Edelstein ”Karfunkel”
「軍師殿はうまくされただろうか」
少年は小さく呟いた
白騎士マイグレックヒェンに囲まれて、一つ陣地を築いている
彼はゼーがもたらした情報と異なり
今現在、間違いなく生存しており、自由の身である
ゼーに嘘情報を持って帰らせた
そういう立場の上で今、皇子ツエクは静かに人を待っている
「砂煙は見えたか?」
「未だ」
待ち人はまだ来ない
その間に、もう一度、自分のことを振り返る
10才という若年にして、随分と後悔を残すこととなった
ゼーを使いにやって、女王とグラスとリズを救い出させる
それのために嘘をつかせた
軍師殿が、おそらくは紅の姫を連れて帰るだろうと思っていた
ツエクが率いた諜報部隊は凄まじく優秀だったが
その背後に、紅の姫の影があると気付いた、
気付いた上で
国益と自身の最大努力
それらを心がけるため、利用され尽くした
紅の国はもはや、自分の母ではどうにもならぬとわかった
北の敵は手強い、その手強い敵を破り、国体を維持し国民を救うためには
どうしても紅の姫が必要だと信じた
だから、彼はその信念に従って今、次の戦場となるこの場所で待っている
白騎士は500人を越える精鋭だ
それ以上に居た騎士達は皆、北方での戦いで命を落とすか負傷をした
ただし、北方の敵が急ぎ南下してくることはない
それほどの打撃を与えてここにいる
一人の将軍としてならば、最高の働きをしただろう
しかし、
彼は皇子である
「金剛石、世界で最も硬い物質」
軍師殿から習ったことを復唱してみた
自分の宝剣にあしらわれた大玉のそれを見る
輝く、と呼べばよいだろう
八方に散らす、美しい光はまさに光輝を抱いている
日は高い、その降り注ぐ日光を受けて、なお、光を増している
「ツエク様」
「どちらだ」
「・・・・」
「西・・・か」
「・・・・はい、西からです、ツエク様」
「ありがとう」
ツエクは陣の中から表へと歩き出る
部下は苦悶の表情を浮かべている
彼を苦しみから解放してあげなくてはならない、その一心で
ツエクはその部下の肩に手を置いて、頭を上げさせた
視線をあわせて、静かに微笑んだ、つられて部下も微笑んだ
それだけで十分だろう、部下はその仕草を見て泣いてしまった
もう一度、自分の人生を振り返る
この人生で3人の女性を見た
母、グラス、リズ
それぞれを助けたい、それが最後の望みである、しかしそれはきっと叶わない
「ツエク様・・・」
「手出し無用、よいな、言われた通りにせよ」
ツエクは居並ぶ騎士達にそう告げて
一人白馬を駆って砂煙に近づいていった
東から砂煙があがっていれば、ゼーが三人を連れて無事脱出してきたのだろう
その場合、彼らを受け入れて静かに落ち延びようと思っていた
国を捨てて、3人の愛する人を守るためという、我が儘だ
ツエクが個人として願うものだった
彼が皇子である以上、この、今まさに起きることこそが国のためにしなくてはならぬことだ
砂煙の相手は、白騎士アル
先輩であり、英雄であり、マイグレックヒェン(近衛騎士)である
彼にマイグレックヒェンを返す、そう、しなくてはならない
二人の騎士は出会った
「貴殿は?」
「お初にお目にかかります、マイグレックヒェン隊長ツエク、紅の国のクローンプリンツ(皇子)です」
「皇子・・・これは、失礼いたしました、私は」
「知っています、護国の英雄アルカイン・シュナイダー様でしょう」
ツエクは笑いかけた
アルは驚いてそれを見ている、随分と子供だが
面影にハンプのそれが見える
ハンプと紅の妹姫(女王)との子供だと理解できた
「さて、要件は」
「わかっておいででしょう、父の仇をとりに参りました」
「!」
意外なことを言う
アルは応えに窮した
目の前の子供は言うなり、下馬すると剣を抜いた
美しいこしらえの宝剣らしい、鞘には大きな金剛石が見える
「何をおっしゃるか」
「父ハンプの仇、それは、貴方ではなく紅の姫君、叔母上だと解っております、
