姉SS

チェリー ブルース


桜は散るぐらいの具合が一番いいと思う

「どうしたの」

「うん、風が気持ちいいから」

僕の部屋のパイプベットの上に
姉さんは静かに座っている
窓が一つあって、それが開け放たれて
僕には似合わない、少しレースのきいたカーテンが
時折、ひらりひらりとなびいている

「それより、もうおしまい?」

「あ・・・・・ごめん」

姉さんが僕に言う
慌てて思い出す
そうだ、今はブルースコードの練習中なんだ
あぐらをかいて、安物のギターを構える僕
そして、また練習の最初から

「そう・・・・・だいぶ、チェンジが旨くなってきたよね」

「姉さんの教え方、上手だから」

「でも、まだまだ、早く私の唄を載せられるようにしてね」

優しい顔がそうやって言った
言われるままに、ただただブルースを奏でるために
僕はギターをかき鳴らす
ビートに拘りすぎて、難しいことばかりをしようとしてた

「8ビートでいいんだよ、むしろ、そうじゃないと良さが滲まないよ」

「そういうものかな」

「この3コードは最強だもの、ビートルズだってこれで曲を作ってるしね」

「・・・・・・でも、なんか恥ずかしいんだ、16ビートを弾いてないと」

情けない顔で僕は姉さんを見る
姉さんは、相変わらずベットの上だ
春の風をそよそよと受けて、少しだけ茶色に染めた長い髪が
レースのカーテンなんか目じゃないくらい、綺麗だ

「若いよね、貸して」

「うん」

渡すと、姉さんは静かに弦をつまびきはじめる
静かに、弦が鳴く
ギターから、音がこぼれるみたいに
ぽつ、ぽつ、ぽつ
時折、きゅぃきゅぃと弦を渡る音を混ぜて
ブルースコードが進んでいく

「どう?関係ないでしょ?」

「そうだけど・・・・・・姉さんだからだよ」

姉さん綺麗だし
そんな事も言いたいけど、そんな事はどうでもよくなった
姉さんはまたギターを僕に返す

「しかし、殺風景な部屋だよね」

「男の子の部屋ですから」

「ってことは、あれかな?ベットの下に」

「いや、今時そんな・・・・」

事ある
まずい、ちょっとだけ思った
気付いたのか、にやりと笑うと何もしないで
また視線は空に逃げた、横顔が一等美しい
鼻からアゴにかけて、そして喉へと伸びるライン
柔らかさがあって、すごい好きだ

「ん」

「?どしたの?」

「桜が咲いてる」

「ああ」

目は庭に行く
一本の大きな桜がある、多分ソメイヨシノなんだろう
柔らかい色が、こんもりと広がっている

「夜になると薄明かりが灯ったみたいになるんだ」

「なんだか、怖いのね」

「そうだよ、だって」

「埋まってないわよ、きっと」

姉さんは僕の先を行く
会話はそこで止まり、僕はまたギターで話すことにする
精一杯に練習をして、一度でいいから
姉さんの声を載せたい、そう思いながら僕はずっとギターを掻く

「・・・・・・・・ねぇ」

「?間違えた?」

「そ、じゃなくてね」

言葉を溜めてる
姉さんが声を降ろしてきた
僕は弾く指を止めた、びぃんと微かな音が空気を揺らす

僕と姉さんは
歳が離れてる、姉さんは僕よりも4つ上だ
姉さんは大学生だし、僕は高校生だ
いや、この桜が散る頃には、僕が大学生で姉さんは出てしまう

「好きだよ、姉さん」

「うん」

「好きだ」

「もっと」

「大好きだよ、姉さん」

僕は真っ直ぐ言う
姉さんは困るらしいけど、その仕草は嫌とは別だと言っていた
おおよそ成熟していたから、僕はなんとか姉さんに
好きだというのを伝えたつもりだった
でも、ゆるやかにシーツのしわが増える度に、汗がにじむ度に
寄り添う度に

