Ost.
Die Sonne geht im Osten auf.
調停が終わった後、武威公達の居る場所とは反対側
東ツィーゲル宮に至る途中
シヴァ一行がゆっくりと道を進む
先に何かあるのだろうか、従う者がそう感じるような
行進がよそよそしい
先頭にシヴァがいる、馬にまたがり
空の高さに映える、すらりとした長身を揺らしている
左右後方を二人の宰相が付き従い
3区へとさしかかった
「ここも損傷が激しいな」
シヴァが呟いた言葉
その視線の先には、まだ片づけられていない
教徒の死体が横たわっているままだ
戦火の匂いは、まだまだ抜けるまでもなく、一層強めているような様相だ
宰相達も、それをじっくりと、目に焼き付けるようにして見る
「ここは、腕の宰相が初め、守りを堅め形勢を逆転させた場所になります」
誇らしげな声で、従者の一人がシヴァに告げた
こくり、シヴァは頷いて、馬を止めた
青い空の下に、白い装束が輝きを増している
宰相二人は沈痛な面もちだ、腕の宰相への畏敬が現れている
畏怖かもしれぬ
「・・・・シヴァ様、先へ」
「よいのだ、ここで用を済ませる」
言って、視線を宮のほうへと向ける
そちらから向かってくる騎馬が一騎
わかっている、シヴァはその表情で彼をじっと待つ
熱く、賢く、哀しい
シヴァは彼をそう評した
グイ、9区の、前線の、戦勝の司祭
「シヴァ様っ」
「よいのだ、彼を待ったのだ」
鋭敏に気配を、グイから漏れる怒りを、悟った宰相がすぐにシヴァを伺ったが
それを優しく制した、むしろ、宰相達を安全な場所へ退避させるよう
さりげなく手を動かした
言われるままに彼らは、少し離れることとなる
シヴァ側近がすぐさまそれを汲み取り、宰相達の安全を確保するよう
陣取りを変えた、終わる頃、馬の足音も止まる
「グイ、よく来たな」
「・・・・シヴァ様っ、おたずねしたいことがございますっ」
固唾を呑んで、全てのバンダーウ教徒が見守った
5区を出ている
だから、教徒は上下全て揃っている
宰相と、近しい者はその状況をじっと凝視する
「申せ」
「・・・・・」
グイが、間を持った
躊躇いが見えた、グイがためらうのは衆目があるせいだろう
だが、それを踏み越えて、訊ねなくてはならない
青年はもう一度、敬愛の人を見上げて吼える
「戦の宰相は、戦の宰相はなぜ死んだのですかっ」
ふっ、
シヴァの口元に笑いのようなものが漏れた
驚くグイ、その表情の些細な変化は、他の誰が認めること叶ったであろうか
「バンダーウの意志だよ、司祭グイ」
鋭い瞳が燃える
「意志は、シヴァ様が聞かれた言葉なのですか?」
「違う、運命だ」
「そうせよと命ぜられたのですか!」
「グイ・・・・」
組みかかりそうな勢い
それが全身から漏れた、思わず側近達がグイの身体にまとわりつき
前へと出るのを拒んだほどだ、その炎をまとう視線を
ゆるやかに受け流し、馬の上からシヴァは言葉を続ける
それは、神の声と同意の言葉だと信じられる
シヴァは神の代弁者だ
彼が言うことそれは、神の意志に相違ない
ならば彼が神なのか?
彼がすることは神の行いなのか?
彼自身が喋ることを欲する瞬間はないのか?
彼は聞いたことを喋っているのか?
彼の言葉ではないのか?
「哲学は面白いが、何も産まぬよ、グイ」
!
