スピリット オブ ヤーパン 異聞
「スピリッツ オブ ヤーパン」
人にはそれぞれスタイルがある
「あー?」
「だからぁ、焼酎の水割りを、なんつーかな、その場で割る奴の気がしれねぇんすよ」
「それは、あれか、わたしに喧嘩売ってんのか?」
「いや、これは正しい道を俺が教えてるんす、何度言ったらわかるかなぁ、焼酎は香りなんですよ
そして二度目に、脳の、なんだろう、海馬あたりを直撃する、香りっつうか、なんつーか」
「結局臭いかよ」
「香りです、なんでそういう安い言い方するかなぁ」
「お前、わたしがクライアントだって忘れてるだろ?」
「いやー、こればっかりは譲れねぇっすよ」
バカを言い合いながら、そこでは仕事がなされている
焼酎を熱く語る男「稲尾 剣」、三菱のエンジニアだ
まだベテランと呼ぶには若い、そんなエイジで
納入したコピー機の調子を伺っている
だからここは、納品先であり、依頼者の会社であり、客先である
無駄口を叩きながらも仕事を終える
「給仕口が随分汚れてたから、紙詰まりしてたみたいです、手入れしておきましたから」
「ああ、ありがとう、保守管理はやっぱしっかりしてないとな」
「なんかあったんすか?」
「いや、うちのフロア、ほら、C社のも入れてるだろ?あっちの担当がイマイチでなー」
「そりゃあれっすよ、うちのに代えてくださいよ、営業連れてきますよ?」
「あっはっは、そういうのはあたしの権限の外なんだよ、まぁ、会社同士の付き合いってのもあるだろ?わかりな」
「ああ、大人はいやだいやだ」
「早く帰れ、バカ」
「はい、それではまた〜」
窓口をしてくれている女は事務の担当らしいが、
部内でそれなりの地位にいる人間だ
そうでなくては、こういう、ちょっとしたことで手柄となりかねない
美味しい仕事を独占できるわけがない
コピー機の差なんて本当微々たるものだ、だが、その微々たるものは
極当たり前に存在している
だから、作り手からすると「当たり前」のエラーが
使い手からすれば「致命的に使えない」という評価に至ってしまう
いかに、エラーの少ないものを選ぶか、それは
結局のところ、よいエンジニアを捕まえることに相違ない
そして、それを捕まえるのは、思っている以上に簡単だ
だから、手柄の上げやすい環境ではある
ただ、窓口の女は、そういう名誉心よりも、これを利用してのさばろうとする輩を排撃するため
敢えて、自分がそこに居てる、そういう風がある
正義はどこにあるか、そんなことはどうでもいい、エンジニアはただ
自分の手がけたマシンが動き続ければ、それ以上の誉れはないのだ
「あー、雨か、畜生、どうすっかな」
稲尾が、取引先から帰ろうと玄関を出ると
息が詰まるかというような、重たい湿った空気に出会う
おまけに生暖かいときているから、本当、梅雨時期の京都というのは最悪だ
ここが、都でなくて、全ての中枢でなければ、こんなところに住むものかと
内心思いつつも、くだらない愚痴はそれくらいで
雨が弱るのを待っている
「おや・・・・・・」
雨を待っていると、傘をさした男が近づいてきた
社章が見える、話題のC社の人間だ
おそらく稲尾と同じくエンジニアなんだろう
こうやって、鉢合わせるようにして呼ぶところが困った人だな
稲尾は先ほどまで軽口を叩いていた女担当の顔を思い浮かべる
こういう、彼女の関わらないところで錬磨して
漁夫の利でもないが、一番得しようとしている
あの態度が、尊敬できるが、しかけられた当人としては大変困る
ぎこちない笑顔で、向かってきた担当を迎えてみる
当然向こうもそう返してくるかと思うが
「・・・・・・・・・・」
「無視かよ」
視線をあわすことすらせずに
傘を畳むとさっさと中へと入っていった
