Edelstein ”Karfunkel”

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散文を連ねることにします

「北大国ですが、北方山嶺を抜けての軍もさることながら、
やはり、西よりやってくるものが本隊と思われます」

「それで?」

「現状南に割いております軍を収容しました、北からの分はクラフト砦にて足止め、
主力を西側へと向かわせ、ヴェステンとの共闘により・・・」

軍師殿が伺うようにそう述べた
相手は、現国主「紅の姫様」
退屈そうな顔をして、その一般的にすぎる話を聞いて過ごした
女王の表情に嘲りではない、侮蔑に近いが、侮りとは異なる
ある種の呆れ、軽い失望、そういう言葉が適当なものが浮かんでいる
それを見て、自分の心地を確かめる軍師
この10年感じていたプレッシャーなど、ママゴトでしかなかった
それを今、体感している

「なるほど、軍師殿は流石の頭脳、私の嗜好をよくよく理解してのことと解った」

「嗜好と、は?」

「これほど難しいパズルは久しく挑戦しておらぬ、楽しみなことだ」

姫様はそれ以上何も喋る気がなくなったのか席を立った
あ、軍師殿は小さく口を開いて、すがる視線を投げた
しかし、その視線はまったく届かない
彼に一瞥すらくれず、姫様はさくさくと歩いて退席しようとする
後を、侍女のリズが従う

「姫様っ」

「リズ」

「はい」

我慢がきかなくなったように、思わず
不敬にあたる声かけをしてしまう軍師
その行為に対して、迅速な対処を姫様は施した
侍女の名前を呼ぶ
それだけで、懲罰の仕度が整うのだ
姫様はその懲罰の姿を見ることなく、扉の外へと消えていった

ぴきぃっ!!!!

「っっ!!!!!!」

「軍師様、申し訳ございません、それでも、これは、姫様のっ!!!」

ぴきぃっぴぎぃっ!!!

「姫様の許し無く直答っ!!、罰ですっ、!!!」

鞭が奮われる音
それが打擲をする音
男のくぐもった声
それらが大広間で全ての振動だ
何度か殴られた後、軍師殿は涙をこぼした、こんなことがここ数日続けられている

前女王が非業の死を遂げた後
速やかに、この、新しい支配者の受け入れが行われた
全て、この日がくることが待ち望まれていたかのように
滞り無く執り行われた
それらを全て取り仕切ったのが、この軍師殿だ

売国奴

そう罵る声も多数ある、現在形だ
未だ、この事件の尾はとぐろを巻いている、ヘビのように執拗に
そういう人が起こす怨嗟という不気味なものを
一心に受けている、どうかしてしまう、陳腐な表現だが
最も的確に自分を射抜いていると軍師殿は思う
直接的に攻撃されるよりも、攻撃という空気に晒されている方が
遙かに精神を傷つけ、彼の心を蝕んでいく
そんな心情を、少しだけ姫様に愚痴った(報告せよと言われたのだが)こともある
その時のいらへが、

「考え違えをしているな、軍師殿は、その手ずから衆愚を操っておるのだ、罵らせると、
奔らせているのだ、自ら招いたことで、その通りに躍る集団を見る、楽しいであろう」

姫様の答えには、理解できない色が含まれる
まるで自分が望んで彼らに罵らせているかのような・・・
そこまで気付き、そう思えと命令されたのだと思うようになった
軍師殿は、まったく異次元に棲んでいると思われるその人に
得体の知れない恐怖を覚えた、その台詞を純粋な笑顔で告げる女に背筋を凍らせた
自分が全て手引きして、どうにかこのようになったというのに
どうだ
出来上がったそれが、こんなはずじゃなかった、などと

「姫様は軍師様のおっしゃられる通りに軍を動かされます」

言い捨てるように、侍女ぶぜいがそう告げてその場を去っていった
酷い仕打ちだ
軍師殿は自責で、それだけでいつでも死ねる
そういう心持ちに到達している
自分でも解っているのだ、自分の策では何も解決しない
提案した陳腐なアイデアが、何一つ解決しないものだと自分が一番解っている

問題は北大国をどのように敗るかということだ

軍師殿は、その敗るというものを取り違えてしまっている
いつから思考がそんなに保守になったのか、解らない内に、
負けないようにしよう
そういう作戦を先ほど述べたのだ、先刻承知のこと
しかし、今の軍師殿からはそれ以上よい方法が浮かばない
負けないようにすることで勝てるのか?
負けないことが勝ちに値するのか?
問題を先送りにしているだけではないか?
それら暗黙の問いかけに対し、姫様は態度で示したとも思われる