驚いた顔で少し怯む、声に出さず心内を見透かされた感じが
背中に嫌な冷たさを残す
グイは敬虔な、くどくど強調してきたが本当に純粋なバンダーウ教徒だ
司祭でありながら、もっとも聖人らしく
グイはバンダーウという構成物質で構築されている
だから聖典に書いてあることは全てが正しく
シヴァの言うことは神の言うことに違いなく、疑う余地もない、そうしてきた
「し、シヴァ様・・・・き、お聞きください、私は、私は」
わなわなと震えるようにして、絞り出した声が
囁く、踏み越えてはいけない領域まで
グイはやってきたのを自覚したせいだろう
彼は賢い、本当に優れた頭脳の持ち主で、この考えに到達するのは当たり前だった
それを信仰心という基盤が、思考を拘束していた
「シヴァ様は、シヴァ様の声は、存在しないのですか?」
精一杯に造り上げた質問が出た
後ろで隠れた宰相達が深いため息をついた
とうとう踏み越えた
かつて自分たちも立ち止まった場所を目の前に見る
三人揃って立ち止まった、その内の一人は居なくなった
「目よ・・・・」
「耳よ・・・・」
二人は声をかけあい、己の存在を確かめあってしまう
もう一人足らない、足らない理由はとてもよくわかる
グイの場所よりも先に来たからとてもよくわかる
宰相達はグイを仲間として見ることができるようになった
苦楽をこれから分かち合う
偉大なる仲間となることを直感した
いや、これすらも、もしかするとシヴァが手ずからの
新しい宰相を欲した結果、グイを育てることすらも計算に入れて
今回の一端を色塗る結果となったのではないか
確信はなく、推測ばかりだが、彼らはその推測がほぼ正しいと信じて
これまで、あの立ち止まった日から生きてきた
だから、次のシヴァの台詞を予測する、それは、予想であり希望だ
グイを次代の、腕の宰相として迎える
新体制を手に入れ、盤石の地盤を手に入れ
未だ衰えることなく、信仰の波を世界へと向ける布石を打ち
この騒動の最後の一手になるのだろう
シヴァが、充分の間をあけてから口を開いた
「私が声を持たぬなら、お前も持たぬことになるだろう、グイ」
!?
驚き、目を見開く宰相、まるで違うことを、違うどころか真逆のことを
そんなことを言ってしまえば、グイは、この才覚溢れる若者は
信仰と宗教を振り切り、己の哲学に目覚めてしまう
政治を覚えず、哲学に溺れてしまう
バンダーウ教は、この珠玉を手放すこととに繋がってしまうっ
「・・・・・シヴァ・・・・さま」
「先を急ぐ、それに多くの信者が待っている、これから大きくバンダーウ教は変わる」
「何を?」
「ツィーゲルを出るのだ」
「ば、馬鹿なっ、ここは聖地、それを明け渡すなど」
「グイ、お前は教典を読み足りていない、聖地はツィーゲルではない」
シヴァはもう歩き始めていた
背中で話していた格好だ
しかし、この言葉だけは顔を見て言わなくてはならない
そう思ったのだろう、振り返った長身の代弁者は
信者に一つ声を聞かせた
「神の代弁者の居る場所が聖地なのだ」
「それは、詭弁っ、シヴァ様っ、何をおっしゃってっ、バンダーウはツィーゲルより産まれ、ツィーゲルにて昇り」
「バンダーウが昇ったのは、この広き世界を見渡す為、そして声はその見渡された先に行かねばならぬ」
「シヴァ様・・・・そんな・・・・では、この度の戦はなんのために」
答えなかった
そのまま馬は先を急いでいった
呆然と若者は取り残される
宰相達は油断していた、彼を既に仲間だと彼らは思っていたから
その姿を見せたまま、ただ、不憫の視線を向けて通り過ぎた
グイからすれば、彼らは悪なのだ、それに憐れみの目を向けられる
全てが、宰相達の思う方向とは逆に転がる
「・・・・・・・・・だったらっ、なぜっ、どうして神はっ、最愛の、あの子と、父を奪ったのだっっっ!!!!」
