スピリット オブ ヤーパン 異聞

「京都 膳所家」


膳所 音が、初めて人を斬った

「そうか」

と、極当たり前のようにして、膳所の家のものは
全てがそう呟いた、家の中は少しだけ活気を帯びて
その日の夕飯には、当然のように赤飯が炊かれた
食卓に、幾人かの女が集う
正直、珍しいことだ
先々代、先代、現行、それに年寄りと若い傍系共
よってたかっての膳所の女カタログ
無論、現行当主である膳所 絣が、最上に位置している
上下の明確さは美徳である
膳所の家は、優れた「京都」の名家であると、説明するに充分
よくできた制度が家訓と名を変え布かれている

「このような席、ありがとうございます」

「いや、なに、しきたりだが、おめでとう」

「はい、これで私も膳所の女に近づけたと思います」

音ははきはきとそう語った
いつもならば最下に座るが、今宵は主役
当主のすぐ近くに居場所をしつらえられている
そこで気後れするほど、弱い女でもなく、そのあたりからして
膳所の女としての自覚と遺伝子が伺える

虚勢で己を守る、瞳の奥に若さ故と言えるかどうか、
人を斬った戸惑いはとても色濃く見える
それを見て、現当主の絣は、
一抹を安心に使ってよいか、不安とせねばならぬか、それはわからないが
心には平穏を得ている
ただの殺し狂いではない、そういう娘になっていると
正直、安堵の対象となるのだ、甘さと背中あわせではあるが、
これから、どれほどの命と魂を吸い続けるかわからぬ運命の娘が愛おしく見える

「音、仔細を教えてくれぬか?」

「はい、絣姉様」

「当主だ、音」

「も、申し訳ございません」

音の少し浮かれていた様子が、すぐに引き締まる
絣の視線は命を脅かす温度をもって、この幼い膳所の娘に突き刺さった
同族だからこそむしろ、その瞳は、他人のどこに向けられるよりも
残酷で狂気を孕む、同族だからこそこれが狂っているのではなく
そういうものだと理解される、だから、遠慮することなく
その本性を解放してしまう、まともに毒を中てられた小娘は
顔を蒼くして、正体を失うほどに神経が衰弱する、声は細り震える

「ご、ごめんなさい」

「・・・・そう、それで」

促す当主の瞳は、少しだけ暖かみを持った
凍えるような恐怖に、一縷の温もりが宝のように思える
その弛みに釣られるよう、少し口早な音の声が
可愛らしい口から零れだした

「あ、はい・・・二つ上の男を斬りました、小倉の家の御子息です」

一座は静かになる、全員がその詳細を既に知っている
「小倉」という家は、膳所とは同格ほどの名家、
膳所の家ほど血統にこだわりはなく、禅譲を繰り返し存続している
血族を問わず一門で最も優秀なものが当主となるわけだ
剣の流派などでは至極あたりまえではあるが、それを侮蔑する立場にある膳所の家からすれば
あまり仲の良い家ではない、それをまだ知らぬこの幼い子が
どうして初めての相手にそれを選んだのか、
そこに見守る大人は皆、興味を注いでいる

「殺すつもりは無かったのですが、後の先を取って、それが極まりました」

くすくす
年寄りの何人かはその可愛らしい表現に苦笑を漏らす
「極まる」とは言ったものだ、つまり、自分のシテの鋭利さを持て余した、そういうことなのだ
斬りかかってきた相手の先手が強すぎたため、その反動、後手も強く出た
後の先にとる定理ではあるが、それにしても幼い剣技ながら、
それは確かに一命を奪うほどの力を宿したらしい

「そう、それでその大義は?」

「はい、膳所の家を愚弄したからです」

「愚弄、穏やかじゃないね」

「はい、黙って弁当作りでもしておればよいのだ、などと言われました」

「ほほう」

ここで一同の目の色が朱鷺の羽の色に染まった
観念的な色目だが、それが相応しいだろう
膳所の姓は、将軍家あるいは宮家の食事を司るそれの意味を持つ
遠くはるか昔、現在よりも前に刀が許されていた時代の由来
それを揶揄するときに「台所」などとこの家の陰口を叩く、その類だ
しかも弁当作りという暗喩は、女ばかりのこの家をその意味からも愚弄している
機知に富んでいるというよりは、悪ふざけが過ぎる
部屋の温度も下がった気がする、いや、もしかしたら上がったのかもしれない
ともかく、強い不快感、そういうものが充満している

