ein rotes Kleid,
Sie ist Prinzessin.


眼下には白い砂浜
空は、突き抜ける深い深い青
地中海、ギリシャを思い浮かべるがいい
そんな景色、そんな風情、そんな様子

「アル、海水浴を知ってるか?知らないだろう、教えてやる」

大きな傘の下には
美しいドレスで着飾った姫君が
いつもの顔で、いつもの調子で、いつもの嘲笑で
アルを側にはべらせて、車からそれを見ている

世界はこんなにも美しいのだろうか
見渡す限りの事象総てが
とかく美しさを究めている、きらきらと光る緑の海
そこから沸き上がるように遠くには、力強い雲
ぎらぎらと陽射しは明るく
傘が無ければ、日焼けで随分なことになるかもしれない
だが、これほどまでに見ているだけで
心躍る景色は他にはないだろう
白と青だけが描く、様々な静物画

「海で泳いで楽しむことだ、川遊びと一緒だ、折角だから許す、お前もやってこい」

アルは言われるままに
楽しそうな笑顔で、早速海水浴に身を投じる
うれしそうな笑顔じゃない、楽しそうな笑顔だ、許された喜びの表現だ
別にやりたいと思わない、いやもっと以前の意識
自分の意志以上に
この姫君の言葉に対して、最も悦楽たる表現をする必要がある
そこばかりを考えるから
この男は騎士でありながらも、あいかわらず、奴隷と傀儡の間を彷徨って生きている
許されたことを喜ぶ姿を見せることが、ここで一番大切なこと
この男はよく心得ている、そしてそれを決して誇らない、いや誇れるほど自信が無いのだが

海の街を手に入れた
紅い姫の国は、未だ精強を究めている
この美しい景色を
この場所を手に入れる為に
彼女は、何千という人間を虫のように殺した

振り返れば、地獄絵図しかないこの街

占領からわずか2日後の街は
未だ、死臭と血の色が抜けきらず、白い騎士と紅い姫君を怨むようにさえ見えていた
海、いや、海岸は
本当に美しい蒼と白の世界
しかし、白と紅の二人の背中側には
灰色とどす黒く汚れた血糊ばかりの世界が広がっている

姫君の国は、森深い中にそびえた
黒き森の国だ
森を通る川を繁栄の礎として、集落が何百年と惰眠を貪ることで出来上がっていた
しかし革命と混乱で、すっかりと疲弊してしまった
周りの諸国はそれとなく、この政変が続く国を狙っていた
二度目の変転後、即位したのは小娘

諸国は一気にそのキバを剥き出しにした

あの手この手で、不条理なものを押しつけようと
生ぬるい外交手段で、四方の国はたかってきた
彼女の父と母が治めていた頃から、じわじわと侵略は進んでおり
王族が失脚した後の民政では、そのか細いかりそめの政府のちゃちな外交でより深くまで侵されていた
四方の国はそれぞれ思っただろう、小娘ならばいよいよ、と

嘲笑う、冷え冷えとして蔑みをたたえた、最高の口元
小娘は、精強とか、頑強とか、屈強とか
そういうヘドロまみれた、臭いものは何一つ提げていない
あるのは、研ぎ澄まされ、磨き抜かれ、冴え渡る

狂気と恐怖

速度という信念
法という規律
恐怖という手綱

今までの世界をぬるま湯と称して、一笑に付した
気付けば、辺りは紅く染まり、次々と侵略された土地は
彼女の下へと還っていく、のしをつけて、利子が膨れたように
預けた金を降ろすようにして、ずりずりと
あっと言う間に地図は書き直された、よりシンプルに
国が減る分だけ、ずっとシンプルに、同じ色ばかり、そう

紅ばかりに染まる世界

「ま、欲しいものはとりあえず一通り揃ったから、手に入れたもので遊ぶ時間が欲しいのよ、今度は」

今はアルと二人しかいない
全身ずぶぬれの騎士は、へとへとの身体で
それでも毅然を周囲に認めさせる演技を見せ
黙って、不機嫌な娘のゴキゲン取りをしている
ただ聞いているだけだ
しかし、聞いているだけが、侮れないほど、潤滑な油となる

