姉SS

エンター イントゥ ア コントラクト


「契約を結ばされてますね」

「どうして、それを」

女性は驚いた様子で、美しい金色の髪を揺らした
瞳は緑色だ、金色の髪に緑色の瞳、白い肌に淡紅色の唇
どこか愁いを秘めた表情をして
少し気怠そうで
男をそそる全ての雰囲気を備えた美貌を持ちながら
どこか、健康さを感じさせない、不思議で魅力的な女だ
長髪はよく似合い、困った表情をさせると
その造形は、全ての絵画や彫刻を超越する美術を見せる

「こちらの時計をごらんなさい」

「はい」

さらり、柔らかい音がしたような気がする
つり下げられた懐中時計は、美しい金細工が施してあり
その竜頭の脇から、細くて柔らかな金色の留め具と鎖が伸びている
その鎖の先で、ゆらりゆらり、金色の時計は時を刻みながら
自らも秒針の、柱時計のあの部分のように左右を求めて動く
それをじっと、女性は見つめる
素直に、睫毛が少し濡れているような気がする

「見えますか?」

「え・・・時計がですか?」

「そう、時計だけ?」

「え、え、え?」

戸惑いの声の女性だが、やがてその声は小さく細かくなり
消え去ってしまう、見つめる瞳が唐突にうろんとしてきた
魔法にかかる、金時計はなおも時を刻みつつ左右に走る
その時計が輝きを増しはじめた
動きはゆっくりとしたままなのに、勢いと言うべきだろうか
軌道は同じままだというのに、どこか鋭さを伴ったように思われる
ゆるりゆるり
その時計から、光がこぼれ始める、その光が煙のように
溢れて、床をひたひたと覆い始める

「光が、溢れています、それが煙みたいに床に広がって」

「そう、その光はやがて貴女を包みます、そのまま感じるままに・・・」

時計を持った男はゆっくりともう片方の手を上げた
洋館の一室といった部屋の中
光の煙はいよいよ彼女を包み込んだ
混濁した意識にしばらく埋もれることとなるだろう
男は殊更慎重に、その時計の動きを緩めないようにしながら
彼女を包む煙が晴れていくのを待つ、うすらいで煙は霧からもやに、そして散開する

「おいでませだな・・・どこの悪魔だ?」

「ほほう、少しは本格的な使い手らしいな」

煙が晴れたそこには
一匹の悪魔が座っている、彼女が座っていたその場所だ
悪魔は紳士のなりをしている、時計を見ないで
その持ち主の男を見ている

「彼女との契約を解除するんだ」

「それはできんな、彼女が結んだのだ」

「冗談を、お前が騙したのだろう」

「契約は契約だ、彼女はなかなか住み心地がよいのでな」

せせら笑う、悪魔はまったくふてぶてしく
居直っている、彼女の身体と精神に住み憑き彼女の生気を吸い上げて
のうのうと生きているのだ
その代わりに、彼女は素晴らしい美貌を手に入れている
悪魔とはそうやって契約を取り交わしたのだろう

そんなことになっている、外法相手に戦う商売がある
時計の男は若くして、つまるところ、そういう商売をしているのだろう
悪魔も慣れたもので、もうこの手の輩は霊媒師や呪術師といったもの
それを語るまがい物をたくさんに見てきて飽き飽きしていた
今回は、やっと、本物がきたと見える

「彼女は、貴様がいなくとも美しい女性だったろうに」

「ほほう、慧眼だな、その通りだこの女は我々の力をなくして、むしろ力を加えたがために、
健康的だったそれを失い、むしろ、彼女の美貌は悪化した、しかしそれを求めていたのだ」

「・・・・・愚かな」

「そうでもない、彼女は地獄を味わっている、説明してみようか?」

「結構だ、プライベートに立ち入るつもりはない、話が長くなった、さて」

ぽん、青年は片方の手を軽く握った
不思議と、何かが爆ぜたような音がした
ぴくり、それに驚いたのか悪魔はそちらに視線を向ける
苦みを覚えたような顔を見せている、不思議なものを見る時
そんな表情になる、まるで人間のそれのようだ