「なので、『私の手作りが食べたいなら、仏の御石の鉢でもおもちくださいな』と返しました」

どっ

今度は大きな笑いが漏れた
音は、笑われて少し戸惑った様子だが、本人はいたって真面目に喋っている
仲の良い「絣姉様」の前とはいえ、今は、「当主:絣」を目の前にして
冗談を言えるほど、この家が甘くないことを音は既に躯で知っている
可愛らしいものが真剣に語りそれが少しずれているとする、それだけで既に、大層滑稽だ
大人どもはその様子に笑っている
ちなみに有名な竹取物語にて石作が探すべきものが「仏の御石の鉢」で
見付からず、適当に見繕った汚い鉢が「小倉」の山で拾った鉢
こちらもまた、「小倉」の姓を茶化すに充分な悪い冗談だ、
恥(鉢)を捨てる、そんないわくのあるエピソード
こちらの返答もまた、随分と酷い

「そこで斬りかかられたので、返しました、上段を見て、腰から左抜きで刺突」

「左抜き・・・をしたのか?」

「はい、その・・・」

音の声が途端にか細く震えた、怯えた表情は青白い
左抜きは居合いでは亜流になる逆手
正道の所作ではない、あくまで非常時の一つの型でしかない
極論すると、真っ当な方法ではない、奇手であり後の先と言えない、膳所の思考ではそうなる
怯懦のそしりを免れないやもしれぬ、そう思えばこそそれを口にしたくないという顔だが
当主には逆らえない娘は、おびえた色の瞳で続ける他ない

「通例では間に合わないと思いましたので、最速である方法をとりました」

「そう、つまり、抜き打ちで負けたということか?」

ひくり

「そ、それは・・・」

「抜き打ちで負け、狼狽えた挙げ句、持て余した技で殺した、そういうことか?」

水を打った静けさ
宴の席であったはずのここは、もう、膳所の牢屋と化した
絣のなじる調子は、まだ、前当主の足下にも及ばないし
その陰湿さは、まるで足らない、だからむしろこんなのは欠伸が漏れるほど退屈だ
絣も自覚している、自分には地獄を司るのは無理だと
だが「膳所」の家は、小娘に対して、躾をしなくてはならないし、躾とは恐怖と暴力を教練道具とする
これは確信というレベルではなく、事実で規範で定理だ、膳所の女を創るためには
そうならなくてはならないし、今までもそうなってきた
ならば、そうするしかないじゃないか

「お前は、恥ずかしくないかい?それとも「小倉山の恥捨て」の延長か?お前自身が恥を捨てるという」

「ち、がいます、違います、と、当主さ、ま、あ、あぁ、あぁ、ぁ、ぁ・・・、、、、、、、、」

恐怖が浸透していくのがよくわかる
幼い娘は、身体をもう、己の力ではどうすることもできないほど
大きく震え上がらせる、声もまるで泣き声のように甘美で切ない
絣はその瞳で射抜くようにしつつ、決して音が視線を外すことができないように
絣の視線が音の瞳孔を捕まえる、瞳術のそれで、低音の効いた声で
一つ一つ、心の中へと踏み込んで、にじって、荒らしていく
膳所の女どもは、その様子をただじっと見守る、それらの瞳もまた
永遠に続くかと思うほど暗い闇を浮かべる、いや、闇を切り取り貼り付けたかのようだ
朱鷺色が烏濡羽色に移ろう

「過失で殺すとは落ちたものだね、堂々と大義のままに決闘ともなれば別だが、まるで事故、
お前はそんな軽い気持ちで人を殺したのか、死ぬとは思わなかったなんて薄ら寒いことを覚えていないだろうね、
大義と殺意もなく殺す、その恥を今夜はしかと留めなさい、お前の初めてのそれは、そんな酷いものだったと
永遠にこれから、ずっと重石として、お前の人生がどれほど輝こうとも、その輝きを確実に貶める、
哀れでおろかなその経験を身に積んで過ごすのだね、これからどれだけ斬ろうとも、最初のそれは
まるでものの弾みだったと、陳腐としか言いようのない、お前ごときの小娘が、
失態だよ、既にお前は膳所の勢威を地に落としたよ、当主になるべきものが事故で人を殺した、
どう思うだろうね、なんとするだろうね、どうしたらいいだろうね・・・」

