姉SS
ラスト ア デイ ”ハ”チョウチョウ(Cメジャーキー)
二人きりだ
「主任」
「なに?」
「みんな行きましたよ、主任はいいんですか?」
「くどいよ、私は残る、残って少しでも時間を稼ぐ・・・・・いいのよ、怖いでしょうから行っても」
白衣の主任は冷淡だ
いつだってツンとした印象があって、下働きの青年は
あれこれと主導権を放棄したまま、毎日を生きてきた
この狭い研究所の中で
数時間前まで、100人近い人間が生活していたこの世界
だけど今は、煩雑な状態は、どこかガランとしている
二人しか居ないせいだ、精神心理がそう思わせる
青年と主任は、科学者だ、だから少々
思うことが小難しい、仕方ない、科学者だもん
「・・・・いえ、僕も残ります、サポートを」
言うと、主任はわずかだけども
温かい笑顔を見せた、充分だ
僕がここに残る意味、最後を迎える場所は
やはりここだ
「そう、ありがとう」
「いえ」
言うと、それまでの日常と同じ役割を二人は全うする
主任はとけ込むようにして、数値に目を光らせ
わずかな異常を発見して、それを丁寧に潰していく
気が遠くなるような作業だ、だが、これを続けなくてはいけない
今、世界は終わる瞬間を待ってる
「・・・・・・・疲れは、大丈夫ですか?」
「うん、そうね、夕方はいつも安定するからきっと大丈夫」
「じゃぁ、その時は、僕、変わりますよ、少し寝た方が」
「それは意味が無いね、あと、5,6時間でみんな永遠にお休みよ」
世界の破滅は、今、この研究所の中で
始まっている、研究所内の世界の終わりを司る何か
それが発動した、100人居た研究者達は必死でくい止めようとしたが
すぐに無駄だと悟った、今主任と青年がやっているのは
時間稼ぎだ、一手ずつじわじわと終わりに近づいていくのを
修正して、修正して、少しでも遠回りにする
「なんていうか、ちくたくバンバンみたいですよね」
「そうね、あまりハマれないけど」
苦笑いも綺麗な主任は、ぱたぱたと新しいバグを消している
これでまた終わりは少しだけ遠のく
青年も見つける、少し手間取るが、それでも3,4分は稼いだ
それをずっと繰り返す
夕方6時になった、終わりは少し休憩に入った
二人ようやく一息をつく、ともかく酷い疲労で
精神や、どこか神経までずたずたにされたような気分だ
だけど、まだまだやる気がある、やる気だけで身体は動く、頭も働く
「・・・・・・・・さて、始まるかな」
主任は呟いた、そして、多分、一等の喜びを映した笑顔
テレビのチャンネルを回す、画面には、西の球場が写る
「・・・・・・・主任、本当にこの為に」
「当たり前じゃない、私が生きてきた時間はおそらく、これを見る為に存在したのよ」
さっきまで、バグ潰しの疲労で死にそうな顔をしていたはずが
すっかり元気を取り戻して、なんだかツヤツヤしてる、凄いもんだ
呆れながら、青年もテレビ中継を見る、テレビの中では
西の球場をホームとする、トラーズと
宿敵である、ゴリアテスの試合が中継されている
まだ2回の表、0−0のまま、どちらもエースを投入し
そして球場は超満員だ
「・・・・・幸せな人たちだ」
「皮肉?」
「あ、違くて・・・・・えっと、ほら、彼らは知らないじゃないですか、もう終わるって」
小さく呟く、主任は少しだけ不機嫌な顔をした
意味が無いことだと、言いたげだ
実際そうだろう、報せた所で誰にもどうしようもない
できるのは、主任と青年が少しだけでも終わりを遠ざけておくだけだ
ガンの延命治療のような気の遠くなる、終わりの無い
いや、必ず負けて終わる闘い
「報せてパニックになったら、この光景は見られないもの」
「・・・・・・・・・主任、本気でその理由で公開を拒否したんですか?」
