スピリット オブ ヤーパン 異聞

「百花繚乱」


居きる意味と価値
それは、後世に名前を残すことだと言われた
名声と呼ばれ、いつまでも忘れられないことだと教えられた
彼女の家には、名前を残す型録(カタログ)がある
彼女の家には墓がない、ただ、この型録に名前を記すのみである
「膳所の女型録」、京都名門に名を連ねるそれこそが、居きたということなのだ

「櫻(さくら)、櫻や」

「ご当主様、ここに」

風が走り、骨色の花びらが散った
薄く靄のごとき雲が空を掃いている、欠けた部分は酷く蒼い、
その中を、下をと、盛りを過ぎた桜の花弁が舞っていく
声に応えて、一人の娘が庭先に膝をついた
膳所 櫻(ぜぜ さくら)、膳所の家に住む下等の女だ

「お前は幾つになった?」

「今年で、19です」

「そうか、もう、無いな」

「…」

辛く冷たい言葉がのしかかる、無いのは時間だ、
櫻の名前は未だに型録に記されていない
膳所に生まれ、膳所の家に居るが、生きていない、居るだけだ
早くに、何かしらの覚え書きとともに記されるのがしきたりだが、
「何かしらすらもない」となれば、記されるわけもない
気にかけていたが、焦って功がなるものでもない
櫻は、悠長にと自分で嘲り笑い過ごしていた
そして、現実をつきつけるその言葉に初めて、
その嘲りが自虐ではなく、恐怖から逃れるための他愛のない虚仮だったと気付いた
聞いて震えている、これは怯えというもの、
告げたのは、膳所の現当主だ

「そんなお前に良い話しがある」

「はい…」

「…たれにも悟られることなく、あるものを預かってきてほしい」

闇だ、櫻は見つめられるそれに魅入られ魂を喰われていた
間の抜けた顔をしていたか、蒼白になりおびえをあらわにしていたか、
わからないが、声も出せず、軽く頷くような、いらへを見せたと櫻は思う
当主のそれは、見ているようで見ていない、侮蔑という動作もない
だけども、その冷たさは、背骨の中から、凍り付き、蝕んでいくように感じた
沈み込んだような声が、耳の奥から脳を撫でたように錯覚した

「場所は宝蔵院、私の使いだと言えば全ては通じるようにしてある」

「はい、その…」

「他には何もない、たれにも悟られてはいけない、それ、ただそれだけだ」

念を押された、重い
櫻は口を真一文字に結んだ
当主は言い終わると暗がりへと、部屋の奥へと消えていった
庭につけた膝がすっかり冷たくなった
春も過ぎたとはいえ、日陰の土は湿り、冷たい
部屋奥は、陰影が甚だ強く、真っ暗で何も見えない

仕度を整えに部屋へ急いだ、部屋は共同になっている
居候に近しい身分だ、大屋敷には相応しい場所が用意されている
戻ると同居人が居た

「櫻姉、どうしたの?」

「いや、その、お使い…、頼まれてさ」

「顔、蒼いよ大丈夫?ついてこうか?」


はた、顔色を変えて慌てて否定する、いや、断りを入れる
その豹変ぶりに、驚いたのか目を丸くする同居人
髪は黒く長く、目は大きく可愛らしい
名前は六花(りっか)、歳は櫻の2つ下、17だ
従姉妹よりも離れた、遠縁の娘だ、
「春の花(櫻)」「冬の花(六花)」
そう呼ばれて姉妹のように育ってきた

「大丈夫、そんなんじゃないから、…すぐ、戻るし」

「そう、気を付けてね…」

怪訝な顔をされる
櫻は己の差料を腰に、そそくさと部屋を出た
それを見送る六花の視線に脅えた
『たれにも悟られてはいけない』
背骨を凍らせた声が、また、はっきりと聞こえたように感じた
足早に、逃げるように屋敷を出た

「確かに」

そうとだけ言い残し、宝蔵院の受付女は部屋外へと消えていった
櫻は言われたとおりに、当主の使いであることを告げただけだ
特段の反応はない、貸していたものを返してもらうだけのような、
ひどく恥ずかしい、子供の使いというやつを思った

「静かなものだな」

もっと子供の声がするのかと想像していたが、院の奥はずっと静かだった
膳所家のものだからか、奥に通され、普通の待合いとは別の場所にいるらしい
ちらりと見た本来の待合いには、女ばかりではなく、男も当然のように居た
いずれも、子供にまつわる何かを思っていたのだろう
明るい表情もあれば、暗い面もちのそれもあった

