姉SS
beat tone [ 拍←→鍵 ]
どんどどど、どだだだだ、だだど、しゃんっ
ドラムスの千果は、世界でも上位にランクイン出来るんじゃないかというくらいの
リズム感の持ち主だ、なんでも産まれた時にいきなり8ビートで泣き出したという
興味深い逸話の持ち主だし、事実彼女の刻むビートは、他の誰よりもスリリングで
まさに、曲を小節に刻んでいる、ドラムスとして感性がほぼ成熟した状態にある
じゃーん・・・・・・ガー、ザザー・・・シャーン、ポーン、きぃぃん
ギターの陽明は、産まれながらにしてこの世の音という音を全て音階で表せる
絶対音感の持ち主だ、幼い頃からそういう教育を受けたらしく、全ての鼓膜を震わせる
振動を音という形に言い換える事が出来る、小学生の頃に友人の声がシ#で始まる事を
言い当てるという全く役に立たない指摘をしては、袋叩きにされるという悲惨な過去を持つ
いわゆる、宝の使い方を大きく間違っている人間でもある
「OK、こっちは出来た、陽明わ?」
「ん、チューニング完了、いつでもいける」
「Ready?」
「Start」
二人で見つめ合った後に、千果がリズムを刻み始める
開始は8ビート、細かくオカズを入れつつ、本章に入る
ギター入り、チューナーを通したクリーンを存分に発揮した
水を連想させる美しい音が、ドラムに載っかる
ここまでは完璧だ
8小節目、千果がノってきた、リズムがブレないまま、激しくスイングする
ダダドダスダスダダダダドダスダスダダダダスダスダスタタタタスタスタスタ
下手なJAZZよりよっぽど、スマートなリズムが走り抜ける
聞く人間を虜にして、自在に操るように、スレイヴと称される、魔のリズム
だがそのリズムに陽明が振り落とされた、リズムに載っていけない
ぽーん・・・・・・・・
だだすたたたた・・・・・・・・
音が止まる、曲が壊れる
いつもそうだ、曲が始まってBメロに入る頃には沈没してしまう
しゃん、千果が乱暴にスティックを叩いた
「っっっっっっっっっっっっっっっっっったく、何であんたはいつもノってこれないのよ、この馬鹿ちんっ」
「っっっるせぇぇぇええええっっ、てめぇこそ、なんだ今のわっ、4つで叩きつつ、バスドラを3つで刻むな
意味わかんねーんだよっっ」
二人が激しくがなりちらす、スタジオの中なので当然音は外に漏れないから
どうってことはないが、ガミガミと二人で罵り合う
「なによ、あんたが偏拍子やりたいっていうから、色々試行錯誤して、初歩的な8ビート基準で作ったんじゃないっ
やりやすいようなの考えてあげたんでしょ?なんでわかんないのよっ
4つの曲を3小節行けば、お玉が12個並ぶじゃない、そこをバスだけ3つで
叩いていくと、4小節分で12個目のお玉、んで4つの3小節と合うでしょ!?そこで合わせていくのよっ」
「わけわかんねーこと言うな馬鹿ムスメっ、3つで叩いた4小節目の意味わかんねぇタメとかなんだよ」
「そこが偏拍子導入部じゃないの、何いってんの、アホタレ、ポンコツ、すっとこどっこいっ」
「だとこらっ、少しは俺の音に合わせろって言ってんだろうがっ、だいたい走りすぎなんだよっ
俺のCが入って、Dmにかかるとっからだつってんだろがっ
つうか、俺が求める偏拍子ってのはだいたい、8の8で来たのが、急に8の7になって、すげいスリルが背筋を走る・・・」
「あんた、8の7なんて刻めないじゃないのこのヘタレ、頭だけで覚えた知識で吼えるな」
「だああああっっ、やってられっかっ」
火花が飛び散るスタジオの中
二人は完璧なる才能を持っているが、どうしようもない欠陥も持ち合わせている
千果は、音感がゼロ、先天性音感障害(自称)、つまり音痴なのだ、聞いた音を
そのままなんなのか当てられないどころか、音の高さを比べられない
じゃーん、と音がしたら彼女にとってそれは、じゃーん、でしか無いのだ、CとかGとか
そういうコードなどわかるわけもない、どっちが高い音かなど、彼女に理解出来ない
それ故に、他の音を聞き入れず一人走りすぎてリズムだけ先走ってしまう癖がある
一方、陽明はリズム感が限りなくゼロに等しい
幸い人間というのはリズム感だけは、鍛えてなんとかなるので、千果の音感に比べれば
やや使える節があるが、5年をかけてようやく8ビートをマスターした彼
ギターとして致命的である、16ビートを刻めない病に悩まされている