言いよどむようにして語尾が濁って消えた
私は本当、下手だな
絣は己の奇態をあざ笑い自覚し、嫌悪を催しながら、その感情を瞳に宿して
目の前の小さな生き物を睨み付ける、下手でも子供には浸透の度合いが強いらしい

がくがくがく、音の全身を別の生き物が駆けめぐっていく
血液を貯めた、血袋でしかない人間という皮の内側を
縦横無尽に、理性で制御できないものが暴れ回る、音の身体は激しく揺れる
震えという生やさしさではない、瞳いっぱいにはにじみでるようにして
大粒の涙が浮かんでいる、ぷるぷると震え、必死に食いしばる口元は
アゴの力を最大にしているにも関わらず、かちかちと歯の打つ音が漏れる

「音」

「はぃ、・・・・」

「いいかい、私に打ち込んでみなさい」

柔らかい笑顔になった
雰囲気も、瞳の色も、気配もそれまでと変わらぬままに
ただ造形だけが笑顔を象った、幼い娘には大人のこんな所作が
何よりも恐ろしいものと映ることだろう
笑顔は作れるものなんだ、愛想笑いとかでなく、作り笑顔というのがあるんだ
もう言われるままにするしかない

「誰か、音に刀を」

言われる前から用意がされていたらしい
刀を持ってきたのは、前当主だ、この人選は意外だったらしく
その場の女全てが戸惑ったが、役者二人
絣と母は、そのどこか似通ったところのある眉を一つも乱すことなく
静かに刀の授受を行う、続いて絣から音へとその刀はわたる
絣と音も顔立ちが似ている、いや

私よりも、やはり、周に似ている、眉目秀麗、いい女になる

片鱗をかしこから受け取りつつ、前々から思っていたことに
さらなる確信をもつ、だからこそ、たがえることなく導く必要がある
絣の決意がそのまま、刀とともに音へと移る
受け取る仕草、備える様子、なによりも刀が腰にある収まりのよさ
美しい、その言葉を与えるに相応しい

「遠慮はいらない、打ち込みなさい、お前が見たとおりに」

「はい」

刀を持って、どうしたことかそれまでの恐怖を押さえ込んだらしい
そんなところも似ているな、絣は周のことばかり頭に浮かべる
浮かべていながら、目の前で呼吸を一拍詰めたのが見えて聞こえた
久しくひそめていた、いや、披露する場を設けられなかった
絣の先読みが、目の前の小娘を丸裸にする
鯉口が切れる瞬間から伸びてくる刀の長さも、とてもゆっくりと見える
見守る女どもは黙っている

音の刀が下りる、りん、軽やかな音色が「見えた」、まっすぐに透明な光が伸びる

剣先に迷いが出るほど子供ではないのだろうか
それとも一人殺したことで、肝が据わったのだろうか
恨みではない、恐れの反動でもない、真っ当に切り下げてきた姿勢は
及第点を与えられる素晴らしい太刀筋で絣に伸びた
ただ、あまりに素晴らしすぎるせいだろう、絣の無刀が一等に冴える

半歩、体というではなく、間合い、それが詰まると
音は全く自覚することができない瞬間に
絣の無刀取りが美しい段取りを踏んでいく
ぱたぱたとドミノが倒れていくように、誰もが解り切っている動作で
それでも目で追うには難しいほどの俊敏さで、
気づくまでもなく、音は宙を舞い頭から床へと叩き付けられる
取られた刀は絣の手にある
首から床へと突き刺さりなお、極められた腕は逆さにねじり上げられ
たたきつけられた床の方向へと全身を這い蹲らせている、動くことができない
いや少しでも重心や体の位置が動いてしまうと、関節のどれかが破壊される気がする
だから苦しくてもたたきつけられたままの体勢を保持しようと体が必死になっている

