斬り


「全ての異形は、人間の下に作られた」

かつかつかつ、音高く
黒い瞳の男は歩く、すがら
傍らの男に言い聞かせる

「それなのに異形という存在が、跋扈することがまかり間違っている」

「・・・・だから」

「そうだ、あれを父親と俺は呼ばない、異形だ、片目が琥珀などと、梟の血を引く異形だ
まして、神殺しなぞという【大罪】を背負っている、幽閉、そして封印して当然だったのだ」

言い聞かせる
誰にか
黒い瞳は、微かに震えている
側の男はそれがわかるが、決して指摘なぞできない
今、時勢はこの黒い瞳に傾いている、側の男はそう信仰した
自らの父親を罠にはめ、権勢の最も高い位に座り
帝に己の信念を叫ぶ男

「異形は、居きる価値がまるでない、強いて言うなら我々の糧となるくらいだ」

全ての異形を忌み嫌い
自らが、人間が最も貴い生き物だと説き続ける
狂信的なまでに、それを貫く姿は
禍々しい色を帯びて、黒い姿、黒い瞳はより深みを増す

全てこの男が描いた図面にそって
闇の鬼騒動から、現在までは演じられた
帝に命を降ろさしめたのも、神を殺させたのも、女を城に迎えたのも
この男の図案に沿った結果だ、狡猾に攻め手を緩めず完遂しきってきた

「戦争は手駒の優劣が決め手じゃない、桁外れの力が一つあるくらいで
戦況は変わらん、そんな簡単な話じゃ無い」

男は語る
言うことは事実に基づいている、桁外れの力である父親を
数と策で圧倒した、無力な女も殺した、目障りな瞳はえぐりとって投げ捨てた
まるで道徳が無い、ケダモノよりも劣る
父殺し、姉殺し
そうやって侮蔑を交える輩に笑いかけた

「俺は、異形を殺しても人殺しはしてない、そうだろう、俺は存外正しいんだ」

黒い瞳はおびただしい何かを写している
どろどろとして粘っこいそれは、瞳の裏側を
ずっとめぐっている、美しい漆黒のガラス玉には
どの水晶よりもはっきりと、相手を映し込む

映し込んだものが気に入らなければ、それなりに振る舞う

人間以外には、何一つ容赦を覚えない
寛容はほど遠い、凝り固まった自らの富貴を親しみ
それ以外の規格外を疎む
黒い瞳に、小さく光が映り込んだ、城の方向

「さて、仕上げだな・・・・・・・俺が、魔殺しと鬼殺し、武門の最高位を束ねるぞ」

側の男は黙っている
狂気を感じずに居られないが
それこそが、今の状況で一番心強い
鬼が来る、桜を散らし、全てを喰らおうとアギトを開いた鬼が来る
怒りにまかせた、醜いケダモノが来る

「一つの力は、所詮一つでしかない、わからせてやる」

人間という弱い生き物、それを自覚するからこそ
この黒い瞳は強い、卑怯だと感じる強さがある

「!?・・・・・良夫さんっ・・・・・・な、なんでっ」

城が轟音を立てて崩れていく
中央、いや、城の内側から膨れ上がってきた鬼
猫又は、それを見て、声を上げた
びぃんっ、音が相変わらず起きては、また矢が来るが
蚊ほどに感じていない、全て見切っている

「醜い鬼がっ、始まったな、全て手はず通りに、流石鬼殺し様」

「?・・・・・・・・」

「くききっ、俺の役目はもう終わりだっ、もう何もかも終わりだっ」

嬉々として叫ぶ弓の男
猫又は不快を露わにして、その顔を見る
狂気に触れたかのように、それは常軌を逸している

「見ろっ、お前の仲間、いや、くだらん下働きどもが鬼に喰われていく、バカに荷担するからこうなるっ、うははっはははっ」

うごぉあおあおあああああああああああ
鬼の嘶(いなな)き
猫又ですら、凍えるそれは
四方にたかる人間という人間を残らず砕き散らした
砕けたのは魂だ、全ての人間がぐにゃりとその場に伏した
魂が昇る、鬼から桜の湯気があがる
黒い男は、それを見て、なお笑う
猫又は気に入らない

