テケスト
お題「セクハラについて」
ろくでもないことだと解ってる、解ってるけどやめられないんだ
■はじめに
世に氾濫する暗黒の所業であります
人が生まれた以降、いや、智恵の実を食べ、
恥ずかしいというそれを覚えた以降、途絶えることのないそれであります
セクハラ
まずは定義から始めないといけないのだが
定義というのを、理論的かつ、なんとか的にしようものなら
著しく詰まらなくなる、元々大して面白くもない話をしようとしてんだから
この枕からして失敗している具合だが、それはよいとしよう
セクハラが何を示すものなのかは、なかなか難しい
だが、それでいて無くならないそれ
目的があって、初めて手法が考えられ、そして実行されていくのであろう
世の中、つまるところ人間社会の営みにおいて
極めてロジスティックと思われるそれに則って
おそらく、この行為は行われているはずであります
物理的現象というべきか、そういうものとは一線を画する、
これはあくまで、知的生命体における、知識、智恵、知能を駆使して行われる
いわば、智恵の実を食べたものに与えられた業であり、原罪であり、無明であります
とりあえず、パターンも様々にあるし根底となるものが
縦横無尽に駆けめぐるのでありますが、
今回話題にしたい内容から、一時、セクハラというものを
『男性が女性に対して行う、いかがわしい行為』
こう設定するのであります
わかっている、立場が逆、あるいは同姓、そして行為に関する様々な事象
色々あるのは重々承知しているが、いちいち
それこれの変態行為を挙げ連ねるような愚挙には出たくない
それじゃ、変態見本市になってしまう、そういうのは別でやりなさい(誰に言うのか)
■このテケストにおけるセクハラ
さて、一気に一般論とか学術論とかを通り超えて
極めて個人的なお話に落とすのであります
ブログでやれと言われるような内容を
わざわざhtmlに書き起こす愚行をお許しください、ワイヤードの神様
年齢を重ねてきたせいか、
女性に対して、なんとなし、いかがわしいことを言ってみたくなることがある
それは衝動である、突然にやってきて留め置く暇を与えないほど
鋭敏に私を突き動かして、あらぬ行動をとらせる、通りモノであります
通りモノについては、京極夏彦に詳しいのでここでは語らない
尻を触るとか、胸を触るとか
そういう物理的行為に及ぶようなことは
もしかすると、もう少し年齢を重ねると止められなくなるのかもだが
現状、30を超えたくらいでは大丈夫の様子でありまして
なんとなく、卑猥とまではいわないまでも、なんらかの
猥雑な話題を振ってみて、にやにやしてしまう
こういう、いわゆる、セクハラ行為に、にまにまと心の何かを潤してしまうのであります
枯れている、干上がっているのも確かなので、いた、仕方ない
居きるには、水という、潤いが必要なのである
言葉
これによってのセクハラを展開することが
もっぱらなかなか、ステキなことだと思われるのである
というか、生々しく具体例をあげると
アタらしく入ってきた若い女性社員とどう距離をとったらいいかもわからないので
とりあえず笑いを取ろうと、下ネタで近づいてみたと
もはや、目も当てられないような下手を打つそれであります
おっさんにありがちな、よくない初期症状だと思われる
余談だが、風体と身持ちと世間の評判をしっかりと構築しておかないと
もう、取り返しのつかない事態にまで発展するので
まだ、通りモノのきていない男性諸子は注意されたし
世俗的にいわれる、セクハラと定義される際、相手が不快かどうかというのは
つまるところ、そんな、当たり前のことに帰結されるのである
喋ったことのない人のことを誰も弁護してくれない
そして、風体怪しいことを、天の授かりモノと思っているのはお前だけだ
それだけで、犯罪とひったてられるような世の中であることを認識せよ
ポイズンを歌う日々はすぐそこだ、誰にも自由な発言が許されているわけではない
まぁ、日々悶々として、何が楽しいか
自分でもわからないまま、だんだんとそのアプローチについて深めていくのである