話はあいそうにないな、そう思いながらもただ
強い雨を待っている
ちらりと時計を見ると17時をとうに過ぎている
帰社する義理もないなと考えて、ふと、喉の渇きを覚える
「そうだな、呑みにでも行くか」
そう思うだけで、鬱陶しい雨も大して気にならなくなる
稲尾はそれくらい酒が、とりわけ焼酎が、好きな男だ
それさえあれば黙る
そんなおっさん然とした趣味を備えている
無論、にわかじゃない、そこそこではある
それは信じてもいるし、事実でもある
ただ、上を見たらきりがない、この世界は深く高く濃い
まさに、焼酎そのものと一緒なんだ
既に独り物語モードに突入している思考を
現実へと連れて返ってくると
ようやく小雨に変わりつつある
チャンスだろう、少々濡れるくらいは気にならない
そう覚悟して、ぱっと煙る街に姿を投げ出した
雨足は実際弱っている、頃合いだがいつまた戻るかわからない
近くの店を開拓するか
一人ごちて、ぱちゃぱちゃと革靴が水を撥ねる音をまとってまだ早い飲屋街に消えていく
「芋三号、ロックで」
「・・・あいよ」
店主が一瞬間をおいた
それもそうだろう、店に入ってメニューを開かずに
いきなりのオーダーだ、しかも銘柄指定
そういう客を好む店主と、嫌う店主がいる
この店主はどちらだろうか
思うが、そんなのは些細なことと、稲尾はただ
退屈なグラスが来るのを待っているばかり
外の小雨は、相変わらず、しれしれと音を奏でて鬱陶しい
ふと視界に見覚えのある顔が入った
「あれ?梅田さんじゃ、ないですか?」
「!!・・・・稲尾くんか、なんだこんな所で?」
必要以上に驚かれて、それに戸惑う
ただ立ち寄った居酒屋で、たまたま見かけたから思わず声をかけてしまったが
そんなに狼狽されるとはと、稲尾は一人
なんか手順を間違えたかとエンジニアらしい感想を持つ
だが、それでも、生来の人なつこさは消えない、すぐに近くの席へと移動した
「珍しいですね、梅田さんこの辺りの担当じゃないっすよね、あ、三ノ宮で三社くらいにねじ込んでって噂聞きました、すげぇっす」
「いや、アレは、まぁ運が良かったんだよ、それよりも仕事?」
「ええ、もちろんですよ、さっきあっこの会社にほら、一台入れてますんでメンテに」
にこやかに笑うと、釣られるようにして梅田は笑顔を見せた
梅田 揖斐(うめだ いび)、名前の通り岐阜出身の営業部員だ
岐阜藩は刀作りを藩是に挙げている国、その国にありながら
京都まで上り、コピー機の営業をしている
岐阜の人口の95%が刀鍛冶になることを考えると異端に違いないが
その異端ぶりを発揮して、営業部でそれなりの地位を築きつつある
「あれ?梅田さんて、タバコ吸うんすか?」
「あ、いやー、まぁな、吸うか?」
「いや、俺ぁ、生意気なんすけど、こっちを」
見せるのはショートシガー
煙は甘い匂いがする、だが、本人の預かり知らぬところで
特にタバコを吸わない相手にとっては、やはり煙の匂いを強く発する
そういう葉っぱを見せる、素人じゃない、若いのに
そう思わせる、そう信じさせるだけの説得力を持つ
「そりゃ凄いな、そんなの吸ってる人、まぁ、たまに見るけど君ほど若い人では無いなぁ」
「ははは、オッサン臭いんすよ俺ってば」
笑いながら、煙が昇る、噂に違わぬさくらんぼの甘い匂いが漂う
「意外と煙の匂いが強いんだな、それ、騙されそうになるけどさ」
「はは、鼻強いんすね、あ、それよか、火貸しますよ?」
「ん・・・・・ああ、気を使わせるな、いいよ」
言うと、ラークと書いてあった赤いラベルの箱に手をかける
一本を取り出すとそっと銜えて、火は自らつけた
取り出した箱は裏を向いて置かれる、白い背中が煤けてみえる
「ラーク好きですか、鼻がいいわけだ」
「そうかな」
「そうっすよ、国産の吸う奴よりは遙かに」
