姉SS
キープ レフト
公道は左に寄って走る
「ったくー、なんで左寄ってばっかなんだよー、つまんねー」
「あのね、女の子がそういう事言うんじゃないよ?」
「なんでよ、あたしゃ荷物運んでる時はいつだって右車線でハイビームよ」
「恥ずかしいからそういうのは止めなさい」
彼女を助手席に乗せて
香川へと続くハイウェイを走り抜ける
車は新型のミニクーパー、でっぷりとした尻が愛らしい
元スポーツカーだ
「時間内に目的地までたくさんの物を運ぶ、それがどれほど難しいことかわからんようだね」
「そんな話じゃないだろう、それだと、欲しいから強盗をするのと似た理論になる」
「またすぐ難しい言い回ししてバカにするー」
ぶーたれて、彼女はシートに沈み込んだ
クッションは硬く映画館の椅子みたい、長時間の助手席は退屈極まりないのだろう
香川まではあと1時間ほど、パーキングエリアに寄るかとも思ったが
お腹もすいてきてる、移動を優先したいところだ
「ねー、そんなに美味しいうどんなの?」
「凄いんだぜ、うどんってこうやって食べるのかと感心するぜ」
「あんた、物知らなさすぎんじゃない?」
「あのな、人の感動をないがしろにするってのは、優しさという人間にとって大切な」
「ほら、前見て、危ない」
前方、低速のトラックに接近しすぎている
慌てて右を、後方から何もこないのを、それぞれ確認する
うまくそれを避けてしばらくは右車線を走る、十分に距離をあけてからまた左に戻る
前方には何もない、一台の車もいない、平日の高速なんてこんなもんなんだろう
「しかし、トラックの運転手してて四国いったことないとは驚いたな」
「だって、あたし近距離だけだもん、海見たことすらないよ」
「琵琶湖見てんじゃん」
「海じゃねぇだろ、イージス艦とか見たことねーし」
「お前の見る海は物騒だな」
車はようやく、淡路島をまたぎ終えた
カモメの視線というのか、あの橋の上にいる感じは表現が難しい
車が、本当に飛ぶような、青空に向かって走っていく感覚は
ドライブという道楽の最果てを見せてくれるように思う
道は空いている、平日の昼前なんてこんなものなんだろう
「四国上陸?」
「それ言うと四国の人怒るんだってよ」
「でも、そうじゃない」
「そうなんだが、そういうの、わかるじゃないか」
「わかんないわよ、他人のことなんて」
車は山間を抜けていく
相変わらず他に車はなく、単純な道が続く
そういう人からしたら、サーキットに見えるんじゃないだろうか
単調なせいか、知らない内にスピードが出てしまう
ちょっとしたハンドルの動きをとらえて、車が左右に揺れる、横転しそうだ
風を受けたんだなんて、嘘くさい言い訳を交えて、車はただ走る
シカをあしらった、動物注意の看板が過ぎていく
「滋賀だとタヌキが多いのよね、あの手の看板」
「そうなん?」
「そう、犬猫が轢かれてるところ見たことないけど、タヌキは何度もあるのよ」
「タヌキをそもそも見たことないなぁ」
「あ、先言っておくけど、滋賀県というか、信楽焼有名だけど、別にタヌキが名産と違うから」
「え、そうなの?」
「滋賀の人に言ったら怒られるよ、人の心のわからんヤツだなー」
「お前、四国の人に謝ってから言え、ほら、もうそろそろだから」
「お、どこどこ?」
高速を降りる、高速道路下などは、随分と整備が進んでいて
逆にいうと、どこの町でも一緒に見えてしまう
香川もその枠から漏れることはないらしい
助手席の彼女は、きょろきょろと周りを見回している
「焦るなよ、もうちょっとだ」
「いやさ、うどん屋ばっかり並んでんのかと思ったのに」
「あー、俺もそう思ったけど、意外とそうでもないんだよな」
「あれ、一般道は右走るのかよ」
「?ああ、違うよ、あの植え込みの切れたところから右に回るんだよ」
「え”?」
言うなり、植え込みの切れた、多分歩道としてこしらえたそこにつっこむ
がごん、派手な音がして、前輪が若干浮いたような気がする
反対車線に頭を出してから、左手を確認
中央分離帯を乗り上げて進むような蛮行
そのまま、うどん屋の駐車場に突っ込んでいく
「バカ野郎!!お前、交通ルール知って…」