目の前の男は、既に生きることを放棄している
言った通り、この男は良夫がこうなった時点で、何かを完遂したのだろう
仕事が終わったら、どうでもいい、そんな境地に入っている
都合がいい、悪事を働いた後、そしらぬ顔で開き直る
最悪の所業、それに似ている、いや、それそのものだ
心を震わせ、怯える行為を覚える前に、何もかもを諦めた
死んでもいいやなどと思った時点で、この男は恐怖から逃げおおせたと思っている
ムカツク、畏れるという罪から、人間を辞めるという選択で逃れているこの男

気に入らない

「・・・・・・息子の方の差し金か」

「ははっ、猫又、貴様ももうすぐ死ぬ、生きていても人間の下で猫として生きるだけだ、哀れだ、哀れすぎる」

「・・・・・・良夫さんに何をした、あの城に何が・・・・・・」

弓の男は、相変わらずへらへらと笑っている
壊れた以上、鬼の声で魂を喰われることは無い
喰う価値すら無いとされた、それは仕方がない殺す価値を見いだせないのは猫又も一緒だ
だが猫又は気付いた、城の中で良夫が何を見たのか、次にはこの男への殺意が芽生えた
今まで隠していた猫のそれを帯びた殺意、妖怪は虐殺という言葉に飢えた
殺すだけで済まない

つぷっ

「・・・・・・・ただ死ぬわけじゃない」

つぷっ

「お前は、これから死に続ける」

つぷっ

「貴様らがしたコトは、これから巡り続ける、いつまでものしかかる」

つぷっ

「後悔なんて可愛いマネで、心は救えるものか、苦しみ続ける」

つぷっ

「猫は7代に祟る、お前はその先鋭だ」

つぷっ

「7度死に、逃れられない、本当の恐怖から、知れ、愚かさと罪の大きさ、そして」

グシャァッ

「私の怒りをっ」

血の雨が降る
猫又は2尾を大きく奮わせ、真っ黒な身体を晒す
火を纏い、姿はいよいよ、人間とは異なった
鬼はゆっくりと都へ向けて歩き始めた、城を突き破るほどの大きさは
今、なりを潜めている、いや、禍々しい力の影はその大きさを保つが
鬼自身は、良夫の姿、漏れていく怒りと沸き上がる力を纏う、目に見える怒りの姿
二匹のケダモノが都へ向かう

怒りという一つだけの力が、差し向ける

都は騒然となった
明るかった空が、高く青かった空が
南からどす黒い雲に覆われつつある
その雲の下からは、黒く恐ろしい何かが近づいてくる
都の民は恐怖に逃げた、次々逃げた、どこへ逃げたのかわからない

都へ向けて近づいていた火の手は一つ残らず鎮火した
全て黒の衆に鎮圧された、衣夢の勢はもはや、この二匹のみ
旗印は、衣夢本人はどこかに潜んだらしい、もしくはもともとそのつもりだったのかもしれない
わずか1日で、多くの人間が死に、多くのわだかまりと恨みが募った
それらが、空を黒く覆う
空が焦げていく、そう思うほど黒き雲は都に被さる

「結界はどうだ」

「鬼はわかりませんが、猫又の方は捕らえられます」

鬼殺しは部下にコト細かく現状を報告させている
一つずつの事象を頭の中で組立て
次の手を考えている、都は、十本の条は、青白い膜で覆われている
術式を駆けめぐらせ、都は魔除けを施された
もともとそのように配置された作りだけに、結界は頑丈だ