「まぁ、それは人それぞれだ、実際国産のそれが好きな奴もいるしな」
「そうっすかねぇ」
稲尾はいつも通りに答えている
うらぶれた新入社員なら殺されても文句の言えないような具合だが
そこは笑顔のステキさと、憎めない人柄でカバー
若手の頃からそんな具合でやってきている
稲尾の同期程度の若さでは、うまいことやっていると映るが
社会人生活ではそうじゃない、これはスキルだ
それを梅田はロコツに意識している、いや、確信している
この男のこの柔らかさは、それこそ、瀬田の後を継ぐことすらと
ただ、それはそういう育て方をされたらの前提があっての話
今のままではなるまい、ましてエンジニアだ、しかし、それにしても
焦燥感を営業ならば覚えるような脅威だ
「しかし、サシは初めてかな」
「そうっすね、結構呑む口なんすか?」
「いや、雰囲気が好きなだけさ」
「ああ、酒のいい楽しみ方っすよそれは」
言っている途中、頼んでいた芋焼酎がやってくる
それを実に美味そうに呑む、その瞬間は
他の誰も何も存在しない、そう思わせるほど
焼酎のグラスに全てを集中させている、それがわかる
「好きなんだな、稲尾」
「へへ、なんつーか、もう、最高っすよ」
「そうか・・・・」
愁いのある笑みが零れた
仕方ないというような表情をされる
稲尾は戸惑うが、それはそれそういう人だと思って
また、素直に感想を返す
「なんといいますか、ほら、こいつはって出会いってのがあるんすよ」
「ほう」
「なんていいますか、匂いというか個性なんすよね、それをばちっと俺に訴えてくるそういうのが本当」
「熱いなぁ」
「いや、でも、マジなんすよ、ま、三号はそれほどじゃないんすけどね、それよか梅田さんは何呑んでんすか?」
「ああ、俺は」
グラスにはきゅうりがぐったりと横たわっている
その意味を稲尾はすぐに理解するが、流石に咎めるようなマネはしない
またその視線に気付いたのか、苦笑しながら梅田が弁解する
「俺はな、貧乏が長くて高い酒が呑めなかったんだ、気付いたら安い芋をきゅうりで誤魔化すってのが・・・まぁ」
「そうなんですか」
「うまい酒ってのはうまいのを呑まないとわからないものな、若い内に貧乏しちまうとわからねぇ」
「・・・・な、なんだかすんません、生意気に銘柄指定なんか呑んでしまって」
「いや、あ、そういうことじゃないんだ、そういうことじゃ」
ゆっくりとした時間が流れる
ちびちびとお互いのグラスが減ったところで
狭い店内を奥へと男が一人通る
ちらりと稲尾が見たところ見覚えがある
「あ」
「??」
「あ、いや、あの男」
「・・・・・なにかあるのか?」
「いえ、C社のエンジニアらしいんですよ、今日客先で鉢合わせたんすけど、どうも・・・」
梅田が今までで一番おかしそうな笑顔を見せた
机の上に置いていたラークをしまいながら顔をあげる
「さて、雨も上がったようだし、私は先に」
「あ、なら俺も一緒に出ますよ」
「頼んだばかりじゃないか」
「いや・・・・なんつーか、飲み直しは部屋でするんで、はは」
申し訳なさそうな顔をしたエンジニアを
一瞬だけ鋭く見つめるが、すぐにため息をついて席を立つ営業マン
「そうか」
呟いた短い一言が酷く重い調子だったが
稲尾はそこに気付かなかった
ただ、支払いを同じにされて驕られたという形が
少し戸惑いというか、たかってしまったようで悪いと
申し訳ない気分になっている
「しかし、雨止んでも暑いのは変わりませんね」
「そうだな、京都は本当、ろくでもない街だ」
「あれ?酔ってます?」
「はは、本心だよ」
「こりゃ酔ってるな、参った」
稲尾は笑って誤魔化した、いくらなんでも都の真ん中で
その都の悪口を言うなんてのは勇気を超えて、無謀にあたる
