鬼斬り
「というわけで、鬼斬り様のご到着ぅ♪」
「なんだ、このランチキ小娘わっ」
「お黙り、誰がランチキよ、ふざけんじゃないわよ、あんたなんかあたしの刀のお露になんなさい」
ざっくり
「ぎやああああっっ、ば、バカ野郎、誰だ、バカに刃物持たせちゃいか・・・」
「誰がバカじゃ、おどりゃぁっ!!!!」
どすんばたん、すかぽんたん
ひと騒動起きて、どたばたと喜劇のような取り組み
それも少しすると、無事終了する
「ははーん、鬼斬り様に逆らおうってのが間違ってんのよ、バカめ、ばーかばーか」
タンカを切った女は、髪や着物を振り乱している
まさに一乱闘の後という風貌、その後ろ
静かに一仕事終えたという風貌の男
「・・・・・・・というわけだが?」
べろべろばーとかしてる娘は
なるだけ見ないようにしながら、良夫は静かに依頼人を顧みた
なんてバカな娘なんだろう・・・・
そんな顔をして、桜子を見ている、これはよくない
依頼人のそんな顔にこの娘が気付けば、また五月蠅い
そうなる前に、静かに良夫が話をつける
「いや、すまんな、あんなていたらくだが、実際騒動は納めたわけだ、悪いが手間賃を貰うぜ」
「え・・・・いや・・・・あ、はい」
呆気にとられた風で、言われるままに依頼人は頼み銭を渡した
それさえ受け取ればもう用は無い
依頼人が余計な質問などして、この娘のバカさ加減が知れ渡れば
いよいよ値打ちが下がってしまう
「さ、行こうか、鬼斬り様よ」
「ん、貰ったの?」
「確かに」
じゃらりと、銭の入った小袋を持って良夫が声をかける
うれしそうに小娘は戻ってきた、チンッ、派手に音をたてて刀を仕舞う
本人曰く、鍔鳴り侍のつもりらしいが
鍔が鳴る刀というのは、安物刀の代名詞だ、そんな立派なわけがない
「悪党は退治したし、これであたしの名声も、うなぎのぼりね」
「お、難しい言葉、良く言えました」
「ざけんじゃないわよ、黙らっしゃい」
ぷんすかと、目に見えて怒りながら
小娘はまた歩きだした、良夫はしぶしぶという感じだが
内心は悪くなく、付き添って歩いている
二人は、今、悪党退治というような仕事を生業としながら
流れ者稼業を営んでいる、最終目標は
「ホンモノの鬼斬らないと、話になんないわね」
「だから、俺がホンモノだっつうのに」
「バカいいなさいよ、あんたみたいにトロそうで、間の抜けた鬼が居るわけがっ」
お前にだきゃぁ、言われたくねぇよ
鬼は思うのだが、こういう口汚い言いっぷりしかできない可哀想な素性を考慮し
へいへいと、テケトーに上っ面で調子を合わせている
娘はひたすら、功名心に捕らわれて鬼退治を探して全国を歩く気らしい
鬼は、この娘になんだか興味を惹かれている
こいつは、差別意識こそ凄いが、嫌味じゃない、いい人間だ
そんな事を思ったりする
前に、いい鬼とか悪い鬼とかいう分別をしたその皮肉だ
良夫は、無論鬼として、小娘と出会う前は、随分と酷い目にも遭ってきた
鬼が人間の世界で住むのは、言うような生やさしさではない
こんなバカ娘のような考えで、もっと、狡猾で兇悪な輩が
人間には多いから
「さて、あとどれくらい?」
「んー、宿場を二つ行ったトコらしいな・・・・しかし、本当かよ」
「ふふ、あんた岐阜人の文化を舐めんじゃないわよ、刀と言えば岐阜よ」
うそぶく顔は、自分の手柄のように誇らしげだ
今二人は、岐阜という国に向かっている
どこで聞いたか、鬼をも切り裂く銘刀というのが
この国では作られているらしい
娘の狙いはそれだ