「古来よりどうして、都が主戦場となり続けるかわかるか?」

「それは・・・・やはり、抑えたものが勝つからでは?」

「違うな、このように山に囲われた辺境、抑えたところですぐに死地だ、死地だからこそ
何度も滅びては作り替えられている、抑える意味がまるでない」

「では、・・・・・・・」

「呼ばれているんだ」

「呼ぶ?何を、誰をですか」

「戦火と争いを、そしてこの枠に集結させていつも破壊し、それを終わらせる為だ
ここは駕籠だよ、大きな罪を入れる駕籠だ、黒い諸々の汚物を囲い込み地下へと沈める場所だからだ」

寺社仏閣、ありがたがる諸々の悪の対極が集まる場所
最も地上とは違う世界と近い場所
鬼殺しが語る言葉は、本来部下の問いかけへの答えとは成り得ない
質問と異なる台詞を言ったに過ぎない
そもそも会話として成り立っていない
しかし部下の脳は、視野を狭める指令を出し続け、考える余地を残させていない

「風が生暖かいな」

「不思議です、まるで春のようです」

「春か・・・・・・・・・・・」

小さく呟く頭には景色が浮かんでいる
今は秋が終わったばかり
正月すら迎えていない、都は冷えるばかりだ
それでも、春という単語から桜を思い浮かべる
吉野に、高雄に、東山に
灯る春の光、桜の季節はまだ遠い
ひらり、一枚の桜の花びらが届く、生暖かい風に運ばれてきた

「来たか、始めるぞ」

黒い男は御所を出る
わずかに南下する、途中大きく青白い光が瞬いた
猫又を捕らえた証拠だろう、その衝撃で結界が弛んだのがわかる
弛んだ隙に鬼は中へと入っただろう、都を冒した
空の黒さがそのまま降りかかる
じりじりと、不快な暑さが近づいてくる、鬼が来る、人を喰らい
忌み嫌われる為に生きる阿呆

「・・・・・・・・・・・・・」

「いい面だ小僧」

「・・・・・・・・・・・・・」

「すっかり還ったな、六波羅も近い、故郷の匂いが懐かしいだろう」

「・・・・・・・・・・・・・」

「同族とはいえ、俺は仕事をしなくてはならん、都を汚すふとどきを許すわけにはいかんのだ」

死音
二匹の鬼が立っている、鬼殺しはまだ見えない
良夫だった鬼は、じっと黙って目の前の異形を睨み付けている
ばぢぃっ
爆ぜる紫電、上賀茂の雷神が行く手を塞ぐ
しかし

つい

「って、言ってる側から無視してんじゃねぇっ、おらっ、阿呆、てめぇはここを通れねぇの」

「るせぇおっさん・・・・俺が、いつ、誰を、どうしたっていうんだ」

「てめぇが都を歩くことが罪だっつって」

「誰が決めた、あんたと一緒だ、いや、あんたより俺は上等だ、なんでだ」

驚くほど落ち着いた口振りだ
にじみ出て影となり、死音にまとわりついている怒気とは
まるで正反対の、落ち着いて、沈んだ声

「今さっきだ、一緒に来た猫又が消えた、理由はわかってる
わかっててあいつは消えた、結果として俺はここに居る
消えた所に金棒を刺してきた、墓標じゃない、そんな縁起の悪い奴じゃない
記しだ、あいつが居た記し、印じゃない、記憶の方だ、まぁそれは関係無い
今、俺は武器も持ってない、誰かを脅したわけでもない、お前と争うつもりもない」