稲尾も賛同することではあるが、おおっぴろに言うことではない
酔いが深いのだと解釈して苦笑いだけに留める
梅田と二人で歩いて駅まで向かう
雨はないが、またいつでも落ちてきそうな空模様が見える
並んで歩くすがら、またくだらない話を続ける
「まぁ、銘柄焼酎は維新あとに圧倒的に減りましたからね、本当の’好き’は血眼っすよ」
「そういうもんか」
「蔵の贔屓も昔は、一私人で出来たって聞くじゃないですか、今じゃ政府の管轄下のみですからね」
「はは、まぁ、でも弛んできたほうだろう俺達の頃は本当、安いのというか、セメダインみたいな臭いのが
当たり前だったからなぁ、銘柄なんざ見たこともなかった」
懐かしい物を語るように、しみじみと梅田が語った
その様子が、酔ったせいなのかと素直に感じる
だが、実際はそうではない、男がこういう事を言うとき
決まっていることがある
人生の転機、覚悟の現れ、自覚できる死
「あれ?定期券じゃないんすか?」
「ああ、そりゃそうさ」
言いながら、随分と高価な切符を買っている
梅田は悪びれる風もなく淡々と、帰宅するには
おつりが要るような切符を買っている
切符は凄い、この小さな紙切れが
遙か遠くまで辿り着くことを約束するんだから
「え?結構酔ってます?」
「いや、シラフだよ、今から、岐阜に帰る」
「!!な、何を、そんなお茶目な」
「帰るにはこの金額が必要なんだ、知ってるか?羽島じゃない岐阜を、好いところなんだ」
「ど、どうしてそんな、ちょ、しっかりしてください」
「もういいんだ、お前も解って、いや、そういうつもりで今日、こんな場所に居たんだろ?」
冷たい目が背筋を粟立たせた
稲尾は反射的に間合いを意識した、相手の間合いに入ってはいるが
それは相手も一緒、それならばなんとか均衡を保てるはずだ
営業相手にエンジニアがその推論では少し暴挙に当たるが
それでもなお確信している様は、それなりの効果を生み、稲尾の首は繋がったままだ
梅田が深読みして仕掛けてこない
「どうして、いっぱいに働いているじゃないですか?俺みたいなコッパと違って、すげぇ真っ当にっ、俺、憧れてたんすよ!?」
「・・・・・・」
黙ったままだが、随分とニヒルな具合で
口の端をあげて、悲しげな笑い声をあげた
ひひひ、そんな音に聞こえる、違う、そんなことを
この営業の猛者は絶対言わない、言うはずがない
稲尾の戸惑いはどんどんと増していく
「岐阜に生まれたからと鍛冶屋になるのを拒んだ人生、まぁ、それなりにやってきたさ」
「そ、そうですよ、岐阜の生んだ異端って誉れがっ」
「ハハ、それは揶揄というものだ、実際はこの、都では、所詮岐阜ごときの上がりでは無理があるのだ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、梅田さん酔いすぎてんすよ」
「君はいい、前途がある、それに大坂の出だろう、太閤の国はやはり違うよ、結局世の中はそれで仕切られてる」
「だから、落ち着いて、そんなこと、っていうかヤバイっすよそんな思想犯みたいな口振り」
「もう疲れたんだ、岐阜へと帰る、俺は、この切符で米原を経由して帰るのだ」
「ちょ、そんなの」
稲尾の身体が反応している、反応のままに刀を抜いてしまった
怯懦は殺すべきだ
稲尾は若いが、それでも佐幕で教育を受けた者だ
だから、こんな転身という姿で誤魔化した逃亡を赦せる身分では
まして、魂は持ち合わせていない
即刻死刑をもって、この場を終息させるしか手段が浮かばないほど
だけども、それは避けたい
相反する気持ちを抱えるが、ただ、身体はバカ正直に
主人の気持ちなど考えず、やすやすと刀を抜いてしまった
「やはりか」
「ち、違います、これは梅田さんの殺気が」
