ein rotes Kleid,
Sie ist Prinzessin.


夫婦二人

「・・・・・」

「お怪我は大丈夫ですか?」

「あ、ああ」

嫁は静かに笑っている
夫はだんまりとしているわけじゃない
だが結果としてそうなっている
顔を真っ赤にして、ごく久しぶりのことに
ただただ紅茶をすするしかない

キルシェにはこの母国にて
使者としての部屋、いや小屋が割り当てられた
小屋と言っても城内の別館という具合の場所だ
いくつもそういった小屋が宿場のようにして並んでいる、その一つだ
そしてそこへ旦那であるアルが帰ってきている
翌朝にはいよいよ本国へと
出立せねばならない、それを考えると
この嫁はもっと多くのことをここですることができるはず

「その、父上とお話は」

「いえ、今回は里帰りではありませんから、今度一緒に参りましょう」

キルシェは静かに笑顔をたたえるばかりだ
アルは戸惑う、そしてこの可愛い妻に対して
申し訳のない気持ちが体中を支配している
会っていない間に、姫様の慰み者としていた
浮気とも、背徳とも異なる
なんとも複雑なことだが、どこか裏切った心持ちだけを抱えている
それに
この妻にたくさんの隠し事をしている、これは自覚があるだけに
一層アルを苦しめている、己と姫様とのこと
それは自分の世界を知られることと同意だが
姫様のことを知られることにもなる、できない相談

「そろそろお昼の用意をしますね」

「あ、ありがとう」

とってつけたように
間を取り繕うように
気配を読み取った嫁は静かに席を外す
そして台所へと向かう、本来そのような下世話なことを
王族の女ができるはずもないが、そこはそれ
料理好きという、大衆の趣味をも兼ね備える彼女には造作もない
台所からはそういう音が流れてくる
少し考えてから、旦那、つまりアルも席を立った

「手伝おう」

「そんな、座っていてください」

「暇だから」

言うと傍らにあったじゃがいもを手にとり
器用に包丁を当て、皮をむき始めた
このあたりは、男の一人暮らしが長かったせいだろう
騎士とも思えぬほどの手際で、具材を整えていく
しかし、何を作るつもりだろうか

「シンプルにパスタにしようと思います」

「なるほど」

聞いてもいないが、察した様子で賢い妻はそう答えた
大きなパン(鍋)を火に掛けて、湯をわかしている
ここにはパスタを入れるのだろう、ジャガイモはバターとベーコンと塩胡椒で
味付けて炒めるのが目に浮かぶ、オリーブオイルも要らないほど
いい塩梅でそれはこしらえられるだろう
夫婦が仲良く肩を並べて台所に立っている

こう見えて、現状最強の国一の騎士と
一国の皇女という夫婦の姿だ
とてもじゃないがそうは見えない
いや、特に夫のほうがそうだ
まだ嫁に関しては、どこかしら空気が違って見える

「包丁は持てるのですね」

「だいぶよくなったと言ったろう」

傷のことだ
これについての言われは、どちらも絶対に触れない
パスタはまだ茹でられない、下ごしらえが続いている

「にんにくが無いのか」

「そういえば、そうですね」

ふむ、一息ついてからアルが翻る

「買ってこよう」

「そんな、私が」

「いや、すぐそこさ、それに君は家にいたほうがいい」

それだけ言うとアルの姿は扉の向こうへと消えた
最後の台詞の意味を彼女は計りかねている
ここの生活が短いことでも言っているのだろうか
それなら筋違い、ここは祖国
等々、いくつか思っては消えた
しまいに飽きたように、騎士の背中にまかせてまた下ごしらえに精を出す

ぴとり
一つ動きを止めてから、思い立ってサラダを作ることにする
一人暮らしはほとんどしたことがない、嫁いだ後も手伝いが居るから一人ではない
だから独り言も無い、どこかにハッパはなにかあった気がすると
それを探している、ばたむ、扉の音

「あ、早いんですね」

「・・・・・・皇女様」

「!・・・・・・ノックもせず、失礼ではありませんか?」

「皇女様、そのような戯れ」

「・・・・・」

キルシェはゆっくりと振り返った
騎士夫人の顔をしつつ、皇女の瞳でそれをとらえる
かつての癖だろうか、一瞬、現れた男は萎縮した
しかし使命を思い出したのか口を開く

「さぁ、すぐに脱出することが」

「・・・・・・・・」

「城内では依然、かの国への従属を誓う輩と半分の派を分けております。
皇女様さえ戻られれば、今ここにある、あの者達を血祭りに、それをかわぎりに
南方とも手を結びて、今一度立ち上がることが叶います」