答えに近い方法というのは、答えではないのだから意味がない、誤答を選んだのだ

そう、姫様は暗にして言ったということだろう
軍師殿は自分の顔が酷くやつれてきたことを自覚している
鋭すぎる上司をもつと部下は苦労する
そういう典型例にいれて貰えるだろうか
そんなことを思いつつ、その上司に、完全な忠誠を誓いずっと付き従った男を思い出す

アル騎士ならば、このような時、どうと考えて前向きに生きる力とするのだろうか

「姫様はどうなされるおつもりでしょう」

既に下知がなされている
勝つ作戦ではなく、負けない作戦を言い渡された
アルとキルシェは額を合わせて少しだけ語り合う
キルシェの方が上等で、頭がよくて、高等で
何一つ、アルにはかなうものがない
それを知っているから、キルシェはあまり政治や難しい話題をふったことがない

しかし、今夜のそれは別だ

「わざと不利になっているそれではないですか」

「今から逆転できるものがない、そういうことじゃないのか?」

アルは苦し紛れに言う
キルシェは逃さずその、シッポを捕まえる

「姫様らしくもない、そして、近衛の貴方がそのようなことを言っては・・・」

アルは困窮した表情をさらす
なんとだらしない男でしょう
自分の旦那についてそう思ってしまう、だが
キルシェからすれば、そうだからこそ
などとも思うのだが

「姫様は、望んでこういう悪手を打っていると思う」

「それは?」

「多分、今の姫様の頭には勝てる算段が整っていると思う、だけど、それでは・・・」

「・・・アル様?」

「あ、いや・・・」

つまらないから、より難しいフェーズへと進行しようとしている
戦争の難易度を上げて楽しもうとしているんだ
姫様の考えそうなことを思い浮かべるアル
それを自分のヨメは無論、誰にも喋ることは許されない
国主が己の暇つぶしのために、国民を危険にさらしているなど・・・
そもそも、勝手に姫様のことを想像するなどという権限、アルには無い

「長期戦になるのはやむを得まい」

「何年、これから何年の間、国民を脅えさせるのでしょう」

「・・・」

キルシェが睫毛を伏せた
陰影が哀しさをよく表現している
一国のそれに相応しい、女王の風格がそこに灯っている
アルは改めて、自分と不釣り合いな麗人だと思ってしまう
このような清く、美しい人が、なんて本気で思うのだ

「姫様の性分だ、3年もかかるような戦争はやらないよきっと」

「そうだといいのですけど」

キルシェには何かが見えているのかもしれない
アルとは違った目線、多分、国王という立場からの俯瞰(ふかん)ができるのだろう
大局を見据える力が、目の前の妻には備わっているのだ
万事が小事のアルにはまったく解らない
しかし、これだけ悩む妻を見て、ふと、
姫様はキルシェを困らせるためにそんなことをしたのではないか
そうとも思った、確かめようがない

「そういえばキルシェ、姫様がまた『お相手』を頼むと仰られていたぞ」

「お相手」

「ああ、ヴェステン落としの時チェスでもしたのか?すこぶる嬉しそうだった」

キルシェは少しだけ頬を紅くさせたが
悟られないように、はにかんで誤魔化した
姫様にはやられっぱなしだ
キルシェは、夫に自分の不貞をなじられている構図に苦笑いをする
本当なら残酷な仕打ちだろうに、どうだろう
この無知なる夫と、私と、あの姫様でなら
ただの悪戯にしか見えない

「そう、私の2勝3敗で負け越しておりました」

「姫様から2本も取ったのか、それは凄いな」

素直に喜ぶ夫を見て、なんともおかしな気分になる
よもや、夜伽事だとは思いもしないのだろう
3敗のうち1回は不意打ちから至ったのだ、実質はイーブンだ
姫様にそう言って挑発したい、そんな欲求が鎌首をもたげた
和やかにこの場は移ろっていく

「近く姫様に拝謁を申し上げようと思います」

「そうするといい、戦況がかんばしくない、よい気晴らしになると思う」

アルは最後までキルシェと姫様の秘め事には気付かなかった
想像だにしなかったのだろう、戦争バカは戦うことしか考えられない
今は戦況を憂う立場にいる、悪化していくことが約束された現在
アルは、自分ができる限りのことを尽くすと、一人誓うのだ

