卒業
美沙は、卓朗の胸で大きく泣いた
別にこれが最後というわけでもないのに
卓朗は、美沙が「彼女」であると、みんなに紹介して
それこそ手の着けられないような、愛し合いを魅せてくれていた
迷惑にも映ったが、高校生のそれは精錬で爽やかだった
「泣くなよ美沙、別に最後ってわけでもねーんだからさ」
泣き声で、美沙が何を言っているのかはわからない
だけど、内から溢れる何かが抑えきれないのはわかる
これは、その瞬間に、その立場であるから
同級生だから
だからこそ解る、胸を打つ郷愁
咲き誇る桜を見ると涙を流すのと一緒で
内側から、理解を越えたところからやってくる感情に
揺り動かされる、それは涙に変わるかもしれないし、笑顔を作るかもしれない
「だからって卒業式で泣くのは可笑しいだろう、笑って出ようぜ」
「違うよ、そうじゃないよ」
美穂が呟く
泣く事は、笑う事と同意なんだと
今日、この日に限る、このたくさんの想いと
抱えきれないほどの大きな思い出が
笑う事を、どうしようもなく泣きたい事に思わせてくれるから
同じ時を3年も過ごしたんだから
美穂らしい詩的な、女の子の言葉が綴る
だけどこれは、正しいことで
一番、そうだと頷けることだと思う
でも、この日美穂は泣かなかった、ずっと笑っていた
いつもとは違う、どこかに愁いのある笑顔で
「一哉っ!!!」
「おうっ、卓朗っ!!!」
意味もなく突然殴り合う二人
笑ったままで、思っている以上に気合いの入ったパンチが
お互いの顔をこづき回す、気が触れたように見えるけど
誰もがそう思って、すぐに輪ができて
もみくちゃに、ぐちゃぐちゃに、身体全体で暴れる
うらやましいな、そういうの
くるみが遠くで見守る、二人の姿
男同士だから、ああやって最後の日を
身体をぶつけ合うようにして惜しんでいるのかな
男にしかわからないのっていうのは、少しうらやましい
混ぜて貰いたいと思うけども、それは叶わない
「それが叶ったら、卓朗からセクハラの嵐だぜ、くるみ」
「ああ、一哉くんならそうかもしれない」
イタズラに笑う
でも、それはそれでいいのかもしれないと思ってしまう
最後だから・・・・・・思い出をさらに上乗せしたいから
絶対に会えなくなるわけじゃないのに
永劫の別れを予感してしまうから、一つでも多くの思い出が欲しいから
バカな事を、笑い飛ばしてやってしまおうという気になってしまう
「舞ちゃんっ、舞ちゃんっ」
「卓朗くん・・・・」
馴染んだとは言えないけども
3年目のこの時に、ようやく卓朗と出会う事で
同級生になれた気がした
絶対に忘れられないこの一年
思い出が素敵なほど、切ないものだよね
言わない。だけど、微笑みかけて
それを見た卓朗くんの、どうしようもないくらい綺麗な笑顔が
喋りかけてくれた言葉、一つ一つを忘れない
忘れないでおこうと思うほど、なにか辛くなるのだけど
この切なさが、たまらなく心の底を奮わせてくれる
すると、目から涙が零れて
だけど、顔は笑ったままで
青空と、温かい陽が何もかもを包んで慰めてくれると思う
「当たり障りのない表現ばっかりなんて、全部使い古したね」
「そうだな・・・・・だけど卒業式なんてそんなもんだろ」
さとみが、卓朗と二人きりになる
まだ式後の喧噪は止まない
だけど、するすると通り抜けるようにして、そこから
すんなりと出てきた卓朗を捕まえて
さとみと、二人になる
「美沙と・・・・・・・」
「付き合っていくさ、お似合いだろ?」
「冗談、ノロケないでよね」
「さとみだからな」
さとみは、卓朗を見て思う
本当に、この男は、女の子にとって素敵な男の子なのだと
卒業式に、人気者で、中心になっていて
だけど、振り切るわけでもなく自分の意志でその輪から
何事もなかったように抜けて来られる
純粋で、素直で、優しいこの男が
やんちゃで、どうしようもないくらい・・・・・・可愛いから
「本当、惚れちゃいそうだよ、卓朗」
「気持ち悪いコトを言うな、今更・・・・・・」
「感謝してるって事よ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・じゃぁ、今度OTIMのフルコースおごりな」
「そうね、今までのツケ払ったらね」
「ツケって、泥水とか塩水しか飲んでないじゃないか」
「だから、それのツケよ、知らないの?さとみスペシャルよ、高いんだから」
「酷い店だな、保健所に訴えてやるぞ」
「あら大丈夫よ、今度の新しい店長は、優しくて美人だから」
「自分で言うな」
「卓朗がいつも言うじゃない、俺様は天災だって」
「おい、今、字ぃ間違えただろ」
「なんでわかるのよ」
「付き合い何年だと思ってるんだ、さとみの事なら、胸の大きさから初潮の日まで・・・・」
「美沙呼ぶわよ」
「ごめんなさい、さとみ様」
「ねぇ、卓朗・・・・・」
「なんだ、忘れられないのか?」
「美沙・・・・・」
「なんでしょう」
「・・・・・・・・・・・いいわ、別になんでもないし」
「なんだよ気になるじゃないか、ずるいぞ」
「そう?大人の女だから、秘密が多いのよ」
「変なもんでも喰ったのか、さとみ」
「その黄色い救急車の迎えが要るような目つきで見るのやめなさいよ」
「説明長いぞ」
「いいのよそんな事は」
「っと、俺様は忙しいそろそろ行くぜ」
「そう・・・・・・・・・・・・・・」
「なんだ、その長い点々は」
「言葉じゃ見えないでしょ、なんでもないわよ」
「実は告白しようとか思ってただろう」
「そうね」
「えええ!?」
「ごめんなさい卓朗くん、私、卓朗の事がどうやってもカバ以下にしか見えないの」
「お前なんか嫌いだ」
笑って別れる
大きな背中が、ゆっくりと消えていく
高校生活が終わる
彼の背中が見えなくなった時に、多分、全てが終わる
卒業してしまう
飲み込んだ言葉
「何かあったら相談に来なさいよ、いつだって乗ってあげるわよ、高いけどね」
再会の約束をどこかとりつけたかったのかなと思う
ずるいな、みんなお別れをしているのに
思いながら、別の場所で
輪を作ることに専念している男の子を見る
もう一人の好きだった人
まだ変わらない、だけどそこが、どうしようもなく可哀想だから
彼と付き合う事は、お互いを傷つけ会うことでしかないから
外で、私は見ている事にしよう
背中を追い続ける、この焼き付けたシーンが
熟成させた美味しいコーヒー豆のようになるまで
私は、見ている事にしよう
美味しいコーヒーを煎れられるようになって
もう一度、あの背中を見る日を気ままに待とう
何かが始まるためではなく、あいつと関わり合える日がまた来るのを
校門を抜けて背中が消えていく
馬のシッポがそれを追いかけた
ああ、私たちは、本当に卒業、したんだ
私もみんなのように泣いてしまおう
溢れてきた涙を止められず
言い訳のようにして、自分から泣いたように見栄を張ってみる
悲しいんじゃない、笑いたいと思ってるけど
どうしようもないから
私は泣くんだ、卒業だしね