ただ、卑わいな言葉を吐きかける、それはただの変態だ、警察のご厄介になるべきだ
というか世界と社会と政治はこういう輩をのさばらせておくわけにはいくまい、引っ捕らえるべきだ
夏場に裸コートでうろうろする紳士となんら代わりがない(そもそも論は除く)
そうれではなく、なるだけ、遠回しな
いわゆる考えオチ的な、整いました的なそれにしないといけない
それでやっと、初めて完成する、そう、思うのだ
また、この発言によって、リアクションも求めたいと思えてくる
言った後に場が和むではないが、ああ、セクハラした、と認識させる必要がある
そうだ、これは一種の露出行為に近い、流石変態行為である
周りに認識されて初めて達成感を得られる行為だ
そうか、劇場型犯罪者の心理もわかってきたぞ(楽しそうだな)
どっこい、それはアサハカである
厳密には周りに認識されるということから快感(性急すぎる)を得られるのではなく、
本来は別である可能性が示唆される、周りに知られるという事象は大切で、それは、
『周りに知られたことで、辱められたという気持ちが増幅させられる女子』という
被害者側の精神状態に大きくひとつ、注目を向けざるを得ない
それこそが先にあげたリアクションの意味するところであります
勝手に、ミスリードしておいて酷い体たらくでありますが
ともかくそうなのだ、要約しますと
発言によって、女性を恥ずかしいと思わせる行為
これが、セクハラ発言というものの実態ではなかろうか
これにより、手段(発言)と、目的(女性を恥ずかしいと思わせる)が顕現でき、
行為という実行フェイズに移ることができるのだ
■本題
さて、思った以上に無駄に行数を稼げたと書き手としては満足な出来映えでありますが
ともかく、セクハラというものをつらつらと書いたのであります
女性に辱めを与えたいという、浅ましいにも程がある低俗極まりない欲求を満たすため
否応無しに、おっさんはその発言を行っているのである
だが、おっさんからすれば、その行為は「辱め」という言語にあたるそれではなく、
なぜか「愛でる」という言語に変換をしがちである
なぜなのか、それは、おっさんだからである、おっさんというのは
どうにも世俗とかけ離れがちなのである、仕方ない、社会という荒波と
仕事という絶望と、過去という呵むものによって、歪んでいき、精神が逃避しているから
そういう、ちょっとしたコンバートミスみたいなことが起きてしまうのだ
トランスファー回路が潰れている、潰れてからが大人だ、ピーターパンは卒業だ
そうでないと、いちいち罵倒される社会で生きていけるわけがない(別問題である)
つまるところ社会と政治が悪いと、おっさんが飲み屋でぐだをまくのと
なんら変化のない結論に落ち着くのである、存外彼らの言は確かである
悲しいかな、政治の一部を担うのもまた、彼らであることを除いてだが
脱線ばかりでありますが、本題にはいる、
具体的にどのように、おっさんタチはその楽しみ、いや、罪を犯していくのだろうか
思うところや、シチュエーションはいよいよ、掃いて捨てるほどある
だからここでは触れない、今回話題にしたいのは、おそらく
相当に有名であるセクハラ発言のテンプレート的なそれについて語りたい
『からだを洗う時、どこから洗うの?』
これ、である
もはや、理屈と理解とを超えたのであります
何もかもを言い切った、いや、言った瞬間にセクハラが完成し
その後、セクハラをされたという絶望しか残らない、魔法というには幻想的すぎる
剣術に例えれば、残心の分厚い、居合いの一閃であります
もは、殺気と捕らえた、あるいは、自分が気付いた時点で事はすんでいる
そういう奥義にも通ずる言葉だと、私は思うのであります
分解していこう
この発言の何が凄いのかでありますが、考えてみるとこれほど確かに
じっくりと言葉の意味を考えさせることで、セクハラされていく感触を味わえる言葉はない(女性にとって)
読んでいただけている女性諸姉は、今暫く我慢されたし
まずは説明からである
放たれた瞬間、その言葉の意味をなぞる