「音、わかった?」

「・・・・・」

痛みに顔をしかめて、また
受身を取ることすらできなかった様子で返事ができないでいる
蒼くなった顔は、ダメージの重たさを心配させるに十分だが
冷え冷えとした瞳が、相も変わらず廻りを囲んでいる
誰も心配などというのは浮かべていない、子供にとってこんな辛い
そして寂しいことはないだろうに

「刀を抜かずとも反動できる、左抜きは悪いことではない、しかし一対一で使うほどのものではない」

「は、はい」

「また鍛錬に励むといい」

すい、解放された
そういう表現が思い当たる、押しつぶされそうになっていた精神が軽くなった
音は、ゆっくりと恥ずかしい体勢を立て直し、起きあがって当主を見上げた
暖かい光に溢れているように思える、それを見て安心する
だがその安心を表情や瞳に顕わすことはしない
それをすると、家が、黙っていない
知っている以上、冷たい瞳で見返すだけにする
とても整った凛々しい顔だ

誰もが何も言わず、だが、宴は知らず内に再開され、やがてたけなわとなった

「私は10歳、周は12歳だったな・・・そう考えると音の7歳は早すぎるな」

「そうでもない、私の頃はそんなのざらでしたよ、ご当主」

「そういう先々代は・・・」

「8つ、もっともあの子、いや、先代は6つだったよ、まぁ、別格だね」

「・・・・・ともすれば私と周が足りない子だったのかな、、まぁ、音はさすが親子ということか」

先代はここに入(い)れない、いや、入(はい)れない
先代は現在、膳所の家で音の次に低い身分とされる
そういう習わしなので仕方ない、優れた議会制と同じ仕組みだ
最上の権勢にいたものは次のフェイズで最下層になる
最上の時に制御と秩序をもたらす、鉄の約束
だから当主と口をきく機会は無い
絣は独りごちるように呟いて、目の前の遠く美しい女と将棋をたしなむ

「・・・・・ご当主」

「なにか?」

「音と、周が似ていると思いませんか?」

ぱちん

「ああ、それは・・・近しい姉妹ですからね、私より一層似てる、懐かしいと思ってしまうくらい」

「そう、今日もあれだけの仕打ちで、一滴も涙を零さなかった、まぁ濡れてはいたが、はきとは泣かなかった」

「はは、それは、私が下手だから・・・でも、肝は据わってるかもしれませんね、あの年齢で」

「肝の据わりについては、周も大層なものでしたね、中学の頃には血濡れることを厭わなかった」

「音にもその片鱗が、見えますかね」

ぱちん、盤上の駒を弾く音は下品だ
だから本来、将棋は将棋崩しと同じく、無音で事が進まなくてはならない
今鳴らしているのは絣、わざとリズムをつけるために鳴かせている
桂馬が銀将を食う、成らず、そのまま桂は敵陣を睨む

「音は、親に似たのでしょう、鋭い目元、整った顔立ち、真っ直ぐな黒髪」

「・・・・・・」

「あれで、業を背負うようになると、いよいよ盤石でしょう、当主の器がそろそろ」

「・・・・・・先々代」

「はい」

「その、音の親というのは」

「王手」

「あ」

パチン、初めて美しい女の指先から、駒を伝い音が立った
耳に痛みを覚えるような高い、そして硬い音
指し手の仕草だけで、馬鹿げているほどの、迫力が感じられる
これをこの人はいつも眠らせているのか
絣が、わずかにたじろぐほどの強い意識

「詰みですね、ご当主、これくらいにしましょう」

「・・・・・そうですね、やはり強い、まだまだかないません」

「こんなもの強くても役に立ちやしない、戯れ事ですよ所詮」

するりと美しい女は立ち上がった
盤上を眺めている絣はその駒それぞれをじっと見つめる
立ち上がった女には、まるで意識を向けないようにしている
それでいて、口からこぼれる言葉は、その人へと向けられる