取り残された司祭の、身体底からうねりながら吹き上がった憤怒
その声は、先を行く教祖とその同胞に間違いなく届いた
だが、誰として振り返らない、一瞬、小動物が脅えたように
ふるり、身体を震わせたものが何人かいた
その震えた中に宰相が二人、その脳裏にある、同情という感情
グイが父と呼ぶ宰相はグイを疎んでいたのだよ
グイはそれを知らず、盲目的に父と慕い愛した
愛し愛される、そうありたいと、その自分自身が受けたかった愛情というものを
倒錯して己の従者を子に見立て、注いでいたのがわかる
その両方を失った哀れな男、可哀想な男、悲惨きわまるのは
全ての父たる、教祖にすら捨てられたこと
誰よりも愛するというのに誰からも愛されず、愛した者を亡くし続け
絶望と報われない全ての事象に取り巻かれる、天才の片鱗
嗚咽と非業を催す声が、腹の底から地の底から響きわたるように
3区を包み砕け散った
「・・・・・・・・・グイ殿」
「?・・・・・・なんだ」
涙声で答える、もう、取り繕うようなこともない
大の男が、それもまだ青春を表情に描く若い男が、声を上げて泣いたまま振り返る
感情が膨れ上がった様は、見る相手にどうしても感動を引き起こす
声をかけた男は、思わず伝染して、貰い泣くかと思うほどだ
しかし、そこを堪える、声をかける
「単刀直入に言いましょう、我々とともに、西方へ参られよ」
貴族は太陽を背にして、グイに微笑みかけた
グイは、何もかもがどうでもよくなった、そういう表情をしたまま
それでも、明晰な頭脳は静かに、目の前の男の値踏みを始める
「一部始終を見せていただいた、憶測ばかりで、勉強も足らぬから貴殿のことを誤解しているかもしれない」
「前置きはいい、なんだ」
「教徒ではない私が言うのは憚れまい、あの男は嘘つきなのだろう?」
「・・・・・・・・」
「我々は約束を破られた、何かといえば神の名を語り、その声だと言って・・・おかしいのだ、
シヴァは、彼自身が最も得をするように働いてばかりいたのだ」
目が冷える
一瞬、貴族が気圧された
しかし、それでも声をやめない
「腕の宰相殿の話は、断片ながらも聞いた、我々は戦略の学がある、だからわかる
彼は囮に使われたのだ、聞いたところによればシヴァとあまり仲もよくなかったというではないか、
間違いなく、シヴァが邪魔者を戦に乗じて殺したのだ、我々の国の学問なら、間違いなくそう答える」
言い過ぎたか?
まくしたててしまった後、じわりと粘度の高い汗が湧いた
貴族は、自分が知らない内にこの男の激情に煽られていたと気付いた
思わず、口走ってしまった、感情的になってしまった
目の前の男が信じる神を貶めることを言い放った
後ろに控える二人の貴族は、さりげなく剣の柄を握った
何かあってからでは遅い、その前にとグイを油断なく見つめる
しかし、その視線は、何かを期待してしまっている
「貴様っ、神を否定するというかっっ」
髪を逆立てて、雄々しく言い放つ青年
なんと猛々しく美しいのだ
貴族は、その怒りに美貌を見出した
すぐに弁論は続く、彼らの国で論述は基礎だ
「違う!、神を否定ではない、あの男を否定したのだ!」
「同義だっ、貴様、バンダーウの名に」
「宗教心、信仰心、それらを知らぬ私に言動を許されるなら、貴公らの教典が示す代弁者は、貴殿だグイ殿っ」
「!?」
「グイ殿、あなたの信仰心の深さはホンモノだ、シヴァのそれは嘘で塗り固められた、
世俗の悪にまみれた酷いものだが、貴公のそれは違う、だからこそ西方へ我らとともに参られよ」
「行ってどうすると?」
「決まっている、貴公が祖王となりて、バンダーウ教を、ああ、グイの声を広めるのだ我が国の民に」
グイは大きく目を見開いた
目の前がとても、その瞳が見渡せる範囲を遙かに超えて
無限大に広がったのを感じた
狭く囚われていた心と、彼の性質が解放されていく