「当たり前じゃない・・・・・言うことに意味がないんだったら、楽しさは最大限に引き出す必要があるわ」
「・・・いや・・・だ・・・・うー・・・・まぁ、そうかもですね」
「まぁ、黙って見てなさい、今夜は最高のゲームになるのよ、この日勝った方が優勝、そんな凄いゲームなんだから」
ギラギラと主任は食い入るようにテレビを見つめた
やれやれと青年は少し席を外す、終わりを観察する
安定しているが、いつまた不機嫌になるかわからない
見逃したら、その瞬間に終わる
青年はじっと、終わりの数値を追い続ける
後ろでは、主任が歓声を上げている、序盤から
かなり白熱した試合展開らしい
ぱたぱたぱた、キーを叩いて
新しいバグを一つ消した、10秒くらいしか稼げないし、ほっといても大した問題のないバグだけど
消さないよりマシだろう、そんな感じで小さなバグを消している
「さて」
「あれ、いいんですか?まだ大丈夫ですよ」
「ん、今夜は長くなりそうだから・・・・今のウチに、少しでも稼いでおきたいの、やるわ」
言うと凄まじいスピードでバグを消し始めた
一個消すのに5分かかるが、稼げる時間は10秒程度
明らかに赤字なんだが、今はそれしか潰すものがないから仕方ない
少しでも長く稼げそうなのから、地道にぷちぷちと消していく
「しかし、本当に好きなんですね」
「当たり前じゃない、こんなに楽しい事、他にないもの」
主任の熱中ぶりは、本当大したものだ
今、世界の終わりとトラーズの優勝が天秤にかけられ
トラーズの優勝に重きを置いた結果、こうなってる
凄いことだと、青年はつくづく思う
「今、展開は?」
「ん、0−0のままよ・・・・6回まで来た、そろそろ一波乱くる感じだね」
そうじゃなくて
青年は終わりの方を聞きたかったんだが
まぁ機嫌が良さそうにそう答えられたら、それでいいか
なんて思い、自分で謎は解くことにする
目の前のモニター、わずかずつ動く数値
それが紡ぐ、終わりの機嫌、こいつもトラーズファンだったらよかったのに
「?・・・・・・・・・・・くる」
主任が静かに呟いた、青年では感知できなかった
終わりの動向、すぐにキーが走り出した
ぱたぱたと鳴り響いて、延命治療が再開する
「おーっと、ここでついに打たれました、ワンナウト満塁、ここでゴリアテスは4番の・・・・」
後ろのテレビもどうやら
風雲急を告げている、青年はすぐにバックアップの為
主任のデータの近くに寄る
「くそ、向こうもピンチか・・・・・・ここが、最初の踏ん張りどころね」
「はい、僕はこちらの方を潰しますから、これでここを抜けて・・・・」
「うん、ファーストストライクを取ったらきっと旨くいく、だってあの4番たら」
「いや、そじゃなく・・・・や、・・・・えー・・・ま、いいか、ともかくここをこう攻めましょう」
言うと青年は着席する、そして打ち合わせ通りの動きをして
暴れ出した終わりを必死になだめる、主任は
意識をどこに集中させているのかわからないが、ともかく
終わりの制御をしている傍ら、気持ちだけは既に西の球場にある
「あああーーーーここで、6・4・3のダブルプレーだ!!!、まだまだ試合は動きません、天を仰ぐゴリアテス若き監督・・・・」
「よっっしゃあああっ!」
「いや、主任、大きな声は、ま、まず」
びーーーーっ
言うなり、今の雄叫びに反応したのか終わりが
一気に暴れ出した、ま、まずい・・・・、青年は必死に
それをなだめる、強制をかけてどうにか持たせる
「大丈夫、私に任せて、君はその位置だけをキープ、ok?」
最早返事もできない
必死に額に汗滲ませて、ばたばたとキーを打つ
ただ気配だけでわかるが、今の主任は絶好調だ
そのおかげで、目の前の災難だけはすんなり回避できる
こちらもピンチを脱する形だ
「できた・・・・これで30分はもつ」