「森ばかりの中で育つと、こういうのは刺激的ね、次は東の谷を陥としましょう、見たいものね」

くすくす、偽りの笑顔で
白いレースに遮られ、柔らかくなった陽射しを浴びる
色の白い姫は、殊更、透き通るように美しくいる
ただ、瞳だけは色濃く、言い得ぬ色気・・・いや、多分、狂気を滴らせて
どことなく、濡れている
この街を手に入れ、西の騒動が決着をした今、随分と戦という遊びに倦んできた様子だった

「さ、今日はとりあえず戻りましょう、明日、南の港街まで行く」

「しかし、まだあちらは占領が・・・」

「してからでは、民の営みが見えないであろう、それでは意味がない、わからないのか、豚」

ということは、占領と同時に殲滅が指令か
アルは、豚と呼ばれたことには何一つ感情を持たないが
その言葉の真意をしっかりと汲み取ることをする
痒いところに手が届く、そんな主君に対する、心配りが板についてきた
ただ、そんな様子は

「・・・・・・・・・図に乗ってるじゃない」

「!・・・そ、そのよ」

「ほら、口答え・・・・・お前、本当に油断も隙も無いな、自惚れもいい加減にしたほうがいい」

「・・・・・・・・・・・・」

「言い訳もできないか?」

言い訳をすれば口答え
沈黙をすれば肯定
アルは困窮を強いられる、バカだからこうやってからかわれているとはわかっていない
いや、実際のところ、からかうというには随分と残忍な味を隠してある
この姫君は本当に、アルを生意気と思ったら殺す、殺すというのはまた色々ある
肉体的に殺すのではなく、精神的に殺す
深くは記さないが、ともかく、完全な服従と従属、主従の厳然たる姿がこの一人と一匹の間には結ばれている
飼い主は決して躾けを怠らない
まったく勤勉で、じつにまめやかなことだ

「ともかく明日」

「と、共は」

「できないとでも言うのか?」

声はそれ以上の言葉を発することへの嫌悪が漏れている
アルは黙る、短く、少ない単語から想像しなくてはならない
今日と同じく明日も、二人だけで
がらがら、車の音が脳を揺さぶる
姫君の声は凛と響いた
アルの脳はすっかりうだる、勘違いしないで欲しい、二人きりになれるとか
そういう低俗な喜びなんかは無い、アルはそんなものを覚えられる身分じゃない
事実はこうだ
翌日、二人だけで、お忍びの様相で

敵地へ

白い肌に、美しい金髪、そして蒼い瞳
残念なほど高貴が匂う、美しい娘は
一人の男をはべらせている、周囲の目は奇異だ
恋人同士、家族、友達、どれでもない
どんな関係かわからない男女が歩いている
女は珍しいものを見ては、感嘆という塩梅で、微笑ましい
男はそれを見守りつつ、どこか緊張感を持っている、油断がならない

今この街には難民が溢れている
難民、いや、もとは同じ国のものだ、ただ城都に住んで居たというだけで
今では焼け出され、ほとんどが無事ではない
そういう具合で、治安が劣悪とならざるを得ない
流民に紛れて、この美しい娘と、やぼったい男は訪れている
街の人々は見ている、何者なのかわからない二人組を

アルと姫君をそうとは知らず、こんな時にやってくる奇妙なよそ者に視線を投げる

「驚くほどの商業発展、これだから港が欲しかったのだ」

「・・・・・・・・・」

「見ろアル、難民と言われる愚物にまじって、明らかに異国の情緒と人間が漂ってる
交易というのは、面白そうだと思わないか」

終始ゴキゲンで姫様の饒舌が続く
政府的、そういう政治といった概念からの発言ではない
一個人として、単純に、チェスやトランプよりも面白いことかどうか
それを口にしている、どうやらお眼鏡かなったのか
この街の姿は、いたくお気に入りとなったようだ、久しく見なかった
純粋に楽しさを目の前にする娘という姿、その様子は
より魅力を膨らませ、途方もない美しさを醸造している

その際だつ高貴さに
視線はより数をましている
姫は気にした様子もなく、さらにその喜びを全身からこぼして歩く
本当に楽しくて仕方がないのだろう
アルはそれによちよちとついていく形だ
もう愚鈍な周りの人間も気付いている