「将軍や大騎士の奮闘が耳に痛いところだ」

「あら、マイグレックヒェンは虎の子、そうそうに出陣はありませんよ」

キルシェは、笑ってそう言った
笑えるのは、自分の愛する人が最前線へと行く日が遠い
それを知覚しているからだろう
不謹慎だが、彼女もまた、一人の人間である
そういった話しだ

前線は、戦火に震えている

「戦局の転換はいつになるだろう」

ゼーは独り言を呟いている
前線で凄まじい戦果をあげている
大騎士の称号に恥じない、輝かしい戦功だ
ようやく実が伴ってきたと古株の騎士達は思うことだろう
蒼騎士隊はクラフト隊と合流し、ヴェステン北部で激戦を繰り広げている
ヴェステンからの遊撃隊、デハン教の僧兵団
紅の国が有する強力な予備隊がここに投入されて、現状維持を続けている
ただ、いずれもこの場所を守るという意味での善戦であり、
戦況を転換させる力など持ち得ないそれらだ

「野戦だが、籠城のようなものだな」

「籠城としますと・・・」

「浮かない顔をするな、そうだ、籠城ならば必ず援軍がやってくる」

ゼーは弱気な顔をした参謀を柔らかく叱った
援軍の望みがない籠城というのは、苦しみが長いだけで解決しない
酷い延命治療に相当する
ゼーはうっすらだが、その危惧を抱いている
大本営からもたらされた、ヴェステン北部での局地戦
それは終わりのない泥沼の戦争を思わせる

「北砦はどうなってる」

「ヴァルト様と影軍師殿が善戦をしている様子」

「寡兵だが、あちらこそ本当の意味での籠城かもしれんな」

ゼーは目を細めて北の方を伺った
いかんせん人的物資が足らない
どこも人手不足で、忙しいことこのうえない状況だ
連日連夜の戦闘に、疲弊は甚だしく蓄積され、新兵の投入が望まれる局面
しかし、大本営に新兵などという予備隊はもう残されていないはずだ

いや

「マイグレックヒェンが出てきてくれればな」

「白騎士隊、しかし、本城を守る隊が無くなるとは・・・」

「姫様なら、それくらいの蛮勇を見せてくれるとも、期待できるのだ」

ゼーはからりと笑った
実際そうなって欲しいと思っているが、そうなったとき
丸裸となる本城への不安も大変大きい
本城が陥落するということは、最愛のリズという女、
ひいてはその腹の中の子供まで失うことに直結する
ゼーとしては、そのような事態だけはなんとしてでも避けたいと願う
八方手詰まりのようになっている

「ともかく、我々の任務は勝つことだ、そのために生きてんだからな」

「どちらへ?」

「クラフト将軍のところだ」

ぴらぴら、
ゼーは手を軽く振るとマントを翻して、クラフトが陣取っているテントへと向かった
この日は大がかりな戦闘が生じなかった
両軍ともににらみ合いといった構図になっており、暇といえば暇だ
見張りからすればたまったものではないが、
ゼーくらいの地位となれば、この状況は休息のそれに類似する

「将軍」

「おう、これは大騎士殿」

「何を?」

「なに、この極東の御仁に教えて貰ったんだが、将棋というゲームだ」

「戦場でゲームなど・・・」

「古来から、戦場でチェスをする習わしがある、それと似たようなものだ、
しかしチェスより遙かに難しく、これは面白いぞ」

ぱちんっ
派手な音を立てて盤上に駒が叩きつけられた
クラフトの相手をしているのは、極東武人の生き残りだ
マイグレックヒェンに編入はできないため、クラフト隊に組み込まれている
どうにも前線働きを好む傾向が強いらしく
この局面でも、相当の戦功を上げている、素晴らしい武将の一人だ

「将軍、覚えたてだというのにこの上達は流石でござる」

「褒められているというよりは、そいつは、嘗められてるってことだなっ」

クラフトはまんざらでもない様子で、また駒を打った
受け手の極東武人は、表情の変化乏しくそれを見守っている
だが、次の一手を置いた瞬間
その相好が思わず崩れた

「まだまだ、私は負けませんがね、穴熊完成」

「あなぐま?」

「戦法です、さぁ、敗ってご覧なさい」

クラフトはじっと、敵方の陣地を見た
一見すると王様が不自由な場所に追い込まれているように見える
だが、不自由を布いているそれぞれの駒は
凄まじい力をもって、その陣地に、まさに堅陣を布いていると見抜いた