「ところで、話の続きのほうですが」

「・・・それについては、あの子に訊くしかない、私は知らぬことですよ」

「その割に、今、先ほどは、随分と饒舌でありましたね」

「年齢のせいだね、やれやれ」

するするする、すり足の音とともに
美しい女の姿が消えた、盤上では、ちりぢりになりながらも
詰みの形を作ったわずかな駒は、その戦意をそこに留めているようだ
これだけの駒がありながら、詰みに関わることができる数のなんと少なきことか
全ては、デコイなのだな、絣は思いながらそれを片づけることにする

「あの子、ねぇ」

その言葉は、音、を示す代名詞ではない
先々代があの子と称すのは、一人のことだけだ
深淵を臨む
久しく声を訊いていないな、今日、刀を受ける時に
随分と懐かしいとさえ思ってしまった

音の出生を知るのは、先代だけだ
絣、周は、確かに先代の子だと記されている
だが、音については系譜など見たことが無かったと気付いた
盤上を片づけて、もう一度、一人で先の局を再現していく
ぱちり、ぱちり、相変わらず檜葉の盤がよい音を奏でる

しわ、しわ、しわ、しわ

セミの声、膳所の小さな庭に、百日紅の木がある
かつて九條の茶室は百日紅の柱を用いたというが
その肌は、老練となるにつれ美しさを増していく
そこにセミが張り付いている
そういう天の下で、盤上という宇宙を相手に
棋譜をもう一度なぞっていく、一つ一つの動きに意味がある
全ての系譜に意味があるが、表面に出づるほど脚光を浴びるのは
やはり、僅かな駒のみ

先代は、気を上手に狂わせた、おそらく膳所の家系において
最高傑作の部類に入る、麗人であった
在位中のその鋭さは、狂気を孕み、純粋で高潔であった
その人が己の次にと、絣、周と血を繋いだ
だが、絣の甘さと周の不足を見て、その次の手を用意しないことがあるだろうか

「・・・・・・・音の、片親は周だろう、な」

推測でしかないから、こんなのは意味がない
だが、酷く納得してしまい、それと同時に自分でも信じられない程の狼狽を覚える
脳は冷静に次のことを考えようとしていく、だが、心の内は周の娘という
その続柄に、酷く醜い感情を呼び覚ましている
数えていけば、周が16の時の子供、無論あり得る
ただ、あの本家を忌み嫌った娘をどう組み敷いたか
その命をどこで分けさせたのか、どう取り上げたのか、どう契ったのか

契った相手は、誰なのか

自分の身に覚えがない
それが辛い
正直に思う、愛してやまなかった妹との子供となれば
おそらく、その業だけで、絣は当主として遠慮もなく気を違えることができただろう
だが、そうではないとわかる、解らなければ楽なのに
自分の推察力が、僅かな期間でだが、浮き世で覚えたこの技が残酷に事実に近いと思しき
ある一つの推測を生む

「業か・・・」

その示すところを考える
親の仇をとらせることが業と呼べるか、
簡単に考えるとそうかと思うが、その程度、と思えてしまうから
ほぼ違うのだろう、残念だが寒気を覚えるような何かが隠れているとしか
あの人が仕組み、こしらえたものならば疑いがある
音の背負うものは何か、周の子として、周と

一人の女が浮かび、全身に酷い震えが走った

だが、それは静かに緩和されてさざ波のように引いていく
それはあり得ない、時間軸がでたらめになる
だが、考えられる中で、もっとも適切というべきか
膳所の家が好む物語になるじゃないか

親が、もし、あの同級生だとしたら

時間軸というアリバイだけを無視したら何もかもが
とても整然としてしまう
あれだけ、膳所の家から疎まれていたはずのあの娘は
今では三菱で絣の跡目となり、筆頭株主のこの家を訪うことが赦されている
「近江 春」を可愛がるかのように受け入れた膳所の家、いや、先代の仕草、
急速に熔けたしがらみが、不自然すぎて、むしろ
その軽薄なまでの豹変が、膳所の家らしいなどと思っていたが
音の片親だとすれば、至極納得がいくし
そして、考えられる至高の業が目の前に転がる、手の届くところに
それは、誰よりも前当主が最も好むであろう姿ではないか

膳所の家は、時勢に逆らうことなく、誰よりも早く、仇討ちを疎む道を選んだ

だから、意趣返しは御法度だし
最も忌むべきものとして家訓に封印されている
絣は膳所家の伝統を調べたことがある
その経緯を見て、酷く納得したから、禁じられた故をとてもよく覚えている