「・・・・・その命、どこから出ておりますか」

「皇女様っ」

「騒がず答えなさい・・・・その命、よもや父上の声ではありませんね」

「・・・・・・・・」

言葉遣い、そして、姿が在りし日に戻った
優しさをたたえながら、芯の強い王たる姿が
詰問をするように、声を繰り出す
男は二歩、後ずさった

「何も言わず、お越し下さい、皇女様っ」

「私の問いかけに答えなさい、誰の指図で動いているのです、ことと次第によっては・・・」

「・・・・・・・」

「ハイネケンを亡くした戦の時もそう、あのような下劣極まる作戦を立てたこと
誰か居るのでしょう、私の知らぬ何者かがその者が・・・」

「お言葉ですが、あの戦はあの作戦により停戦へと持ち込めました。
た、確かに皇子を亡くしたことは遺憾の極みですが、ですが、あの戦によって
今ヴェステンは長らえて・・・」

「聞きたくありません、そのような弁明を聞いているのではありません、
誰が命をくだしたと言うのですかっ」

「・・・・・・ヘヴォン王、より御勅命たまわりましたっ」

「な・・・・・」

「先の戦もそう、ヘヴォン王自らが指揮を執られました、確かに、その提案をした方が居られますが
それを採択されたのは、父君ヘヴォン王であります」

「・・・・だから?」

「御勅命です、さぁ、キルシェ様、お早く」

これ以上は意味がない、直接問いただすしか無いか・・・・
祖国を想う気持ちと天秤にかける
このまま、今並べられたことが実現すれば、間違いなくこの国は滅びる
それを阻止するには、それしかない
すぅ、一息入れて、一瞬の落胆、それからいつもの笑顔を造り出した

「わかりました、参りましょう」

使者は跪(ひざまづ)く、その前を普段通り、ヴェステンで過ごしていた頃の普段通りで
ゆっくりと歩みを進める、しゅんしゅん、その耳に湯の涌く音が入った

火を止めなくては

歩みを止めた
幸いはここに下りる
きびすを返したことで、惨事を免れた
どだっ、床を叩いた音がする、軍靴が叩いた
強い踏み込み、おそらくは決死だったのだろう、それ故に
無防備な女の簡単な所作に、男は初手を外した

なにを!

とは言わない、前述の通り独り言はたしなまない女だ
状況をすぐに察して炊事場へと走る
男が追ってくる、ぐい、手に痛みと熱が伝わる
だが文句を言ってられない

がおんっ

「ぐぉああああああぎゃあああああっっっ!!!!」

熱湯の入ったパンをひっくり返した
湯を浴びた男が大声をあげて悶える
張り付いた衣服から、容赦のない熱気が身体を焼いている
続いてジャガイモを投げたりして隙をうかがい、男の側を駆け抜ける

「きゃぁっ!」

足を払われた、つんのめって床へとはいつくばる
そこへ剣がずるりと下りてくる
熱いっ、キルシェは目を見張った
そして出したことがないほど大きな声、悲鳴を上げた

「ぃやぁあああああっっ!!!!」

急所は外れている、だが背中だろうか
自分でもわからないが背面のどこかに強烈な熱を感じる
痛みだ、痛い、声を止められないほどの痛みだ
そしてそこから恐怖が登ってきた、今までずっと気丈に振る舞ってきたが
それが意味をなさないと、初めて知った
滑稽ですらある、もう王位ではない人間なのだ
いや、それよりも、この命を父上が下したとするならば

どんっ!!!

「キルシェっ!!!!!!!!」

「あ、アル様っ」

叫びながら白騎士は肩から男に飛びかかり、そのまま押し倒した
キルシェはそのあまりにも見事な流れにただ目を奪われる

「こちらを見るな、目を閉じて耳をふさげっ!!!」

叫ばれて、初めて気付いた
アルの手には既に短剣が握られている
すぐに目を伏せる、顔をそむける
そして音も聞こえないように耳を塞ぐ

!!!っっっ〜〜〜っっ!!っっ〜〜っ!!!

ぷぱっ
どたばたと暴れた気配に泡が割れた音だけが生々しく聞こえた
かたかたとキルシェは震えて待つ
そこへ温かい手が伸びた

「・・・部屋の中なら安全だと思ったんだが、すまなかった、私の不注意だ」

「・・・・・・」

声を、言葉を失った
アルは、聡い女のこのような様を、当然ながら初めてみる
やはり、本来は娘なのだ
それを感じた、自分よりも歳は上で、身分も上であるが
あるが故に、こういった世界とは縁が無かったのであろう
してやれることが思いつかず、ただ、抱き寄せてやることしかできない