「・・・・・・・・・今まで何人喰ってきた」

「聞いてやる、奴らは今まで食事をしたことがないか?」

「別の話だ、あそこからここに来る間、その真っ赤に染まるまで、どれだけに死を与えた」

「奴らが家を建て繁栄しだすまでの犠牲よりは遙かに少ないさ」

「阿呆が」

「止められる意味がまるでわからない」

「じゃぁ、教えてやる、お前は今から人を殺しに行くからだ」

ぎぃっ
雷神は表情を変えない、色々に象られる
その造形は、鬼のそれであり、神の威圧を備える
目の前の悪童を見て、黙っている
怖いとか、恐ろしいとか、そんな風には感じない
怒ってる、そしてどうしたいかも痛いほどわかる
雷神は長く生きてるから、こういう輩をいくつも見てきた、初めて見た時は驚いた
続けて見るうちに、やがて、可哀想だと思うようになった

「人?・・・・・・・違うな、俺は鬼殺しを殺しに行くんだ、人間を殺すわけじゃない」

「言いたいことはわかる、だが、ガキの論理だ、安い」

「人間としたら、桜子が入る、なら俺は人間を殺すわけにはいかん、だけどもだ
鬼と人を殺した男だ、それは人間というより前に、悪党だろう
そうだ、正直、鬼殺しだということも、今じゃどうだっていい、桜子を殺した、これが
耐えられるか、生きていられるか、いや、生きていくつもりは毛頭ない
左腕がうずく、桜子の魂がずっと啼いてる、鎮めてやるんだ、その為にも
あいつを六波羅まで連れて還る、もは、ここに未練はねぇ、邪魔をするな」

ぱぁんっ
雷神は殴りつけた
渇いた音が黒い雲の垂れた都に響く
じりじりと家屋が揺れる、その後は音が続かなかった
雷神は久しぶりに恐怖を覚えた、懐かしさも覚えた
音が消える、音が死ぬ、何もなくなる
なんと重たく、冷たいことだ

実に鬼らしい

雷神は呟いたのだが、声は死んだ
音が産まれない世界、死音の回りはそれが欠落してもの悲しい
音が消えた後、急激に青白い光が強まった

ぱり

「!?おっさん、どいてろっ!!!!!」

「聞けんな、下へ還るぞ、途中まで、俺が連れていってやる」

「てめぇっ、はなっからっ」

死音は叫んだ、死の音の世界は解けている
声ごと地面に引きずり込まれ始める
ずぶずぶとただれた地面へと、雷神がつかみかかり
そのまま岩のように固まる、そしてひきずりこまれていく
あがく、あがく、あがく
這い上がろうと、浮き上がろうと、四肢を使い暴れる
暴れる内に見敵

「くたばれ鬼、消えてなくなれ、二度とその面見せるな阿呆」

ぎぃぃぃっっ!!!!!
離せぇええええっっっ、殺させろっっ!!!!!!
叫んだのかもしれないが、それを覆い尽くし
体躯の半分ほどが地へと消えた鬼に向かい
おどろおどろしい数の黒の衆が一斉に矢を射かけた
至近距離から、恨みを込めるように、なんの恨みを
どうしてこんなことを

じぐっじぐじぐじぐじぐじぐじぐっ!!!!!!

ハリネズミのようになり鬼は黙った
動きもしない、死んだ、汚いものだった
鬼殺しは最後の矢を構える、もう刺さる場所も無いほどの塊に
最後の一矢を射こむ

「終わりだ」

ずんっ!
音がした、死音世界は破滅を迎えた
地面にそれは沈んでいく、ずぶずぶと音をたてて消えていく
岩となった雷神も同じくして沈んでいく
人間の目の前から鬼が消える、弱い力が
わずかな術と圧倒的な物量で、鬼の力を凌駕した

静かになった
喧噪が止み、全てが終わった
鬼殺しは当然の顔で背を向ける、御所に向かい歩き始める
上々だ、衣夢の勢は完全に潰えた、奴は活かしておいてもかまわんが
二度とこんなマネはできまい、これだけ人が死ねば
奴の為に死んだのなら、懲りただろう悟っただろう、俺が正しいと、それにしても

