姉SS
リテラリカル マスタベイション
「本読み」という、人間に内在するどれかを同定する言葉があるんだよ
中学生の少年は、残念ながら手遅れで
この重い、深い、そして永遠に治ることのない
不治の病に身を侵されてしまった、すみずみまで
指先、毛先にいたるまで、感染、どこまでも行き渡り
体中を蝕まれています
病の名前は「本読み」
これは病気のようだけども、性格でもあるし、趣味でも、癖でもある
これを患った人は、ずっとこれを身体の、精神の、存在のどこかに
携帯して、つまるところ、自らに取り込んで同意、同義、同体としてしまう
器官のように物理的ではなく、思想のように形而上でもない
得体はおおかた知れている、だけども、捕らえることはできない
棄てることはおろか、忘れることは決してない
そもそも、意識するわけでもない
なんと崇高でしたたかなものだろう
さて、中学生といえば
思春期だ
=で結べるほど分かり易く、短絡した繋がりがある
あれやこれやと、人体における二次性徴とそれにまつわる
様々なことに、興味と生理を奪われ
こともあれば、脳が肥大するほど、自らの妄想に絡め取られてしまう
そういう時分で、ともかく青春というのは誰も彼もが通る、切ない道です
そんなお多感な時に、「本読み」なんていう
末恐ろしい病気を拾ってしまったため
暗く長く深く、出口のない、ありきたりで満足のできない
哀れな想いをすることになってしまったのだ
隔離病棟のように感じる学校の授業は非常に退屈だが
国語の時間だけは、先生の声と教科書と、戦わなくてはならないからせわしい
自分の中に在る「本読み」が、それと戦えと多分焚き付けているせいだ
己が知りうる限りの文章で、そこにあらかじめ、誰かによって偉いとされた
本、いや文を読み続ける、本当にそれが偉いか、どこか偉くないところはないか
それをあざとく探す、体内の「本読み」は体中を走り回り
心中の「本読み」は負けてたまるかと吼えてまわる
自立するほど成長した本読みは、自分が読んだ感想しかまるでアテにしない
そのくせ他人の評価を必ず聞きたがる、弱い精神だ
51音×51音×51音・・・・・・・・・
この計算ではじき出される数字のうち
いったい、文章となるパターンはどれほど少ないだろうか
その少ない意味を蓄えた並びの中から今度は
心震える、誰も彼もを納得させる、琴線に触れる
それらの言葉で賞賛されるべき、文節はどれだけ存在しうるだろうか
本読みが進行する、より一層深みにはまっていく、ならば、深行かもやも
本読みである以外のことは
まるで他と代わりがないから、当然の如く、青春の中で
それ相応のイベントを自ら発掘して、突入していってしまう
そうしなくては心が育たなくなって、やがて枯れてしまうだろうさ
恋愛や、性欲や、好奇心や、罪悪感が
毎日から上記のどれかを少しずつ切り取って
そして下手なりに料理、時には生で味わっていく
うまみも、無論、苦みも
酸いや甘いは、単純な言葉でしかなくて
本当は七色に変わる味を、一つの味とだけしか思えない
たとえば
5歳で食べる三つ葉の味と、20歳で食べる三つ葉の味
こんな違いがわかるように、少しずつ鍛錬を積み上げていく
青春は大忙し、そういうことを体験していかないといけない
だけど「本読み」は、そういった
本当に食べるものではないことにおける味覚というのを
文章で味わわないと満足しない、できない、認めない
だから、暗くて気の毒で、どうしようもない青春になってしまう
生きる内の弊害だ、だけど、もし、それらを本当に文章から手に入れてしまったら
「多分、誰にもわからない、解り得ないほど、途方もない快感だと思うんだよ」
「で、見つかりそう?」
「だったら、こんなに熱く語らないし、もっと気が利いたことできっと、あなたに分けてあげている」
生意気な口ききで、本当にそう思っているから
素直に言って、落胆の様子を見せる
考えている内は、そこから導いた言葉は安い