「私は、いずれだろうか」

鏡を探してみたが、馬鹿馬鹿しいとかぶりを振った
窓の外には相変わらず蒼い空が広がっている
部屋は空調がきいていないのか肌寒い
外のほうが、暖かそうに見える
はらはらと、桜の花が舞っている、このあたりももう見頃を過ぎている

「お待たせしました」

受付の女が戻ってきた
幸の薄そうな顔をしている、じっと櫻の顔を見ている
瞳に不安がのっている、私が膳所の家の者だからだろうか
櫻は敵意がないことを表情で見せた
しかし得心いかぬ顔つきで、幸の薄い女は小首をかしげた
手に包みがある、それが、櫻の手に渡る
用は済んだ、受付の女の手は微かに震えていた

「それでは」

「は、い」

櫻が腰を上げると、びくりと女は怯えを露わにした
そこまで怖がられるようなものがあったろうか
思い当たることもなく、つと、手にある包みの重みが気になった
これは何なのだろうか、これに怯えているのか

「何か、私がしましたか?」

「い、いえ…」

不審は募る、声をかけて更に女は強ばった
どうにもいけない、
そう断じて、さっさと退出することを選ぶ
そもそも悠長にしている暇もない、長くなるのはそれだけ
「知られる」畏れが増える

手元が揺れた、女が怯える理由が理解できた
私は、この女を殺さなくてはならないのか、
頭の中で判然と言葉にする
女の不審は、私に殺されることを思ってのそれだ
覚悟ができているとは言い難いが、そのつもりである
応えるのか、いや、なさねばならぬのか
迷った、ここで迷っているようでは…
いつものそれだと、櫻は落ち着きを取り戻した
思う前にやり遂げる、そんな強い精神を宿してさえいれば
悪い癖だよ
一人頭で呟く、何かを考えただけで仕舞いにしてしまう
諦めてしまう、この年齢まで何もできなかった全ての因だ

「たれにも…、…他言無用、にて」

櫻の小さな呟きに女は驚いて目を見張った、
櫻はすぐにその場を辞す、誰の印象にも残らぬように
そう念仏を唱えるように、しずしずと寺を出た
外は、窓から見えたとおり、大きな空に呑まれている
長閑で、少しだけ冷たい風があり、道ばたの花が揺れている
そういった、いつもが目に入るが、
決して小さくない動揺がそれらを色無く、つまらなく見せている
花よりも、それにとまる、つまらぬ蠅の方に気が行く
早足に帰る気も失せていた、荷物が何かもわからないまま、
まるでアテもないように、のらりと歩いた
もしかしたら、心のどこかが解っていたのかもしれない
待っていたとも思われる

血の匂いがたった
いつからか、後を尾けられていた
薄々気付きつつ、やり過ごし、人気がなくなったそこで
ゆっくりと振り返る

「六花」

「櫻姉」

「…」

「ダメだよ、言いつけは守らないと」

「…」

「だから、そんななんだよ」

麗しい血の繋がらぬ妹は、無造作に赤く染まった包みを投げた
ごろり、重たいそれが転がる音がした
包みは、解けることはない、ないが、中身が何かは容易に想像がついた
儚い表情がフラッシュバックする、自分の未来のそれなのか
何故あの部屋に鏡はなかったんだろう、今の私の表情はどうだろう

「どうして、六花」

「だって」

「…」

「…私も、型録にのらなくちゃぁ、ダメなんだから」

六花はいつものように、はにかんだ
目を細めて、小首を傾げるようにとても愛らしく
見慣れたその顔、今は不気味さが透けている
仄暗い何かが、笑顔という面から漏れ出ている
暗がりに浮かぶ、能面のような、うすら寒い表情だ

「死ぬ覚悟をした者をそのままにするなんて、人がする仕打ちじゃないよ」

「随分楽しそうに言うのね」

「そう、いつからか癖になったの、仕事の時に笑顔が張り付くのが」

さらり、六花が刀を抜いた
一刀流のそれだ、右下段に構えて、足下は涼しい
櫻も抜く、小太刀二刀
間合いは外れている、お互い、足下を確かめる
目だけが、ぎらぎらと相手を見据えている
呼吸が浅くなったのがわかった、両手が鉛をまとうように重く
されど、少し力を入れるといつになく強く、速く動く