だからこそ、近衛である貴方を殺せば、やすやすとそれが叶う・・・既に手は打ってあるのです」
ツエクがまた笑った
アルは自分の血液が沸騰するのを感じた
姫様に危険が迫っている、そういう安い言葉を覚えた
目の前の子供が、それを仕向けたと
その情報だけで、この男は殺意を用意するに十分だった
同じく下馬すると、馴染みの大剣を抜いた
白銀が日光に照らされて、眩いそれを放つ
「殿下、とお呼びすべきか」
「なんとでも」
ツエクは視線を向けた
アルの脳は、既に沈静段階に移っている
目の前の童子が、かつて可愛がった弟分の息子である
そんな事実は捨て去った、ただ
自分にとって敵である、いや、姫様に危害を加える愚か者である
そういう判断をした
殺す
短絡する思考、アルの中に焦りに近い物がこみ上げる
今、この、殺し合う時間すらも勿体ない、急ぎ姫様のもとへと走らねば
目の前の童子が、美しく舞うのが見えた
なるほど
キンキンキィン
煌めく姿は、剣舞のそれだ
実に美しく、戦場でも映えることだろう
大将にしておけば、どれほどの働きをするだろうか
アルは受けながら、その太刀筋の見事さを認めた
だが、綺麗すぎる、あまりにも清潔にすぎる
戦場慣れをしていないのかもしれない、騎士としては二流だ
アルは目の前の男子が敵ではないと判断した
自分が持ちうる、ありとあらゆる汚い手を思い浮かべる
目ツブし、急所狙い、足踏み
殺すための手段をいくつも思い浮かべて、選ぶ段階に入っている
目の前の精錬で、まさに、教科書どおりの騎士に
それら、汚い手を使うか
ザインっ
派手に剣は嘶く
ツエクの剣は冴えわたっている、体の小ささを補うように
運動量にモノを言わせてアルに散々打ち込んでいる
しかし、アルはその場で立ったまま、下がることもせず
かわし、いなし、防いでいる
恐怖が皇子の背中にとりついた、ツエクは絶望を覚える
やはり、絶対に勝てない、こんなに打っているのに
解るだけに絶望は深い、もっと時間が欲しかった
後悔に似た、感想を覚えた
力があれば、この男を倒し、自分が国と母と愛する人たちを救っただろうに
暗澹たる想いを抱いて、その時を待つ
殺される、そうすることで何もかもがうまく進む
そのシナリオにのるため、今、勝てない喧嘩を売ったのだ
それでも、最後の意地が、ツエクを突き動かす、天才剣士の技がここに吼える
「ぜいぁああっ!!!」
ツエクが宝剣をフェイクに使った
大剣はもともと得意のそれではない、あくまで、馴染みの小剣を使う
そのため、皇子の証である金剛石の剣を投げ捨てた
アルにむけて、下段から振り上げるようにして、途中で柄から手を離す
勢いよく回転し、宝剣はアルに一撃を見舞う
アルは落ち着いたもので、その飛びかかってきた長剣を丁寧に払い落とす
しかし、その動作の内にツエクが間合いを詰めた、小剣の技が届く位置に足を置く
スラッ
渇いた音を立てて、鞘走る
小剣術ならば、この男に負けることがない
必殺の一撃がそれまでの派手さを失い、実益のみを得るため
相手を殺すためだけに抜き放たれた
真っ直ぐに喉を狙い、小剣を携えた拳が伸びる
二の手を想定しない、最強の突き技
ぐらり
「なぅ・・・!」
「・・・・」
惜しいっ
言葉を飲み込んで、アルが渾身の一撃を振り下ろす
あとは、いつもと同じだ、手に凄まじい衝撃が残る
そしてその衝撃が、体を痺れさせ、骨に染み入り、やがて心を浸食する
人をまた殺した
自覚しての殺人は精神を削る
相手のなりたちと過去と生き様と、何もかもを一挙に背負う
その重圧が精神を一瞬にしてズタズタに引き裂く
ツエクが踏み込んできた瞬間、その足を払っていた
解っていたわけではない、咄嗟にその動作が出ていて
気付けば目の前で敵はバランスを崩している
それを見て、殺しの手を止められるほど、甘い騎士をしてきていない
ぱしゃ
返り血を浴びた、音はまったくしなかったはずなのに
驚くような血量が自分に注がれた、そういう音を耳がとらえた
目の前で血を吹き上げて倒れていく骸