「さ、流石主任・・・・・・・・」
「当たり前よ、みんな頑張ってんだから」
「いや、混同せんでくださいな」
苦笑いをするが、主任はどうやら本気らしい
そうなると、本当トラーズに頑張って貰わないと
世界は今、すぐに終わってしまう
なんとも情けない話だが・・・・まぁ、仕方在るまい
野球の方は無事7回を過ぎて、依然0−0のまま
そして8回の裏、トラーズがついに先制点を叩き出す
1−0となって、9回の表を迎えた
青年はそれくらいの事までは
なんとか頭に入っていた、が、今、どうなっているのか
そんな事に気は廻らない、忙しくなってきた
「皮肉なものね、トラーズの優勝とともに世界が終わるなんて」
「そうですね・・・・・・・でも・・・」
終わりまで持つだろうか・・・・・・
不安がじわじわと迫ってくる、必死であらがい続けるが
ここにきて、それも厳しくなってきている、じわじわと稼いだ時間を潰していく
あと1回の表裏をどうにか持たせることができるか
主任も疲れが見えてきているらしい、精彩を欠いてる
「頑張りましょう主任、ほら、9回表を抑えたらそのまま優勝ですよ」
「そうね、私の念願が見られるものね・・・・頑張る、ありがとう」
ぱたぱたぱたぱた
知らない内に青年までも、西の球場の一喜一憂に左右されている
恐ろしい影響力だが、この際どっちでもいい
がんばれるというだけで、なんともいえない高揚感が味わえる
生きた心地をここに紡いでおけば、後悔は無いんだろう
難しい事を思いながら、ただただ叩く
だが、叩いても叩いても追いつめられていく、もう
稼げる時間も少ない
「さぁー、あと一人コールがわき起こる、ここ西のツタ球場、今、全国のファンが待ちこがれた瞬間をー」
テレビではいよいよ、後一人コールが起こっている
今か今かと、ファンたちは狂気し凄まじい声を張り上げている
ランナー1塁に一人置いて、ゴリアテス5番のキャッチャー
「ここを抑えたら」
「はい、優勝ですね」
即答した青年に、主任は少し苦笑いを返した
本当は、終わりの事を言うはずだったんだろう
一見的を外れた答えだが、どうやらうれしいらしく、そのまま
本意は告げないで、主任はただキーを叩く
省略した言葉は重すぎる
後、もって10分だろう
かーーーーん
「え?」
「うそだ」
「入ったーーーーーー!!!!!!起死回生の2ラン!!!!!凍り付く西のツタ球場!!!沸き上がる、ゴリアテスベンチ!!」
どおおおおおおおおおおお
地響きのような声援が球場を包んだ
凍り付くライトスタンド、そして、研究所の二人
地響きはなにも、球場の事じゃない
研究所が揺れる、始まりつつある
「そ、そんな・・・・・・・・」
「・・・・・・ばかな・・・・・」
二人して絶句している、しかしそんな最中も
終わりは常に発動し続けている、はっと
先に目を醒ましたのは青年だ
すぐにモニターを見て、次のバグを探す
「主任っ、主任っ!!!頑張りましょう、9回の裏があります、まだ裏があるんですよっ!!!」
「・・・・・・・・・・・・・・だけど・・・」
「主任、ここが踏ん張りどころですってばっ!!!!必ず逆転します、それまでの時間を」
「・・・・・・そうね、私が負けたらダメね」
そしてまた戻る、さっきまでより
明らかに不利で、さらに忙しい
10秒を抗うために、命をどれだけ削らないといけないのか
二人はもくもくと、流れるナイターの声をバックに
終わりと向かい合った
絶望的な展開だ、繋がるのは下位打線
目の前の悪夢は、もう手が着けられない
今生きる時間を弾く為だけにしか
キーをたたけない
「あああ・・・・・簡単に2アウトを取られてしまった、どうしたトラーズ、このまま終わってしまうのか・・・」
絶望は後ろの方からも