奴も如来の道は遠のいたな、真の仏にはなれなかったということ

菩薩止まり
そんな宗教話を、今、上記の言葉を
鬼殺しは呟いた、はずだった
全身の毛穴が開く、生白い気持ちの悪い汗が吹き出る
もう一度、口を開く、声を、声を、声をまずい、指令を出さねば

「・・・・・・・・・・」

死音

!!!!!!!!!!!!!!!
地面が今一度、いや、先ほどとは様相が違う
割れた、大きくヒビが走り、岩盤が盛り上がる如く
地割れが走った、中からおびただしい量の怒気が涌いて上がる
真っ赤に燃える瞳と体躯、大きく開けた口の奥には
闇よりも深い、狂いの黒が敷かれている

あれを見てはならんっ、魂を喰われるっ

叫ぶが、声は死ぬばかり
這い上がってきたバケモノは、部下を食い散らした
呆然と眺めるばかりの黒の衆
手練れの集まり、すぐに反撃を繰り出すが、効かない
魔殺しが効かない、動揺が走った

やられる

っ!!!!!!!
音のしない世界で、不必要なほどの力が繰り出されていく
音が無く、目の前の流れるだけの事象は
むしろ全てが揃った時よりも生々しい
へし折られ、食い破られ、ちぎれ、よじれ、すりつぶされる
鬼は紅く染まり、矢傷から幾万の桜を散らして地面に今一度登った

があああああああああああああああっっっっ!!!!!!

叫び声が聞こえる気がする
実際は何も聞こえない、だが目の前の怒り狂う生き物を見るかぎり
力の限り叫ぶ姿が、脳に直接音をぶつけてくる
鬼殺しは下がる、だが、己を失わない、黒曜刀を構える
式を、術を今一度施すように手を振る、残った手下がそれに従う
だが、数がまるで足りない、また動く度に殺されていく
はらわたを引きずり出され、地面を引きずり回す

鬼だ、鬼が居る、殺せ、殺さなくてはっ、異形は絶対に赦せんっ、脅かす存在なぞ消えろっ

けぽんっ!
何かを蹴り飛ばした音がして
視界と前後を失った、鬼殺しはもんどり打って転がる
二回転した所で、全身が伸びきりもう動けなくなった

「まだだ、まだ死ぬには速い、お前はまだまだ死ねない」

「こえ・・・くそ、解いたのか」

「さぁ、どうだかな、直接話しかけているのかもしれない」

鬼は男を軽く持ち上げ、睨み付けてから顔面に拳骨を喰らわす
三度喰らわし投げ捨てる、そして脚を踏みつける、よじれちぎれる
叫び声が耳に気持ちがいい、鬼は続いて腕をよじる
声は高く、そして低く、喉を切るほどに切なく続く
そうだ、この音、血が流れ骨が折れ身体が崩れ、人間が壊れる音

鬼は一通りをまるで楽しんだ
憎々しげに、黒い瞳は紅いバケモノを睨み付ける
とどめを刺す、そろそろだと方法を選ぶ
そうだ、頭を踏みつぶそう、じわじわと踏みつぶそう、砕ける瞬間を味わおう
脳髄が砕け散る様を見て楽しもう、脳が潰れる前で止めてみよう
どうなるか見てみよう
鬼は平然とそれを考えた、そして実行に

「・・・・どうした、虐殺の限りを尽くしたいのだろう、やれ、忌まれる者よ、お前はそうすることで尚忌まれる
俺の信念は絶対に信仰される、この惨状だ、まるで信仰するしかないだろう、さぁやれ、やれよ
異形の女の仇が取りたいのだろう、あの罪深い女のなっ」