アルの神経が逆立つ
この瞬間、目の前から肉体を離脱した何かに襲いかかられる
その魂にしがみつかれることなく、振り払う動作すらせずに、
周りの現状把握に務める、相手を倒した瞬間に無防備となっては
次の手で自分が、その轍を踏んでしまう
睨みをきかせて、周りをぐるり、かぶりを振って威嚇する
「・・・・・」
「アル様」
「新手は、動きはどうか」
アルが怒気を交えて部下に訊ねた
部下は、かつて見たことがない様子で一瞬おびえをあらわにしたが
すぐに軍隊の規律を思い出す
上官の問いかけには、即座に応える
「何もありません、いや、むしろ投降の、恭順の意向を示しております」
「・・・・そう、か」
アルは驚きの目を向けた、纏っていた殺気が霧になって消えた
ぞろぞろと500人の騎士がやってきた
彼らは皆、アルと同じくスズランの紋章を肩に刻んでいる
「マイグレックヒェン(スズラン)か」
「前隊長ツエク殿下よりのお下知です、我ら500名、アル先代隊長旗下へと属を改めます」
「・・・あい、わかった。前隊長は見ての通りだ、亡骸を回収せよ、すぐに本城へと進める」
「はっ!!」
騎士達は従順に従った
目の前でもとの主を殺されたというのに、その主の厳命に従って
アルに一切を委ねた、慣れている、そういうことだ、こうなることは解っていた
じわじわと、騎士隊長の背中に悪寒が登ってくる
手元にはまだ生々しい衝撃が残っている、柔らかい味がした、剣を通して
年端もいかぬ子供を殺めたそれが、むずむずと
ハンプ・・・憎むか
静かに、心の中で強く呟いた
むしろ、憎んで怨んで呪って欲しい、脆弱な心は暗黒を覗く
しかしそのような甘えは一切許されない
すぐに本城へ、主のもとへと馳せる
騎士の一団は砂煙となってその場を去った
☆
「ゼーには酷なことをさせる」
「皇子・・・」
「いいな、もし、ゼーが間に合って、無事三人を私のもとへと連れてきてくれたら、
それは祖国を裏切ることだけど、一切を捨てて落ち延びよう、多少ごたつくだろうけども、
国は、少なくとも国民は助かるだろうと思っている」
「何を弱気な、我々で戦えば、まだ、まだ戦えます!」
「それは、嘘だよゼー」
「ツエク様・・・」
「だって、先の戦いで解ったろう、これはまずい、正直に勝つことが難しいと思う、
しかも紅の国は今、二人の元首がいて混乱をしている、勝てっこないよ」
「だからこそ、国内の敵方を滅することが」
「するのに、どれだけ血が流れると思う、内憂の敵も勝るとも劣らぬ強敵だ、
残念だが、女王様は死地においやられてしまっている」
「そのような弱気で」
「しかも、今、そのような政争をしている時間が勿体ない、ただでさえ劣勢の今、
内輪もめで消耗するのもよくない、そうわかっていて、軍師殿は向こうについたのだ」
「軍師様が?・・・裏切りではないですか」
「私が軍師殿の立場でもそうするだろうと思うのだ、正統さだけで打開できない今、
他人に頼る、そしてその代償は支払わなくてはならない」
「代償・・・」
「そういうわけだ、ゼー、お前が戻ってきてくれれば、代償は支払わずに済む、そういう話だよ」
ゼーは走り抜けて、全てを捨てる覚悟をもって城へと戻った
しかし、間に合わなかった、いや、もともと
どんなにしても間に合うわけがなかったのかもしれない
ゼーに託した賭けというのは、その末期の戯言にすぎないのかもしれない
童子が夢想を描く、その行為だったのかもしれない
リズとグラスだけでも
せめて
そんな意味のないことを考えてしまう
虜を脱してはいるが、未だ城内で潜伏している
探るにつけて、女王様が籠絡された、と、言うべきなのか
悪魔の女の毒牙にかかったことだけわかった
どうしたらいいのだろうか
ゼーは自分が、今、何をするべきか、何も見えていない
紅い悪魔を殺すべきか
そうすれば、リズとグラス、そして女王も助けられる
しかし、それは皇子との約束を破ることになる
あくまで、ツエク皇子は国民を助けることを唱えた
