「広辞苑」新村出編(岩波書店)から妻の近江出身部分が削除されました。




新しい記述:「広辞苑」第五版


やまのうち・かずとよ【山内一豊】安土桃山時代の武将。土佐藩祖。初め織田信長、後に豊臣秀吉に仕えた。秀吉没後、徳川家康に仕え、上杉征伐・関ヶ原の戦に功をたて、土佐に封。その妻は、信長の閲馬のとき鏡箱から黄金10両を出して一豊に名馬を買わせ、夫の立身の基を作ったという逸話で知られる。(1546−1605)



なお、「山内一豊」の正式な読み方(土佐山内家での正式な呼び名)は【やまうち・かつとよ】です。濁らずに読みます。御子孫には、一安(かつやす)、一唯(かつただ)、一輝(かつてる)、一俊(かつとし)といった方々がおみえになりました。
   土佐山内家宝物資料館ホームページより

 また、土佐の石高は通称24万石。(後の幕府朱印高は20万2600石)

古い記述:「広辞苑」第二版

やまのうち・かずとよ【山内一豊】安土桃山時代の武将。土佐藩祖。初め織田信長、後に豊臣秀吉に仕えた。秀吉没後、徳川家康に仕え、上杉征伐・関ヶ原の戦に功を樹て、土佐
20万石に封。その妻近江の浅井氏の臣若宮喜助友興の女は信長の閲馬のとき黄金10両を出して一豊に名馬を買わせ、夫の立身の基を作ったという。(1546−1605)
             白字の部分が削除されました。
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