脳が沸騰する、思考が昇華する、体中の血液がもの凄い速さを得て稲妻となって駆けめぐる
「私が、祖王に?」
「そうだ、バンダーウの代弁者よ、そなたこそが真の代弁者だ、新たな教祖の器よ」
どくり、心臓が打つ音を聞く
わなわなと身体が震えた、この感覚を極最近感じた
既視感、覚えがある、なんだ
不意に振り向いた、その背中側に膝をつく700人の教徒
それを視界に入れて、血液は蒸発を始める
ああ、そうだこの跪く者達を目の前にした、あの時と同じ、あの時
自分自身でこうなることを予見していたのだ
「グイ様、我々は、グイ様とあります、我々をお導きをっ!!」
貴族は下がった、少し下がると
グイは貴族達に背中を見せ、教徒の方へと正面を向けた
貴族達三人は、身体の中で熱くなる何かを説明できぬまま
それでも、大きな収穫をここに認めている
目の前で、新しい何かが産まれる瞬間に立ち合った
朝日、昇る朝日だ、それに違いない
「お前達・・・・」
「グイ様っ、我々を、真の、バンダーウの下へと!!!!」
「私の為に・・・」
「骨身となりましょうぞっっ!!!!」
ぶるるっ、その言葉がグイをせき止めていた最後の壁を粉砕した
大きく全身を震わせた後、自分を抱き締めるようにしてから
もう一度解放する、大きく両腕を拡げる
一回りも、二回りも、後光すらも見える
グイが、威風を身につけ、教徒達を照らす
「お前達・・・・・・・我ら、血は繋がらずとも、全てがバンダーウの家族だ、我々が真の家族だっ
参るぞっ、本当の、真実の家へ向かおうっ、荒れ果てた、嘘と悲しみにまみれた地から解き放たれ、
バンダーウの園へ、地上に楽園を作り、我らの父の声を聞きにっ!!!」
「いざっ、西方へ、西方へっ!!!!!」
どおおおおお、700人の教徒は大声で吼えた
トランス状態に陥った
そう表現できるほど、この小さな集会は、触れることをためらうほどの熱を放出した
炙られるようにして、寄せられるようにして、さらに教徒が集まる
この戦争で悲しみや、絶望を味わったものが、戦勝の司祭
いや、新しい教祖の下へと集まってくる
「・・・・太陽だ、この東の地より昇り、我ら西の地へと降りる太陽だ」
貴族は呟いた、輝かしいこの
人が信頼というものだけで、何よりも堅い結束を産む瞬間を
信奉と信仰が産まれる瞬間を目の当たりにした
とてつもない力を手に入れた
貴族の一人は酷く冷めた目でそれを、歓迎した
最高の土産ができた、死をも畏れぬ軍団を手に入れたのだ
「グイ様っ、グイ様っ、グイ様っ!!!!」
鳴り止まぬかと思うほどの声と音と波動
この後、西方へと向かう船は
ツィーゲルへ来る時よりも、一隻増えてここを離れたと伝わる
☆
武威公は怒りを帯びている
彼は、武威公として、自分を全うしようとこの場で剣を抜いた
自分自身の怒りを完遂するために
二人は対峙して
じりじりと、足下をにじるばかりで
取りかかることはない
剣気を浴びせ続けていると、それとも違う
出方を伺う、そちらが相応しいだろうか
それでも何か言い足りない要素があるように思われる
ぐるり、空は晴れわたり
二人の男は剣を構えたまま微動だにしない、風がまた吹いた
マントを大きく翻らせる、二人のシルエットが空に熔けるよう
美しくそこに存在する
「武威公っ、おやめくださいっ、カイン様も剣を収めて!」
「・・・・・」
獣の瞳をした武威公は微動だにしない
声を聞いても、一瞬の隙をも逃さない鋭利な視線をぶつけている
カインは、わずかに意識をその声の主へと向ける
だが、そこにほとんど力を分けることができない
気を抜けば、気を取られてしまえば、この男に斬られる
「下がっていろローザヴィ」
かけつけた婦人は、息を切らせて肩を揺らしている
正装でこの足場の悪い道を走るのは苦労があったろう