それを自分に託してきた、それを裏切ることはできない
何をするべきなのか
わからないままで、ゼーは静かに大広間の死角に身を潜めた
彼しか知らない、王座に最も近い場所
近衛にのみ知らされている完全な死角だ
王座で万が一が起きた際、唯一間に合う場所である
通例なら、ゼーの代理がここに配置されるはずだが
今、その当番員は死んでいる、ゼーが殺し、その場に居座った
間もなく、この場で一同が会する
何をするべきか、わからないまま、最も刺客として最良の位置にゼーは座っている
☆
姉姫に続いて、妹姫(女王)が現れた
大広間には、多くの重臣が揃っている
そこへ、姉妹は現れた
昨夜のことを皆が知っている、当たり前のように胸を張り
いささかの気負いも見せず、姉姫はゆうゆうと紅いカーペットの上を歩いた
錫杖、指輪、ティアラ
全てに紅い石をはめられたそれをつけている
いささかやりすぎ感があるほどの豪奢
しかし、それを悪趣味におとしめない、そういった人間としての魅力が
姉姫には備わっているらしい
威厳と荘厳を備えた姿のまま、しずしず、歩いている
アルという狗を連れていなくとも、姉姫は輝いて見える
男、いや、彼女に纏わる全ての物体は装飾品にすぎない
今となっては、女王ですら彼女を引き立てる何かでしかないらしい
何をしたでも、何をされたでもない
理不尽な力によって、今、この場の王が誰か
その答えがはっきりと示されている
「ほう、赤階段の上に私よりも先に人間がいるか」
「姉姫様、あれは、私の侍女をしておるものです、人形とお考えいただけましたら」
「なるほどな」
赤階段と呼ばれる王座
その先に空いた玉座と、左右に女が二人整っている
グラスとリズだ
二人は、かしこまった表情と姿で、膝をついて待機している
赤階段は王族のみが登ることを許された、絶対の領域だ
そこに、王族ではない女が二人いる
それだけで癇に障るところだが、姉姫は黙ってそのまま階段に足をかけた
本来ならば、許しを与えたアルが待っているところ
しかし、今、護衛の騎士はいない
ふと、姉姫はその事実に戦慄した
いや、冷たい空気を感じ取ったというのだろうか
避けることのできない事象が、目の前に待機している
そこへと足を踏み込んでいる
そういう感想を持った、何故、今この時に側仕えの騎士を帯同せなんだか
姉姫はそう思った
思ってから、仕方ないことだとも考えた
赤の階段上は自分たちしかいられないと思っていたのだ
それ以外がいるということ自体、もう、仕方ない
魔物が棲んでいる、それは、女の体の中にだ
赤階段の上に四人の女が揃った
王族が二人に側仕えが二人
姉姫はじっくりと、側仕え二人を見た
一人はおぼこい王女様風
そしてもう一人は
「・・・貴様」
禍々しい殺気をまとってそこに居座っていた
どろりとした瞳、ひきずりこまれるような鬱屈、絶望を抱いた重石
グラスは、そこで鬼になった
スカート下に隠していた凶器をもって、目の前の姉姫を殺しにかかる
彼女はもう、自失している
何もかもがどうでもよくなった時、
一番派手なことをしたい
そういうことになった、その捨て鉢の心から自然と
自分の主人であり、自分を陥れた女王への忠誠を誓った
いや、嫌がらせだ
女王が今、一番困ることをしてあげましょう
グラスは濁った瞳のまま、声も出さずに凶器を振りかざした
短いナイフだが、十分に薄い女の体を貫くほどの刃渡りを備える
目の前の護国の救世主とたりうる、姉姫を殺すこと
それが、ある意味で、女王の為である
これは、女王の天敵であり主人を殺すことで解放してあげられる
しかし、ある意味で、女王への意趣返しでもある
これは、女王の未来が自壊する引き金だから
歪んだ形で愛した人の仇を取る、それでいい
一瞬のことだった
錯乱した侍女が姉姫に斬りかかった
そういう事件が起きたのだ、紅い階段はいつも血塗られる運命だ
かつて、姉姫の血でこの場所は染められた
そして今、またしても、姉姫の血で染められようとする