誰でもわかる、むしろ、凝ろうとした分だけ卑猥で下品だ
「どれだけ追いかけても、ちっとも旨い言葉にならないんだよ」
「まさに、その言葉自体がそうだね」
「・・・・・・・・・そう、避けられない、わかってると言うこと自体が、既にその枠にかっちりはまってる」
「それもそれも」
笑いながら聞かれてしまう、このドツボにはまっていく感じ
本読みがずんずん脳を侵攻していく、もっとたくさんの文章を知らないと
もっとたくさんの語彙を、単語を、文字を、存在しうる限りの全てを集めて
頭の中でもう一度組み立てる
本読みが追い立てる、もっと早く、高みを見せないと追いつくぞ、取り残されるぞ
過去に作られた言葉に縛られるまま、一生そこから動けなくなるぞ
「無駄がなく飾らなく、だけど真実をまま伝えるよりも、深くて、利いてないといけない言葉」
「既に長いね」
「語り尽くそうと思うとまるで言葉が足らなくなる、足らないままで居るとまるで追いつけない、
いつまで経っても、この輪から抜けられない、苦しい、本当に苦しい」
「台詞っぽい、台詞っぽい」
「だけど、見つけたと思ったこともいくつかあるんだ」
「たとえば?」
「キーワードだよ、”安ステーキにマヨネーズ”とか”ひらがなで喋る”とか”空の高さ”とか」
「なんとなく、気持ちはわかるね」
「そう、でも、だから?で終わってしまうんだ、だからこれは探してる言葉じゃない」
「そりゃそうだ」
いつまでも終わらない、いくら探しても見つからない
本当は無いのかもしれない?、それは違う、それは過去の文豪が全て啓示してる
「此処では喜劇ばかりが流行る」
「花は必ず剪って、瓶裏に眺むべきものである」
「姉さん、私は好いた女がいるんです」
「あなたは絵だ」「あなたは詩だ」
これらは、何の変哲もない台詞なのに、世界を一息で停める力がある
「結局、漱石ばかりなのね」
「そうだよ、漱石は多分、一番神に近かったんだから、仕方ない、途方がないもの」
「それにしたって、どれもこれも君の言う、それだけで何かを体現できるほどじゃない」
「前後があって、この言葉が唐突に並んだ時、驚くほど輝く、だけど輝きは一等だよ」
探すのは、作るのは、手に入れるのは
美しい字面で、音は耳に優しくて、読めば拍子がついて
言葉は平易で、意味は深長で
それだけで、五感全てを働かせる記号
「それならば、百合やスズランを枕のさきに、水へ浸しておけば?美しい世界でならひらめくかもよ」
それも漱石の一節だ
もっと高度に昇華された日本語で描かれた風景のことだ
かすかに香る花、それを嗅ぎながら眠る、眠る時自らを意識すれば
自然、左手が左の胸をまさぐる、鼓動をたしかめ、血流が全身に流れているのを確かめる
そういう一節を云ってる、この情景は、漱石がこしらえた字面でないと
まるで効果がない、これに限らず、最高峰の
草枕で謳われた世界ですら草枕でしかない、あまりに解脱して、過ぎるから現実が追いつかない
少年は窮する
読んで、頭に描かれたその世界は
追いつかないほどの美しさと気持ちよさがあったのに
いざ、本当にしてみれば、なんだ、こんなもの
「現実を超越するのが文章」だ
だから、本読みは、超越する最高位の感動をあざとく探し続ける
病の侵攻がまた早まる、早鐘を打つように、迫り来る
「多分、借り物だからうまくならないんだ」
「お、新境地」
「だから僕は、常に新しい、文を作出する必要がある」
「♪」
「体験や、現実や、実際ごときでは味わえない、至極だよ、文章の極みは」
「そう、なら早く、とっととそれを見せてよ、聞かせてよ、読ませてよ」
「逸っちゃいけない、タメがあるから反動が大きいんだよ」
たしなめるように少年は云う
二人は二人だけの狭い世界で
ずっとこんな話ばかりをしている、こんな話ばかりに没頭している
こんな話が、いつか物語になるように
「君が早く見つけてくれないと、私はそろそろ飽きてしまうよ」