「お前、何者だ?」

「悪魔が如きに説明する義理はない」

「!!!」

ぞわっ、悪魔が初めて表情を危険のそれに変えた
鋭い瞳は血のように紅く輝く、口を開くと底なしの闇が見える
悪魔はかつて没落した紳士のなれの果てだ
優雅に振る舞うことに長けているが
その優雅さと高慢さの分別ができていない
だから没落したし、悪魔になった

「貴様、炎を召還できるのか?なんだ、その能力は、何者だ」

「ふん、お前は何ができるというのだ悪魔よ」

時計はまだ揺れている、黄金のそれはきらきらと輝きを増している
それに増幅されたかのように、もう片方の手で小さな炎を掴んでいる
白い手袋には不可思議な文様が描かれていて、おそらく
それがなんらかの法術を完成させているのだろう
悪魔は、喉の奥で笑う

「夜に呼んだのはまずかったな、まして、新月の夜に」

「ほう?悪魔は満月の夜に狂うのではないのか?」

「クラシカルな奴だ、そんな古典をまだ信じるか」

「事実だろうっ」

ぼぉっ!!!
炎が投げつけられる、部屋の壁に当たってばらばらに消し飛んだ
しかし、壁そのもの、また部屋の中のどこにも引火しないし
魔法で作られた炎らしい、延焼しないのだがおそらく
触れたらとんでもないことになるのだろう
悪魔は、それを巧みにかわしつつ、無駄弾を打たせることに終始する
それが、この悪魔の能力と直結している

「逃げてばかりでは、どうにもならんぞ、追いつめたっ、チェックメイトだっ」

どぉっ!!
一際大きな炎弾を召還した、男の時計がさらに輝きをました
そこに炎の紅蓮が注ぎ込まれる
黄金はどちらかというと赤銅にその近しさを置いているように思う
バロック調を思わせる、重厚で、どこか常に重苦しい
その金色がまばゆさをました
大きな炎が渦巻いて円くなる、照準が悪魔にあう
悪魔は部屋の角、天井の角にじっと身を潜めている

「待っていた、そう、トドメは必ず大きな炎だと思っていたぞ、坊やっ」

悪魔が吼えるように吐き捨てると
指をパチリ、両手で鳴らした
軽やかなそれが、ダンスの始まりを予感させるような
ぱん、と、とても軽快に弾けた
刹那、炎によってできた、影が踊り出す
踊りでた影は、イチモクサンに時計の青年に襲いかかる
悪魔の能力は影だ、影を操り相手を殺す

テーブルの下からするり、影が伸びた
だがそれよりも先に炎が悪魔をとらえた
眩い光でその瞬間は見えない、しかし、青年には確かな手応えがあった
術者を殺せば、能力は消失する、だから影は死ぬはず

「!!!・こいつっ!?」

「坊や、甘いな影を操るんじゃない、影が私なのだよ、さぁ、私をそろそろ住処へと返してくれ」

悪魔は影から現れた
ぬぅ、音のように体躯は闇からゆっくりと造形を露わとする
紳士の出で立ちのまま、闇の手は知らぬ内に
黒い革手袋に包まれている、古典だ、誰かがそう言っただろう
黒い革手袋が向かう先はいつだって決まっている
白いのど頸だ

「かはっ!!くっ!!!」

「気の毒だな、私は原始的な力のそれらをうまく操ることはできない、だから殺し方は人間のそれと一緒だ」

黒い手は青年ののど頸から、頸動脈を締め上げる
ばたばたと暴れるようにするが、それを適えない力で
ただ、クビをひねる、クビを締め上げる、絞殺を志す

「雅に欠くじゃないか・・・」

「そうかな、紳士が絞殺する、それだけでブリトンは大喜びだ」

「アガサか、コナンか?」

「知らないのか、一番喜ぶのはロシアのそれだ、ミヒャエル・ブルガーコフだよ」

「そうか、ならば貴様はヴォラントのように消えろ」

!!!!
青年の時計の輝きが激しさを増した
締め上げられる中ですら、その時計の動きは一定を保っていた
しかし、今、半円を描いていた時計はくるくると
鎖を煌めかせて全円を描いた、くるくると、黄金は円を描く
それが星を零すように、そうだ、スターダスト、そんな言葉はこれを示すに違いない
黄金がこぼれ落ちて、床でいくつも撥ねる
悪魔はそれに気付かず、ただ、クビを締め上げる

パァッ!!!

