姉SS

ラスト ア デイ ”ハ”タンチョウ(Cマイナーキー)


なに、そんなに深刻な話じゃない
よくある、噂話が本当になっただけのこと

「まったくもって、なんで今年、それも・・・・・・予言通りなのかしら」

隣の女性は、もう何度ともわからない
小さな愚痴と、甘いため息を漏らした
高校生ぐらいの男の子と、女子大生という感じの女の子
二人は、のんびりと、部屋のテレビを見ている
いや、のんびりでもない
女の方は、深刻な顔つきだ、なんせ

まもなく、世界が終わるらしいので

よくある話だろう
終末というのが訪れるという、いつぐらいからか
世界の崩壊を望む人達の間で
伝説とされてきた事象が、いま、まさに迫ってる
だから、女の方は悲嘆にくれている
男の方は、まずまず、そんな所だろうという感じで
現世的な、この世に特に未練の無い
よくいる高校生だろう、毎日はくだらなく過ぎていて
いざそれが終わっても、特に問題は無い

卒業式みたいな区切りと一緒かなぁ

男の方は終末をそうやって捉えたらしく
別段、いつもと違った感じは無い
実際、そうだと理解した当初は、酷い狼狽とわからない哀しさがあった
けど、それも少し過ぎてしまえば
なんてことは無かった、いや、結局男の方は
現世を楽しんで無かったんだろう、どうやら周りのクラスメート達は
どこかで、少人数だけども寄り添って、泣きながら
終わるのを待ってるらしい

「でも、不思議ですよね、ほら、暴動とか凄いかと思ったけど」

男の方は、悲嘆にくれる女を
特に気にした風もなく、当たり障り無い話題を紡いでいる
ひがな一日だ、じわじわと、そう、残暑が残るこの頃
空は青々と広く、酷く蒸し暑い、日本の特有の夏だ

「・・・・・・・・どうでもいいわ、・・・・多分、そうやって思ってる人が多いからだよ」

女の方は、どうやら未練たらたらで
何を聞いてもこんな具合で、男はなかなか会話に骨を折っている
二人だけで、ぼんやりと過ごす夏の日
こんな事になるまで、知らない二人だった
気付いたら、本当に仲の良い人というのだけが集まって
小さな、小さなコミュニティを作り
その小さな世界で、みんな辛うじて平衡しているらしい
二人はそれに取り残された

そういうのが無かった
いや、あったのかもしれないけど
執着が無かった、いわゆる、シングルライフ

「まさか、こんな形で付き合いの悪さが祟るなんて思わなかったなー」

いつもつるんでた奴らは
つるんでた奴らだけで固まって、どこかにひきこもったらしい
終わりが発表されて、どやどやとした学校
最後までその教室に通い続けたのは
彼だけだった、みんな、誰かとどこかへ行ってしまったらしい

「最後の学校は面白かったですよ、本当、俺しか居ないんだよクラスに」

からりとした笑顔は、微塵の後悔も無い
取り残されてようやく気付いた
自分の世界
まぁ、1000人近い若者が一所に集まるという、異種空間
何人か同じようなのが居たみたいだけども
それはそれで、その傷を舐め合うようにして
ぎこちない人付き合いにこもっていった

それでも一人を通したのは、かなりの少数だろうか

いや、本当は学校に来なかっただけで
みんな部屋に一人なのかもしれない
NTTは働き者で、未だに電話は繋がるらしい
時折、サーバー障害が出るとか、大変な賑わいを見せていて
たまに鳴ると、広告メールだったりして
世の中、全然終わる気配が無い

「・・・・終わるのもあと数時間みたいですね」

ごろりと男はそこに寝そべった
膝を抱えて寂しそうな女は、目の前の砂嵐しか写らないテレビを
ぼーっと見てる、未練はこの中にあるらしい

「ねぇ・・・・・・本当、落ち着いてるけど、名残惜しいとか無いの?」

「無いですよ」

もう5度目の会話だ

「みんなそうなのかな?」

どうかな
ぼんやり思って、抜ける青空を見上げる
澄み渡った青は、脳味噌を浸食して全てを寛容に赦す心をくれる
細かいこととか気にならない

名残

女の方は、なにぶん今に凄まじい未練がある
男とはまさに逆だ
執着から逃れられないらしい、まぁその執着が

「・・・・・・今年こそ、優勝だったのに・・・・ついてないな」

出会って1日弱になるだろうか
この言葉を5分に一度、いや、もっと短いスパンで呟く
女の方はある野球チームのファンらしい
なるほど見てみれば、Tシャツの上には縦縞のユニフォームをあしらったハッピ
メガホンまで隣に置いてある、どこからみても野球ファンだろう

「今年は、凄かったですよね、トラーズ」

男がやんわりとそう言った
すると、女は言葉にわぁっと泣き出す
最初は面食らったものだが、慣れてみるといじらしい
というか、そこまで打ち込めるものがあるのは
うらやましいとまで、男の方は思う

「そうなのよ・・・・・ゴリアテスとデッドヒート、マジックだってあと5つとかいう事だったのにぃ・・・・・・」

ちなみにカレンダーによると、今日は9月3日
女の方いわく、決戦は14日だったらしいんだが
それを迎える一歩手前だろうか、一番盛り上がる所で
永遠のおあずけに入ってしまったらしい
テレビは、はるか西のツタの這った球場は、遠い遠い世界になってしまった