それが見てとれる、切ない声を訴えるが
二人はまるで聞き入れる隙を作ることがない
「武威公っ、誤解をされていますっ、夫は罠を張るようなことは断じてしておりませんっ」
「・・・・・・」
「無駄だ、ローザヴィ、彼はお前の言うことなど聞きやしない」
「私も聞けませんっ、武威公!お聞き下さい、確かに、カイン様はツィーゲルを欲して、
この戦への参戦を決めておりました、それは疑いようもない事実です、しかし、
それでも、身命を賭して戦ったではありませんか、囮まで買ったではありませんか」
「黙れ、女、興が殺がれる」
初めて、武威公が答えた
じり、そして剣の位置を変えた
様子見の構えから、攻勢を示す構えへと剣を滑らせた
殺気はいよいよ、その体躯全てから漏れている
ぐるるるるる、喉が鳴る音が聞こえる
錯覚だ、幻聴だ、心に迫る恐怖が起こすまやかしだ
ローザヴィは怯む、しかしそれでも彼女は辞めない
「黙りませんっ」
ローザヴィが、その震える足を懸命に前へと差し出し
二人の間に割って入る、そして武威公の瞳を見つめようと視線を向ける
決定的な間違いをローザヴィは二つ犯している
一つは思い違い、武威公の怒りはそんなところに起因しているのではない、
だから彼女の説得は意味がない
もう一つは、二人の間に入って身体でそれを止めようとしたこと
その時、一瞬だが、ローザヴィの姿でカインから
武威公の姿が見えなくなった、死角ができた
拮抗した気合いのタガが外れたのが、両者共理解した
その間の女は、それがわからない
「ローザヴィっ!!!!!どけっ、危ないっ!!!」
「!」
ずじっ、武威公の靴が鳴った、踏み込んで斬りかかる
間に女が居ようと居まいと関係がない、目の前の武威はそう告げている
カインの身体が、鹿を思わせるようにしなやかで、鋭く間合いを詰めた
いや、ローザヴィをかばったというのが正解だ
戦場に飛び込んだ女をかばいながら、ツィーゲル最強の男の攻撃を目の前にする
武威公の剣が右から振り下ろされる、カインはローザヴィの左手側から
降ろされる剣の下へと身を滑り込ませた、右手一本で剣を平に構えて
武威公の攻撃を受けて流す、流しながら武威公に背中を見せる形でローザヴィを左腕に抱き留めた
覆い被さるような近さの武威公、その下で半身で妻を庇う姿勢で背中を見せているカイン
武威公の懐に夫婦はいることになる
そこから、
「武威公っっ!!!!貴様っっ」
「ぜええええあああああっっ」
カインはすぐに腕の中から妻を解き放つ
自分よりも後ろに倒れるようにそっと放した
背中を半分ほど武威公に見せていた姿勢から
上半身を捻り正面、剣は槍と見紛うほど鋭く真っ直ぐに突き出された
カインの唯一持つ、剣技、つまるところ、必殺技
ジャヂィィ
銀色の破片が砕け散った
カインの突きが、聖者の鎧の一部を打ち砕いた
凄まじい技だ、右利きの右構えのはずが、左打ちで突きを見舞ってきた
しかも瞬時に左手に剣を持ち替えてだ
鎧を砕くほどの破壊力を携えた突きを繰り出した
武威公は戦慄するが、戦場での恐怖は愛すべき友
肩当てを粉々に吹き飛ばされながらなお、口元に笑みを浮かべて、
カインの伸びた腕を強引に握り、自分の方へと引き寄せた
カインの舌打ちが聞こえる、知ったことか
ゴンッ
頭突きをかます、ぐらり、カインが後ろに下がる
逃さないっ
その下がる足を武威公は踏みつける、ガクリ、突然の制動に
カインはむち打ちのように力無い姿勢でその場に立ち止まらせられる
すぐに柄を上にしたまま、撫で斬りにするではなく
肉を押し切るかのよう、刃をカインに押しつける、肩口にそれが食い込む
ヂャンッ
カインが腰のナイフを逆手に抜いた、
押しつけられる刃に当て、肩にめり込む剣を止めた、血が飛ぶ、
片腕でそれを凌ぎながら、身体を捌いて左の剣を下段に打ちつける
ばぎぃっ、音がして武威公の脇腹をえぐる
