スピリット オブ ヤーパン 異聞
「桜白」
がいんがいんがいんがいん
機械が激しく啼いている
ハンマーが秒間5回の上下運動を繰り返す
火花が飛び散り、真っ赤な鉄芯はみるみる叩き上げられる
防護用のシールドからその火花を、その刀身を、その塊をじっと見つめ
一心不乱にペダルを踏み込む
がいんがいんがいんがいん
ペダルにかけた足に力を入れて、わずかに抜いて
それに合わせ、ハンマーの動きは速く、遅くを繰り返す
足の主は、大きく叫びまわる機械を操作する、ミシンに似ている
鉄芯はどんどんと延べられ、不純物を火花として散らしていく
火の粉は美しく工場を飾る
ここは、刀鍛冶の仕事場だ
「くそ、機嫌悪いな」
独り言を呟いた
鍛冶師はマシンに不平を漏らす
踏み込みと打ち込みにわずかな差異がある、思い通りに動かない
感度の悪いタッチパネルを扱う気分だ
どこかがへたってる、圧が落ちてるのかもしれない
そんな感じを足の裏で感じ取った
むずむずする、水虫じゃぁない、苛立ちが土踏まずをくすぐる
鍛冶師は一息をつくことにした
ぎぃんぎいんぎぃん、すとん、
大きな音を立てていたハンマーは
やがて速度をゆるめ、二度、三度と名残を散らして止まった
不機嫌な機械の、不機嫌な声は途絶える
仕事場は嘘のように静かになった
騒がしすぎた分を取り返すように、まっさら、静まり返ると暑さが身に応える
女は身体の力を抜いた
ぎぃ、音がしてイスの背もたれが啼く
気付けば、上半身からすっかり汗が酷い
べっとりと背中に絡む感触が、気持ち悪い
鍛冶の仕事は機械がする、いや、機械を使って人間がやる
人間なら誰でもいい、もっとつまると
手と足があれば、たいがい刀は作れる
さて、そこへ来客が現れる
「終わったの?」
「・・・・・・いや」
小さく伺うような声に、短く返事をした、相手は娘
歳が若い、この鍛冶師の妹だ、妹も鍛冶師だ
そういう家系らしい
ぽんと妹は、冷たいジュースを投げ渡す、どこか遠慮した軌道
姉はそれを目を向けず受け取る、そしてデコ、まぶた、首と順を追って
その冷たさを堪能させる、舌と喉は最後だ
かしっ
「勉強大変か」
「うん、難しいしなんだか気が滅入るくらい、張りつめてるよ」
妹は笑顔で答える、ただ姉に気を使うようなそういう顔つき
白を基調とし黒で彩りを与えたセーラーが寂しそうに破顔(わら)う
この格調高い召し物は、武専のもの
妹は武専で鍛冶を専攻している
鍛冶専攻において武専は一等でないが、充分の学歴だ
ぎぃ
姉はイスを今一度鳴らし、立ち上がった
汗を流す為にシャワーへ向かう、妹は黙ってそれを見送る
姉は、頭がよくない、武も落ちる
唯一、刀を作る情熱だけは凄まじい、だが、それだけだ
そんな仁だから、妹と違い学歴はよくない、自然世の中の扱いもよくない
作る刀が売れない
それでも熱意と、ある種の勘だけで刀鍛冶をしている、するしか無い
それしか取り柄の無い女だからだ
「・・・・・また、でたらめでやってる、これじゃ折れるよ、姉さん」
姉が居ないのを知った上で
武専の少女は呟いた
今し方まで、年増の女がこしかけた場所には
それが打っている刀の図面がある
その素材の調合と粘度と練を見る、計算をしていないのが
ありありとわかる、無茶苦茶な数字が並んでいる
適当でも、気合いを入れて叩けば、素晴らしい鋼が出来ると信仰しているかのようだ
ただ打つだけで刀はできない、素材から考えて造り込まなくては到底出来上がらない
妹はそう信仰している、姉は違う
刀は、二度打つ
一度目で素材を作り
二度目で刀を造る
一度目で叩き捏ねて、素材である玉鋼の質を上げる
玉鋼とは言っても古来に伝わる、和鐵とは別物、刀の素材となる金属を示す
鐵と同じで、叩くほどに脆い部分が火の粉となって飛び散り