「!・・・背中に傷が・・・手当を」

「だ、だめ・・・・・は、はなさないでください・・・」

ふるふる、震える女房
痛みではなく、恐怖に震えている
言われるままにするしかない夫は、そっと傷の具合を伺う
幸い深くはない、傷といっても皮が切れたほどだろう、これは幸いだ
ただ、怪我に慣れていないのだろう、白く美しい肌に紅く引かれた線は
瑞々しく狂気を孕むかのように血をそこから、わずかに吐き出している

「表にも何人か居た、でも、もう大丈夫だ」

「・・・・・・・ありがとうございます・・・」

息を整えるようにして、いる
アルが慣れない手つきで、キルシェの後ろ髪を撫でた
不思議と、そんなことが落ち着きを取り戻させた
キルシェはそっとアルの胸元に腕を差し入れ、身体を離すような仕草を見せた
アルはほどかれるままに手を離す

「もう、大丈夫です・・!・・・そ、そうだ、姫様が」

「部下を向かわせた、心配は無いと思う」

「そんな、近衛の隊長であるあなたが行かなくては」

「いい、夫は妻の側にいるものだ」

言って、アルは自らの顔が蒼くなるのを感じた
そうだ、この場合に側へと駆けつけない不義理
それを覚えるだけで、おぞましいほどの畏れがあぶり出されてくる
調教されきった身体と心は、その仕打ちの恐ろしさに
この事象に身を置いただけで、身震いを起こしている

「震えて・・・・」

「大丈夫だ、発作のようなものだから・・・」

言って、アルは少し離れた
だがその姿は尋常じゃない、キルシェは戸惑う
どうなっているのか、当然彼女にはわからない
どこか怪我をしたのかとも思ったが、血に汚れたその姿は
渇きつつあり、内側から、自らの血を流している様子は見えない

「どこか悪く・・・」

「いい、すまない、大丈夫だけど、いけない、見ては・・・」

言っている意味が普通じゃない
聡い女は、不審を抱いて決して目を逸らさない
アルは、震える自らの足に血のしたたる短剣を当てた

「あなたを救う時に、決意したんだ、大丈夫、だい、じょうぶ」

ぐっ、づぷ
ふるえを止める為に、アルは軽くその刃を足に食い込ませた
じわりと血がにじむ、だが止まらない、戦場でのこととは違う
アルは狼狽えを大きくする
血を見慣れない妻は、さらにこの事態に混乱する
自傷行為に、暗いものを覚えるばかり

「大丈夫・・・・・・ぅ・・・・・・、すまない、本当に・・・・」

何に謝っているのか、妻は次第に
夫を見る視線が醒めてくるのに気付いた
この人は何かに怯えている、そうやって思った
ふと、心を病んでいる、そういう症例を思い出した
これはそれではなかろうかと

「何に、そんな怯えておられるのです」

「違う、違うんだ、ごめんなさい、ごめんな・・・・・・・」

キルシェがアルを抱く番になった
狼狽えた男は情けないほど、細りきっている
それは形而上での話だ、身体はいつものまま
分厚い胸板も、太い腕も、引き締まった腰もそのままだが
細っている気配が漂う

「私は・・・・・・あなたを本当に妻だと思っています」

弱い男が唐突に喋りだした
キルシェは抱いたまま耳を傾ける

「それなのに、私はあなたに伝えていないことが、あまたにあります」

「・・・・・」

「私は、騎士などと立派な身分ではありません、本来、もっとも薄汚れた階層のものです」

アルが、壊れたようにそれを話し始めた
キルシェはただ抱き締めて、それを聞いている
聞きながら思う、いっそ言ってしまうほうが好いだろうか
迷いながら、男の弱音を聞いている

「立派な信念もなく、卑怯と罵る資格の無い、騎士とはもっとも離れた」

言おう
キルシェは決意する

「姫様に・・・・怯えていらっしゃるの?」

「・・・・・それ・・・・は」

「アル様、言われなくとも・・・・・わかっておりました」

目を、見る

「キルシェ・・・・」

「それに、そうだとしても、私を守ろうと留まってくださったこと・・・」

キルシェが涙を零す
アルはそれを追う、伝い落ちる雫を
手で拾う、落ちるとともに砕けて広がる

「私も、あなたのことが好きなんですよ、愛しているんですよ」

「そ、そんな」

「あなたに助けられ、私は、あなたを助けながら・・・だから、もう、いえ、怯えるのは仕方がありません
だけど、抱え込むことはありませんよ、私も一緒に居ますから」

「・・・・・す、すまない、きみにそんなことを言わせ」

「それに」

区切る

「私はどうやら、もう、この国からは要らぬこととなったようです、頼ることができるのはあなただけなのです」

キルシェから涙が零れた
もう覚醒している、アルは狼狽えた自分を恥じる
少しの間、二人は抱き合った
突然、アルがどうして言うことを決心したのか
それはキルシェにはわからなかったが
決心して、側に居てくれるという人を、何もかもを失った今
本当に必要だと思った、そして、その人に必要とされたいとも願った

