愛者憎之始也、徳者怨之本也

愛は憎しみの始め、徳は怨みの本なり    『管子』

『愛は憎しみの始め』何か歌の文句にありそうですが、
実は今から2千年前にまとめられた『管子』にある言葉です。
こういう人間関係は今も昔も変わっていないかもしれません。
では何故愛が憎しみの始めとなり、徳が怨みの本になるのか?
「管子」によれば、報いられることを期待するからだといいます。つまり、欲が絡むからです。
例えば親子の情愛で言いますと、始めは純朴な愛情から出発しても、
だんだん親の期待が芽生え、子供も思惑が絡んでくると、
せっかくの愛情も憎しみに変わりかねない。
徳にしても、本来は自分のためのものである。そこを錯覚すると、これも怨みの本になりかねない。
『管子』はこの言葉の後、『ただ賢者は然らず』という一句を付け加えています。