「後ろ見てみろよ」
クーパーの後ろから、ハイエース、フィールダー、コルトと
続々、同じように乗り越えてくる、そして全員がぴったりと後ろをついてきて
一様にうどん屋に乗り込んでくる、どうやら、この店に入るためには
ごく普通の出来事らしい
「呆れた…」
「よし、ついたぜ、長旅お疲れさん」
「納得いかない」
「そういうルールなんだよ」
「なんでそういうのがアリで、ちょっとした違反がダメなのかしらね」
嘆息まじえて、不機嫌の顔のまま車を降りた
ばたん、扉を閉めた音をたててから
二人揃って、同じように体を伸ばした
長時間座りっぱなしというのは、人体に対する挑戦だと思う
お互い、人目など気にすることなく、屈伸や器械体操めいたことを
よくよく繰り返す、ぐりぐりと体をまわす
一通り終わる頃には、すっかり全身に血液がまわった気がして
それが、胃腸の働きを活発にする
「よし、準備整った、食べよう、さー、食べよう、まずかったら、置いて帰る」
「どうやってだよ」
「電車」
「駅まで歩いて1時間以上かかるぜ?」
「じゃ、駅まで送って」
「絶対旨いから、いらんこと心配するな」
店の扉をくぐる、中は少しばかり暗い
入ってすぐにレジ、その右におでんのコーナーがあり、
ショーケースにはオニギリが皿に乗って鎮座している
U字のテーブルが二つ、厨房から伸びており、
その天井にはブラウン管のテレビがローカル番組を流している
あと、まわっていない扇風機もあるようだ
席につくと、彼女は右側に座った
「2本、セットで、冷たいの」
「え、お、同じので」
先に慣れた感じの注文を飛ばす、
ちょっと気後れした感じで彼女が続いて注文した
「…」
「…」
「…なんで黙ってんのよ」
「別に」
にやにやして答えると、彼女も頭にきたのか
何か言おうと、喧嘩の口上を考えている顔を見せる
が、それを披露する暇はない、店員がすぐさま戻ってくる
おろし金としょうが、大根おろし、生醤油を並べる
どか、どか、どか、
そんなぞんざいな感じでやってくる、それを見てから、
「さ、おでんとりにいこう、二本選んでいいから、あと、オニギリは一個な」
「え?え?ちょ、待てよ、おい」
先手先手、そんな感じでさっさとオニギリを手に入れて、
おでんを二本拾ってくる、ずいぶんと長い串に刺さったそれ、
芋と卵をとってきた、それぞれの串の先端にコンニャクがついていて
具材が滑り落ちないようにこしらえてある
「なるほど、二本てこれか、ていうか、凄いなこの食い合わせ」
「はい、おまち」
席に戻ると、うどんが出てきた
どっかり、これもどんぶりにただ、うどんが入っているだけだ
申し訳程度に青ネギがかかっている
先に出された大根おろしをどばっと入れる、続いてショウガをおろす、
さいごに生醤油を入れる、備え付けの天カスは入れたい放題だ
「というわけだ、お好みでどうぞ」
「おー、なるほど、確かにな、凄いな、これ」
さっきまで怒っていたとは思えないほど、
すっかりうどんに魅入られてしまったらしい
手際よく一通りを見せると
同じように、若干ショウガを多目にすってこしらえたようだ
ずばー
「うわ、おいし…なんで?」
「凄いだろ、うどんの食べ方の夜明けだと思わないかね」
「革命とか言い過ぎだろ、けど冷や奴を薬味無しで食べるみたいな感じだな」
「そうなんだよ、酢豚にパイナップルいらないとかに似た」
「それは要るだろ、薬味じゃねぇし」
それはさておき、つるつるしこしこ
誰が言い出したのか知らないが、うどんの神様の声だというそれが
存分に味わえる、噛めば絶妙な弾力、舌の上に広がる清涼感と
いわゆるのどごしの食感というのか、喉を通るうどんのつるつる感がたまらない
味つけなんて大層なことは、何一つないのにどんどん進んでしまう
ずばばー
「…で、なんであたし誘ったの?」
「寂しそうだったから」
「ばかじゃないの?」
「免停になったなんて、ちょっと、堪えてるだろうなって」
味付けを少しかえるために、またショウガを入れた
ついでに天カスも投下する、弾力的なそれに
天カスの歯ごたえというか、感触は、また一層の食欲をかきたててくれる