混ぜ合わせた素材が均等に広がり、立派な玉鋼となる
それを二度目に叩きながら延ばし
やがて刀となるようにする、
一度目で延ばした玉鋼は折り畳んで叩く、そして均一な中でも
上等と下等とにわける、各々は違う部位へと誘う
それぞれ「なかご」は軟らかく、「刃」は硬く
このあたりは、古来の日本刀と変わらぬ物理だ
年下の女は、年上の女の場所に座り
鞄から使い慣れた計算機を出した
キーを叩いて、式を作り、調合の具合を見る
そして、それと図面とを今一度見比べる
「足りてない、やっぱり折れる、だいたいこれじゃ重すぎ」
「・・・・それの持ち主の癖からすると、それぐらい重くないといけないんだ」
「わ」
姉は冷たい目で妹を見つめる
睨んでいるわけじゃない、もともとそういう目なのだ
涼しい、と言えば聞こえがいい
わずかに茶を帯びた瞳孔は、張りつめた氷のような印象を持つ
「ご、ごめんなさい」
「しおらしくなったもんだな、武専てのは礼儀まで教えてるのか」
木訥と、抑揚があまりない声色は、どうしても重苦しくて相手を責める
妹はことさら怯えた様子になる、姉は気を配ることもなく妹から図面を取り上げる
ばつが悪そうに妹は、じっと冷たい瞳を見つめる
「・・・もう少し、鉄の純度を上げたほうがいいよ」
妹が、例のように小さく言った
言ってから、酷く後悔を覚えた
お節介を通り超えて恩着せがましい、いや、バカにしているかのよう
口にした途端
なにか、そんなつもりもないのに
言葉はどこか蔑んだような調子を帯びた
姉を敬い、注意をして口を開いたはずなのに
言葉にしたら、別の色を帯びた、それも悪い色を
姉は黙っている、妹は酷く窮した、誤解されたかも、謝ろう
若いからわからない、空気が、雰囲気が言葉の色を変えることを
カィンッ
さらにそこを凍り付かせるように、硬質の音は警鐘を響かせた
音を立てて、打たれていた鉄の棒はまっぷたつに折れた
年上の女が、その棒を無造作に床へと打ちつけたから
姉はじっと、その折れた断面を見ている、美しい金属は
きらきらと鏡を思わせる表面から、随分な光を散らす
しかしすぐにそれは、酸化してくすんだ
「・・・・・・ごめんなさい」
妹は振り絞ると、すぐにその場から立ち去った
姉は気にしないで、ただ、その断面を睨み付けている
奥から声が聞こえる
「おかえり、学校はどうだい、大丈夫かい」
「う、うん」
「佳いね、お前は随分上等になったから、頑張って卒業したらもっと胸を張るんだよ」
祖母の声だ、孫をことさらかわいがり
常に気をかけている、下の孫は頷いて間を外す
隔たりは無い、遠くで刀のなり損ねを見つめる上の孫にも
同じくらいの気をかける
「なに、焦ることはないよ、お姉はお姉でやればいいのだからね」
年上の孫は黙っている
愛想笑いもしない、祖母はそんなコトをどうとも言わない
年下の孫は萎縮する、胸を張れないで過ごしている
とりたてたことのない、生活風景
祖母は茶の間に消え、妹は仕事場に背を向けた
姉は今、他人の刀を打っている
す、す、す
紙の上を鉛筆が走る音がする
白い世界にいくつかの誓約が刻まれる
直線が象り
曲線が躍る
そして隅に、大人びた筆跡で数字がいくつか入れられる
玉鋼の配分が、寸分狂い無く、計算の通り落とし込まれる
妹の仕事は、とかく堅い、几帳面な性格が
そのままそこに宿って、教科書通りの素晴らしいものができる
工業製品とは到底思わない、同じものを作り続けることは、能力だ
その能力で、妹は武専で鍛冶を専攻している
「・・・・・・・・できた」
描き出して184枚目
卒業の為の一口(ふり)の姿が整った
紙の上に現れた薄墨色のそれは、何の変哲もない刀
彼女、そのものをよく顕わした、そういう意味では傑作だろう