どん、じぐ
人間を押しのけた音がして、そして
刃物が人間を食い破った音が続いた
しん・・・・、城内は静けさに包まれる
その事件は、まるで予定調和の中でちゃくちゃくとこなされている儀式にすら見える
「グラス・・・・お前・・・」
「じょおうさま・・・なぜ・・・」
「愚かなことを」
「どいていただきます、全ての仇を取らせていただきます」
姉姫をかばって、女王が刺された
またたくまに血がしたたりおち、紅い絨毯をなお一層の紅に染める
姉姫は、庇われた形だが、未だ無防備である
グラスの二の手が迫る、今度こそその刃は姉姫を殺める位置に置かれる
グラスが振りかぶった、逆手に持ったナイフを
精一杯に振り上げて、走りよるように、襲いかかるようにして
姉姫に向ける
どうして、こんなことになった
混沌の最中、ゼーはそう思った
どうしようもねぇ、誰も助けられない
女王が倒れる音を聞いて、すぐさま死角から飛び出していた
そして、その刃はあろうことか、いや、予定通りなのか
姉姫を救うため
親友の女を手にかけることに至った、親友を殺した、同じ剣で
「きゃあああああああああ!!!!」
グラスの断末魔が大広間を奮わせる
ゼーは、上段からの振り下ろしに間合いをつめるという
凄まじい一撃を見舞う準備をした
なんたる皮肉か
ゼーは、下唇を噛む、強く噛んだ、血を滲ませた
この女の男だった、親友から貰ったこの技を、よもや
守って欲しいと頼まれた女に対して使うことになるとわ・・・
対アルの上段偽装突きのためにとっておいたその技は
一人の狂乱を催した鬼女を葬るために放たれた
ぼだぼだぼだぼだ
生々しい音をたてて、グラスの体から血が抜けていく
手にしていた刃は音をたてて落ちる
そして、切り裂かれた自分の体を見て、叫び声をあげる
白目を向き、天を仰いで、膝立ちになり、絶叫をする
「ああっ、マリーネっ!!!貴方のもとへ、今っ!!!!」
「安らかに、死ね」
ゼーがトドメをさした
凄まじい斬撃の音がこだまして、女が葬られた
真正面を真っ二つに割かれ、トドメに喉を貫かれた斬殺体がそこに転がる
紅い階段は、二人の女の血に彩られた
女王も既に絶命している、さぁ、どうしてくれようか
ゼーは、自分がしでかしたことの意味を理解できていない
それでも、ただ、目の前に敵だと認識できる女が、いま一人いる
それを殺すべきではないか、何もかもを破綻させたらいいのではないか
破滅的な思考を抱いて、振り返った
ぞくり
とてつもなく冷たい目の女がいる
目の前での事件を見て、何一つ心を動かすことのない
鋼鉄、いや、氷の、もっと硬い、そうだ
金剛石を思わせる美しく、冷徹な光を帯びた瞳を晒している
ゼーは、密かに憧れていた女王のそれよりも
さらに鋭い瞳を見て狼狽えた、情けない、自分に唾棄する
「青い騎士殿、これは」
「・・・」
突然自分に他人の行為が降り注いだことを覚える
狼狽えて、ゼーは自分にまとわりついたものを確認する
腕に、いや、腰にだ、リズがまとわりついている
そこで、頭にのぼっていた血が一気に下がっていく
まだ、まだ守るべき者がいた
ツエクの望み、皇子の望みを少しだけでも、いや、皇子だけではない
ゼーは、自分がこの少女を愛していることにようやく気付いた
必死にぶらさがってくる女の命をかけたメッセージを受け取る
そうだ、全てを都合良く肯定しよう
国のために働くのだ、俺は騎士だ、紅の国の騎士だ
そして
騎士である以上、女を守るべきだ
「差し出がましいことをしました、申し訳ございません、蒼騎士ゼーと申します」
「ほう、噂の朱騎士の片割れ、大騎士殿か」
「恐悦至極であります」
「今の働き、勲章に値する、よくした」
姉姫はそう言うとゼーの肩に手を置いた
そして、その場で、ゼーに届くようにだけ呟いた
「腰の女に感謝するがよい」
「・・・・」
「悪いようには、せぬ、女を慈しんでやれ」
「はい」
その場は、騒然となったが
すぐに、いや、むしろこれすらも演出ではないか