「なんだろう、あの二人組は」

「高貴なお嬢様とそのお守りのようだが・・・・・・妙な」

「お守りにしては、随分と上等だな、騎士のようだ」

この声は二人には決して届かない
ひそひそと遠くで囁かれている、アルはうすうすそういう匂いを感じ取る
そろそろが潮ではないか、焦りが少しずつ背中にぬるりとした感触で現れる
自然足の動きが早くなる

「何を急いでる」

「は・・・・・いや、姫様のことが周囲に」

ぺちん、小さく音がする
アルは目を醒ましたかのように大きく瞳を開く
ぺちぺち、続いて二度音がして、ゆっくりとアゴのラインを撫でる
開いた目は、その指と手に魅入られて他の世界を無いとしている
姫君の手を飾るレースが蠢く

「まるで私が居てはならぬ生き物のようだな?」

「ち、違います」

「口答え・・・・・・・するなって言っただろう、もう忘れたか?」

「・・・・・・・・・」

萎縮するアル、しかしそれでもこの弱い生き物は
この主人以外からの敵意を感じ取る
まずい、バレてきている

「ひ、姫様、無礼を承知で申し・・」

「黙れ、まだ逆らうか、私のこの冷えた心をどうしてくれる、台無しだ
お前は何度私を裏切り続ければ気が済む、お前が口答えをする度に
私の心は傷つく、私は人に裏切られるのが一番悲しい、わかっているのか?」

執拗に責める
青い顔、白い汗、そんな感じで健康状態が著しく悪くなっていく
視線は泳いで、どこを見ているか、どこを見るのが許されているのかわからない
アルは細かく震えている、その頬をもう一度レースの白い手が優しくなぞる

「お前のせいですっかり興が殺がれた、こうなった以上余興で楽しませろ、踊れ豚」

耳元で囁いた、そしてゆっくりと離れる
寄り添うようにしていたが、少しだけ距離を開けた
奇異の視線は、既に嫌疑に変わりはじめている
姫君は重々それを味わいながら、ゆっくりと見回す
マーケット(市場)の片隅だ、大通りというわけじゃない
だが、それなりに人の目、耳がある、口もある
口があれば声が漏れる、それらを封殺せねばならない

ロンドを踊れ

「アル、そろそろ」

シンとした声
「演技」に入っている
反射的にアルもその舞台に上がる、いや上げられる
姫君の余所行きの声は、糸で人形を繰るようにして周りを芝居の空気へと誘う
作られて、繕われて、塗り固められた、虚構だというのに
この女の本質はそれであるかのように、錯覚させられる、虚構だからこそ
より一層に、余所行きの姫君は映える

「・・・・・このマーケットの頭取はいないか?」

大きな声、梳いて通る、英雄の声
アルは、ハリボテなりにこの姫君の脇を固める
心の中は、震え上がり、手の先の感覚が無くなるほど冷えている
陽射しがきついというのに、随分と白く、青く、そんな顔色をしているだろう
アルは自分を奮い立たせる、「裏切る」、この言葉は心を傷つけた
無論、姫ではない
このバカ男のだ、それ故に、心を出血しより一層、この茶番に身が入る
姫君の顔は見えない、後ろにいる、しかし、視線はずっと感じている、緩められない
アルは、大きく見回す、そしてもう一度訊ねる

「いないのか?このシマで一番偉い者だ」

何も答えは返らない、じっと二人を見守る
いや、睨み付けている、もう知れたものだろう
アルは身を固めつつ、それでも大きく声をあげる

「いな・・・」

「もうよい・・・・・・・居ないのならば、仕方ない」

すい、絶妙なタイミングで姫はアルを止める
シーンは次へと進む、アルの少し前に出る、そして
視線はおおよそ人の顔があるべきはずの所へと投げる
誰かを見るわけじゃない、そのあたりを見る
だが目はその辺りの人々総てを見ているように、実に難しい
目があったと騒ぐ輩がそこかしこに出るような、視線の交錯を求めて
二度ほど、頭をまわした、そして