ただ、世間的、特に卒業という他人からの評価では凡作としか映らない
それでも彼女は納得をした、職人が頷くのは己と約束をする時だけだ
図面を持って、部屋を出た、仕事場を覗くと
ねぶるような熱気が歓迎してくる
「姉さん、上がったのかな」
と、頭で思った、呟かない
空いているならすぐにでも、その図面にとりかかる
傍らにそれを置き、昔ながらの天秤と枡を使い
材料を量り、玉鋼を練る
ぶぅん・・・ぅんぅんぅんん、ぎんぎぃんぎぃ、が、が、が、がんがんがんがんがんんっ
ぱぁっと目の前がだいだい色を帯びる
火花は襲いかかるかのようにシールドへと向かって飛び跳ねる
ペダルを踏み込み、熱を加えて、ねっとりとした素材を捏ねて、叩いて、練っていく
一心不乱、ではない、打つのが機械だから
手先と足の裏以外が暇になり、頭もどこか余力がある、だから思い浮かべてしまう
テストの順位発表は、下から順に見ていく自分
言葉遣いに気を配り、地の口癖を言わない自分
常に神経を尖らせて、脅迫と不安と恐怖を抱えた自分
祖母は優しく力づけてくれる
裏が無いこともわかる、だけど、それが重荷のように感じることがある
多分、弱音を吐いても受け入れられるだろう、だろうけど
弱音を吐くような怯懦は見せたくない、弱々しい意地が一層苦しめている
それに
決して上等とはなれなかった姉にも面目がないように思ってしまう
姉には、自分に無い強い部分があって
なによりも打たれ強く、こんなところで弱くなくて、それを見ていればこそ
姉の姿は凄惨だ
情熱だけしかなくて、周りの評価は低く続く
好きなだけで評価はされない、評価されない作り手が幸福か?
姉は妹の何百倍もの情熱を持ってる、だのに、結果は伴わない
一番好きなことで一番になれない、どころか、むしろ低い
それでも刀を打ち続ける、それしかない、悲壮が漂うほど
そして、姿は哀れでしかない
私は姉さんほど頑張ってない、だのに、姉さんよりも上等とされて・・・・よいの?耐えられるの?
違う、そんな理由はまやかしだ、悩んでいるふりだ
本当は
がいんがいんがいんがいんっっ
けたたましいハンマーが、武専の少女を現実に返した
はた、気付いてゆっくりとマシンを止める
すっかり延べられた玉鋼を、今度はぐいぐいと折り畳み、重ね、延ばす
また機械に腰掛け、繰り返し、繰り返し、やがて形を整え、切っ先を作る
きぃん
と、鳴くような刀が姿を顕わした
叩かれてばかりで、延ばされたばかりで
表面がくすんでいるが、いよいよ姿が立派になった
「うん」
思わず何かにうなずく、そして仕上げに
図面と一緒に和紙を刀に巻く、水を含ませ、ドロをかぶせ
最後の焼きを入れる、刃には薬を塗布する、美しい紋が浮かぶように
あとは人智を超える、炎と空気が、気まぐれに仕上げる
ふつふつと沸騰する、刀の表面、真っ赤な炎が涼やかな刃の顔を撫でる、嬲(なぶ)る
真っ赤にのぼせたそれを、新水にくぐらせる、ひゅぅっ、煙があがり
刀は生き物のように、わずかに躍る、反りが産まれる
そして今一度、いや、仕上げに化粧を施す、錬磨
しゅ、鍛冶研ぎが終わった
乳酸を全身に残して、白目は紅く充血し、二の腕は丸太のごとく、指先は痺れてわからず
だけど、それらを気にせず、誰に習ったわけでもないのに
ゆっくりと出来上がった刀を立てる、そして眺めた
2尺3寸、淡白い刀身は見事な輝きを放つ
冷えるでもなく、たぎるでもなく、静かな波紋は
整然と刃を彩り、木訥とした味を持たせた
何一つ特別なことはない、図面の通り、調合の通り、そして
主を写した如く、凡作だ、輝ける凡作が出来上がった
いってきます
次の日、声が食卓に届いた
玄関からセーラー服が出ていく、試験の品である
昨夜できた刀を浅黄色の袋に入れて、結び切ってある
