姉SS

ルーサンレン


おいしいものが食べたい

お腹が空いたから食べるのではなく
もっと能動的に、いや、積極的にだろう
食べるという行動に強い気持ちが付加された

ほうれん草を三束まな板に乗せる
軽く水にさらして、しっかりと絞ってから乗せる
そして、5cmくらいの間隔でせっせと包丁を入れる
根元ではシャキっとした感触、やがて
葉の部分に到達すれば、それらの音はなりをひそめて
こ、こ、
包丁の刃が打ちつけられる音のみが鳴る
頭まで綺麗に切りそろえたらもう下準備は終了だ

包丁をまず洗う
それから、まもなく沸騰するであろう鍋にそれを流し込む
ここからは手早く、まな板を洗い青物特有の色を落とす
ほうれん草も決して煮立てるようなことをしてはいけない
泡が立ってしまう、どうも、灰汁なのか硬い泡が立った光景は
見た感じ美味しくなくなる

ぐぶぐぶぐぶ

やがて、湯面がせわしなくなる、それを横目に
常滑焼きの大どんぶりに手をかける、中には液体スープの小袋とお湯
くるりくるり、
中のお湯を躍らせて、器全体を温めてから、お湯だけ捨てる
すぐにスープの封を切って、液体を中に落とす
どろり、
濃厚なそれを最後の一滴までしっかりと絞り出す
この間、いよいよほうれん草は茹で上がる、火を止める、余熱を活かす
鍋の中で躍るほうれん草

どんぶりには、続いて生卵をかち入れる
ぱか、とのり、
黄色いそれは少しだらしなく平らに、
白身という透明なそれは、殻から未だ離れきれず
一本の橋をわたしながら、それでもどんぶりの底いっぱいに広がる
スープの元と攪拌する前の光景は美しい
とろみが、不可思議な化学調味料が作る色彩を味だけでなく
見た目もまろやかにしている

じょわわ、

余熱をたっぷり使った鍋を取り上げて
どんぶりへと静かに中身を移す
じょぼぼどぼぼぼ、ほうれん草とその煮汁
ぴったりスープ一杯分
だから、栄養素を逃すことがほとんどない、たぶん

がこ、

続いて、麺を茹でるほうに注力する
あらかじめ沸騰させてある鍋に生麺を入れる
やっぱり、なんだかんだいって生麺がうまい
ただ、気を付けないとすぐ伸びてしまう、それに
粉をうまく落とさないとスープの味が濁る
これは個人の好きずきだろうけど、僕は嫌いだ

ぐつぐつぐつぐつ

麺を投下して、二度、三度
ゆっくりとさいばしでかきまぜる、麺全体が
ぬっちりと温まるように、それでいて、伸びないように
安物の麺だとどうやっても伸びてしまう
やっぱり、何事にも値段を、投資をしないといけない
少し高価なだけで、鍋の中では美しい色で麺が泳ぐ、そのまま食べられそうだ

じょわ、

鍋からいよいよ、どんぶりのほうへと移す
どんぶりは余熱が取れてよい具合だろう
ここに、ゆっくりと、それでいて、最後の仕上げとなる
美しい配膳のため、麺をおりたたむように投入する

一人暮らしを長くしているが、長らく無頓着で過ごしていた
やがて、自分の飯なんざヨメが作ってくれるようになるだろう
そんな淡い未来予想図にあぐらをかいて
何一つ努力をしないまま生きていた
ツケがまわってきたのか、その未来予想図は呆気なく崩壊し
つまるところ、29才にして完全な独り身を過ごしている
早い話、自分の飯は自分で作らないといけない、世の中そういう風にできている

ほうれん草ラーメン、うまし

即席麺にありがちな、濃厚すぎるスープが
ちょうどよい具合で薄味になって、
この絶妙なもっちり感、決して鼻につかない青臭さ
ほうれん草のそれもさることながら、やはり醍醐味は卵

ほふり

卵を最後の一口前に食べる派だ
白身、黄身、こだわらず、液体スープにしばし隣り合わせたため
ほどよい味つき卵となっていて、つるり、まずは口内にすする
そして、ゆっくりと噛んでころがして、一滴たりとも呑むことなく
すぐに最後の一口の麺と少量のスープを