「・・・・もう気付いておられるでしょう、私が新しい領主です」

ざわり、

「北の都を2日前に占拠しました、もう、皆様ご承知おきでしょう・・・」

・・・・・・・

「今後は、わたくしが領主として、このマーケット、いやこの国を導いていき・・」

!!!!!
騒然、いや暴動さながらとなった、わぁっと上がった喚声は
アリとあらゆる罵詈雑言を浴びせた、遠巻きに見ているが
声は不特定多数の人物から、罵倒される
許せるかっ、この罪人、人殺し、自分がした事を解っているのか
恥を知れ、バカ、阿呆、死ね、寝ぼけたことをぬかすな
衆目の心理はそれにさらわれる、流されるままに
その嫌悪を姫君にぶつける、声だけではない、いよいよ態度まで

ごつっ

「ひ、ひめさ・・・・」

ぴし、姫君は後ろに控えるアルに向けて
制止の合図を送っている、騎士は動きを止められている
今しがた、誰かが投げつけたゴミが姫君の頭を直撃した
許されない、許すことができない
アルは憤るが、それを表情として顕わすことさえ、飼い主の指先に封じられている
目の前の主人の命令は絶対だ
その絶対命令は
制止、待機を示している、だから、見殺しとせざるを得ない

一つ目のゴミが当たった時に、一瞬だけ静まった
しかし一瞬が過ぎると、堰を切ったように暴力は止まらなくなる
生卵やゴミといった有り体なものから、やがて
石のつぶてが投げられるようになる

ごちっ

くら・・・・・
大きなものが当たった、とうとうバランスを崩して
姫君の足下がよたついた、アルは近づいて受け止めようと思う
が、相変わらず、それでもなお
制止、待機
この呪縛は解かれていない、そこへトドメの一発が見舞われる

ごいんっ、どたぁっ

よたついた所にカウンター気味にまた何かが当たった
うら若き姫はもんどりを打って倒れる、投げつけられたように
べたりと地面に倒れ込んだ、アルは動作を許されない、未だ許されない
足下に投げ出された主人を前にして何もできない
もどかしい、いや、どうしたらいいのだ
焦り、自分の脳が追いつかない現在への嫌悪、どうしたらいいどうしたらいいのだ
アルは思いを巡らせる、主人の為に

・・・・

「??」

アルは、そんな事に意識を奪われていたから
現状に追いついていなかった
今、ようやく追いついた、追いついたが、ますますどうしたらよいか
いや、どうなったのかが解らない

静まり返っている

愚民と呼ばれる者どもの顔を見る
皆一様に同じ顔をしている、同じ顔をして
同じ所へと視線を落としている、視線の先、先には白い人が倒れている
いや、違う、アルを見ている
主人が倒れたに、このような事態になったに関わらず、ただ立っているこの男を見ている

ロンドが続く

「・・・・・・わかりますから、大丈夫です、ただ謝ることは私は決してできません」

小さい声、姫の声は小さくとも
よく耳に届く、か弱い女の声という覆面が届く
乱れた髪には、汚らしいものがいくつかはびこっている
アルの足下で、上半身を起こし
決して気品を失わぬ容姿で、動作一つ一つを行っている
声は続く

「私が、したことへの償い、それを口にすれば、私は間違ったことになってしまいます。
決してそれはできません、直接手を下したのは私ではありません、ですが、彼らを動かしたのは」

姫君がゆっくりと立つ、そして
僅かにアルの顔を見る、懇願?と周りは思うかのような表情
すぐにそれを背け、また衆目へ向ける
立ち上がる姫君は続ける

「私です、私が命令をくだしたのです、だから、私は謝ることはできません」

はらり、涙が散った
流れたのではない、散った
わずかだけの哀しみ、いや、もっと深い

「約束をいたします」

すぅ、息を一つ吸う
それに合わせるよう、観客も同じように息をためる
しん、集まるもの皆が息を合わせることで
完璧な静寂が落ちた
それを、布にはさみを当てるように、しなやかに切る

「私は、この街を導きます、過ちが起こらぬよう・・・・・に」

か細く最後は切れるようにして台詞は終わった
周りはじっと見ている、空気が見える
色が見える、衆目は最後の台詞を「茶番」だと思っている
実際茶番だ、だが、仕掛けられた茶番という意味ではない
「本気でこんな事を言う奴がいるのか」という意味での茶番という空気だ
わかるだろう
力の無いものが、雄弁となる様
まさにそれだと思ったのだ、姫君の台詞はあまりに現実から離れていると愚物は判断した
白い騎士を見て、なおそれを強めている

