「思いの外、時間がかかったな」
「申し訳ございません」
カインは、静かに頭を垂れた
場所は、西ツィーゲル城の、彼に与えられた家
与えられた時から
夫婦二人が住むには、あまりに広すぎる不自然な家
この家は、彼と妻の、たっての希望で得られている
かなりの待遇を望んだとデハンには思われており
実際、当時の治安公と武威公が、酔って視察に来たほどだ
別に、彼の家でなくとも、それこそ
自慢のワインや干し肉とチーズがある、武威公の部屋でもよかったというのに
妻はまだ戻っていない
サロンで最後の別れを惜しんでいるのだろう
部下達は当然この家にいるはずもない
従者の類は雇わなかったから
今、この部屋には、彼とその頭を垂れるべき相手だけだ
「西を望むべく、忙しくなる」
「はっ」
「バンダーウの教祖は頭の好い男だった様子だな」
「はい、お伺いすることと、ほぼ同じことを考えていた様子で、神の声と称しておりました程」
「お前は、神がおらぬと言うのか?」
「え?」
意外なことを聞かれた
彼は思わず声を出した
理詰めで全てを考え、この戦の趨勢を
この場にいて支配した人間から
神の存在を信じることを聞くなど、思いも寄らぬこと
「神が居ると言う奴が居て、居ないと言う奴は居ないという論拠を持たぬ」
「・・・・・」
「居ると言う奴が、そのおかげだといって、このような手品を見せたのだ、どちらを信じるというのか」
「も、申し訳ございません」
「相変わらずの浅慮だな、それでいてよくよく生きて帰ってくる」
「はい」
「恥ずかしいことだ、人を殺めてなんとか生きて、お前が生きるために何人もが無駄に死に、
無駄な労を執ることとなる、それでもお前は、その無能を晒しながら生きる
お前が無能を晒すために、人は死に働き続けねばならぬ、恥ずかしいと思わないか?」
「も、申し訳ございません・・・」
「挙げ句、ひれ伏したまま謝る、最低最悪低俗極まりない、お前はなんのために
どうして、あまたの命を失って平気で生きていられるのだ?それとも
それだけ神経が太いからこそ生き残るのであろうかな?」
「も、もうしわけ・・・」
「答えよ、誰が謝れと言った、阿呆が、私は質問をしておるのだ、質問に謝るという答えなど無い」
「・・・・・・・・」
「答えぬかっ、アルカイン・シュナイダー」
「す、全ては、私の我が儘のため、そして無恥であるが故、生きながらえておりますっ、姫様っ」
ばごっ
言い終わる頃を見計らって、つま先の堅い靴が
額をこすりつけた男の脳天を蹴った
痛みに声を漏らし、恐怖に身体を震わせる
「立て、アル」
「は、はい」
「目を逸らすな、私の瞳を見よ」
立ち上がり、言われるままに
その蒼い瞳を見つめる
暗がりだ、透き通るように美しい肌と髪
そして、麗しの紅いドレス
ス、空気を斬る音がして
テーブルからパンを切るナイフを取った
それをアルに差し出す
「貴様に褒美を取らす、これを持て」
「はい」
受け取り、瞳を黙って見つめる
不自然なほどの接近をしている
ドクドクと、アルの視線は波を打つように
心臓の動きに反応して揺れる
瞳が彼を動かす
静かに、ナイフを自らに突き立てようと動かす
死にたくない
でも
逆らいたくない
葛藤を瞳に宿して、それでもまま
身体は震えながら、そのナイフを自らに突き立てようとする
目の前の女は、うっとりするでもなく
ただ、その仕草をじっと見入っている
いや、仕草ではない、それにより脅えていく男の瞳を見つめる
直視するにはあまりに美しすぎるその瞳で
先を、闇を、旋律を見つめる
逆らいたくないのではない、逆らえないのだ
悟った時、手には、迷いのない力がこめられる
肘から先とそれより前が別の物になったのを感じた
瞳は、蒼いそれに吸い込まれたまま
恐怖に震えた身体に、腕は容赦なくナイフを突き立てる
「やめよ」
ピタ
「ひめ・・・・さま」
「やめよ・・・・アル、よくやった、お前は、褒めてやろう」
瞳には全く、その言葉の意味は載せられていない
余興を楽しんだ、それくらいのことしか載せられていない
声もまた、棒読みで心にもないことだと伝わりすぎるほど
それでも
それだって、アルは充分に満足し、最高の栄誉を勝ち得たと錯覚する
いや、信仰する
膝でがくりと落ちて、その場に中腰となる
姫の胸元付近に頭が落ち着く
そのアルをゆっくりと姫は撫でる
この男にとって、至高のそれが舞い降りた、今なら答えられる
私は、このために人を殺し、自分を生かし続けるのだ
陳腐極まりない言葉で自分をわずかな安息へと導く
忠実な彼は、騎士だ、姫様に仕える勇敢な騎士だ
間違いがない、これだけの忠誠を誓うのだから間違えようがない
彼が無宗教なのは、神よりも信じられる対象があるからに他ならない
姫が飽きた様子で、アルを突っ放した
もうどうでもいい、そういう空気が充満した
アルは、至福のそれから引きずり戻される
「東も面白い物が見られたが、そろそろ一度、故郷へと帰りたいものだな、アルよ」
そう呟いて、視線は窓の外
アルには背中のみを見せている
「仰せの通りに」
騎士は、新たな命を受け取ったと答えた
つい2年も前だっただろうか
この地へと降りた時にも、同じことをしたと思い出す
それでいい
それを続けよう
騎士はそう信じて、外へと出る
カインという傭兵隊長は、この地におけるその名を変えることになる
かつて、西方で武勇を響かせたそれに
ただ、枕につく言葉は以前のそれとも異なる
海賊
そんなところだろうか、ただそれも、西の地につくまでのことだろう
Die Sonne geht im Osten auf.
太陽は、東から昇る
一つだけ昇るのだ
というわけで、実はerkの続きだったんですねーと
自分で書いてて、そりゃねぇなという具合でありますが
そんなこともありまして、主役っぽいのに全然語られなかったのでありました
自己満足ばかりです
当初の予定では、姫復活劇としてこの地で10話程度で治めるようにしようと思ってましたが
この続きとなる三部目、帰還を書くかどうかがすげぇ妖しいし
姫様、あそこで死んだかどうかわかんねぇ方がいいだろうと
思ったりもしてしまったので、ずるずる
この設定は、現在、嘘設定となっております
本当は、姫様が「知らない内に」身籠もった子供が、さらに姫で
本来の姫は行方知れずのまま、アル夫婦以外は知らないとしておこうとか
そんなことも考えていましたが
全て設定萌えのみでありました
こんなところまで駄文失礼いたしました。
読んでいただけた方
本当に、ありがとうございました