く輝きを秘めたままの透明感と言うべきか、沈着する黒ではない
ただうごめくようにとどまらぬ光の作用を秘めた石
真偽はともかく、むしろ、紅が黒に染まったというその出来事自体が
女王にとっては賞賛すべき逸話に違いない
紅の旧態を覆い尽くす黒い色
吉兆に他あるまい

「そうですか、変わってしまったものは仕方あるまい」

「も、申し訳ございませぬ」

「その石で、かねてよりのもの仕上げて見せよ、工賃は言い分の通り支払ってやる」

「は、あ、ありがたき幸せっ・・・し、しかしこの石で本当に?」

「正直に申してよかったであろう」

「あ、や、まことに、あ、ありがとうございます」

「まぁ、石が突如変わってしまったのだ事故のようなものであるしな」

ふるり、宝石商のまだ震えは止まらぬらしく
笑顔を浮かべてはいるが、相変わらず嫌な汗を滴らせている

「時に、それを今一度見せてみよ」

「は、こちらを」

グラスがすぐにそれを手から取り上げ
女王のもとへと運んだ
女王はそれをそす、手にとって眺めた
日の光に透かしてみる、なるほど、確かに紅い血の色が沈んでいる
言うとおり黒く変色したのは違いがなさそうに思われる

すん、一つ鼻をならした、匂いがある
宝石を嗅ぐなどできるはずもない、しかし鼻に届いたそれを
女王はなんであるかを知覚し得た
刹那、視線が一等鋭くなり眼下を貫いた
男は気付いていないらしい、その脳天を射抜いた視線をゆっくりと女王は鎮めた
石はまた、グラスの手を経て宝石商の袋へと戻った

「さても、大変であったが、しかと作りあげよ、仕事にのみ精力を尽くせ」

「は、全身全霊をかけて製作にとりかかります」

「そうか、ところで貴様が調べたという逸話、今回のこの件とあわせ方々で、いや
宝石の業界があろう、そこで一つ持ち出すことにせよ」

「それは?」

「なに、この石が紅から黒にかわったものであると、その話だけでよい、
霊験あらたかなそれらと思われれば、それはそれで価値のあること
もとより嘘ではないのであろう」

「そ、それはもちろんのこと」

「ならば、よしなに頼むぞ」

おずおずと、しかし少しばかり浮かれた様子で
宝石商の背中は扉の向こうへ消えていった

「グラス」

「はい、ゼー殿にお知らせしておきました」

「わざわざ騎士がする仕事ではないが・・・行くのであろうな」

「好奇心旺盛な方でございますから」

女王は満足そうに笑った、目を細くしてたおやかに笑う癖がある
この笑いをこぼしている時は、意識的に笑っている
先にグラスが席を外した時、騎士ゼーに対して
この男の身辺を調べる任を与えた
無論グラスは、女王の勅命として伝えている
そしてゼーという少年は、そういった仕事を騎士でありながら
探偵さながら、自分でするのを酷く好む
数日、ゼーがこの男の身辺を探り続けることだろう

「あの石、淫行の臭いがあった、あの男、妙な性癖があるらしい」

「それは」

グラスは目を円くして驚いた
その言外に秘めたところは女として、赦せない、いや
理解しがたいものである、男の性癖は時にして理解に苦しむ
宝石を、いったいどのように使うというのか、グラスはまだわかっていないが
女王はなんとなし、推測が像を結んでいる
娼婦の時、芸でしたものだ
そんな程度だと思っている、この女も自らのほとより石を産んだことがある、余談

「本当に石の色が変わるのか、なるほど試してみたいものだ、後々、お相手をゼーが連れてくるだろう」

「男の方はいかがなさいますか」

「やすやすと女王の前で嘘をつくような輩、生かしておく価値もない、石さえ手に入れば用はない」

「・・・女王様には、隠し事ができませぬな」

「ふん、露見しなければ何をしようとも構わぬ、杜撰なそれでは見過ごすわけにはいかぬだろう」

「どこで看破なさいました」

「調べたというあたりからな、あれは事象を調べたのではなく、戻す方法を調べたのであろう、
何かをしでかしたのだから、戻るとすぐに思ったのだ、自然現象ならばそうではあるまい」

どこをどう聞いたら、そのような推論に至るのだろうか
あの事象からそこまでを推測するのは、正直なところ、空想の域が大きく
著しく不審に相違ない、しかし
女王の言うことはたいてい、その通りなのだ
グラスはそれを解っているから、もうそれ以上訊ねるマネはしない
なにより、女王もその話題に飽きている

「マリーネを呼びなさい」

「かしこまりました」

グラスがすぐに消えた
女王は次のことを考えている
軍師がいなくても、政治はできる、むしろ彼女だけのほうが
うまく進むことがある、軍師はどちらかというと生真面目すぎる
慎重すぎて、どうしても行動が遅い
しかし、女王は性急にすぎる、二人揃ってバランスを取っているが
今は速さを愛するべき時だ

「女王様」

「来たか、マリーネ、朱隊を率いて港までむかえ」

「はっ!!」

「港のグイ導師に、式典への招待状を届けて欲しい」

「了解いたしました」

「書は、グラスより受け取れ、よいな」

「すぐにでも向かいます」

女王が退席した
広々とした所に、朱塗りの鎧をつけた騎士
そして、眼鏡の侍女が残った

「それでは、騎士マリーネ、この文をよろしく」

「かしこまりました」

マリーネは受け取る
籠手は外されているから、手は肌をそのまま晒している
まだ若いせいだろう、毎日鍛錬を行っているが
決してみずみずしさを失わない
グラスはその手の肌理に少しばかり目を奪われた
眼鏡は仔細をよく写す

「グラスさん、今度食事でもいかがですか」

「!」

狼狽えてグラスが重心を後ろにかけた
しかし、がくり、手を掴まれて離れることは叶わない
マリーネはこともなげに、文を懐に仕舞いながら
グラスの手を掴んで離さない

「は、離しなさいっ!!、なんと心得るのです」

「そうですね、私はゼーと違ってあまり強いマネはできませんが」

「会話が成立してませんっ、もう一度言いますっ、離しなさ」

唇を塞いだ
軽いキスだ、少年がするのだからそれが精一杯だったんだろう
ばたばたと何度か暴れて、必死に鎧の胸当てを押すが
びくともしない、いや、その抵抗とは別に
マリーネ自らそれを解放した、とた、たたらを踏んでグラスは下がった
取り乱した感じが露わになっている

「では行って参ります」

「!・・・・・・っ・・・ばかっ」

にこり、マリーネは笑ってのたりのたり
いつもの、ゆっくりと鈍くさい、そういう調子で出ていった
眼鏡の地味な女は取り残される
もじ、少し身をよじらせて、抱きすくめられたその感触から逃れよう
そうしているらしい、まだ、生々しく彼女の手首に熱が残る
マリーネは、内気な、そういう印象の少年だ
それに、まさかこのような事をされるとは
グラスの小さな自尊心に傷がついたように思われる

蒼騎士のせいだ、最低

ゼーを呪う、勝ち気なゼーという騎士が
きっと女の扱い方などと称して、マリーネをたぶらかしたんだ
年増の眼鏡は、一通り悔しさをあらわし
けとんっ、石床を一つ蹴った

つづく

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二話目にして、エロネタ切れかよ
(07/01/09)