最後にまくしたて、吼える生き物を見る
面影は見えない、瞳の色も違う、雰囲気はまるで異なる
それでも

ぐぅっ・・・・・
死音が少しだけ小さくなる、意識が還る、怒りの隙間をぬって
良夫が還る、こいつは桜子の弟なんだ、、、、、、、、、、、、、、

「?」

「お前が懲りるとは思わん、だが、おいてやろう、もう怒るのにも疲れた、譲ってやる」

「・・・・」

「それと、桜子は罪なぞ背負っていない、人も鬼も何もあいつは殺さなかった、お前らとは
まるで違う、そうだ、お前らが人間というなら桜子はもっと上等だった、真の鬼斬りはあいつだけだ
それを覚えておけ、何かを殺すことでしか生きられない、莫迦で哀れな生き物よ」

良夫は言った、もうここに用はない
関わり合いのない、まったくなにもない所へ行こう
虚しい、それを感じた
先に地から戻る時、雷神が手を離し向けた視線を思い出した
哀れを浮かべたあの表情

「冗談?・・・・バカは、バカのままだ、てめぇが鬼で俺が鬼殺し、譲るだと?思い上がるな
この世界に、お前の領分なんざ最初っから一つも無ぇんだよ、ざけんな異形がっ!!!」

ぞわ

「?てめぇ、懲りんや・・・・・」

「くたばれ、何もかもこの世の終わりにしてやる、人間が貴様らに見下された過去なぞ、今なぞ、世界なぞ要らん」

ばっばっばっ
鬼殺しが残った腕をふりまわした
血を吐いて、呪詛をぶつける

「異形がいなければ、俺はこんな思いをしなくて済んだ、親父ももっと俺に優しくあったはずだ
異形の中で、俺は異形だった、人間という異形だった、耐えられる屈辱じゃない
それを味合わせてやりたかった、いや、もうてめぇらが居なければ、俺は何も卑下することなぞっ」

ずぶずぶずぶっ
鬼殺しの様子がおかしい
良夫が振り返る、そして飛びかかる、人間じゃない
こいつは人間じゃない
両の瞳が輝く

両目が琥珀に輝く、全身からあふれ出す霊気、こいつはその道の純粋血統

「百鬼夜行っ」

うぞあ、唱えられた途端、世界は歪んだ
男の、琥珀の男が望む通りに世界は朽ち始めた
紫色が基調となって、世界は紫と黒の世界に成り果てた
ずぶずぶと至る所から腐臭があがる、かたかたと何もかもがふるえ出す
鍋が走る、下駄が走る、釜が走る、桶が、家が、柱が、瓦が
生き死にの隔てなく、全ての物が動き始める

総ての魂が目を醒ました、百鬼が暴れ狂う

「このバカがっ、止めろっ、術を止めろっ」

はらわたが歩き始める
墓地からは、何百という死体が這いずり上がってきた
ずりずりと大路を覆う死臭、今まで殺してきた輩も
総てがずりずりと歩き始める、そして触れた先を腐食し
世界は腐っていく

這い上がってきた死体どもは、阿鼻叫喚を続ける
死ぬ痛みをずっと味わい、ただその場でのたまわり
苦しみ、地獄の底をそのまま地上に描いた

死体が動く・・・死体が・・・・・

ど、良夫の血の気が引いた
足下は腐食がどろどろとまとわりつきはじめた
鬼殺しはそれに飲み込まれ、今はどこに居るかもわからない
死肉と腐肉のはざまに埋もれていった

「桜子」

畏れていた
怯えていた
見たくなかった

「なんで、こんな、すぐここに・・・・・・・」

ずずり、ずずり

「どこへ・・・桜子」

ずずりずるり
女の死体が歩いていく、声を上げて泣いている
けたけたと笑いながら、まな板が走っていく
これが世に言う百鬼夜行、どちらもこちらもとくとご覧じよ
鍋は大声で叫び、走り抜けていく
その中に、見覚えのある真新しいそれが泣いている