膳所は嫉妬の裏面(りめん)を提げている家柄である

だから封じる必要があったのだろうと至極滑らかに理解できた
女という形が文字に宿る、男のほうが嫉妬は醜くおぞましいなどと言われるが
冗談を言うなよ、歴史が違う、女にはそういう遺伝子が永劫続いてきている
希に男が継ぐからややこしく見えるだけだと断言できる
膳所にとって、敵討ちは禁忌だ、しかし
禁忌を犯すこと
それが業だと言うならば、それは血で己を濯ぐよりも確かなことだ、なにせ

親同士が殺し合い、その仇を取るため親殺しも厭わぬ二重の禁忌

桐の箱に駒を仕舞うことにする
所詮は全て、妄想なのだ、吐き捨てるように笑い声を落とし
絣は目の前の盤を空虚なものに戻した
駒を置かなければ、その宇宙は広がらない
本当にそうか?
何もない状態だからこそわかる大きさもあるだろうとか
もう、そんな説教めいたことにはうんざりしている
絣は、鼻でもう一度笑い、盤はそのまま日に晒して、みしみしと畳を踏みしめて奥の暗がりへと消えた

あり得ないのだ、音が宿った日、まだ、周と春は出会っていないのだから

後日

りんっ

耳慣れた音色
そう感じて、耳を疑った
絣の目の前では、美しい舞が披露されている
ゆっくりと、とても丁寧な、一つ一つの所作、指先にまで
全ての神経が行き届いている、見ているこちらが圧倒されるほど
洗練、いや、充実した動き

「・・・・・ご当主」

「・・・・・・」

「早く私を、膳所の女にしてください」

「音」

「返り血を浴びぬ方法を、教えていただきたいのです」

破顔(わら)った
周がここに在る、返り血で着飾った姿は、幼さと相まって妖艶でさえある
血濡れた笑顔なんて、それだけで女が上がる
二刀を提げて、顔に飛んだ血を拭うことなく、陽射しの下
青空に赤い色を塗布している娘

「二刀はいつから」

「春様に習いました」

「その髪は?」

「ああ、結い上げると、動き安いので」

小さな馬のシッポが揺れている
斬った相手は素性もわからぬ男のようだ

「最初、このように斬れたらよかったのですね」

「そうだね、まぁまぁだ」

「ナイショですよ、姉様」

まわりを伺い誰も居ないと確信して
悪戯な笑顔で、少し恥ずかしげな様子

「?」

「あの日斬った、小倉は、私を好いていたんです」

「・・・・・・」

「だから、私も好きになったのかなってちょっと思ってました、けど、
それは違うって教えて貰って、だから、断ち切るにはああするしかなくて・・・」

「違うって、誰に教わったんだい」

「先代に」

まだ昼には少し早いが、
絣はそこを外して食卓へと向かうことにした
残された音は、立ち去っていく背中をじっと見つめている
何も知らないから、どれほどもなく、これらが常時常態だと思うようになる
血を洗う為だろう逆へと向かい音も去った

小倉を音に近づけたのは、先代だったはずだ
なるほど、そうするために近づけたのか

そこまで考えて、もう辞めることにする
考えすぎるのはよくない、時には直感と反射で行動を起こすべきだ
物憂げに過ぎる夏の日、絣にはもう、昼食の献立しか気になるものはない
何も考えないが、無意識でだろう、なぜか独り言を呟いた

春を武専へと喚んだのは、確か。

もどる








時間かけた割には大したことないものになってしまった・・・

そんな具合でしたが、書き終えました
色々本を読むようになって、自分が書きたいなと思ってたようなものが
ほいほいとその何十倍という練度で書かれているのを読むと
正直萎えてしまうものなんだなと、自分の浅はかさを呪いつつ
こんな話も、きっとどっかに転がってるんだろう
願わくば、私がそれを読みませんようにとか

そういう鬱々とした気分で書きました
前にある人に、作風は「鬱」ですよねとか言われて
結構ショックだったんですが
なるほど、言い得て妙だな

駄文長々失礼いたしました
R(05/07/23)