「…もう、型録には載ってるんじゃないの?」

「そんな簡単じゃないよ、それに『同族殺し』なんて載ってもありがたくないしね」

「私で、何人目?」

「さぁ?」

張り付いた笑顔が、ゆっくりと間合いをつめてくる
下段のまま、されど攻めてきている
櫻が下がる、六花の間合いを避ける、
もちろん太刀では、はるかに届かない距離になる
つまり、逃げている

「…それは、怯懦だよ、櫻姉」

みじ、
六花が踏み込んだ、強い踏み込みで下段からかちあげる
体は真横に開けていて、腰もよく落ちている
この一手でも十分に殺せる、さらにこれを頂上で持ち直して打ち下ろす
本命はその二手目、六花のツバメ返し

対して受け手の櫻も心得ている

櫻に迷いはない、一羽目のツバメに対して
迎え踏み込みをしかけた、命を削り、自ら迫り来る刃に体を投げる
紙一重、少しくらい斬られても構わない、それくらいの勢いでなくては、
ツバメは、やすやすと命をさらっていくだろう
櫻は、真っ直ぐに踏み込んだように見せかけ、
足の位置は、相手の体の表側、正面に置く、死地に飛び込む
一羽目をかわせば、間合いが詰まり、二羽目は舞えない

六花の刃がつむじを伴って、櫻の目前を、前髪をいくつかさらって奔り抜けていった

「りっかぁっ!、勝負っ」

櫻が、逆手に備えた小太刀で二羽目のツバメを封じる、物打ちを抑え込み一息に接近する
たたらを踏むように、間合いを稼ぐため六花が下がる、しかし逃さない
鍔ぜりあった二人の刃が、小さく火花を散らした
小さく、細かく、刃が六花を追い込む、すり足でにじり寄り、
片方の小太刀で、相手の刀を押し込みその自由を奪う間に、
もう一方の刀で攻撃をしかける
それを交互に、抑える刀を右、左と換えつつ、
密着間合いに近づくほど、櫻のほうに分が出てくる
正面勝負で間合いを詰める、間近で刀が行き交う死地でこそ小太刀は居きる

がいんがいんがいんっ、

派手に刀が打ち合う音が響く
こんな馬鹿な斬り合いがあるものか、一閃の美しさなど欠片もない
そういう手でしか、櫻はまともに渡り合えない
泥臭いその手は、ひたすら、手数で攻めていく阿呆のそれだ
相手の刃を間近に見て、己の刃を敵に向けて
死が、目の前で笑うのを見る
そんな調子で、笑い返すように、青ざめながらも目を開き
刀は左右に走り抜ける、相手の血が爆ぜる、己の血も飛ぶ
闇雲に、出鱈目に、字の如く「血みどろ」になっていく

きぃんっ、ぎっ

「はぁっ、はぁっ、はぁっ…はぁっ」

「くの…、櫻姉、醜いっ」

二人が鮮血に染まる、櫻は罵られる通り酷く無様な姿でつけた
元来、華麗に舞う如く、小太刀は奮うことができる
ただ、櫻にはそれができない、だから不細工でも懸命に斬りつける
したりひたり、血の雫が六花から零れる
櫻は何度も首を狙った、都度、弾かれ、逆に斬りつけられた
お互い傷ではあるが、致命傷には至らない、相手の動きを封じるほどでもない
間合いをとる、櫻の不利が鎌首をもたげる
肩で息をして、両手を高く揚げられないでいる
仕留め損ねた、そういう目をしている
視線の先、六花が上段に構え直した

瞬間

「あぅっ!?ぃ、きゃぁああああっっ」

「たぁぁぁあああああああああっっっ」

悲鳴と咆哮が交錯する
櫻の小太刀が一本、六花の胸を喰った
三間の距離、投擲で射抜いた
さらに間合いを詰めて、もう一太刀を喰わせる
長ドスでも扱うように、下から突き上げるように両手でもって押しつけた
ずぐり、重たい肉を喰う感触が、小太刀から櫻の掌を包む
密着する、生暖かさがぬめり、手を汚していく
櫻が顔をあげる、苦しそうな妹の顔が見える、目があう、声が出る

「…りっか」

「か、はっ…早く、殺して」

ぞく、
その声に甘美を覚えた、錯覚だ、そんなはずはない
差し込んだ刀を捻りきった、力のままに抜いた、
どばどばと、本当にそんな音がして、腑と血が命とともにあふれ出した
崩れ落ちる死体、手には、それを作った刃が残る