「それを察するんだから恐ろしいな、だからと思ったんだ俺は」
ぎらり、梅田も抜いた
現役のそれも脂ののった営業部を目の前にして
その凄さを体感する、風を感じる
別に何一つそんなもの吹いてやしないのに
これが、威風というものなんだろうか
唐突に、気が触れたのかと恐ろしくなりながら稲尾は迎える
すぐに梅田は斬りかかってきた
サンッ
お互いの刃が空を切った
梅田のは殺意の一筋、張りつめた神経が相手の刃に敏感に反応する
稲尾のは牽制の一筋、なんとか殺さずにおさめたいという甘たれた考えの行動
真剣での勝負は、気持ちの差を必要以上に離すことがあれば
逆に近づけることがある、今回は後者
稲尾の一見、殺す気がない一太刀は、安全に確保された一撃である
これは決死の梅田を精神的に追いつめている、
攻勢に出たい梅田が崩しづらい手堅い一手を打たれるために
思うような一撃を出せないでいる、駆け引きが成立している
じゅっ、
水たまりに脚を踏み込むと、不気味な湿った音がした
稲尾は二度身体の位置を素早く変化させた
ただ構えの決まりが悪いからなのだが、梅田には挑発に見えてしまう
梅田はじっと見ているばかり、通常ならば、この営業の猛者は
こういった戦いで劣ることはない、だが、
酒に酔っているのと
焦れていること、
また、ある種吹っ切れてしまっている精神が
いつもは保たれる緊張を弦が切れたギターのようにだらしなくした
「ぜ、ぁっ!」
短い号で強引に梅田が出た、そんな、と稲尾は思う
稲尾が見ても隙がある下手な仕掛け
梅田は打ってでてから自分のその浅ましさに気付いた様子だが
無防備に晒された首もとは、直後に鮮血を吹き上げることとなった
稲尾の切っ先が、五月のツバメを思わせる美しい軌跡を残して横薙ぎに飛んだ
「くそっ、しまった」
稲尾の口から後悔が漏れる
悔しい、自分の腕がもっと確かなら、今、あの程度の攻撃殺さずに収められたのにっ
稲尾の実力では殺らなければ殺られていた出来事
どだりっ、ばちゃっっと音が続いて水たまりに死体は横たわった
投げ出されたその先に、切なく岐阜までの片道切符が濡れている
何がなにだかわからない間に、ただ、自分を活かすため殺してしまった
死体に近づく、既に絶命して久しいと思わせるに充分
ただ、水たまりはどんどんと赤く染まっているだろう
暗いのでわからないが、どくどくと流れていくものはよく見える
「・・・・・ラークの赤か」
ふと思い出して形見にでもと思ってか、動かない肉塊から
くだんのタバコを取り出した、真新しいパッケージは封を切られたばかりで
先ほど店内で吸った一本が抜けているだけだ
「・・・・そうか、あなただったか」
「?」
初めて聞く声は、意外と若い
それが印象で、見た目とのギャップに一瞬驚いた
相変わらず重苦しい湿った空気、初夏の夜に
本日三度目となる、C社のエンジニアとの邂逅
「目印の赤ラーク、三菱のやり手とは聞いていましたけど、なるほど」
話がつかめない
が、それでも急速に推論を重ねる、表情は暗がりで見えないのが幸いしている
戸惑っていると、まだ気付かれていない
赤ラークが目印、そうかだから居酒屋で席を近くにしたときタバコのケースを裏返したのか
待ち合わせの相手が敵方である、そしてこの念の入れよう
梅田は造反するつもりだったんだ
「我が社も有望な営業を求めている、提示した金額で当然よいのですよね?」
「いや」
「?」
「やめておくよ、この話はなかったことにしてくれ」
なぜかわからない
稲尾はそう嘘を、いや、梅田になりすまして言うことで彼の何かを守れるような気がしていた
例えば、会社に対する裏切りなぞしなかった、男気溢れる気骨の太い男だったと噂される
そんな供養ができるんじゃないか