「馬鹿野郎、こんなの破れるわけねぇだろっ」

「はは、流石、そこまで見抜かれましたか」

「阿呆、それは見抜いたとは言わねぇっ、負けたっつうんだよ」

ぱちん、クラフトは自分のデコをしたたかに叩いて
天を仰いだ、呟きは嘆息とともに見舞われた
ゼーはよくわからないままだが、その盤上を見て何かひっかかっている

「どうした、混ぜて欲しいのか?」

「いや・・・まるで籠城だと思って」

「ほう、お前面白いこと言うじゃねぇか」

クラフトが、ふむ、一つうなづいて
今一度盤上に目を移した、クラフトから見ても
確かにそのように見える、となれば

「城陥としは得意なところ、まだ投げるのは早ぇな」

言うなり、クラフトは囲いが陣取られている反対側に
機動力の高い駒を送り込んだ
それを見て、ぱちくり、極東の武将は目をしばたかせた
どうやらそれは突破口にとっかかりをつけたらしい
が、流石は上手
瞬間、その強固な陣形を崩したかと思ったが
それを崩しきる前に、極東側の駒がクラフトの陣営を食い破って終局となった

「流石将軍、見事な手でした」

「負けてそんなこと言われても嬉しかねーよ」

言いながらも、やはりまんざらではない様子のクラフト
ゼーの顔をちらりと見てから、あえて何も言わず
極東の武将に別れを告げて、蒼騎士と二人陣地を出た

「将軍」

「なんだ」

「これは、籠城戦なのですか?」

「さてな」

クラフトは相手にしないという返事をした
ゼーは、つっかかろうかとも思ったが、殴られる自分を想像しやめた
二人陣地を見舞う、どいつも疲れた表情をしている
デハン教徒の一団が陣取る場所も訪れた
そこもやはり、どこかしこから、疲弊の色が見てとれた
それでも、軍隊として、また、集団として見事な規律が整えられている
精鋭と呼べるそれだろう

「将軍、それに、大騎士殿も」

「これは、治安公・・・いかがですか?」

「なに、あと5年は戦えます、そういう輩ばかりです」

朗らかに戦の神に仕える男は笑ってよこした
言いやがるじゃねぇか
クラフトも、思わず歯を見せて笑う
ゼーは、その陣地内を油断ない顔つきで見回している
まるで間諜のようだ

「ゼー、失礼にあたる、やめんか」

「将軍・・・、治安公、質問があります、この、デハン教徒以外の人間も多いようだが?」

目が早いな
デハン教治安公は、その若造の言葉に苦笑いを見せた
現在、デハン教徒として遠方よりやってきた人員よりも、土地の人間の方が多いように見える
とりもなおさず、それらはヴェステンの市民に違いない
教化が進んでいる、それは、深刻な問題ではなかろうか
ゼーは国政の観点からその質問をぶつけた

「その通り、ヴェステンの志願兵の方々や、奉仕志願された方々に支えられております」

「それは・・・」

「ゼー、やめんかっ」

クラフトが口を挟んだ、いや、手を挟んだというべきか
ゼーを叱りつけつつ、どついた
ゼーが非難の目を向けるが、それを制する強い視線が返ってくる
黙るしかない

「ったく、若ぇ奴は戦場のしきたりも知らん、申し訳ない」

「いや、とんでもない将軍・・・、ご指摘は解る、が、これはキルシェ『女王』が許されたことなのだ」

それに、ゼーは目を円くした
ヴェステンは、デハン教と結託するつもりなのだと
告げられたのだから

「リズ」

「はい、ひめさま」

ゆっくりとリズの腹を撫でる
シルクをまとっている、紅いシルクだ
姫様が職人にわざわざ指示をして作らせた上物だ
その柔らかい曲線が、腹の子供を優しく包んでいる

「よくよく働いておる、今日はそなたに大切な話しがあるのだ」

どきり、リズは少しだけ身をよじらせた
何か怖い目にあうのではないか
そういう顔をして見せる
その表情を見て、とても楽しそうに姫様は笑う

「そうだ、そのような作った顔、全て、よくよくできておるな」

「な、なにを?」

笑えない
うまく笑うことが、今、愛想笑いをしなくてはならないのに・・・
リズは凍り付いた自分を感じ取った、おびえが瞳に現れただろう
その揺れた視界に、満面の笑みを浮かべる美しい女性の顔が映り込む