ずぶりとした目がそう言った
少年はこの人に入れ込みかけている
この人をうまく形容することが、近道になるかもしれない
そうやって思って、ずっとこんな問答を続けている
長い髪が結い上げられていて、白い肌にか細い身体
イスにもたれかかるように座る姿は、可憐の一言
「まぁ、もう少し待ってるといい、今にさ、今に」
「そう、私がキルケゴールを読み切るまで?それとも」
「なに、キルケゴールなんて嘘っぱちだもの、鴎外あたりで温めておくといいよ」
「まるでジャンルが違う」
「そう、もともと読むべきジャンルを違えてるのさ」
「じゃぁ、次は鴎外にするね、それまでに」
ずぶりとした目は、どこを見ているかわからない塩梅で
口だけは、声は、音は透き通って心地よく耳に落ち着く
彼女の声は水晶を連想させる
ガラスのように透明で、綺麗で、だけども繊細で軽い
この人から、この人の一番深いところから出される感嘆を聞きたい
いびつだ、どうしようもなく奇形だと思う
だけども、本読みに憑かれた少年にしては上出来な恋愛感情だ
少年はいびつながらも、現実の女性に恋をした
これは勇敢なことだ、元来、小説の中の架空の人物に熱を上げて
大方が、そのまま戻ってこられなくなるというのに立派なものだ
ただ、残念なこともある、わかるだろうけども
「いつになるのか楽しみ、できるといいねぇ」
屈託のない笑顔、相変わらず目はどこを見てるかわからない
いや視線としては少年に向けられている、けども
意識はそこに入ってない、ただ向けているだけで本当に
脳を使って、視神経を伝って、シナプスを刺激している風景は
そうじゃない、目の前に少年がいるという現実を
バカ丁寧に文章に変換して、脳の上等な部分で解析をしている
そうなのだ、彼女も本読みだ、そして、少年よりも遙かに重症なのだ
お互い、お互いが本読みであるとは知らない
これは世界的に知らされていない病気だから当然だ
悲劇はそのあたりから膨らみ始める
少年は探し続けるだろう
彼女を本読みから解放するための文章を
文章に恋をしている女、人間に恋をしていたとしても
ともかく相手から奪い去るには、男なら産まれた時から知っている
それ以上のもので、瞬くまに浚う
半分は間違っていない、ところが世界的に知らされていないから厄介なのだが
この方法には致命的な弱点がある、これもわかると思うが言わせて貰おう
本読みの執着する本を、本で奪うこと
彼は踊らされている
彼女を振り向かせる言葉を見つけることで
彼女がそれにまた執着して
それを造り出した彼には、何一つの興味を持たないこと
哀れだと思う?
それは違う、その結末で彼は手に入れる
本読みを振り返らせる言葉と
そこから逃れられない喜劇を
つまり、彼は成就するのだ
本当に知りたい言葉という奴と
それにあざとくもまとわりつく自分が、いかに滑稽で
本当に面白いシナリオライターなのかということをさ
覚えるまでは走り続ける
やがて老いて、草臥れて、本の中に自らを投身することになろう
それこそが、本懐である
物語は全てから独立している
現実にあるとか無いとか、そういうエッセンスはナンセンスだ
重要なのは、没頭できるだけの世界
本は、文章は、それを私が知る限り51種類の音を組み合わせて表現し得るのだ
作った時も、聞いた時も、気持ちがいいと思うだろう?
ようはそんな単純なことを叶えたいんだ
題名の通りです
本当に、失礼しました
書き始めはこう、連載できるかと思うくらい
「本読み」という単語に期待を持ってしまったんですが
どう考えても、サトラレの劣化コピーにしかならないだろうと
おいらの限界を鋭敏に悟ったので
このていたらくであります
本筋を語る癖がついてしまったので
早く治してしまいたいですね
言いたいことを地文に出さず
物語から教訓のように悟らせる
泣いた赤鬼のような話を書きたいですね
駄文長々、本当に、大変ご迷惑をおかけいたしました
R(04/08/08)