「…重い」

いつもよりもずっと
死体になった途端、重さが増したように感じた
ずるりと落ちた六花だったもの
じっと見下ろしてしまう、周りなぞ何も見えなくなってしまった
目の前に倒れたそれが、なんなのかわからない
脳が麻痺している、そう信じることにした
無造作に俯(うつぶ)せに倒れたそれを返し、
胸に刺さった一刀を引き抜く、血糊が酷い、こんなにも赤く染まるのか
懐紙で一通り拭うが、表面に脂が浮いているのがありありわかる
刃の曇りが、自分の顔すら写すことを拒んでいる
どんな表情をしているかわからない、
拭った懐紙は、櫻の花のように風に散った

「…おかえり」

「はい」

「使いはできたか」

「ここに」

約束のそれを渡す
重みを確かめただけで得心したらしく
当主は中身を改めることもなかった
だが、じっと視線は櫻を射抜いている
刹那も逃さぬよう様子を見ている
殺気を心地よさげに浴びている

「…それで?」

「約束では、’たれにも’とありました…」

「ふむ」

「知っているものが、まだ、居ます」

櫻が強い視線を向けた
当主は笑って受け止める、それも冷笑で
透けて見えるとでもいわぬばかり
他愛もない小娘のじゃれあいに付き合う暇もない
次の瞬間に、櫻は片方の光を失っていた
何が起きたかわからない、どんと、強い衝撃が顔の半分を揺さぶった
転ぶように後ろに倒れる

「…!!くぅっ…の…」

「五月蠅い小娘、馬鹿馬鹿しい」

棒手裏剣、いや、小柄か?
わからないが、櫻の左目を棒状の武器が貫いた
眼底を割り脳に届くほどのそれではない、手加減がされている、殺されなかった
悔しいとも思う間もない、櫻の手には虚しく一刀が半分だけ抜けている
腰は砕けて力も入らない
当然のように、現行当主に早抜きで勝てるわけがなかった結果だ

「言いたいことは?」

「…あなたは、非道だ」

「ほう?」

「死ぬ覚悟をした者をそのままにするなんて、人がする仕打ちじゃない」

かは、
乾いた感じで当主が嘲り笑った

「まだ誰が死にたがっている?死にたいヤツは全部死んだだろう」

当たり前だという調子で言い捨てる、続けて

「お前が殺しただろう」

「わたしは…」

「そうだね、載せてやるよ、何がいい?」

当主のまなこは、冷え冷えとしていた
バカにしている、蔑みをはっきりと表した瞳だ
憐れみのかけらも見えない、ただただ、見下している
櫻は、左目から血を、右目から涙を流す
妹の今際を思い出す

「どうせなら、『同族殺し』の肩書きを」

「そいつは無理だ」

その返答に櫻は戸惑う、もっと真逆の反応を待っていたのに
当主はさも、嬉しそうに目を細めた
はにかむという表情を見せた、それは思いの外、愛らしい

「それは、私の肩にある、お前が如きに呉れてやるほど安くない」

「!」

「気概は褒めてやる、潰れた片目は治しておけ、『お使い』をこなすには、それなりが必要だ」

言葉を捨てて、当主は暗がりへと消えていった
櫻はへたりこむ、元々腰は砕けている、どこにも力が入らない
心がどこにいったか、どうあったか、
怒りは抱いたのか、虚仮だったのか、
器の大小を見た、いや、影の濃淡を見たのだ
私が募ったそれは、あまりに枯淡で、薄墨で、まるで闇から遠いそれだ
自分の名前を思い出す
櫻は、骨色なのだ、私なぞ、儚く散るそれなのだ
本当の漆黒は、あのような色なのだ、あんなに綺麗で、何も無い

儚さなどない、未練がましく、一片ずつ散る醜さよ
そのくせ、散った後に、晴れ晴れ、若葉を灯し、翌春に性懲りもなく開く
桜の花に己を見る

膳所 櫻
この者、決死に挑み、常に死なず

肩書きではなく、そう、添えられた
添え書きの通り、幾度も「お使い」をこなし生きた
型録で、一際異彩を放ち綴られる
死なぬことが、生きることと身命で記した

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久しぶりに書けた
題材の通り、既に時期過ぎてますが、
書き始めたのは雪降ってた時分です
3月には上がるだろうと思ってたのにこの体たらく

小太刀の殺陣は、もう少しわかりやすく書きたかった
実力が、本当に足らない

R(13/06/03)