ぴとり、また、腹に触れられた
満面の笑顔を向けられている
その瞳は、本当に柔和で、驚くほど優しい
しかし、冷えてしまう

「安心せよ、このまま産気づいたり、堕ろしたりするな、褒めるのだ、お前のことを」

そう言うと、姫様はその優しい眼で
じっと、その、宿った命を愛でるようにしながら
一人語りを始めた

「儀式のようなものだ」

「ぎ、ぎしき?」

「そう、かつて妹もこのように薫陶したのだ、お前もその資格を持つ」

柔らかい手の平が、さわりさわり
シルクの上をよく滑っていく
どちらがよりすべすべしているのだろうか
撫でられながら、妙なことを考えた
今、本当はもっと脅える段のはずなのに・・・

「責めるわけではない、私の脇の甘さをついてくる、それはよいことなのだ」

「つ、ついたなど、そのようなことは」

「黙れ、私を生かして、お前の有利を導きたいのであろう、ならば、今は聞くフェイズだ」

「・・・っ」

「あのジッキンゲンの娘と聞いている、家格は十分だ、
それに、一つ挿話を与えよう、そなたの父と妹姫・・・女王は結ばれたことがあるのだ」

「!」

「どうでもよいことだがな、利用できる話しだろう、お前の母を妾とすれば、
国王と成り得た、そうとでも言えばいい・・・いや、もっとも」

すとり、手と目が腹に注がれる

「この子の父が誰であるかの方が重要であるが」

「な、何を・・・これは、ぜ、ゼー様と・・・」

「育つほどに香りたつ、血は争えぬと見える、産まれる子は女だろう」

「姫様っ」

「大きな声を出すな、誰が聞いているともわからぬ・・・、これは一大事だ」

母親という生き物としてなのか
女という生き物としてなのか
一人の人間としてなのか
リズは震えながら、目の前の主を見つめた、睨み付けるほど敵意はない
しかし、視線を決して逸らさぬよう、決意をもった鋭い瞳を向けている

「衆愚を操るのに血の確かさは重要なそれになる、この子が正統な国主となりうる
その資格を有する、そう知らしめなくてはならない、その子が育つまで守らなくてはならない」

「どう・・・せよと、仰せられますか」

「なに、ゼーを選んだのはよいことだ、それは至極正しいことだ、問題はこの後・・・おとぎ話をしよう」

姫様はいうと、少しリズから離れた
リズはベッドに座らされて、姫様は鏡台近くの椅子に腰掛けた
整った姿が夜闇に浮かび上がる
美しい金色の髪と美しい瞳の色と美しい顔立ち
陳腐になるほど、美しいという形容を連呼する

「ある国にお姫様を守る騎士がおりました、騎士はその身を賭けて全てのことからお姫様を守ります、
お姫様は騎士に守られて幸せに過ごしたといいます」

唄うように姫様は語った
僅かな旋律をまとって、本当に童謡かと思うほど
柔らかく可愛らしい声が飾る物語

「それを見た別のお姫様も、そのマネをしようと騎士を見つけました、ところが、
その騎士を王にしようと目論んだのです、その俗念がやがて騎士を殺してしまったのです」

童話などと言われつつ、リズほどの無知でもわかる
姫様と女王様のことだと
自分に何を言いたいのか、それを探るためだけに
母は必死に頭をひねる

「お前はそのままでよい、私に逆らいたければそれもよかろう、ただ」

じっと、視線を繋げる
額をあわせた位置で、視線、いや、その瞳孔が見えるほどの近さで
お互いの瞳同志を見つめ合う

「お前がどうしたいのか、それがわからねば、どうするのが一番心地よいか、
それをよくよく考えるのだ、よいな、深く鋭く、短絡することも、疲れの果てでもなく、
考え抜いてそれを選ぶのだ」

「は、はい・・・」

「子を生かしたいのならば、子を王にして、国を栄えさせるのが手段となる、
お前が国王になりたいのならば、子を利用し、国を栄えさせるのが手段となる、
そして」

区切る

「ゼーと共にありたいと思うならば、さて、おとぎ話はどうであったか」

言い終わると姫様はその強い視線からリズを解放した
くたり、全身から汗が滲み出て、まるで情事の後のような温い脱力感が襲った
その体の疲弊を感じつつ、脳が凄まじく刺激されているのを覚える
リズは、自分の小ささを感じた
気付かない内に、前女王に調教され、その轍に踏み入れていた自分を覚えた
これは解ったのではなく、思いだしたのに近い
なにせリズは学がない、今更学んでも何一つ補完できぬほど、脳のデキが悪い