着込みがあって切れるわけではない、それはカインもわかっている
当てて、すぐに剣を捨て武威公の手首を掴んだ、これが狙いだ
それを捻(ねじ)る
「!!!!っっ!!」
武威公も騎士としての基本動作で覚えている
騎士道における戦闘様式の一つとして、目ツブし、急所突きと一緒に習った、剣を使わぬ剣法
剣で競り合いになった場合の徒手空拳、何よりも組み手の捌き
カインの手が武威公の手の甲を裏返す、みぢぃっ、嫌な音がして
すぐに武威公の握力が失われる、剣がどずりと地面を食う
カインは休まない、極めた手首はすぐに突き放し、片手に持ったままのナイフが閃く
武威公は踏みつけていた足の方でカインを蹴り上げにかかる、しかしそれは空を虚しく食った
武威公は舌を巻く、歴戦の強者の動きだ
何百、何千という練習を積み重ねたのがわかる、熟練の動作だ、修練のたまものだ
同時に、そこまでの練習量を自分は重ねていないのを悟り
死を覚悟する
口元は未だ笑っている、解っていたことだ、デハンの騎士は狭い世界の騎士だ
目の前に、デハンでは、この閉鎖した社会ではついぞ見ることができなかった
真実の騎士を目の前にして、笑顔を堪えられない
その振り上げた脚を取られ、残りの脚を払われた、ドダン、大きな音で背中を打ちつけた
重い鎧を着ている、もう起きあがることはできない、そこへカインが覆い被さる
カインのマントが武威公を包み込んだように感じられた
マント以外の全てが止まって見えた、ゆっくりと落ちてくる
ナイフはクビもとに当てられ、冷ややかに光る
「愚弄するつもりではあるまいな、このまま生かしておくなど、騎士にとってどれほどの侮辱か
貴様が知らないとは言わせない、これだけの騎士道を究めている貴様が」
「あんたは騎士じゃない神官だ、武威公、それに神に仕える者が命を粗末にしてはならないはずだ」
突き放す目と声
それは深々と武威公に突き刺さる
何かを粉々に砕かれた、殺されるよりも酷い何か
騎士であることを否定されるという暴力
「勝負はついたんだ、それに私は、死にたがりを殺すほど、手を汚すことに慣れていない」
「貴様何を言う・・・」
「治安公はそんなことを望みはしない、後を追いたい気持ちはわからんでもないが、甘えたことを言うな」
「その通りだ、カイン殿」
唐突に現れた声は、不自然にも思えた
武威公は声の方を振り返る
視線の先、元治安公・スビエ王が一人で立っている
近衛の兵もつれずに、ただ、一人でデハンの王が立っている
武威公は一瞬その顔立ちと声に、治安公を浮かべた
自然、涙で視界が乱れた
「スビエ王・・・・どうしてここに、それにお一人でなどと・・・」
「近衛がいなくては、私は怖くて帰れませんよ、武威公、貴方がいなくては」
「馬鹿な、バイデン騎士団とともに帰られたはずでは、医術公も居たはずだ」
「サモン神官団を彼らは守っていきました、私はここにいる、カイン殿、剣をお収めください」
言われるまでもなく、カインはナイフを収めて武威公を解放した
そして、静かに妻が寄った、無事を確かめる
カインの笑顔が零れる
妻は泣いている、何に泣いているか、それは夫婦の間でしかわからない
デハンの王が語る
「武威公、貴方ともあろう人が一時の感情に走るなど」
「王、私は敗戦の将となりました、全デハンを導く立場の私が負け戦を演じたのです、
この罪は命を賭ける他償えません」
「自ら死を望むなど、デハンの神がそれを許しましたか!!」
「私は聖騎士として模範であるべき者です、しかし、戦時の為の公でありながら、
敗戦を喫し、多くの仲間を失い、あまたの騎士を殺し、挙げ句、治安公をも失いました、
武威を司る者としてこの失態は拭いようもありません」
「・・・それでも貴方は武威公です、これから誰が教徒を守り、デハンの武威を示すというのですか」
