昔『杞』という国のある男が、今に天と地が崩れてきたらどうしようかと、
心配で夜もオチオチ眠れなかったそうです。
見かねた友達が、「天は気が積もってできているのだから、
そんな心配はないさ」となだめるがそれでも心配でならない。
「でも、日や月や星が落ちてこないかね」
「いや日や月や星も皆気でできている。たとえ落ちてきてぶつかっても、怪我などしないよ」というと、
ようやく男は安堵して胸をなでおろしたという。
この話から「杞憂」という言葉が生まれたのですが、果たした要らぬ心配か、
必要な心配であるのかは、単純な話ではありません。
この時代には、天地の崩壊は杞憂に過ぎなかったですが、
現代では、杞憂どころか、はなはな現実味を帯びた話になっているのではないでしょうか?
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