くい、

含んだ後、静かに飲み込む、鼻に抜ける濃厚な甘み
満足した、ことり、どんぶりを机に置く
まだ、どんぶりには温もりがある

独り言はたまにしか呟かない
頭の中で台詞を思い浮かべる日が多い
今、目の前に常滑焼きの大どんぶりが鎮座している

抜群にうまい、軟弱野菜侮りがたし

ほうれん草はなるほど
茹がいてみると、緑が外に出てしまうし、妙な臭いも立ち上がる
しかし、あの、舌触りというか、歯触りというか

もちり、

そんな感じの、そう、葉っぱはそんな具合だ
白菜の外葉のような、雑味たっぷりで筋ばっかりのそれとは異なる
ほうれん草は、大きいほうがいよいよもっちりして旨い
ただ、茹でただけだというのにこの食感は凄い
ほうれん草の旨さに感嘆したのだが、それをラーメンに入れてみたのだ
その旨さは筆舌に尽くしがたいそれとなった

12月24日の昼飯

『残念だけど、もうダメだと思う』

『落ち着きなさい、そんなことはない、きっと、俺は頑張るよ?』

『無理だよ、もうダメなの、ごめんなさい、さようなら』

こんなメールのやりとりをしてから
自分の置かれた立場を理解した
いや、今からどうなるかを理解した、立場というよりも境遇だろうかな
冷や汗が止まらなかった、続いて、涙が止まらなくなった
久しぶりに泣いた
本当に、とても遠かったように思う、目の中から熱いものが溢れて
それをそっと指ですくって嘗めてみる
びっくりするほど辛い
安物ラーメンで弱っている舌でもわかるほど
その強い刺激は止まらない、流れるものも、時間も

何もかも戻らない

ほうれん草のような葉物のことを
ある筋では、軟弱野菜と呼ぶらしい
小松菜とか、タァサイとか、たぶん、チンゲンサイも入るんだと思う
白菜や甘藍ほど大きくない、緑色の野菜のことを言うんじゃないだろうか
その花形たるほうれん草の旨さに気付いた

温めた後、そのエグみのようなものが抜けた後
この野菜は化ける
とんでもないうまみを包括したまま、どてりと横たわる
さぁ、旨く喰ってみろ、喰えないなら貴様が阿呆なのだ
言わぬばかりだ、僕は今、軟弱野菜に気圧されている

そうやって気分を盛り上げてみる
ほうれんそうを湯に通すだけで
驚くほどうまい、たぶん、塩か醤油をかけただけで
十分な戦力となるだろう
夕飯の一品が決まったように思う

スーパーでは、所狭しとターキーの販売がなされている
どこもかしこも、鶏肉、鳥、七面鳥だ
だが、ローストされたそれらは
どれも、よろしい味付けをされているのだろう
絶妙なてら味を見せていて、至極美味しそうだ
ほぐしてご飯に乗せただけで、きっと、とても美味しいだろうと想像できる

だが、今既に20時を過ぎている
どれもこれも、赤札と呼ばれる「半額シール」が搭載されている
それを目当てにきた主婦や、貧乏カップルなどがこぞってたかっている
賢い買い物かもしれないが、やっぱり残り物は残り物だ
あまりよろしくなさそうな部位ばかりだ

それらをバカにするでもなく
ただ、その背景にあるんだろう、家族や恋人や
この日を一緒に過ごすんだろうそれらが透けて見えて
なんだかとても、心が静かになっていく
幸せなんだろうな
そういう、わざとらしい外からの感想を強い調子で飲み込む
レジの雑踏、一人一人がよく見える、そんな日もある

買ったのは結局、ほうれん草と納豆にもずくだ
なんら変わらない、いつもの祝日メニューだ
それを持ち帰って、さ、夕飯の仕度をする

ほうれん草はおひたしにしてみようと思ったが
量が多いので、いっそのこと炒め物にしてみた
オリーブオイルでさっと火を通してみる
なんというか、色々台無しだけども、至極よい匂いになった
塩をさっとふって皿にもる

あとは、ご飯を盛って
納豆を用意して、もずくを器に移して
さぁ、できあがる夕飯

インスタントのみそ汁を漆器に、
炊き立てのご飯を楽焼きの飯碗に、
もずくを黄色い京焼きの小器に、
納豆を織部焼きの割山椒に、
生卵をペットボトルの蓋に乗せる

よくできている、それらをいよいよ夕飯に変化させながらたいらげていく
みそ汁をすすりつつ、そのミソの甘みと
つるつるした絹ごし豆腐のなんともいえない弾力と舌触りに感動し
そっと飯を頬張る、一口それで過ごしてから
納豆を白米に注いで、ぐりぐりとかきまわす
ここで卵をあえて使わない、おかわりの二杯目を卵かけご飯にするのだ