彼にとって、音楽は音が並んでいる事で、その音の出ている長さが違うという形でしか
曲を知覚出来ない、曲全体を拍子に刻むことが出来ないのだ
つまり、ソロは弾けるが(それはそれでヘタレだが)バッキングは出来ないギターなのだ
本来ならば、このほかにヴォーカルと、ベースが居るのだが
この日は二人しか予定が合わなかったため、こうなっている
ヴォーカルとベースが居るときは、その二人が実に鮮やかに
陽明のギターを導いて、また、千果のドラムを抑えて
バンドとしての一つの音を奏でる事が出来る
だが、二人だけでは
学園祭バンドにも成り得ない、重奏なんてもっての他
二人とも、いわゆるバンドマンとしては失格だ
「・・・・・・・・・・・・・・・・・あーあ、どうしようもないわね本当」
「こっちの台詞だ馬鹿野郎・・・・・・つうか、あの二人が来ないのがそもそも間違ってんだよ」
陽明がふてくされる、一息つくようにして千果は手元のペットボトルを手に取った
なんともいえない間が、スタジオに訪れる、音が漏れないって事はつまり
音を出さなければ、無音状態なのだ、スタジオは静寂と慟哭のどちらかしか存在しない
ペットボトルの水を、美味そうに飲むと
叩きつけたスティックを拾い上げる、そしてチューナーの前で
難しい顔をしているギターに近づく
「ねぇ、陽明」
「なんだもうヤルのか?まだ音合わせオワってねぇ」
陽明がややきりきりしながら、千果にがなった
いつもの事なのか、さほど気にとめた事もなく
千果はその様子を無視して、自分の真意を伝えようと表情を破る
「いや・・・・そじゃなくてさ・・・・・・・・」
「・・・・・・あんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・?」
「・・・・・・・・あたしね・・・・・・・結婚する」
「・・・・・・・・・・・・・」
「驚いた?」
「知ってたよ、ばーか」
陽明はドラムに背中を向けたまま、もくもくとチューニングと
アンプの設定をいじっている、余念がない
背中越しに聞く、千果の声が、F〜Gのあたりをうろついている
とか考えながら、自分の音を作るのに必死になっている
「ふふん、惚れた女が嫁に行くってのはどういう気分かしらね、陽明クン」
「・・・・・・・・・・・・・・・別に、俺がフられたって事実がはっきりしただけだろが、どうでもねーよ」
べんべんべん、6弦の音をひたすら弾き続ける
音がブレるのが気になるようだ
「・・・・・・相手が誰か知ってる?」
「本人から聞いたよ、せいぜい幸せになりやがれ、ありゃ、俺の3億倍は甲斐性があらぁ」
ぶっきらぼうに陽明が答える
千果は、特にさしたる表情を持たずに話しを続けようとする
ふと陽明は、その様子が、彼女の努力によって続けられているような気がした
意図がある?そう思って、ようやく手元を休めた
「なんだよ」
「どうだった?」
「なにが」
「あたしとの3ヶ月たらずわ」
「なんだ今更・・・・・・・・・・だいたいお前とのつったって、俺が一方的に口説いてただけじゃねぇか・・・・」
「そりゃそうか」
からからと千果が笑う、笑顔がどこか寂しそうに見える
いや違う、他動詞、見せている
その千果がペットボトルを、ゆらゆらさせて、アンプの上に腰を下ろした
陽明も、近くにあったパイプイスを広げてそこに座る
ボトルを手渡された、躊躇なくそれに口をつける
きゅぽ
「あたしはねぇ、まんざらでも無かったよ・・・・」
「っへ、何言ってんだ・・・今更」
「・・・・・・・・・・・今更だけどね、うん、あんたのほうが遅かったのよ、コクってくんのさ」
「・・・・・・・・・・・・・」
「ifってのは好きじゃないけどね、あんたが・・・・・」
ぎゃーーん、開放弦が不器用に鳴った音に千果が驚いて前に視線を飛ばした
そこにイスに座ったまま、ギターを手にとった陽明がある、当たり前のようにチューンを少しいじって
顔を上げた、その口が言う
「聞け、新曲だ」
千果は、尻の下のアンプが吼える感じを覚えた
びりびりと特有の振動が痒くなるようなしびれを起こす
綺麗なギターの音が流れた、それは、4拍子
「・・・・・・・・」
黙って千果が聞いている、陽明が必死に歌い上げる
彼にとって、ギターを弾きながら歌を唄うなどというのは
自分の領分を越えた、難題だ、苦しそうにしながら歌い上げる
だがその姿は、それ以上に性的な魅力をにじみ出す