「さくらこっ、さくらこぉっ」

「いたいいたいよ、おなかすいたよ、いたいよ、おなかすいたよ」

冷たく固くなった身体を抱き締める
えぐりとられた瞳が泣き続ける、身体から中身が飛び出している
ぶらさがり、それがどこかに当たる度に大きく声をあげる、痛みに嘆く

「これ以上、これ以上お前が苦しむなんて、これ以上、お前が苦しむ理由なんか」

無い、何も無い
速く終わろう、終わらせよう、何もかも
良夫は桜子だったものを抱き上げる
そして歩く、足下はべちゃべちゃと嫌な音と感触ばかり
それでも歩いていく、思いの外近い、入り口へと
冥府への入り口へと歩く

「衣夢」

「・・・・・・・・・・・・・・」

そこに仏は待っていた
衣はぼろぼろになり、すっかりと薄汚れている
いや、汚れたのはここで待っていたからだろう
それまでは、何不自由が無かった様子が伺える

「帝は避難しています、興味は無いでしょうが、伝えさせて頂きます
おかげで、桜子さんと、猫又さんと、そして、良夫さんあなたのおかげで、総てが上手く収まります」

良夫は黙って聞いている
場所は、六波羅、六波羅密寺、冥府へ続く井戸の前
井戸の下は冥府と繋がっている
井戸からは太い綱が登っている
この綱を引くと、地下で鐘が鳴る、冥府に響く鐘が鳴る
鐘は霊を鎮める

「・・・・・何も言わんよ、もう会うこともないし、怨むのも疲れた」

ぺこり
衣夢は頭を垂れる
そして、涙を流す、足下は浄化され、衣夢の場所だけは
未だ元のままだ

「鐘を撞く槌は、」

「知ってる、昔撞いてた、俺はその出だから、おさらば」

真っ暗な底へと桜子だったものを連れて良夫は降りた
堕ちたとするのが正しいのかもしれない
何も見えない地の底に、鐘は在る
誰がどのようにこの鐘をここに吊したのか、おそらくは
仏師かなにかが、一人この孔へ入り、この穴で作ったのだろう
興味は無い、黙って槌を取る阿鼻叫喚はここまでは届かない
だが、桜子の声だけは続く、痛みと哀しみに凍える声が

「終わる、終わりにしよう、桜子」

ごぉおん、おおおんんんおおんおおおおんんんんんん
低く、そして澄んだ音が響いた、小さな穴蔵いっぱいに
音は広がりまわりを囲む地に吸い込まれて、やがて都に響きわたる
おんおんおんおんおん・・・・・・

ざわり、ぼとり、ずるり

「桜子、眠ろう、もう、腹減ったのはあっちいってからなんとかしてやるから、な」

ぼどり、ずぶり、ぐりゅり
死肉が、腐肉が、冥府へ向かう、この井戸向けて
這い上がった総ての死が集まってくる、鐘の音に導かれる
死者を迎える、迎え鐘の音、衣夢が気を利かせて送り火も灯しているだろう
総てが地に還っていく、にゃぁ、猫が近づいてきた

「おう、お前もな、ありがとうよ、猫」

にゃあ

消えていく意識
最後に見える景色、良夫の頭に広がる絵

『ご両親はおろか、血縁のほとんどがお亡くなりになりました』

『どうして・・・・・・そんな』

『さぁ、あなたもどうなるかわかりません、身分を伏せ隠れましょう』

『どこに?』

『伊勢の奥に、巫女となり隠れましょう』

何から隠れる、何から逃れる、何から・・・
むしろ、追うのは私だろう、責めるのは私だろう、赦せないのは・・・

つあ

波紋が広がって、鬼が一匹産まれた
うら若い女の怒りが一匹の鬼を産んだ
鬼は六波羅で産まれた、時が経ち、鬼は六波羅を出た
そして女の隠れ家に潜んだ、何もせず黙って潜んだ
鬼としては、まだあまりに未熟だった
怒りが弱いせいだろう、じゃぁ、どうして産まれてきたんだ
その不思議を解き明かす為に黙っていた