そう思って、稲尾は梅田になりすました、C社の男は驚いた様子だったがすぐに平生に
初めて見た時と同じ顔に戻った
「そうですか、じゃぁ、仕方ありませんね」
それだけ言うと、すぐにその場を立ち去っていく
斬り合いをするつもりは毛頭ないらしい
興味を無くしたという言葉が相応しい態度でさっさと消えていく
一瞬たりとも時間を無駄にしたくない、そう言わぬばかりの背中
「所詮は、岐阜出、田舎者やな、その嘘臭い関西なまりやめぇや」
イントネーションは流ちょうな関西のなまり
いや、稲尾にはわかる、滋賀のなまりだ
その声は吐き捨てるというよりは、独り言という具合で
台詞は梅田に浴びせられていった
電車が走っていく、米原行きと書かれたプレートが
雨に濡れる岐阜行きの切符を照らす、無惨に汚れた切符がくすんでいく
頭にぼんやりと浮かぶ
滋賀如きが、俺のなまりにダメだしこくなんざ・・・
そこで気付くのは摂理だろう、自分も結局そう思ってしまっているのか
嫌悪する間もなく
ぴりぴりぴりぴり♪
ぴ
「はい、もしもし?」
「稲尾 剣か?」
「どなたですか?」
会社からの電話だとナンバーディスプレイでわかった
だが、聞いた声に覚えはない
「今日、八条に出てるはずだな、そこで営業部の梅田 揖斐と合流しろ」
「はい?」
「妖しいそぶりを見せたらすぐに斬り殺せ、かまわん、これは総務部からの命令だ」
「総務?」
「そうだ、全ての命令系統を凌駕し、最優先すべき命令だ、いいな」
「ちょ、あなたは誰なんですか?」
「貴様は知らなくてもいい、総務の課長からの命令だと解ればそれで充分だ」
「いや、そんなの、電話だけで正しいかどうか判断できないすよ」
「貴様は大坂の出だったな?ならわかるだろう、この流ちょうな京都なまりが、それで察しろ」
「・・・・・・・・」
言葉のなまりよりも、その横柄な言葉遣いと態度だけで
それが本当に総務部なんだろうと稲尾は理解していた
けだるくなる現実、どう対処するべきかと悩むわけでもなく
ただ、思ったことを電話の向こうへと訊ねてみる
「ひとつ質問があるんですが、課長、焼酎は何が好きですか?」
「はぁ?」
「いえ・・・・その」
「ああ、そうか、お前もなかなかずる賢いな、成功すれば「魔王」でも一本馳走しよう、それだけの価値がある」
「・・・・なるほど」
「そうだ、貴様如きでは呑んだこともあるまい、魔王、高価い焼酎だ、政府筋から手にいれた高価い焼酎だ」
「・・・・高価いですか」
「いいな、それだけの報酬をつけてやるんだ、解ったらやれ」
そこで切られた
全てがばかばかしいと思いつつも
それが社会なんだと改めて思い知った
また雨が降り出す、じめじめとしたこの鬱陶しい季節
暑い夜の雨ほどうだるものはない
帰ることにして、一人考える
こういう日は、安い焼酎を梅干しやきゅうりで誤魔化すのがちょうどいい
芋をきゅうりで、米を梅で、どちらでもなんでも
無名の哀れなアルコールを誤魔化して呑んで、どろどろになりたい
そう思う夜がある
中堅にまもなくさしかかる年齢で
そういうことを思う日が、何度かある
後日、魔王を手に入れるが、売り飛ばして金に変えた
その金は、また別の焼酎に変わることだろう
そうやって毎日は積み重なっていく
年月を上手に過ごさなくては発酵せずに腐敗してしまう
酸っぱい焼酎なんざ御免被るね
驚いたことに一年ぶりとは・・・
そんな具合で、ならし運転風で一本書いてみました
外伝でもう一本書きたいのがあるので
その予行練習で
まぁ、練習という言い方は、登場人物に失礼となりますが
フィクションですから
登場人物は実在しませんからー
そんな具合で、様々な出会いと関係に感謝しています
駄文長々、大変失礼いたしました
R(05/07/07)