「・・・・・・・・・・・・あんた、歌、歌えたんだ・・・」
「へへ・・・悪いがお前と違って、俺は音のコピーなら聞くだけでなく出す事まで誰にも劣らないんだよ」
陽明の歌は確かにクリアだった
音が凄く綺麗に出ている、確立された音階がシンセから出ているように
わずかなビブラートをきかせて、こそばゆいような震えが、魅惑を引き起こす
ヴォーカルとしても充分素晴らしい才覚だ、が
「・・・・・・ふふん、でもスイングが足らないわね、そんなんじゃ路上止まりじゃない」
「充分だ、この歌、聞かせる相手が一人の時って決めてんだ」
汗がアゴを伝い、陽明から湯気が上る
姿と台詞が千果の女を刺激した、だけども
「・・・・・・・心に響くなんてーのは、ムードにダマされてるからだって話
ムード作るのに、どうやったってスイングは必要よ、残念ね」
千果の声はかすかに震えている、理由はわからない
陽明がボトルの水を飲み干した
「知ってるか?スイングが激しすぎると、全てが振り落とされるんだ」
「だけど、足らないのは退屈じゃない」
「乗り切れない奴は、やきもきしてだんだんそれがイヤになる、スイングを嫌悪するんだ」
「それは足らないからよ。与える方は振り落とそうとしても、そこにしがみついてくる姿が好き、
聞く方だってしがみつくのが好きなはずだもの、潜在的に、産まれた途端に決められた、求愛するモノよ」
「・・・乗れる奴を選ぶのは悪いとは思わないが、相手は、自分の世界に居る奴ばかりじゃない」
「自分の世界に引き込みたいんだもの、間違ってないわ」
「・・・・・・・・・・・・・・好いこと教えてやるよ」
「?」
「背が高い奴ってのは低い奴の事に気付かないけど、低い奴は高い奴の事がイヤでも視界に入りがやるんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・なに?アイロニィ?」
「お前の言う世界は、お前だけの世界であって、他の世界と共有を拒んでいる、足下が見えてない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「わかるんだけどな、お前の高いレベルの世界。だけど憧れるだけで入り込めない人間は居るんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「つまりな・・・・・」
ギターを置く
「・・・・・・・・俺が後になったのは、結局、お前のリズムに乗せてもらえなかったからだよ、ばーか」
陽明が、それだけ言うと便所に行くと残して
一旦個室を出た、がらん、そういう感じで表されるスタジオで
千果が残る
「そうか・・・・・・・走りすぎてたのはあたしなのか・・・・・・」
不思議と口元が笑った
だけど、目元から大粒の涙が流れた
リズムが合わないってのは、つまり、こういう事なんだ
ドラムだけで曲が決まるわけじゃない、ビートは楽器が重なって作られるものなんだ
ソロだけじゃ、ビッグバンドの意味がないものね
お互いが好き勝手してるだけじゃ、音楽にはならないんだ
お互いを意識して、お互いに乗り合う事で、音楽を産むんだ
理解からくる涙をこぼしながら、スティックを握った、千果は小さい音で刻む
つくつくつくしゃん、つくつくつくしゃん、つくつくつくしゃん・・・・・・
スタジオの中で、切ない4ビートが産まれた
扉の外で、それを聞きながら
陽明も泣いていた、声は、ドラムと防音壁が守ってくれたから誰も聞いてない
お互い聞こえない、気付かない、知り得ない
二人が同じ歌を唄っても、壁がそれを隔てていた
重いドラムの音だけが微かに漏れた
「・・・・・・よう、しっかり休んだか馬鹿女」
「はん、あんたこそトイレで何してたのよ、こちとらすっかり暖まってるわよ、アホ男」
陽明が調子のいい顔でスタジオに戻る
待ちわびたように、千果がドラムに座る
薄暗いスタジオで、二人が各々の楽器をなだめる、扱いこなすために全霊をこめて
二人がセットに入る
ぴんとして、二人で視線を合わせた
呼吸を揃えるようにして、拍動を整えるようにして、二つが一つになるように
「・・・・・・・・・・ok.get set.」
「・・・・・・ready,」
リズムってのは、乗っていくだけじゃなく、載せていく努力も必要なわけだ
ed
さして重要でないコメント
陽明→人参の品種名
千果→ミニトマトの品種名
偏拍子に関する記述→大間違い