「近く、ゼーを一度呼び戻す、その時までにどうするか考えておけ」

言い捨てて姫様はそこからいなくなった
そこは姫様の寝室のはずだが
妊婦が一人捨て置かれたことになった
姫様がその夜、どこでどのように過ごしたのかは誰も知らない

翌朝、ゼーとアルが大広間に現れた

だから、前夜のうちにこの二人は城内に居たのだと思われる

「さて、軍師殿、今後の展開を説明してくれるか」

姫様はそう言った
唐突すぎる質問、そういう顔をした軍師殿は
しどろもどろになりながら、一つの展開を繰り広げる

「マイグレックヒェンの出陣を要請いたします、これを北に当てます」

軍師殿はいきなりの話題に、軽率な策で答えた
もうダメだ
軍師殿は自分の陳腐さに泣きたくなってきている
だが、姫様はそういう状況に陥っている軍師殿を
とても愛おしそうに見ている、それが見たかった
そういう表情を向けている

「北を叩くことにより更に時間が稼げます」

「軍師殿・・・」

大騎士ゼーは、軍師を殿づけで呼んだ
その、相も変わらぬ籠城に苛立ちを隠せない様子だ
この時、アルはじっと黙っていた
しいて言うなら、じっと、姫様の顔色を伺っていた、その伺った結果
何も喋らなかった

「時間稼ぎばかりだ、正直、西を担当しているこちらとしては、その新兵を割り当てて欲しいのだが」

その通りだろう
だが、当てても何も起きないのだ
軍師殿はそこまで読み切っている、ゼーはその段までまだ到達していない
所詮は前線将軍の一人でしかない、そうとなれば
クラフトの方が司令官として、戦場の守り役として遙かに優秀だ

「そもそも時間稼ぎをして、何かあるのか?この先、援軍が到着するのか?」

「・・・」

「答えて頂きたい軍師殿、さぁ、姫様の前でっ!!」

ゼーは声を荒げた
前線の全てを代弁したような口調だ
姫様は笑っている
アルは探っている

リズは、見ている

「援軍は行かない」

「貴様・・・」

「だが、戦況はこちらに好条件を提供してくる」

軍師殿は、その喧嘩口調に煽られたように
鋭い目つきでゼーを睨み返した
返しつつ、その持論を大きく展開する、それは夢想でしかなかった話しだ
今、軍師殿の胸にある策と呼べるものはその夢想だけだ
全てが、こうなってくれればうまくいく、そういう次元の、陳腐な策だ

「北方は、敵方としても我々の戦力を割くためだけの捨て駒、いや、
相手にとっての籠城戦なのだ、そこを全力で叩く、それにより
敵国内に凄まじい打撃を与えることができる、今回の敵方の作戦は相当の無理強いをしている
敵国内でも相当の反発があると予測できる、これにより、政局の転換を促せる、敵方の内情に一石を投じられる、
無論その間、ゼー殿、クラフト将軍には苦しい戦いをシテ頂かなくてはならない
だが、絶対に勝てる、この全土籠城戦こそが、紅の国が勝つ術なのだ」

目を血走らせて、その長い演説を終えた
軍師殿は、自分の興奮によってどうにかなっているほど
熱く、たぎるそれらを持て余す
ゼーと一対一の戦いを挑んでいる、騎士に対して一騎打ちを
そういう思いが軍師殿の胸中に浮かんだ、ぎりり、音がするほどの視線

「ならば、我らに現存兵力で引き分けを演じろと言うのか」

「無論、それが出来るからこそ、蒼騎士、重騎士だろう」

「言ったな」

「それがどうした」

二人の男が牙をむいた
その情景を十分に堪能したのか、姫様が
静かに水をさした

「軍師殿の軍略は見事だ、その意表を突くことで敵方に与える動揺こそが甘露、
アル騎士、さて、北方をどれほどで落とすか?」

「姫様の望み通りに」

「ならば、3日」

「了解いたしました」

言うなり、アルが広間を出ていった
二人の男の喧嘩は、この馴れた二人の男女の会話で霧散する
3日で落とすには、なるほど、それほどの時短が必要かもしれぬ
その場の全員はそう思った、いや、姫様以外の全員が思ったのが適切だ

「では、5日目以降にマイグレックヒェンは西の戦場に現れるでしょう、それでよろしいな蒼騎士」

「ひめ・・・さま・・・」

「それでよろしいか、蒼騎士」

「も、もちろんであります」

その姫様の瞳は、敵意をこめていた軍師殿とは比べ物にならない
凄まじい冷たさを伴っていた
ゼーは戦慄する、だが、その冷たさに懐かしさを覚えている
体が、背骨が、脳髄が、粟立つような寒気