寂しさがわかる

さなかに僕は何度も言う
それを姉さんは何度も促す
春の陽を受けて、レースのこちらで
僕と姉さんは、どうにも困っている
嫌じゃないけど困る、困りながら二人、何度も寄り添った

「ギター、もう一本あるよね」

「え、あるけど」

「貸して」

パイプベットの上で姉さんの言うままに
僕はギターを二本用意する、一本は僕の練習用
もう一本は姉さんから貰った特別

「いい?ブルースコードを8ビートで・・・」

「うん」

言われて、ベットの下の僕はまたギターを抱えた
春の陽は温かいけど、裸にぴとりとギターのボディが冷たい
練習通りに、いや、今までで一番のデキで
僕のブルースコードは、走り始めた

「そう・・・・・・・・・いくよ」

唄うようだった
多分、ただのかけ声だったんだろうに
それすらも、音の楽しみに聞こえた
僕のギターに、姉さんの音が載ってくる
重ね合う喜び、今さっきの、それとは違う
溶け合う感じ

僕のコードに、姉さんのソロが載る

「!」

「ダメだよ、ちゃんと、8ビートで」

「う、うん」

夢中になった
僕のコードは、少しだけ震えながら精一杯に走った
そこに姉さんのソロは、踊るように載っている
初めてのユニゾン、凄い
言えるような感動じゃない、繋がり逢う、僕と姉さんが
そんな気すらしてしまう
なんて、楽しいんだろう

「どう?」

「・・・・たのしかった」

惚けた返事で僕は、言葉以上に喜びを伝えた
姉さんは満足そうにギターを僕に返した

「唄を載せるのもいいんだけど、本当に楽しいのはギター同士だって、私は思うよ」

「僕も、そう思った・・・・・凄い、楽しかったんだ」

「旨くなると、ソロが交錯するようになるんだよ」

「交代するの?」

「そう、そしてね、最後にはワン ナイト スペシャル」

「JAZZ?」

「そう、一夜限りの二度とない出会い」

姉さんは微笑んだ、綺麗だけど窓から覗く桜と同じ色
なぜだろう、どこか寂しい
がらん、音を立ててもう一度抱き締めた
青空に白く映える桜
僕のベットに熔ける姉さん
空洞が音を紡ぐギター

「好きだよ、姉さん」

「うん」

「大好きだ」

「解ってる」

「本当に好きなんだよ、姉さん」

「私もだよ、好きだよ」

姉さんから初めて聞いたその言葉は
本当に心地が良くて、本当か嘘かとか関係なく
その語感が僕にはたまらなかった

相変わらず外の光りは柔らかく
薄暗い部屋の中は、少しだけうしろめたい
窓を開けると、春の風が入ってくる
レースのカーテンはいつものようになびいて

なぜか、僕も姉さんも、泣いていた

「どうしてブルースなんて弾いたの?」

「基本とか、便利とか、そんなんもあるんだけどね・・・・一番はね」

「一番は?」

「似合うからだよ・・・・・こんな気持ちは、ブルースしかないじゃない」

姉さんは泣いても綺麗だった
桜は、今を咲き誇っている
静かに、散る日を待つ
咲いてしまうと、散るしかないから

りーん、ごーん、りーん、ごーん
チャペルの音は騒々しい
退屈な式に僕は参加している
道々の桜は、もう散っていくばかりだ
一週間だけの栄華は、本当に綺麗だけど、凄く儚い

「・・・・・・・・・・あ」

花嫁は僕に気付いたらしく、小さく声を出した
喝采の中、桜の中を歩いている
僕の目の前に花嫁は来る、感極まったのか「また」泣いてる

「おめでとう」

「・・・・・・ありがとう」

「綺麗だよ・・・・・・・・義姉さん」

言った僕も、どうしてか、笑いながら泣いている
一週間の命が散っていく
儚い桜は、風が吹く度にひらひらと舞っていく
僕は帰ってギターを弾くだろう
一人で弾くギターは、散り際の桜に似てる
どんなに綺麗でも、何か儚い
だから

桜は散るぐらいの具合が一番いいと思う

散ってしまえば、こんなに寂しいのだから

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