「この折れた心で、軍団を率いることはできません」
「詭弁ですね武威公、あなたは嘘をついている」
「?」
「言いつくろいばかりで答えになっていませんよ、治安公を守れなかったこと、失ったこと、
それが貴方の心を折ったんでしょう、敗戦を喫しようと治安公がいれば貴方は立ち上がるはずだ」
「・・・・・・・そうかもしれません、いや、その通りです王よ、最愛の友を亡くした時、
私は死んだのだと思いました、5区より引き上げる時、自ら死地へと向いておりました、王、私は・・・」
「そうだ武威公、あなたは弱い、弱い人です」
王の声も傭兵と同じように冷たいもののように聞こえた
武威公は、自分の心が冷え切っているからそうなのだと気付いた
何を聞いても、どんな言葉も、もう凍り付いてしかたがない
「そう、私の最大の失態は、治安公を守れなかったこと、いや、治安公が戦わなくてはならぬほどの
この状況を招いたこと、・・・・・・・・・・・せめて、側に居てやれなかったことです、王よ」
「・・・・」
「私を神に問うてください、罰するべきか否か、ギロチンでも火あぶりでもなんでもいい、王よ、お願いいたします」
「・・・・・けじめを付けなくてはならないのですね」
スビエ王は、強くそう声を吐いた
そして、宝剣を抜いた
煌びやかな装飾をまとったそれは、輝きながら
抜き身を空に晒した
武威公は倒れたままでいる失礼をそれ以上自分に許さず、身体を起こし
王の前に膝をつきなおした、頭を垂れて待つ
抜かれた宝剣が、自らの命を、罪を斬り捨てることを望む
「スビエの名においてここに命ずる」
王の声になった
朗々と詠唱される
「この時をもって、サモン武威公の地位を剥奪する、よいな」
「はい」
それでいいのだ
武威公、や、元武威公はそう思っている
戦に負けた上、生き恥をさらすことなど、教団のためにもならず
自尊心も耐えきれない、何よりも治安公の元に行けるのだ
我が儘を許したまへ、デハンの神よ
「そなたはこれ以後、治安公としてデハンの秩序と安全の為に尽くすよう新たに任ずる」
「王!!」
すがるように、武威公は情けない顔をさらす
まだ、これ以上の苦しみを自分に課そうとする男に思わずすがる
王は突き放した瞳を向けている
強い瞳だ、兄弟だから当たり前なんだろうが、似すぎている
自分の至らぬ全てを補完してくれる友人のそれに
「武威・・いや、治安公よ、貴方が必要なのだ」
「王、しかし私は、何よりも治安公とは・・・」
己の名前を聞く度に苦しむこととなる、自分が治安公という名に馴染める日が来るとは
到底思えない、その不一致への葛藤が罰だとでも言うのか、だとすればあまりに重い
元武威公は困惑を灯した瞳で、王を見つめる、王の瞳を見つめる
その瞳に、優しさが浸された、元武威公は耳をすます
「なに、私が個人的に貴方を必要としているわけではない、デハンにとって何よりも、
貴方の力を失うわけにはいかない、貴方の支えが必要なのですよ」
買いかぶりすぎだ
元武威公はそう答えようとした、その機先を制して王はさらに続けた
「それに貴方が治安公となるのは、貴方の発案だと言うじゃないですか?」
「?」
「そういう話でしたね、【法律公】」
王はわざとらしく、その微笑みを外へと向けた
言葉を理解するのに、元武威公は随分と手間取った
法律公という聞き慣れない言葉、だけども、懐かしい単語を消化できない
ただ、視線誘導され、王が向けた笑顔の先へゆっくりと
ゆっくりと彼もまた視線を移した
そこには、傭兵夫婦がいるはずだった、実際に夫婦が見える
ただ、カインの下、というべきか
押し車に乗った「神官」の姿が見えた
神官の口が重そうに開いた
まだ、喋ることに相当の力を要するのだろう
「まったく、早いところ承諾してもらわないと、引継もできなくて困るんだがな」