「では解散だ、おかしなものだろう、この大きな国がたった4人によって左右されるのだ」

姫様は笑った、その場には5人いる
姫様、アル、軍師殿、蒼騎士、そして、リズ
一人が数えられていない、その一人を5人はそれぞれ別の人物を思い描いた

姫様が描いたそれを、アルすらも察しなかった
終わると、ゼーがその場を辞した
一旦部屋へと帰るといった具合だ、それにリズが付き添った

「軍師殿」

「はい」

「今日はよかった、そのような疾走感が重要だ、もう解っておるだろう、
考え抜いた末もよかろうが、面倒で時間がかかり、なによりも疲れる、
それよりはノータイムでの打ち合いに持ち込んだ方顔も白い、軍師殿は優秀だ、
ノータイムのチェスで勝てるならば、深追いすることなく、無意識で正解を選べるだろう」

「姫様」

「今回については、まず、手をうっておこう、軍師殿のサポートをしてこそ国王であろう?」

姫様は笑った
この時、既に、北大国内に姫様の放った間者が潜伏している
それはおろか、敵国その中枢に、息のかかった大臣を抱え込んでいる
この流れになることを見越していた、というよりも、こうするために動いていたのか、
それを利用する輩が出てくるのを待っていたのか
それとも、

「アル」

「はい」

「あと10日ほどだ、奥方も覚悟を決めておろう」

「はい」

「ヴェステンはデハンに呉れてやればいい、キルシェがどう思うか知らぬが、
私の側に居て欲しいものだ」

「揃い、極東へとお供つかまつります」

「時間をかけすぎたな、だが、この件が片づけばあとは自走できるであろう」

「はい」

「この国はリズに押しつける、それで事足りるな」

「そうなるよう、敵を叩いて参ります」

姫様は答えず
この二人の主従は戦場へと体を投げる
アルは姫様にうやうやしく頭を下げた
北へと向かう意志を見せたのだ
その忠義の騎士に、姫様は、手を下げた頭に添えた

十分だ

騎士殿は百万倍の力を得て、城を飛び出していくこととなる
姫様はそれをただ見るだけだ、当たり前のことを見守るだけだ、
笑うほどのことでもない、完全な主従のなすそれなのだ

キルシェはこの時、デハン教に国を譲ることを覚悟している
いや、そうしたのだ、宗教により救われる人口が
自分が指導して従わせる幸せよりも大きいと信じたのだから
なにより

姫様に自分は従いたいと判然と感じ取ったのだから、個人の事情を優先した自分は
もはや、国の代表たる身分にそぐわないと確信したのだから

その夜

「ゼーさま」

「リズ・・・」

二人の男女は寝所に体をつきあわせている
女は身籠もっている
男は持て余している
そして、夫婦に似た契りをかわしている

「腹の子は無事か、姫様になにか・・・」

「騎士様、それは不敬にあたります、姫様はそのようなことはなさいません」

強く、リズは大きく一手を打った
覚悟は決めてきた
姫様が近い将来といった時点で、翌日になると解っていた
全ては、どのためにか

「ゼー様、この子は・・・主家の血筋です」

「・・・り、リズ?」

狼狽えた顔を晒す騎士

「この子は、貴方の子ではありません・・・間違いがなく、主家の子供にあたります」

「お、お前・・・」

「騎士、ゼーよ」

宣言するように言い放った
この時、全ては決まったのだ
リズはそれまでの虐げられるだけの自分をかなぐりすてて
その安住の地よりも先に足を踏み入れた

「この子と私を守る、最強の盾たる騎士となりうるか?」

「リズ」

「お、愚か者・・・貴様は、まだ、その、わからぬか、わからぬというのかっ!!」

涙目でリズはそう訴えかけた
阿呆が必死になる、その様子を見て
ゼーは唾を呑んだ

「ゼー、お前は、私と、次期国王であるこの子と、紅の国を守る力を持ちうるかっ」

「リズ・・・」

ゼーはその少女を抱き締めた
ついぞ、少し前ならば、殴り倒していただろう
だが、今のゼーは必死な女に対して、憐憫を抱くほど
精神を成熟させていた
優しく抱き締めて、そして、唇を奪う