発展した都市だからだろう、故郷の民ではこのような事はなかった、文化から人間のレベルに違いがある
こういった表現に対して、純粋さが無い、乾ききっているそんな表現が相応しい
アルですらそう思った、だが、それでも道義という言葉は通念としてあるのか
幼い娘のいたいけな姿に免じて、ようやくマーケットの主らしき輩が数人前に出てきた

「名乗り出るのが遅くなりました、私がこのマーケットの支配人です、ささ、立ち話はなんですから」

と、言われるままに集会場のような所へと連れられる
ほいほいと着いていくアル、姫君はエスコートされて中へ
ぱたん、扉が閉まる、やや薄暗い
外からは、中の様子を伺うことができない、そういう作りになっている

「さぁ、しかしお姫様が共をわずか一人でこんな所まで来られるとは」

「思いもしないであろう?」

ふふり、高潔が匂った
マーケットの主は突然の高飛車な音に耳を疑う、が次の瞬間には
その耳は主人のもとを離れて地面に落ちた

「そうだ、お前は頭がいい、お前の言うとおり、当然、共を一人などとバカなマネはしない」

くすくす、嘲笑を浮かべ震え上がるマーケットの主を踏みつける
既に家族であっただろう者は亡き者とされている
このマーケットの下働きの内に、何名か息のかかったものを忍ばせていたらしい
アルは目の前の惨劇を頭で整理するのに忙しい
どこからが、どこまでが、いったいこの人の仕組んだことなのか・・・
今、この狭い空間には姫君とアル、そして下働きが3人に死体が4つ、そしてマーケットの主

「仕上げをそろそろせねばなるまい、石やゴミを投げつけたのもこの者達の仕業だ」

つい、マーケットの主に優しく説明を続ける
下働きどもは下品な笑顔を浮かべている

「実際、私はこの街に恨みは無い、ただ私以外の盟主は邪魔なのだ、それに私の作った法に従わなければ
何もかもが、まるでダメなのだ、わかるか?法で統制を取ること、この正しさ」

レースでゆっくりとマーケット主のアゴのラインを撫でる
いつもの仕草、ただ、いつもよりもずっと甘い

「折角だ、法を一つ教えてやろう、主君に刃向かうものに即断で死を」

ふつふつふつ、アルの全身が粟立つ
姫君の声で全てが移ろう
空気の色が変わった、下働きの下品な笑顔が見えてる、哀れだ

「トートシュラーゲン」

姫様の声だった、アルは脊髄で反応して既に行動を起こしている
トートシュラーゲン(殴り殺す)
暗がりで初めて、今までアルを縛り付けていたそれが放たれた
幾重もの紅いしぶきが上がる、凄惨な現場が瞬きの間に産まれた
トーテンシュティレという奴だ、曰く「死のような静けさ」

「私に手をかけたのだ、この程度で済んで感謝して貰わねば困る、なぁ、アルよ」

自分達が殺されたという事実に気付かぬまま、幸せなまま、下働きは死んだ
苦しむことなく一撃で死んだ、随分楽をさせてしまった
それら死体に侮蔑を投げつけて、その中心に座るマーケット主を人とは見ず
姫君はただ言葉を乱暴に投げつける、アルは小さく息を整える
そして鞘に剣を納める、その刹那

がばっ!!!!!

「逃すな、アル」

思えば、この命令は
実に静かな口調だった、慌てふためき大声での命令ではない
分かり切った上で、静かに任務を伝える口調だった
多分、そういうことだったんだろう、そうとしか考えられない
この女(ひと)は、本当に頭が良い、全ての後、アルはそう考えるだろう

逃げ出すマーケットの主に一刀を浴びせた、しかし
その勢いのまま、扉を破り外へと逃げ出した、まずい見くびった
アルは追いかける、光が眩しい、そして眩しい外には
幾百もの衆目が並ぶ、ああ、間に合わない