ひしひしとやってくる、当然のように
それに呼応して、こちらの対応も悪くなってる
悪循環はずぶりずぶりと、終わりに荷担している
「く、くそ・・・・・・あと、あと一人分の時間、あと・・・・・」
呟く青年をよそに
思いの外ゆったりとして、主任はキーを叩いている
ぼーっとしているような風情で
「ねぇ」
「は、はいっ」
「・・・・・・・ゴリアテスが優勝するくらいならさ」
ぱたぱたぱたぱたぱた
「このまま」
ぱたぱたぱたぱたぱた
「世界がおわ・・・・・」
「そうだっっ!!!!!!」
呟く主任の声をかき消して
青年は大きく叫ぶ
「僕が、ここからここまでを潰します、これをトータルすると30秒になります
この水増しになる30秒全部を使って、主任はここを潰してください、これで2分稼げます」
虚しい
そんな色さえ帯びる声
青年は終わりに酷く怯えている、だけども
男だから、好きな人の前で泣けるかバカ野郎
そんな具合で、まぁ、好きな人なんてのは
この際本当、どっちでもいい事なんだけども・・・・・・
言い訳ばかりは、途方もなくやってきて
ただただとりとめもなくなっていく
守りたいのはなんだ
主任の笑顔
主任の喜び
トラーズの優勝?
「全部か」
おおっと、ここでフォアボール、さぁベンチがざわめきます、ここは当然代打でしょう
「くる、代打」
さぁ、ここで当然のようにして勝負師がボックスに入ります、最高の舞台に最高の役者が、今
「主任っ!!!!」
「大丈夫、絶対にっ」
ぱたぱたぱたぱた
少しだけ思った
もしここで終わりが伸びて、トラーズが優勝を逃したら・・・・
こんな不安を抱えているのは
青年ではなく、主任の方だ
「主任っっ!!!!!!」
間に合わない
目の前の終わりは、いよいよ活動を始めた
じわじわと、にじむようにして終わりが広がる
近くのものから次々に、終わっていく
「そんな、主任っっっ!!!」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「代打、川藤ボールを良く見ています、カウント2−3、さぁ最後の一球、ピッチャー首を縦に振る」
広がり始める終わり
後ろのゲームの終わりも近いが
それより先に、こちらが
「大丈夫っ、これで30秒っ!!!」
「え?」
主任が叫んだ、驚く青年
確かに目の前の終わりは、止まっている
なぜ
きぃーーーーん、
「打ったぁああああああああっっっ!!!これは、これは、これは、これはっっ!!!!!!」
アナウンサーの声が木霊する
主任は振り返って、それを見ている
青年も知らず吸い込まれている
目の前では、まさにサヨナラの場面が映し出されようとしている
白球は大きく空に舞い上がり、ドームにはない
真っ黒な空に向かう
やった・・・・・・・
大してファンでもなかったが、言い得ぬ感慨がやってくる
達成感?なんだろう、なぜだか凄くうれしい
この気分、味わった事がない・・・・・・・
どうしてだろう
ふと青年は疑問を浮かべた、不可解だ、腑に落ちない
そんな疑問を浮かべた、研究者の癖なんだろう
現状それで良くなったという事で満足できない
全てに説明がつかないと
僕の計算が甘かったんだろうか
だから主任は、別の方法で時間を稼いだのか
いや、終わりは確かに始まっていなかったか
目の前では、打った選手がホームを踏んだらしい
瞬間、青年に優しいぬくもりが覆い被さる
柔らかな感触と、少しヨレた白衣
わずかに甘い匂い
歓喜と同時に溢れたこの感覚
青年は答えを見つけたが、どうだってよかった
これが終わった光景なのかもしれないとか
彼女の望んだ風景なのかもしれないとか
自分が望んだ最後なのだとか
甘い匂いに、力が抜ける、幕切れは最高の形で
劇的な、サヨナラゲームだ
fin