『よしたほうがいい』

『小鬼か・・・・その娘も喰らう、さもなくば俺の怒りは収まらぬ』

『闇の鬼よ、それはいかんさ、それ以上喰ったら食中たりになる』

言う間に溢れる力に屈服し
泣き叫びながら消えた、それを追うようにして
小鬼は山へ入った、山で何人かを喰った
闇の鬼を見て、人を喰えば大きくなれると思っていた
確かに大きくなった、だが、いくら喰っても真の鬼らしさは芽生えなかった
怒りがあまりに無い、どうして産まれたのだ

いや、誰から産まれたんだ、産んだ奴が望んだのか、何を望んだんだ

おなかすいた

そうか

都は何もかもを取り戻した、異形という異形は、奇しくもこの音に導かれ地下へとほとんどが還った
だから、異形を忌む世界はおとぎ話となった、おとぎ話にしか出てこない者達は
いずれも悪党とされる風習だけは、拭えていないが、わずかだけ彼らに愛着を与える
そんなおとぎ話もいくつか産まれた

目に見えなければ想像する
そして人間は
良い物と悪い物と、どちらも想像することができる
それは自分たちに潜む、悪と良とを自覚しているから
それを投影したから
異形を自分たちと同じと考えたからに他ならないだろう

鬼殺しはその後、守護として帝の側に仕えた
異形がいなくなっても減らない悪事を鎮圧するのに忙しく
悪人をつらまえては、仕置きをするのに忙しくなった
衣夢は帝の下で説いて回る日々を続けている
異形がいなくなっても無くならない差別を解くのに忙しく
人間同士でいがみあうのを説いてまわるのに忙しくなった

「俺より強い奴が跡取りになるのは至極当然だ」
言い残し神殺しは屁をこいて消えた、その後誰も見ていない

蒼い空を取り戻した世界は、何も変わらなかったように伝わっている
辻に立つ、金棒の意味を誰も知らない









桜が散る
春うららかな日

「あらよっと、ま、こんなもんで稼ぎは上々?」

「流石姉さん、俺ぁ惚れましたよ」

「お前如きが惚れるな、気持ち悪い」

甘い匂いのする女と、虫っぽい男がにたにたと笑っている
手元には幾ばくかの金がある、どうやらどこかで悪事を働いたようだ

「ああっ、居たなお前らっ、くそ、私の金を返せっ」

「はっ、バカが、姉さんの色香に鼻の下伸ばしてたお前が悪」

ばこすか

「なんか、ムカツク言い方、まるで私がたらしこんだみたいじゃない」

いや実際そうだし
虫の男は言おうとするが、立ち入るように被害者は吼える

「お前達みたいな悪党は懲らしめられればいいんだ」

「ほほう、この百平方米様を懲らしめるたぁ、なかなか威勢のいい」

「先生、先生っ、お願いしますっ」

被害者が叫ぶ
すると、二人組が現れた
一人は女
一人は大男
そして足下に猫

「あくじはいけなくってよ?」

「ぬ、デジャヴ?」

「なんのことだかわかんないけどもだね、ふふん、あたしらに会ったのが運の尽き
とっととお金返して逃げ帰りなさい、今なら見逃してやっからさ」

「るせぇっ、この蠱使い秘術を喰らえっ」

方米が構える

「よしたほうがいい」

大男が注意した、しかし、ちと遅い

「聞いて泣き叫べ、あんたを倒したのは」

つつい、女は刀を思いっきり振り回した
方米の脇腹に直撃する、刀なのに斬れない
どうやら相当のナマクラらしい、しかしダメージは大きく方米は崩れ落ちる
そして決める、大見得

「鬼斬り、桜子様よっ」

両の瞳が黒い女が言った
それを見て
左腕の無い大男は笑った

猫が一つ、にゃぁと鳴いた

今日も、世間は、随分平和だ
桜がひらひらと舞っている

−終−

もどる