人間の尊厳性

ひとの身体は父母を本とし、天地を初めとしてなったものであって、天地、父母の恵みを受けて生まれ育った身体であるから、それは私自身のもののようであるが、しかし私のみによって存在するものではない。つまり天地の賜物であり、父母の残してくださった身体であるから、慎んで大切にして天寿をたもつように心がけなければならない。

 これが天地・父母に仕える考の本である。身体を失っては仕えようがないのである。自分の身体にそなわっているものは、それがわずかな皮膚や毛髪でさえも父母から受けたものであるから、理由もなく傷つけるのは不幸である。

 まして大いなる生命を私ひとりのいのちと思って、慎まず、飲食、色欲を思いのままにし、元気をそこない病となり、もって生まれた天命を縮めて、早世することはまことに天地・父母への最大の不幸であって、馬鹿げたことであるといわなければならない。

 ひととしてこの世に生まれてきたからには、ひたすら父母・天地に考を尽くし、人倫の道を実践し、義に従い、なるべくならば幸福になり、長寿にして悦び楽しむことは、誰も願望するところであろう。このようになりたいと欲するならば、まずいま述べた道を思考しそれをふまえて、養生の方法を心得て健康をたもつことである。これこそが人生で最も大事なことだろう。

 ひとの身体はきわめて貴重であって、全世界のなにものにもかえることのできないものではないか。

 しかるに養生の方法を知らないで、欲にふけり身をほろぼし命を失うことは、もっとも愚かなことである。生命と私欲との軽重をよく考えて、日々の生活を慎み、私欲の危険性を恐れること、深淵にのぞむような、薄氷をふむような細心の注意を払って生活すれば、長生きもできて、災難をまぬがれるであろう。

 ともかく人生は、楽しむべきである。短命では全世界の富を得たところで仕方のないことだ。財産を山のように殖やしても何の役にも立たない。それゆえに、道に従って身体を保って、長生きするほど大いなる幸せはないであろう。

 そこで『尚書』では長寿を五福の第一にしている。長生きは、すべての幸福の根本といわれるのである。