納豆のねばりが強い冬
だけども、白米の温もりとあいまって、ステキな糸引きを見せたところで
ゆっくりと頬張る、ふむり、独特の臭気、だが、決して不快ではない
ややもすれば不快かもしれない、豆そのもののざらみを味わいつつ
苦みとも錯覚するようなその風味を存分にあじわう

合間合間に、みそ汁をすするのを忘れない
大豆爆弾だ、どれほど食べてもたまらない
納豆、ミソ、豆腐、ありとあらゆる大豆のそれらを吸収する
ほふ、熱さに思わず漏れる音
二杯目のご飯をよそいだ、そこに生卵を落とす
味付け醤油を少しだけ入れて、あとはぐりぐり
できあがる金色の米粒

ほうれん草を頬張る
オリーブオイルとの相性は、まぁ、五分五分というところだろうか
別にオリーブオイルである必要はない
その程度のものだが、塩味がよかったらしく
もしもしと、卵ご飯の消費速度をあげている

もしもしもし

一通りを堪能したような気分に浸る
まだ、ほうれん草も、みそ汁も、ご飯も残っている
体はすっかり暖まってきた
この時期、飯を腹に入れないと気温に負けそうになるが
今夜はそれも大丈夫そうだ

ラジオはクリスマスイブだとそれこれ吹聴しまわっている
クリスマスソングを呆れるほど聞いて
こんなに種類があるのかと思い
DJとハガキのやりとりが面白い

ふと、気付いてしまった
ほうれん草を入れている器は、赤織部の絵皿だ
相変わらず適当なタッチで、ゆるい絵が躍っている
そんな絵皿だ、正直珍しい
そこに、ほうれん草が乗っている

「メリークリスマス」

赤に緑
そんだけで、呟いてしまった
呟いてから、気付いた、このイブを含む三連休
初めての発声だったと
しわがれた、深みも、滋味もない、味気ない一言だった
嬉しくなって、もう一度言う

「メリー、クリスマス」

今度ははっきりと発音できた
紅い器に緑の食材
なんだ、わざとらしく鶏肉買わなかったけど
結局そういう風にできてんじゃないか

しょっぱい

『好きな人ができました』

『唐突だな、というか、映画の見すぎか』

『君にあわせただけ、そうしたら、きっと、いいでしょう』

『そうだ、その通りだ、どうぞ、お幸せに』

『相手が気になる?』

『ならないといえば嘘に・・・』

りんごん、ベルが鳴った
驚いて、慌てて、僕は扉に向かう、
電話も切らずに、何に出ようとしているんだろうか
しとり、置いた掌は、冷たい扉にどんどんと温度を吸い取られる
一枚の薄っぺらい板を挟んで、金属製のそれで隔てられて

部屋にはまだ、ほうれん草と紅い器がそのままになっている
ご飯は食べたあとだけど、まだ、お腹はいっぱいじゃない
外はどうやら雪のようだ、
すっかり音がなくなって、しんしんと、気温を下げて、音を吸い込み、闇に消えていく
寒いからどうかな、コーンスープでも作ろうかな

志野焼の珍しいカップが二つある
それを用意したい、だけど、扉の向こうに返事をしないといけない

扉を開いて、その日、三度目となる声を出すことになる

電話を耳に当てたまま、
受話器にか、目の前にか
わからないまま、告げるのだ

「メリー、」

返事はたぶん、心に響く
きっと

きっとだよ

虚空に、積雪に、夜闇に
吸い込まれる言葉は
誰に届くこともなく、誰を傷つけるわけでもなく
そっと、その役目を終わらせる

届かなくても

闇に唱えていても

受話器の向こうから、泣き声が聞こえる

僕はただ、笑顔を向ける

闇に向かって





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すいません、ご、ごめんなさい
ハッピーエンドを書いてこその小説家と
愛する姉上に言われていたにも関わらず
気付いたらこんな、よくわからんものを・・・

オチも山もなにもかもない
そういう、電子の葛としても書いてはいけないそれを
また一つ産み出してしまった
その後悔にさいなまれながら、2007年唯一の姉SSです
あー、書かないとダメよね

駄文長々失礼いたしました
R(07/12/25)