姉SS

アイネ クライネ


些細なことが幸せだ

「ただいまー…、うろ、今日は鍋ですか」

「早かったじゃない、一人で先食べようと思ってたんだけどね」

「さらっと、酷いこと言うな」

「嘘よ、ジョークよ、ピロートークよ」

軽やかに、節を付けてそう言い終わると
こたつに鍋を移動させる
仕事帰りのまま、僕はスーツをゆっくりと解いていく
締め付けられるような感じ、束縛されたそれの象徴
そう思うと、スーツは不気味でしかたない服だ
上着をハンガーにかけて、ネクタイを解く、
一瞬、緩めるだけにしようかと思ったけど、思い切って全て解いた

「?なんで今止まったの?」

「べ、別に」

「どもった、嘘つくとすぐ、どもるよな」

なじる、
そんな音がするように、じっとりと視線を飛ばしてきた
同棲してもう何年になるのか、付き合いはそれこそ
産まれた頃からというような具合
彼女は2つ上なんだが、相変わらず近所のおねーちゃんのまんまだ

「いや、なんとなくだよ、別にだよ、意味ないよ」

「嘘つくな、お前、ネクタイ解きと女子に対するアピールの話思い出してたんだろ」

「そ、そ、そんなわけ」

「分かり易いヤツ」

笑顔が一等可愛らしい、ああ、俺は湧いてんだな
敗戦を悟りながら、その、少しバカにしたような存在を許容してくれる笑顔に
今夜も沈没する、別に何というわけじゃない、僕が24で、ねーちゃんが26だ
なんという話でもない

「とはいえ、今夜は鍋です、あんたで遊んでいる暇なんぞないのです」

あら

「がっかりした?」

「し、してません」

また、どもってしまう
それだけでおかしいのか、おねーちゃんは声を漏らして笑う
それでいて、てきぱきと夕飯の仕度が整っていく
ねーちゃんも嘘をついている、一人で食べる用意なわけもない
完全に帰ってくるタイミングをはかってくれていたんだろう
よくわからないけども、帰宅して部屋が温かくなおかつ明るい、
それだけで税金を払うべきだと誰かが言っていた

「うん、ちょうどいい具合だし、ズボン、皺になるから替えたら?」

「うん、そうする」

聞き分けよく、もそもそと着替えに席を外す
Yシャツはよれよれと洗濯かごに飛び込み、安っぽいスウェットに着替え終わる
戻ってみると、鍋がふつふつと沸き立ちながら、食べられるのを待っている

「おー、これはこれわ」

「旨そうだろう、旨いんだ、これが」

「おっさんみたいなこと言うなよぅ」

うしし、笑いながら二人で鍋をつついていく
ごった煮というのか、山の物海の物問わずに、わんさか入っている
鶏肉もあれば、牡蠣も入ってるし、だしはそこかしこから滲みでているらしい
淡醤油で整えられたらしく、実にうまい
鳥のも、魚のも、つみれはまた、極上に仕上がっている
鍋なら誰でもうまいこと作れるものだけど、この味にすっかり慣れてる

「そ、だ、こないだの日本酒を」

「ふふ、言うと思って既に燗済みですぜ」

「ねーさん、出来ますな」

「褒めてくれますかな」

「えらいえらい」

「心がこもってない」

「んなことは無いよ」

「嘘ばっかり、心の底から、そういう言葉を聞きたいわけよ」

「底から?」

「そう」

「だとすると」


「おっと、鍋が冷めてしまうよ、とりあえず食べて食べて」

ねーさんが促した、気恥ずかしそうな感じで、
酒のせいでも、鍋のせいでもないだろう、少しだけ顔が紅い
にへへ、そんな笑顔も浮いている
僕は少しだけ反撃できたような、そういう気分に浸る
モラトリアムという便利な言葉があって
それを満喫しているわけだ

省略した言葉を、僕はおねーちゃんにまだ言ったことがない

長い間一緒にいると、きっかり言わなくても
なかなか「伝わる」ようなことがあると思う
例えば、空気から、次の展開が読めるような
そういうのがすっかり醸成されてて、今更にという話にしてしまう

鍋が煮立ってきて、つと、キムチ鍋とかにしててもよかったかもなんて
ちょっと贅沢な悩みを抱えたりする、そのすぐ後に、
おねーちゃんも首をひねって、冷蔵庫からキムチを出してきた
そして、自分だけで食べる、通じ合ってない

「どうする、うどんいれちゃう?」

「うーん、明日にしようか、今日はご飯で十分かも」

「よかった、買ってなかったのよ、うどん玉」

「いやいや、じゃ、なんで聞いたの」

「欲しいとかぬかしたら、買ってきてって甘えた声出そうかとか」

申し訳なさそうに、上目遣いで酷いことを言う
こういうことを続けていく、ずっとずっと
お互いが思うことが、それぞれ伝わってしまう

「「ごちそうさま」」

同時にそう言って、驚くわけでもなく
当たり前の顔をして過ぎていく
かたかたと食器を片づけて、僕はおねーちゃんの隣で洗い物をする
並んでいる姿は、後ろから見たらどんなだろうか
一通りの片づけがオワって、なんとなく
僕は、おねーちゃんの手を握った
驚いた様子が、空気を伝ってやってくる
お互い、何も言わない、手先が少し冷たくなってる
台所で手を繋いで立ってるのも、マヌケな話だけども、まぁ、こういうのがいいんだ

いずれ、なんていうこない日を待って
勇気を持たないまま過ごしてしまう
様々に、思うところがたくさんあるのだ

従姉弟どうしなんて、法律だけしか許してくれない

悲しくなんてない、
小さい幸せを積み上げていく、
そんなステキなことは、多分他にない、きっと、無いんだ





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久しぶりに湧いた感じで書いてみました
ステキだとは一言も言えません
かつて自分が大嫌いで仕方ない
こういうむずむずの、コッパな、とんでもなく恥ずかしい
どういう面して書いてんだてめぇみたいな
そういう恋愛小説を、つねつね書いてしまうわけでありました

鍋喰ってて同棲という設定を
既に前にやってる気がせんでもないですが
いいんだよ、今こういうのが欲しいんだよと
逆ギレしつつ、おやすみなさい

R(08/11/10)