そうだ、人間の厄介なところである、高度な知的生命体であるが故のことである
言葉を理解する瞬間に、その理解が、想像という別のそれを働かせてしまうのである
アンサーはどちらでもよいのだ、どちらにせよ既に完成しているのであるから
女性がそれを言われた瞬間に、まず、それまでと時空が異なった
目の前のおっさんが、既にそれまでとは別である
言うなれば、間合いにはいりあまつ、斬られたと感じるそれと気付かなくてはならない
おっさんは、既に、自分が体を洗うところまで想像しているのだ
ただ、そこからリアリティを持たせるために、どこからかを聞いているのである
つまるところ、おっさんの脳内では、既に裸に剥かれている公算が高いのである、
女性はそう考えてそれを認識し、その嫌悪をおっさんに向ける
この瞬間に、セクハラは完璧に為されたこととなるのである
辻斬りならば、切り終えたという懐紙をばらまく、あの行為に近い
その行為が、相手の認識によるあたり、本当に斬殺のそれに近いと思われる
やられた側は、斬られたとその瞬間に気付いたのであるからだ
大仰なわりに、意味がわかりません
そうだろうと思う、書いている私も思ったよりも大したことないとビビっている
だが、凄い発見をしたと思ったのでありまして書いておる
男が、別に聞きたいわけでもないのに、なぜその発言をするのか
それは、その発言をすることにより
勝手に女性が恥ずかしがるというところにある
それを、馬鹿正直に、「あなたの裸を想像したんだが、体洗うシーンに繋げたいので、
どこから洗うか教えて欲しい」などと言うような雅美もへったくれもない、
ゲスきわまりないそれでは、なし得ないのであります
これはガード不能であると言って差し支えがない
女性は、それを言われて冷静に対処したとしよう
それは、それでよいのである
その後に、おっさんという生き物は、言った後、はじめて本当に目の前の女性を
脳内にて、裸にひんむくという行為に及ぶことができるからである
目の前にいる人をとっくりとと、それを見咎められようがなんだろうが
それで堪能できなくもない人も多い、もはや、前述の理論の意味がないというか
辱めるという目的を果たしていないと思われるが、甘い、
精神が伴わない場合も、そういうことになったと勝手に判断する可能性もあるからだ
とりつく島もない、いや、もう、ダメなんだ、そのおっさんわ
ガードしようと思えば、目の前のおっさんの息の根を止める必要がある
それですら、相打ちという可能性もある、極めて強固な技
女性は日々、この発言に脅えていかなくてはならないかもしれない
なんなし、かわしたと発言した瞬間も、侮ってはいけない
なぜならば、それをセクハラと認識されなかった時点で
また、別の、ある意味最も大切な、法、から抜けることができるからだ
その発言が、犯罪であるという可能性が捨てられるからでもある
書いていて、だんだん酷いと思うようになってきた
特段のオチも見つからないし、まもなく筆を置こうと思う
そんなわけで、おっさんにそれを言われたらアウトであると
言ったからどうというでもないことを書き連ねたのである
ただ、この言葉がいつ発明され、誰が言い出したのか
それは全くわからない
もしかすると、「若いヤツはけしからん」という言葉と
同じくらい前からあるのかもしれないとすら思う
それくらい、よくできていて、また、どうしようもないのであります
そして、非常に大切なことであるが
私は、これを一度も使ったことがないのである
信じて欲しい、これは本当なのである
なぜなら、セクハラ発言をすることを少し楽しいと思えるものの
それをしたあとに、影で罵詈雑言を浴びていると思うこそ
それに絶望と恐怖を覚えるから
何より、恥ずかしいからだ
やがて、その恥ずかしいというのすら微笑ましいとトランスファーできるようになったら
私も一つ、段位のようなものがあがると思われる
仏か神かに近づけるようにも思う
世俗から離れて、浮き世を泳ぎ渡り、彼岸まで
男であると認識している内に、やがてやってくるのか
それはまだ、私にはわからないのである
10/08/01