「ったく、まさか鬼がそんなに固いもんだと思わなかったからね、今度はまっぷたつよ」
「いや、結局俺を斬るのかよ」
「他にいなきゃ、しゃーないじゃない、ほら、きりきり歩くっ」
なんだかなぁ
真っ直ぐに間違った方向へ、そういう生き様が眩しくて仕方ない娘
鬼はつくづくこのバカ娘を気に入ったらしい
道中、不思議と心が晴れている
人間も、色々なんだな、本当
そんな事を静かに思い、岐阜への道をひた歩く
テンカトッタ、テンカトッタ
小気味の良い鎚の音が、ところかしこから聞こえる
岐阜の宿場についた
二人、見るもの全てが珍しいという風体で
その不思議な町を歩いている
「すごいわ・・・・・京都の茶碗坂も目じゃないわね」
「いや、茶碗坂って、別に茶碗職人の町でもなかったと思ったが」
「例えよ・・・さて、早速」
言うと桜子は、目についた刀鍛冶の家に入り込んだ
良夫もそれに続く、テンカトッタ、テンカトッタ
「ごめんくだ」
「うぉああああっっ、ちくしょぅぅぉぉぉぉぉぉおおおおおっっ」
ざく
ぷしゃー(放血)
時が止まる
まて、落ち着け、なんだ、何があった
「・・・・・・・・お前、いくら追い剥ぎ紛いの仕事だからって、いきなりカタギをってのわ・・・」
「ち、違うわっ、バカ、アホっ、っていうか、い、い、いきなり腹切ったのよっっっ」
良夫の冷たい目に、必死で反論する桜子
目の前ではどくどくと、血がたまりを作って広がる
からからから・・・・
少しして、奥のふすまが開いた、うわぁ、まずい
「あら、お客様?」
「・・・・・・わ、い、いきなり・・・・ち、違うんですよ、わ、わたしが悪いんじゃない、こ、こここここ、この人が悪いんだ・・・」
いや、その言い訳は妖しすぎる、下手人みたいだ
良夫が、ずんずんと悪くなっていくであろう現状を悲観する
それをモノともせず、奥さんと思われる人が
茶を煎れている
「・・・・・・・・・え・・・・・と・・・・」
「あらあら、とりあえずおかけになってくださいな、散らかってますが、まぁ」
散らかってって、旦那自身が散らかってんだが・・・・
理解に苦しむが、とりあえずこの場は去るのが懸命だろう
桜子もそう思ったらしく、もっともらしい辞去を述べ
「あああ、いけない、お、お、お、おつかいの途中だったーー」
「おつかい?」
「あたしったら、忘れんぼさん、てへぁ」
抜群の頭の悪さを発揮する小娘
なんだ、てへぁて
良夫は思う、瞬間、もう居ない
「て、ま、待てっっ」
慌てて良夫も追う、回れ右して前に進
どてちんっっ
桜子が柱に激突しすっ転がった
ガッデム、なんでこんな時に、お前って奴わっ
呪い殺したくなるが、もう遅い
ごろごろと派手に転がり、玄関に戻る
戻った所で、ウジ虫みたいに、うねうねしている
どうも打ち所が悪かったらしい
「いたいたいたいたいたいたいたいっっ」
「おやおや、お嬢ちゃん大丈夫かい?」
一人ドリフを堪能する小娘に
熟年の男の声がかかった、男の声?え?
思う桜子の目の前に、血塗れの男の笑顔が
「ぎやぁ・・・・、ご、ごめんなさい、呪うならあっちの男にしてぇっ」
「いや、だから、お前殺したんじゃないんだろうが」
良夫つっこむ所少し違う
血塗れの男は、腹に刀を突き刺したまま
平然と茶をすすっている、いや、その手は止まった
今は、桜子の看病というか、打ち所を見ようとしている
「いや、おっさん、あんたの怪我の方が・・・・」
「ああ、これですけい?なんでもないんでさぁ、ちぃとばかし、気が立っちまうと、すっぱり腹切る癖がさぁ」
それは癖なのか?