封印はその時まで、解くことはできない
きゅ、と口元を結んで、少しばかり顔を強ばらせて
朝日の下へと身体を投げ出した
「待て」
「ん?」
「持っていけ」
とん、言うなり、姉は白鞘を無造作に放った
妹は片手でそれを受け取り、困惑の視線を飛ばす
姉は何も言わず、そのまま食卓へと戻っていった
様子を見るなり、昨夜も徹夜だったのだろう
寝ぼけた眼は、相変わらず冷たく透き通っているが
どこか、朧気で疲れを思わせていた
「あ、え、これ、姉さん」
疑問に答えは返らない
わけもわからないまま、仕方なくその白鞘は腰に差した
しり、重みが腰をくすぐる、右手には卒業の懸かった封刀を携え
玄関を蹴った後の勢いをすぐに取り返す、同じ以上の速さで
さぁっと道をかけていく、足早に学校を目指す
刀を奉納することが、卒業試験
儀式めいた行事だが、奉納された刀はその後
最終的には武専の他専攻に配給される
後輩達の命を守る刀を奉納する、重みはことさらだ
当然卒業の証であるこの式は
試験の意味を兼ねている
選ばれなかった刀、その主は落第になる
真っ青に塗り込められた空から
視線を降ろすと、街並みがそこに付け加えられる
道々にある桜の木が、ちらりちらりと、早い花を揺らしている
白と黒の制服は、異彩を放ち
そこに武専の生徒が居ると、辺りに否が応でも知らしめている
それだけの価値がこの制服にある
だからこそ
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・あの、ど、どいて頂けませんか?」
「・・・・・・・・・・・・今、私の影を踏んだだろう、許せん」
その制服を着るものは
武専の誇りと武勇を身に纏う必要がある
きゅ、口を結んで眉を寄せる
春の風が前髪を飛ばす、少し広めのデコが見える
美しい白い肌は瑞々しく、あどけなさすら漂わせる
そんな容姿だから、嘗められる
「影を踏む」というのは、いわば虚仮だ
こういう時の常套句、なにかにつける、難癖という奴だ
ばっ、音を立てて妹は下がった
そこを白線が走った、間一髪遅れていればただでは済まなかった
抜きたくない、抜いたら、いよいよやらなくてはならない
妹は穏便にここをすませたがっている
理由は二つ
一つは、腕に自信が無い、武専でも劣る側の妹の当然の理由
もう一つは、封刀と姉の白鞘しか無い、いわば不備の理由
迂闊だった、自分の佩刀を忘れている、あるまじきことだ
だからといって逃げるような怯懦は持ち合わせていない
そんなことは、制服が赦してくれない、衆目がある限り死ぬか殺すか
武専に喧嘩を売るのは、そういうことだ、売られる時はそういうつもりで相手をすること
気の弱い妹は、そんなことできるわけない
なるだけ平穏に生きてきた、幸い3年間、必要以上に立ち合うことが無かった
このような、許せない喧嘩は一度とて無かった、だのに、最後の最後で
尋常ならば、武専特級がこんな輩をはびこらせていない
だが、今は時期が悪い、卒業入学のこの時期だけは手薄になる、仕方がない
と、武専は言う、いや武専だけが言ってる、真意は違う
この時期に無駄な肉を殺ぎ落としたい、怯懦の輩を排斥したい、武専のそんな意図が含まれている
だから必然の出来事だ
しかし、この鍛冶専攻の少女は、そんなコトを知るわけもない、黙ったまま睨み付けてばかり
「居合いか?既に、受けられたと見てよいな」
「ま、待ってください、別にそんな」
「逃げると仰るかな」
「・・・・・」
相手は優位を確信したらしい
堂々と間合いを詰めてくる
するりするり、すり足で妹はただ下がる
人の目がある、これ以上下がれないだろうか
しゅ、覚悟を決めた
封刀を切る、この時点で何もかもが台無し、だが仕方ない