「・・・・こんなに待ったのに・・・・・いや、私だけじゃないはず・・・絶対に・・・・」

口惜しそうに呟く
真剣な表情と、辛く重い調子は
笑えない程、純粋で神々しい

「でも、本当、トラーズが優勝する時が世界の滅亡って」

「都市伝説じゃなかったのね・・・・・最悪だわ」

多分、都市伝説という言葉は間違ってると思うが
男の方はうまいことそれを説明できない
とりあえず、話を合わせたようにして、他愛なく転がす

「今年は絶対優勝の年だったのよ」

「ああ、友達にも居たけど、みんなそうやって言いますよね、5月くらいまで」

「違うってばっ、今年は凄かったんだって、けが人も少なかったし、ファームも充分育ってたしっ」

「だけど、ほら、夏場のロードでいつも・・・・」

「今年はその前に凄い貯金があったから、乗り越えた後も見られたのよーっていうか、絶対優勝だった・・・・」

そこで言葉はとぎれて
また口惜しいのか、しくしくと泣き出した
不思議だと思う男、これだけ飽きないで同じことを考えて
打ち込んでられるのは、本当、不思議で仕方ない

そうなると、一つ疑問があった

「ねぇ、なんで・・・・一人なんですか?」

「?・・・・それは、私も聞きたいわ、あなただってそうじゃない」

「僕は・・・・・・まぁ、そうなのかな」

考えるのが面倒になる
なんだろう、些細な問題なのかなとも男は思う
やれやれとした仕草のあと、女は答える

「なんでかな・・・・って、まぁ、応援してる時はたいてい一人だったからね」

寂しそうな横顔は
砂嵐のテレビ画面をじっと見つめた
光線が瞳に反射して、不思議な色を成している

「でも、よかったかもしれない」

「どうして?」

「なんていうかな、私がいつも感じてた一体感は、応援じゃなくてフィールドだったから、一緒に応援ていうのは・・・・」

「・・・・・・鬼監督好き?」

「そういうんじゃなくて」

平仮名の旋律が薫風よろしく巡った気がした
なんだろう、透明感がある
さぁっと、その言葉以上の快適さをほこる涼やかな風が部屋を舞った
残暑に、一抹の涼

10番目

そんな言葉を思い出した
いや、本当はあれだ、12番目ってのが本当のはずだ
サッカーチームの、弱い、赤いチームの
サポーターがそうだった
そういう気分の事を言ってるのか
自分をそこに投影して・・・・

少し考えたが、難しい単語ばかりが先行して中身がなくなった
頭ばかり大きくなった弊害だ、男はやれやれと考えるのを辞める
そもそもこの男に、理解できるわけもない、が
ただ、壊したくない、いいものだ
なんてのを感じた

「?」

「さ、てと」

ふいに女が立ち上がる
ぽんぽんと別に汚れたわけでもないだろうに
尻を二つほど叩いて、身体を前後左右に伸ばした

「どうしたの?」

「いや、なんていうかな、西に行こうと思う」

「西?」

「そう、こうなったら終わるまで、少しでも近づこうって」

「そりゃまた」

「そういうわけで、短い付き合いだったけど、お別れね、ここに居るんでしょ?」

言われて、うんともすんとも言わなかった
男はどっちでもいいと思ってる、動く理由もないが
居続ける理由もない、強いて言うなら、一刻も早く
オワってしまえばいい、中途半端に残った時間は
使い道に困る、とまで思ってる

表情に出てるだろう、女は少しだけ残念そうな顔をして
ぴらぴらと手を振った

「話し相手、ありがとう、なんていうかな、とみに久しく、うれしかった気がするよ、じゃぁね」

メガホンを片手に
不思議な格好をした女は、そのまま残暑の陽炎に消えていった
酷く蒸し暑いと、そうなってから男は初めて気付いた
相変わらず、テレビの中は砂嵐がきらきらしている

「セミ・・・・・・・・・うるさかったのか」

突然、思い出したように耳に様々な音が自覚できた
ゆとりができた?いや、なんだろうか
随分と身が軽くなった気がした

ありがとう、うれしかった気がするよ

ああ、そんな事を言われたからか

気付いた時には、すっかり、ざまぁ無い
ぼろぼろと大粒の涙は頬を濡らして
しゃくりあげるわけでもなく、ただ、身体だけが泣いて
心の中は普段のまま

そうだ、随分前に忘れた、涙だ、これが

時間が経つ
女は、どれほど西に進んだのだろう
男はそれだけを考えて、小さく呟く
感謝は、むしろ、僕の方だった

だからって、何もしない、ざらざらしたまま
最後に生きた感じがした、多分それでいいんだろう
ふさわしい最後は目の前だ

望み通りなんだ

じじじ、セミが飛んだ、もう終わる



「西は、こっちだね、太陽に向かっていけばいいのか」

女はこんがりと焦げるような陽射しを浴びながら
ただ歩く、どうやって終わるのだろうとか
そんな事は考えない
テレビが砂嵐になった瞬間に、世界は終わったようなものだ

傾きかけた陽射しは、少しずつ赤みを帯びてくる
それに照らされて、なんだかぼんやりと身体は暑くなる

男の事を少しだけ思い出した
なんて可哀想な人なんだろうと
打ち込むことすらできなかったからなんだろう
もし自分に、トラーズが無かったら

多分、あの場に留まった、同じ仲間だったんだろう

その程度の違いで
私はまた、ひとりぼっちになったんだな
少しだけ、寂しいと思ったけど
西に向かうだけで、満たされる
チームの誰も私を知らなくても、私はチームを誰よりも知ってる

だけど、それももう無い、知ってくれる人は今、別れた

もう充分だ

ビッグエッグを背にした頃に、どうやら世界が終わった

fin

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