やっちく
上の巻
これは過ぎにしその物語
聞くも哀れな義民の話
時は宝暦五年の春よ
所は濃州郡上の藩に
その名金森出雲守は
時の幕府の御奏者役で
派手な勤めにその身を忘れ
すべて政治は家老に任せ
今日も明日もと栄華にふける
金が敵(かたき)か浮世の習い
お国家老の粥川仁兵衛
お江戸家老と心を合わせ
ここに悪事の企ていたす
哀れなるかな民百姓は
あれもこれもと課税が増える
わけて年貢の取り立てこそは
いやが上にも厳しい詮議
下の難儀は一方ならず →
かかる難儀に甚助殿は
上の噂をしたとの科で
すぐに捕われ水牢の責め苦
責めた挙句が穀見が原で
哀れなるかな仕置きと決まる
かくて苦しむ百姓衆を
見るに見かねて名主の者が
名をば連ねて願いを出すれど
叶うどころか詮議は荒く
火責め水責め算盤責めに
もだえ苦しむ七十余人
餓死する者、日に増すばかり
もはや堪忍これまでなりと
誰が出したか回状がまわる
まわる回状が何よと問えば
北濃一なるあの那留が野に
心ある衆は皆集まれと
事の次第が記してござる →
郡上義民伝
聞くも涙よ語るも涙
ここに哀れな孝女の話
名主善右衛門に一人の娘
年は十七その名はおせき
父はお江戸で牢屋の責め苦
助け出すのは親への孝行
そっと忍んで家出をいたし
長の道中もか弱い身とて
ごまの蝿やら悪者どもに
すでに命も危ういところ
通り合わした天下の力士
花も実もある松山関と
江戸屋親分幸七殿が
力あわせて娘を助け
江戸に連れ行き時節を待てば
神の力か仏の業か
幸か不幸か牢屋が焼ける
それに紛れて善右衛門殿は
逃れ逃れて墨田の土手で
巡り逢うのも親子の縁よ →
二年前から間者の苦労
今日も今日とて秘密を探り
家老屋敷をこっそり抜けて
家へ戻って語るを聞けば
下る道中太田の渡し
そこに大勢待ち伏せなして
一人残らず捕らえるたくみ
そこで孫兵衛にっこり笑い
でかした妹この後とても
秘密探りて知らせてくれよ
言うてその夜に出立いたす
道の方角からりと変えて
伊勢路まわりで桑名の渡し
宮の宿から船にと乗りて
江戸に着いたは三月半ば
桃の節句はのどかに晴れる
四月三日に箱訴いたし
すぐにお裁き難なく終り
悪政露見で金森様は
遂にお家も断絶いたす
時節到来御老中様が
千代田城にと御登城と聞いて
名主善右衛門初めといたし
同じ願に五人の者は
芝で名代将監橋で
恐れながらと駕籠訴いたす
かくて五人はその場を去らず
不浄縄にといましめられて
長い間の牢屋の住まい
待てど暮らせど吟味はあらず
もはや最後の箱訴なりと
城下離れし市島村の
庄屋孫兵衛一味の者は
江戸に下りて将軍様に
箱訴なさんと出立間際
下の巻
話かわりて孫兵衛宅の
妹お滝は利発な生まれ
年は十六つぼみの花を
水仕奉公と事偽りて →
中の巻
時が来たかよ三千余人
莚旗やら竹槍さげて
百姓ばかりが雲霞のごとく
既にお城へ寄せんず時に
待った待ったと人押し分けて
中に立ったは明方村の
気良じゃ名主の総代勤め
人にゃ知られた善右衛門殿で
江戸に下りて将軍様に
直訴駕籠訴を致さんものと
皆に諮れば大勢の衆が
我も我もと心は一つ
分けて気強い三十と余人
道の難所と日数を重ね
やがて着いたが品川表
されど哀れや御用の縄は
疲れ果てたるその人々を
一人残らず獄舎に繋ぐ
(下段の左へ)