怯懦を被るよりは随分マシだ、するりと昨夜打ったばかりの
美しい刀が浅黄色の布から姿を顕わした、この時、どうして腰の物を抜かなかったのか
それはわからない、ただ、大切な物を守る、という大儀に従ったことだけは確か
大切なものが、刀か、卒業か、自分の命か、それはわからない、わからないまま話は進む
淡白い刀身、それが誘ったかのように相手を動かせた
「っあ!!!!」
号、相手が大きく踏み込んできた
不器用ながらもそれを見て正面で受け止める
ガキィィンッ、大きな音が鼓膜をバカにする
ぴっ、刃がこぼれ、それが頬をかすめて消えた、つぅと頬に紅い線が走る
力押しの鍔迫り合い、ぎぃぎぃとお互いが力を入れる
力は五分、技の如何は妹のほうが劣る、感じ取った
だが、今に一生懸命で気を回している隙がない
ずいっ、お互いが身を引いた
相手は少しだけ技が出来る、下がりながら横薙ぎに振った
巧妙な芸だ、技というには乏しい芸だ、しかし下手の女には効いてしまう
「ぅあっ」
ずばっ、
小手先のそれは、少女から刀を奪った
武専の制服は刃を防ぎ、腕はつながったまま
ただ籠手への衝撃で、刀を飛ばされた
まずい、反射的に腰の刀へ手を伸ばした、すぐに抜く
姉から貰った白鞘、すぐに相手は次の手を出してきている、上段
初手と同じ攻撃を受けることとなる、異なる刀で
無我夢中だった、朧気に頭をめぐった絵がある
昨夜の折れた鋼を見る姉の姿
いや逆だ
姉に見られる折れた鋼の姿
構わない、何が?
折れても、折れなくても、大切なことがわかる
結果がやってくる
キィンッ、甲高い音とともに物打ちから刀がへし折れる
地面にずぶりと折れた先が地にのまれる
生々しく肉を求めるように、刀の先は地中をめがける
反射する光がまぶしい、空がただ青い、なんとよい天気だろう
ぐい、腰を落とした、教科書の図解のように動きは、誰もが見たことがあるそれだ
切っ先で斬るのではない、いま一歩踏み込み、近すぎると思うほどの距離で
腰とともに刀を振り下ろす、物打ちから、刃をめいっぱい使って
斬劇の死体は、そうつくる、知らしめる為にも美しく、且つ、凄惨に
その為には、斬れる刀が、まず必要だ
相変わらず空が蒼い、目の前を遮るように紅い血潮が吹き上がった
「利剣、見事ですね」
ふあ、声が脳に届いて
振り下ろしたままの自分に気付いた、妹は返り血を浴びている
目の前には、見事な死骸がたわっている
手には紅く濡れた、美しい刀、ただ少し重い刀の手応えがある、腰骨で止まっているが
傷一つついてはいない、折れたのは言うまでもなく、相手のものだ
「・・・・・・・あなたは?」
「加勢に来たのですが、無用でした、すみません」
凛々しい顔立ちの女
同じ制服を着ているが、自分よりは若いことに気付いた
手には、先ほど飛ばされた奉納する刀が握られている
「刀・・・・・・ごめんなさい、ありがとう」
言葉短く、説明等は求めず
その刀を奪い取るようにして、すぐに眺めた
血糊が残る面、ゆっくりと日に当てて
表と裏と刃と、見る
「よかった・・・・・」
妹は安堵を漏らす
刃こぼれはおろか、傷一つとしてついていない
相手の刀だけに傷を負わせたらしい、卒業には充分の刀「だった」、それだけで安心できた
愚直な刀は無傷、そして、手元にある温情の刀も無傷
「しかし、見事ですね・・・・・・・・・・鍛冶専攻の方だから、と、少し心配していたのですが、流石」
武専の名に恥じない、末恐ろしい作品
死体をしげしげと、近づいてきた女は見ている
随分、こういったコトに慣れている様子だ
生意気とは違う、威風を感じる背中、妹は黙って
懐紙で両の刀を拭い仕舞う
困った・・・・・・・卒業はおあずけか・・・・
どっと疲れた
落胆の様子がありあり、それを見て後輩
「刀、見せて頂けませんか?」