「やだよ、この人ったら、あっはっは」
いや、あんたも何普通の夫婦の会話を取り繕ってんだ
ころころと笑う奥さんらしき人が、軟膏を持ってきたらしい
狼狽える桜子にそれを塗っている
なんか、人間不信になった子犬のような扱いだな
「大丈夫、怖くないわ」
いや怖いよ、刀刺さってるし・・・・
人間というのは色々いるなぁと
改めて良夫は思いつつ、なんてことないらしいので
とりあえず腰を落ち着けてしまった
「・・・・というわけでして、この人、ほら、芸術家っぽいですから思わずそんな素っ頓狂な事がねぇ」
「いや、まったく面目次第もございまんせんてんだぁな、職人て奴なんで勘弁してやってくださいや」
夫婦はさも楽しそうに顛末を話してくれている
最初は戸惑ったが、そういうものなのかと、桜子の方が理解したらしく
今じゃ談笑している、こういう馴染みの速さはステキな才能だ
良夫はまだ、ぎこちない感じで部屋のやや隅に居る
「でも凄い特異体質ですねー」
「そうなんでさぁ、でも、痛いのは本当、それこそ、死ぬほど痛いんですけどねぇ」
「そりゃ、洒落にならんというか・・・・」
「ところで、お前サン達はどっから、何しに?」
「ああ、刀を探して来たんですよー、鬼斬るようなー」
夫婦の笑顔がぴたりと凍り付いた
「あ、あり?」
「いや、・・・・・そいつぁ、なかなか・・・・・」
「なかなか?」
「難しいんじゃねぇかなぁって、俺ぁ聞いた話だが、あれはただの玉鋼じゃ斬れないんでさぁな」
歯切れ悪く・・・そういう感じで、刀鍛冶は言葉を濁した
急に緊迫したような感じだが、その真剣さは、職人だからだろうか
仕事の本当の大変さが解るせいだろうか
桜子は、そんな難しい事を思うわけもなく、鬼が固いって良く知ってるなぁみたいな事しか
考えない、それはそれで好いことなんだが
良夫はじっと話を聞いている、陽も傾いたので
とりあえず間借りをして泊めてもらう事にした
刀を打つ小屋に、むしろを敷いて寝ることとなる
「ああ、面白かった、さて、明日は早くから刀探すよ、とっとと寝る、ほれ」
桜子は言うともう、寝ている
恐ろしい寝付きの良さだ、呆れるものだが
長い旅の間に慣れた、この後
眠気が快復するまで、この小娘は周りが火事になっても
目を醒まさない、全力で寝るという才能だ
ぎぃ
戸を開けて、良夫は外に出た
満天の星空の下、表は月明かりで随分と明るい
のしのしと、視界に不自由もなく良夫は歩く
鬼である彼には、夜の方がどうやら具合がいいのかもしれない
眠ることは眠るが、一ヶ月くらい寝てなくても
大した問題にしない、それくらいの体力を持っている
シン、
音が止んだ
水を打った静けさ、そんな響きが似合う
夜の野原はそんな風情だった
「一人かい?」
「そうだよ」
平原の真ん中に、鍛冶屋は待っていた
例の腹を切る旦那だ
旦那は別に何かしているわけでもないらしい
のんびりと月光を浴びて、とうとうと酒を呑んでいるらしい
良夫は警戒もなく近づく、そこに旦那が勧める
「あんたもやるかい?」
「悪くない」
もう一つの器を借りた
良夫が来ることを予感していたのか、しっかりと用意されていたようだ
二人、別段なにもなくただ酒を注ぎ合い、月を見た
「・・・・・・・あんた、アレだな、鬼だろう」
腹切りが言う
「そうだ、わかるか?」
「ああ、何度か見たことあるからな」
「そうか」
とくとくとく
注がれた液体は透明だ
良夫は何気なく口を付けるが、とんでもない強さだ
一瞬目を見張る
「きついなこれ」
「ああ、これくらいじゃないとな、酔うに酔えんからなぁ」
腹切りの旦那は
また注ぎ直して、言葉を投げ出すように言う
良夫はじっと暗闇を見ている
見ながら
一つ、問いかけた
「あんたも、鬼なのか?」
闇に言葉は吸い込まれた
月夜は思いの外、明るい