「貴様っ!!!」

「悪いな、光或る限り影は消えぬと思っていたろう、違うんだ輝きは全てを照らすことがある」

「お前、この、やめろっ、やめっ!!!」

「聞けないね、英国紳士はロシアのそれと違って、全てを曲げる術を持たないのだよ」

輝きが、全てを照らした、部屋から影という影が全て消え失せた
悪魔は断末魔を上げる、輝きに全てを照らしあげられ
身体を昇華させてしまう、闇がなくては悪魔は生きられない
そのロウ(法)だけは、古今変わらず生き続けている
光が治まった、元の場所に悪魔は居る
ただ、ぐったりとしている

「勝負はついた、悪いな、お前は契約を解除する必要がある」

「・・・・貴様・・・いったい」

「答える義務はない、さぁ、お前の契約はなんだ」

「なんてことはない、女の髪を少しばかり焼いたらいい、それで俺は去るだろう」

「ふふん、長髪好きか」

「五月蠅い、紳士は髪の長い女に憧れるものだ、まして、美しい金髪ならなおさら」

「趣味までクラシカルだね」

「ほほう、この女に惚れたか、忠告してやろう、お前じゃ無理だよ」

「ははは、苦し紛れに何を言うか」

「年上の女というのを相手にしたことがあるまい、わかるか、女はその分だけ悪魔よりも賢い」

「賢い女は大好きさ」

「ならば、易々と長髪を捨てる女は止めておくべきだな」

「話にならん、そこまで長髪好きなら櫛でも贈ってやるべきだったな、さらばだ悪魔よ」

ぱちん、青年は指を鳴らした
すると、あっと言う間に世界は元に戻った
イスには女が座っている
優しく時計の青年は語りかける

「さぁ、貴女の契約は解かれます、その美しい長髪を切るのです」

「ああ、しかしそれでは」

「大丈夫、私を信じて、髪を短くすることで貴女は、悪魔と取引するまでもなく美貌の一部を失う」

「!!本当に」

「そう、それで貴女の不幸は全てなくなる」

「本当に、本当に」

「そうですとも、さらに貴女は幸福を手に入れることになる」

「何を?」

「貴女は私にお茶の誘いを受けることになります、どうですか?短くした髪を自慢しに一緒にカフェへと」

女はころり、そう言えばよいだろうか
すっかりこの男の手中で踊るようにして落ちたのである
すぐに髪を切り、美しかった金髪は短くまとめられた
それでも、美しさは損なわれない
それは、この青年の中だけであるが彼にとっては充分だ
ショートカットという、女性として対極にあるそこに美しさを見出す
彼女は予言の通りに、他の男どもから
酷いことはまるでなくなり、ただただ、この青年の愛情を受ける幸せを享受することとなる

「怖い」

「何が?」

「何か、幸せが過ぎているようで」

「そんなことはないよ、だってほら、今日の紅茶はハズレだもの」

少し生臭さがある、発酵が美味く進まなかった茶葉らしい
紳士は紅茶に五月蠅い、青年はそれをほとほと残念と思いつつ
それにより、彼女を自分のものに出来ている
そんなうれしさを感じている
紅茶よりももっと美味いものを味わえる
彼女は、淑女でありながら娼婦でもあった
男として最高のそれを手に入れた
おそらく、それを嗅ぎ取って彼は彼女を救ったのだ、打算で、計算で、哀れな女を