どれくらいか、アルがこわごわとキルシェを撫でた

「・・・・・・姫様の所へ行こう」

「いってらっしゃいませ」

「いや、一緒に行くんだ」

「?」

「一人にはさせられない、それにあんなのと一緒に居たくはないだろう」

アルは言ってから、女相手のジョークとしてはできてないと気付くが
キルシェはそれでも笑いかけた
奥底で考える

これは恋とか愛とかではないんだろう、多分

哀しいことを考えてしまう
どうやら、まだ、心持ちが暗いんだ
キルシェは無理をして笑う

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「アル」

「は」

「・・・・・・・・・・」

二人きりで今は面会をしている
アルは相変わらず跪いたまま、姫君は事件の報告を受けている
幸いと言うのか、襲われたのはアルとキルシェのみであった
姫様には一切の危害が無かった
これは、ごく一部の反乱分子における抵抗だという形で片づいた

「報告ご苦労、済まないが、奥方と二人ぎりにして貰えるか?」

「?・・・・そ」

「もらえるか?」

下がった
情けないと思ったが、身体が意志に、いや、意志が心に反して
命令への絶対服従を誓う
姫様は既に感づいている、当然しかるべき処置が必要だと感じたのだろう
アルと入れ替わり、キルシェが部屋へと入っていく
声をかけてやりたいが何も言えない
無機質に扉は閉ざされ、音は外へと漏れない

「申し訳ございません、呼びつけて」

「いえ、とんでもございません、姫様」

冷ややかな笑顔が、キルシェを見ている
皇女はそこから視線をはずすことなく
受け止めて、温かい笑顔を返している

外から、中を探ることはまったくできない

「・・・・・キルシェ・・・」

外では不安を募らせる騎士殿が心配顔をしている
10分も過ぎただろうか、どれほど待ったかわからない
扉はぎぃ、と音を立てて開いた
キルシェはいつもの顔をしている、思わずアルは抱こうと手を伸ばす

「アル様、姫様がもう一度お会いしたいと・・・」

はた、気付いて伸ばした手をすぐにひっこめる
浮かれている、どうかしている
従うまま扉の内へと入った
キルシェの顔をしっかりと見ていない
どこか浮ついている
いや、怯えに抗うためのウカレだ
ウカレることで、ただおびえを表面上だけ隠しているのだ

「アル、よき妻を持ったな」

「も、勿体ないお言葉」

「明日、うるわしの国へと帰る」

「はい」

「お前はバカだから、説明をせねばなるまい」

「・・・・・」

姫様の声が遠くへと投げかける調子になった
アルはいつもの通り、その説明を黙って聞く
相づちなどで、姫様のリズムを崩さないように
ただ、黙って聞く

「楽しい帰路となる、城に入ってからしばらく、随分と忙しくなる心せよ」

「・・・・・」

「時間も少ない、急がねばならない」

ここのところ
ことあるごとに、この台詞を姫様は口にする
アルはその急がなくてはならない理由、少ない時間に思い当たるものが
まるでわからない、だからいつも通りに聞いている

「失敗は赦されぬ、お前は、今から説明することに全く従う、わかっているな」

姫様がレースの指先でアルの頬を撫でた
いつもは、説明や明言をせず悟らせるが
この日、この夜だけは、事細かな説明をした
そして、その説明に理由もつけた

どうしてそうせねばならないか

それがあるから、アルのようなバカでも
やらなくてはならないことが全て理解でき、忘れることが無い
それは素晴らしいことだ

「けんけん、」

「姫様」

「喋りすぎた、喉が渇いただけだ、よい、もう下がれ、明日より眠るいとまもないと知れ」

言って、姫様は机に置いた水を空けた
デキャンタにはまだ、多くの水がたわっている
傍らの手で、アルを下げさせる
それに従って、姿勢低いままアルは外へと出る

外に出て、窓のさらに外を見た
いくつかの白い花が咲いている
冷えた空気にその花からの香りが漂っている

「スズランか・・・」

翌朝、約一ヶ月ぶりに、姫様が帰還される
国に主が還る日となる

つぎ

もどる






急がないといけないのは
私だと思います

そんな具合で、申し訳ございません
もう一つエロシーンを書く予定が
気が失せたというか、早く終わらせることを優先しました

内容に無理があり
意味がわからないことがたくさんありますが
この物語が終わるんだと
それだけ伝えられるように

ひぎぃ、言い訳しか思いつきません
駄文、長々失礼しています

R(04/11/24)