「え?・・・・どうぞ」
渡すと、慣れた手つきで刀を見ている
見られるのは、なんだかむずがゆい
ついで、もう一本も所望された、断ることはない
「こっちは、あなたに合わせてあるんですね、少し重たいし、刃の角度が右だけ急だ」
そうか、
妹の表情が明るくなる
目の前の斬死体が、自分が作ったと思われない理由の答えがある
刀のおかげだ
重み、刃の角度、たったそれだけが
この下手の癖を真っ直ぐに矯正した、重さが切れ味を、角度が切り口を
それぞれ手ほどきしたかのように、そう、姉の手足が添えられた
「あの、こちらは卒業の刀ではありませんか?」
「ああ・・・・そうですけど、もう、封を切った以上そうはなりません」
「こちらも随分いい刀、誰が使っても7つ斬れるでしょうね」
「そうでしょうか」
「よろしければ、私に頂けませんか?いや、学校にはそう伝えて、卒業ともさせて頂きたいのですが」
驚いた
剣客を見初める刀とは、なかなか無い
場の勢いでそう言ってるという感じでもない
目の前の下級生は、熱心な様子
しかし、妹はすっかり褪めている、もう卒業はどちらでもいい
よいと思えることを確認した
「いや、しかし、学校はそんなコト聞かない、それは知っているでしょう」
「いえ、大丈夫ですよ」
女は破顔(わら)う、どきりと魂を喰われる心持ちを覚えるほど美しい
「私が説得します」
涼しい声が言った、手にした刀を一度振る
主を覚えたように刀は鳴く
りん、
不思議な音だが、その女には不思議と似合った
そして言う通り、教師達は納得させられるような気がした
今度は、妹から質問をする
「ところで、刀、どちらが欲しいですか?」
「こちらの正直な方で大を、こちらの合わせる方で小をお願いしたいですね」
「どちらも・・・?」
「はい、大は何度も折れる可能性がありますから、いつも同じ質のがいいですし、
小は、大の後を守るのだから、特異であって欲しいですから」
からりと言う様は
なるほど納得させられる、しかし聞きたいことはそんなんじゃない
どっちが優れているか聞きたかった
姉に遠慮していても、根っこで、勝ちたいそう思っていたんだろう
推量は建前だ、ずっと前から気付いていた、けど様々な理由をつけて
その気持ちを隠してきた、けど、それを素直に表現した
足は学校へと向かう
「・・・・あ、違うんですか?作が」
いきなり、後輩は大きな声で聞いた
驚いて、今更ながら、卒業生は言う
「私向けのは、私が作ったんじゃないんだ」
「なら、ますます欲しいですね、他人の刀を他人に合わせて作るなんて」
妹は、鼻の奥がつんとなった
姉は認められるだけの力がある
その感慨、それと
負けた悔しさ
「でも、どちらも似ていますね、刃の、紋の形が綺麗、根の所に花びらが散ったような後とか」
気付かなかったが
指摘された所には、確かに、桜の花びらに似た
白い跡がついている
不思議と、妹の、姉の、両方についている
どういった具合かわからないが
同じ物を作っているという妙な一体感が心地よかったとも思われる
この後、刀匠としての名にこれを用いた
桜白(おうはく)
白い刀身と、桜を散らしたような刃紋が美しい
折れにくく、刺突に申し分がない
姉作と妹作があり、どちらも広く好まれた
この両桜白が世に出、様々な人斬りを行う
膳所の家がいたく気に入り、よく作らせたというのは、余談
もう一つですね
さて、ヤーパンでは赦すをテーマに
色々書こうとか思ってたから
本来なら、妹が周に斬られる話で
その刀が姉の刀という
屈折した、敵討ちにしようと思ったんですが
諸般の事情で落第
おまけに、卒業の話なのに
卒業の時期逃してるあたり
もうダメな感じがしております
駄文長々失礼いたしました
R 04/04/05