諦めず、アルはせめて口を塞ぐためにもう一度剣を振り上げる
マーケットの主は、何かをまさに口から吐こうとしている

「騙さ」

「やめてっ!!!!!アル騎士っ!!!!お願いですからっ」

どごっ!!!!
アルの手元が狂った、後ろから声とともに抱きつかれたせいだ
レースが背中からまとわりついてくるのがわかる
制止の命令だ、アルは立ち止まる、不遜の表情で死に損ないを見下す
衆目は、この場面だけを見ている
「扉を破り逃げてくる主を騎士が斬りつけた、ただそれを止めようとし間に合わなかった幼い女が居た」

幼い女は、また涙を散らす
そして足下で絶え入る直前のマーケットの主の手をとる
優しく、いつくしむように、表情は悲しげで、申し訳のないように
アルは立ちつくす、また、待機の命令が見える
いや、命令が見えなくとも止まるだろう
ようやく、この長い茶番の幕が下りる、それくらいはアルでもわかる
この段になって、ようやくわかる

「御免なさい、せめて、安らかにお眠りください・・・・」

白い肌には、主の流す血が生々しく色彩を乗せた
紅の姿は、彼女の真実だ、だから一層に美しい
腕の中で絶える命は、恨めしそうな瞳で姫を睨み付けている
姫はそれに最高の笑顔で応える

アルは表情を作らない、相変わらずの顔で
ぐるりと周りを見回した、この文明人どもはもう隷属した
利にさといせいだろう、こうなると素直だろう
3日後には、白い騎士を見て絶望を催すだろう

マーケットを後にする

「仕事がしやすくなっただろう」

「はい」

「港を残し、邪魔は排除、わかってて?」

「はい」

「さて、3日後にもう一度遊びに来よう、港町は食べ物も旨いという、楽しみだ」

「・・・・・・・・」

ディー ツァイト トートシュラーゲン(die Zeit totschlagen)
暇つぶし
実際そんなつもりだったんだろう、ところがだ
今回は、こんな当たり前の日常の話しをしたかったわけじゃない

「?なんだ、あれは」

帰り道、興味を示した先には
薄暗い館、汚い通りにひっそりとあり
怪しげな男が番をして立っている

「おそらくは、奴隷市場かと」

「お前は見たこともないのに、憶測で物を語るのが好きだな、バカが、こういうのは自分の目で確かめて語るのだ」

アルは黙る
姫君の機嫌がまた上向いた
館とは言い難い、石で作られた建物、薄汚れていて怪しい
番は二人を見て、何を思ったか近づいてくる
奴隷を買いに来た金持ちとでも思ったらしい口振りだ

「・・・・・・・・ほぅ」

姫君が目を細めた
サディストという言葉が似合う表情をした
幼い・・・・とは言い難い、姫君より僅かに下だろうとわかる
それくらいの年齢の少女を見つけた

「これは汚れているのではないのだな?」

むずむず、姫君は自分の中で恍惚の何かが膨れてくるのがわかっている
それを感じて、たまらなく淫靡な目線でそれを見ている

「買った、着いてくるがいい、そうだな、お前は今日から」

褐色の少女
アルも初めて見た、肌の色がまるで違う
だがその色は美しさを充分に体現している
愛でるには絶好と感じた様子だ
姫君は上機嫌にそれに手を差し伸べる

「私の、妹という位につけてやろう、いい色だ」

すんすん、そう言って一度
褐色の少女を嗅いだ
不思議な匂いがする、臭いわけではない、不思議な匂いを放つ
それを知覚して、ますます気に入った様子で
例の瞳が、「妹」を見つめる
おずおずとして、どうしたらよいかわからない奴隷は

全く新しい世界へと飛び込むこととなる

「好い色だ」

姫君はもう一度呟いた
アルは肌だと思っている
違う
瞳の色を謳ったのだ

自分と同じ、薄暗いものを知った後の瞳に愛着を覚えたのだ

つぎ

もどる







というわけで、ほったらかしの小説を
片っ端から終わらせようという目標に基づいて
とりあえずこれに着手してみました
予定では、夏が終わる頃には終わる・・・・・わけがないのですが(予定でもなんでも)

さて、そういうわけで
おいらの頭に何か涌いていたため
これは18禁にしないといけないという性格をしておるので
次回は、エロいエロい展開を催したいとか
バカなことを言いつつ

次回更新は未定です
駄文、本当に、申し訳ございません

R  04/06/18