「貴方にならば全てを任せることができます」

「その言葉を待っていました、レディス」

「私を、幸せにしてください」

「無論ですとも」

青年ははにかんで答えた
全ての答えは出そろった
その表情は、うれしさの極みを象る
そして、その実を少しだけ覗かせる

女、貴様は私の拠り所となるのだ

なんと、青年は、悪魔だったのである
炎を扱う悪魔だったのである

「レディス、契約を」

「いつか、いつか、こうなると思っていました」

「それでも貴女は、契約を結ぶのでしょう?」

「無論です、私の幸せは不幸の中にしかありません」

「そう、哀れで美しい女性よ、安心しなさい、前の悪魔と私では次元が違う」

「感じています、貴方はより、酷いわ」

「そう、悪魔にとってそれは褒め言葉ですよ」

「蠱惑」

「虫とは酷い、魅惑と呼んでいただきたい」

「契約を結びます、どうぞ、どうか」

ふふん、青年、いや、悪魔はしめしめ
その顔を存分に晒している
古典的な悪魔は追い払い、それが愛したものを奪う
悪魔として彼は若い、だが、若いだけに美しさへの情熱は有り余る
人間の究めた美しさを持つ女をほっとけるわけもない
年齢が上の女は極上だと
悪魔ですらそれを知っている、まして、言うなりになるなら
ますますステキを超越して、あまりある
古典が居心地よしとしたその場所に、彼は居座ろうとしている

「何、単純なことだ、ただただ、私に居場所を与えなさい」

「ああ、言われるままに、早く一刻も早く渡しを呪って」

「よかろう、契約は成立する、さぁ、貴女は今から」

青年の悪魔は勝ち誇った笑顔のまま
女に口づけをかわす
女は、愛おしそうにそれを吸う
どんな娼婦よりも魅惑的な美しいキスを贈る
ぴりり、最高のキスは刺激が強い
唇が痺れたようなそれを覚える

「契約は成立したわ」

「!?」

「そう、貴方は私の中で飼われるの、わかって?」

「そ、そんな」

「坊や、甘かったわね、前のもその前のも、私が飼ってきたのよ、でなくては悪魔が簡単に
契約について語るわけがないでしょう?」

女の瞳がくるり、緑色に輝いた
時計の青年は、初めて時計を地に落とした
カチン、渇いた音とともに時計が割れた
彼の拠り所である時計はこうして失われ
哀れな、とても哀れな下僕、従僕として、女に飼われることになったのだ

「さて、貴方を飼うことで、私はどれほど幸せになれるかな」

!!!!!!!

「そう、もう己の言葉すら貴方は手放したの、私と口づけをかわしたことで
可愛らしい悪魔さん、どうぞ、私の中で生き続けなさい、次の悪魔が見付かるまで」

「そんな」

「あら、先輩の言葉を信じていなかったのね、年上の女は怖いのよ」

「馬鹿、な」

「可愛らしい坊や、さぁ、私を満足させるため、暫く、私のために命を灯しなさい
安心して、貴方に決して苦痛は与えない、甘く切ない、甘露のような脆弱を味合わせてあげます」

「うお、ああ、ああぁ、、ぁぁぁ」

悪魔は熔けるような快楽に埋もれていってしまう
女の甘い言葉と雰囲気と空気と吐息が
悪魔を溶かして己のものに変える

「さぁ、私を楽しませて、小悪魔さん、本当の悪魔の魅力に溺れるがよい」

全ての世界で駆け引きは繰り広げられる
ただ、その駆け引きのほとんどが
女に操られていると、小悪党な男共は知る必要がある
経験を重ねた女ほど

美しく、悪いものはいない

だが、そこに憧れて、ウンカの如く火に依るのだ
例え身を焦がそうとも、そこに愛しさを感じる
男は悪魔だろうと人間だろうと愚か者しかいない
だから、賢い最愛の女に操られるのだ

「さぁ、踊りましょう、飽きることなく、ただただ、栄華を」

時計は割れたまま、二度と時を刻むことが無い
ただ、その時を忘れた中を
青年は姉と踊り続けるのだ、甘美で淫靡で止めようのない
麻薬のようなそれに耽っていくのだ
やがて、彼女が飽きるまで





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いかん、酔っぱらいながら書く癖をやめないといけない
全然推敲ができていません
だから、ここにネタバレを書いておきます

私は姉の美しさをこの小説で体現できたか?
年上の女がもっとも狡賢く、それでいて美しいと説明できたか?
男はただ、女の掌の上で踊り続けると書き終えたか?

19世紀くらいのイングランドを舞台にした
悪魔とか、その退治者とか
そういうのが活躍するそれらを書きたいとか思いつつ
唐突に、やっぱ姉に転がされたいよなぁと趣味が鎌首をもたげたのであります
面白くないとかそういう問題ではない

私が楽しければいいのだ
そういう小説になってしまった、申し訳ない

駄文長々失礼いたしました
R(06/09/11)