そう思うほど、紅い階段上の姫様は浪々と演説をする
「見ての通り、不幸が起きた・・・本来ならば、妹より再度、私に主権が移るはずだったのだ、
しかしそれは果たされず終わった、この不幸全てはいずこより始まったか、思い出そう
本当の敵を思い浮かべよう、北にいる、それらだと、我らは憎むべき相手を見つけられる」
階段下では呆気にとられた様子の重臣が並んでいる
唐突な演説であるが、その無茶苦茶な論理に不思議と賛同せざるをえない
そういう空気が産まれる
いや、結局政治というのはそういうことなのだ
圧倒多数が保守的な大臣で占められている、今、いや、これから
彼らが自身の保身を考えるならば、目の前の女に何もかもを任せるしかない
鋭敏にそういう流れを感じ取り、そのまま、呆気にとられるではなく
賛同するための準備を整える
愚民、愚弄、愚鈍
階段上で姉姫は、居並ぶ阿呆を見下す、見下しながら
さらに続ける
「不幸は今に始まったことではない、我らは未だ、不幸のまっただ中にいる、
北方の敵を駆逐せねばならない、ありとあらゆる、平穏を奪うそれらから
我々の居きる場所を守らなくてはならない」
その時、大広間の扉が開いた
一人の白い騎士が現れる
「姫様っ!!!」
「アル騎士」
目の前で生きている姫様を見て
その足下に死体が転がっているところを見て
そして、側に見知らぬ騎士がいることを見て
アルは、自分がどうするべきか判断に迷った
しかし、美しい主人はその、迷い狗に対して待機の合図を送る
今、演劇のそれなのだ
「アル騎士・・・やはり、間に合いませんでしたか」
「・・・は、はい」
打ち合わせはない、が、姫様が何を欲しているか
この犬は嗅ぎ分けることができる、言われるままに肯定をする
目の前で、弱々しい女のなりとなった姫様が言う
「ツエク皇子の救出はできませんでしたか」
「あ、はい・・・真に申し訳ございません、遺骸を回収できたことだけで」
ざわり、
重臣達の戸惑いが音になって現れる
その中で、軍師殿だけが平静を保っている
いや、そういう顔をしているだけで、青ざめて、真っ白な
白磁を思わせるその色を晒している
「私の至らぬところでした、これより、追悼、弔の戦を開きます、アル騎士よろしいか?」
「む、無論であります」
「よろしい、では、すぐに北方へ向けて軍を進めよ、紅の国の、
失われた宝、女王とその子ツエク殿下のために、勝利を!!」
「はぁっ!!!!!!」
アルは恭しく頭をさげてそう吼えると
すぐに翻って表へと逃げた、いや、退出の命令に従っただけだが
どうやら、この演劇によって、色々なことが成ったらしい
辛うじて解ったことだが、どうやら、これらの下準備全てを
あの紅の軍師という男が行ったのだろう
ただ、自分の罪の重さを感じている様子だった
悪人になりきれぬ男なのかもしれない
思いながら、勝手知ったる城内、姫様の退出口へとすぐに移動をした
そこに、約束どおりに現れる
「アル、よくやった、まぁおおよそ想定通りだ」
「はい・・・いや、おおよそ?」
姫様とも思われないような言葉を聞く
アルは聞き返す
「殺すつもりは無かったのだがな、不測すぎる、その上、私が生かされた」
「まさか」
姫様の先を行くような、読み手がその場にあったのか
アルはその事実に目を見開いた
姫様は、その愚鈍の従者が様子を見て
笑う
「目的が変わった、極東を取るまで進む」
「姫様」
「ともあれ、言った通りだ、まずは北を懲らしめてやらねばなるまい」
「はい」
騎士は、目の前でまた新たなエモノに牙を覗かせる主人に
深い安堵を覚える、自分はこうしてまた
このご主人様により、使い減らされ草臥れていけるのだ
自分の生き甲斐というのはおこがましい、拠り所のそれを確信する
先をいく姫様が足を止める、そして、いつもの命令とは異なる
とても、小さい声で呟いた
「・・・私を、殺してくれるだろうか」
姫様は悲しそうな目で従者を見た
従者はその問いには答えられなかった
いや、判別ができなかった