「ゼー・・・おろかもの・・・」

「解っております、麗しの姫様・・・」

「・・・ゼー」

「呼び捨てにすればいい、子がツエク様のそれならば、それでもよい、
リズ、俺は女王様に薫陶され、お前に仕えるように仕向けられていたのだ」

ゼーは、己の人生を確定させた
勝ち気なこと、自分本位なこと、愛情を知らないこと
それら全てが改善された、一人の男として、また、政治的に優れた騎士、駒として
それらの事象を受け入れる気持ちを抱いた
思えば、いずれこうなるように女王様に調教されていたのではないか

ゼーは、前女王、褐色の姫君の近衛役であった
つまるところ、支配される側であった
ゼーは、トラウマを抱えている
女王に叱責されることに極度の恐怖を覚える
そう調教されてきていたのだ
近衛騎士として少年騎士見習いから、近習としてありとあらゆる生活を送った
先ごろ、その女王と同じ臭い、いや、より強力な波動、それを姫様より嗅ぎ取ったとき
自分の思考と体が極めて従順になったのを認めた
自分は従う者なのだと
その主を今、リズに求めたのだ

目の前にいる、今はまだおぼつかない姫様
しかし、女はある時豹変する
確実にその素地がリズにはある

従僕のエキスパートであるゼーにはそれがわかる、やがて目の前の女は女王となると

「この紅の石に誓いなさい、騎士よ、我に忠誠を尽くせ」

「かしこまりました、紅の石の主よ、この身命を賭して、国と主と新国王をお守りいたします」

新たな主従がこの夜に産まれた
戦の趨勢など枝葉でしかない、脇を支える重臣も揃っている
この国はようやく、その、本当の後継者を得たのだろう
後に、市井に浮かぶ話しに、この二人のありようがまるで
前主のそれに似ている

紅の姫様とスズランの騎士に似ている

そう噂されることとなった
繰り返すが、後年、遙か後のことである

「この船が」

「はい、東方への足となります」

「絢爛豪華、なるほど、たのもしい」

晴れた日のこと、
青空の下に現れた、巨大な船を見て姫様は賞賛の言葉を投げていた

「船員は」

「選りすぐってあります、問題ありません」

アルは答えると歩きはじめた姫様の後ろを追った
二人とも豪奢ななりはしていない、いち観光客のていで歩いている
オオゴトになってしまうから、違う、姫様が面倒がったからだ
直で感激や感動を得たいというとき、この奇行を必ずする
供はアル一人と決まっている

「北方では随分の活躍、西方でも、ちと、やりすぎたな」

「申し訳ございません・・・」

「勝てる戦なのだ、ゼーをもう少したててやるべきであったろうに・・・馬鹿者が」

「は、」

「ともあれ、北での政変も予定通り起こせた、軍師殿はようやく、
軍略の領域に足を踏み入れた、もっとも、しばらくは得意な内政とやらをするだろうが」

港の石は軽やかな色、風を受けてよく渇いているからだろうか
眩いほどの輝度をたもっている、青い海、青い空、白い雲、白い石

「そういえば、前にもここを貴様と歩いたか」

「はい」

「あの時にも思っておったが、ようやく念願叶う、極東でデアルカの墓を参ってやろうと思うのだ」

「どこまでも、お供いたします」

「はは」

姫様は、アルをずっと見ていない前を見て
早くもなく、遅くもなく、躍るように歩いていく
小さく笑った声は風に乗ってアルの耳をくすぐった
海が近い、それがわかる、湿ったような、分厚さを感じる

「そうだな、命令は継続されている、貴様は、私とともに常にあるのだ」

足取りは軽い、ふわり、浮き上がるのではないか
アルはそのステップを見て、遠くへ登ってしまいそうな
大切な人を見る
長い間、同じ時を過ごしてきた、とても大切な人を
とても綺麗な笑顔を直視した
出会ったばかりの頃、なにも、何一つとして変わらない人の顔を

「身命を・・・いや」

「・・・」

「我が人生を賭しまして」

生ぬるい風だが、決して不快ではない
姫様は弄ばれる己の髪を指で整える
一呼吸が行われた
ため息にも聞こえる、嘆息にも聞こえる、単なる一呼吸でしかないかも

「安っぽい、相変わらず、学がないな」

アルはそれに、謝罪を続けようとしたが
その仕草にかぶせるように、大きく笑った
朗らかな声で、からからと、楽しそうに笑った

「さて、船出にあわせて、よいドレスを探そう、ついて参れ」

「はいっ」

主従はともにあり続ける

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なにしに書いたんだこれ・・・
書いている途中で、ゼーを主軸にした
近習の頃のエロ小説を一本思いついたのですが
ショタ向け、少年同士とか、目も当てられないことになるので
断念しました、しまった

2007/12/17