「だったら、なんで電車で連れてこないのよ、当てつけにしか感じられないじゃない」
「そうじゃない、そうじゃないんだ」
うどんは食べ終わった、オニギリに手をつける
咀嚼は止めない、食事の最中だ
腰の強いうどんは本当にうまい、力強く、ぐむぐむと噛み締める
それでいて頭を整理する、思ったよりも早く
この時がきたんだ、何度も練習した台詞を思い出す
一時、箸を置く
「お前が運転しなくても、車は走るって…」
「?」
「いや、違う、お前が運転しなくても俺がしたら、一緒なら走れるとかって」
「…」
沈黙が訪れる
彼女はこちらを見ない、お互いカウンターのほうを見ていて
だけど、どちらもオニギリをくわえている
一瞬彼女の咀嚼が止まったのがわかった
だけど、すぐに動きだした、さっきよりも早くなっている
もぎもぎもぎ、
慌てている、可愛いと言ってやるにはトウが立ってる
だけど、こういう時は年齢なんざ関係ない、きっとだ
「『とかって』、というつなぎはどういうことかしら?」
「いや、その…一緒に走ろう」
「お前幾つだよ、歯切れ悪すぎだろ、そんなので喜ぶと思ってんの?」
「思ってるから、言ったんだけどなぁ」
「無理だよ、歳考えろよ、あたしも、お前も」
彼女がオニギリを食べ終えた
おでんの串も二本転がっている、お互いごちそうさまという態だ
だが、まだ席を立ったりしない、お茶をすする
「車と一緒、右にでてるほうが偉い、私が右を譲る相手じゃないとダメ、
今を見て、あんたは左、わかる?今思いついたんじゃない、車の中でだって、
ずっと居心地が悪かったんだ、そんな席には座ってられない」
彼女は決してこちらを見ない
僕は少しうかがってから、思い切って彼女のほうを見つめた
はっきりと顔を向けて、横目で彼女は僕の動きを確認しているだろう
怖じ気づくのではないが、少し、彼女が小さくなって見える
「あー、ちなみに、助手席でいいから連れていってとか、そういう流行りのバカ男みたいなこと
いよいよもってアウトだから、わかってて?」
少し黙る、彼女は言い終わって
小さく呼吸を整えたように見えた、震えているなんてことはないらしい
そこまでか弱い乙女ではないようだ
だが、きっと乙女だ、信じて沈黙を破る
「いいよ別に」
「?なに、開き直り?」
「そうじゃない、君が右がいいなら、それで構わない」
「ま、そういうこと、あたしの運転でいつだって遊びにいってあげる…」
「その時は、クーパーを旧版に乗り換えだ、ハンドルは左、俺が運転、君が助手席」
「…」
「君を助手席に乗せる、絶対だ」
「…」
「荷物を運ぶ難しさはわからないけど、大切な人を安全に連れることならわかるんだ」
「…」
「君を守るために左を走る、シンプルだ、とても単純なそれだ」
お互いから言葉が出なくなった、どちらとも言わず会計のため席を立つ
店を出て、満腹感を楽しむ、お腹がでっぷりではない
あの美味しかったうどんがお腹の中におさまっている
それだけで十分な幸せを感じる
彼女は何も言わずに左のシートに座った
新版のミニクーパーが走り出す
ゆっくりと安全に左を守っていく
大切なことを叶えるために、手法はそれぞれあって
だから、自分が選んだそれが正しいかどうかは
これから決められるだろう
うどんを生醤油で食べるだけで革命だと思ったんだ
いくらでも、革新は起きていく
「守るとか言ってたけど、歩道乗り上げたりしてたのはどゆことかしら」
「あー、とそれは…」
「…」
「一緒に歩いていきたいという気持ち、とか…」
「『とか』っての禁止、減点6点」
「一発免停じゃないか」
「そうね、あんたはやっぱり運転の資格ないのよ」
「…」
「だから、二人で一緒に歩くのも悪くないかもね」
彼女は照れくさそうにそっぽを向いた
こんな言葉遊びにほだされるなんて、そういう顔をしているんだろう
僕は左を守っていく
一ヶ月に一回、こんな小説上げているようだと
完全に病気ですね、主に心の
そんな悲しいことを思いつつ
とっとと小説上げるというのが
こんなに難しいとは夢にも思わないまま、とりあえず
姉SS一本です
R(09/05/20)