今、ここで殺して欲しいと言ったのか、
運命というものに向かって愚痴たのか
考えながら、従者である騎士はすぐに答えに到達する
どちらにせよ
自分は人殺しでしかない、殺すことでしか、なるほど
役に立たないそういう生き物なのだ
☆
「ゼー様・・・ご無事で・・・」
「リズ」
抱き締められて、ゼーはそれまで感じたことがないほどの安息を覚えた
目の前の女から発せられる何かが、自分をどれほど癒してくれるというのか
ゼーは、命を拾った
この目の前の女によって救われた
どうしたらいいのかわからない時、道しるべを置いて貰った
「俺は、大騎士として、そして紅の国の重鎮として居きられる、お前を守る」
「ゼー様・・・わたしだけじゃ、ないんです、ないんですよ」
リズは言うと、ゼーの手をとり
そっと、自分の腹の上に置いた
一瞬、意味がわからない、だが、すぐに理解できた
一人ではない、守る者が増える
「り・・・ず・・・」
「そうです、どうぞ、抱いてくださいまし・・・もう、できない時は、
手でも口でも、なんででもご奉仕いたします、ですから」
懇願する娘にゼーはキスを見舞う
腹に宿る新しい命、それを育む女、その姿に凄まじい強さを見る
ふと、その強い女の胸元に紅い宝石が光るのを見た
「それは・・・」
「じょ、女王様の片身に・・・と」
王家の証を?
思ったが、あの新しい女王(姉姫)様について、ゼーはよく解らないでいる
そういう王家のなんとか、などという装飾を好まないのかもしれない
その言われを忘れてしまえば
「似合う・・・そうか、赤はお前と出会った時の色か・・・」
リズは笑った
あの時、決して安くはない赤シルクをまとった娼婦として、
この男に犯され、その後も側仕えとしてきた
不思議な縁をその色に見る
「よいことだ、おそらく、この後赤の似合う女は重宝されるだろう、あの姉姫様が」
「はい、新たな側仕えとして任命されました」
「それは・・・しかし、身重では」
優しく笑うと、だからこそ、と呟いた
身重の女を側に仕えさせる、それにどのような意味があるのか
ゼーには解らないが、ともかく嬉しそうな女を見て
ただ、喜んでみせた
「褒美に、いや、おそらくは戦意昂揚のためだろうが、ツエク皇子の剣を頂戴した」
「ツエク様の・・・」
リズは驚きの瞳で、大粒の金剛石を見る
「この剣自身はここに置いていく、レプリカを持っていくのだ、そういう達しでな、
隠しておこうと思うが、リズ、お前に預けておく、俺が居ない時この剣がお前を守る」
言うとゼーはもう一度リズにキスを見舞った
「では、行ってくる、俺は国を、そしてお前を守る、死なない」
こくり
リズは言葉を失ったように頷いて、そして、儚い笑顔を見せた
その笑顔を胸に秘め、騎士が一人出ていった
取り残される「おひめさま」
紅い宝石を輝かせて、金剛石の剣を持つ
リズは、その剣を抱き締める
目をつぶり、目尻から涙を零した
「ツエク・・・皇子・・・」
リズはもう一度、己の腹を撫でた
新しい命を宿したその場所を、優しく撫でる
撫でて、もう一度男の名前を呟く
「ツエクさま」
まだ、まるで宿ったばかりの弱々しい命だろう
しかし、その名前を聞いて小さく躍ったように思われる
母の気持ちに応えるように
産まれる日を待ちわびて
カーバンクルという魔物がいる
額に紅い宝石を頂く
不思議な魔物だ
どのような大きさで、どのような姿形で、どのような力があるのか
誰も何もしらないが、その額にある宝石だけは知られている
所有者を幸福にする力があるという
しかし、手に入れた途端にその力は失われる
紅く輝く柘榴石
それを、産まれながらに抱くものこそが、
何もかもを叶える力を宿している
こと、知られている分について、それを抱いた者というのは
どうやら、赤を愛し、紅に愛される
女のようであった
ende.
長々、ご愛読ありがとうございました
本当に、呼んでいただけましたこと
心から、感謝いたします
ありがとうございました
(07/10/15)