聞き取りにくいそれだが、耳に慣れた軽い調子
元武威公が思う、デハンの医術は世界最高峰だ
だからこれからもっとよくなるだろう、でも、今は辛そうだ
庇ってやらないと、守ってやらないと
声をかけてやらないと
「治安公っ!!!!!!」
「【法律公】だ、治安はお前だよ・・・・元・武威公」
傭兵夫婦に続いて、舞台から王も降りた
そう示すように、遠巻きからその光景を見るに留める
「お前、どうして・・・・」
「心配かけたな・・・俺の失策で随分と」
「いいんだよ、そんなことは、ただ、お前が、お前が無事なら何度でもやり直せる、何度だって」
「ありがとう、・・・・・・治安公、頼む、手で触れてくれ、目が見えなくなってな、すまん」
「ここだ、俺はここにいる、もう、大丈夫だ、俺はお前の側でお前を支える、もうそんな目には二度とあわせんっ」
「・・・・よかった、お前が無事で本当に」
「すまない、守れなくて、お前を守れなくて」
「泣くなよ気持ち悪い」
「馬鹿野郎、お前が泣けない分だけ泣いてやってんだよ」
両脚と両目を失った男は、それらと引き替えに命を拾った
彼自身の強い、生きる気持ちによると説明されるが、
バンダーウの迅速かつ的確な手当と治療が功を奏したのだろう
執刀したのはシヴァ自身だという
スビエ王は、手紙の内容によってそれを知り
裁判の解散と終戦の策を一気に完遂させた
無論、合意する文書の草案を考えたのは【法律公】だ
兄弟で、デハン1と2の知能を用いて造り上げたそれだ
デハンは、この戦争で得たものは少ないが、失うものも少なかったのだ
後、彼らによってオースト西域は、古今に類を見ない文明国へと輝かしい発展を見る
☆
「シヴァ様、本当に、本当に、おっしゃった通りに全て」
「全てはバンダーウのお言葉通り、作られた道を人は歩むのだよ」
ゆっくりと、深いイスへとシヴァは身を沈める
宮にいるのは最後になるだろうか
扇を揺らす童子は、泣きはらした後でも懸命に仕事をしている
「グイ様がお外へ出られたことも?」
「そうだよ、グイはバンダーウ史上に残るほど優秀な司祭だ」
「それならば、お側に置かれた方が、宰相様も不思議に思ってらっしゃいましたよ」
にこやかな笑顔でそれに答えるシヴァ
言葉は紡がれる、歴史とともに
「よいのだよ、グイが我らよりも遠くへ行くことは定められたことなのだから、やがて帰ってくる」
かつて、バンダーウ教・祖王トナミが
朋友であった宰相「デハン」を西方へと追放した時と同じこと
デハン教が、バンダーウのそれとよく似て、聖地を同じくしたこと
シヴァはツィーゲル宮から見える西方を見守る
この部屋はツィーゲルの街を全て臨めるように窓が作られている
それは、西側へ大きな視界を持っていることを意味する
西へと巣立った、全ての宣教師達を迎えるため作られた
この意味を知るのは、バンダーウ教教祖のみ
「夕陽が美しいですね、シヴァ様」
窓から飛び込む紅い光に目を細める従者
「そうだ、光は常に東より昇り、西へと向かうよう定められているのだから」
「西方は、紅い国なのでしょうか」
「?どうして」
シヴァはふと訊ねた、夕陽のことを言うのだろうと思っている
「ほら、港に紅い旗が立っています、西方へと向かう船にもそうなのでしょう?」
港には自治区の新しい旗が立っている
旗は紅でスズランの花が描かれている
「そう、これから、紅い国となるのだろう」
シヴァはもう振り返らない
そのまま部屋を後にする
おずおずと続く従者は、一度だけ振り返った
沈みゆく夕陽は、煌々とツィーゲルを照らしていた
燃えるような朱色の光は、西へと通ずる道を示すかのように輝いていた
明日もまた同じように、何年も、何十年もそうするだろう
太陽が東から昇る限り
Ende.
長い間ご愛読、まことにありがとうございました
R(06/02/06)